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山田玲司のヤングサンデー 第340号 2021/5/3

未公開小説「聖なる不謹慎」

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いつもありがとうございます。山田玲司です。


それでは予告していた通り「未公開新作小説」の連載を開始いたします。


更に変更を加えていくかもしれませんが、とりあえず今あるものを動かすためにも公開するのでよろしくお願いします。




「聖なる不謹慎」




第1章 うさぎ男



【朝の満員電車】


「・・・どうでもいいけど、人に迷惑だけはかけないで欲しい・・・・・」


僕はイライラしていた。


いつもより混んだ満員電車に乗り込んできた髪の長い小柄な女の子は「大きなカバン」を抱えていた。


四角いそのカバンからは「大きな画板」がはみ出していて、さっきから「それ」が僕の顔にぶつかりそうになっているのだ。


僕は30歳の会社員だ。収入も少ないし、彼女もいない。

特に自慢できる事もないけど、親にひたすら「人に迷惑だけはかけるな」と言われて育ったので、「それ」だけはちゃんとしている。


だからこそ、こんな満員の電車にバカでかい荷物なんかを持ち込む、常識のない人間が理解できない。


バカなんだ・・どうせこの女は、学校かなんかで描いた絵がアホなクラスメイトかなんかに誉められて、調子に乗って「絵を仕事にしたい」とか、アホな夢でも見ているんだろう。

絵で食っていけるわけなんかないのに、頭が「お花畑」で嫌になる。


僕はこの状況のストレスを「この女の子の悪口を心の中でつぶやく事」でやりすごそうとしていた。


そもそも「好きな事」なんかで成功するなんて奇跡でしかない。

この娘は現実を知るべきだ。何の根拠で「絵で食っていける」なんて思えるのだろう。

ネットには巨匠みたいな超絶絵師がいるじゃないか。何千万人に1人の割合で・・


ガンッ!


彼女の「画板のカド」が僕の顎にヒットした。


・・・・・・・・・


アニメなんかだと、ここで2人はちょっとしたケンカになって、その後付き合う事になる。

痛みの中で僕は、何度も見ていた深夜アニメのような「甘い展開」を思い浮かべていた。

チラ見した彼女の顔は可愛くて、僕のタイプだったからだ。


「すっ、すみません・・あたし、時間がなくて、こんな時間にこんな荷物を・・」

「あ・・大丈夫ですよ」

「そんな、ぶつかったとこが赤くなってます、ごめんなさい」

「いえ、気にしなくていいんで、次の駅で降りますから・・」

「あ・・あたしも次の駅で降りるんで、連絡先を教えてもらってもいいですか?」


ところが、彼女は何も言ってこない。そうだとも。これが現実なのだとも。

彼女はただ「画板」という凶器で僕を傷つけただけで、電車から降りていく。

それが現実なのだ。


果てしなく虚しいけど、自分から女の子に声なんかかけられるわけがない。

そんな夢のような自信は自分にはない。あるのはただ「痴漢に間違われたらどうしよう」という恐怖だけだ。


駅に着くと彼女は重そうな画材のカバンを2つも抱えて乗り換えホームに向かって行った。

もしかしたら彼女は美大生ではなく、美大を受験しようと予備校に通っているのかもしれない。



僕も子供の頃は「絵を描くこと」が好きだった。

今もアニメが好きなのは、そのせいかもしれない。

「自分で作ったキャラ」なんかも描いた。本当は気に入っていたけど、小学1年の時にクラスメイト数人に「下手だ」と笑われて、それ以来図工の授業以外でクレヨンを触るのを辞めた。


悲しい話にも思えるが、今思えば彼らは正しいと思える。

僕の絵は全国レベルで考えれば「下手」だし「さっきの彼女」みたいに「絵の道」に進んでも成功するなんて「根拠」はないのだ。


だからと言って僕は、自分が彼女たちより「下の人間」だとは思っていない。

僕はまだ何も挑戦していないからだ。


本気になって何かをやれば「結果」は出せると思う。

そんな「妙な自信」は昔からあるのだ。



【会社までの道】


そういえば課長が言っていた次の企画は「アニメを絡めた宣伝」だった。

こういうのは大抵「今流行りのアニメ絵」に似せただけの中途半端な萌えキャラをどこかのスタジオに注文して、決定権を持ってるおじさん達が「古いセンス」で引っ掻き回すもんだから、ろくなことにはならない。


「自分が責任者になるって言ってみようか」

一瞬そんな考えが頭に浮かんだけど「そんなの無理に決まってる」と頭の中の「誰か」が打ち消した。


そう。

それだって「センス」がいる。「気力」も「人間力」だって必要だ。

そんなものを自分が持っている根拠なんかない。



「助けて」



どこかで微かな声がした。

僕はあたりを見回したが、そこは会社の廊下で、誰もいない。

「気のせいか・・」


そう思ったけれど、その声は「何度か聞いた声」だった。



【繁華街の小路】


「助けて」


再びどこかで声がした。

会社帰りの繁華街。時刻は夜の11時くらいで、居酒屋やキャバクラなんかの並ぶ騒がしい通りを歩いていた時だった。


誰かが困っているのだろうか。

いつもの「気のせい」だろうか。


どっちにしても面倒なトラブルには関わりたくない。


僕が「声」を無視して小道に入ると、妙な男が立っていた。

その男は自分と同じくらいの年齢で、やや痩せ型で「うさぎ」の格好をしていた。


大きなウサギの耳をつけたバカみたいな着ぐるみの「うさぎ」は僕に言った。


「私です!お待ちしてました!」


「は?」


こんな妙な男は知らないし、待たせていた覚えもない。


「何だお前、こいつの連れか?」


「うさぎ」の後ろから、ヤバそうなおっさんが現れた。

アメフトの選手みたいに体がでかい。品のないスーツを着てエナメルの靴を履いている。

どう見ても「堅気の仕事」をしる人には見えない。


「いやっ・・ちょっと・・僕は関係な・・」

ガンッ!!