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記事 69件
  • 『スウィート・シング』── 両親への愛憎と色彩のコントラスト|加藤るみ

    2021-10-18 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第21回をお届けします。今回ご紹介するのは『スウィート・シング』です。米インディーズ映画のアイコン、アレクサンダー・ロックウェル監督25年ぶりの日本公開作となる本作。不甲斐ない両親を見つめる子どもたちの機微を、巧みな色彩のコントラストとともに描き切った演出にるみさんがうなります。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第21回 『スウィート・シング』── 両親への愛憎と色彩のコントラスト|加藤るみ
    おはようございます、加藤るみです。
    最近は、新たな映画フェチを見つけてしまった私です。 私の映画フェチといえば、水中キスシーンについて今まで色んなところで紹介させてもらったんですが、最近はエレベーターシーンにときめきを感じていまして……。 それは、『シャン・チー』('21)を観た時のことで、何かが君臨したかのように気づいたんです。 序盤に、主人公シャンチーと親友ケイティがシャンチーの妹がいるマカオのバトルロワイヤルアジトに向かうシーンがあるんですけど、そこで、いかにも治安が悪めでガタガタの古めかしいエレベーターに乗るんですよね。 その時に「エレベーター……!!!」と、私にビビビッとくるものが走って。 全然、ピックアップするような重要なシーンじゃないんですけど、そのエレベーターシーンの密度と構図に惹かれたというか。 それで、湧き出てくるように今まで観てきた印象的なエレベーターシーンが浮かんできたんですよね。 タイトルだけいくつか上げると『(500)日のサマー』('09)、『グランド・ブダペスト・ホテル』('14)、『ドライヴ』('11)、『ニューイヤーズ・イブ』('11)、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』('14)など。 そこで、今まで自覚がなかっただけでエレベーターシーンのときめきは私の脳内に刻み込まれていたんだと気づきました。
    「このエレベーターにやられた! エレベーターカットが魅力的な映画5選!」的なものを、私以外にテンション上がる人が見つかるかは不明ですが(笑)、いつか紹介できたらいいなと思います。
    さて、いよいよ緊急事態宣言が明け、映画館にも少し活気が戻ってきたように感じます。 私は、何よりレイトショーが帰ってきたことが嬉しいです。 今回紹介する作品は、1990年代にジム・ジャームッシュと並んで、米インディーズ映画のアイコンであったアレクサンダー・ロックウェル監督の25年ぶりの日本公開作『スウィート・シング』です。 監督の代表作である、『イン・ザ・スープ』('92)は1992年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞し、今でもカルト的人気がある作品ですが、今回『スウィート・シング』公開記念に10月29日から新宿シネマカリテで一週間限定上映が決まったそうです。 私は公開時生まれてもいなかったので、絶対にスクリーンで観たいと思っています。 皆さんもこの機会にぜひ……!
    『スウィート・シング』は、大きな衝撃はなくとも、ずっと大切にしたいと思える温かさに包み込まれる作品でした。 インディーズにこだわり続けてきた監督の映画愛と色を操るマジカルな演出は、まだまだ新しい世界を見せてくれました。
    行き場を失った子供たちの辛く寂しい思い出、そんな中でも一瞬が永遠のように輝く子供時代の純粋な思い出。 悲しみと輝きが混在する世界を描き、子育てができない親を見つめる子供たちの視点から複雑に変形していく家族の形を映し出します。
    普段は優しいが、酒を飲むと人が変わる父アダム。 家を出て彼氏と同棲している母親イヴ。 親に頼ることができず、自分たちで成長していかなくてはならない15歳の姉ビリーと11歳の弟ニコ。 姉弟は、ある日出会った少年マリクとともに、逃走と冒険の旅に出る……。
    ©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED
    まず、この映画には、どうしようもなく不甲斐ない、情けない大人たちが出てきます。 アルコール中毒から抜け出せない父親。 DV男に依存して、家から出ていった母親。 こうやって聞くと、いわゆる“毒親”と呼ばれても仕方がないかもしれない。 けれど、そんな家族のなかにも確かな“愛”があるということを、この映画は教えてくれます。 親が責務を果たせていないことを、未熟で不器用だからという言葉で簡単に免除することはできないと思うけれど、決して子供たちのことを愛していないわけではなく、物語のなかで親の愛情が垣間見えるところに胸が痛みます。 だからこそ、最近話題になっている“親ガチャ”という言葉や、“毒親”という悲痛な言葉で一括りにして表してしまうのは違う気がするのです。
    この類の映画でいうと、『シャン・チー』の監督としてMARVELに抜擢された、デスティン・ダニエル・クレットン監督の『ガラスの城の約束』('17)も併せて観てほしいです。 どれだけクソな両親だとしても、一緒に過ごした素晴らしい思い出まで否定したくはない。 私も子供時代に親が喧嘩して、辛いって思ったことや許せないって思ったこともある。 今でも両親の嫌いなところはあるけれど、貰った愛情や楽しかった思い出があるから、親のことを心底嫌いになれないんだと思います。 成長していくにつれて、親というのは完璧じゃないということを理解した時に、心がものすごく楽になったような気がします。
    ©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED
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  • 『モロッコ、彼女たちの朝』── 密室劇が描いた「生きづらさ」とニューノーマルへの視線|加藤るみ

