• 【小説】素直じゃない彼女と素直な彼 21話【短編】

    2020-11-30 00:43


     21.ずるい人と女々しい人


     文化祭から数日は、あの夕日に染まった教室の出来事について悩んでいた早川美波であったけれど、友人の綾瀬香菜の助言もあり、美波は自分なりに佐藤翔太とどう向き合うべきかの答えを見出した。しかし、あの教室での一件以来、美波と翔太は一度も顔を合わせておらず、そこでもまた彼女は翔太への気持ちの伝え方に悩んでしまう。そんな時に、主に一年生の間で翔太が美波に告白して振られたという噂話が広がり、そんな聞きたくもない自分の色恋話を美波は聞くはめになった。

    「だけど、早川さんは本当にモテるよね」

     体育の授業後の更衣室、美波はクラスの女子達とジャージから制服に着替えていた。そんな女子があつまる場において、噂話が話されるのは自然の流れであり、そこに噂話の当事者である美波がいれば、そういう話題になるのは必至であった。

    「そうかな? もしそうなら嬉しいけど」

     美波は適当に話しを合わせる。

    「だってさ、今度は六組の佐藤から告白されたんでしょ」

    「六組の佐藤って、あの早川さんがプールで助けた?」

    「そうそう。それから早川さんが仲良くしていたんだけど、なにを勘違いしたのか告白しっちゃったらしくてさ」

    「よくもまあ告白できたもんだね。早川さんと自分が釣り合わないって、少し考えたら分かりそうなものなのにねぇ」

     クラスメイトたちの交わされる言葉を黙って聞いていた美波。そこで思うのは、翔太の言っていたように、私と佐藤君とでは釣り合わないものだと見なされるという事であった。

    「早川さんもいい迷惑だったでしょ?」

    「うんまあ、少し驚いちゃったかな」

    「やっぱり、そうだよね」

     翔太と噂にされることは美波にとって、結構どうでもいい話であった。それは翔太との友人関係は周りに隠すようなものではないと思っていたのもあるし、それに、彼女自身は自分に実害が伴わければ、自分の噂話にあまり関わりたくないと思っていたからだ。

    「だけどさ、その彼も振られてよかったんじゃないのかな」

    「なんでよ?」

    「部活に六組の男子がいるんだけど、その彼から聞いた話だと、いま話されている佐藤君が誰かから嫌がらせをされているみたいなんだよね」

    「あー、私も聞いたよ、その噂。それでもう担任に相談してるんだっけ?」

    「そう聞いたけど」

     誰も翔太が嫌がらせを受けているのが美波のせいだとは言わないけれど、会話の流れ的にこの場にいる誰もが、嫌がらせの要因は美波にあると思い、そして美波自身もその雰囲気を感じ取れないほど鈍くはなかった。

     そして、午前中の授業が終わって昼休みになり、美波は机に教科書とかを出したままにして教室を出て行く。廊下には他のクラスから生徒達が溢れ出している中、彼女が一直線に向かったのが、そう、翔太が属する一年六組の教室である。

    「あの、佐藤翔太くんはいますか?」

     美波は六組の出入り口までやって来ると、扉付近で立っていた男子生徒にそう尋ねた。尋ねられた生徒はすぐに「翔太ぁ、お客さんだよ」と、教室中に響き渡る声で翔太を呼んだ。すると教室中の視線が美波に集まったかと思うと、次の瞬間には教室の真ん中らへんにいた翔太に視線が集まり、教室中がざわつく。衆目を集めた翔太は小さな手提げを持ったまま、美波の元までやって来た。

    「えーと、早川さん、何か用ですか?」

     浮かれた雰囲気が広まっていくクラスを背にした翔太は、なんとも対応に困っているような表情をして美波の前に立つ。

    「ごめん、佐藤君。ちょっと、二人っきりで話せない?」

    「今のほうがいいんだよね?」

     美波が首を縦に振ると、翔太は振り返り「悪い、先に食べてて」と友達に断りを入れる。そして二人はざわつく教室を後にし、美波が翔太を引き連れて廊下の端にある扉まで行くと、その扉を開けて非常階段に出た。

    「んー、良い天気。こんな日に図書室で昼寝ができたら最高だろうなぁ」

     外の空気に触れた翔太は、緊張感から解放されたように気が抜けた表情を浮かべる。

    「早川さんもそう思わない?」

     翔太は階段を上がりながら、二人が利用した出入り口のすぐ上の踊り場で、立ち止まっている美波を見上げた。

    「そうね、図書室の読書スペースは日当たりいいもんね」

     なんとも気のない笑顔を眺めながら翔太が踊り場まで上がると、美波は上の階に上がる階段に腰を掛けた。それに対して、彼女の口から何を言われるのだろうと、翔太は身構えざるを得ない。でも、話があるとして翔太を引っ張り出してきた美波からは、なかなか言葉が出てこなかった。

    「あの、早川さん。僕と何か話したいことがあるんだよね?」

     しびれを切らせた翔太がそう尋ねると、美波は翔太の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

    「佐藤君は、私のせいで、誰かから嫌がらせをされているの?」

     美波の予想外の問いかけに、翔太は驚きの表情を隠さなかった。

    「どうして、早川さんはそう思ったの?」

    「クラスの人がそういう話をしていたから、もしかしたら私のせいなんじゃないかと思って。もしも私のせいで、佐藤君が辛い思いをしていると思ったら、いても立ってもいられなくて」

