【東方二次創作】去る雨脚。【掌編】
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【東方二次創作】去る雨脚。【掌編】

2016-04-07 01:08
    東方の二次創作です。小鈴と小傘の小話です。
    肩の力抜いてふらーっと読んでくれたら嬉しいです。


    去る雨脚を月夜が追いかけるようにして明けていってしまった朝、村の空気は肺のなかに結露を覚えそうなほど湿っぽかった。

    息を吐くも吸うも、唇を湿らすほどで敵わない。
    このような天候になると、決まって唐傘の妖怪が町の東西を一往一来する姿を目にする。
    そんなにはしゃいでは危ないよ、と声をかけても、その妖怪は雨が非常に恋しいのだという表情をする。
    一方の私は、雨が書物の天敵であることを知るがゆえに、その妖怪の気持ちを素直に理解してやる事が難しい。幾らかはわかるが、私情がちらちら阻んで仕方ない。
    雨は嫌いである。雨は人を物思いにふけさせ、そうして不要な手間を生活にもたらす。
    妖怪は妖怪でも、この唐傘の妖怪は少々幼い。おさなごの相手は人も妖怪も大して変わらないのだが、
    この妖怪はやや大人びている所がある。それが彼女の矮躯のせいでより大人びて見えているのかもしれない事を踏まえても。
    雨の打ちつけるうちは至ってそこらの子供と同じ陽気さであるが、雲が去り空気が乾きだすと、次第に遠い目をする機会が増えてくる。
    ししおどしのようにある一定の間隔をもってそのような表情を表にする。
    ははん、さては太陽が憎いのでしょう?
    そう問いかけてみると、唐傘は静かに答えた。
    違うよ、傘として使ってもらえない時のことを思い出すんだよ
    驚いた。雨音を耳に目を閉じて、物思いにふけだすことはさほど珍しくもないけれど、燦々と照りだした太陽を目にして物思いにふけだす者がいるのか。
    にわかには信じられなかったが、この唐傘の顔を見るに嘘ではなさそうなので尚驚いた。
    唐傘は太陽に舌を出す。太陽を馬鹿にしたいらしい。
    しかし傍目には太陽が透明な指先でもってこの舌を引っ張っているように見えるから、なんとなしにその光景にはおかしみがある。
    太陽は暑いでしょう?
    もう聞く耳をもたないのか、答える余裕がないのか、唐傘は返事をしなかった。

    雨上がりの澄みだした空気に落ち着きを覚えると、私はふと一本の傘を鈴奈庵の土間に掛けていたことを思い出す。

    いつ買ったのかも覚えていない傘であったけれど、傘という日用品にそれほどの思い出はない。
    ぴちゃぴちゃと弾く雨音も、細かく刻まれていくリズムのような振動も、思い出というより想像力によるところが大きい。
    傘は得てしてそんな立場だろう。記憶の隅にも映らぬほど些細な存在で、寝起きにあくびをするより無意識の内に入り込んでしまうほど、矮小な価値や意義を決め付けられているようにさえ思う。

    ならばこの唐傘の憂うような表情も、誰の気にも止まらぬ程度の変化なのかもしれない。
    そうやって思いを巡らせてみると、自然と彼女に対して憐れみの感情が湧いてくる。
    妖怪などを憐れんでいては埒が明かない事は百も承知だが、救われない者を悼むという心理に、私達人間は種族の別なく陥ってしまうのだ。

    土間に掛けてあったあの傘、どうしたのかしらと、思い出の続きを思い起こそうとしても、やはり続きは意識の闇に葬り去られてしまっている。
    ああ、私も彼女を憶えていてやれなかった。そう思うと、途端に胸の内側が冷えだすようだった。

    私は誰かに忘れ去られてしまった自分を想像してみると、やはりそれも悲しくなった。
    忘れられた者を憐れむというよりも、誰かを忘れ去ってしまった者の方を憐れむ心があるのを感じたのだった。
    その心に気付いてしまうと、つらつらと涙が流れてしまった。
    地面に黒い点のような染みが映っていく。
    唐傘はそんな私のそばに近寄ってくると、その地面の染みを見て、口元だけ優しげに微笑んだ。そして、
    貴方が雨を降らせることはないわ。
    そう囁くように言って、私の前から姿を消したのだった。


    -読んでくださってありがとうございました- yumu


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