    2021-09-08 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第20回をお届けします。今回ご紹介するのは『モロッコ、彼女たちの朝』です。女性監督作品として初のアカデミー賞モロッコ代表に選ばれた本作。密室劇とイスラム社会に暮らす女性の閉塞感がリンクした演出から、加藤さんは何を考えたのでしょうか。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第20回 『モロッコ、彼女たちの朝』── 密室劇が描いた「生きづらさ」とニューノーマルへの視線|加藤るみ
    おはようございます、加藤るみです。
    この前、実家の掃除をするタイミングがありました。 現在の私の実家の部屋は、大阪に引っ越すタイミングでダンボールに詰めた、“いらないと思うけどなんだか捨てられない物”が大量に置いてあって、ほぼ物置き状態。 実家に帰るたびに父親に「片付けろ!」と口うるさく言われていたんですが、めんどくさいのもあってずーっと放置していたんですね。 しかし、ついにこの前「もう業者に頼むぞ!」と、なんだかヤバそうな言葉を放たれたので、重い腰を上げ物置き部屋を片付けることに。 といっても、物が大量にありすぎるので、捨てたり、リサイクルショップに持っていったり、メルカリで売ったり、少しずつ進めていくつもりなんですけど。 それで、こつこつと掃除をしていたら幼稚園のころ使っていたクーピーペンシルを発見して、「うわー、クーピーっていう言葉自体、何年ぶりに発したんだろう!」って感じで、懐かしさが込み上げて手が止まってしまいました。 これだから実家の掃除は進まないんですよね。
    そのクーピーは、何本か折れてたりなくなっていたりしたんですが、金色と銀色は綺麗に健在していて、「そういや金色銀色はなんかカッコいいから、特別な時にしか使わないでおこう」と結局もったいなくてあまり使ってなかったのを思い出しました。 それと、もう一本綺麗に残っていたクーピーが、「はだいろ」と表記されていたクーピーでした。 思えば、「はだいろ」はとても使いづらい色でした。
    あのころの私は、「人を描くときにしか使えないじゃん」って思っていたし、潜在的な意識で「はだいろ」は肌しか使いどころがないと思っていたから、あんなに綺麗に残っていたんだと思います。
    あのころの私に声をかけれるのなら、もっといろんな色で肌を人を描いてほしいと言いたいです。
    今は、うすだいだいやペールオレンジと表記されていますが、あのころは当たり前に表記されていた言葉だったし、私も最近になるまで当たり前に発していた言葉だったと思います。 この小さいころに植え付けられた固定概念みたいなものを、しっかり塗り替えていかなくちゃなと、思いました。 意識しないと消えないくらい、今まで当たり前に発していた言葉なので、それが苦しいです。 もし日々のなかで、うっかり発してしまったら、ひとつひとつ反省しなくちゃと思います。 その言葉で誰かが傷つく可能性があることを忘れてはいけない。 私たち大人がこれからの時代にちゃんと伝えていかなくちゃいけないことだと感じました。
    「はだいろ」のクーピーは平成で時が止まったまま、完全に過去の遺物として私の部屋の片隅に眠っていました。
    そんなことを思っていたところで、今回は本題に入る前に先に一本紹介したい映画があります。 8月27日に公開された『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』というドキュメンタリー映画です。
    1969年にニューヨーク・ハーレムで開催された、ハーレム・カルチュラル・フェスティバルの映像が、50年の時を経て初公開。 スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、ニーナ・シモン、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどのブラックミュージックのスターが出演し、伝説と呼ばれた音楽フェス。 ただ単にフェスの映像を流すのではなく、当時の参加者のインタビューも織り込まれていて、ドキュメンタリーとしての構成力も見事です。 この時代を知らなくても、出演しているアーティストたちを知らなくても、人種差別というものに向き合い、考えることができる、非常に胸を打たれる内容となっています。
    キング牧師やロバート・ケネディが暗殺されるなど革命的な雰囲気が生まれていた時期で、映画『シカゴ7裁判』('20)で描かれる、警察と群衆の衝突が発生した翌年。 1969年7月20日、人類が初めて月に降り立った日に行われていたのがハーレム・カルチュラル・フェスティバルです。 この辺りのアメリカの歴史を見ると、いかに激動の時代だったかがわかります。 差別が横行し、ドラッグが蔓延し、希望を失っていた人々の心を救った音楽の力。 “アーティストはその時代の代弁者”と語る、ニーナ・シモンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「Everyday People」など、圧倒的パフォーマンスに自然と涙が溢れました。 そして、ここで起きている問題は、過去の問題ではなく、今現在の問題でもあるということ。 『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は、過去の歴史をしっかり見直し、今を見つめるドキュメンタリー映画でした。 この夏のイチオシ。 一人でも多くの人に観てもらいたいです。
    さて、次に紹介するのも、『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』と同じく、一人でも多くの方に観てもらいたいと思った作品です。
    タイトルは、『モロッコ、彼女たちの朝』です。
    こちらは、現在公開中の作品です。(7/23時点)
    おそらく商業映画としては、本邦初公開の長編モロッコ映画です。 最近、日本でもアラブ圏の作品の上映が増えてきました。 レバノンの『判決、ふたつの希望』('17)は、パレスチナ難民や宗教、民族間の問題をテーマに、国民のささいな喧嘩が国中を巻き込む大喧嘩に発展するという極上の法廷エンターテイメントに仕上がっていましたし、イスラエルの『声優夫婦の甘くない生活』('19)は、ロシアのペレストロイカ後にイスラエルへ移民したユダヤ人老夫婦の関係性を描いた、実に秀逸なオフビートコメディで私のお気に入り。
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  • 『プロミシング・ヤング・ウーマン』── ジェンダーバイアスの「形成への」怒り|加藤るみ