    「本当にお人好しだよね、早川さんは。もう僕のことなんて気にしなくいいのに」

    「違うの、私は佐藤君が思うほど良い子ではないよ。だって私、佐藤君のためにココにいるんじゃないもん。もしも、佐藤君が嫌がらせを受けていると理由が私にあって、その事を今日まで知らなかったとしたら、気づけなかった私は私自身を許せないと思って……でも、本当は私のせいだなんて思いたくなくて。それでも、本当のことを確かめたい……と、思ったんだ」

     どうにも心の整理がつかない気持ち悪さから、美波はお昼も食べずに翔太のところに来たのだけど、その事に彼女自身は自覚できていない。

    「それに、その事を言ってくれなかった佐藤君にもムカついてるの。ダメだよね、佐藤君は悪くないのに、そんなこと思っちゃ……」

     美波の視線は静かに落ちていった。

    「――はぁ、仕方ないな。わかりました、事情は話すよ。ここで誤魔化したところで、体育倉庫の件で僕のことを調べたように、僕が答えなくても他から聞き出しそうだしね、早川さんの場合」

     翔太は根負けしたかのように言うと、美波の隣に腰を下ろした。

    「えーと、まず言っておくけど、嫌がらせとは言っても脅迫文めいた手紙が下駄箱に入っていたくらいだし、僕に実害があった訳ではない。だから、本当に早川さんが気にするような事ではないんだよ」

    「でも、佐藤君への嫌がらせは、私が原因なんでしょ?」

    「嫌がらせの原因が早川さんにあるのなら、その原因は僕にもあるのかもね」

    「どうして、そうなるの」

     納得いかないという感じに美波が顔を上げると、翔太は膝の上に肘を置いて頬杖をついていた。

    「あの手紙の文章からは、君への恋愛感情を拗(こじ)らせた感じがしたからね。だから、君のそばにいた僕という存在が許せなかったんだろうからねぇ、早川さんに原因があるとするなら、僕にも原因の一端があるという話だよ」

    「そんな理屈、間違ってる」

    「そうだよ、間違っている。悪いのは勝手に恋愛感情を拗らせて嫌がらせをやった奴で、その原因が僕らにあるなんておかしいんだよ。だから、この件で早川さんが気に病むことはないの。わかった?」

    「……うん」

     美波はなんとなく納得できていないようであったが、翔太はそれ以上原因については語らず、嫌がらせを受けた経緯を簡単に説明する。

     翔太に対する嫌がらせは彼か語ったように、手紙という形式で行われた。それを翔太が初めて見つけたのは、美波と朝練をするようになって一週間ぐらい経った頃であった。その日、翔太が部活に向かうべく下駄箱から靴を取り出そうとしたときに、白い封筒を見つけた。最初、それがラブレターかもと胸を躍らせてはみたものの、宛先も何も書かれていない封筒を開封してみて彼はガッカリした。なにせ、その手紙の文面は、美波のそばにいる翔太に対して、彼女への歪んだ愛情からくる憎悪に満ちた言葉が並び、最後は脅迫と受け取れる言葉で終わっていたのだから。

    「まったくさぁ、期待外れもいいところ。はぁ、ラブレターかもしれないと思った時の、僕のワクワク感を返してほしかったよ」

     翔太は手提げを膝の上に置き、本当につまらなそうな表情をする。

    「佐藤君は怖くないわけ、そんな手紙を入れられて」

    「最初は気持ちが悪いと思ったけど、同じ事を何度もやられると段々呆(あき)れてくるもんだよ。まあ、彼か彼らかは知らないけど、そういう拗らせた気持ちを僕になんかに向けたところで、早川さんには近づけないんだしさ」

    「たぶんだけど、自分には手に入らないと分かっている物を、自分と変わらないと思っている人が持っていたら、普通に気に入らないと思う」

     美波が何気なく発した言葉に、翔太は愉快そうに微笑む。

    「そうだね、早川さんは誰もが認める美人さんだから、例え短い交友関係だったとしても、僕にはもったいない存在であったのは間違いないね」

    「私、そういう意味で言ったつもりないんだけど……やっぱり、佐藤君は私のことを、美人な同級生としか見てくれないんだね」

    「ん、何が言いたいの?」

     疑問を口にする翔太に対し、美波は膝の上で手を組むと思い切って口を開く。

    「あのね、佐藤君。佐藤君を振った私がこんな事を言うのは変かもしれないけど、私、佐藤君とはこれからも友達関係を続けたいと思っているの。だから、私と比べて自分を卑下(ひげ)するような言い方はやめてほしい」

     思いがけない言葉に翔太が意外そうな顔で振り向くと、美波は若干緊張した面持ちで彼に向き合う。

    「ごめん、いきなり話を脱線させちゃって。でも、これが今の私が懐く、佐藤君への気持ち。あの夕日が差し込む教室で、佐藤君に訊かれた問いに対する答えなんだ」

     美波は翔太に自分の気持ちを伝えられた事で、最近落ち着かずにいた気持ちが少しだけ落ち着いた気がした。一方、その気持ちを伝えられた翔太はといえば、美波の言葉に面食らってしまい、ぎこちなく笑みを浮かべるのがやっとだった。

