「今」というものの定義って不思議だよね
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「今」というものの定義って不思議だよね

2019-06-29 00:58
    よく「過去」「現在」「未来」と3つに分けられるけどさ、
    「今」ってだいぶ不思議な…特異なものだよね。
    何がって、だって今って結果でありながら常に過程でもあるんだよ。

    昔の自分が今の自分を作るって言いますけど、
    そう考えると今の自分とは過去のありとあらゆる事象の結果ということになる。
    その考えに間違いはないと考えていいと思うが、
    であればそれは未来の自分にも言えること。
    つまり、今とはまだ途中、すなわち過程であるのだ。
    この過程の段階がいつ終わりを迎えるのかは未だわからない、というか何にとっての終わりであるのかという定義によってそのスパンは様々だ。

    そもそも今とは、流動的で、刹那的なものだと思う。
    流動的とは、時間の流れは過去から未来に向かって一方向に進んでいて(これは自然界に存在する法則のかなり上位にある法則である)、そこから切り取って定義づけている今もまた、その法則に従って常に動いているのだ。
    だがしかし、それは刹那でもあるのだ。
    私たちが、「今」「この瞬間」と認識したまさにその瞬間、今とは流動的な時間の流れから切り取られ、もちろん各々の頭の中での話だが、その「瞬間」は永遠となるのだ。

    話は逸れますがアレを思い出しますね。
    ほら、数学でlimitってあるじゃないですか。nから♾に向かうやつ。
    他にも…えっとニュートンだったかな?
    電車に乗ってる最中にハンカチを床に落としたときの公式?を考えたとかなんとか。
    まあとにかく、私たちは常にみんな時間という電車に乗ってて、降りることはできないんです。たぶんね。
    そんな中でもしこの電車がここで止まったらこんな風景が見えるだろうなって人が頭の中で考えた妄想の産物が「今」なんですよ。ちょっと言い方悪いかもしれないですね。でもそんな感じなんですよ。

    「今」って不思議でしょう?
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