    2021-08-12 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第19回をお届けします。今回ご紹介するのは『プロミシング・ヤング・ウーマン』です。エメラルド・フェネル監督初作品で、アカデミー賞脚本賞を受賞した本作。被害者から加害者への一方的な糾弾にとどまらない形でジェンダーバイアスを取り上げた本作に、るみさんは女性として何を感じたのでしょうか。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第19回 『プロミシング・ヤング・ウーマン』── ジェンダーバイアスの「形成への」怒り|加藤るみ
    おはようございます、加藤るみです。
    カルピスとのりの季節になりました。
    突然、意味不明なことを言ってすいません。 昔から、この季節になるとお父さんの仕事付き合いの人から送られてくるお中元を開封するのが私の楽しみでした。 小学生の私にとって、この季節の玄関はまさにパラダイスで、玄関に転がっているお中元の包装をベリベリ破る快感ほど心地良いものはないと思っていました。 その破り散らかした包装紙はほったらかしといて、お中元の中身だけさらっていくという雑な怪盗であったため、毎回母に怒られるというのもセットでお中元の記憶が蘇ります。 色々な品物が送られてくるなか、私が「キターー!!!」とテンションが上がったのは、“カルピスとのり”。 そう、この2トップです。 そして、毎年お中元怪盗をしていると、だいたいどの人が何を送ってくるかというのも把握できるようになってくるわけです。 それで、コーヒーだったり、せっけんだったり、タオルだったり、小学生にとっては1ミリも心ときめかないものを送ってくる人にはサンタさんに手紙を書くように「カルピスのほうがうれしいです」と、一筆送ろうと思っていたくらいで。 これがちびまる子ちゃんだったら、ここで「アンタに送っているわけじゃない」とキートン山田さんの一言ツッコミのナレーションが流れそうですが、あの頃の私にとってはとっても重要で、冬はお年玉、夏はお中元、くらいのビッグイベントだったんです。 それで私の個人史のなかで、この“カルピスとのり”には忘れられない出来事もありました。 カルピスとのりの組み合わせを偏愛していた私は、とにかくカルピスを飲みながらのりを食べるのが大好きだったんですね。 夏休みはアニマックスを見ながら、カルピスとのりを交互に飲み食いするのが、小学生加藤るみのこの上ない幸せを感じる瞬間で、そんなある日、いつもと変わらぬ“カルピスとのり”の組み合わせを楽しんでいたら、お腹に激痛が……。 尋常じゃない、今まで感じたことのないお腹の痛さにもがき苦しみ、即病院へ連れていかれました。 その時の記憶は曖昧でしかないのですが、どうやらカルピスとのりの食べすぎでのりが胃にひっついて胃がおかしくなったとかどうとかで、まさかの入院することに。 人生初の入院の記憶は、カルピスとのりの食べすぎというマヌケすぎる診断理由でした。 もうあれ以来、爆食いすることはなくなりましたが、今だに”カルピスとのり”の季節になるとこの事件を思い出します。
    さて、
    今回紹介する作品は、
    現在公開中の『プロミシング・ヤング・ウーマン』です。
    観終わったあと、放心状態……、でした。
    基本的に土日は映画館に行かないと決めている私ですが(人が多くて疲れてしまうから)、公開日の7月16日(金)は用事があり観れず、どうしてもどうしても早く観たくて、17日(土)に観ることに。 定期検診の歯医者をさっさと済ませ、電車で東宝シネマズなんばに直行。 だいたい、いつも30分前には着くようにしているのですが、なんばの東宝シネマズは”本館”と”別館”があり、上映は”別館”なのに”本館”に向かってしまい……(なんばの東宝シネマズは、本館と別館が絶妙に離れている)。 30分前に着き、なんならマルイのKALDIでも寄るか〜くらいの気持ちでいたのに(本館はマルイの上にある)、大急ぎで別館に猛ダッシュ。 灼熱のなんばを激走して、汗ダラダラ、マスクのなかはデロデロで、きっちりメイクのはずが半顔すっぴん。 私としたことが、もう予告が始まっていて薄暗いなか「スイマセンスイマセン」と、なんとか席にたどり着き(私自身この始まる直前に人がドタバタやってくる感じがとても嫌なので情けなさすぎた)、映画泥棒のCMすら観る余裕もなく間髪入れずに映画はスタート。
    そして、上映後のわたし。 映画を観る前にこんなドタバタ劇があったことを、キッパリ忘れるほどの(忘れてないし、しっかり書いてるけど)とてつもない衝撃をくらったのでした。 今年のベスト! と言いたいところですが、前回の『少年の君』でも、今年のベスト的なことを書いていましたが、毎回毎回「ベスト!」とか言っていると、私の信頼にも関わってきそうなので、“ベスト級”と書き記すことにします。 いやでも、本当に凄まじい映画でした。
    『アンナ・カレーニナ』('12)や『リリーのすべて』('15)などで俳優としてキャリアを積み、本作で自身のオリジナル脚本でメガホンをとった、エメラルド・フェネルの長編映画監督デビュー作です。 本作で、監督は長編デビュー作にして今年のアカデミー賞脚本賞を受賞しました。 この俳優からのキャリアアップ、初長編で快挙を遂げる姿は昨年日本公開の『ブックスマート』(’19)のオリヴィア・ワイルドや『mid90s』('18)のジョナ・ヒルを彷彿とさせます。 近年、俳優から監督デビューを果たしたルーキーたちの活躍が著しいですね。
    キャリー・マリガン演じる女性、キャシーはコーヒーショップで働き、ごく平凡な生活を送っているかに見える。 けれど、彼女には夜になるとメイクと衣装で別人キャラをつくって街へ繰り出し、バーやクラブで声を掛けてきた男たちにお持ち帰りされるという裏の顔があった。 明るい未来を約束された若い女性(=プロミシング・ヤング・ウーマン)だと誰もが信じていたキャシーが、ある不可解な事件によって約束された未来をふいに奪われたことから、復讐を企てる姿を描く……。
    © Universal Pictures
    この物語が、単なる復讐劇だったら、観終わったあとに「良かった」と言えたのかもしれないです。 けれど、この物語には決して「良かった」とは言えないしんどさが込み上げてきて、復讐劇であることの、痛快感とか爽快感なんてものは全くなく、満員電車でぎゅうぎゅう詰めにされたような窒息感に覆い被せられ、ただひたすら苦しくなりました。
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  • 『少年の君』── 事件的傑作、優等生とストリートチルドレンのボーイミーツガール|加藤るみ