    「そう。友達関係を続けたいのか――正直それは、予想外の答えだった」

    「それはどうして?」

    「いや、普通に早川さんとは住む世界が違う……ものだと思っているから」

    「住む世界が違うって、私、こうして普通に佐藤君の目の前にいるじゃない」

     美波は人差し指を立てて、「ほら」と自分を指差して見せる。

    「それはそうだけど、僕らはクラスも違えば部活も違うから、学校生活では全く接点がないでしょ。それに、みんなからアイドルのように注目を集める早川さんは、僕みたいな目立たない存在が近づきにくい空気があるから、やっぱり住む世界が違うと思うんだ」

     翔太の言葉を黙って聞いていた美波は、私とのデートの時には空気を読まなかったくせにと思いつつ、彼がちゃんと周りの空気を読める奴なのだと認識した。

    「あのね、佐藤君。私はね、そんな他人から無意識的に求められるキャラクターを演じるなんて、まっぴら御免なの。そりゃ、無難な人間関係を築くためには多少猫も被ります。でも、この一週間考えてみて分かったのは、私が君とこうやって遠慮なく喋れる関係を結構気に入っているってこと」

     美波はそこで翔太の手を取ると、満面の笑みを浮かべ「だから、これからもよろしくね」と言葉を押しつけた。すると、翔太の表情は照れくさい気持ちを隠そうとしても笑みがこぼれてしまい、見る見るうちに耳も赤みを帯びてくる。

    「はぁ、ずるいよなぁ。僕の君に対する気持ちを知っていて、こういう事をやるんだから。あの僕に対する疑心がどこへ行っちゃったわけ?」

    「うん、まだ佐藤君のことを全面的に信用している訳ではないよ。でもね、私も君とお喋りしているのが楽しかったみたい。だから、こうして私の気持ちを伝えているの。君はちゃんと言葉にしないと分かってくれないから」

     美波の黒い瞳に間近から見つめられ、そんな事を言われてしまえば、翔太の口から彼女の要求を拒絶する言葉が出てくるはずもなかった。

    「わかった、分かったから。早川さんの言うとおりにするから……この手を放して」

    「そんなに照れなくもいいのに」

     美波がパッと手を放すと、翔太は手提げを抱えるようにしてそっぽを向く。そんな彼の乙女のような行動に接すると、やっぱり自分の彼氏には向かないなぁと思う、美波なのでした。

    「せっかく諦めようとしていたのに、もう気持ちがグチャグチャ。恋愛感情を拗らせて僕がストーカーになったら、その時は君のせいだからね」

    「安心して、その時はちゃんと警察に被害届を出すし、もちろん学校や君の家族にも報告してあげるから」

     翔太が無理矢理笑みを作って美波に向けると、美波もまた爽やか笑顔で返す。

    「人の気持ちを知っていてコレだもん、本当に早川さんはずるい人」

    「じゃあ、ストーカーとか言っちゃう佐藤君は、本当に女々しい人だね」

     こんな感じで憎まれ口から再び始まる、美波と翔太の友達関係なのでした。


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  • 【小説】素直じゃない彼女と素直な彼 20話【短編】

    2020-09-29 22:39


     20.彼女が求めるもの、彼が求めたもの


     文化祭の振替休日を経た火曜日、校内では顔を合わせたら最初に文化祭のことが話され、祭りの余韻が確かに残っていた。そんな浮かれた空気に包まれた一日を終えた早川美波は、地元の駅前にあるファストフード店で、制服姿で頬杖をついてポテトフライを頬張っていた。

    「つまんなそうな顔をしちゃって、また佐藤君のことで悩んでるの?」

     テーブルを挟んで美波と向かい合って座るのは、同じく制服姿の綾瀬香菜。

    「だって、佐藤君からまた告白されて、それを断ったところまでは大丈夫だったんだよ。それなのに、佐藤君から『いつまでもこんなヤツを構いたくないでしょ』と言われた瞬間、なんだか凄く嫌な気持ちになって、自分でも思いがけない言葉が口を突いてさ……」

    「それで頭が真っ白になって、目的も忘れて佐藤君から逃げてきたんでしょ――昨日、電話で聞いて驚いたよ。でもさ、また佐藤君に告白された事で、写真のデータを消してもらうのを忘れたのなら、それはもう動揺してたんでしょ」

     あの夕日が差し込む教室で、翔太に不用意な事を言ってしまい教室を飛び出した美波が、半分放心状態で裁縫部の部室に戻ってきた時には、裁縫部部員や仮装大会に出演した女子生徒でごった返していた。でも、そこにはすでに香菜の姿はなかった。

    「本当に分からないんだもん、自分の気持ち。今まで何回も告白されて、何回もそれを断ってきたけど、あんな嫌な気持ちになったことがないんだもん」

     美波は浮かない表情を浮かべ、ストローを咥(くわ)えてバニラシェイクを飲む。

    「美波の話を聞くかぎり、佐藤君は自分の気持ちを伝えたのは美波に振られる覚悟があったと思うし、美波との関係をこれ以上続ける気がないと思うけど」

    「それは言われなくても分かってる。だけど、佐藤君の言葉を聞いたら、なんでか知らないけど、心いっぱいに寂しい気持ちがわき上がってきちゃったの」

    「寂しいねー。あんたの言葉を言葉どおりに受け取るなら、佐藤君との関係を終わりにしたくないように聞こえる」

    「やっぱりそう思うよね。私、このまま佐藤君との関係が終わるのは嫌なのかな?」

     翔太のことで何度も頭を抱える美波を間近で見てきた香菜は、翔太と事があることに美波から相談されることをウザったく感じつつも、特定の男子にここまで振り回される美波の姿を見たことがなかったから、友人の新たな一面が見られて面白くもあった。

