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        <title><![CDATA[PLANETS Mail Magazine]]></title>
        <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga</link>
        <description><![CDATA[評論家の宇野常寛が主宰する、批評誌〈PLANETS〉のメールマガジンです。
文化・社会・ビジネス・テクノロジー等、幅広いジャンルの記事を不定期配信中！]]></description>
        <language>ja</language>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（中編）]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は、スマートフォンとSNSが引き起こす問題を「20世紀的な成熟」への欲望として読み解きながら、ダイアクロンというおもちゃに刻まれた美学を検討します。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（中編）
■21世紀におけるテクノロジーと成熟のダークサイド
　前回、ミクロマン＝ジミニー・クリケット＝情報技術＝スマートフォン（LLM）を並べて考えることで、完全な主体が「乗り物」に「乗る」ことで社会に接続されていく20世紀的な美学に対して、不完全な主体が「魂を持った乗り物」の介入を受けむしろ「乗られる」ことを21世紀的な男性性の新しい美学として立ち上げたいという提案をした。
　しかし、自動車に象徴される20世紀的な男性性には、たとえばトレジャー・ワルザックに象徴されるダークサイドが存在していた。当然、スマートフォンに象徴される21世紀的な男性性にもダークサイドは存在する。それはたとえばSNS（と、その運用）に象徴されるだろう。
　SNS――ソーシャル・ネットワーキング・サービスという言葉そのものは広い定義とそれなりに長い歴史を持つ。その全体像について論じることは本連載の主旨ではないため、執筆時点の状況に的を絞って記述したい。SNSについてはさまざまなサービスが存在しているが、2025年時点ではX、Facebook、LINE、YouTube、Instagramあたりが代表的なものといえるだろう。我々はおおむねスマートフォンを通じて、これらのSNSの一部あるいは全部に日常的にアクセスしながら生活している。
　もちろん我々がそれを使用しているのは、生活において有用であるからだ。Xで匿名ゆえの大量の生の情報を得て、Facebookを通じて同窓生や仕事相手などとの弱く広い繋がりを保ち、LINEによって家族や友人など近しいコミュニティメンバーとの絆を維持し、YouTubeはもはやテレビを代替して多様な番組を擁しており、Instagramでフォトジェニックに彩られた生活を相互に共有している。そしてそれらは基本的にスマートフォンという一種のウェアラブルデバイスを通じて、人間とほとんどダイレクトに接続されている。
　しかし20世紀において人間が自動車に接続されることによってさまざまな恩恵と問題を同時に引き起こしたように、スマートフォンを通じてSNSに接続された人類もまた、これらの恩恵と同じウェイトの問題を生成している。あえて露悪的な表現をするなら、Xは偏った正義感による炎上を繰り返し、Facebookではマウントと居酒屋的愚痴に満ち、LINEはその閉鎖性からいじめの温床になり、YouTubeはアテンションを得るための陰謀論拡散とキャバクラ的集金装置となり、Instagramは実生活と乖離した画像データによって等身大のセルフイメージを破壊している。これらはそれぞれ大きな社会問題になっており、SNSを通じた人間の過剰な接続と結託は、さまざまなかたちで死者を出してさえいる（大規模な中傷を受けての自死など）。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2229493</link>
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                <pubDate>Fri, 20 Mar 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/946970/8c10b154dc4c305bf2242d13d8eb722d7963bb7e.jpg" data-image_id="946970" width="650" height="433" alt="8c10b154dc4c305bf2242d13d8eb722d7963bb7e.jpg" /><br /> <br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:10.5pt;">今回は、スマートフォンとSNSが引き起こす問題を「20世紀的な成熟」への欲望として読み解きながら、ダイアクロンというおもちゃに刻まれた美学を検討します。</span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:10.5pt;"> </span></span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（中編）</h2>
<h3>■21世紀におけるテクノロジーと成熟のダークサイド</h3>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　前回、ミクロマン＝ジミニー・クリケット＝情報技術＝スマートフォン（LLM）を並べて考えることで、完全な主体が「乗り物」に「乗る」ことで社会に接続されていく20世紀的な美学に対して、不完全な主体が「魂を持った乗り物」の介入を受けむしろ「乗られる」ことを21世紀的な男性性の新しい美学として立ち上げたいという提案をした。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　しかし、自動車に象徴される20世紀的な男性性には、たとえばトレジャー・ワルザックに象徴されるダークサイドが存在していた。当然、スマートフォンに象徴される21世紀的な男性性にもダークサイドは存在する。それはたとえばSNS（と、その運用）に象徴されるだろう。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　SNS――ソーシャル・ネットワーキング・サービスという言葉そのものは広い定義とそれなりに長い歴史を持つ。その全体像について論じることは本連載の主旨ではないため、執筆時点の状況に的を絞って記述したい。SNSについてはさまざまなサービスが存在しているが、2025年時点ではX、Facebook、LINE、YouTube、Instagramあたりが代表的なものといえるだろう。我々はおおむねスマートフォンを通じて、これらのSNSの一部あるいは全部に日常的にアクセスしながら生活している。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　もちろん我々がそれを使用しているのは、生活において有用であるからだ。Xで匿名ゆえの大量の生の情報を得て、Facebookを通じて同窓生や仕事相手などとの弱く広い繋がりを保ち、LINEによって家族や友人など近しいコミュニティメンバーとの絆を維持し、YouTubeはもはやテレビを代替して多様な番組を擁しており、Instagramでフォトジェニックに彩られた生活を相互に共有している。そしてそれらは基本的にスマートフォンという一種のウェアラブルデバイスを通じて、人間とほとんどダイレクトに接続されている。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　しかし20世紀において人間が自動車に接続されることによってさまざまな恩恵と問題を同時に引き起こしたように、スマートフォンを通じてSNSに接続された人類もまた、これらの恩恵と同じウェイトの問題を生成している。あえて露悪的な表現をするなら、Xは偏った正義感による炎上を繰り返し、Facebookではマウントと居酒屋的愚痴に満ち、LINEはその閉鎖性からいじめの温床になり、YouTubeはアテンションを得るための陰謀論拡散とキャバクラ的集金装置となり、Instagramは実生活と乖離した画像データによって等身大のセルフイメージを破壊している。これらはそれぞれ大きな社会問題になっており、SNSを通じた人間の過剰な接続と結託は、さまざまなかたちで死者を出してさえいる（大規模な中傷を受けての自死など）。</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2229493">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[男と塾｜井上敏樹]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。今回は、西荻窪の名店「しゃんしゃん」でのひとときから、友人・Kさんの珍妙なエピソードまで――人と店、遊びをめぐる一篇をお届けします。
脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第72回 男と塾　 井上敏樹　
　西荻窪の駅から歩いて十分ほどの所に『しゃんしゃん』と言う焼鳥屋がある。牛や豚も出すから正確に言えば串焼きだが、ここがなかなかの良店だ。まず、店構えがいい。大通りから少し外れた所に建つ適度に古びたその店にはここは……と食べ慣れた者ならピンと来る雰囲気がある。 　サッと暖簾をくぐりガラッとドアを開けると、４０がらみの主人が『らっしゃい』と威勢よく迎えてくれる。カウンターに座りおしぼりで手を拭きながらさてさて……とメニューを眺める。私が好きなのはガツシンとかエンガワとかの主にホルモン系である。コリコリした、むにゅむちゅした、ゴツゴツした、歯ごたえが好きなのだ。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2228186</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2228186</guid>
                <pubDate>Wed, 18 Feb 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[井上敏樹]]></category>
                <category><![CDATA[男と遊び]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/938510/3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" data-image_id="938510" alt="3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" /></div>
<blockquote><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;"><span style="background-color:transparent;font-family:Arial, sans-serif;font-size:11pt;">平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。今回は、西荻窪の名店「しゃんしゃん」でのひとときから、友人・Kさんの珍妙なエピソードまで――人と店、遊びをめぐる一篇をお届けします。</span></span></blockquote>
<h3>脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第72回<br /> 男と塾　 井上敏樹　</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-family:Arial, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">　西荻窪の駅から歩いて十分ほどの所に『しゃんしゃん』と言う焼鳥屋がある。牛や豚も出すから正確に言えば串焼きだが、ここがなかなかの良店だ。まず、店構えがいい。大通りから少し外れた所に建つ適度に古びたその店にはここは……と食べ慣れた者ならピンと来る雰囲気がある。 <br /><br />　サッと暖簾をくぐりガラッとドアを開けると、４０がらみの主人が『らっしゃい』と威勢よく迎えてくれる。カウンターに座りおしぼりで手を拭きながらさてさて……とメニューを眺める。私が好きなのはガツシンとかエンガワとかの主にホルモン系である。コリコリした、むにゅむちゅした、ゴツゴツした、歯ごたえが好きなのだ。</span></span></span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2228186">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2221019</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（前編）]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は、「サイボーグ性」と「成熟」のイメージからスマートフォンが社会にもたらした影響について考えます。
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（前編）
■スマートフォンとサイボーグ
　スマートフォンとは、2007年に発売されたアップル社のiPhoneによって爆発的に普及した、携帯型の情報端末である。スマートフォンという言葉そのものが発生した瞬間にはおそらくもっと多様な可能性が存在していたはずだが、実際の歴史においてスマートフォンとは、静電容量型のタッチパネルディスプレイによって入力と出力を一体化させることで高度に汎用化し、無線通信によって常時ネットワークに接続されている、板状の通信端末を意味している。スマートフォンを通して提供されるさまざまなアプリケーションやサービスは巨大な市場を形成し、ユーザーの可処分時間の苛烈な奪い合いが行われている――
この連載に登場した玩具については、その一般的な知名度から厚い説明が必要だったが、スマートフォンについて2025年現在このような説明を改めてする必要はほとんどなく、こうした解説は20世紀人に対するＳＦ的な文章にすら聞こえるだろう。
　スマートフォンというデバイスが社会にもたらした影響はあまりにも大きいが、ここではサイボーグ性と成熟のイメージという観点からその意味について考えたい。
　まず、スマートフォンは情報論的な意味で人間をサイボーグ化している。そのわかりやすい例は、Google Mapをはじめとした地図アプリケーションだろう。我々は現在こうした地図アプリケーションに接続されることでその能力を拡大しているが、こうした能力を支援していたのは20世紀においては地図というアナログデバイスであった。しかし人間が地図に接するとき、常に意思決定の主体は人間側にある。地図によって目的地と現在地を把握したとして、どのルートを選択すべきで、自分が現在どの地点にいるのかという認識は、人間側のオリエンテーション能力にかかっている。一方、地図アプリケーションによるナビゲーションは、こうしたプロセスを自動化している。我々が目的地を入力することで、自動的にルートは算出され、それに従うだけでゴールに辿り着くことができる。そこではナビゲーションが主体を一時的に肩代わりし、部分的に意思決定を行っている。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2227305</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2227305</guid>
                <pubDate>Fri, 30 Jan 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/946970/8c10b154dc4c305bf2242d13d8eb722d7963bb7e.jpg" data-image_id="946970" width="650" height="433" alt="8c10b154dc4c305bf2242d13d8eb722d7963bb7e.jpg" /><br /> <br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;vertical-align:baseline;"></span></span></span></span><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;">今回は、「サイボーグ性」と「成熟」のイメージからスマートフォンが社会にもたらした影響について考えます。</span></blockquote>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝　“kakkoii”の誕生（前編）</h2>
<h3>■スマートフォンとサイボーグ</h3>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　スマートフォンとは、2007年に発売されたアップル社のiPhoneによって爆発的に普及した、携帯型の情報端末である。スマートフォンという言葉そのものが発生した瞬間にはおそらくもっと多様な可能性が存在していたはずだが、実際の歴史においてスマートフォンとは、静電容量型のタッチパネルディスプレイによって入力と出力を一体化させることで高度に汎用化し、無線通信によって常時ネットワークに接続されている、板状の通信端末を意味している。スマートフォンを通して提供されるさまざまなアプリケーションやサービスは巨大な市場を形成し、ユーザーの可処分時間の苛烈な奪い合いが行われている――</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">この連載に登場した玩具については、その一般的な知名度から厚い説明が必要だったが、スマートフォンについて2025年現在このような説明を改めてする必要はほとんどなく、こうした解説は20世紀人に対するＳＦ的な文章にすら聞こえるだろう。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　スマートフォンというデバイスが社会にもたらした影響はあまりにも大きいが、ここではサイボーグ性と成熟のイメージという観点からその意味について考えたい。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　まず、スマートフォンは情報論的な意味で人間をサイボーグ化している。そのわかりやすい例は、Google Mapをはじめとした地図アプリケーションだろう。我々は現在こうした地図アプリケーションに接続されることでその能力を拡大しているが、こうした能力を支援していたのは20世紀においては地図というアナログデバイスであった。しかし人間が地図に接するとき、常に意思決定の主体は人間側にある。地図によって目的地と現在地を把握したとして、どのルートを選択すべきで、自分が現在どの地点にいるのかという認識は、人間側のオリエンテーション能力にかかっている。一方、地図アプリケーションによるナビゲーションは、こうしたプロセスを自動化している。我々が目的地を入力することで、自動的にルートは算出され、それに従うだけでゴールに辿り着くことができる。そこではナビゲーションが主体を一時的に肩代わりし、部分的に意思決定を行っている。</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2227305">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　「ミクロマン」後編]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は、「変身サイボーグ」の後継シリーズ『ミクロマン』です。ミクロマンが示した「先進的な想像力」を、20世紀的な男性文化をアップデートするヒントとして読み解きます。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
　本連載では、「魂を持った乗り物」という概念を通じて、玩具のロボットが持つ中間性を分析してきた。それではミクロマンは果たして、いかなる意味で「魂を持った乗り物」なのだろうか。
　すでに述べたことであるが、本来ミクロマンは変身サイボーグのシリーズ後継作である。歴史的には、変身サイボーグ→ミクロマン→ダイアクロン→トランスフォーマー→勇者シリーズ、と流れていくのが正しい順序である。しかし本連載においては、ミクロマンをトランスフォーマーや勇者シリーズの先に存在する想像力として位置づけた。
　まず、「魂を持った乗り物」とは、工業技術というテクノロジーが男性文化とどのように結びついてきたかという側面から、世紀末ボーイズトイの分析を通して得られた概念であった。その根源的な動機は、世紀末ボーイズトイの中に男性文化をアップデートするヒントを見つけることにある。それは情報化以前＝20世紀に試された想像力の中から、情報化以降＝21世紀の萌芽を探す営みだったとも言い換えられる。これまでも、たとえばトランスフォーマー（スパイクとバンブルビーの関係）や勇者シリーズ（星史少年とダ・ガーンの関係）の分析に、技術的な未来の萌芽を見出してきた。ここではミクロマンが、70年代にあって、すでに「乗り物」という20世紀的な美学から一歩先に踏み出したところに存在している――つまり本連載の基準においてもっとも先進的な想像力にたどり着いていた玩具であったと考えたい。では、その先進的な想像力とはなんだったのか？
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2225317</link>
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                <pubDate>Tue, 16 Dec 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /> <img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/935816/34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" data-image_id="935816" alt="34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" /><br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;vertical-align:baseline;">今回は、「変身サイボーグ」の後継シリーズ『ミクロマン』です。ミクロマンが示した「先進的な想像力」を、20世紀的な男性文化</span><span style="background-color:transparent;font-size:10.5pt;font-family:Arial, sans-serif;vertical-align:baseline;">をアップデートするヒントとして</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;vertical-align:baseline;">読み解きます。</span></span></span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　本連載では、「魂を持った乗り物」という概念を通じて、玩具のロボットが持つ中間性を分析してきた。それではミクロマンは果たして、いかなる意味で「魂を持った乗り物」なのだろうか。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　すでに述べたことであるが、本来ミクロマンは変身サイボーグのシリーズ後継作である。歴史的には、変身サイボーグ→ミクロマン→ダイアクロン→トランスフォーマー→勇者シリーズ、と流れていくのが正しい順序である。しかし本連載においては、ミクロマンをトランスフォーマーや勇者シリーズの先に存在する想像力として位置づけた。</span></p>
<p><span style="font-size:10.5pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　まず、「魂を持った乗り物」とは、工業技術というテクノロジーが男性文化とどのように結びついてきたかという側面から、世紀末ボーイズトイの分析を通して得られた概念であった。その根源的な動機は、世紀末ボーイズトイの中に男性文化をアップデートするヒントを見つけることにある。それは情報化以前＝20世紀に試された想像力の中から、情報化以降＝21世紀の萌芽を探す営みだったとも言い換えられる。これまでも、たとえばトランスフォーマー（スパイクとバンブルビーの関係）や勇者シリーズ（星史少年とダ・ガーンの関係）の分析に、技術的な未来の萌芽を見出してきた。ここではミクロマンが、70年代にあって、すでに「乗り物」という20世紀的な美学から一歩先に踏み出したところに存在している――つまり本連載の基準においてもっとも先進的な想像力にたどり着いていた玩具であったと考えたい。では、その先進的な想像力とはなんだったのか？</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2225317">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2219479</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[男とバー｜井上敏樹]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。今回は友人・Kさんとのエピソードをお送りします。
脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第71回 男とバー　 井上敏樹　
　人にはどうしても覚えられない言葉というものがあるのではないだろうか？別に世界一長い昆虫の名前ーセイタカアワダチソウノヒゲナガアブラムシとか、日本一長い植物の名前ーリュウグノオトヒメノモトユイノキリハズシとかではなくもっと身近な言葉で、だ。私の場合なぜか『ピクルス』。言うまでもなく野菜の酢漬けの事である。これを書いている今も『ピクルス』だったか『ピルクス』だったか分からなくなりスマホで調べたぐらいである。たとえばバーで酒を飲んでいてピクルスが食べたくなっても名前が思い出せない。だが、『マスター、ほら、あれ、頂戴。西洋風の野菜の酢漬け……』とは言えない。馬鹿だと思われるからだ。そこでこそこそとスマホで調べる事になる。そして私は自信満々で言うのだ。『マスター、ピクルスをくれ』と。　なぜこんな話をしたかと言うと最近吉祥寺に出来たあるバーでピクルスの話になり、バイトの女の子たちによるピクルス選手権を開催する事になったのだが、どれもこれも今ひとつでよしそれならひとつ俺様が作ってやろうという流れになったからだ。『ピクルス』という言葉も曖昧な私だが、作るのには問題ない。というか得意だ。というか得意というのが恥ずかしいくらい簡単だ。コツはひとつ――らっきょう酢を使う事だけである。同量のらっきょう酢と白ワインを火にかけてアルコールを飛ばし、そこに好きな野菜を放り込む。あとは香り付けにタカの爪やらニンニクを入れれば出来上がり。二時間後にはもう食える。簡単である。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2223774</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2223774</guid>
                <pubDate>Tue, 11 Nov 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[井上敏樹]]></category>
                <category><![CDATA[男と遊び]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/938510/3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" data-image_id="938510" alt="3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" /></div>
<blockquote><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;"><span style="background-color:transparent;font-family:Arial, sans-serif;font-size:11pt;">平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。今回は友人・Kさんとのエピソードをお送りします。</span></span></blockquote>
<h3>脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第71回<br /> 男とバー　 井上敏樹　</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　人にはどうしても覚えられない言葉というものがあるのではないだろうか？別に世界一長い昆虫の名前ーセイタカアワダチソウノヒゲナガアブラムシとか、日本一長い植物の名前ーリュウグノオトヒメノモトユイノキリハズシとかではなくもっと身近な言葉で、だ。私の場合なぜか『ピクルス』。言うまでもなく野菜の酢漬けの事である。これを書いている今も『ピクルス』だったか『ピルクス』だったか分からなくなりスマホで調べたぐらいである。たとえばバーで酒を飲んでいてピクルスが食べたくなっても名前が思い出せない。だが、『マスター、ほら、あれ、頂戴。西洋風の野菜の酢漬け……』とは言えない。馬鹿だと思われるからだ。そこでこそこそとスマホで調べる事になる。そして私は自信満々で言うのだ。『マスター、ピクルスをくれ』と。<br /><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><br />　なぜこんな話をしたかと言うと最近吉祥寺に出来たあるバーでピクルスの話になり、バイトの女の子たちによるピクルス選手権を開催する事になったのだが、どれもこれも今ひとつでよしそれならひとつ俺様が作ってやろうという流れになったからだ。『ピクルス』という言葉も曖昧な私だが、作るのには問題ない。というか得意だ。というか得意というのが恥ずかしいくらい簡単だ。コツはひとつ――らっきょう酢を使う事だけである。同量のらっきょう酢と白ワインを火にかけてアルコールを飛ばし、そこに好きな野菜を放り込む。あとは香り付けにタカの爪やらニンニクを入れれば出来上がり。二時間後にはもう食える。簡単である。</span></span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2223774">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2221019</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝「ミクロマン」中編]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は「変身サイボーグ」の後継シリーズ『ミクロマン』を分析します。現実とフィクションを接続する“拡張現実”的な遊びの転換点を、ミクロマンから読み解きます。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
■現実とフィクションの反転
　本連載では繰り返し、勇者シリーズが子供とおもちゃの関係を正確に記述しようとしてきたと述べた。「少年」の生きる世界と「ロボット」の生きる世界は、幾つもの意味で分離している。まず玩具において、「遊び手」と「玩具」は同じ世界に存在していない。当然のことだが「遊び手」が過ごしている日常は、「玩具」が表現する想像の世界――「ロボット」たちの日常とは重なっていない。そしてこの「遊び手」の世界が（おおむね）平和であるのに対し、「玩具」たちの世界は戦いに満ちている。だからこそ「少年」が命じることで「ロボット」がそれに応えるという構造が、「遊び手」が「玩具」という成熟のイメージの世界に参加していくために必要なのだった。ここでは「少年」は「子供」であることを保ったまま、「ロボット」が戦いを繰り広げる「大人」の世界に間接的にアクセスすることになる。
　ところがこの構造は、ミクロマンにおいては反転している。ミクロマンは1/1スケールの小さな宇宙人で、現実そのものを物語の空間としているために「少年」と「ミクロマン」の生きる世界は一致する。「遊び手」と「玩具」がそもそも最初から同じ世界に配置されているのだ。「遊び手」が過ごす日常に対して、「玩具」が越境し、「ミクロマン」たちの日常は「遊び手」の生活空間――比喩的に表現するなら「机の上」へと浸潤してくることになる。「遊び手」はその日常の裏側に、「玩具」が参加する戦いの世界を感じ取ることになる。「遊び手」にとって「玩具」がもたらす成熟のイメージは、別世界で行われている戦争に司令官として参加することではなく、今ここに存在している小さな隣人を経由してもたらされるのだ。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2222580</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2222580</guid>
                <pubDate>Fri, 17 Oct 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /> <img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/935816/34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" data-image_id="935816" alt="34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" /><br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">今回は</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">「変身サイボーグ」の後継シリーズ</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">『</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">ミクロマン</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">』</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">を分析します。</span></span></span><span style="background-color:transparent;font-family:Lato, sans-serif;font-size:11pt;">現実とフィクションを接続する“拡張現実”的な遊びの転換点を、ミクロマンから読み解きます。</span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>■<span style="font-size:16.38px;">現実とフィクションの反転</span></h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　</span><span style="font-family:'游明朝';"><span style="font-size:14.6667px;"></span></span><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:11pt;">本連載では繰り返し、勇者シリーズが子供とおもちゃの関係を正確に記述しようとしてきたと述べた。「少年」の生きる世界と「ロボット」の生きる世界は、幾つもの意味で分離している。まず玩具において、「遊び手」と「玩具」は同じ世界に存在していない。当然のことだが「遊び手」が過ごしている日常は、「玩具」が表現する想像の世界――「ロボット」たちの日常とは重なっていない。そしてこの「遊び手」の世界が（おおむね）平和であるのに対し、「玩具」たちの世界は戦いに満ちている。だからこそ「少年」が命じることで「ロボット」がそれに応えるという構造が、「遊び手」が「玩具」という成熟のイメージの世界に参加していくために必要なのだった。ここでは「少年」は「子供」であることを保ったまま、「ロボット」が戦いを繰り広げる「大人」の世界に間接的にアクセスすることになる。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"></span><span style="font-family:'游明朝';"><span style="font-size:14.6667px;">　ところがこの構造は、ミクロマンにおいては反転している。ミクロマンは1/1スケールの小さな宇宙人で、現実そのものを物語の空間としているために「少年」と「ミクロマン」の生きる世界は一致する。「遊び手」と「玩具」がそもそも最初から同じ世界に配置されているのだ。「遊び手」が過ごす日常に対して、「玩具」が越境し、「ミクロマン」たちの日常は「遊び手」の生活空間――比喩的に表現するなら「机の上」へと浸潤してくることになる。「遊び手」はその日常の裏側に、「玩具」が参加する戦いの世界を感じ取ることになる。「遊び手」にとって「玩具」がもたらす成熟のイメージは、別世界で行われている戦争に司令官として参加することではなく、今ここに存在している小さな隣人を経由してもたらされるのだ。<br /></span></span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2222580">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2219479</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[男と遊び　再び｜井上敏樹]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、2022年3月から放送開始の『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』も手がける脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。約3年ぶりの連載となる今回は、頭のエンジンを切らない思考法からアクスタ誕生の裏話まで、近況と創作の心得をまとめてお届けします。

脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第70回 男　と　遊　び　　再び　　　　 井上敏樹　
　随分と間が空いてしまった。この男と遊びを中断してもう４年になる。それにはちゃんとした理由があってある夜、私がぼんやりしていると東映のＲプロデューサーからラインが入った。『来年の戦隊やりませんか？』と。『よかろう』と私。Ｒとはもう４０年近い付き合いになるが、彼との仕事は大体こんな風に始まる。
　戦隊をやれば丸一年拘束される事になる。プロットやらシナリオやら毎週のように締切りが来る。要するにクソ忙しくなるのだ。
　エッセイは休まざるをえない。ちょっと待て、お前が休んだのは４年だ。変ではないかと言われそうだが、それにもちゃんとした理由がある。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2221019</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2221019</guid>
                <pubDate>Wed, 24 Sep 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[井上敏樹]]></category>
                <category><![CDATA[男と遊び]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/938510/3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" data-image_id="938510" alt="3d89615b92a00ed609c5023b627873aded7080c9.jpg" /></div>
<blockquote>平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、2022年3月から放送開始の『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』も手がける脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と遊び』。<span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:10.5pt;">約3年ぶりの連載となる今回は、頭のエンジンを切らない思考法からアクスタ誕生の裏話まで、近況と創作の心得をまとめてお届けします。</span></blockquote>
<strong><br /></strong>
<h3>脚本家・井上敏樹エッセイ『男と遊び』第70回<br /> 男　と　遊　び　　再び　　　　 井上敏樹　</h3>
<p>　随分と間が空いてしまった。この男と遊びを中断してもう４年になる。それにはちゃんとした理由があってある夜、私がぼんやりしていると東映のＲプロデューサーからラインが入った。『来年の戦隊やりませんか？』と。『よかろう』と私。Ｒとはもう４０年近い付き合いになるが、彼との仕事は大体こんな風に始まる。</p>
<p>　戦隊をやれば丸一年拘束される事になる。プロットやらシナリオやら毎週のように締切りが来る。要するにクソ忙しくなるのだ。</p>
<p>　エッセイは休まざるをえない。ちょっと待て、お前が休んだのは４年だ。変ではないかと言われそうだが、それにもちゃんとした理由がある。</p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2221019">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2221019</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[連続と不連続の間｜橘宏樹]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
ニューヨークの社交場では、どのような振る舞いが求められるのでしょうか好機をつかむための社交戦術を紹介します。

橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記第16回 連続と不連続の間｜橘宏樹

　こんにちは。橘宏樹です。本稿は総括編３部作の第２部です。前号では、日系人社会内部の連係の重要性と改善点の話をしました。特に駐在組日本人の社交のあり方について長々と綴ってしまいました。NYは世界最高の社交場のひとつです。ひょんな出会い、ほんの小さな会話が、本当にビッグ・ビジネスへと繋がります。展開のスピードやスケール感にはシビれるものがあります。日本人もこの場の力を活かさない手はありません。そのためにはどうすればいいか。今号では、社交の話をもう少し掘り下げつつ、何でも繋がっている、一見繋がってなさそうなものでも、繋げて考えましょう、ていうか繋げましょう、NYでは特にそれが問われます、というお話をしたいと思います。
１　攻めと守りの社交術──日系人社会の生存戦略
攻めの社交──気前よく「貸し」を仕掛ける
　NYは、世界屈指の社交の舞台です。偶然の出会いや何気ない会話が、驚くほどのスピードとスケールで大きなビジネスに結びつくことがあります。この場の力を活かすためには、受け身で待つのではなく、自ら積極的に仕掛けていく社交が欠かせません。相手との距離を一気に縮め、「また会いたい」と思わせるための戦術が必要です。
　前号では、初対面の相手と仲間になるための「三段構えの社交戦術」──相手のニーズを瞬時に読み取り、それに応えられる姿を示し、さらに気前よく提供する──について述べました。当たり前のように聞こえますが、重要なのは、それを人々がどれだけ多くの初対面相手に対して、その場その場で的確かつ瞬時に実行できるかです。立食パーティーのように一人と話せる時間が限られる場では、この瞬発力が勝敗を分けます。そして、その行動を積み重ねていけば、やがて巨大な「貸し」の資産、つまり社会関係資本（Social Capital）が築かれます。これはビジネスにおいて「どれくらいの人に、どれだけ頼めるか」という債権総量そのものであり、その構築には、日頃の情報収集、気前よく提供できる手札の充実、相手と向き合うときに貢献できるポイントを探す姿勢、そして総合力としての機転が欠かせません。
　もっとも、「損得を考えず自然体で付き合うことこそ人間関係の本質だ」と考える方もいるでしょう。確かに、自然体のまま、初対面から人種・宗教・貧富を問わず相手への貢献を第一にできる人間であれば、それで十分です。しかし、自然体ではそうすることが難しい人々──特にNYで失点が多い駐在組──にとっては、意識的に打算を組み込むことが有効になります。要は、目の前の相手の幸福を左右する要素に無頓着なままでは仲間は増えない、ということです。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2220240</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2220240</guid>
                <pubDate>Mon, 01 Sep 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[現役官僚のニューヨーク駐在日記]]></category>
                <category><![CDATA[橘宏樹]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/936871/98798296457cd11470f542a1ab4fcc40f0ad0484.jpg" data-image_id="936871" width="555" height="416" alt="98798296457cd11470f542a1ab4fcc40f0ad0484.jpg" /></div>
<blockquote>橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">現役官僚のニューヨーク駐在日記</a>」。<br />
<p><span style="font-family:Arial, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">ニューヨークの社交場では、どのような振る舞いが求められるのでしょうか好機をつかむための社交戦術を紹介します。</span></span></p>
</blockquote>
<h3><a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記</a><br />第16回 連続と不連続の間｜橘宏樹</h3>
<div>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;"></span></span><span style="font-size:14.6667px;font-family:Arimo, sans-serif;">　こんにちは。橘宏樹です。本稿は総括編３部作の第２部です。前号では、日系人社会内部の連係の重要性と改善点の話をしました。特に駐在組日本人の社交のあり方について長々と綴ってしまいました。NYは世界最高の社交場のひとつです。ひょんな出会い、ほんの小さな会話が、本当にビッグ・ビジネスへと繋がります。展開のスピードやスケール感にはシビれるものがあります。日本人もこの場の力を活かさない手はありません。そのためにはどうすればいいか。今号では、社交の話をもう少し掘り下げつつ、何でも繋がっている、一見繋がってなさそうなものでも、繋げて考えましょう、ていうか繋げましょう、NYでは特にそれが問われます、というお話をしたいと思います。<br /><br /></span></p>
<h3>１　攻めと守りの社交術──日系人社会の生存戦略</h3>
<h3>攻めの社交──気前よく「貸し」を仕掛ける</h3>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">　NYは、世界屈指の社交の舞台です。偶然の出会いや何気ない会話が、驚くほどのスピードとスケールで大きなビジネスに結びつくことがあります。この場の力を活かすためには、受け身で待つのではなく、自ら積極的に仕掛けていく社交が欠かせません。相手との距離を一気に縮め、「また会いたい」と思わせるための戦術が必要です。</span></span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">　前号では、初対面の相手と仲間になるための「三段構えの社交戦術」──相手のニーズを瞬時に読み取り、それに応えられる姿を示し、さらに気前よく提供する──について述べました。当たり前のように聞こえますが、重要なのは、それを人々がどれだけ多くの初対面相手に対して、その場その場で的確かつ瞬時に実行できるかです。立食パーティーのように一人と話せる時間が限られる場では、この瞬発力が勝敗を分けます。そして、その行動を積み重ねていけば、やがて巨大な「貸し」の資産、つまり社会関係資本（Social Capital）が築かれます。これはビジネスにおいて「どれくらいの人に、どれだけ頼めるか」という債権総量そのものであり、その構築には、日頃の情報収集、気前よく提供できる手札の充実、相手と向き合うときに貢献できるポイントを探す姿勢、そして総合力としての機転が欠かせません。</span></span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">　もっとも、「損得を考えず自然体で付き合うことこそ人間関係の本質だ」と考える方もいるでしょう。確かに、自然体のまま、初対面から人種・宗教・貧富を問わず相手への貢献を第一にできる人間であれば、それで十分です。しかし、自然体ではそうすることが難しい人々──特にNYで失点が多い駐在組──にとっては、意識的に打算を組み込むことが有効になります。要は、目の前の相手の幸福を左右する要素に無頓着なままでは仲間は増えない、ということです。</span></span></p>
　</div>
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                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2220240</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝「ミクロマン」前編]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は「変身サイボーグ」の後継シリーズ『ミクロマン』を分析します。サイズが12インチから3.75インチへと小型化したことで、〈少年＝遊び手〉と〈玩具〉の関係がどう変わったのかを考えます。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
■勇者シリーズから次のステップへ進むために
　本連載では、20世紀末においておもちゃが追求してきた理想の成熟のイメージについて考えてきた。勇者シリーズの分析においては特に『黄金勇者ゴルドラン』に注目し、所有と支配による男性的な成熟を退け、少年のまま自分の外側に存在するロボットと協調しながら「冒険」を続けていくビジョンに結実したと分析した。そしてこれは、遊び手という主体が玩具で遊び続けるという構造とも結びついていたのだった。そしてこの想像力をトランスフォーマーから勇者シリーズへの流れがもたらしたもっとも大きな可能性として評価した。ただその後の「末期勇者」の展開を考えると、いささか不安な要素もまだ残っている。
 　どういうことか。『黄金勇者ゴルドラン』の後に続いた『勇者指令ダグオン』は「特撮をモチーフにした勇者シリーズ」であり、『勇者王ガオガイガー』は「勇者シリーズをモチーフにしたアニメーション作品」だと本連載では整理した。それはある意味で、少年のまま特撮やアニメーションといったフィクションの世界に閉じていく方向であると考えられなくもない。所有と支配を捨て、少年のままロボットと共に想像の世界で「冒険」の旅を続けていくことは、（比喩的な意味で）「玩具と一緒にテレビのある子供部屋にこもる」想像力と結びついてしまいはしないだろうか？　玩具に導かれながら成熟していくイメージは、社会に接続されなくてはならないだろう。それは具体的にはどのようなものとして考えていけばよいのだろうか？ この構造を踏まえた上で、ある玩具シリーズを改めて分析してみたい。その玩具シリーズとは「ミクロマン」だ。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2219479</link>
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                <pubDate>Fri, 15 Aug 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /> <img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/935816/34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" data-image_id="935816" alt="34d368cf68c1ae08b7ae0b1b139147a0776eb151.jpg" /><br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">今回は</span><span style="background-color:transparent;font-size:10.5pt;vertical-align:baseline;">「変身サイボーグ」の後継シリーズ</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">『</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">ミクロマン</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;vertical-align:baseline;">』</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">を分析します。サイズが12インチから3.75インチへと小型化したことで、〈少年＝遊び手〉と〈玩具〉の関係がどう変わったのかを考えます。</span></span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>■<span style="font-size:16.38px;">勇者シリーズから次のステップへ進むために</span></h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　</span><span style="font-family:'游明朝';"><span style="font-size:14.6667px;">本連載では、20世紀末においておもちゃが追求してきた理想の成熟のイメージについて考えてきた。勇者シリーズの分析においては特に『黄金勇者ゴルドラン』に注目し、所有と支配による男性的な成熟を退け、少年のまま自分の外側に存在するロボットと協調しながら「冒険」を続けていくビジョンに結実したと分析した。そしてこれは、遊び手という主体が玩具で遊び続けるという構造とも結びついていたのだった。そしてこの想像力をトランスフォーマーから勇者シリーズへの流れがもたらしたもっとも大きな可能性として評価した。ただその後の「末期勇者」の展開を考えると、いささか不安な要素もまだ残っている。</span></span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　</span><span style="font-family:'游明朝';"><span style="font-size:14.6667px;">どういうことか。『黄金勇者ゴルドラン』の後に続いた『勇者指令ダグオン』は「特撮をモチーフにした勇者シリーズ」であり、『勇者王ガオガイガー』は「勇者シリーズをモチーフにしたアニメーション作品」だと本連載では整理した。それはある意味で、少年のまま特撮やアニメーションといったフィクションの世界に閉じていく方向であると考えられなくもない。所有と支配を捨て、少年のままロボットと共に想像の世界で「冒険」の旅を続けていくことは、（比喩的な意味で）「玩具と一緒にテレビのある子供部屋にこもる」想像力と結びついてしまいはしないだろうか？　玩具に導かれながら成熟していくイメージは、社会に接続されなくてはならないだろう。それは具体的にはどのようなものとして考えていけばよいのだろうか？ この構造を踏まえた上で、ある玩具シリーズを改めて分析してみたい。その玩具シリーズとは「ミクロマン」だ。</span></span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2219479">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[【お知らせ】PLANETS CHANEL 新プラン追加&リニューアル]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
PLANETSチャンネルはこの夏、8/14(木)13:00からリニューアルします。これまでYouTubeのみで配信していた宇野常寛の対談シリーズや、2025年8月1日オープンの「宇野書店」で開催されるトークイベントの模様が視聴できるコースなどを新たに新設しました。（一部配当チャンネルでの配信のないイベントもあります。）
また、これまでサブスプリクションでしか視聴できなかった動画の単品販売動画も、このリニューアルを機会に拡大していきます。より一層充実するニコニコ「PLANETSチャンネル」をどうぞお楽しみください。
【スタンダードプラン】 ※既存会員のプラン
生放送月1回、動画月2本以上が楽しめるスタンダードなプランです。※新プランリリース前にアップされているアーカイブ動画(2,000本以上)については、引き続き視聴可能です。
月額:880円（利用可能な決済手段:クレジット払い、携帯キャリ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2219338</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2219338</guid>
                <pubDate>Mon, 11 Aug 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><p><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/935400/99dfde3b6c4aa6578a7ab8027469b7b5f6e8384a.png" width="646" height="275" alt="99dfde3b6c4aa6578a7ab8027469b7b5f6e8384a.png" /></p>
<p>PLANETSチャンネルはこの夏、8/14(木)13:00からリニューアルします。これまでYouTubeのみで配信していた宇野常寛の対談シリーズや、2025年8月1日オープンの「宇野書店」で開催されるトークイベントの模様が視聴できるコースなどを新たに新設しました。（一部配当チャンネルでの配信のないイベントもあります。）</p>
<p>また、これまでサブスプリクションでしか視聴できなかった動画の単品販売動画も、このリニューアルを機会に拡大していきます。より一層充実するニコニコ「PLANETSチャンネル」をどうぞお楽しみください。</p>
<p><strong>【スタンダードプラン】 ※既存会員のプラン</strong></p>
<p>生放送月1回、動画月2本以上が楽しめるスタンダードなプランです。※新プランリリース前にアップされているアーカイブ動画(2,000本以上)については、引き続き視聴可能です。</p>
<p>月額:880円（利用可能な決済手段:クレジット払い、携帯キャリア決済(docomo、au、softbank)、PayPal）</p>
<p><strong>【プレミアムプラン】</strong></p>
<p>スタンダードプランの内容(動画 月2本、生放送 月1回)に加えて、PLANETS YouTubeチャンネルの動画(宇野常寛の対談シリーズなど月2〜3本)を視聴可能なプランです。2025年8月1日オープンの「宇野書店」で開催されるトークイベントもこちらから視聴可能です。</p>
<p>月額:2,390円 (利用可能な決済手段:クレジット払い)</p>
<p><strong>【見放題プラン】</strong></p>
<p>プレミアムプランの内容に加えて、動画アーカイブ(新プランリリース後にアップされるもの)も期限なく視聴可能なプランです。</p>
<p>月額:5,478円 (利用可能な決済手段:クレジット払い)</p>
<p>※ スタンダードプラン以外の会員プランは、定期お支払い管理に登録されたクレジットカードでのみ入会が可能です。定期お支払い管理の確認と登録は、 <a href="https://subs.nicovideo.jp/my/pay_method_settings">こちら</a>でご確認ください。</p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2219338</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　勇者シリーズ（９）「勇者王ガオガイガー」後編]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は前回に引き続き『勇者王ガオガイガー』を分析します。玩具主導の勇者シリーズがロボットアニメへと転換した流れを読み解きます。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
■サイボーグとしてのガオガイガー
　さて、それではその「サイボーグ」である凱と「フュージョン」するガオガイガーは、どのような想像力を持っていたのだろうか。
 　ガオガイガーは先述のように、まずはサイボーグである凱と、ギャレオンという宇宙から来たライオン型ロボットが「フュージョン」し、小ロボ「ガイガー」となる。そしてそのガイガーが、地球製のサポートメカ3種と合体することで完成する。
 　小ロボをサポートメカによって拡張する形式そのものは勇者シリーズの1号ロボとして伝統的なものであるが、ガオガイガーはこれまでのそれとは一線を画する点がいくつかある。
 　まず、小ロボがサポートメカを着込むように合体する点だ。これまで見てきた勇者シリーズの小ロボは、主に自動車が変形してサポートメカと合体することによって成立してきた。例外がエクスカイザーで、これはサポートロボを着込んでいるといえなくもないが、キングエクスカイザーはほぼサポート部だけで完結しており、その内部に小ロボが入る――つまり外側に拡張するのではなく、内側に格納する形式と見たほうが正確だろう。
 　グレート合体においては１号ロボが2号ロボを着込む形式はむしろ一般的だが、１号ロボの時点でこの形式が採用されているのは、勇者シリーズの主役機としては唯一である。
 　ガオガイガーが小ロボの身体を拡張するように強化されていくのは、やはりサイボーグ性の表現であると受け止めることができる。ギャレオンは宇宙ライオンとして自律した生命体であるが、ガイガーあるいはガオガイガーとなったとき、その人格は完全に凱のものとなる。いささか単純な読みではあるが、「ガイ」→「ガイガー」→「ガオガイガー」というネーミングの組み立ては、それを象徴しているように思われる。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2217372</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2217372</guid>
                <pubDate>Sat, 05 Jul 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /> <img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/929698/960bd44c908d1823d5e6108eed094d93e2589437.jpg" data-image_id="929698" alt="960bd44c908d1823d5e6108eed094d93e2589437.jpg" /><br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。今回は前回に引き続き『勇者王ガオガイガー』を分析します。玩具主導の勇者シリーズがロボットアニメへと転換した流れを読み解きます。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"><br /></span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>■<span style="font-size:16.38px;">サイボーグとしてのガオガイガー</span></h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　さて、それではその「サイボーグ」である凱と「フュージョン」するガオガイガーは、どのような想像力を持っていたのだろうか。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　ガオガイガーは先述のように、まずはサイボーグである凱と、ギャレオンという宇宙から来たライオン型ロボットが「フュージョン」し、小ロボ「ガイガー」となる。そしてそのガイガーが、地球製のサポートメカ3種と合体することで完成する。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　小ロボをサポートメカによって拡張する形式そのものは勇者シリーズの1号ロボとして伝統的なものであるが、ガオガイガーはこれまでのそれとは一線を画する点がいくつかある。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　まず、小ロボがサポートメカを着込むように合体する点だ。これまで見てきた勇者シリーズの小ロボは、主に自動車が変形してサポートメカと合体することによって成立してきた。例外がエクスカイザーで、これはサポートロボを着込んでいるといえなくもないが、キングエクスカイザーはほぼサポート部だけで完結しており、その内部に小ロボが入る――つまり外側に拡張するのではなく、内側に格納する形式と見たほうが正確だろう。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　グレート合体においては１号ロボが2号ロボを着込む形式はむしろ一般的だが、１号ロボの時点でこの形式が採用されているのは、勇者シリーズの主役機としては唯一である。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　ガオガイガーが小ロボの身体を拡張するように強化されていくのは、やはりサイボーグ性の表現であると受け止めることができる。ギャレオンは宇宙ライオンとして自律した生命体であるが、ガイガーあるいはガオガイガーとなったとき、その人格は完全に凱のものとなる。いささか単純な読みではあるが、「ガイ」→「ガイガー」→「ガオガイガー」というネーミングの組み立ては、それを象徴しているように思われる。<br /></span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2217372">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2217372</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　勇者シリーズ（９）「勇者王ガオガイガー」前編]]></title>
                <description><![CDATA[<p> 
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。勇者シリーズの最終作『勇者王ガオガイガー』は、歴代随一の人気作でありながら異端作だとも言われます。今回は、その「異端にして集大成」という二面性を読み解きます。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
■勇者シリーズ最終作品は「成熟」をどう描いたか
　『勇者王ガオガイガー』は、これまで論じてきた勇者シリーズの最終作に位置する作品であるが、一般にその評価は二分されているといってよい。
 　ひとつめは『勇者王ガオガイガー』こそが勇者シリーズの代表作だという意見だ。実際、『勇者王ガオガイガー』は勇者シリーズの中では放送終了後のメディアミックス・商品化ともにもっとも恵まれた作品であることは間違いない。ダグオンと同様にOVAが発表された他、雑誌をはじめとしていくつかの媒体で派生作品が展開されていた。また現在においてもさまざまな商品がアップデートされながら発売され続けている。勇者シリーズというブランド（とここでは呼んでおくことにしたい）の中でも、その歴代商品化点数はおそらくトップクラスだろう。勇者シリーズ最大の人気作であると言ってしまっても、さほど問題はないように思われる。
 　もうひとつの意見は、『勇者王ガオガイガー』は勇者シリーズの異端作だという意見である。『勇者王ガオガイガー』はそれまでの勇者シリーズが持っていたどこか牧歌的なトーンを持ち合わせておらず、かなりハードな設定のSFとして描かれている。また木村貴宏によるキャラクターデザインも、男性・女性問わず総じていわゆるアニメ的なニュアンスが強いものである。そのため『勇者王ガオガイガー』は、あくまで子供に向けた玩具販促番組としての枠組みに留まってきた（あるいはときに逸脱しながらも留まろうという重力の影響下にあった）それまでの勇者シリーズに比べると格段に大人向け、あるいはアニメファン向けの作品だと受け止められている。

