やま、の徒然なるままに吐き出した気持ち。
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やま、の徒然なるままに吐き出した気持ち。

2015-11-02 12:16
  • 1
絶賛いーちゃんロス中のやま、です。
何かを吐き出さないと爆発しそうなので話させて貰います。
ダラダラと纏まらないことを書いていきます。


そもそも僕はAKBGアンチでした。握手会商法などふざけるなと思っていたし、それに乗せられるヲタクを蔑んでいました。今となっては信じられませんが、そうでした。




でも指原はさしくせの頃から見ていて変な子だなーと思ってみていました。その指原が来て始めてHKTなるものを知り、初ランクインした宮脇咲良を見つけました。

そして在宅になりました。

博多百貨店、DMMで見ていました。

そして九州ツアーが始まりました。
九州ツアーは尾崎たすで見ててこれには行きたい、現場に行きたいと思っていました。でも結局行けず2014.09.14のシアターの女神公演に入りました。
多分いーちゃんはいなかったと思います。

次に入ったのが2014.10.05後藤泉の生誕祭でした。二回目で後藤泉の西端に入ったのは何かの縁だったのかもしれません。

まあ、このときは舞ちゃんに釣られているわけですけどねwwwww
でも職人とブログも書いていたりするのでいーちゃんの魅力は見つけているんですよねw

何度か入っていく中で後藤泉の魅力に惹かれていきます。

僕が後藤泉を推すと決めたのは2015.01.01の正月だったと思います。でもDD気味だったと思います。
単推し感が強まったのは2015.02.16のシアターの女神公演でした。
皆さんお馴染みの後藤泉神推し団扇だけではなく、冨吉明日香激推しももって行きました。
この時のお見送りでいーちゃんに「明日香は居ないよー」
と冷たく言われたのを覚えています。いーちゃん神推しなのに別の団扇を持っていっていーちゃんを悲しませえたんじゃないかと思ってつらかったのを覚えています。
この事故を契機に僕はいーちゃん団扇だけ装備のいーちゃん単推しになったのだと思います。

そして選挙。
選挙を介していーちゃん界隈ともつながらせてもらいました。
推し出して短かかったけど燃えました。

何とかしてやりたかったんですよね。
僕度々言っているんですけど、いーちゃんて労働者の匂いがする子だったと思うんですよ。
組織のために血を流している姿勢。常に全力でパフォーマンスをして、MCは周りを見て上手く廻し、盛り上げるためにガヤを飛ばす。
自分ではなくどうしたらその場が盛り上がるか、チームが上手くいくかを考えて行動していたと思います。いーちゃんにフォーカスしてみると良く分かるんですよ

まいこむが倒れたときもいーちゃんが病状報告をしてましたよね。らぶたんが居ないときに最後の挨拶の仕切りや報告をしていたのが後藤泉でした。

そういう子が報われないといけない!と強く思ったんです。僕も社会に出てびっくりするぐらい安い給料で働くサラリーマン。僕としてはそれなりの金額を使って挑み、twitterはAKBGヲタク以外の知り合いも多かったのでたくさんのご協力をいただけました。

速報は入ったものの、本番ではランクインさせてやることができませんでした。

悔しくて悔しくて自分を責めまくりましたし、いーちゃんに会わせる顔がないなと思いました。しばらくは劇場にいけないなと。

でもね。いーちゃんはもっとつらい思いをしているのに笑顔でステージに立ち続けているのを見て、僕はこういうときに支えないといけないよなと思い直して再び劇場に足を運ぶようになりました

そして生誕委員会が立ち上がりました。すぐに僕は入りましたよ。
そしてメッカ集め。握手会場ではでかい声をだして集めてたし、劇場では一人ひとりに声をかけて集めてました。うざいと思われていたかもしれません。でも何かをしたかったんです。後藤泉という子のがんばりを形あるものとして残せる何かを。

多くのメッカが集まり本当に良かったです。

そして生誕祭。そこで卒業発表がありました。正直な話、いーちゃん推しは薄々そうだろうなと気づいていたと思います。

でもショックでした。もっとちゃんと言うといーちゃんの三年間の自分を犠牲にしてがんばってくれた何かを残してやって卒業させたかったなという思いがあって辛かったんです。