    「私から見ていて思うのは、美波あんた、佐藤君への警戒心薄れてない?」

     香菜は柔らかい口調でそう指摘すると、両手でコーヒーの入ったカップをグルグル揺らしながら、楽しげに微笑む。

    「最近だと佐藤君に告白された腹いせに、文化祭の実行委員会にわざと彼を巻き込むような真似をしてみたりさ、自分の秘密を握られているはずの相手なのに、美波はずいぶんと大胆な事をやっていると思うけどね、私」

    「それは……佐藤君が私のことを好きなら、多少のことをしても、佐藤君が私たちの約束を破ることはないと思って」

    「そうやって、あんたが自分に向けられた好意を利用して、男を手玉に取れるような真似ができるようなら、佐藤君のことでこんなに悩んでないでしょ」

    「わ、私だって、やろうと思えば佐藤君を手玉に取ることくらい、容易(たやす)いんだから!」

    「本当に? ならさ、佐藤君との関係も美波なら自分の望むものに持って行けるんじゃない。よかった、これで無事に解決するね」

     香菜はいじわるそうにニコッと微笑み、納得いかないという風にムスッとした顔になっていく美波を見る。

    「いじわる」

    「くだらない事で意地を張る、美波が悪いんでしょ。もう少し自分に素直になりなよ、色々とさ」

    「なによ、それが出来たらこんなに悩んでない」

     美波はあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。すると、香菜は母親が子供を諭すようにゆっくり目な口調で喋り出す。

    「美波、あんたがクラスの人らとSNS上のグループ交流を最小限したいから、親にスマホを見せているという嘘をついた気持ちは理解できるし、嘘を吐いてまで周り人らを遠ざけていた事をバレたくない気持ちも理解できる。それに、その事を知られたかもしれない佐藤君に疑念を懐く気持ちも分かる」

    「なにが言いたいの?」

    「あんたはこれまで佐藤君と付き合ってみて、彼があんたの秘密を誰かにペラペラと喋るような奴に見えた? たぶん、違うよね。もしも、美波が夏休みのように佐藤君への警戒心がバリバリに強いままなら、あんたは佐藤君のことでこんな風に悩みはしないでしょ」

    「香菜は、私が佐藤君に気を許していたって言いたいの?」

    「ちがう?」

     香菜にジッと見つめられると、美波は俯いてしまう。

     美波のなかで翔太との関係において、たしかに距離感は夏休みの頃と比べたら多少なりとも親近感を懐いていた。しかし、彼女がそんな意識でいた罰ゲーム最終日、翔太とは会う頻度は落ちるだろうけど、これからも何となく翔太との関係は続いていくのでないかと思っていたが、突然の翔太から告白で何となく近まっていた距離感は分からなくなってしまった。

    「正直、佐藤君とはあのまま友達関係を続いていけたらいいなぁとは、思っていたと思う。でも、いきなり佐藤君から告白されちゃってさ、よく解らないけど凄くムカついたんだ。なんでココで告白するのって」

    「どうして佐藤君にムカついたと思う?」

    「それが解っていたら、こんなに悩んでない」

    「ムカついたって事は、美波は佐藤君の言動が気に入らなかったんだろうね、きっと」

    「告白された時、佐藤君の自分勝手なヤツだと思ったんだ。だって、自分の気持ちだけを私に押しつけて、私の気持ちは全然考えてくれないんだもん」

    「佐藤君、あんたの気持ちを考えてはいなかった訳ではなかったと思うけど?」

    「私は佐藤君からの告白なんて望んでなかったのに」

    「美波――ていっ」

     美波は香菜に名前を呼ばれ顔を上げると、不意打ちでデコピンを喰らう。

    「あうっ……な、いきなり何するのよ!」

     涙を浮かべながら美波は抗議するも、香菜には呆れ顔で返された。

    「あんた、バカなの? 超能力者じゃないんだから、佐藤君があんたの気持ちなんて見抜けるわけがないでしょ。それに、佐藤君は美波のことが好きなのに、どうしてその関係を続けようとしなかったと思う?」

    「どうしてって、私が知るか。佐藤君に言わせれば、私に告白したのは自分の気持ちを整理するためと、私への未練を残さないためだってさ。どう考えても、私に告白して断られる前提だったんだよ、佐藤君は。私はあのままで良かったのに」

    「あんたはその気持ちをちゃんと伝えたの?」

    「どうしてそんな事を伝えるの? 佐藤君には思うところはあるけど、もう友達なのに」

     美波のそんな無邪気な言葉に、香菜は苦笑いを浮かべるしかなかった。

    「美波、あのね、たぶん佐藤君はそうは思っていなかった。彼はあの罰ゲームが終われば、あんたとの関係も自然消滅すると考えていたみたいだからね」

    「自然消滅……だから、自分の気持ちを整理するための告白。でも、なんで。私のことが好きなら私との関係を保っておきたいと思うんじゃないの、普通」

    「それは佐藤君があんたの気持ちを読み間違えたのと、空気を読んだ結果だろうね。ほら、佐藤君はあんたが懐く佐藤君への不信感を知っていたし、それに一般的な学校におけるグループやカーストの構成だと、あんたら二人はどう見ても不釣り合いだからね、そういう考え方も影響しているんじゃないのかな」

