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明治24年の旧日本軍兵員による大規模な暴動
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明治24年の旧日本軍兵員による大規模な暴動

2014-06-19 10:39

    明治24年11月に愛媛県新立村で2500人の兵員が『新立村の大喧嘩』という暴動を起した。




    事の起こりは松山連隊の兵士と新立村の床屋の博打に始まる。勝った負けたの言い争いの末に二人は大喧嘩となり、床屋は殺されてしまう。

    兵士は逃亡してしまい、連隊長上田有沢が取り調べのために、二五〇〇の兵員の外出を禁じる。ところが真犯人は見つからず、外出禁止は二週間余も続いた。外出を禁じられているため、兵員たちは街に遊びに行けない。そんなわけでストレスを溜めた兵員たちから、不満の声が上がり不穏な空気が流れ始める。

    犯人の兵士は責任を感じ自害、やっとのことで外出禁止の命は解かれたが、外出を禁じられた兵員たちの怒りは収まらなかった。

    外出が許可されるや二五〇〇人の兵員は暴徒と化し、街に出ると殺された床屋の住居を破壊、その勢いで料理店に暴れ込む。制止するため警察巡査が投入され、旅団長や連隊長上田有沢まで駆け付けたが、兵員たちは収まらない。睨み合いが続いたが、夕刻に至って兵員たちの説得に成功、ようやく事件は収まった。

    政治的な思想など全くなく、単純に街で遊ばせろという反乱、現代でもそのうち起きそうな事件ではある。


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