• あなたは議論の作法を知っていますか『科学者のニュースの読み方』Vol.53

    2015-08-30 22:301

    『科学者のニュースの読み方』Vol.53
    ■あなたは議論の作法を知っていますか

     今時のネットの口論は議論と呼ぶには程遠いケースが非常に多い。見ていて気になるのが、たいした追求もしないくせに相手の主張を結果ありきと決めつけて誤った勝利宣言をし自己満足する人。議論の作法がわかっちゃいない。説得の論法を知らないんだろうなと井の中の蛙を見るかのようにツイッターでそっとブロックした人は数えちゃいないですが、たぶんもう100人近いと思います。

     説得の論法は、学術論文で常用される非常に論理的な話の展開方法で、次のような構成で成り立ちます。

    1: 主張を簡潔に述べる
    2: 主張が成り立つ範囲を補足する
    3: 主張に対する反論を受け付ける
    4: 反論を否定する根拠を提示する

     この論法の特徴は、主張を公開したあとも論述が増幅することにあります。それは想定しきれなかった反論を受け付け、新たに否定する根拠を提示するという作業を継続するからです。3と4の部分は常に繰り返されるし、2が修正されていき、どんどん主張の正確さが増していき真理に近づいていくことが特徴です。

     この説得が失敗する、すなわち主張が否定されるのは、4で十分な根拠を提示できなかった場合です。このとき3で提示された反論は反例と呼びます。反例を含む主張は主張として成立しないので、2の成立範囲を狭めることで修正します。根本的な問題が明らかになれば1の主張を取り下げることになります。

     具体例にしてみましょうか。

    1: 福島県は最も面積が大きい

    ここだけ読んで「北海道だろうが。はい論破」と即断したら、残念ながら哀れなのはあなたのほうです。深入りしないことは議論において最も手抜きな行為です。主張の範囲を聞かなければいけません。

    2: 比較の範囲は日本の県である

    ここで「なんだよ北海道入れないのかよ」で終了してしまったら、やっぱり哀れなのはあなたのほうです。本当だろうかと能動的に数値を調べに行かないのは手抜きです。
    この主張に数例反論してみましょう。

    3a: 長野県のほうが福島県より大きい

    主張者はこの反論に根拠を提示して否定しなければいけません。それが4に相当します。

    4a: 福島県 13,783km2 > 長野県 13,561km2 である

    これで1および2の主張が維持されました。ほどなくして別の反論をされたとしましょう。

    3b: 岩手県のほうが福島県より大きい

    ここで1,2の主張者は反論データを出すべきですが、
    岩手県 15,275km2 > 福島県なので自分の主張が成立しないことに気が付きます。

    4b: なし = 論述の否定

    否定された主張者は、その範囲を修正するか、主張そのものを取り下げることになります。この例では意義がわからないので1主張を取り下げることになるでしょうが、多くの場合は2範囲の修正をします。

     これが説得の論法、議論です。基本的に3反論と4否定根拠提示の繰り返し。重要なのは、聞き出そうとしない限り主張者は根拠を提示する必要がないことで、反例が現れない限りその主張はいつまでも成立するということです。

     では、そもそも議論になっていない以下のケースはいったいどういう状況か。

    A 主張したが、誰からも反論が来ない
    内容がくだらなかったり、誰の目にも真偽が明らかだったりで、反論以降の作業をする価値を見いだせず、無視されているだけでしょう。そもそも誰の目にもとまっていないかもしれません。

    B 反論したが、主張者から反応がない
    これは2通り考えられます。ひとつは反論を否定できるデータがなく、逃げている状態。もうひとつは、筋違いなので相手をする必要がなかったり、ちょっと検索すれば見つかるようなありきたりな情報で否定できるので面倒くさいという無視です。多くの場合後者ですが、粋がって前者だと思い込んで調子に乗る人が多数。みっともない。


     この議論の作法は特性上、深入りしない人にとっては結論だけが見えますので、あらゆる主張がすべて結果ありきに映ります。しかしこれはただの聞き手の手抜きによるものです。主張を受ける側は主張者にデータを提示させる的確な反論ができる洞察力が必要な一方で、説明責任がある主張者に知識、話術などが必要です。

