利益で文化を変化させるのは難しい
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利益で文化を変化させるのは難しい

2013-11-06 09:43
  • 3
なるべくわかりやすく書いてみます

全くものを考えず社畜はクズだ生産性を上げろと愚痴っててもダメでしょという記事を書きましたが、分かりにくいと怒られてしまいましたので、今回は明治大正時代の代用食を紹介しながらなるべく分かりやすく解説してみようと思います。

玄米ブームについて

明治末から大正時代に『代用食、簡易食、安価食』というのが流行したことがあります。

これはなかなか面白い現象なんですけど、すごく簡単に説明すると、米の値段が高くなったから、米以外のものを食べようという試みです。精進料理なんかとは違って、主食を代用するなにかを発明しようという感じですね。

このブームはかなり盛り上がり、国家として代用食を推し進めていこうというスケールの大きなお話にまでなったしまいました。

大正八年には
玄米奨励法案建議案なんてのが提出されていて、衆議院の議事録には次の様な発言まで残っています



玄米は白米の1.3倍の栄養がある。だから全国民が玄米を食えば、米の消費を7割にまで押さえることができる。これで米不足はなくなる上に、玄米に吹く舞える栄養によって医療費が減少する。さらには精米の費用までもが節約できる、とまあこういった感じで、理屈としては文句なしです。

そんなわけで当時の知識階級の一部の人々は、玄米食に移行することで発生する数々のメリットや経済効果を盛んに宣伝しました。大阪では70万枚の玄米推奨広告が配られたそうです。

しかしながら、玄米食はあまり普及しなかった。
なぜなら食っていうのは文化だからです。

米への執着

日本人はなぜか米に異常に執着する。まして大正時代は今よりおかずが少ない時代です。米への欲望が今よりも強いのも当然で、白米が規制されていたとしたら、大正時代
の人々は隠れてでも美味い米を食おうとしたことでしょう。

文化というのはかなり不合理な存在で、経済効果やちょっとしたメリットといった表面上の理屈でなんとかしようとしても失敗してしまう。

米に関しては現代でも電気炊飯器は
異常な発達をしていて、南部鉄器などを使った製品が出てます。値段も10万円を越えている。

これが合理的かというと、かなり怪しい。所詮は電気ですから、超えられない火力の問題がありますから、ガス炊飯器を使ったほうが美味しく炊けることでしょう。もっといいますとガス炊飯器は二万円程度で購入できますから、差額の8万円で良い米を買うなり精米器を買うなりすれば、より良いご飯が食べられるはずです。

しかし10万円を越える価格の炊飯器というのは、日本文化が生み出した異形の名作といっても良いでしょう。ここに合理性はありませんが、確実に所有欲といったものは満たされることでしょうし、いわば個人の趣味の世界です。

趣味の世界

まただまだ代用食のお話が続くわけですが、趣味の世界なのですから、一個人が自分の嗜好によって代用食を実行するということは、十分にあり得る話です。

玄米と同じ程度に代用食として研究されていたのがオカラです。こちらもオカラご飯など様々なレシピが考案されましたが、究極的におから餅という食品が発明されました。おから餅っていうのは、おからを乾燥させ、小麦粉と水で練り上げて焼いて食うという食物です。

おから餅を考案したオッさんの一家は、おから餅で生活し、かなり貯金も出来たそうです。なぜこの試みが成功したのか説明すると、おから餅を発明したオッさんが制御できる家族という集団だからです。

この人も国のため、自分の家族におからを食べさせるような方法で、おから餅の普及に奔走したんだけども、当然ながら失敗している。巨大な集団と自分の周囲というのは全く違うというわけです。

自分の周囲と巨大な集団

こういうことは当たり前のお話で、常識で考えれば分かることです。ところが不思議なことに、人間というのはこういう勘違いをしてしまう。

ネットでよく見る社畜はクズだ生産性を上げろというのは典型的なそれで、例えば自分の業務の効率を上げるっていうのは、そんなに難しい話ではない。俺だってそんなことはしています。ところが国の生産性を上げろと言われると、俺は困ってしまう。なぜなら文化の問題が関わってくるからです。文化のためであれば、人が理屈を度外視して行動してしまう。

自分の職場だけの生産性を上げるのも難しい問題で、企業というのは単体で存在しているわけではなくて、他の会社も関わってくる。外部の会社もやはり文化を持っているわけですから、話がかなり複雑になってしまいます。メリットや経済効果を列挙して、なんでジャパンはこうしないんだッ!!!と怒っていてもどうしようもない。

それじゃどうすればいいのかって考えると、やっぱりなんでそういう風になっているのかってのを知った上で、利益を実現するために、文化を取り巻く環境を丁寧に変化させていくしかないわけです。

そんなわけで本日は利益で文化を説得するのは難しいというお話でした。
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こういう記事を見て再認識したんですけど人間って生き物自体が非合理的すぎてやっぱ好きじゃないなぁと
かといって合理性のみ追求すると人間らしさってのがなくなりますし難しいですね
68ヶ月前
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森鴎外「はっくまーい!」
68ヶ月前
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合理性だけを追求した生物は環境が変化するとあっさり絶滅するからね
遊びの部分や変な個体は生物として必然
68ヶ月前
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