【小説】素直じゃない彼女と素直な彼 21話【短編】
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【小説】素直じゃない彼女と素直な彼 21話【短編】

2020-11-30 00:43


     21.ずるい人と女々しい人


     文化祭から数日は、あの夕日に染まった教室の出来事について悩んでいた早川美波であったけれど、友人の綾瀬香菜の助言もあり、美波は自分なりに佐藤翔太とどう向き合うべきかの答えを見出した。しかし、あの教室での一件以来、美波と翔太は一度も顔を合わせておらず、そこでもまた彼女は翔太への気持ちの伝え方に悩んでしまう。そんな時に、主に一年生の間で翔太が美波に告白して振られたという噂話が広がり、そんな聞きたくもない自分の色恋話を美波は聞くはめになった。

    「だけど、早川さんは本当にモテるよね」

     体育の授業後の更衣室、美波はクラスの女子達とジャージから制服に着替えていた。そんな女子があつまる場において、噂話が話されるのは自然の流れであり、そこに噂話の当事者である美波がいれば、そういう話題になるのは必至であった。

    「そうかな? もしそうなら嬉しいけど」

     美波は適当に話しを合わせる。

    「だってさ、今度は六組の佐藤から告白されたんでしょ」

    「六組の佐藤って、あの早川さんがプールで助けた?」

    「そうそう。それから早川さんが仲良くしていたんだけど、なにを勘違いしたのか告白しっちゃったらしくてさ」

    「よくもまあ告白できたもんだね。早川さんと自分が釣り合わないって、少し考えたら分かりそうなものなのにねぇ」

     クラスメイトたちの交わされる言葉を黙って聞いていた美波。そこで思うのは、翔太の言っていたように、私と佐藤君とでは釣り合わないものだと見なされるという事であった。

    「早川さんもいい迷惑だったでしょ?」

    「うんまあ、少し驚いちゃったかな」

    「やっぱり、そうだよね」

     翔太と噂にされることは美波にとって、結構どうでもいい話であった。それは翔太との友人関係は周りに隠すようなものではないと思っていたのもあるし、それに、彼女自身は自分に実害が伴わければ、自分の噂話にあまり関わりたくないと思っていたからだ。

    「だけどさ、その彼も振られてよかったんじゃないのかな」

    「なんでよ?」

    「部活に六組の男子がいるんだけど、その彼から聞いた話だと、いま話されている佐藤君が誰かから嫌がらせをされているみたいなんだよね」

    「あー、私も聞いたよ、その噂。それでもう担任に相談してるんだっけ?」

    「そう聞いたけど」

     誰も翔太が嫌がらせを受けているのが美波のせいだとは言わないけれど、会話の流れ的にこの場にいる誰もが、嫌がらせの要因は美波にあると思い、そして美波自身もその雰囲気を感じ取れないほど鈍くはなかった。

     そして、午前中の授業が終わって昼休みになり、美波は机に教科書とかを出したままにして教室を出て行く。廊下には他のクラスから生徒達が溢れ出している中、彼女が一直線に向かったのが、そう、翔太が属する一年六組の教室である。

    「あの、佐藤翔太くんはいますか?」

     美波は六組の出入り口までやって来ると、扉付近で立っていた男子生徒にそう尋ねた。尋ねられた生徒はすぐに「翔太ぁ、お客さんだよ」と、教室中に響き渡る声で翔太を呼んだ。すると教室中の視線が美波に集まったかと思うと、次の瞬間には教室の真ん中らへんにいた翔太に視線が集まり、教室中がざわつく。衆目を集めた翔太は小さな手提げを持ったまま、美波の元までやって来た。

    「えーと、早川さん、何か用ですか?」

     浮かれた雰囲気が広まっていくクラスを背にした翔太は、なんとも対応に困っているような表情をして美波の前に立つ。

    「ごめん、佐藤君。ちょっと、二人っきりで話せない?」

    「今のほうがいいんだよね?」

     美波が首を縦に振ると、翔太は振り返り「悪い、先に食べてて」と友達に断りを入れる。そして二人はざわつく教室を後にし、美波が翔太を引き連れて廊下の端にある扉まで行くと、その扉を開けて非常階段に出た。

    「んー、良い天気。こんな日に図書室で昼寝ができたら最高だろうなぁ」

     外の空気に触れた翔太は、緊張感から解放されたように気が抜けた表情を浮かべる。

    「早川さんもそう思わない?」

     翔太は階段を上がりながら、二人が利用した出入り口のすぐ上の踊り場で、立ち止まっている美波を見上げた。

    「そうね、図書室の読書スペースは日当たりいいもんね」

     なんとも気のない笑顔を眺めながら翔太が踊り場まで上がると、美波は上の階に上がる階段に腰を掛けた。それに対して、彼女の口から何を言われるのだろうと、翔太は身構えざるを得ない。でも、話があるとして翔太を引っ張り出してきた美波からは、なかなか言葉が出てこなかった。

