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第2文学修行 03 「6月某日昼13時、自宅トイレで父が○○を開いた」
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第2文学修行 03 「6月某日昼13時、自宅トイレで父が○○を開いた」

2020-06-20 14:00
    修行概要及び、縦書きPDFダウンロードはコチラ


    青々とした広葉樹の根本、その木を石で輪のようにして囲っている一点にEは腰かけていた。バイトの再開は十三時半、今は近くのコンビニで買ってきたカップ麺の出来上がりを待っているのだ。休憩室も用意されているが、そこは手狭で冷房がなく六月で既に蒸し暑い今日なので、こうして外にいるのだ。風が多少なりとも吹いている分、よほど快適なのだった。

    右手に持ったスマホが十二時五十分を指せば、多分カップ麺の出来上がりだ。スマホのロックを解除し画面の真ん中のデジタル時計を凝視しながら、あと三十秒かな、いやあと十秒かも、とうずうずしていた。すると、不意に通知が来た。どうやらLINEの家族グループである。親父からなんて珍しい、どうしたんだろう。両親がスマホデビューしたついでに導入して以来、まるで使っていなかったそのグループLINEを開いた。

    <(https://us04web.zoom.us/・・・)-


    Fは重い腰を上げ、再び白衣を羽織った。十三時以降のアポがギッシリと詰まっている。定年間近の身体には拷問のようだ。

    パートタイムの歯科衛生士としてFは、子供二人と既に定年退職した夫を支えるべく日々奮闘していた。そして、昨年より職場を変えた。

    仕事内容こそ変わらないが、前の職場には無かったような『システム』が多く導入されており、それらに慣れるだけで一苦労だ。例えばカルテが電子化されており、それをタブレットで呼び起こすだけでも時間を要した。何十年もこの仕事をしてきた自分が、こうしてずぶの素人に逆戻りである。時代の流れが今になって恐ろしく感じられた。

    時代の流れは家庭にも及ぶ。Fと、その夫のGが、漸くスマホに変えたのだ。息子がもうじき一人暮らしを始めるので、これを期にLINEなるものを導入してみようか、となった。そも、これまでスマホを毛嫌いしていたわけではなく、電話とメールさえ使えれば充分という考えが変化を遅らせていただけなのである。

    Fは手を洗う前にふとスマホを覗いてみた。思えば、特にやることも無ければ扱いこなせてもいないのに、こうしてスマホを触る機会が増えた。ガラケー時代には無かったことだ。

    見ると、息子曰く『タスクバー』と呼ばれる場所にさほど興味のないエンタメニュースが溜まっていた。邪魔くさいので消そうと思っていたが、そのエンタメに挟まれるようにしてLI‐NEの通知があったのを見つけた。それは夫からであった。

    表示されているそれは、確かURLなるものだったはずだ。押せば何かしらのインターネッとが勝手に開くものだったはずだ。あの人はいつの間にURLを送る力を身に着けたのだろうか。私と言えばスタンプの送り方を一昨日に知ったばかりなのに。

    夫からの連絡といえば、帰りが遅くなるだとかぐらいなので、胸騒ぎと呼べるほどではないが少しざわっとする感覚があった。痛風で動けないとかだったら面倒だなぁ。

    Fは恐る恐る、その青い英字の羅列を押してみた。


    「これは困った」

    Gはもう用の無いはずの便器に再度腰かけて、腕を組みうなだれた。ちらちらとトイレのドアを恨めしく見たところで何が解決するでもない。六度目の溜息が出た。

    かれこれ五分は閉じ込められている。不幸にも家には誰もいない。今年の三月に定年退職してからというもの、平日の昼間は基本、俺一人だ。気晴らしにパチンコに行くような軍資金も無いので、任された家事を粛々とこなし、レトルトカレーをチンして食べ、適当にケーブルテレビで録画した映画を見る日々が続いているが、それも案外悪くなかった。別に仕事に対して大きな誇りを持っていたわけでも無かったし、かつての休日が長く続いているというだけの感覚であった。かつての休日と言えば、息子たちは自室にこもっているし、俺とかあさん(妻のこと)とリビングで静かにテレビを見ているだけだったので、孤独感もさして変わらない。

    故に、今日ほど孤独を感じたことは無かった。なぜトイレにはこうも何もないのか。かあさんに度々「おとうさんは買うのが一番楽しいのよ」と言われてきた電動ドリルとか、何セットもあるドライバーとか、別に切るものも無いのこぎりとかを、なぜ俺はトイレに置かなかったのか。せめて一階にあるあの赤い工具箱一つぐらい置いておけば、今頃リビングで『ハクソー・リッジ』を見ていただろうに。

    あと四、五時間はここに一人……などということは考えてはならない。心を強く持たねばならない。なんとか、文字通りの打開策を見出さなければならない。そもそもなぜ開かないのか、それを考えよう。

    いや、ドアノブが壊れた以外にあるだろうか。

    あるはずもなかった。トイレの前の廊下にはドアをつっかえさせるような物は置いていないし、ドアは歪んでいなかったし、第一、哲学的命題じゃないんだから「そもそも」を考えるだけ意味のないことだ。トイレが持つ哲学なんて「水に流す」ぐらいのものだろう。

    などと自分でもよく分からない冗談は水に流すとして、何気なくスマホを持ち込んだことを今思い出した。トイレにスマホを持ち込むなど中毒の極みだ、とかつての俺は考えていたはずだが、いざこうしてスマホデビューするとその考えも薄らいだ。特に「大」の時は。


    [といれ とじこめられた] 検索


    なるほどなぁ、どうせ一人なんだしドアを閉めなければ良かったんだ。

    違う、そうじゃない。

    必要なのは助かる術だ。後悔は脱出してからすればよい。

    そういえば今は昼過ぎ、もしかしたら家族の誰かが昼休憩かもしれない。恥を忍んで呼ぶしかない。そう考えて半ば焦る気持ちに駆られながら、今テレビで話題のZoomのアプリを開いた。何気なくダウンロードして正解だった。この日のためにあったのだ。家族会議の議題は『父をトイレから出すには』でいこう。

    お、自分の顔が映ったぞ。よし、えーっと……[参加者]でいいのかな。招待ってのがあるぞ。多分これだ。えーそんでから、LINEに送るには……


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