麻原彰晃敗北の美
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麻原彰晃敗北の美

2014-06-27 22:38

    時事ネタが受けると聞いて


    サリン事件から20年らしいのだが、正直私は良く知らない。
    人道的には全否定する以外の選択肢を持たないのは確かだが。
    …然し、個人的には嫌いではない。

    まず、安易なカテゴライズは避けるべきなのは重々承知だが、麻原がインテリというよりはむしろ病人であったのは確かだろう。
    精神的に問題有る者は山ほどいる。その中で麻原に思考が近似していた者も少なからず居るのだろう。

    麻原は彼らの代表として戦ったのだ。
    戦など所詮正論正論の競い合いに過ぎない。
    彼らの正論と、我々の正論がぶつかり合い、彼らは敗北した。
    故に日本では堂々と新興宗教に対し嫌悪感を放てる。
    それが敗者の定めだからな。


    未だに世界では自身が正しいと信じて止まない者が大勢いる。
    そして声高に叫ぶ、悲鳴にも似た音色で。
    自動車は生命という最上位の人道に影響を与えるぞ?
    人類の歴史の9割は槍と弓だったがな。

    ここで私は初めて見たアニメ映画を思い出す。
    クレヨンしんちゃんのオトナ帝国である。

    自分の頭の中で、良かれの選択しを選ぶのは難しくない。
    自己完結に浸り、批判に走るのは一種の娯楽だろう。
    然し、その闘争は正しく根源的な興奮だった。
    闘争本能の話をする気はないが、安全地帯に身を置き、濁った眼で正義を唱える者に見せてやろうではないか。


    仰りたい事が有るならかかって来るが良い。
    私は、逃げも隠れもしない。
    脳を沸騰させ、拳を胸に抱き、覚悟を刻め。
    そして、貴公か私か、敗者は何れ満足して地に伏すだろう
    恨みも、後悔も、行動無き者の負債だ。

    我々を眺める観客に教えてやろうではないか。

    闘争とは、こんなにも美しいと。



    …私は独自の意味で”分別の有無”を使うが、”分別のない”人間には理解しがたいのかもしれないな。


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