     ディベートという実技がまさにこの能力を鍛えるものですが、残念ながら日本の基礎教育ではこれを実習する機会がありません。ひとつのテーマを基に、主張者側、反論者側の役割を決め、主張を少しずつ否定していき、論述の範囲と内容を修正していく作業です。最終的に出来上がるのは、双方に理解が行き届いた真理に近い結論となります。

     議論とは、深入りすること。議論とは、双方理解の終着点を見出すこと。これを追求と呼びます。こここまで読んでいただいた方は、ぜひ覚えておいてください。

    Y.Izutsu / みもそ
    Twitter: mimoso4

    *筆者のニコニコ依存度が著しく低下しているため、本日をもってプレミアム会員を退会します。都合、当ブロマガの更新は当面ございません。Twitterは相変わらず利用しておりますので、筆者の戯言を引き続き追跡したい方はぜひフォローください。


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  • 原発にどんなスタンスの人でも読んでほしいリスクマネジメントの基礎 『科学者のニュースの読み方』Vol.52

    2015-05-14 22:30

    『科学者のニュースの読み方』 Vol.52
    ■原発にどんなスタンスの人でも読んでほしいリスクマネジメントの基礎

     事故から4年以上ですか。あれから国政選挙は数回ありどれも自民党の勝ちですので、この結果から考察するに原発に関しては「容認」が多数意見ということで決着しているのですけども、意見の発信は当然各々自由です。
     自由なのですけども、4年も情報収集と考察を続けているにも関わらず、どうしてこうも直観から結論をつくり、結論に都合のよい状況証拠だけを主張する人が絶えないのか。普通は4年も物事を考えれば少しは考え方も主張も変わるでしょうに。


     こう思わせられる発信の多くは、リスクマネジメントの基礎をわかっていない人によるものです。基礎と書いたのはきちんとそういう試行プロセスが学問的に構築されていることを意味しています。日常生活レベルでは無意識に脳内でその処理がなされているのですけども、規模が大きい、すなわちハイリスクハイリターンの件になると冷静にリスクマネジメントの教科書どおりにものを考えないと判断を間違えやすくなります。

     久しぶりの投稿となる本ブロマガのエントリーでは、この基礎に従って原発のあり方について考察すると、実は原発推進・容認・撤廃いずれの主張もまともな主張が少ないことに気づけるということを述べたいと思っています。

     さて、本題へ。まず最初に、リスクマネジメントの基礎をここに書いておかねばなりませんね。

    リスク = 損害規模 x 発生確率 (の総和)
    損益 = 利便性 - リスク

    各項はほぼ文字そのままの意味ですが補足します。

    ■損害規模
    事故発生1回あたりの損害。金額に換算することが一般的。代替しない限り対策により軽減することができない。


    ■発生確率
    事故が発生する頻度、確率。対策により軽減することができる。


    ■利便性
    仕組みが機能しているときに得られる利益。金額に換算することが一般的。

     では具体例に移りましょう。

     通常ビジネスでは効率を追求しますので、損益分岐点でやるかやらないかを決めます。これはビジネスで動かしている資産規模に比べて想定される損害規模が比較的小さく、事故があったら痛手ではあるけども潰れるには至らないというケースが多いからです。失敗すれば会社が間違いなく潰れるというほどのリスクをとった挑戦は、すなわち自分の命を懸けている経営者にしかできません。

     一方ビジネスでない個人や家庭といった規模のときに、仮に損益はプラスであっても損害規模がきわめて大きい場合にはやらないという判断を下すことは多々あります。それはたった一度の事故で挽回不能な損害が発生するケースが多いからです。
     たとえば自動車を運転する人は、ほぼ確実に自動車保険に加入します。意図せずとも人をはねて死なせてしまえば、一生かけても稼げないレベルの金額の賠償が必要になるからです。
     この例の行動原理を前述の基礎で整理しましょう。まず保険に加入しない状態は、損害規模がきわめて大きく、発生確率はきわめて低い。損害規模を下げるために保険屋に払ってもらうという代替手段をとり、別途保険料を支払うというリスクに差し替えます。結果的に損益は保険未加入よりマイナスになりますが、これで満足しているということです。

