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山田玲司のヤングサンデー 第279号 2020/3/2

スクリーントーンに住んでいる「漫画の妖精」

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スクリーントーンは貴重なものだった。


スクリーントーンとは漫画の画材の一つで、手書きできないようなフラットなドットやグラデーションなどの模様が印刷された半透明の薄いシートだ。


これが普及するまで、漫画家は全ての模様や影を手書きで処理していた。

お馴染み水木しげる先生などは点描を駆使していた。


手塚治虫の「漫画の描き方」には、トーンを多用すると画面が冷たい印象になるので、使い過ぎないように、みたいな事が書いてあった。


それを読んでた11歳の僕は「スクリーントーンが使いたい!」と、激しくスクリーントーンに憧れてた。


その本に載っていた漫画の道具はどれも魅力的で、羽ぼうき、烏口、かぶらペン、面相筆、雲型定規など、僕は手塚先生の本の通りに道具を買い揃えた。


とは言っても何しろ小学生なので、お金がない。

漫画専用原稿用紙なども売ってない時代だったので、これもまた本にならってケント紙なんかを買っていた。


なので、この当時のお小遣いはほぼ「漫画製作費」に消えていた。

中学に入って「毎月一作描き上げる」という、ハードなノルマを自分に課してからは、僕は更に「漫画製作費貧乏」になっていった。


そして「スクリーントーン」である。

ケント紙もそれなりに高かったけど、安くてペンのノリのいい紙は探せば見つかったのだけど、このスクリーントーンだけはとにかく高かった。


使い勝手のいい「レトラセット」という老舗のメーカーは一枚860円で売られていた。

少年ジャンプが170円の時代に、一枚860円なのだ。

トーンはほぼB4サイズなので、漫画の原稿用紙とほぼ同じ。

つまり夜のシーンとかで一枚ベタ貼りするとそれで終わりなのだ。


漫画の製作コストを下げようと思うと、どうしてもスクリーントーンを大事に使わなくてはならない。

切れ端なんかも限界まで使う。

新人漫画家には、ボツ原稿からトーンを剥がして使い回ししてたとか言う人までいた。

貧乏な漫画家にとっては、お札でも貼ってる気分だったわけだ。


スクリーントーンを買うのも大変だった。

当時通販もなく、トーンを置いてある画材店も少なかった。

僕の地元では駅通りの一件だけで、あとは大学の画材屋が頼りだった。

必要な柄がなかった場合は、諦めて新宿の世界堂に行くしかなかった。


そんな風に苦労して手に入れたトーンを何とか切らさずに漫画を仕上げる。


切らしたら手書きになって、時間はかかるしクオリティも下がってしまう。


そんなわけで、僕らの世代にとってのスクリーントーンはとにかく貴重品だったわけです。


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ところが、ある時期から新規参入のメーカーが現れ、レトラセットと変わらない質のトーンが半額くらいで販売されるようになった。


デジタル時代が始まると、トーンそのものの価値が意味のないものになっていった。


何も知らない若い世代のアシスタントは、スクリーントーンを恐ろしく雑に使う。


僕らなら絶対に捨てない部分を使い捨てにしてしまう切り方をする。


内心ハラハラしつつ、トーンを無駄にしない方法を教えて、あとはもう諦める事に決めた。


それでも、僕自身はスクリーントーンを雑に使う事は出来なかった。


「あの」スクリーントーンなのだ。

特別なものなのだ。


そんな僕も何年か前に漫画をデジタルで描くようになった。


仕事場には大量の使いかけスクリーントーンと新品のスクリーントーンが捨てられずに残っていた。


使わないとはわかっていても捨てられない。

だってこれはスクリーントーンなのだ。


そんなある時、Twitterで「スクリーントーンを貼ってみた」という投稿を見た。

その人は明らかに若い人なのに、なぜかアナログで漫画を描いてる。