    2021-07-13 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第18回をお届けします。今回ご紹介するのは中国映画『少年の君』。受験戦争やいじめ、ストリートチルドレンなど現代の社会問題に切り込みながら、高校生男女のボーイミーツガールが描かれます。すでに「2021年No.1」と言えるほど本作にハマってしまったというるみさんに、その魅力をたっぷりと語っていただきました。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第18回 『少年の君』── 事件的傑作、優等生とストリートチルドレンのボーイミーツガール
    おはようございます。加藤るみです。
    私はレモンパイが好きです。
    上にはふわふわのメレンゲが乗っていて、下にはレモン風味のカスタードがぎっしり敷かれている二層のあのケーキは、私が産まれる前からやっている地元の小さな喫茶店に名物的な感じで置かれていて、小さい頃からよく食べていました。
    この前岐阜に帰ったときに、よく行っていたその喫茶店で母が買ってきてくれたみたいで、久しぶりにそのレモンパイと再会することができました。

    小さい頃は、おばあちゃんや母とよく行っていた喫茶店だったけど、大きくなればなるほど地元の店に行くことが減って、あまり行かなくなったんですね。 私自身が岐阜から名古屋〜東京〜大阪と離れていったという理由もあるけれど、ホントに町の人しか来ないような喫茶店だからこそ、ちゃんとしてなきゃいけないみたいな小っ恥ずかしさがあって、地元に帰ってもほとんど出歩けなくて。それ以前に、お店自体が営業しているかどうかもわからないくらいの静けさで、「もう閉めちゃったのかな」とも思っていたので、おそらく15年はそのレモンパイの味を忘れていたと思います。 母がたまたま、「あそこのレモンパイ買ってきたわよ」と、お店の名前を聞いたときは、強烈な懐かしさに加えて、埃をかぶっていた宝物を見つけた時のような嬉しさもあり、なんだかじーんとしてしまいました。
    どうやらそのお店はまだやっているみたいで、昔みたいにショーケースにケーキは並んでいないけど、注文したら1ホールから作ってくれるとのこと。 子供の頃だったら、マリオがスーパーキノコを手に入れた時のように興奮が止まらず完全無敵状態になってしまうであろう、レモンパイの1ホール食い。 母と姉と私で、それも深夜に、むしゃむしゃ食べるレモンパイの味は、とってもとても美味しくて。 子供の頃のように、おばあちゃんと母とあの喫茶店に行くことはもう二度とないんだろうなあと思うと、なんともいえない気持ちで胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうでした。 さすがに泣いてる姿を見られるのは、恥ずかしいし病んでるのかと思われそうだからぐっと堪えましたが……。 涙を堪える力がついたあたり、私も大人になったなと思いました。
    ちなみに、そのレモンパイを超えるレモンパイには未だ出会えていないですが、京都にあるイノダコーヒーのレモンパイもお気に入りです。 京都へ行ったら、レモンパイ目当てに必ず行きます。
    さて。
    今日紹介するのは、中国映画『少年の君』です。
    この作品は、気が早いですが2021年No.1といってもいいほどでした。 ちょっとこれは事件レベルの傑作で、最近観たなかで群を抜いて良かったです……。 心から観てほしいと思える、中国映画の力強さを見せつけられた一本でした。
    この作品、中国では250億円近い興行収入を叩き出す大ヒットをおさめ、青春映画のジャンルとしてみれば歴代1位の記録を樹立したそうです。 しかも、ほとんど宣伝が行われないまま公開されたのにも関わらず。 第93回アカデミー賞では、国際長編映画賞にノミネートされ、世界的にも称賛されています。 ちなみに本作について、『ベイビー・ドライバー』('17)など、ヒットメーカーであるエドガー・ライト監督に「ノミネートが心から嬉しい」と言わしめたそうです。 (エドガー・ライト監督は『カメラを止めるな!』('17)公開時にTwitterで褒めていたり、10代の時に『HANABI』('97)や『ソナチネ』('93)、『その男、狂暴につき』('89)など北野武の作品を観ていたとインタビューで語っていたりとアジア映画のチェックがぬかりない……。)
    進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン。 全国統一大学入試(=高考)を控え殺伐とする校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜め卒業までの日々をやり過ごしていた。 そんな中、同級生の女子生徒がクラスメイトのいじめを苦に、校舎から飛び降り自らの命を絶ってしまう。 そのことをきっかけに、次のいじめの矛先は、チェン・ニェンへと向かうことに。 同級生たちの悪意が日増しに激しくなる中、下校途中の彼女は集団暴行を受けている少年を目撃し、とっさの判断で少年シャオベイを窮地から救う。 辛く孤独な日々を送る優等生の少女と、ストリートに生きるしかなかった不良少年。 孤独な二人はいつしか互いに引き合ってゆくのだが……。
    もう、心痛が止まらない……。
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  • 『ザ・ホワイトタイガー』──「歌って踊らない」インド映画から見つめ直すカースト制度|加藤るみ

    2021-06-08 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第17回をお届けします。今回ご紹介するのはNetflixオリジナル作品『ザ・ホワイトタイガー』です。一部地域では現在も根強く残るインドのカースト制度。本作は身分の差に苦しむ青年・バルラムが差別意識を持つ上流階級の人々に立ち向かう姿を描きます。るみさんは本作を観て、単なる「サクセスストーリー」とひとことで言い表すことはできない、深く胸に突き刺さるものを感じたようです。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第17回 『ザ・ホワイトタイガー』──「歌って踊らない」インド映画から見つめ直すカースト制度
    おはようございます、加藤るみです。
    この前、人から「結婚して何か変わったことある?」と聞かれて、小一時間くらい考えていました。 結婚前は東京に住んでいたので、そりゃあ住む場所は変わったといっちゃ変わったけれど、そういうことじゃないよなあと考えてました。 もっとこう、内面的なことだろうと思っていて、ひとつ思いついたのは、お花を飾るようになったことでした。 結婚する前は、お花を貰ったら慌てて飾るくらいで、そもそも自分でお花を買ったことなかったなあと。 お花を買うようになってから、それまでは気にしたことすらなかった季節のお花を知るようになって、見たことはあるけど名前は知らなかった花の名前を覚えて、お花屋さんに行くのも楽しみのひとつになりました。

