夢をあたえる
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

夢をあたえる

2015-10-24 16:13


    「いったい何のために生きているのか。せっかく生を受けたのだから、人のために生きよう」


    という言葉には正直あまり共感しないのだけど、
    でも時々、こういう風に一人勝手にフラフラと世界を走っていると


    “本当にこのままでいいのか”

    “生産性のないようなことを続けて許されるのか”


    という、なんともやるせない気持ちになることがある。




    「誰かのために生きたい」などとは今のところ露とも思えないけれど、(たぶん年齢と経験不足のせい)

    でも、

    たとえば、今口にしているジャガイモも誰かが作って育ててくれたものだし、
    いつも走っている道路も誰かがならして整えてくれたおかげで快適に走れている。


    もちろん、彼らは基本的に自分の生活のためにやっていて、仮にその人達が「俺は人のために仕事をしている」と思っていたとしても、それは“給料をもらう”という狭義があってからのものであり、2番手、ついでの理由だ。

    だって、もし彼らが本気で人のためにやっていたのだとしたら、給料が減ったって文句は言わないはずだし、いっそ貰えなくたっていいわけだ。

    生活のための仕事という題目がある限り、本当の意味で人のための仕事とは言えない。



    そう考えれば、やっぱり一人気ままに旅をしていてもいいのかな、という気にもなってくるものだが、
    それでもまわりになんにも影響を与えずに生きていくのは少しわびしい。






    自転車で道を走っていたりすると、村の人達が

    うぉーい!!

    と叫び声をかけて呼びきたり、満面の笑みで手を振ってくれたりすることが割とよくある。

    とくに人里離れた山中の村なんかでは多い。



    みんながみんなこちらを見て手を振ってくれるのを見ると、手前味噌だがなんだかヒーローになったような、照れくさくも嬉しい気持ちにさせてくれる。



    男の子ははしゃいでこちらを追いかけ、女の子ははにかんだ様子で挨拶してくれる。
    お母さんは優しい目線で包み込んでくれ、ビール瓶を手にした男たちは嬉しそうにこっちへ来いと言ってくる。




    そんな光景を目にしていると次第に、



    もしかしたら

    自分は

    世界の人達に夢を与えているのではないか、



    そんな気分になるのだ。




     自転車を使って世界を目にし肌で感じているという人がいて、
     そんな人がたまたま自分のところまでやってきて目撃することができた。



    そんな、ちょっとだけ夢をくばる「仕事」。

    それが旅人なのかもな、

    ふとそう思った。




    非常に自分勝手な解釈なのだが、そんなことを考えながら自分をごまかしつつ、まあ自分の中で消化するだけならいいでしょ。



    そんな風に
    またこれからも走ってゆくのであった。



    世界旅行日記ブログ ブログが新しくなりました
     http://yumenosukoshiato.ichi-matsu.net/

    マイナー嗜好のツイッター
     https://twitter.com/reicoen



    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。