    「あの、早川さん。僕と何か話したいことがあるんだよね?」

     しびれを切らせた翔太がそう尋ねると、美波は翔太の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

    「佐藤君は、私のせいで、誰かから嫌がらせをされているの?」

     美波の予想外の問いかけに、翔太は驚きの表情を隠さなかった。

    「どうして、早川さんはそう思ったの?」

    「クラスの人がそういう話をしていたから、もしかしたら私のせいなんじゃないかと思って。もしも私のせいで、佐藤君が辛い思いをしていると思ったら、いても立ってもいられなくて」

    「本当にお人好しだよね、早川さんは。もう僕のことなんて気にしなくいいのに」

    「違うの、私は佐藤君が思うほど良い子ではないよ。だって私、佐藤君のためにココにいるんじゃないもん。もしも、佐藤君が嫌がらせを受けていると理由が私にあって、その事を今日まで知らなかったとしたら、気づけなかった私は私自身を許せないと思って……でも、本当は私のせいだなんて思いたくなくて。それでも、本当のことを確かめたい……と、思ったんだ」

     どうにも心の整理がつかない気持ち悪さから、美波はお昼も食べずに翔太のところに来たのだけど、その事に彼女自身は自覚できていない。

    「それに、その事を言ってくれなかった佐藤君にもムカついてるの。ダメだよね、佐藤君は悪くないのに、そんなこと思っちゃ……」

     美波の視線は静かに落ちていった。

    「――はぁ、仕方ないな。わかりました、事情は話すよ。ここで誤魔化したところで、体育倉庫の件で僕のことを調べたように、僕が答えなくても他から聞き出しそうだしね、早川さんの場合」

     翔太は根負けしたかのように言うと、美波の隣に腰を下ろした。

    「えーと、まず言っておくけど、嫌がらせとは言っても脅迫文めいた手紙が下駄箱に入っていたくらいだし、僕に実害があった訳ではない。だから、本当に早川さんが気にするような事ではないんだよ」

    「でも、佐藤君への嫌がらせは、私が原因なんでしょ?」

    「嫌がらせの原因が早川さんにあるのなら、その原因は僕にもあるのかもね」

    「どうして、そうなるの」

     納得いかないという感じに美波が顔を上げると、翔太は膝の上に肘を置いて頬杖をついていた。

    「あの手紙の文章からは、君への恋愛感情を拗(こじ)らせた感じがしたからね。だから、君のそばにいた僕という存在が許せなかったんだろうからねぇ、早川さんに原因があるとするなら、僕にも原因の一端があるという話だよ」

    「そんな理屈、間違ってる」

    「そうだよ、間違っている。悪いのは勝手に恋愛感情を拗らせて嫌がらせをやった奴で、その原因が僕らにあるなんておかしいんだよ。だから、この件で早川さんが気に病むことはないの。わかった?」

    「……うん」

     美波はなんとなく納得できていないようであったが、翔太はそれ以上原因については語らず、嫌がらせを受けた経緯を簡単に説明する。

     翔太に対する嫌がらせは彼か語ったように、手紙という形式で行われた。それを翔太が初めて見つけたのは、美波と朝練をするようになって一週間ぐらい経った頃であった。その日、翔太が部活に向かうべく下駄箱から靴を取り出そうとしたときに、白い封筒を見つけた。最初、それがラブレターかもと胸を躍らせてはみたものの、宛先も何も書かれていない封筒を開封してみて彼はガッカリした。なにせ、その手紙の文面は、美波のそばにいる翔太に対して、彼女への歪んだ愛情からくる憎悪に満ちた言葉が並び、最後は脅迫と受け取れる言葉で終わっていたのだから。

    「まったくさぁ、期待外れもいいところ。はぁ、ラブレターかもしれないと思った時の、僕のワクワク感を返してほしかったよ」

     翔太は手提げを膝の上に置き、本当につまらなそうな表情をする。

    「佐藤君は怖くないわけ、そんな手紙を入れられて」

    「最初は気持ちが悪いと思ったけど、同じ事を何度もやられると段々呆(あき)れてくるもんだよ。まあ、彼か彼らかは知らないけど、そういう拗らせた気持ちを僕になんかに向けたところで、早川さんには近づけないんだしさ」