    「それじゃ、佐藤君に私、佐藤君との関係を続けたくないと思われていたの?」

    「少なくとも積極的に関係を続けたいようには思われていなかったんだろうね。って言うか私も、あんたは佐藤君との付き合いは表面的なだけのものだと思っていたから、だから、佐藤君のことで美波がこんなに悩んでいるのは結構意外」

     美波は頬杖をついて小さく溜め息を吐くと、愉快そうに笑みを浮かべる香菜を見る。

    「私だって、私の気持ちが分からないよ。私は佐藤君に疑念を持っていたはずなのに、佐藤君の言葉一つでこんなにも気持ちが揺れ動くなんて」

    「気持ちの変化なんて、あやふやなものでしょ。私だって中学で出会った頃の美波を、どうしようもなく気に入らなかったけど、いつの間にか二人で喋るようになってさ、今ではこんなにも気持ちをさらけ出せるような仲になっているのだから」

    「それはそうだけど、私はどうすればいいのさ」

    「それは簡単。美波が佐藤君との友達関係を続けたいなら、その気持ちを佐藤君にぶつけたらいいし、佐藤君との関係を続けたくないのなら何もしなければいい。つまりは美波、あんたの気持ち次第だよ。まあ、私はいつでも相談に乗ってあげるから、あんたはせいぜい思いっきり悩んで、自分の中の答えを見つけ出すんだね」

    「……私、佐藤君のことを二回も振っちゃってるのに?」

    「そういうプライドを含めて、美波がどういう答えを出すのか楽しみにしてるよ」

    「香菜のいじわる!」

     美波は不満な気持ちを顔に隠さずに出し、一方の香菜は相変わらず愉快そうな表情を浮かべるのでした。

     さて、時間も場所も打って変わり、同日の完全に日が落ちた翔太の叔母が営む喫茶店、そのカウンター席が酒呑み達で埋まった頃、佐藤翔太は喫茶店の仕事を終えて、歩いて間もないアパートに向けて帰っていく。

     どうして翔太が親元を離れて一人暮らしをしているかといえば、翔太の高校への進学が決まったのと同時期に、急に両親の転勤がそれぞれ決まってしまい、家族会議の結果、翔太は高校の同じ市内に住んでいた母親の妹に当たる叔母さんに預けられる事になったという訳だ。

    「ただいま。とは言っても、返ってくる返事はないんだよなぁ」

     翔太はアパートの自室に帰ってくると、靴を脱ぎながら台所の明かりを点ける。自分以外に誰もいない部屋に上がり、奥の部屋の明かりを点けて勉強机にスマホや財布を並べ、着ているワイシャツとスラックスを脱いで、洋服掛けの高校の制服の隣に掛けた。

    「さてと、課題をやる前に動画でも見るか」

     そう呟きながら翔太は勉強机の上のノートパソコンを開き、電源を入れると、すぐさま台所で手を洗う。そして、小さい冷蔵庫からプリンを取り出すと、そのままパソコンの前に座った。

    「いただきます」

     スプーンでプリンをすくい口に運ぶと、口の中には“ぷるるん”とした食感と甘い香りが広がる。この九十八円のカッププリンを食べながら動画を見るのが、翔太が最近日課になりつつあった。

     時間が経ち、プリンを食べ終えて動画鑑賞がひと段落したので、翔太は勉強道具を机に並べてシャーペンを握る。しばらくして課題が半分くらい進んだ頃、スマホにSNSのメッセージが来た。そのメッセージに目を通すと、翔太は送り主の鈴木浩介に電話を掛けた。

    《お、佐藤。こんな早く反応してくるとは思わなかったよ》

    「まあ、僕に関する噂話だからね、そんで要点だけ言うと、僕が早川さんに告白して振られたのは本当だから、別に否定しなくていいよ」

    《それでいいのかよ、一部で結構好き勝手なこと言われてるぞ、お前》

    「ありがとう、心配してくれて。でもまあ、僕が早川さんに告白した事は、僕も身の程知らずな行為だと思っているから、周りがそう思うのは仕方ないかな。それに僕はただ告白に失敗しただけで、別に恥じる様なことはしてないんだし、笑いたい奴には笑わせておけばいいさ」

    《そうか。で、お前、本当にあの早川美波に告白したのかよ》

    「うん、告白したよ。そして見事に振られました」

    《なんだか軽く言うよな。ショックや未練とかはないわけ?》

    「そりゃ振られちゃったから、多少の後悔はあるさ。でもまあ、好きになっちゃったからは自分の気持ちを伝えたかったんだよね」

    《それは分の悪い勝負をしたもんだ。それで佐藤は、早川のどこを好きになったわけ? やっぱり外見か》

    「早川さんは誰が見ても美人だしね――でも、よく分からないんだよなぁ、自分が早川さんのどこに惚れたのか。まあ強いて言うのなら、一ヶ月近く早川さんと接してみて、なんだか悪い方向でイメージと違ったんだよな」

    《おいおい、イメージは悪い方向に違って、なんで惚れるんだ?》

    「イメージが違ったとは言っても、遠くから見ていた僕が勝手に願望していた早川さんのイメージだしね、まあ、それは違って当たり前だと思う。それでも、始めた頃は面倒くさくて仕方なかった彼女との朝練が、続けていく内にいつの間にか楽しく思えてきて、そうしたら早川さんともっと仲良くなりたいと思うようになったんだ」