    私の夫は、"ぶりっこ"という言葉がよく似合う人なんですけど、お花を飾ると「うわぁ〜! 可愛い〜!」と喜ぶんですよ。 その時にすごく心が満たされたような気持ちになるので、私はお花を飾りたくなるんだと思います。 おそらく、夫のぶりっこは才能で、いつもその可愛らしいリアクションに羨ましいなあと思うほど。 あざとさが一切ない純真なぶりっこであるから、凄いんですよね。 夫とは反対に、私は昔から「冷めている」とか、まろやかに言うと「落ち着いてる」と言われてきたタイプで、お花の可愛さはもちろん、華やかな光景を見ても素直に反応できない性格でした。 これは、おそらく思春期を捧げたアイドル生活の影響もあるかと思うんですよね。 まだ無邪気に鼻くそをほじっていたい14歳の少女だったはずなのに、人生初の給料を貰って、まだ知らなくても良い"確定申告"の勉強をし、超女コミュニティで戦の毎日を送っていた生活が私をそうさせたのだと思っています。 まあ、もともとの性格もあるかもしれませんが、今思うと、大人の世界を知るのが早すぎたんだと思います。 同世代の女子が虜になるパンケーキを目の前にしても笑顔になるわけでもなく、無言で写メって秒で食べ、夢の国へ行ったとしても「カチューシャなんて頭が痛えよ」なんて思っていたのだから。 夫のおかげかわからないですが、今ではパンケーキを食べる時は思いっきり笑顔になれるし、夢の国へ行ったら舞浜駅過ぎてもカチューシャ外さないレベルに人間らしくなれたとは思っています。 長くなりましたが、何が言いたいかと言うと、結婚して変わったことは、「お花を映えのためだけでなく、人のために飾りたいと思えるようになったこと」なんだと思いました。 これからの私に言っておきたいことは、自分にどんなに精一杯でも、一輪の花を気にかける心の余裕を持って生きなさいということです。 これからも人生がんばれ、私。
    さて。
    今回紹介する作品は、『ザ・ホワイトタイガー』('21)です。
    インド出身の作家アラヴィンド・アディガによる、『グローバリズム出づる処の殺人者より』というベストセラー小説が原作で、Netflixが映画化した作品です。
    私はインド映画をオススメすると、「歌って踊るのがあんまり好きじゃない」と言われることが多々あります。 確かに、インド映画といえばいきなり歌って踊り出すイメージがありますよね。 約25年前に上映された『ムトゥ 踊るマハラジャ』('95)をはじめ、最近のヒット作では『きっと、うまくいく』('09)や『バーフバリ』('15)など。 ちなみに、そのようなインド映画のことをボリウッドムービー(ムンバイの旧称ボンベイの頭文字"ボ"を取り、"ハリウッド"をモジった造語)というのですが、そもそもインド映画は「なんで歌って踊る映画が多いの?」と思う方がいるかもしれません。 その理由は、インド都市部では"マサラ上映"といった、上映中に歌ったり、踊ったり、手を叩いたり、歓声を上げたりと、自由に映画を鑑賞するスタイルが当たり前とされているからなんですね。 いわゆる、日本で言う"応援上映"です。 歌って踊り、一喜一憂しながら映画に"参加"するのがインド流の映画の見方なんです。
    しかし最近では、そういったボリウッドムービーに加え、新たな魅力を発揮するインド映画も観られるようになりました。 最近、いや結構前から、もうインド映画は歌って踊る"だけ"じゃないんです。 なんていったって、映画の年間制作本数は世界ナンバーワンの映画大国インド。2017年のデータですが、年間約1900本ほどの映画を製作してるんですね。 歌って踊るだけのインド映画のイメージを抱えている人は、早急にインド映画のアップデートをしてください。
    まさに、今回紹介する、『ザ・ホワイトタイガー』は、"歌って踊らない"インド映画なんです(アメリカとの合作ではありますが)。
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  • サブスクで観れる、加藤るみが選んだ2021年アカデミー賞作品ベスト3|加藤るみ

    2021-05-13 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第16回をお届けします。先月、ついに発表された2021年アカデミー賞。今回はアカデミー賞関連作品の中から、るみさんのおすすめをサブスクリプションサービスで観られる作品に限定して3本選んでもらいました。いまだ解決の兆しが見えないコロナウイルス問題ですが、るみさんは今回紹介する作品を通して、自宅での鑑賞ならではの楽しみも見つけられたようです。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第16回 サブスクで観れる、加藤るみが選んだ2021年アカデミー賞作品ベスト3
    おはようございます、加藤るみです。
    3度目の緊急事態宣言の発令が決定(執筆時:2021年4月現在)し、映画館も次々と休業発表がありました。 今年もアカデミー賞の発表が終わり、アカデミーで話題になった作品を"今この時"に観れない現状がとても苦しいです。 早く、この状況が収まりますように。 ただただ、それを願うしかありません。
    しかし、緊急事態宣言も3度目となれば、私も自粛ライフの楽しみ方に関してはプロ級です。 映画に海外ドラマ、釣具をいじいじ、着ない服をメルカリに出品、無限にやることがあるのです。 それに、このコロナ禍でネットショッピング力がグンと上がり、海外のサイトで買い物することも増えました。 最近は、アカデミー賞で監督賞を獲った、クロエ・ジャオのTシャツをゲットしたので、ぜひ自慢させてください。

    映画界で活躍する女性たちのネームTシャツを販売している、「Girls on tops」というイギリスのサイトから購入しました。 他にも、グレタ・ガーウィグTやアネット・ベニングTなど、映画好きなら気づいてくれるであろう、ナウいTシャツが沢山あります。 海外のアパレルはサイズ感がいつも心配なんですが、XSでちょうどピッタリ着れてこの上ない感動でした。 テンション上がるものを着ることって大事ですね。 なんだか唐突にお買い物紹介になってしまったので、ついでにもう一つ紹介させてください。 続いては、地元・岐阜の名産品のお取り寄せグルメです。 飛騨高山に「キュルノンチュエ」という燻製品などおつまみの名店があるんですが、お店のイチオシでもある白かび熟成の乾燥ソーセージがめちゃくちゃ美味しくて、私、大ファンなんです。

