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将門塚のベンチ
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将門塚のベンチ

2018-03-11 23:13





    1.行き先の概要
    名前:将門塚
    住所:千代田区大手町1-2-1(千代田区HP
    広さ:290㎡?
    備考:(平将門の首塚-Wikipedia
     神田明神(公式HP)の主祭神の1柱である、平将門命の首塚です。オフィス群と皇居の境に鎮座しています。お隣の東京駅ほどではありませんが、複雑怪奇な出入り口がたくさんある東京メトロ大手町駅C5出口が最寄り出口となっており、皇居の石垣の方へ向かえば看板が立っています。戦勝祈願や神田明神では家庭の除災繁栄を祈願する御札を扱っている他、首が帰ったきた伝承から転勤者が帰京願いに訪れたり、行方不明者の帰宅を祈願する方もいらっしゃるとか。(Wikipedia、産経抄


    2.ベンチステータス
     ベンチの数:1
    ベンチの傾向:
     石造り、背もたれ無し。周囲のビルと木々が陰となり冷気が漂い、ひやりとした石造りのベンチは暑い日に涼を求めるのに最適かも知れませんが、ビルの谷間であるため夏場は風通しがやや悪いかも知れません。地元ボランティアの方がキレイに清掃をされているようです。

    3.その他今回撮影したベンチとか
    将門塚のあと、秋葉原まで散策したので途次のベンチとかです。


















    以上です。

    4.雑記
    の認識というのは曖昧な上にいい加減で無責任なもので、今回将門塚について調べるまで私の中で勝手に、この首塚を訪れることは民俗的にタブーに属するもの(要は心霊スポット)だと思っていました。たぶん最初に知ったのが、漫画『しあわせのかたち』での描写だからです。この漫画はゲームコミカライズの歴史に名を刻む作品ですが後半は作者の日記漫画となっており、将門塚は知人が体験した怖い話の中で<怖いから描画すらしたくない>ものとされていました。
     しかしながらネットで検索すると千代田区HPなどでは「観光地」として扱われており、歴史を調べれば祀られた将門公が明治政府に逆賊として一度祭神から外されたこと、戦災で首桶などが失われていること、終戦後復帰運動があり昭和59年に祭神に戻ったことなどを知ることができて、このたび晴れて認識を改めることとなりました。
    はいえ、これは正しい認識に改まったと本当に言えるのでしょうか。祟りや縁起という『見えない暗がりへの恐れ』を現実的な情報で塗りつぶして安心する。思えば年をとるにつれて情報で塗りつぶされた暗闇への恐れはだんだんと薄くなっています。しかし塗りつぶした下の絵はたぶん消えていない気がします。

     まあとりあえず今は、安心してストレンジジャーニーでマサカドを作ろうと思います。

    それでは。
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