▲『勇者王ガオガイガー』。これまでとは大きく趣の異なるビジュアル。 勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p211
　このふたつは一見相反する意見のように思われ、ファンのあいだでもしばしばその評価について対立が起こっている。しかし本連載では、このふたつの立場は両立するもの、ひとつの現象の異なる側面として考える。つまり『勇者王ガオガイガー』は、異端作であるがゆえに代表作となったのだ。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2215873</link>
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                <pubDate>Fri, 30 May 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /> <img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/929698/960bd44c908d1823d5e6108eed094d93e2589437.jpg" data-image_id="929698" alt="960bd44c908d1823d5e6108eed094d93e2589437.jpg" /><br />
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;">勇者シリーズの最終作『勇者王ガオガイガー』は、歴代随一の人気作でありながら異端作だとも言われます。今回は、その「異端にして集大成」という二面性を読み解きます。</span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>■勇者シリーズ最終作品は「成熟」をどう描いたか</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　『勇者王ガオガイガー』は、これまで論じてきた勇者シリーズの最終作に位置する作品であるが、一般にその評価は二分されているといってよい。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　ひとつめは『勇者王ガオガイガー』こそが勇者シリーズの代表作だという意見だ。実際、『勇者王ガオガイガー』は勇者シリーズの中では放送終了後のメディアミックス・商品化ともにもっとも恵まれた作品であることは間違いない。ダグオンと同様にOVAが発表された他、雑誌をはじめとしていくつかの媒体で派生作品が展開されていた。また現在においてもさまざまな商品がアップデートされながら発売され続けている。勇者シリーズというブランド（とここでは呼んでおくことにしたい）の中でも、その歴代商品化点数はおそらくトップクラスだろう。勇者シリーズ最大の人気作であると言ってしまっても、さほど問題はないように思われる。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"> 　もうひとつの意見は、『勇者王ガオガイガー』は勇者シリーズの異端作だという意見である。『勇者王ガオガイガー』はそれまでの勇者シリーズが持っていたどこか牧歌的なトーンを持ち合わせておらず、かなりハードな設定のSFとして描かれている。また木村貴宏によるキャラクターデザインも、男性・女性問わず総じていわゆるアニメ的なニュアンスが強いものである。そのため『勇者王ガオガイガー』は、あくまで子供に向けた玩具販促番組としての枠組みに留まってきた（あるいはときに逸脱しながらも留まろうという重力の影響下にあった）それまでの勇者シリーズに比べると格段に大人向け、あるいはアニメファン向けの作品だと受け止められている。</span></p>
<div><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-family:'游明朝';"><span style="font-size:11pt;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/929699/a13d9e403b2b3e958fad84ccc8d85155d45b5e46.png" data-image_id="929699" alt="a13d9e403b2b3e958fad84ccc8d85155d45b5e46.png" /></span></span><br /></span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:90%;">▲『勇者王ガオガイガー』。これまでとは大きく趣の異なるビジュアル。 勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p211<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;"></span></span></span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　このふたつは一見相反する意見のように思われ、ファンのあいだでもしばしばその評価について対立が起こっている。しかし本連載では、このふたつの立場は両立するもの、ひとつの現象の異なる側面として考える。つまり『勇者王ガオガイガー』は、異端作であるがゆえに代表作となったのだ。<br /></span></p>
<span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-family:'游明朝';font-size:14.6667px;"><span style="color:#000000;font-family:'游明朝';font-size:11pt;font-style:normal;font-weight:400;text-decoration-line:none;white-space:pre-wrap;background-color:transparent;"></span></span></span></span></span>　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2215873">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2210884</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について｜橘宏樹]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
今回は、〈出張組〉〈駐在組〉〈永住組〉という三層の日本人コミュニティを読み解きます。

橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記第15回 日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について｜橘宏樹


こんにちは。橘宏樹です。トランプ政権も100日が経過しました。関税政策にせよウクライナ和平にせよ、まずは高目から吹っかけて落としどころを探る「ディール（取引）」スタイルが展開しています。世界は、振り回されながらも、なんだか妙に慣れてきた、といったところではないでしょうか。株価の乱高下の幅も小さくなってきているように見えます。しかし、もちろん、トランプ大統領は、お騒がせして申し訳ありませんなどと、決して詫びません。トランプ・ディールの最終目的が、国内雇用を取り戻すべく、安過ぎる為替レートや投資制限で独善的保護主義政策をとる中国を追い込むことにあるとしても、この恣意的急変動に世界が慣れていくことそれ自体によって、彼による世界に対するある種の「調教」が進んでいる感もなきにしもあらずです。
関税交渉の合意一番手はイギリスでした。これまで両国間に大した貿易摩擦が生じていなかったことが早期合意できた主要因だとは思いますが、右往左往する他国を尻目に、こうやって妥結するもんなんだぜ、とばかりに、早々にイチ抜けするところ、やはり英国の手早さ、鮮やかさのようなものを感じて「さすが」と思ってしまうのは僕だけでしょうか。スターマー首相の手腕以前に、英米関係の「特別さ」を裏打ちする極太の外交パイプが、縦横無尽に通っているんだろうなと想像させられます。ベッセント米財務長官とマンデルソン駐米英国大使との個人的な信頼関係が効を奏したとの報道もありました。
転じて、リーディング・ケースになるはずだった日本政府は苦心しています。外交関係者は全力を挙げて交渉にあたっています。しかし、トランプにパイプがない、交渉力が弱い、と、石破政権は批判にさらされています。ですが、対米関係をマネジメントする上で、改善が必要な存在は、果たして石破政権と外務省関係者だけなのでしょうか。
国家間関係は、社会間関係の上に乗っています。社会間関係は非常に多種多様な分野に渡り、重層的で有機的に関連し合っています。とどのつまり、日系人社会が米国社会に深々と「食い込んで」いればいるほど、人脈と情報が本国の手に入り、日本の対米交渉力はアップします。僕は、日系人社会自体は、米国社会にボチボチ食い込んではいるものの、むしろ日系人社会内の連係プレーができていないため、せっかくの食い込み分すら活用し切れていないところに課題があるのではないか、と見ています。対米交渉の遅滞要因は、実は、今日に始まった問題ではないのです。
本連載の最終章として、３回に分けて、NY駐在の総括編をお送りします。今号では、僕が約３年間、NYの日系人社会で生活して気が付いた、日本の国益を最大化するためのヒントを、日系人のキャラクターの種類、日本人の社交戦術、国家間の社会間関係の３つの観点からご共有したいと思います。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2215527</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2215527</guid>
                <pubDate>Fri, 23 May 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[現役官僚のニューヨーク駐在日記]]></category>
                <category><![CDATA[橘宏樹]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/929436/b23e34b77970cc663be4b39e170513e6d3e777f5.jpg" data-image_id="929436" width="622" height="350" alt="b23e34b77970cc663be4b39e170513e6d3e777f5.jpg" /></div>
<blockquote>現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">現役官僚のニューヨーク駐在日記</a>」。<br />
<p><span style="font-family:Arial, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">今回は、〈出張組〉〈駐在組〉〈永住組〉という三層の日本人コミュニティを読み解きます。</span></span></p>
</blockquote>
<h3><a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記</a><br />第15回 日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について<span style="font-size:16.38px;">｜橘宏樹</span></h3>
<br />
<div>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">こんにちは。橘宏樹です。トランプ政権も100日が経過しました。関税政策にせよウクライナ和平にせよ、まずは高目から吹っかけて落としどころを探る「ディール（取引）」スタイルが展開しています。世界は、振り回されな</span></span><span style="font-size:14.6667px;font-family:Arimo, sans-serif;">がらも、なんだか妙に慣れてきた、といったところではないでしょうか。株価の乱高下の幅も小さくなってきているように見えます。しかし、もちろん、トランプ大統領は、お騒がせして申し訳ありませんなどと、決して詫びません。トランプ・ディールの最終目的が、国内雇用を取り戻すべく、安過ぎる為替レートや投資制限で独善的保護主義政策をとる中国を追い込むことにあるとしても、この恣意的急変動に世界が慣れていくことそれ自体によって、彼による世界に対するある種の「調教」が進んでいる感もなきにしもあらずです。</span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">関税交渉の合意一番手はイギリスでした。これまで両国間に大した貿易摩擦が生じていなかったことが早期合意できた主要因だとは思いますが、右往左往する他国を尻目に、こうやって妥結するもんなんだぜ、とばかりに、早々にイチ抜けするところ、やはり英国の手早さ、鮮やかさのようなものを感じて「さすが」と思ってしまうのは僕だけでしょうか。スターマー首相の手腕以前に、英米関係の「特別さ」を裏打ちする極太の外交パイプが、縦横無尽に通っているんだろうなと想像させられます。ベッセント米財務長官とマンデルソン駐米英国大使との個人的な信頼関係が効を奏したとの報道もありました。</span></span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">転じて、リーディング・ケースになるはずだった日本政府は苦心しています。外交関係者は全力を挙げて交渉にあたっています。しかし、トランプにパイプがない、交渉力が弱い、と、石破政権は批判にさらされています。ですが、対米関係をマネジメントする上で、改善が必要な存在は、果たして石破政権と外務省関係者だけなのでしょうか。</span></span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">国家間関係は、社会間関係の上に乗っています。社会間関係は非常に多種多様な分野に渡り、重層的で有機的に関連し合っています。とどのつまり、日系人社会が米国社会に深々と「食い込んで」いればいるほど、人脈と情報が本国の手に入り、日本の対米交渉力はアップします。僕は、日系人社会自体は、米国社会にボチボチ食い込んではいるものの、むしろ日系人社会内の連係プレーができていないため、せっかくの食い込み分すら活用し切れていないところに課題があるのではないか、と見ています。対米交渉の遅滞要因は、実は、今日に始まった問題ではないのです。<br /></span></span></p>
<p><span style="font-family:Arimo, sans-serif;"><span style="font-size:14.6667px;">本連載の最終章として、３回に分けて、NY駐在の総括編をお送りします。今号では、僕が約３年間、NYの日系人社会で生活して気が付いた、日本の国益を最大化するためのヒントを、日系人のキャラクターの種類、日本人の社交戦術、国家間の社会間関係の３つの観点からご共有したいと思います。<br /></span></span></p>
　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2215527">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　勇者シリーズ（８）「勇者指令ダグオン」後編]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は前回に引き続き『勇者指令ダグオン』を分析します。「絶対にして完璧な存在」となる誘惑を断ち切り「青春」を優先した主人公・大堂寺 炎。成熟のイメージという観点からは、どのように読むことができるのでしょうか？
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
「融合」し拡張していく自我の裏表
本作のラスボスとなるのは、超生命体ジェノサイドである。ジェノサイドは他の存在と「融合」することによって世界を支配しようとしており、サルガッソの囚人たちもジェノサイドによって操られていたことが判明する。ジェノサイドは自らを「絶対にして完璧なる存在」と称し、地球と融合することで「新しい星」になろうとする。
これを阻止するために、炎は基地「ダグベース」と融合し、ロボットとなる。そしてダグベースにダグオンたちが融合する（かのように見える演出を挟む）ことで、ジェノサイドの作戦は失敗する。しかしジェノサイドは密かに生き延びており、地球に帰還したダグベースに格納されていたファイヤーダグオンと融合し、さらにジェノサイドは地球との融合に成功してしまう。そこでは民衆はジェノサイドの一部となってしまい、ゾンビのように意志を持たぬ存在になってしまう。炎はジェノサイドを阻止するためにパワーダグオンと融合合体し、わざとスーパーファイヤーダグオンに合体することで、意図的にジェノサイドと融合する。炎はジェノサイドと融合しそうになるが、「絶対にして完璧な存在」となる誘惑を断ち切り、「ダグオン」であることを宣言し、ジェノサイドと共に宇宙の彼方に消える――が、最終的には相思相愛となったヒロイン、戸部真理亜のもとへ帰還する。
この終盤の展開は、成熟のイメージという観点からは、どのように読むことができるだろうか？　ジェノサイドは「絶対にして完璧な存在」――理想の成熟を求めてどこまでも利己的に振る舞い、地球という惑星そのもの、そこに住むすべての生命とすら「融合」してしまう、全体主義的な危険な主体だ。対して炎はダグオンを代表して、その理想の成熟への性急な重力を、自己犠牲と利他性の徹底によって振り切ろうとする。その結果、炎はジェノサイドとともに消えてしまう。
ファイヤーダグオンとパワーダグオンの合体によってジェノサイドと炎が同一化してしまう展開は、「融合」という想像力において二者が同じコインの裏表であることを意味している。ダグオンもまた、サルガッソの囚人たちから地球を守るために、自らの身体を「融合」によって強化してきた。そしてその「融合」は、ダグベースにまつわる演出に見られるように、信頼によって結ばれた関係性――「青春」へと拡大する。
「青春」という美学は、成熟のために他者を必要としている。勇者シリーズはその歴史の中で、少年とロボットの出会いからさまざまな成熟を導き出してきた。『勇者指令ダグオン』は、その少年とロボットの関係の到達点として、少年とロボットを「融合」させてしまった。『勇者指令ダグオン』では少年とロボットがイコールで結ばれているのだから、必然的に「少年＝ロボット」と「少年＝ロボット」が相互に出会うことによって成熟が描かれる。そして少年とロボットが融合可能なのだとしたら、論理的に「少年＝ロボット」と「少年＝ロボット」も融合可能である（ダグベース）。そしてそれを拡張していけば、最終的には地球そのものとすら融合することが可能になってしまう（ジェノサイド）。
本連載では、勇者シリーズの源流にあるトランスフォーマー、そしてその根底に流れるG.I.ジョー的なアメリカン・マスキュリニティの特徴を、完全な精神（という仮定）が肉体へと拡張され、社会へと短絡していく点に見出した。少年とロボットの主体がイコールで結ばれることはこうしたマスキュリニティへの回帰であり、その裏側にあるのはジェノサイド的な全体主義への回帰であることを『勇者指令ダグオン』は指摘しているように思われる。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2212529</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2212529</guid>
                <pubDate>Wed, 19 Mar 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/922282/fa2ddd6d5351c005ac041ccb44826884580be2b7.jpg" data-image_id="922282" width="660" height="345" alt="fa2ddd6d5351c005ac041ccb44826884580be2b7" /><br /><div style="text-align:center;"></div>
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;"><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;">今回は前回に引き続き『勇者指令ダグオン』を分析します。「絶対にして完璧な存在」となる誘惑を断ち切り「青春」を優先した主人公・大堂寺 炎。成熟のイメージという観点からは、どのように読むことができるのでしょうか？</span></span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>「融合」し拡張していく自我の裏表</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">本作のラスボスとなるのは、超生命体ジェノサイドである。ジェノサイドは他の存在と「融合」することによって世界を支配しようとしており、サルガッソの囚人たちもジェノサイドによって操られていたことが判明する。ジェノサイドは自らを「絶対にして完璧なる存在」と称し、地球と融合することで「新しい星」になろうとする。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">これを阻止するために、炎は基地「ダグベース」と融合し、ロボットとなる。そしてダグベースにダグオンたちが融合する（かのように見える演出を挟む）ことで、ジェノサイドの作戦は失敗する。しかしジェノサイドは密かに生き延びており、地球に帰還したダグベースに格納されていたファイヤーダグオンと融合し、さらにジェノサイドは地球との融合に成功してしまう。そこでは民衆はジェノサイドの一部となってしまい、ゾンビのように意志を持たぬ存在になってしまう。炎はジェノサイドを阻止するためにパワーダグオンと融合合体し、わざとスーパーファイヤーダグオンに合体することで、意図的にジェノサイドと融合する。炎はジェノサイドと融合しそうになるが、「絶対にして完璧な存在」となる誘惑を断ち切り、「ダグオン」であることを宣言し、ジェノサイドと共に宇宙の彼方に消える――が、最終的には相思相愛となったヒロイン、戸部真理亜のもとへ帰還する。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">この終盤の展開は、成熟のイメージという観点からは、どのように読むことができるだろうか？　ジェノサイドは「絶対にして完璧な存在」――理想の成熟を求めてどこまでも利己的に振る舞い、地球という惑星そのもの、そこに住むすべての生命とすら「融合」してしまう、全体主義的な危険な主体だ。対して炎はダグオンを代表して、その理想の成熟への性急な重力を、自己犠牲と利他性の徹底によって振り切ろうとする。その結果、炎はジェノサイドとともに消えてしまう。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">ファイヤーダグオンとパワーダグオンの合体によってジェノサイドと炎が同一化してしまう展開は、「融合」という想像力において二者が同じコインの裏表であることを意味している。ダグオンもまた、サルガッソの囚人たちから地球を守るために、自らの身体を「融合」によって強化してきた。そしてその「融合」は、ダグベースにまつわる演出に見られるように、信頼によって結ばれた関係性――「青春」へと拡大する。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">「青春」という美学は、成熟のために他者を必要としている。勇者シリーズはその歴史の中で、少年とロボットの出会いからさまざまな成熟を導き出してきた。『勇者指令ダグオン』は、その少年とロボットの関係の到達点として、少年とロボットを「融合」させてしまった。『勇者指令ダグオン』では少年とロボットがイコールで結ばれているのだから、必然的に「少年＝ロボット」と「少年＝ロボット」が相互に出会うことによって成熟が描かれる。そして少年とロボットが融合可能なのだとしたら、論理的に「少年＝ロボット」と「少年＝ロボット」も融合可能である（ダグベース）。そしてそれを拡張していけば、最終的には地球そのものとすら融合することが可能になってしまう（ジェノサイド）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">本連載では、勇者シリーズの源流にあるトランスフォーマー、そしてその根底に流れるG.I.ジョー的なアメリカン・マスキュリニティの特徴を、完全な精神（という仮定）が肉体へと拡張され、社会へと短絡していく点に見出した。少年とロボットの主体がイコールで結ばれることはこうしたマスキュリニティへの回帰であり、その裏側にあるのはジェノサイド的な全体主義への回帰であることを『勇者指令ダグオン』は指摘しているように思われる。</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2212529">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2210884</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プールで毎日2時間歩いて飽きないためのスパイス｜濱野智史]]></title>
                <description><![CDATA[<p>