    ソーセージというより、サラミのようで、白かびの芳醇な香りと、背脂の甘みのコクが上質で、岐阜が誇る、ぜひとも食べてもらいたい逸品です。 お酒は飲まない私ですが、このソーセージとジンジャーエールをお供に、映画を観るのが幸せの極みです。 これがあるだけで、かなりリッチな映画タイムになります。
    さて、今回は、そんなソーセージをかじりながら配信で観た、アカデミー賞関連のオススメサブスク作品を3本紹介したいと思います。
    まずは、1本目。 Netflixオリジナル作品『ラブ&モンスターズ』です。
    色々あって巨大化した昆虫や爬虫類に支配された世の中で、ヘタレな青年が生き別れの彼女に会いにいくサバイバルコメディー。 これ、ポスタービジュアルからC級(笑)の匂いがプンプンだったんですが、蓋を開けたら大正解な『ゾンビランド』('09)的A級コメディでした。 こちらは受賞ならずでしたが、今回のアカデミー賞の視覚効果賞にノミネートされています。
    モンスターだらけの世界になって以降、地下壕のバンカーで7年間生活をする青年ジョエル。 ジョエル以外のバンカーの仲間たちは、みなカップリングしていて、独り身はジョエルのみ。戦闘員としても使い物にならないヘッポコなため、仲間たちにスープを給仕する万年料理担当になっています。 そんなジョエルが、世界滅亡前に付き合っていた愛する彼女に会いにいくため、外の世界に出ることを一大決心する……。
    この物語、終始軽妙なテンポで進んでいくのが、とっても気持ちが良いです。 まさに、痛快、爽快。 絶望的な世紀末であるのに、主人公ジョエルの他人事のようなおちゃらけたナレーションから始まるのも、『ゾンビランド』さながらの作りになっていて、"モンスター版『ゾンビランド』"と名付けたくなるような既視感がありました。
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  • 『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』──「失ってから気づく系男子」の更新形|加藤るみ

    2021-04-14 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第15回をお届けします。今回紹介するのは『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』。夫婦の愛情を描いたフレンチラブコメディです。突然訪れたパラレルワールドで、夫のラファエルが妻との愛情を取り戻そうと奮闘します。「大切な人を失ってからその愛に気付く」タイプの主人公を「ぬるい男」と一刀両断するるみさんですが、本作の主人公は一味違ったようで……?
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第15回 『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』──「失ってから気づく系男子」の更新形
    おはようございます。加藤るみです。
    最近は、ドラマに夢中な私です。 今はやっぱり、ディズニー+の『ファルコン&ウィンターソルジャー』が面白くてたまりません! 同じくディズニー+で放送されていたマーベルドラマ『ワンダヴィジョン』のジワジワと面白くなっていく感じも好きだったんですが、あちらは4話くらいまでのシチュエーションコメディパートが、「コレ面白くなるのか?」という忍耐が必要なドラマだったんです。でも、『ファルコン&ウィンターソルジャー』の1話からエンジンフルスロットルな戦闘シーンは、"これぞMCU!"といった感じで、最高でした。 それに、ファルコンが直面する、家族問題、ヒーローの貧困、黒人差別、現代に生きるバッキーの葛藤など、それぞれが抱える問題が1話から明確に描かれていて、社会問題に斬り込んでいく姿勢もさすがです。 キャップ(キャプテンアメリカ)のいない世界を全6話でどう展開させていくのか楽しみです。 あと、MCUシリーズは時系列が重要と言えると思うんですが、本来、『ワンダヴィジョン』と『ファルコン&ウィンターソルジャー』の配信順番は逆だったんですね。 これについては、現時点では時系列に違和感なく進んでいますが、次は『ロキ』が来るということで、これからどう変わっていくのが見どころでもありますね。
    それともうひとつ! オススメのドラマがあって。
    スターチャンネルで放送されている、『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』です。 アイデンティティの探求やジェンダー、人間関係、家族がテーマの青春ドラマで、コレを見逃すのはもったいない! と言える、傑作です。 イタリアの米軍基地が舞台で、そこで暮らすティーンエイジャーの苦悩や葛藤が丁寧に描かれていて、音楽も美術も衣装も全てがハイセンスでうっとり。 それもそのはずで、『君の名前で僕を呼んで』('17)『胸騒ぎのシチリア』('15)のルカ・グァダニーノ監督の初テレビドラマ作品で、監督自ら脚本、監督、製作総指揮を務めています。 キャストも、第二のティモシー・シャラメと言われているジャック・ディラン・グレイザーをはじめ、気鋭の新人ジョーダン・クリスティン・シモンや、マーティン・スコセッシの娘であるフランチェスカ・スコセッシなど、フレッシュな顔ぶれが勢揃い。 これは、いま要チェックなドラマです。
    さて、今回紹介する作品は、『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』('19)です。
    SF小説家として成功した男が、妻と喧嘩した翌朝、突然パラレルワールドにトリップ。 富や名声、妻を失い、もはや別人になってしまった男が元の世界に戻るため奮闘する、フレンチラブコメディです。
    フランスで大ヒットを記録した『あしたは最高のはじまり』('16)のユーゴ・ジェラン監督が、若くして結婚した自身の結婚生活を見直すことで生まれたラブストーリー。
    フレンチラブコメに関しては、お気に入りが見つかる打率がめちゃくちゃ低い私なんですが、久々のヒット! でした。 フレンチラブコメでは、『おとなの恋の測り方』('16)に並ぶくらい好きになりました。
    高校時代に出会い、一目ぼれから結婚したラファエルとオリヴィア。 人気SF作家として多忙な毎日を送るラファエルと、小さなピアノ教室を運営するオリヴィアの夫婦生活はすれ違いが続いていた。 オリヴィアと大ゲンカをした翌朝、ラファエルは見覚えのない部屋で目を覚ます。 そこは夫婦の立場が逆転した“もう一つの世界”で、ラファエルはしがない中学教師、そしてオリヴィアは人気ピアニストで、ラファエルのことを知らなかった……。
    恋人ゲットのため、冴えない男がタイムトラベルを繰り返す『アバウト・タイム』('13)や、小説家が自分の書いた通りの理想の女の子と出会ってしまう『ルビー・スパークス』('12)の要素をミックスさせたようなパラレルラブコメディで、"If"の世界が大好きな私のツボに入る作品でした。
    © 2018 / ZAZI FILMS – MARS CINEMA – MARS FILMS – CHAPKA FILMS - FRANCE 3 CINEMA – C8 FILMS
    この物語は簡単に言うと、ラブコメでよくありがちな、"大切な人を失ってから色々気づいちゃう系男子"が奮闘する物語なんですが、 私、この手のタイプには、どうしてもイライラしてしまい、「失う前に気づけよ!」と、冷めたツッコミを入れてしまいたくなるんですね。
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  • 『ハラ』── 二つの文化の間で葛藤する少女が見つけたアイデンティティ|加藤るみ