    《それなら、告白なんかしないで友達関係を続けた方がよかったんじゃないか》

    「そうも考えてみたんだけど、どのみち友達以上にはなれそうにはないからね、だったらとっとと告白して諦めた方がいいと思ったんだよね。なら、うじうじと恋愛感情を抱えるよりかは、明確に答えが出たほうが諦めもつくでしょ」

    《それはまたバカ正直な正面突破をしたものだ。俺なら交友関係があるのなら、しばらくは友達関係を続けてみるけどな。そんで脈がありそうなら告白するし、脈がなさそうなら友達として遊んでそのまま諦めるけどな》

    「残念ながら僕には、その脈があるのかどうかを判断するだけの経験値がないんでね。当分の間はこういう失敗を繰り返していくんだろうなぁって、早川さんに告白してみて思い知ったよ」

    《いい勉強になったな。次は上手くやれよ》

    「まあ、頑張ってみますよ」

     この後、翔太と浩介は学校関連や動画サイトの話題に会話を繰り広げると、あっさり通話を切った。そして、翔太は何事もなかったかのようにやりかけの課題を再び取り組む。

     そう、翔太にとって美波との関係は、あの文化祭の日に彼女へ告白をして振られた事により、彼にとっては明確な答えは出ているのであった。



  • 【小説】素直じゃない彼女と素直な彼 19話【短編】

    2020-07-23 01:09


     19.秋晴れの日に(後編)


     文化祭の余韻に包まれ、夕日に照らされオレンジ色に染まる校舎。その校内、赤いワンピースドレスを身につけた早川美波が、長い金色の髪を揺らしながら階段を駆け上がっていく。どうして彼女がそんな格好で階段を駆け上がっているかといえば、その理由はこれから向かう教室にいる佐藤翔太にある。

     話は遡(さかのぼ)ること一週間ほど前、美波が翔太からハッキリしない告白じみた事を言われた翌日のこと、文化祭実行委員である彼女は文化祭実行委員会の会議に参加をしていた。でも、その実態は――

    「お願い、仮装大会に出てください。早川さんじゃないと、このドレスは似合わないの」

     生徒会や裁縫部の主に女子の先輩達から、仮装大会へ出てくれるように懇願する場だった。

     実行委員とは言っても美波の場合、クラスで誰もやる人がおらずに言葉通りの貧乏くじを引いた格好であった為に、実行委員会を主導する教師や生徒会とは違い、文化祭へのモチベーションは与えられた役割をこなせばいいと思う程度だった。それなのに体育祭が終わったあたりから、仮装大会でモデルをやってほしいとお願いをされるようになっていた。

    「……私、そんなに頭を下げてもらっても困ります」

     いくら頼まれても美波は乗り気にはなれないが、このまま先輩達に頼まれ続けるのは場の空気を悪くなり、精神的に辛いものがあった。しかも、翔太の中途半端な告白のせいで気持ちがモヤモヤとしていて、なんだか何もかも考えるのが面倒くさくなってしまう。

    「わかりました、出ます。出ますから、頭を上げてください」

    「本当に?」

    「はい、出させていただきます。ただ、一つだけ条件を出させてもらってもいいですか?」

    「なに?」

     そこで美波が出した条件は、翔太を実行委員会に入れる事だった。そんな翔太を巻き込むような条件を付けたのは彼女として思惑と呼べるものはなく、ただ、気持ちをモヤモヤとさせてくれた彼に対する腹いせである。でも、彼女の願望として、翔太が実行委員入りを断ってくれたらいいのにと思っていた。

     当然、そんな事があったとは知らず、いきなり実行委員入りを要求された翔太が驚愕することになったのは言うまでもない。

    「あの日、私のドレス姿を見たいとは言っていたから断る理由はなかったんだよね」

     一連の流れを思い返すと、我ながら優柔不断な性格をしていると思いつつ、目的の教室に向かう美波なのでした。

     再び話は十分程前に遡る。仮装大会の出番を無事に終えた美波は独り、裁縫部の部室で余韻に浸っていた。そんなところに彼女の親友である綾瀬香菜が顔を見せに来た。

    「お見事な立ち振る舞いでしたね、お姫様。まさか、一週間足らずでハイヒールでダンスを披露しちゃうんだから、練習に付き合った甲斐があったよ、本当に」

    「ありがと、練習に付き合ってくれて。不格好ながらもなんとか見せられる物になったのかなぁ、私のダンスは」

    「あんだけ拍手をもらったんだし、文化祭の出し物としては成功でしょ」

     香菜はハンガーに掛かる何着もの制服や綺麗に並ぶミシン、テーブルに出されたままの裁縫道具や布切れを見回しながら、窓辺に座っている美波のところまでやって来た。

    「それに、コレをやると決めてからの覚悟の決め方を見ていると、去年のスラックスでの事を思い出したよ、私は。やっぱり責任感はあるよね、美波は」

    「そんなことないよ。今回も押しつけられたくなかったのに、またちゃんと断れなかっただけだもん。それでも失敗した時の周りの反応が怖いから、出来るだけの事をやっているだけ。これを責任感と言ったら、生徒会やココの人達に失礼だよ」