批評家の濱野智史さんによる連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第4回では、前回の記事で濱野さんが熱く魅力を語ったプールを「飽きない」ためのデバイスやメソッドについて紹介します。

リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プールで毎日2時間歩いて飽きないためのスパイス｜濱野智史 
スポーツにおける最大の課題にして敵、それは「飽きる」問題
　私はここまで、「プール・ウォーキングは毎日2時間、無理なく続けられるのでダイエット効果も高い」と連呼してきたが、「そもそも2時間もスマホも触らずにただ歩くなんて退屈なはずだし、飽きてしまって続かないのではないか」という疑問を抱く方もいるだろう。
　実はかくいう私も、この「飽きる」問題はスポーツや運動を日常的に継続していく上で非常に重要なポイントだと考えている。実際、私のこれまでのスポーツ半生は「飽き」との闘いだったといっても過言ではない。
　たとえばかつてジムに通っていた30代前半の頃は、最初こそ目新しくて飽きることはないのだが、すぐに筋トレマシンやエアロバイクの無味乾燥感に耐えられず、数回も行くころには飽きて行かなくなってしまった。えんえんと景色が変わらない単調さのなかで運動し続けることが、自分の場合どうしてもできないのである。
　同時期にジョギングも半年ほどやっていた。これも最初こそ楽しいのだが、5km・10km・15kmと距離を伸ばし、自宅の周りのルートをあらかた走り尽くしてしまうと、その光景の変わらなさにやはり飽きが来てしまう。移動手段を変えても結局は同じで、サイクリングも同じ結果になってしまった。私の場合、荒川沿いをロードバイクで10回程度は走ったことがあるが、これも最初の数回はきわめて楽しいのだが、結局は毎度変わらぬ光景にうんざりしていつしか乗らなくなってしまったのである。
　そこで私は最終的に「登山」に行き着くことになる。自分がまだ登ったことのない山というのは日本中に無数とあるし、山道というのはその光景・路面といい常刻々と変化を絶やすことがない。その意味で登山は自分にとって最高の「飽きない」アクティビティである。しかし、残念ながら登山は（都市部に住んでいる限り）毎日のようにやるわけにはいかないスポーツだ。よって私は、何か自宅のそばで毎日飽きずに続けられるスポーツやアクティビティがないか、常に探し求めてきた。
　結論から言うと、プール・ウォーキングはおそらく私にとって、現時点で最もこの「飽き」問題を高いレベルでクリアしているアクティビティである。実際、この半年で私なりにいろいろな対策（飽きないためのデジタル・アイテムの導入やオリジナル・メソッドの開発）を試して習慣として定着させることにも成功している。ここでは、ぜひそのノウハウを余すことなく紹介したい。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2211491</link>
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                <pubDate>Wed, 26 Feb 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[濱野智史]]></category>
                <category><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/923332/90bfddd412ebc5d5d137c44e4d0706d932606828.jpg" data-image_id="923332" width="647" height="364" alt="90bfddd412ebc5d5d137c44e4d0706d932606828" /></div>
<blockquote>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">批評家の濱野智史さんによる連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第4回では、前回の記事で濱野さんが熱く魅力を語ったプールを「飽きない」ためのデバイスやメソッドについて紹介します。</span></p>
</blockquote>
<h3>リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プールで毎日2時間歩いて飽きないためのスパイス｜濱野智史<span style="background-color:transparent;font-family:Arial, sans-serif;font-size:11pt;"> </span></h3>
<h3>スポーツにおける最大の課題にして敵、それは「飽きる」問題</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　私はここまで、「プール・ウォーキングは毎日2時間、無理なく続けられるのでダイエット効果も高い」と連呼してきたが、「そもそも2時間もスマホも触らずにただ歩くなんて退屈なはずだし、飽きてしまって続かないのではないか」という疑問を抱く方もいるだろう。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　実はかくいう私も、この「飽きる」問題はスポーツや運動を日常的に継続していく上で非常に重要なポイントだと考えている。実際、私のこれまでのスポーツ半生は「飽き」との闘いだったといっても過言ではない。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　たとえばかつてジムに通っていた30代前半の頃は、最初こそ目新しくて飽きることはないのだが、すぐに筋トレマシンやエアロバイクの無味乾燥感に耐えられず、数回も行くころには飽きて行かなくなってしまった。えんえんと景色が変わらない単調さのなかで運動し続けることが、自分の場合どうしてもできないのである。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　同時期にジョギングも半年ほどやっていた。これも最初こそ楽しいのだが、5km・10km・15kmと距離を伸ばし、自宅の周りのルートをあらかた走り尽くしてしまうと、その光景の変わらなさにやはり飽きが来てしまう。移動手段を変えても結局は同じで、サイクリングも同じ結果になってしまった。私の場合、荒川沿いをロードバイクで10回程度は走ったことがあるが、これも最初の数回はきわめて楽しいのだが、結局は毎度変わらぬ光景にうんざりしていつしか乗らなくなってしまったのである。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　そこで私は最終的に「登山」に行き着くことになる。自分がまだ登ったことのない山というのは日本中に無数とあるし、山道というのはその光景・路面といい常刻々と変化を絶やすことがない。その意味で登山は自分にとって最高の「飽きない」アクティビティである。しかし、残念ながら登山は（都市部に住んでいる限り）毎日のようにやるわけにはいかないスポーツだ。よって私は、何か自宅のそばで毎日飽きずに続けられるスポーツやアクティビティがないか、常に探し求めてきた。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　結論から言うと、プール・ウォーキングはおそらく私にとって、現時点で最もこの「飽き」問題を高いレベルでクリアしているアクティビティである。実際、この半年で私なりにいろいろな対策（飽きないためのデジタル・アイテムの導入やオリジナル・メソッドの開発）を試して習慣として定着させることにも成功している。ここでは、ぜひそのノウハウを余すことなく紹介したい。</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2211491">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[「分断」を乗り越える個人のチカラ（ニューヨークのイノベーションシーンについて後編＃3）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回はニューヨークで活躍する日本人のイノベーターとして、包丁や食器の輸入販売を行う「Korin」社長・創業者の川野作織さんを紹介します。「ニューヨークレストラン業界のゴッドマザー」として、現地のシェフたちに支持される川野さんが始めた活動「GOHAN Society」。その日本文化の伝承方法としての革新性とは？

橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記第14回「分断」を乗り越える個人のチカラ（ニューヨークのイノベーションシーンについて後編＃3）
こんにちは。橘宏樹です。大変ご無沙汰しております。本年もどうぞよろしくお願いします。東京は寒い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。さて、アメリカ大統領には、トランプ氏が返り咲き、1月20日には、就任式が行われ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2211169</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2211169</guid>
                <pubDate>Mon, 17 Feb 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[現役官僚のニューヨーク駐在日記]]></category>
                <category><![CDATA[橘宏樹]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/810000/f3b96027d733f5038c0ad8acfe055e73377bddd9.jpg" data-image_id="810000" alt="f3b96027d733f5038c0ad8acfe055e73377bddd9" width="570" /></div>
<blockquote>現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">現役官僚のニューヨーク駐在日記</a>」。<br /><p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">今回はニューヨークで活躍する日本人のイノベーターとして、包丁や食器の輸入販売を行う「Korin」社長・創業者の川野作織さんを紹介します。「ニューヨークレストラン業界のゴッドマザー」として、現地のシェフたちに支持される川野さんが始めた活動「GOHAN Society」。その日本文化の伝承方法としての革新性とは？</span></p>
</blockquote>
<h3><a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/%E7%8F%BE%E5%BD%B9%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E9%A7%90%E5%9C%A8%E6%97%A5%E8%A8%98" target="_blank">橘宏樹　現役官僚のニューヨーク駐在日記</a><br />第14回「分断」を乗り越える個人のチカラ（ニューヨークのイノベーションシーンについて後編＃3）</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">こんにちは。橘宏樹です。大変ご無沙汰しております。本年もどうぞよろしくお願いします。東京は寒い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。さて、アメリカ大統領には、トランプ氏が返り咲き、1月20日には、就任式が行われ</span></p>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2211169">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2211169</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　勇者シリーズ（８）「勇者指令ダグオン」前編]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。今回は「末期勇者」として『勇者指令ダグオン』を分析します。『黄金勇者ゴルドラン』によって一度達成されてしまった「魂を持った乗り物」という概念で名指そうとした美学。「末期勇者」はいかなる提案を勇者シリーズに行うのでしょうか。
 
池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
３つめの区分「末期勇者」
ここまで勇者シリーズの６作品を、大きく前半「谷田部勇者」と後半「高松勇者」にわけて論じてきた。「谷田部勇者」は理想の成熟のイメージを追求した結果、子どもとおもちゃの関係を「命じる少年」と「従うロボット」として描き出した。「高松勇者」は勇者シリーズの本質を批判的に継承していく過程で、その関係の境界に挑戦していった。そして最終的に『黄金勇者ゴルドラン』はメタフィクションとして、「子どもの遊び」を永遠に続けていくという逆説的な成熟のモデルに到達した。
ここからは『勇者指令ダグオン』と『勇者王ガオガイガー』の２作品を続けて論じていく。「谷田部勇者」「高松勇者」という呼称と同様に、この２作品を便宜上「末期勇者」と呼ぶことにしよう。「谷田部勇者」と「高松勇者」の区分が監督の切り替わりによって定義されていたのに対して、この２作品は監督も脚本家も共通していない。にもかかわらずこれらをひとつにまとめて論じるのは、共通するスタンスを共有しているためである。そのことを、それぞれを分析していく過程で明らかにしていきたい。

「変身ヒーロー」の繰り広げる「青春」
『勇者指令ダグオン』は、次のような物語になっている。宇宙監獄サルガッソに収監されていた多数の凶悪な囚人が反乱を起こし、サルガッソを掌握。ここから囚人たちによる惑星狩りがはじまり、地球もその侵略の標的となる。これを危惧した宇宙警察機構のブレイブ星人は、大堂寺炎、広瀬海、沢邑森、風祭翼、刃柴竜という５人の高校生（後に黒岩激、宇都美雷が加わる）を「勇者ダグオン」に任命する。彼らはダグオンとして、侵略宇宙人から地球を守る戦いに身を投じていくことになる。


▲『勇者指令ダグオン』。高校生の主人公たちが並ぶ。勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p171
 『勇者指令ダグオン』は、これまでの勇者シリーズと大きく異なる点がふたつある。ひとつは、明確に「変身ヒーロー」のモチーフが導入されていること。もうひとつは、主人公たちが高校生であり「青春」をテーマにしていることだ。
順番に説明しよう。大堂寺炎をはじめとした高校生たちは「ダグコマンダー」と呼ばれる変身アイテムを腕に装着しており、「トライダグオン！」の掛け声と共に、「ダグテクター」と呼ばれる強化スーツをまとう。まずこの状態で悪の宇宙人たちと戦うのだが、窮地に陥ると乗り物が変形したロボットと「融合合体」し、巨大化する。このとき自我は常に炎たちのものが保存される。つまり『勇者指令ダグオン』におけるロボットは基本的に炎たちの肉体であり、個別の自我を持たない。
これは勇者シリーズとして見れば斬新な設定だが、同時代（20世紀後半）の子ども向け作品に目を広げれば、むしろクラシックな「変身ヒーロー」に大きく近づいている。実際、各話ごとに表示される宇宙人の名称とそのシルエットは明確に円谷の「ウルトラシリーズ」のパロディである。各話完結で地球を侵略する宇宙人が搭乗する構成に加えて、ロボットと融合合体することを巨大化とみなすなら、ヒーローの性質もウルトラマンと共通点がある。５色に色分けされたヒーローがチームで戦いロボットに搭乗するのは東映の「スーパー戦隊シリーズ」に近い。「仮面ライダー」シリーズからの引用は比較的薄いように思われるが、侵略してくるのも主人公たちに力を与えるのも同じ「宇宙人」であると考えれば、ヒーローとヴィランが同じ性質の力を持つ同シリーズの要件を備えているように見えなくもない。実際販促のために、こうした特撮作品を彷彿とさせる、人間が着用するダグテクターのスーツも作られている。