    2021-03-18 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第14回をお届けします。今回紹介するのはApple TV+初の長編映画『ハラ』。イスラム教徒の家庭に住む少女ハラが、アメリカの高校の自由な校風と、厳格な家庭環境とのギャップに悩み、自身のアイデンティティを見つけていく青春映画です。最近Apple TV+にハマっているというるみさんが、本作の魅力をサービスの特徴と併せて語りつくします。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第14回 『ハラ』── 二つの文化の間で葛藤する少女が見つけたアイデンティティ
    おはようございます、加藤るみです。
    今回紹介する作品は、Apple TV+配信の作品です。 いま、Apple TV+のオリジナル作品がめちゃくちゃ熱い! 私がいま一番推したい映画のサブスクは、Apple TV+です。
    映画のサブスクといっても、Netflixやアマゾンプライムのように旧作も含めて見放題というわけではなく、Apple TV+は、"オリジナル作品のみ"が見放題なんです。 しかも、今回紹介する作品もそうですが、まだあまり世の中に浸透していないであろう、掘り出し物が豊富で、トップクリエイターを招聘したオリジナル作品の質が高いことが、最大の魅力だと思います。 具体的にどんな作品があるかというと、前にこのコラムでも紹介した、ソフィア・コッポラ監督の新作『オン・ザ・ロック』(’20)をはじめ、トム・ハンクスが主演・脚本を担当し、制作に10年を投じた力作『グレイハウンド』(’20)や、サンダンス映画祭グランプリを受賞したA24との共作ドキュメンタリー『ボーイズ・ステイト』(’20)、カートゥーン・サルーンが手掛けたアニメーション『ウルフウォーカー』(’20)など、傑作揃い。 映画だけじゃなくドラマにも力が入っていて、M・ナイト・シャマラン、ダニエル・サックハイムらが監督を務めたホラーサスペンス『サーヴァント ターナー家の子守』(’19)や、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(’17)のクメイル・ナンジアニが製作に携わり、移民の人々の暮らしを描いたヒューマンドラマ『リトル・アメリカ』(’20)など、満足度高めのラインナップが揃っています。特に『リトル・アメリカ』は私のイチオシです。実話をベースに製作されていて、すべてが心温まる物語ばかり。しかも、 1話完結の30分ドラマなのでサクッと観れます。私は1話でグッと心を掴まれ、気づいたら一日で全話観終わっていました。まずは、1話。最高なので、ぜひ観てもらいたいです。 Apple TV+は、 Netflixやアマゾンプライムとは少し方向性が違って、独自性が高く、良質なものだけをチョイスして観ることができる、いわば、映画好きのためのセレクトショップ的な位置付けにあるんですね。 まさに、"Apple TV+でしか観られない"がウリです。 私はもちろんNetflixも大好きなんですが、サービスが大規模になり、オリジナル作品が途方もなく増え始めた頃から、単純にその莫大な数の作品の中から、あれもコレもと選ぶだけで時間がかかってしまうのが悩みになっていたんですよね。 マイリストだけがめちゃくちゃ増えていくみたいな。 Apple TV+も今後どうなっていくかはわからないですが、まずはいま、この情報過多の時代でサブスク迷子にある方は、ぜひApple TV+に入ることをオススメします。
    では、先ほど触れた通り、今回はApple TV+配信作品の中から私のイチオシを紹介したいと思います。
    タイトルは、『ハラ』です。
    最近発見したんですが、こんな素晴らしい作品がApple TV+に隠れていたなんて……。 2019年1月26日に配信がスタートされたこの作品が、実はApple TV+初の長編映画作品なんです。 不覚にも、「2021年になるまで気づかなかったとは……」と、早く見つけられなかったことが悔しくなるほど、良い作品でした。
    【4/8(木)まで】特別電子書籍+オンライン講義全3回つき先行販売中!ドラマ評論家・成馬零一 最新刊『テレビドラマクロニクル 1990→2020』バブルの夢に浮かれた1990年からコロナ禍に揺れる2020年まで、480ページの大ボリュームで贈る、現代テレビドラマ批評の決定版。[カバーモデル:のん]詳細はこちらから。
     
