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よっしーさん のコメント

私は子供がいる親です。
子供に対する最終責任がその子自身の親にあるのは当然ですが、完全な親の保護の元にいた幼児期から成長し、子供が小学校へ上がり、3年生、5年生・・・と学年が上がるにつれ、子供の世界は親の保護の元から離れていき、親のあずかり知らない世界が広がっていきます。これが中学生・高校生となれば、もっとです。

学校で起こっている問題は、主に学校と子供たちの間で解決されていきます。(親に相談されることも多々ありますが、あくまでも解決する場は学校の中にしかない)
親が介入しなくてはならないレベルの問題になれば、当然、親が出ていくことになりますが。

今回のケースは、クラス内で起こった「いじめ」のレベルの時点で、クラス担任の女教師が適切な対応をしていれば、ここまで深刻な「犯罪」レベルにはなっていなかっただろうと思います。
数十人集まって一つのクラスを形成しているのだから、子供同士の性格の合う合わない、苛められやすい子と苛めをしやすい子など、クラス運営をしていく中で大人である女教師が敏感に察知しながら、トラブルの「予測」を付けていく必要があったはず。
それは、クラス内の責任者である担任の仕事のはずで、こういうことは、親も無意識のうちに子供を育てている中でやっている「大人目線の予測」です。
わが子が苛められる可能性もあれば、逆にいじめる側になる可能性もある。
人との関係性の中で、その立場はどちらにも転じやすい。

そういう事を理解したうえで、担任としてクラスをまとめていく事が出来ない、もしくは「やりたくないから見て見ぬふりをする」と、こういう悲惨な結果になりかねない、ということだと思いました。
そういう大人がいないと、無秩序状態に放り出された子供たちが様々なトラブルに巻き込まれてしまう。
子供が出一生の中で出会う担任の先生は1人につき10人前後でしょう。
そのすべての担任が、人格者で素晴らしい先生とは限りません。
親の方も心して、学校内の子供の立ち位置を把握する敏感なアンテナを張っていないといけないな…と思いました。

もう一つ、今回の事でもそうですが、ネットにすぐに拡散されてしまう「素性バラシ」という究極の「いじめ」が、ネットを通して日本中に溢れかえっていることも、かなり問題だと思います。
女教師や加害少年などの顔写真や居住場所を、この事件と無関係の全くの他人が、面白半分で正義面して、匿名で素性バラシをして苛める根性が気に食わない。
人の噂も75日…が通用しない、「人の噂も一生続く」世界が、ネットの中で繰り広げられていて、ますます生きづらい世の中になってきたものだと、恐ろしくなりました。

夏休みの中の号外配信、美味しくいただきました!ごちそうさまでした!


No.56
106ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
(号外 2015.7.21発行) ゴーマニズム宣言 「岩手中2自殺事件は凶悪犯罪である」  岩手県矢巾町の中学2年男子、村松亮君がいじめを苦に列車に飛び込み自殺するという事件が起き、学校の対応などを巡って論議となった。  またしても起きてしまった、中学生の子供が犠牲となる痛ましい事件であり、これ以上このような事件を続発させないためには、事件を未然に防げなかった最大の責任者を、特定する必要があると思う。   今回の場合それが誰かといえば、やはり巷で囁かれている通り、亮君の担任である30代の女性教師を特定せざるを得ない。  既に多く報道されているが、亮君からあれだけはっきりしたSOSのサインが出されていたのに見過ごしていたのだから、あまりにも鈍感すぎたと言うしかない。  子供の最も身近にいる存在は親なのだから、いかなる場合でも、いじめ自殺を防ぐ責任は第一には親にあるという意見もあるが、今回の事件では、どうしても教師の感受性の鈍さが目立ち過ぎる。   今回は亮君の人並み外れた優しさに、父親から教師まで、甘え過ぎていたゆえに起こった悲劇である。  亮君が小学3年の時に、両親は離婚している。父親から暴力をふるわれた母親が、亮君と2人の妹を連れて東京に逃げたのである。父親がDVならすでに責任の一端は担っていることになるから、単なる被害者ではない。  しかし亮君は「おじいちゃん、おばあちゃんやパパが心配だから帰りたい」と言い出し、両親が相談した上で、1人だけ岩手に帰った。  だが、それでも亮君は父親との折り合いが悪かったようで、小5の冬休みに母親に「ママ、助けて」と電話をかけ、一旦は母親が東京に連れ戻している。  ところが、そんな状況でありながら亮君は自ら「ママには妹たちがいる。でもパパにはオレしかいない」と言い、4日後には岩手に帰って行った。  亮君は自分がどんな思いをしようと、それよりも父親のことを優先させて考える子だったのだ。たとえその父親が母親に暴力をふるい、自分にもつらく当たるような人物であったとしても。  岩手で同居していた祖父は「亮は同年代の子と比べるとちょっと幼い。純粋すぎるけど優しい子だった」と語っている。  世の中には、とてつもなく優しい心を持った子供がいるということを認めるべきで、わしの『おぼっちゃまくん』を読ませてあげれば、少しは人間の邪気も吹き込めたかもしれない。  亮君は、自分は父親の寂しさを癒そうとして帰ったのに、自分のために迷惑をかけたりしたら、意味がなくなってしまうという気持ちをずっと持っていた。  だからこそ、どんなにいじめを受けていても、父親にだけは決してそれは言えなかったのである。  ただし一度だけ、亮君はバスケ部の同級生Aにいじめられていると父親に言ったことがあり、父親は学校に相談して対策を求めている。  このとき学校は、バスケ部の顧問と担任、そして亮君と同級生Aで話し合いを行い、問題は「解決」したという。   だがはっきり言って、この時の学校の対応は決定的に間違っている。   学校は加害者と被害者を同等に扱い、両者の話し合いで「解決」したと思い込んだのだ。だが、凶悪犯と被害者を同じ席で話し合わせたって、問題の解決になど絶対になるわけがないのである。凶悪犯はその場しのぎで、どうとでも嘘をつくのだから。  ここで亮君を優しすぎる少年とし、加害者を凶悪犯と見做すのは、単純な善悪二元論で、印象操作だと言う者もいるだろう。誰の心にでも善意の部分が宿り、悪意の部分も宿っているのは当然だが、そんな相対化は問題の解決に何も寄与しない。 
小林よしのりライジング
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!