▲大堂寺炎が変身する「ファイヤーエン」。明確に変身ヒーローから引用されたデザイン。勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p173
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210884</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210884</guid>
                <pubDate>Wed, 12 Feb 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/922282/fa2ddd6d5351c005ac041ccb44826884580be2b7.jpg" data-image_id="922282" width="660" height="345" alt="fa2ddd6d5351c005ac041ccb44826884580be2b7" /><br /><div style="text-align:center;"></div>
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;">今回は「末期勇者」として『勇者指令ダグオン』</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">を分析します。『</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:'游明朝';vertical-align:baseline;">黄金勇者ゴルドラン</span><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;">』によって一度達成されてしまった「魂を持った乗り物」という概念で名指そうとした美学。「末期勇者」はいかなる提案を勇者シリーズに行うのでしょうか。</span></blockquote>
<div><span style="background-color:transparent;font-size:11pt;font-family:Lato, sans-serif;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h2>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h2>
<h3>３つめの区分「末期勇者」</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">ここまで勇者シリーズの６作品を、大きく前半「谷田部勇者」と後半「高松勇者」にわけて論じてきた。「谷田部勇者」は理想の成熟のイメージを追求した結果、子どもとおもちゃの関係を「命じる少年」と「従うロボット」として描き出した。「高松勇者」は勇者シリーズの本質を批判的に継承していく過程で、その関係の境界に挑戦していった。そして最終的に『黄金勇者ゴルドラン』はメタフィクションとして、「子どもの遊び」を永遠に続けていくという逆説的な成熟のモデルに到達した。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">ここからは『勇者指令ダグオン』と『勇者王ガオガイガー』の２作品を続けて論じていく。「谷田部勇者」「高松勇者」という呼称と同様に、この２作品を便宜上「末期勇者」と呼ぶことにしよう。「谷田部勇者」と「高松勇者」の区分が監督の切り替わりによって定義されていたのに対して、この２作品は監督も脚本家も共通していない。にもかかわらずこれらをひとつにまとめて論じるのは、共通するスタンスを共有しているためである。そのことを、それぞれを分析していく過程で明らかにしていきたい。</span></p>
<div>
<h3>「変身ヒーロー」の繰り広げる「青春」</h3>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">『勇者指令ダグオン』は、次のような物語になっている。宇宙監獄サルガッソに収監されていた多数の凶悪な囚人が反乱を起こし、サルガッソを掌握。ここから囚人たちによる惑星狩りがはじまり、地球もその侵略の標的となる。これを危惧した宇宙警察機構のブレイブ星人は、大堂寺炎、広瀬海、沢邑森、風祭翼、刃柴竜という５人の高校生（後に黒岩激、宇都美雷が加わる）を「勇者ダグオン」に任命する。彼らはダグオンとして、侵略宇宙人から地球を守る戦いに身を投じていくことになる。</span></p>
<span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span>
<div><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/922283/f1900f4dc52ad63670ab177cc39365cf83a9db4b.jpg" data-image_id="922283" width="621" height="885" alt="f1900f4dc52ad63670ab177cc39365cf83a9db4b" /><br /><span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:90%;">▲『勇者指令ダグオン』。高校生の主人公たちが並ぶ。勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p171<span style="font-size:90%;color:#467886;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"></span></span></span></p>
<div><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><br /> </span><span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:11pt;">『勇者指令ダグオン』は、これまでの勇者シリーズと大きく異なる点がふたつある。ひとつは、明確に「変身ヒーロー」のモチーフが導入されていること。もうひとつは、主人公たちが高校生であり「青春」をテーマにしていることだ。</span></div>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">順番に説明しよう。大堂寺炎をはじめとした高校生たちは「ダグコマンダー」と呼ばれる変身アイテムを腕に装着しており、「トライダグオン！」の掛け声と共に、「ダグテクター」と呼ばれる強化スーツをまとう。まずこの状態で悪の宇宙人たちと戦うのだが、窮地に陥ると乗り物が変形したロボットと「融合合体」し、巨大化する。このとき自我は常に炎たちのものが保存される。つまり『勇者指令ダグオン』におけるロボットは基本的に炎たちの肉体であり、個別の自我を持たない。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">これは勇者シリーズとして見れば斬新な設定だが、同時代（20世紀後半）の子ども向け作品に目を広げれば、むしろクラシックな「変身ヒーロー」に大きく近づいている。実際、各話ごとに表示される宇宙人の名称とそのシルエットは明確に円谷の「ウルトラシリーズ」のパロディである。各話完結で地球を侵略する宇宙人が搭乗する構成に加えて、ロボットと融合合体することを巨大化とみなすなら、ヒーローの性質もウルトラマンと共通点がある。５色に色分けされたヒーローがチームで戦いロボットに搭乗するのは東映の「スーパー戦隊シリーズ」に近い。「仮面ライダー」シリーズからの引用は比較的薄いように思われるが、侵略してくるのも主人公たちに力を与えるのも同じ「宇宙人」であると考えれば、ヒーローとヴィランが同じ性質の力を持つ同シリーズの要件を備えているように見えなくもない。実際販促のために、こうした特撮作品を彷彿とさせる、人間が着用するダグテクターのスーツも作られている。</span></p>
<div><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/922284/ccbefd3a687378abf4d7d67de4beb38deac50369.jpg" data-image_id="922284" width="643" height="734" alt="ccbefd3a687378abf4d7d67de4beb38deac50369" /><br /><span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:90%;">▲大堂寺炎が変身する「ファイヤーエン」。明確に変身ヒーローから引用されたデザイン。勇者シリーズデザインワークスDX（玄光社）p173</span></span></p>
　</div></div></div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210884">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2210884</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プール・ウォーキングの魅力｜濱野智史]]></title>
                <description><![CDATA[<p>

批評家の濱野智史さんによる連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第3回では、プールと水中ウォーキングというスポーツ・アクティビティの魅力とメリットを紹介します。

リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プール・ウォーキングの魅力｜濱野智史 
　本稿で私がもっとも書きたかったこと。それこそが、本節で展開するプールと水中ウォーキングというスポーツ・アクティビティの魅力とメリットである（もちろんリハビリテーションとしての効果も高いのだが、リハビリがほぼ完了した現在でも私は引き続き毎日のように継続している）。
　というのも、ジョギング・散歩をする小説家や思想家の話というのはよく聞くと思うのだが、プール、しかも水泳ならまだしも水中ウォーキングとなると、ほとんどその魅力どころか、その実態すらあまり言語化されていないように思うからだ。たしかに水中歩行は、別にオリンピックやインターハイなどのスポーツ種目として選ばれているわけではないから、「観戦」の対象になることはない。そのためプロの水中ウォーキング選手などもいないので、その魅力をメディアを通じて知るというきっかけはどうしても希薄にならざるを得ないという事情もある。
　そこで以下本稿では、ぜひこの半年間の私の実体験をまとめて、プール・ウォーキングの魅力とメリットを思う存分レポートしたいと思う。
 
ファースト・コンタクト＆インパクト：プール・ウォーキングとの出会い

　そもそも私がプール・ウォーキングを始めたのは、手術後の歩行機能の回復というリハビリテーションのためだった。実際には、入院中に私のリハビリを担当してくださった理学療法士の方が、「退院後のスポーツとしておすすめなのはプールかゴルフですよ」と教えてくれたのである。
　私は後者のゴルフは一切やらない。正確には大学時代に一回だけラウンド（18ホール）を回ったことがあるのだが、186というとんでもないスコアを叩き出してしまい（普通は最初でも120〜160くらいらしい）、トラウマになって二度とやるまいと決心し、それ以来やっていない。そして私は、自動的に前者のプールを選択することになった。
　とはいえ、私は最初プールにあまり気乗りはしていなかった。まだ30代前半の頃、私は体重維持のために一時期ジムを数回利用していたことがあり（私が加入していた健康保険組合では、コナミスポーツやセントラルスポーツといったジム施設を1回ずつ割安料金で利用することができたのである）、そのときプールでの水泳も行っていた。しかしそのときの水泳・プールに対する感想は、「有酸素運動ではあるが、息継ぎが面倒でつらい・苦しい」「すぐに泳ぐのに慣れてしまい、あまり力をかけずに運動できるため、カロリー消費効率は高くない」「わざわざ水着を用意して着替えるのが面倒くさい」といったものであった。そしてそれ以来、特にプールに通うことはなくなっていたのである。
　しかし今回は、とにかく人工股関節を入れたあとの歩行復帰訓練が主目的である。理学療法士の先生が推薦しているのだから、間違いなかろう。私は1ヶ月間のリハビリを通じて、この理学療法士の先生の言うことは確かであると信頼していたこともある。ということで、まずは退院後まもなく、娘と自宅そばの公営プールを訪れたのが最初の第一歩だった。
　このときは娘と行ったこともあり、まずは子ども用プールで娘と戯れる程度で、がっつり泳いだり歩いたりしたわけではなかった。しかし帰り際、大人用プールに水中歩行用のレーンがあるのを目にした私は、娘に「ちょっとだけ歩いてくるね」と言ってプールへと足を運び入れた。そこにはバリアフリー設備として、プールにゆるやかに入っていける手すりつきのスロープも併設されていた。
　私はそれまで、プールでの水中歩行もしたこともなければ、スロープを使ったことすらなかった。プールといえば、あの壁に付けられたはしごを使って垂直昇降して入るのが当たり前だと思っていた。
　しかし、このときのスロープには心底感動したことを、いまでも昨日のことのように覚えている。「あなたのような人を、待っていましたよ」といわんばかりにプールの脇に存在するスロープ。それを一歩一歩踏みしめながら、私は全く危なげなく、プールの水中歩行専用レーンへと少しずつ足を踏み入れた。
　そして水中での歩行を始める。歩ける、歩けるぞ。杖がなくても、全く問題もなければ不安を感じることもない。なぜなら水が適度な浮力をもたらしてくれるのと同時に、自分の身体を常に包みこんで守ってくれるため、転倒する心配が一切ないからだ。地上に比べ、私は水の中であまりにも自由に足を動かすことができるのだ。このときの解放感と安心感は、まさに革命的というほどに衝撃的で感動的な体験だった。
　さらにそのとき私が感銘を受けたのは、水中歩行という行為の「平等性」の高さである。そのとき水中歩行レーンには先に高齢の男性が一人いたのだが、私はその方と完全に対等でフラットな「歩行者」の一人としてレーンを歩いていた。ごくごく当たり前のことではあるが、水中歩行はただ水中で歩くだけの運動なので（多少の歩行速度の遅い早いの違いはあれど）そこに「競技的要素」は一切ない。水中抵抗も働くので、そもそもそんなにプール内で速く歩くこともできない。走るなどもってのほかだ。つまりプールの中では、誰かに急かされることもなければ、道を譲る・抜かされるといった配慮も不要なまま、誰もがゆっくりと気ままに歩行できるのだ。それは公道や公園でのウォーキングであっても環境・条件は同じなのだが、プールの場合、自動車や自転車といったリスクの存在も一切排除されている。つまり誰にとっても平等で安全なアーキテクチャ、それがプールの水中歩行レーンなのである。
　その日私は、25mを2往復、ちょうど100m程度を歩いただけでプールをあとにした。たったそれだけでも、十分にプールでのリハビリが運動として効果的であり、大いなる価値（喜び・愉悦・安全性・平等性）があるということを、その身体でしかと理解することができた。そして次の日から私は、自分ひとりでプールへ通い、水中歩行にハマる道を邁進することになる。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210179</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210179</guid>
                <pubDate>Tue, 28 Jan 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[濱野智史]]></category>
                <category><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/920502/2abc8632b9f83de0f2c04b4035cb94a4821d2080.jpg" data-image_id="920502" width="655" height="368" alt="2abc8632b9f83de0f2c04b4035cb94a4821d2080" /></div>
<blockquote>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-family:Arial, sans-serif;">批評家の濱野智史さんによる連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第3回では、プールと水中ウォーキングというスポーツ・アクティビティの魅力とメリットを紹介します。</span></span></p>
</blockquote>
<h3>リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編：プール・ウォーキングの魅力｜濱野智史<span style="background-color:transparent;font-family:Arial, sans-serif;font-size:11pt;"> <br /></span></h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　本稿で私がもっとも書きたかったこと。それこそが、本節で展開するプールと水中ウォーキングというスポーツ・アクティビティの魅力とメリットである（もちろんリハビリテーションとしての効果も高いのだが、リハビリがほぼ完了した現在でも私は引き続き毎日のように継続している）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　というのも、ジョギング・散歩をする小説家や思想家の話というのはよく聞くと思うのだが、プール、しかも水泳ならまだしも水中ウォーキングとなると、ほとんどその魅力どころか、その実態すらあまり言語化されていないように思うからだ。たしかに水中歩行は、別にオリンピックやインターハイなどのスポーツ種目として選ばれているわけではないから、「観戦」の対象になることはない。そのためプロの水中ウォーキング選手などもいないので、その魅力をメディアを通じて知るというきっかけはどうしても希薄にならざるを得ないという事情もある。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　そこで以下本稿では、ぜひこの半年間の私の実体験をまとめて、プール・ウォーキングの魅力とメリットを思う存分レポートしたいと思う。</span></p>
<div><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"> </span></div>
<h3>ファースト・コンタクト＆インパクト：プール・ウォーキングとの出会い</h3>
<div>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　そもそも私がプール・ウォーキングを始めたのは、手術後の歩行機能の回復というリハビリテーションのためだった。実際には、入院中に私のリハビリを担当してくださった理学療法士の方が、「退院後のスポーツとしておすすめなのはプールかゴルフですよ」と教えてくれたのである。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　私は後者のゴルフは一切やらない。正確には大学時代に一回だけラウンド（18ホール）を回ったことがあるのだが、186というとんでもないスコアを叩き出してしまい（普通は最初でも120〜160くらいらしい）、トラウマになって二度とやるまいと決心し、それ以来やっていない。そして私は、自動的に前者のプールを選択することになった。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　とはいえ、私は最初プールにあまり気乗りはしていなかった。まだ30代前半の頃、私は体重維持のために一時期ジムを数回利用していたことがあり（私が加入していた健康保険組合では、コナミスポーツやセントラルスポーツといったジム施設を1回ずつ割安料金で利用することができたのである）、そのときプールでの水泳も行っていた。しかしそのときの水泳・プールに対する感想は、「有酸素運動ではあるが、息継ぎが面倒でつらい・苦しい」「すぐに泳ぐのに慣れてしまい、あまり力をかけずに運動できるため、カロリー消費効率は高くない」「わざわざ水着を用意して着替えるのが面倒くさい」といったものであった。そしてそれ以来、特にプールに通うことはなくなっていたのである。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　しかし今回は、とにかく人工股関節を入れたあとの歩行復帰訓練が主目的である。理学療法士の先生が推薦しているのだから、間違いなかろう。私は1ヶ月間のリハビリを通じて、この理学療法士の先生の言うことは確かであると信頼していたこともある。ということで、まずは退院後まもなく、娘と自宅そばの公営プールを訪れたのが最初の第一歩だった。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　このときは娘と行ったこともあり、まずは子ども用プールで娘と戯れる程度で、がっつり泳いだり歩いたりしたわけではなかった。しかし帰り際、大人用プールに水中歩行用のレーンがあるのを目にした私は、娘に「ちょっとだけ歩いてくるね」と言ってプールへと足を運び入れた。そこにはバリアフリー設備として、プールにゆるやかに入っていける手すりつきのスロープも併設されていた。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　私はそれまで、プールでの水中歩行もしたこともなければ、スロープを使ったことすらなかった。プールといえば、あの壁に付けられたはしごを使って垂直昇降して入るのが当たり前だと思っていた。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　しかし、このときのスロープには心底感動したことを、いまでも昨日のことのように覚えている。「あなたのような人を、待っていましたよ」といわんばかりにプールの脇に存在するスロープ。それを一歩一歩踏みしめながら、私は全く危なげなく、プールの水中歩行専用レーンへと少しずつ足を踏み入れた。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　そして水中での歩行を始める。歩ける、歩けるぞ。杖がなくても、全く問題もなければ不安を感じることもない。なぜなら水が適度な浮力をもたらしてくれるのと同時に、自分の身体を常に包みこんで守ってくれるため、転倒する心配が一切ないからだ。地上に比べ、私は水の中であまりにも自由に足を動かすことができるのだ。このときの解放感と安心感は、まさに革命的というほどに衝撃的で感動的な体験だった。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　さらにそのとき私が感銘を受けたのは、水中歩行という行為の「平等性」の高さである。そのとき水中歩行レーンには先に高齢の男性が一人いたのだが、私はその方と完全に対等でフラットな「歩行者」の一人としてレーンを歩いていた。ごくごく当たり前のことではあるが、水中歩行はただ水中で歩くだけの運動なので（多少の歩行速度の遅い早いの違いはあれど）そこに「競技的要素」は一切ない。水中抵抗も働くので、そもそもそんなにプール内で速く歩くこともできない。走るなどもってのほかだ。つまりプールの中では、誰かに急かされることもなければ、道を譲る・抜かされるといった配慮も不要なまま、誰もがゆっくりと気ままに歩行できるのだ。それは公道や公園でのウォーキングであっても環境・条件は同じなのだが、プールの場合、自動車や自転車といったリスクの存在も一切排除されている。つまり誰にとっても平等で安全なアーキテクチャ、それがプールの水中歩行レーンなのである。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">　その日私は、25mを2往復、ちょうど100m程度を歩いただけでプールをあとにした。たったそれだけでも、十分にプールでのリハビリが運動として効果的であり、大いなる価値（喜び・愉悦・安全性・平等性）があるということを、その身体でしかと理解することができた。そして次の日から私は、自分ひとりでプールへ通い、水中歩行にハマる道を邁進することになる。</span></p>
　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2210179">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch413/2209852</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[“kakkoii”の誕生――世紀末ボーイズトイ列伝　勇者シリーズ（７）「黄金勇者ゴルドラン」後編]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。「黄金勇者ゴルドラン」分析の最終編です。20世紀的な男性性の美学を鋭く批判する、「所有」や「支配」ではない「遊び」による成熟のイメージとは？ 