なのですぐに卒業企画委員会に入りました。

北九州の個別握手会で僕はいーちゃんにありがとうの言葉をぶつけました。最後になると思ったから。


そしてお見送り。異常な人が集まってくれていました。握手券が無いのに来た人、いーちゃんには自分の推しメンがお世話になったからといって残ってくれていた人、いろんな界隈の人が自分の推しの握手を早めに切り上げるように動いてくれたりしていーちゃんのお見送りができるようにしてくれたり、これに限らず多くの界隈、ファンの方々が色々と協力したいと申し出てくれているのを端から見ていました。
本当にさまざまなご協力をいただいているのを見て、僕は涙が出てきました。本当にたくさんの人が集まっていました。

関東での全国握手会。本来後藤泉は参加する予定ではありませんでした。でも参加させて細い意という声が多くあがり参加が決まったとのこと。僕が知りうる限り界隈は動いてません。ということは界隈ではない方々が自主的に動いて運営を動かしたんです。このことにも感動して涙を流しました。
実際の全国握手会でも芋レーンは端から箸まで並ぶ大盛況。まとめだしても多くの人が推しかけるという状況にも感動しました。

劇場では毎日が卒業公演とも言われる後藤泉ラッシュでした。パジャドラ公演では天使のしっぽをやり、最終ベル公演では初恋泥棒、おしべとめしべをやらせてもらいました。振りいれ、曲入れなどスタッフにとっては手間になるはずです。でもやらせてもらえたのはスタッフにも愛されていた証だし、後藤泉のがんばりはスタッフにも伝わっていたのだと思います。
一緒にユニットに出た芋メンに限らず、他のメンバーの協力があってこそできたことで、協力してくれたことに感謝しかありません。

そして24日25日の握手会。
24日は縁あって48ジャーナルというネットの番組に出していただき、三期生のお話といーちゃんの話しもさせていただき、翌日のお見送りの話もさせてもらいました。これを見てきてくれた人もいたようで本当に良かったです。
25日の握手会、まさかの直前での再販が決まり、狂った様に買って15枚当選しており、サインも4枚もらいました。
いーちゃんとも眺めにお話させてもらいました。北九州で気持ちは伝えていたので、笑顔で握手を終えました。
お見送りも本当に多くのhとが集まってくれました。たかみなとかぶっていたので一時はどうなるかと思っていましたが、たかみなの気遣いもあって本当に良いお見送りができたと思いますし、各界隈が界隈をあげて集うだけではなく、界隈に属していないファンの方々も自主的に集ってくれていて感動でした。メンバーも来れる人は着てくれていて、めるちゃんは握手会を中断して来てくれたし、りこぴとゆうたんは仕事終わりにタクシーを飛ばして駆けつけてくれました。これも感動でした。

そして卒業公演。卒業公演に向けては本当に各界隈の方々が本当に色々とご協力いただきました。本当にそれも感動でした。
卒業公演は良い者でした。百聞は一見にしかずってやつです。

映像化できていない部分で語るとロビーですよ。一部写真が上がってますが、ロビーに入りきれないぐらいの方々が集まってくれていました。250人以上は集まっていたのは確実です。
いーちゃんも「ヤフオクドームでライブができる」と喜んでいたと聞いています。これが実はうれしくて涙が出てきました


後藤泉の卒業発表後、形は「今まで見えていなかっただけ」で、いーちゃんの三年間の頑張りが「形として見せてやれた」のではないかと思います。


メンバー、推しを越えてさまざまなヲタク、そしてスタッフに愛された後藤泉。
凄い子を推していたんだなと改めて感じております。

後藤泉は人間として凄い子だったと思います。アイドルと言う枠を超えて彼女自体が凄かったのです。だからアイドルという枠をはめられた形の指標では数字として見えてこなかっただけなのでしょう。

なので僕はこれからの彼女の一般社会での成功は間違えないと思っています。アイドルを超えた存在なんですから。

3年間お疲れ様。そしていってらっしゃい!

長々失礼しました。気持ちを吐き出したかっただけので。
昨日からだらだらと書き、朝の電車、休憩時間で書き上げましたw

呑みたくて仕方ないなーー

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お疲れ様m(_ _)m
43ヶ月前
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