あなたはなぜ無気力なのか~耳をすませば~
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あなたはなぜ無気力なのか~耳をすませば~

2018-06-23 10:40

     ずっと「いう」を「ゆう」と書いていた指摘されるまで気にしてなかった、小学生の国語がすっぽり抜けていると改めて感じた、にしても句読点の位置は語学ではなく美術的感性が影響してると思うのは俺だけだろうか?文章間の息継ぎと教えられた気がするが苦手だ。

    大愚元勝様の説教が面白かったので、自分の考えを入れながら覚書をしました。

    無気力:何をする気力もないこと。やる気のないこと。

    ■本来は自分の気力は確実に存在するが、その存在を感じないだけであり、感受性(アンテナの感度)を高めれば自身に内在する気力を感じられる。
     普段の生活では大して"気力"を使わなくても色々なことが労せずできて便利に生きていける、むしろ現代では市場経済の方から便利を押し付けてくる。
     一般的にいうと例えば、何処でも電波が繋がり携帯端末で情報を手に入れられる、少し歩けばコンビニで何でも揃う、食べ物も何時でも簡単に作って食べられる。
     衣食住に関していえば都会に居ればお金さえあれば欲求を満たすこと思うがままに暮らせる。
     お金の問題もセーフティーネットや社会保障などで誰かが『助けてくれるのが当たり前』の社会になってきている。
     そう、自分の"気力"を使わなくても生きていける、自分の気力を使わなければ無気力と変わらないし、そこから自分の気力を感じられないのも当然ではある。
     無気力という状態は本来あるはずの自分が発信している"あらゆる力"を自身のアンテナの感度が鈍くなっているため感じ取れない状態をいう。
     人は自身のアンテナで得た情報を感受するが、毎日繰り返される現代生活の刺激によってアンテナの感度が鈍くなってしまっているために、ほとんどの場合は情報を無(無感動)にしてしまう。
     毎日繰り返される現代生活の刺激の例として、携帯端末などによる情報の半濁、経済が押し付ける物質的な豊かさ、個人の気持ちに関係なく世の中に押し流される経済活動、それらの発する大きな刺激にはアンテナの感度を自ら鈍くするほかない。
     また、アンテナの感度が鈍くなれば本質は見えにくくなると思う、囚われることで見えにくくなる囚われの本質、欲を満たされることで見えにくくなる欲の本質、大量の情報を流し込まれることで見えにくくなる情報の本質。

    ■自分の気力を感じるにはアンテナの感度を鋭くすれば良い。
     ここで話は変わる、前に田舎で山奥の温泉旅館へ旅行した際の"とある温泉旅館"を評価する宿泊体験レビューを見た、それには"とある温泉旅館"は携帯電波が届かずそれに対して警告していないことへの憤慨(半ば発狂)が書かれていた、レビュー者の言わんとする主張は分かるが、私の感想としてはわざわざ山奥の温泉に行って何を楽しみに行ったんだろうか?とゆう思いが浮かんだ。
     携帯電波の届かない所というのもある意味において救いではある気がする、メールやSNSに振り回される普段の仕事や生活から開放されるし、歩きスマホをして携帯端末を見続けずに、自然の風景景色・香り・音・手触りなど太古の昔からある郷土から受ける自然の感性はアンテナの感度を鋭くさせるような気にさせる。
     そこでアンテナの感度の鈍りをリセットするには、「小さい自然の音を聞こうとすること」だと思った、そう!「耳をすませば」である。

    下記をお勧めします調べて見てほしいです。
    引用:大愚元勝(大愚和尚)の一門一答 「無気力」の原因と「やる気」を取り戻す方法


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