池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝
世界の王、リカちゃん人形

こうした道のりを経て、一行は最終的にレジェンドラへと達する。そしてレジェンドラ王の正体が明かされるわけだが、その名前はレディリカ・ド・レジェンドラであり、その外見は明確に「リカちゃん」として描かれる。

レジェンドラ王という存在については、次のように説明される。レジェンドラに至れば願いが叶うという伝説は、レジェンドラ王の後継者を選定し導くためのものであった。その冒険の過程で勇者たちと心を通わせた者だけがレジェンドラへ至り、次の王となる資格を得る。王に与えられる能力とは、今の宇宙を終わらせ、次の宇宙を思うままに創造する力である。レディリカもまたかつては人間であったのだが、レジェンドラを先代から引き継ぎ、現在の世界を創造した。

そして新たな世界を創造する能力が、タクヤたちに託される。タクヤたちはワルターやシリアスも交え、合議の上でどのような宇宙を創造するか結論を出す。それは「レジェンドラ王にはならず、今のまま冒険を続ける」というものだった。そしてこれまで奪い合ってきたパワーストーンを共有し、全員で口上を唱えて勇者たちを復活させる。そして彼らと共に、また新たな冒険へと旅立とうとするのである。

これはおもちゃを巡る想像力を問う極めて高度なメタフィクションだ。ここでレジェンドラ王が「リカちゃん」の姿を持つことは決定的な意味を持つ。「リカちゃん」は１９６７年から展開されている着せ替え人形のシリーズで、タカラ社を象徴する大ヒット商品である。すなわちレジェンドラ王とは、勇者シリーズを展開するタカラ社とその営みを象徴している。そして「現在の宇宙の終わり」とはアニメーションという物語の終わりと受け取ることができるだろう。宇宙を終わらせ次の宇宙をはじめるという営みは「高松勇者」自身が――いやそれ以前から連綿と行われてきた、物語による販促そのものとはいえないだろうか。

90年代半ば頃のリカちゃん。https://licca.takaratomy.co.jp/55th/album.html

本連載では、タクヤたちが経験してきた、そしてワルターやシリアスを救済してきた冒険の旅路は、子供の遊びそのものであると考えてきた。ゴルドランはワルターやシリアスが「大人」を目指す試みを挫くことで、「子供」とおもちゃの関係に立ち返り、その想像力による遊びの体験＝冒険の旅こそが本質であるという美学を語ってきた。ところが映像作品という物語はいつか必ず終わりを告げてしまい、次の物語がはじまる。そして次の物語はまた新しいおもちゃをもたらし、そのサイクルが連綿と繰り返されてきた。しかし、映像が終わってもおもちゃはそこにあり続ける。では、そのとき冒険は、遊びは、おもちゃと共に過ごした時間は、どこに行ってしまうのだろう？　新たな物語によって上書きされ、消滅してしまうのだろうか？
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2208890</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2208890</guid>
                <pubDate>Tue, 07 Jan 2025 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[kakkoiiの誕生]]></category>
                <category><![CDATA[池田明季哉]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/918943/858966ee38aafffd45bba7e259eca13c72f25234.jpg" data-image_id="918943" alt="858966ee38aafffd45bba7e259eca13c72f25234" /><br /><div style="text-align:center;"></div>
<blockquote>デザイナー／ライター／小説家の池田明季哉さんによる連載<a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/tag/kakkoii%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F">『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』</a>。<br /><p><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;">「黄金勇者ゴルドラン」分析の最終編です。20世紀的な男性性の美学を鋭く批判する、「所有」や「支配」ではない「遊び」による成熟のイメージとは？ </span></p>
</blockquote>
<h3>池田明季哉　“kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝</h3>
<h3>世界の王、リカちゃん人形</h3>
<span style="background-color:transparent;font-family:'游明朝';font-size:11pt;"></span><span style="font-weight:normal;"><span style="font-weight:normal;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">こうした道のりを経て、一行は最終的にレジェンドラへと達する。そしてレジェンドラ王の正体が明かされるわけだが、その名前はレディリカ・ド・レジェンドラであり、その外見は明確に「リカちゃん」として描かれる。</span></p>
<span style="font-weight:normal;"><span style="font-weight:normal;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">レジェンドラ王という存在については、次のように説明される。レジェンドラに至れば願いが叶うという伝説は、レジェンドラ王の後継者を選定し導くためのものであった。その冒険の過程で勇者たちと心を通わせた者だけがレジェンドラへ至り、次の王となる資格を得る。王に与えられる能力とは、今の宇宙を終わらせ、次の宇宙を思うままに創造する力である。レディリカもまたかつては人間であったのだが、レジェンドラを先代から引き継ぎ、現在の世界を創造した。</span></p>
<span style="font-weight:normal;"><span style="font-weight:normal;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">そして新たな世界を創造する能力が、タクヤたちに託される。タクヤたちはワルターやシリアスも交え、合議の上でどのような宇宙を創造するか結論を出す。それは「レジェンドラ王にはならず、今のまま冒険を続ける」というものだった。そしてこれまで奪い合ってきたパワーストーンを共有し、全員で口上を唱えて勇者たちを復活させる。そして彼らと共に、また新たな冒険へと旅立とうとするのである。</span></p>
<span style="font-weight:normal;"><span style="font-weight:normal;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span></span>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">これはおもちゃを巡る想像力を問う極めて高度なメタフィクションだ。ここでレジェンドラ王が「リカちゃん」の姿を持つことは決定的な意味を持つ。「リカちゃん」は１９６７年から展開されている着せ替え人形のシリーズで、タカラ社を象徴する大ヒット商品である。すなわちレジェンドラ王とは、勇者シリーズを展開するタカラ社とその営みを象徴している。そして「現在の宇宙の終わり」とはアニメーションという物語の終わりと受け取ることができるだろう。宇宙を終わらせ次の宇宙をはじめるという営みは「高松勇者」自身が――いやそれ以前から連綿と行われてきた、物語による販促そのものとはいえないだろうか。</span></p>
<span style="font-weight:normal;"><span style="font-weight:normal;"><span style="font-size:11pt;font-family:'游明朝';background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span></span></span></span></span>
<div><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/918944/bbb54dc37987cccc6f42d2ada8ba378bc8a20384.jpg" data-image_id="918944" width="650" height="411" alt="bbb54dc37987cccc6f42d2ada8ba378bc8a20384" /><br /><span style="font-size:90%;">90年代半ば頃のリカちゃん。<br /></span><span style="font-size:90%;color:#467886;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">https://licca.takaratomy.co.jp/55th/album.html</span></span></span></span>
<div>
<p><span style="font-size:11pt;background-color:transparent;vertical-align:baseline;">本連載では、タクヤたちが経験してきた、そしてワルターやシリアスを救済してきた冒険の旅路は、子供の遊びそのものであると考えてきた。ゴルドランはワルターやシリアスが「大人」を目指す試みを挫くことで、「子供」とおもちゃの関係に立ち返り、その想像力による遊びの体験＝冒険の旅こそが本質であるという美学を語ってきた。ところが映像作品という物語はいつか必ず終わりを告げてしまい、次の物語がはじまる。そして次の物語はまた新しいおもちゃをもたらし、そのサイクルが連綿と繰り返されてきた。しかし、映像が終わってもおもちゃはそこにあり続ける。では、そのとき冒険は、遊びは、おもちゃと共に過ごした時間は、どこに行ってしまうのだろう？　新たな物語によって上書きされ、消滅してしまうのだろうか？<br /></span></p>
　</div></div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2208890">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[PLANETS/第二次惑星開発委員会]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル──入院編：入院生活に欠かせないIT&デジタル環境の必須リスト（後編）｜濱野智史]]></title>
                <description><![CDATA[<p>

批評家の濱野智史さんによる新連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第3回目は前回に引き続き、入院生活に欠かせないIT&amp;デジタル環境の必須リストを紹介してくれました。

