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(ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第十章「人と人工知能の未来 -人間拡張と人工知能-」の前編をお届けします。
今回は、人間と人工知能の未来の関係について考えます。人間を拡張するAIと、自律的な知性として存在するAI。両者は相互に影響を与えながら、より高度な社会を構築していきます。

(1)人工知能と人類の未来

 いま人工知能は、人類の未来に深く干渉しようとしています。ここでは、人工知能がいかに人間の文明を変えていくかを考察していきます。
 この300年近くの人類の技術の歴史を振り返ってみましょう。それはあるレベルの技術の飽和と、そこからの飛躍の歴史です(図10.1)。まず機械の蔓延が、それを制御するコンピュータを生みました。コンピュータの蔓延は、それをつなぐネットワーク世界を呼び寄せました。ネットワークの上の膨大な情報の海が人工知能の温床となりました。飽和は質的な変化を生み出す土壌です。量が質を生みます。では人工知能の蔓延は次に何を生み出すのでしょうか?

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▲図10.1 技術の階梯

 人工知能の飽和とは、いわゆるユビキタス化のことです。現代では機械がいたるところにあるように、コンピュータがいたるところに置かれているように、ネットがあらゆる場所でつながるように、人工知能があらゆるところで機能するようになります。
 人工知能の技術が実装されるシチュエーションは、大きく分けて二つあります(図10.2)。

 一つは、人間の身体に付随する空間や社会への「知的機能」(インテリジェンス)としての実装です。家庭やオフィス、公共空間など、人を取り巻く空間に人工知能を埋め込み、人の行為と知覚を拡大します。それは人の身体を拡張すると同時に、人の作用する空間を変容させ、最後に人の意識を変化させます。
 例えば、遠くにあるものを瞬時に認識して操る、靴が行き先の方向へ導いてくれる、本の表紙を見ただけで要約が表示される、視線を動かすだけでコンピュータを動かす、スケッチしただけできちんとした絵に修正される、全ての言語が瞬時に訳される、といったことなどです。それはあたかも、人間の知的能力(知能)と身体能力が拡張されたように思えます。
 これを「人間拡張」(Human Augmentation)と呼びます。つまり、人間を中心として世界に向かって人工知能が実装されていきます。それは現在から見れば、人間と人工知能が融合して、人間が拡張されることを意味します。

 もう一つは、人間とは関係なく、これまで蓄積されてきたあらゆる技術が人工知能を中核に結実し、人間以外の存在として新しい知的擬似生命を生み出すことです。これを「ロボット」と名付けることにすれば、人工知能と人工生命を融合させた、純粋な自律型ロボットたちを人類は創造することになります。

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▲図10.2 人工知能と人間の未来

 人工知能時代の先には、技術を人間側に集積し人の知能を拡大した「人間拡張」と、技術を人間と対照な位置に集積し、一つの自律した知的擬似生命体として人工知能技術が集積した「ロボット」(自律型知能)があることになります。そこでは、現在の「人間-人工知能」のたどたどしい関係が、「拡張された人間(Augmented-Human)-自律化した人工知能(Autonomous AI)」という関係にアップデートされます。実はこの関係のアップデートこそが、レイ・カーツワイル氏の著作『ポスト・ヒューマン誕生』(2007年、NHK出版)にあるように、人間と人工知能が新しい関係に移る、という本来の意味のシンギュラリティなのです(図10.3)。
 そこでは世間で流布しているような、人工知能が人間を超える、という議論が意味をなくします。拡張された人間と、人工知能の集積であるロボットがあり、人工知能はそのどちらの文脈にも吸収されることになります。人工知能技術は人間をより高次の存在へ押し上げると同時に、もう一方で、その巨大な蓄積を結晶させ、自律した一つの高度で有機的な人工知能を生み出すことになります。
 人間と人工知能はこれから、いったんは乖離しつつも、シンギュラリティのラインを超えた場所で再び新しい関係を結ぶことになります。それは、現在の人間と人工知能のたどたどしいコミュニケーションからは想像もつかない、超高速で密度の濃い、かつ抽象度の高いコミュニケーションとなるでしょう。テニスに喩えるなら、現在の人間と人工知能のやりとりが、コーチが初心者に教えるゆるやかなボールの打ち合いだとすれば、シンギュラリティを超えた場所での拡張人間と人工知能のやり取りは、素人の目には留まらない速さでラリーを続けるウィンブルドンのトーナメント級の試合のようなものになるでしょう。

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▲図10.3 人間と人工知能の関係のアップデート

 『BLAME!』(弐瓶勉、月刊アフタヌーン、1997-2003)で描かれた遠い未来では、人間は自らに埋め込んだ「ネット端末遺伝子」によって人工知能と対話していました。しかし感染症によってその遺伝子が次第に失われていくことで、人類は人工知能と対話ができなくなります。そして人工知能が管理する都市世界で異物として排除されながら、逃走しつつ生き延びざるを得なくなります。残された数少ない「ネット端末遺伝子」を持つ人間を、主人公は探し続けます。これはディストピアではありますが、人間と人工知能の高度な関係性を前提としています。


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