     美波が疲れた顔で笑うと、香菜は大きな溜め息を吐いた。

    「あのね、やりたくない事でも、ちゃんと努力できるのは凄いことなの。たしかに優柔不断ではあるけど、そういう部分はあんたの良いところだと、私は思っている。だから、滅多に褒めない私が美波を褒めているんだから、素直に喜びなさい」

    「うん、ありがとう。そう言ってもらうと、やっぱり気持ちが楽になる」

    「それはなりより。んじゃ、お母さんに送る用の写真撮ってあげようか」

     香菜はそう言うと、徐(おもむろ)にポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを起動させた。

    「美波、少し窓側に顔を向けて――そう。そこでストップ」

     夕日に照らされた美波は、秋風に靡く稲穂のようなに髪の毛が黄金に輝き、身につけている真っ赤なドレスと合わさり情熱的な印象ではあるが、それに反して何かを憂うようなその表情はなんとも儚げであった。そんなアンバランスさは思春期の彼女を現わしたかのようで、その姿に、同性でありながらも言葉ならないほどに心を惹きつけられてしまう。

    「ズルいよなぁ、美波は。そんなに美人に生まれてきちゃって、まったく不公平過ぎるわね」

    「いきなり、なに?」

    「はい、こんな風に撮れたから、そっちに送るね」

     美波はテーブルに置かれたスマホを取ると、送られてきた画像を確認した。すると、戸惑ったように笑みを浮かべてしまう。

    「いくらなんでも美人過ぎるでしょ、コレは。こんなの私じゃないみたい」

    「嬉しそうに笑っちゃって、お化粧してくれた人に感謝しなさいよ」

    「あ、そうだ。悪いんだけど、ママに動画を送りたいから、私のスマホで撮って」

    「お任せあれぇ」

     香菜にスマホを預けると、美波は軽く前髪を整え、スマホのカメラに向けて笑みを送る。「ハーイ、ママ。今日は高校で文化祭はあったんだけど、そこで私、こんな可愛いドレスを着させてもらったんだよ――」

     美波は普段では見せないような高いテンションで語り掛け、その場でドレスの裾が翻(ひるがえ)りそうな勢いでクルリと回って見せる。その後、言葉が日本語から英語に変わってもテンションはそのままに、今日あった出来事を掻(か)い摘まみながら語った。

    「あんたはホントに英語で喋っているときは、普段とは別人みたいになるよね」

    「ほら、ママ達に心配させたくないし、元気な姿も見せたいじゃない」

    「それは親想いなことで――はい、スマホ」

    「ありがと」

     美波がスマホを受け取ると、ついさっき香菜に撮ってもらった動画を見返す。その様子を眺めていた香菜は自分のスマホを手に取ると、あるイタズラを思いついてしまう。

    「ねえ、美波。さっきの写真、佐藤君に送ったら怒る?」

     香菜のあまりに自然な口調に、美波はとっさには何を言っているか理解できなかった。が、すぐに何を言っているか理解すると、少し動揺した感じで口を開く。

    「怒るもなにも、香菜はなんで佐藤君に私の写真を送ろうとしているの?」

    「いやー、今日の彼、あんたのせいで色々大変そうだったから、そのご褒美的な感じ?」

    「もう、ひとの写真を勝手にご褒美にしないでよ」

     イタズラである以上はもちろん香菜には、画像を了承なく翔太に送る気はほぼ無く、美波が驚いてくれたらそれで満足だった。しかし、思った以上に美波が必死にスマホを奪いにくるものだから、つい香菜も抵抗してしまい、二人がじゃれ合っているうちに、どちらかの手がうっかり画面を触れて写真が送られてしてしまう。

    「香菜のバカ! 佐藤君とはもの凄く気まずいのに、どういうつもりよ」

    「いやー、本気で送る気はなかったんだけどねぇ……ごめん」

    「あー、しかも、何でよりによってメールなのよ。これじゃ、こっちから消せないじゃない」

    「ほら、SNSだと間違って拡散しちゃったらもったいないかなぁって、思って」

    「もったいないって何よ、もったいないって。本当はワザとなんじゃないのっ」

     美波から問い詰められた香菜は肯定も否定も明言することはなく、ニカッと白い歯を見せて微笑むのでした。

     そして、翔太のいる教室の前までやって来ると、美波は胸に手をやり深呼吸をする。

    「もう、なんで私がこんな緊張しなきゃいけないの。はぁ、佐藤君は電話に出ないし」

     香菜とじゃれ合った後、美波は急いで案内係の先輩に連絡を取り、翔太の居場所を教えてもらった。なぜ翔太の居場所を聞いたかといえば、いま微妙な関係の男の子に自分の画像を持っていられるのは、何だかいい気分ではなかったからである。そして、翔太のスマホにある画像を消してもらうべく、美波は裁縫部の部室から飛び出していったのでした。

     美波が教室の扉を開くと、そこは誰もいないかのような静かな教室。その教室を見回すと、オレンジ色の夕日に包まれた窓際の席で、机に突っ伏している翔太を見つけた。美波はそんな翔太にドレスを揺らしながら近づいて行き、ゆっくりと彼の後ろから顔をのぞき込む。すると翔太はなんともリラックスした顔で寝息を立てていて、そんな彼の寝顔を見てしまうと、急いで画像を消してもらおうとしていた、その気が削がれてしまう。

    「おーい、佐藤君。おきてよー」

     目の前の彼が気持ちよさそうに眠っているからといって、美波としては画像の消去を諦(あきら)める訳にはいかず、声を掛けてみたり、肩を揺さぶってみたりするも翔太の反応は薄かった。