リハビリテーション・ジャーナル──入院編：入院生活に欠かせないIT&amp;デジタル環境の必須リスト（後編）｜濱野智史
アプリ編
・動画配信サービスアプリ（Netflixなど）：これは各個人が普段からサブスク利用しているもので全く問題ないのだが、重要なのは上の「病室ガチャ問題」（携帯電波が繋がらない可能性）に備えて、あらかじめ視聴したいコンテンツを端末にダウンロードしておくべし、ということだ。
　ちなみに私は上で書いたとおり事前にその懸念が大いにあったので、最悪ベッドでは電波が繋がらないことも想定し、あらかじめ見たいコンテンツはNetflix, Amazon Prime Video, U-NEXTなどでダウンロードしておいた（ただしU-NEXTだけは1ヶ月間トライアル無料期間だけを狙って、入院前日にトライアルを開始してダウンロードしておき、退院前に解約してしまったが）。
　ふだんNetflixなどで「あ、これ見たいと思っていた映画／アニメだ」と思ってマイリストには入れたものの、まとまって観る時間や意欲がなく、いわゆる「積読」ならぬ「積視」したまま溜まっている動画は誰しもいくらかはあるはずだ。入院生活はそれを一気に消費する格好の機会である。また、ここでは動画視聴アプリを前提に書いたが、電子書籍アプリ（Kindleなど）やゲームなどについても、タブレット端末へのダウンロード／最新版へのアップデートだけは忘れずにやっておこう。
・NHKプラス：私は今回の入院中、ベッドの横にあるテレビの電源を一回もつけなかった（そもそも私はこの10年ほど、自室でテレビを見る習慣をなくしており、入院中も観る必要性は感じなかった）。それはよいのだが、これには特筆すべき理由がある。なんと私が入院した病院では、テレビの利用代として1日500円も徴収していたのだ。数日ならまだしも、私の場合は1ヶ月近い入院なので、もしうっかりテレビ代を徴収されていたら15000円近い出費になっていたわけだ（Netflixが何ヶ月も契約できてしまう！）。
　もちろんこんな恐ろしい無駄金を払うわけにはいかないので、私は入院時に「テレビは一切利用しない」と受付に伝え、テレビ利用料は払わずに済むようにしていた。最近はテレビを観ない患者も多いのだろう。入院時の提出書類には、テレビを使うかどうかの設問項目がわざわざ用意されていた。ただし病院によってはこのあたりは事情が異なると思われるので、テレビを観ない人は必ず事前にチェックしたほうがいい。
　とはいえ、入院時はただでさえ外界と物理的に切り離されてしまい、もはや外の気温が暑いのか寒いのかといった基本的情報すらも感覚的に得られなくなる（晴れているか、雨が降っているかは窓から見ればわかるが、肝心の外気温が全く分からない）。そのため、天気情報だけでもいいから、なんらかの世俗的世界との接点（インターフェイス）は持っていたほうがよい。
　そこでちょうどよい媒体となるのが、「NHKプラス」アプリである。特に登録などしなくても利用可能だが、NHK・Eテレをアプリでリアルタイム視聴できるので、いわゆる「朝8時のニュース」などを観るために使う。ちなみにNHK受信料を払っていれば「見逃し配信」などを使えるアカウント登録も可能だが、その機能は使わなくても問題はない）。
　私の場合は、主に朝食・昼食・夕食などの食事中に、BGM代わりにNHKニュースをながら見するのが日課となっていたが、これは入院生活中のリズム的にもおすすめである。また、もちろんこれはradikoなどでラジオ番組を視聴するのでも代替可能だろう。私は普段ラジオを聞く習慣がないので使わなかったが、同室内ではラジオを聞いている患者さんもそれなりにいた。
・「ジャーナル」（日記アプリ）：私は今回の入院を期に、はじめて「ジャーナル」アプリ（2023年からiPhoneに標準でインストールされるようになった日記アプリ）を使って、入院生活のちょっとしたことを記録するようにした。これは入院生活中にとてもおすすめできる習慣である。とはいえ手段はなんでもいい。本アプリは要するに「自分だけが執筆・閲覧できる日記アプリ」に過ぎないので、それこそ文章・メモが書けるアプリであればなんでもよい（標準のメモでも、EvernoteでもGoogle KeepでもNotionでもその他ToDo管理アプリでもなんでもOK）。もちろん、手書き派は手帳か日記帳を持ち込むのでもよいだろう。
　さて何を日記に書くのかという話だが、私の場合はそれこそ映画やドラマの感想を書いたり、配膳される入院食の写真を撮って記録したり、歩行リハビリの内容・進捗や筋トレの方法などを日記に書いていた。SNSと違って自分しか読まないので、文章の可読性をそこまで意識する必要はないし、誤字脱字も特に気にしなくて良い。もちろん写真の映えも気にしなくていいし、いいねやメンション・リポストといったリアクションも一切気にする必要もない。むしろそのほうが、のびのびと「言語」を通じて自分と向き合えることに気づくだろう。私のように、すでにSNS（X, Instagram, Facebookなど）を普段はやっていない／やめてしまった人には特におすすめしたいし、SNSをやっている人にもおすすめしたい。
　入院中に日記を書くメリットは大きい。とかく入院中は変化に乏しいので、少しでもポジティブなことがあれば日記に言語化をしておくとよい。たとえば私の場合、読み返すと、「久しぶりのシャワーがとんでもなく気持ちよかった。ありがたかった」「久しぶりに飲んだコーラがたまらなく美味しかった」「マーガリンの油分と塩味が美味すぎてやばかった（実際、入院中に一番美味しかったのがこのマーガリンだった。病院食は味付けが簡素なので、マーガリンに限らず、”外部”の味がそのままする調味料をとにかく美味に感じやすいのである）」といった些細なことを大量に書き残している。これによって、ちょっとした院内生活での幸せを確認できて感謝の気持ちが生まれるし、「自分はこんなことでも幸福を感じるのだな」という気付きにも繋がる（そしてそこでの気付きが、退院後の生活改善にも繋がっていく）。
　事実、私は退院後もジャーナルアプリでの日記付けを習慣的に続けており、特にプール・ウォーキングをしたあとには、そのとき歩きながら考えたり思いついた内容などをメモするようにしている（実はその内容が、この原稿を執筆する際にも大いに活かされている）。日記を書くという行為が、なにかとメンタルヘルスや知的活動に良いことは広く知られているが（私も若い頃は紙の日記を大量につけていたのだが、いつしか加齢とともにその習慣を失っていた）、今回の入院をきっかけにその習慣を取り戻せたのはとても良かったと考えている。
余談：「アーキテクチャよりもコンテンツ」への転向（態度変更）
　ちなみに余談だが、今回の入院生活で私は「入院時にはゲームよりも映画のほうが有意義である」という転向（態度変更）を迫られることになった。これはなぜかというと、「自己の人生を振り返る／反省する／感情移入する」といった感情作用を得ようとすると、こればかりは映画やドラマなどのコンテンツのほうがてっとり早いことに気づいたからだ（あまり好きな言葉ではないが、そのほうが「タイパがよい」のである）。
　といっても、なぜこんな当たり前の話をわざわざしているのかわからない読者も多いと思うので補足しておく。かつて私は評論家としてデビューした20代後半のとき、（情報環境が台頭してきた昨今、批評的に重要なのは）「コンテンツよりもアーキテクチャ（＝物語よりもゲーム）」というスタンスを取っていた。実際、私は人生の娯楽体験の大半をもっぱらゲームに費やしてきたし、それで良いと思って生きてきたのである。なので今回の入院でも、もっぱらゲームをするつもりで入院した。実際、ゲームにはプレイヤーを飽きさせずに継続的にプレイさせるための最適なアーキテクチャ（環境）とユーザー体験（UX）がふんだんに用意されており、実際に人気のあるゲームであれば、必ずそのための仕掛けが巧妙に組み込まれている。このゲームのメディア特性じたいは変わらないし、暇つぶし・時間消費の観点では非常に効率的なメディアである。だからこそ入院中もゲームが最強だと私は疑っていなかった。
　ということで私は入院中、普段からやっている中華製ソシャゲRPGの「原神」「崩壊：スターレイル」を日課として続けるのはもちろん（当然、入院中にガチャも回している）、それだけでは時間が持たないので「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」のアプリ版を購入してプレイした。しかし、（もともとあまり好きなナンバリングではなかったが）ドラクエ8をプレイしてもなんの「感動」もないことに愕然とした（そもそもドラクエにその体験を期待するほうが間違っているのではあるが）。
　それよりも、Netflixで観る「三体」や「ドライブ・マイ・カー」といった動画作品のほうが、はるかにわかりやすく直接的に感動体験をもたらしてくれる。具体的には、感情移入のしやすい登場人物（たとえば私と同じように難病を抱えるキャラクターや、同年代・同性の「中年の危機」を抱えたキャラクターなど）が登場し、それらに対し容易に自己を投影して物語を享受し、喜怒哀楽といった感情に身も心も委ねることができる。そこにはややこしいチュートリアルも操作もレベル上げも聖遺物厳選も必要ない。要するに動画コンテンツのほうが、アリストテレスのいう「ミメーシス（感化・感染）」と「カタルシス（浄化）」のコスパ／タイパが圧倒的に良いのである。今回の入院は、そんな当たり前の事実に改めて気付かせてくれた。
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2207927</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2207927</guid>
                <pubDate>Wed, 11 Dec 2024 07:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[濱野智史]]></category>
                <category><![CDATA[リハビリテーション・ジャーナル]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch413/917655/b8dc8e7b7ae3efb802ceb2847ef1620d392cdff5.png" data-image_id="917655" width="628" height="354" alt="b8dc8e7b7ae3efb802ceb2847ef1620d392cdff5" /></div>
<blockquote>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#000000;background-color:transparent;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;"><span style="font-family:Arial, sans-serif;">批評家の濱野智史さんによる新連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第3回目は前回に引き続き、入院生活に欠かせないIT&amp;デジタル環境の必須リストを紹介してくれました。</span></span></p>
</blockquote>
<h3>リハビリテーション・ジャーナル──入院編：入院生活に欠かせないIT&amp;デジタル環境の必須リスト（後編）｜濱野智史</h3>
<br /><h3>アプリ編</h3>
<br /><p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">・動画配信サービスアプリ（Netflixなど）：これは各個人が普段からサブスク利用しているもので全く問題ないのだが、重要なのは上の「病室ガチャ問題」（携帯電波が繋がらない可能性）に備えて、あらかじめ視聴したいコンテンツを端末にダウンロードしておくべし、ということだ。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　ちなみに私は上で書いたとおり事前にその懸念が大いにあったので、最悪ベッドでは電波が繋がらないことも想定し、あらかじめ見たいコンテンツはNetflix, Amazon Prime Video, U-NEXTなどでダウンロードしておいた（ただしU-NEXTだけは1ヶ月間トライアル無料期間だけを狙って、入院前日にトライアルを開始してダウンロードしておき、退院前に解約してしまったが）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　ふだんNetflixなどで「あ、これ見たいと思っていた映画／アニメだ」と思ってマイリストには入れたものの、まとまって観る時間や意欲がなく、いわゆる「積読」ならぬ「積視」したまま溜まっている動画は誰しもいくらかはあるはずだ。入院生活はそれを一気に消費する格好の機会である。また、ここでは動画視聴アプリを前提に書いたが、電子書籍アプリ（Kindleなど）やゲームなどについても、タブレット端末へのダウンロード／最新版へのアップデートだけは忘れずにやっておこう。<br /></span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">・NHKプラス：私は今回の入院中、ベッドの横にあるテレビの電源を一回もつけなかった（そもそも私はこの10年ほど、自室でテレビを見る習慣をなくしており、入院中も観る必要性は感じなかった）。それはよいのだが、これには特筆すべき理由がある。なんと私が入院した病院では、テレビの利用代として1日500円も徴収していたのだ。数日ならまだしも、私の場合は1ヶ月近い入院なので、もしうっかりテレビ代を徴収されていたら15000円近い出費になっていたわけだ（Netflixが何ヶ月も契約できてしまう！）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　もちろんこんな恐ろしい無駄金を払うわけにはいかないので、私は入院時に「テレビは一切利用しない」と受付に伝え、テレビ利用料は払わずに済むようにしていた。最近はテレビを観ない患者も多いのだろう。入院時の提出書類には、テレビを使うかどうかの設問項目がわざわざ用意されていた。ただし病院によってはこのあたりは事情が異なると思われるので、テレビを観ない人は必ず事前にチェックしたほうがいい。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　とはいえ、入院時はただでさえ外界と物理的に切り離されてしまい、もはや外の気温が暑いのか寒いのかといった基本的情報すらも感覚的に得られなくなる（晴れているか、雨が降っているかは窓から見ればわかるが、肝心の外気温が全く分からない）。そのため、天気情報だけでもいいから、なんらかの世俗的世界との接点（インターフェイス）は持っていたほうがよい。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　そこでちょうどよい媒体となるのが、「NHKプラス」アプリである。特に登録などしなくても利用可能だが、NHK・Eテレをアプリでリアルタイム視聴できるので、いわゆる「朝8時のニュース」などを観るために使う。ちなみにNHK受信料を払っていれば「見逃し配信」などを使えるアカウント登録も可能だが、その機能は使わなくても問題はない）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　私の場合は、主に朝食・昼食・夕食などの食事中に、BGM代わりにNHKニュースをながら見するのが日課となっていたが、これは入院生活中のリズム的にもおすすめである。また、もちろんこれはradikoなどでラジオ番組を視聴するのでも代替可能だろう。私は普段ラジオを聞く習慣がないので使わなかったが、同室内ではラジオを聞いている患者さんもそれなりにいた。<br /></span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">・「ジャーナル」（日記アプリ）：私は今回の入院を期に、はじめて「ジャーナル」アプリ（2023年からiPhoneに標準でインストールされるようになった日記アプリ）を使って、入院生活のちょっとしたことを記録するようにした。これは入院生活中にとてもおすすめできる習慣である。とはいえ手段はなんでもいい。本アプリは要するに「自分だけが執筆・閲覧できる日記アプリ」に過ぎないので、それこそ文章・メモが書けるアプリであればなんでもよい（標準のメモでも、EvernoteでもGoogle KeepでもNotionでもその他ToDo管理アプリでもなんでもOK）。もちろん、手書き派は手帳か日記帳を持ち込むのでもよいだろう。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　さて何を日記に書くのかという話だが、私の場合はそれこそ映画やドラマの感想を書いたり、配膳される入院食の写真を撮って記録したり、歩行リハビリの内容・進捗や筋トレの方法などを日記に書いていた。SNSと違って自分しか読まないので、文章の可読性をそこまで意識する必要はないし、誤字脱字も特に気にしなくて良い。もちろん写真の映えも気にしなくていいし、いいねやメンション・リポストといったリアクションも一切気にする必要もない。むしろそのほうが、のびのびと「言語」を通じて自分と向き合えることに気づくだろう。私のように、すでにSNS（X, Instagram, Facebookなど）を普段はやっていない／やめてしまった人には特におすすめしたいし、SNSをやっている人にもおすすめしたい。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　入院中に日記を書くメリットは大きい。とかく入院中は変化に乏しいので、少しでもポジティブなことがあれば日記に言語化をしておくとよい。たとえば私の場合、読み返すと、「久しぶりのシャワーがとんでもなく気持ちよかった。ありがたかった」「久しぶりに飲んだコーラがたまらなく美味しかった」「マーガリンの油分と塩味が美味すぎてやばかった（実際、入院中に一番美味しかったのがこのマーガリンだった。病院食は味付けが簡素なので、マーガリンに限らず、”外部”の味がそのままする調味料をとにかく美味に感じやすいのである）」といった些細なことを大量に書き残している。これによって、ちょっとした院内生活での幸せを確認できて感謝の気持ちが生まれるし、「自分はこんなことでも幸福を感じるのだな」という気付きにも繋がる（そしてそこでの気付きが、退院後の生活改善にも繋がっていく）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;vertical-align:baseline;">　事実、私は退院後もジャーナルアプリでの日記付けを習慣的に続けており、特にプール・ウォーキングをしたあとには、そのとき歩きながら考えたり思いついた内容などをメモするようにしている（実はその内容が、この原稿を執筆する際にも大いに活かされている）。日記を書くという行為が、なにかとメンタルヘルスや知的活動に良いことは広く知られているが（私も若い頃は紙の日記を大量につけていたのだが、いつしか加齢とともにその習慣を失っていた）、今回の入院をきっかけにその習慣を取り戻せたのはとても良かったと考えている。</span></p>
<h3>余談：「アーキテクチャよりもコンテンツ」への転向（態度変更）</h3>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;background-color:#ffffff;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　ちなみに余談だが、今回の入院生活で私は「入院時にはゲームよりも映画のほうが有意義である」という転向（態度変更）を迫られることになった。これはなぜかというと、「自己の人生を振り返る／反省する／感情移入する」といった感情作用を得ようとすると、こればかりは映画やドラマなどのコンテンツのほうがてっとり早いことに気づいたからだ（あまり好きな言葉ではないが、そのほうが「タイパがよい」のである）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;background-color:#ffffff;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　といっても、なぜこんな当たり前の話をわざわざしているのかわからない読者も多いと思うので補足しておく。かつて私は評論家としてデビューした20代後半のとき、（情報環境が台頭してきた昨今、批評的に重要なのは）「コンテンツよりもアーキテクチャ（＝物語よりもゲーム）」というスタンスを取っていた。実際、私は人生の娯楽体験の大半をもっぱらゲームに費やしてきたし、それで良いと思って生きてきたのである。なので今回の入院でも、もっぱらゲームをするつもりで入院した。実際、ゲームにはプレイヤーを飽きさせずに継続的にプレイさせるための最適なアーキテクチャ（環境）とユーザー体験（UX）がふんだんに用意されており、実際に人気のあるゲームであれば、必ずそのための仕掛けが巧妙に組み込まれている。このゲームのメディア特性じたいは変わらないし、暇つぶし・時間消費の観点では非常に効率的なメディアである。だからこそ入院中もゲームが最強だと私は疑っていなかった。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;background-color:#ffffff;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　ということで私は入院中、普段からやっている中華製ソシャゲRPGの「原神」「崩壊：スターレイル」を日課として続けるのはもちろん（当然、入院中にガチャも回している）、それだけでは時間が持たないので「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」のアプリ版を購入してプレイした。しかし、（もともとあまり好きなナンバリングではなかったが）ドラクエ8をプレイしてもなんの「感動」もないことに愕然とした（そもそもドラクエにその体験を期待するほうが間違っているのではあるが）。</span></p>
<p><span style="font-size:11pt;font-family:Arial, sans-serif;color:#202124;background-color:#ffffff;font-weight:400;font-style:normal;font-variant:normal;text-decoration:none;vertical-align:baseline;white-space:pre-wrap;">　それよりも、Netflixで観る「三体」や「ドライブ・マイ・カー」といった動画作品のほうが、はるかにわかりやすく直接的に感動体験をもたらしてくれる。具体的には、感情移入のしやすい登場人物（たとえば私と同じように難病を抱えるキャラクターや、同年代・同性の「中年の危機」を抱えたキャラクターなど）が登場し、それらに対し容易に自己を投影して物語を享受し、喜怒哀楽といった感情に身も心も委ねることができる。そこにはややこしいチュートリアルも操作もレベル上げも聖遺物厳選も必要ない。要するに動画コンテンツのほうが、アリストテレスのいう「ミメーシス（感化・感染）」と「カタルシス（浄化）」のコスパ／タイパが圧倒的に良いのである。今回の入院は、そんな当たり前の事実に改めて気付かせてくれた。</span></p>
　
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar2207927">続きを読む</a>
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