    「たぶんだけど、自分には手に入らないと分かっている物を、自分と変わらないと思っている人が持っていたら、普通に気に入らないと思う」

     美波が何気なく発した言葉に、翔太は愉快そうに微笑む。

    「そうだね、早川さんは誰もが認める美人さんだから、例え短い交友関係だったとしても、僕にはもったいない存在であったのは間違いないね」

    「私、そういう意味で言ったつもりないんだけど……やっぱり、佐藤君は私のことを、美人な同級生としか見てくれないんだね」

    「ん、何が言いたいの?」

     疑問を口にする翔太に対し、美波は膝の上で手を組むと思い切って口を開く。

    「あのね、佐藤君。佐藤君を振った私がこんな事を言うのは変かもしれないけど、私、佐藤君とはこれからも友達関係を続けたいと思っているの。だから、私と比べて自分を卑下(ひげ)するような言い方はやめてほしい」

     思いがけない言葉に翔太が意外そうな顔で振り向くと、美波は若干緊張した面持ちで彼に向き合う。

    「ごめん、いきなり話を脱線させちゃって。でも、これが今の私が懐く、佐藤君への気持ち。あの夕日が差し込む教室で、佐藤君に訊かれた問いに対する答えなんだ」

     美波は翔太に自分の気持ちを伝えられた事で、最近落ち着かずにいた気持ちが少しだけ落ち着いた気がした。一方、その気持ちを伝えられた翔太はといえば、美波の言葉に面食らってしまい、ぎこちなく笑みを浮かべるのがやっとだった。

    「そう。友達関係を続けたいのか――正直それは、予想外の答えだった」

    「それはどうして?」

    「いや、普通に早川さんとは住む世界が違う……ものだと思っているから」

    「住む世界が違うって、私、こうして普通に佐藤君の目の前にいるじゃない」

     美波は人差し指を立てて、「ほら」と自分を指差して見せる。

    「それはそうだけど、僕らはクラスも違えば部活も違うから、学校生活では全く接点がないでしょ。それに、みんなからアイドルのように注目を集める早川さんは、僕みたいな目立たない存在が近づきにくい空気があるから、やっぱり住む世界が違うと思うんだ」

     翔太の言葉を黙って聞いていた美波は、私とのデートの時には空気を読まなかったくせにと思いつつ、彼がちゃんと周りの空気を読める奴なのだと認識した。

    「あのね、佐藤君。私はね、そんな他人から無意識的に求められるキャラクターを演じるなんて、まっぴら御免なの。そりゃ、無難な人間関係を築くためには多少猫も被ります。でも、この一週間考えてみて分かったのは、私が君とこうやって遠慮なく喋れる関係を結構気に入っているってこと」

     美波はそこで翔太の手を取ると、満面の笑みを浮かべ「だから、これからもよろしくね」と言葉を押しつけた。すると、翔太の表情は照れくさい気持ちを隠そうとしても笑みがこぼれてしまい、見る見るうちに耳も赤みを帯びてくる。

    「はぁ、ずるいよなぁ。僕の君に対する気持ちを知っていて、こういう事をやるんだから。あの僕に対する疑心がどこへ行っちゃったわけ?」

    「うん、まだ佐藤君のことを全面的に信用している訳ではないよ。でもね、私も君とお喋りしているのが楽しかったみたい。だから、こうして私の気持ちを伝えているの。君はちゃんと言葉にしないと分かってくれないから」

     美波の黒い瞳に間近から見つめられ、そんな事を言われてしまえば、翔太の口から彼女の要求を拒絶する言葉が出てくるはずもなかった。

    「わかった、分かったから。早川さんの言うとおりにするから……この手を放して」

    「そんなに照れなくもいいのに」

     美波がパッと手を放すと、翔太は手提げを抱えるようにしてそっぽを向く。そんな彼の乙女のような行動に接すると、やっぱり自分の彼氏には向かないなぁと思う、美波なのでした。

    「せっかく諦めようとしていたのに、もう気持ちがグチャグチャ。恋愛感情を拗らせて僕がストーカーになったら、その時は君のせいだからね」

    「安心して、その時はちゃんと警察に被害届を出すし、もちろん学校や君の家族にも報告してあげるから」

     翔太が無理矢理笑みを作って美波に向けると、美波もまた爽やか笑顔で返す。

    「人の気持ちを知っていてコレだもん、本当に早川さんはずるい人」

    「じゃあ、ストーカーとか言っちゃう佐藤君は、本当に女々しい人だね」

     こんな感じで憎まれ口から再び始まる、美波と翔太の友達関係なのでした。


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