ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

1.1さっちゃん
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

1.1さっちゃん

2013-04-09 15:13
    小学生に上がる前、マチの山側から海側にひっこした。
    坂の多いマチから、海に面した川ぞいのマチに。
    集合住宅であることに、変わりはなかったけど。
    川は、コンクリートの大きな壁があって、よじ登って上に上がらないと川は見えなかった。
    いまは、防波堤によじのぼらなくても、よく見えるが。

    その川ぞいに、細長い公園があった。
    幼稚園の間は、ここの砂場でよく遊んだ。
    水道もあったので、水をくんできて、小川をつくったり、トンネルを掘り、ダムを作る。
    木も生えていた。バッタやカミキリムシを捕まえるのは得意ではなかった。

    小学校にあがって、1年2組になった。(たぶん2組だった気がする)
    おなじ、集合住宅から通う小学生はたくさんいた。
    小学校は、アパートからまっすぐ一本道で
    歩いて10分もあれば子供でもついてしまう距離にあった。

    他の東地区の子や、もっと南の学区から来る子たちは集団登校もしていたようだが、
    自分の地区は、そんな距離だったためバラバラに投稿していた。

    幼稚園は引っ越す前のところにバスに乗って通ったから、
    小学校に上がるときは、誰も友達はいなかった。
    知り合いと呼べる人もいなかった。

    今でこそ背は伸びたが、小学校高学年まで身長はふつう、やせ気味で
    おとなしく、絵をかくのが好きだった。
    あんまりしゃべらず、運動系のクラブや部活もなにもしなかった。
    およそゲームと呼べるものを買わなかったので、共通の話題もなかった。
    ドンキーコングやマリオ、FF、ソニック、ドラクエ、ポケモン、バイオ、ストリートファイター、カービー、五右衛門・・・
    挙げればキリがないくらい、ゲームは流行ってたし、おしゃべりの中心だった。
    しかし、中学生になって初めてポケモンをするためにゲームボーイカラーを買ってもらった位だから
    当然、話についていけなかった。
    (人から聞いた話をさも自分が体験したことのように人に語るクセは、この頃身についたと思うwww)

    それでも、学校はそれなりに楽しいところではあった。
    担任の先生がよかった。薄毛、というかハゲつつあることを気にしていたけど
    怒るときはしっかり怒るが、基本的にやさしい父親的な人だった。
    給食のご飯が余ると、持参した塩で、おむすびを作ってくれた。
    学校の校歌をまじめに歌わないと怒る先生だった。
    (今はどこかの小学校の校長をしているという話をきいた。)

    同じクラスで一緒になったのが、さっちゃんだった。
    自分と違って、活発な子だった。
    足がはやくて、ショートカットで、よく笑う子だった気がする。
    (思い出補正がかかってるハズ!)

    同じ地区に住んでいたから、学校以外でも、
    地区のお祭りや運動大会、夏休みのラジオ体操でいっしょだった。

    小学校に上がっても、しばらく砂場でひとり砂遊びをしていたけど、
    さっちゃんは友達と、同じ公園でブランコやそりすべりをして遊んでいるのをよく見た。

    なにがきっかけだったか忘れてしまったが、
    しばらくして、さっちゃんと砂場で2人で遊ぶようになった。
    楽しかった。とてつもなく、たわいもないことをお互いしゃべってた気がする。
    昨日はカレーを食べた。とかそんなこと。

    2年生にあがり、しばらくしてさっちゃんは転校してしまった。
    とくにお別れのあいさつもしなかった気がする。
    いや、さっちゃんはなにか言ってくれていたが思い出せない。
    ただ、自分があいまいに返事を返した気がする。

    集合住宅から一番近いその小さな公園は、低学年の子が遊ぶのにはちょうどよかったが、
    3年になると、もっと大きい運動公園に遊びにいったり
    友達の家でゲームをするのが普通になってしまった。
    もう川ぞいの、その小さな細長い公園にはあまり、近寄らなくなってしまった。

    つづく
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。