一般的に「リスク」という言葉の用法は、危険を被るなどの好ましくない事象が起きることに用います。これに対して、現在の国内リスクマネジメント規格、JISQ 31000では、リスクを「目的に対する不確かさの影響」としています。例えば、ある商品について、今期の売上目標を設定したとします。この目標を下回る不確実な要因だけでなく、上回る不確実な要因もリスクとしています。 売上が予想外に上がった場合の対応を準備しておくことで、機会損失を押さえることが出来るでしょう。また、好成績の結果についても、単に結果オーライと喜ぶのではなく、原因を分析し、来期に向けてリスク要素を見直すことで、更に業績を向上させる方策を思いつくかもしれません。
ソーシャルメディアの運用という観点に当てはめれば、ネガティブな話題が広まってレピュテーション(評判)が低下する可能性と、喜ばしい話題が広がってレピュテーション(評判)が向上する可能性もリスクになります。
ここでは、「リスク」という言葉をJISQ 31000に準じて説明します。
ソーシャルメディア・アカウントを効果的にかつ、安全に運用する
総務省が発表した平成23年通信利用動向調査によると、従業員5,000人を越える企業においては、40%でTwitterやFacebook等のソーシャルメディア・サービスを活用しています。つまり、企業が主体的に運用する公式アカウントを保有しています。公式アカウントの運用リスクを管理するためには、慎重な対応が求められます。以下のような「評判が低下する可能性」と「評判が向上する可能性」をリスクとして捉え、対策を講じることが必要です。
「評判が低下する可能性」
- 会社の見解と見做される発言を一担当者の独断で決めて良いのか?
- 情報漏洩や著作権違反、または読者に反感を買うような投稿をしていないか?
- 部門、担当者によって一貫性なく運用されるのではないか?
- 読者が関心を持てる情報を発信できているか?
- 読者との対話により、より深い関係性を構築できているか?
- 一貫性のあるブランド体験を提供できているか?
上記のようなリスク要素に対し、会社として積極的にかつ安全な運用を行うためには、運用担当者が遵守する制度(ガイドライン)を設けることが重要です。ガイドラインでは、組織的な運用体制の構築と運用担当者の行動に関する基準(運用ルール)を設けることが、トラブルの防止には有効です。運用体制の構築については、書籍並びにこちらの記事で紹介をしておりますので、参考ください。本稿では、運用ルールについて紹介します。
どこまで細かくルールを決める必要があるか?
運用ルールはどこまで、細かく決める必要があるでしょうか?
ソーシャルメディアは社員が所謂「中の人」となって、生活者が対話する場です。親しみのもてる対話をするには、臨機応変な対応が必要になります。「中の人」の個性を存分に発揮したほうがよいことも、あるでしょう。極力ルールを設けないに越したことはありません。
回数が少なかった理由は、外務省やわらかツイートのレスポンスの悪さです。1分程度で駐日フィンランド大使アカウントの返答が来るのに対して、外務省アカウントは20分を費やしたりしています。それもそのはず、外務省アカウントは、発言の度に上長に承認を得ていたそうです。双方のアカウントとも国家を代表する立場です。不興を買ってトラブルを起こせば、最悪の場合、国家間の問題に発展するかもしれないと懸念したのでしょうか。
他方、ルールを設けないで運用しているケースもあります。先日、弁護士の猪木俊宏先生に、次のようなお話を伺いました。
「懇意にしている多くのネット系のベンチャー企業では、企業のTwitterアカウントやFacebookページの運用を社長自身が担当している。社内に運用ルール等の取り決めは存在しない。その社長達は概ねネットリテラシーが高く、諸般わきまえて運用している。彼らは炎上といわれるようなトラブルを起こすことは、まずないと思う。」
- 組織の最終責任者である社長自らが対話しているので、社内での「見解の相違」が起きにくい
- ネットリテラシーが高いので、トラブルが起きそうな行動をする可能性が低い
- アカウント運用者が1名なので、複数の担当者間での意思疎通が必要ない
- アカウント運用者が最高経営責任者なので、社内から反論者が生まれにくい
- そもそも、企業ブランドの認知が低いので、注目されにくい
また、ソフトバンクの孫社長や楽天の三木谷社長など大企業の社長もソーシャルメディアを積極的に活用されていますが、恐らく運用ルールは明文化されていないでしょう。お二人とも、強力なリーダシップをもたれた社長ですので、社長の運用実態に組織が適用しているのが実態だと思います。ソフトバンクの知人に話を伺ったところ、さすがにアカウント開設当初は、現場は混乱していたようです。カリスマ社長が、独断で「やりましょう」と約束しても、よほど出鱈目な約束でない限り、社内から表立っての反発は起きるないでしょう。しかし、一社員が勝手に自分の担当業務と関係ない事柄に関して、顧客に約束をすれば、他の社員からきっと非難されることでしょう。少なくとも、大企業等で一社員がアカウントを運用する場合には、運用担当者の判断で行動して良い範囲や注意しなければならないポイント等については、社内関係者の共通認識としてルール化しておいたほうがよいでしょう。
運用ルールには、社風や運用担当者のリテラシー、従来のルール決めの慣行等、様々な事情を加味する必要があります。また、アカウントの運用目的によっても変わってくるでしょう。先の外部省アカウントの例では、時間限定で特別ルールを考えてもよかったのかもしれません。
ルールを考えるためには、当該のアカウントを運用している姿を想定し、リスクを洗い出すことから始めます。それらのリスクを管理するための施策をルール化すれば、運用ルールを作る目的もはっきりしてきます。少し平易な言葉でいうと、ルールを決めにとりかかる際には、先ず、心配していることを棚卸しして、その事柄に対する対策を考えることがよいということです。
図は、抽出したリスクとその対策を考慮して策定したルール項目です。
企業によっては、「ここは決めなくていいだろう」といった項目も出てくるでしょう。逆に心配性の方であれば、もっとたくさんの項目をあげられるでしょう。リスクは配慮しつつも、なるべく単純で、現場の自主性に任せる範囲を広げることを心がけましょう。また、運用担当者の経験を積んでゆくにつれ、心配も管理不能なリスクも減ってゆきます。現場運用者の裁量範囲が段階的に拡大できるよう、定期的なルールの見直しを実施し、記録をしておくことも予め計画しましょう。
運用ルールの更新履歴は、運用チームのスキルの向上を示す記録でもあります。
【書籍のご案内】
このたび、「企業のためのソーシャルメディア安全運用とリスクマネジメント」という書籍を出版しました。本稿でご紹介した、公式アカウントの運用ガイドラインを始め、ソーシャルメディア時代に企業がリスク管理の観点で考慮すべきポイントをまとめた書籍です。よろしければ、ご一読ください。
by 福田 浩至