  • 『旅立つ息子へ』──共依存の先にある親子の絆|加藤るみ

    2021-02-18 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第13回をお届けします。今回ご紹介するのは、是枝裕和監督とも並び称されるイスラエルの巨匠、ニル・ベルグマンの『旅立つ息子へ』。自閉症スペクトラムを持つ息子と父との絆を描く、実話を基にした物語です。「自分がいないと息子は生きていけない」と思い込んでいた父は、やがて成長していく息子の姿を見て……?一昨年に結婚を発表したばかりのるみさんが、「愛」と「依存」の狭間で揺れ動く親子関係について語り倒します。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第13回 『旅立つ息子へ』──共依存の先にある親子の絆
    おはようございます、加藤るみです。
    ついに、私、自動車運転免許を取得しました。
    やっと、やっとです。 免許を取って痛感しました。 免許とは、自分自身との戦いなのだ……と(大げさ)。
    私が免許を取ろうと本気で行動に移したのは、今から3年前。 まだ東京に住んでいる頃でした。 電車移動で事が足りて、特に車が必要ない東京に住んでいても、岐阜という"一家に一台"が当たり前な車社会の田舎で生まれ育った私は、車に乗ることへの憧れを消せずにいました。 私以外の家族はもちろんみんな免許を持っていて、地元の同級生も免許を持っていない子なんていなくて、生まれ育った環境から私のDNAには「免許取ったら車でイオン♪」的なマイルドヤンキー精神が刻み込まれているのです。 さらに私の免許取りたい欲に拍車をかけたのは、『レディバード』('18)の主人公が故郷に帰って車を運転するラストシーンを観てから。 あのシーンを見たら、免許を取って岐阜の田舎ロードをエモエモドライブせずにはいられないでしょう。
    そんなこんなで「免許を取ろう!」と決意した私は、最近「一発試験」で免許を取得したという先輩のオススメもあり、同じく一発試験を受けることにしました。 東京の教習所は田舎に比べて料金が1.5倍くらい高いのと(さすが東京価格!)、当時住んでいた中野から通いにくいこともあったので、「一発試験のほうが手っ取り早いな」とそのときは思ったんですよね。そのときは。
    そう、私の免許地獄はここから始まったのです……。
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  • 『花束みたいな恋をした』── 恋の終わりは苦いもの、だけじゃない|加藤るみ

    2021-01-26 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第12回をお届けします。今回ご紹介するのは『東京ラブストーリー』『最高の離婚』『カルテット』などで知られる脚本家・坂元裕二脚本の『花束みたいな恋をした』です。終電を逃し、偶然出会った大学生ふたりが、恋に落ち、同棲し、社会人になっていく、その過程を丁寧に描いた本作。20代前半に新宿ルミネのお笑いライブに足を運び、映画を愛し、部屋でレコードを聞く日々を過ごしていたるみさんには深く深く突き刺さったそうで……?
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第12回 『花束みたいな恋をした』── 恋の終わりは苦いもの、だけじゃない
    あけましておめでとうございます。 加藤るみです。
    年々、1年が過ぎるスピードが凄まじく速くなっている気がします。
    こんなことを言うようになり、なんだか歳を取ったなぁとしみじみ思いますが、この前、旦那とふと年齢の話になったときに、「アラサーのるみちゃん」というワードが出まして。 現時点で25歳なので、アラサーっちゃアラサーなんですが、アラサーという言葉の存在感に胸をズキズキさせられました。アラサーという言葉は遠い日のことだと思っていたのに……。
    でも、なんだかしっくりくる、ラジオネームのような「アラサーのるみちゃん」。
    まあ、年齢なんて数字に過ぎないと思っているので、アラサーだろうがなんだろうが今年もアンチエイジングに励みつつ、楽しく生きれたらなと思います。 さて、そんなアラサーのるみちゃん(結構気に入っている)が2021年一発目に紹介するのは、こちらの作品。
    坂元裕二さん脚本、菅田将暉さん×有村架純さんのW主演で贈る、2020年の東京を舞台にしたラブストーリー『花束みたいな恋をした』です。

    これは……とんでもない映画でした。 11月初旬に試写で観たんですが、かれこれ3ヶ月くらいずっと頭の中にこの映画が残っています。 多分、10代後半〜20代前半にどんな恋をしてきたかとか、どんな環境にいたかとか、人によってこの映画の刺さり方は変わってくると思うんですが、(それはどんな映画でもそうですね)少なくとも、20代前半を東京で過ごし、ヴィンテージチャンピオンを着て中野周辺を徘徊し、月1くらいで新宿ルミネのお笑いライブに行き、映画を愛し、サブカルにまみれた部屋でレコードを聴いていた私には刺さりすぎました。いや、突き抜けました。
    この物語の既視感は、もはや「私の再現ドラマでは?」と思うほど。 めちゃくちゃ恥ずかしくて、見ていられない気持ちになりました。
    思い出したくもない過去なのに、思い出されて仕方がない。 そんな矛盾した感情に掻き乱されながら、ラストでは爽やかに泣けるという、 私と同じ今20代くらいのサブカル民の仲間たちには、覚悟して観てもらいたい映画です。
    舞台は東京。 京王線明大前駅で終電を逃したことから偶然出会った大学生の麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。 好きな映画や音楽がほとんど同じという、似たもの同士の二人はあっという間に恋に落ち、二人が大学生からフリーター、同棲、社会人になるまでの事細かな日常のリアルを描いています。 出会いから別れという物語の流れは、爽やかさをプラスしたカップル版『マリッジ・ストーリー』のような作りになっています。
    ©2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
    前半は、菅田将暉さん×有村架純さんが贈る『ときめきメモリアル』。 愛おしすぎる、ごく普通の日常を切り取っていて、それも日本を代表する若手俳優の二人がとびっきり、ありったけの演技をするのだから、良くないわけがないんですよ。 これを見たらきっと、男性は有村架純さんが元カノに見えて、女性は菅田将暉さんが元カレに見えてくると思います。現に、私は菅田将暉さんが元カレだったんだと思い込んでいます(笑)。 女子同士で観に行ったら、「菅田将暉、私の元カレだ!」論争が起きること間違いなし。
    麦と絹の何気ないデートの内容は、the大学生な感じなんですが、ポップな演出が効いていていちいちサブカル女(私)のツボを抑えてくるんですね。
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