    「かわいい寝顔、女の子みたい。練習試合の時とはまるで違うなぁ」

     美波はまじまじと翔太の寝顔を見つめ、眠っている彼の前髪をそっと触れる。彼女としてその行為に特別な意識を持ってはおらず、ただ無意識的に取っていた行動であった。

     髪の毛を触れられた翔太は頭を少し動かすと、寝坊でもした時かのようにパッと目を開き、とっさに頭を上げた。すると、目の前には昔のアイドルばりに真っ赤なドレスを着た美波がいたものだから、寝起きなのに目を大きく見開いてしまう。

    「おはよ。どう、よく眠れた?」

    「……なんで?」

     頬に涎(よだれ)をつけた翔太は寝起きの頭で、なぜ赤いドレスを着た美波がいるのかを考えてみる。漠然ながら今日の出来事を思い返すと、美波が裁縫部に向かうとき、自分に対して言いたい事があると言っていたのを思い出す。

    「なんで、って。それは、もちろん君に用があるからに決まっているでしょ」

    「そう。なら、僕も早川さんに言いたい事があるんだよね」

     翔太にそう言われ、美波のなかでついさっき翔太の髪の毛を触れたことだと思った。

    「私に言いたい事? なによ、先に言わせてあげるから、早く言いなさいよ」

    「――僕は、早川美波さんのことが好きですっ。いや、でも、本当は僕のこの気持ちが恋なのか、いまいち判らないけれど、でも、僕のなかで君と過ごした時間は、ほかの誰かと過ごす時間よりも楽しかった。だから、そのー」

    「ちょ、ちょっと待って!」

     耳を真っ赤にして告白した翔太に対して、美波は自分が告白されていることに気がつくと慌ててそれを止めた。彼の予想外の言動に感情の処理が追いつかず美波は、自分が彼から再び告白されていると認識するのに少し時間が掛かったのでした。

    「ど、どうして今なのっ?!」

    「どうしてって、それは、今を逃したら自分の気持ちをちゃんと君に伝えられる機会がなさそうだから……だけど」

    「それでも、なにも今でもなくてもいいでしょ、君は寝起きでそんな顔なんだし。告白するなら、もう少しムードというものを考えてくれないと。ただ闇雲に告白しても、その気持ちは伝わないよ」

     告白した相手にその場で説教をされるというのは、翔太にとって何とも惨めな結果ではあったが、それでも自分の想いの断片でも美波に伝えられた事で、これはこれでいいか、とも思ったりするのでした。

    「それに私、はっきり言って、佐藤君とは恋人関係になりたいとは思わないもの。私としては、君から告白される前のような、適当に世間話とかができる関係のほうがいいの」

    「……本当にはっきり言ってくれるなぁ」

    「そっちじゃない、私に言いたい事があればちゃんと言えと言ったのは」

    「うん、わかってる。僕としては苦しい結果だけど、ちゃんと早川さんの答えをもらえたから、変に未練を残さずに済むよ。ありがと、ちゃんと言ってくれて」

    「うん、そう。なら、よかった」

     そこから少しのあいだ、二人の間に沈黙が訪れた。ポケットティッシュで机を拭いている翔太は振られた直後とは思えぬ程、普段どおりの表情を貼り付けている。一方の美波は、暴走気味だった思考回路が落ち着いてくると、目の前の彼から告白されたのだと再認識する。

    「そういえば早川さん、僕に話があるんだったよね。ごめんなさい、驚かせちゃって」

     自分がなぜ翔太のところにいるかを、美波はすぐに思い出せなかった。それは、翔太からの再告白が彼女にとって、少なからず気持ちを動揺させる出来事であったからだ。

    「佐藤君はさ、私の答えがほしいから、また告白したわけ?」

    「たぶん、そうかな。あのままハッキリさせなかったら、もしかしたら君がいつかは好きになってもらえるかもしれない、そんな有り得ない願望が大きくなりそうだったからね。だから、恋愛感情が暴走する前に、この想いを終わりにしたかったんだ」

     何でもない風を装う翔太の言葉に対して美波は、翔太から一方的に“好き”という感情を押しつけられた気がして、そんな彼の態度が何だかズルく思うのでした。

    「そうね、私と佐藤君とでは釣り合わないもんね」

    「そういうこと。早川さんだって、いつまでもこんなヤツを構いたくないでしょ――」

     翔太としては至って普通なことを言ったつもりだったのに、ふと見上げた美波の表情はなんとも寂しげであった。彼女にそんな顔をさせるような言葉を放った覚えはなく、彼は彼女の反応に戸惑ってしまう。

    「どうしたの?」

    「……私の気持ちを勝手に決めるな、バカ」

     美波は不満そうに呟(つぶや)いた。次の瞬間、彼女はハッと我に返ると、そこには驚く翔太の顔があった。

    「いま言ったことは忘れて……ごめん」

     美波は自覚するくらい動揺をすると、逃げるように翔太のもとから立ち去る。後ろから椅子の倒れる音と共に、翔太が声をするも、彼女はそれらを振り切った。

     教室を飛び出した美波自身、どうして翔太に対してあんな言葉が口をついたのか、自分でも自分の本心は分からなかった。ただ、嫌だったのだ。なにが嫌なのか分からないけれど、本当に嫌だったのだ。