ルッキズム卒業宣言(人を見た目で評価する7つの愚かさについて)
親愛なるヤンサンファミリーの皆様、あけましておめでとうございます。
(写真は箱根駅伝を見ている実家の猫です)
去年の僕は「商業誌の漫画家」としては厳しい年だったのですが、ヤンサン関連では嬉しい事が本当に沢山あって、いい思い出をいっぱい残せた年でした。
僕は自分自身の評価に関しては厳しい方なので、色々結果が出ないと凹む方なんだけど、ヤンサンでは愛のあるメッセージがコメントで伝わってくるので本当に助かってます。
そんなこんなで、新年最初のメルマガは「見た目を評価してくる人」についてです。
えー…突然ですが、あなたは自分を「日本で何位の人間」だと思いますか?
そんな事言うと、おそらくこう言われます。
それって生産力で? 見た目で? 若さは関係ある? 希少性は? 賢さは? 血統は?
・・なんていう「何を基準に順位をつけるのか?」という話になるでしょう。
そこは自分の判断で、と言うと、その人が「何を基準に自分や他者を測っているのか」という事がわかります。
それで何だかんだ議論した後に、必ず「人間の価値に順位なんか付けられないよね」という当たり前の結論でみんなが同意します。
ところが現実社会は、生まれた瞬間から何かしろの順位がつけられ、これが死ぬまで続きます。
繊細な思春期に意味のないレースに出されて、頼んでもいない「順位」を付けられるのです。
「足の速さ」「学校の成績」「身長、体重、目の大きさ、鼻の高さ」「家族の収入」とか、そんな下らない事でいちいち順位が付けられ、自分は2軍か?3軍か?なんて。
「スクールカースト」なんて言葉が使われる遥か昔から、世間てのは「こんな」だったのです。
なので、みんな理屈では「人の価値に順位はつけられない」と言いつつ「常に順位」の世の中でうんざりしてたわけです。
何度も言ってますけど、そんなダブルスタンダードの偽善的な物言いが嫌になった人の中から「ぶっちゃけ」が現れたわけです。
「ぶっちゃけ見た目でしょ」
という「本音主義」が流行って久しい。
「みんなちがってみんないい」とか言っても、結局は見た目やら収入やら、学歴なんかで人を見ているじゃん。結局は見た目と金じゃん」
みたいなやつだ。
昔の人はそんな事はわかってて、それでも人は見た目じゃないよ、なんて言ってたけど、そんなの偽善だと言うわけです。
そんな幼児的な主張をありがたがってるのは、明らかに「知性の劣化」だと思うが、そんな考えが主流になってるのも事実。
ところがこの「ぶっちゃけスタイル」という生き方は、とにかく損をする。
僕はこの件に関して何度も語ったり書いたりしてるのだけど、ヤンサンファミリーには幸せになってもらいたいので、新年最初のメルマガはこの話にします。
ヤンサンではお馴染みの「ちょうどいいおっぱい問題」の本質です。
人を見た目で評価して、安直にそれを口にしてるとどうなるか?
何について損をするのか?
その理由を簡単に説明してみよう。
人の「見た目」を評価する人はどうなるか?
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いつも楽しく番組拝見しております。
人は「審査員」には心を開かない
こういう
言われてみれば当たり前だけど
言われなければ気付かない
ああなるほど確かにそうだよなと腑に落ちる言葉を
短いセンテンスで表現されるセンスが秀逸だと思いました。
センスをほめてみました笑
これからもお体に気を付けて
ゴキゲンなご活躍を期待しております。