     以上を踏まえて考えます。原発はどうでしょうか。すぐさま「判断基準は事故があったときに日本が再起不能なレベルまで崩壊するかどうかだ」と発想できれば合格です。

     これは予測が難しいところです。だからこそ容認、撤廃いずれの主張も存在し続けてもいいのですが。しかし世の中の主張者は、はたしてここまで考えていますか。
     もしきちんと考えていれば、「再度事故があっても日本は大丈夫だ」と考える理由、「日本が崩壊するレベルの事故は想定可能である」と考える理由をそれぞれ説明できているはずです。後者の場合、代替手段のリスクも再評価しなければいけません。それが仮に即時稼働停止であるとすると、事故リスクはどの程度低減できたのかという説明と併せて、伴って発生する連続的な貿易赤字というリスク評価の両方を提示して、日本を再起不能なレベルまで崩壊させるかどうかを再度考え直しているでしょうか。

     筆者がインターネット上の多数の発信を読む限り、原発容認の方々はまだ計算して保険を見送りしている人がちらほらいますが、原発撤廃の方々は根拠に乏しく直観で恐れを感じ取り保険に加入しているように思えます。原発撤廃を主張する人がネット上の言論で常に劣勢なのは、このあたりの原因の差で間違いないでしょう。

     いずれにしても、少なからず新しい視点に興味をお持ちになった方くらいしかここまで読破なさらないでしょうから、ぜひ脳内で処理せずノートにリスクを書きだして整理して持論をお持ちになってください。現在ヒートアップ中の大阪都構想についても、この考え方でもって整理するといいと思います。

    Y. Izutsu / みもそ


  • 三木谷さんに怒っている人は矛先を間違えている『科学者のニュースの読み方』vol.51

    2013-11-11 18:00
    『科学者のニュースの読み方』vol.51
    ■三木谷さんに怒っている人は矛先を間違えている

     筆者は、楽天は楽天市場の使い勝手がひどく悪く最近嫌気がさしてきたところでどちらかというと嫌いですが、その運営コンセプトは素晴らしいと思うし三木谷さんの経営哲学もわりと好きです。

     どうも楽天の優勝セールに便乗して、商品の定価を吊り上げる形で大幅値引きに見せかける店が現れたらしい。普通ならここで「困ったユーザーがいたもんですね」とショッピングモールの運営者である楽天に同情するところでしょうが、どうやら世間のバッシングはその楽天社長の三木谷さんに飛んでいる様子。筆者は彼の会見を聞いたり書き起こしなどを読んではいませんが、どうやらそっけなく反省色のない回答だったらしく、しかしそりゃそうだろうと思っています。三木谷さんに怒っている人は、矛先を間違えている。

     たぶん知らない人が矛先を間違えているんだろうと思うので書いておくと、楽天は出店や取引のプラットフォームを提供しているだけであって、不当な商品価格設定をしているのはそのユーザーである店なんですね。LINEユーザーが事件をおこせばLINEが悪者にされ、niconicoユーザーの事件があればドワンゴが悪者にされるのと同じ見当違い。責任はツールではなくツールのユーザーであるというのは、ファイル共有ソフトの件で判決が出て間もないではないですかと。
     Amazonは店ですが、楽天市場は市場、すなわちショッピングモールです。「Amazonで買った」は(マーケットプレイスでない限り)本当にAmazonから買っているわけですが、「楽天で買った」は実際には楽天では買っていない。厳密には「楽天のxxxxという店で買った」が正しい。楽天を利用したことがある人はわかると思いますが、ウェブで購入手続きを済ますと、その後はなんだか知らない店から「注文の確認」や「発送のお知らせ」といったEメールが来ますよね。あなたは商品をその店から買っているんです。
     来るもの拒まずスタンスのショッピングモールですから、店の信頼の判断は客がしろというのは当たり前です。いまどきこの楽天市場の運営スタンスを知らないのは世間知らずみたいなもので。「xxxx駅近くのxxxx通りの店はうさんくさいのが混ざっているから気をつけな」と同じようなもので、怖い人は手を出さないのが堅実。ついでに書いておくと、Amazonのマーケットプレイスもろくな審査なしで出店できて、筆者も個人で中古デバイスを扱っていますので同様にうさんくさいですよ。
     とりあえず楽天ができることがあるとすれば、そういう卑怯な店に出て行ってもらうことくらい。システムの改善としては店の名前を強調することと、インターフェース(特にページレイアウト)をどうにかすることと、スパムメールを原則送信しないようにすること(当たり前)ですね。