【メディアが報じた反日デモの姿とは?】津田大介の『メディアの現場』vol.47 より
この9月、中国各都市で大規模な反日デモが起こり、日本でも話題になりました。その原因は、日本が中国との間で領土争いをしていた尖閣諸島(釣魚島)を日本が国有化したからではないかと見られています。しかし真の原因は明らかになっていません。尖閣諸島や反日デモをめぐる騒ぎが、新聞やテレビ、そしてネットなどのメディアでどう扱われたか――本メルマガでは、一連の出来事の本質は、いわばメディアの合わせ鏡を通して初めて見えてくるのではないかと考えました。そこで今回は、中国事情に詳しい北京在住フリーライターのふるまいよしこさん、そして若手中国ウォッチャーとして注目されているフリーランスITライターの山谷剛史さんのお二人にお話を伺います。
◆「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか 〜若手中国ウォッチャー・山谷剛史氏に訊く
津田:今回の反日デモでは、中国で新たなネット世論が巻き起こっていることに注目が集まりました。そこで、微博(ウェイボー)[*1] とツイッターでどのような動きが見られたか、ふるまいさんのお話でも「若手中国ウォッチャー」としてお名前が挙がったITライター・山谷剛史さんにお話を伺っていきます。実は山谷さんは、僕の出身高校である東京都立北園高校の3つ下の後輩で、2ちゃんねる創設者である西村博之さんの同級生でもあるんですが、今日は取材ということで、よろしくお願いします。
山谷:よろしくお願いします。
津田:今回の反日デモについては、同じ中国国内でも、いわゆる既存メディアとネットメディアで論調が違っていたように思うんですね。山谷さんがウォッチしていた範囲では、どのような違いがありました?
山谷:新聞のような既存メディアは割と統率されていて、最初の段階では「中国はこれだけ怒っている、尖閣を取られないようにがんばろう」といった論調でした。ただしその後、暴動がエスカレートしすぎた感もあり、「理性的にやりましょう」となりましたね。
かたやネットでは、行き過ぎを戒める声もあったものの、「反日デモをやりたい」という声のほうが大きかったんですよ。去年日本では、フジテレビの番組編成が韓流に偏っているとして、ネット発の「フジテレビ抗議デモ」が行われました。中国の反日デモも、あれと似たところがありましたね。絶対数は多くないでしょうが、デモ推進派が圧倒的多数。それを諌(いさ)める声が伝わらなかった感はあります。
ただ1日、2日経ち、デモが暴動化するにしたがって、「ちょっとこれ違うだろ」というほうに、みんな動いてきた。ツイッターやその中国版のウェイボーみたいなSNSでは、既存メディアに先駆けて論調が変わっていました。
◇中国政府によるネット言論統制の現状
津田:中国政府がウェイボーなどの発言にフィルタリングし、反日傾向を抑えようとしていたという話もありますね。
山谷:はい、デモが始まった最初の頃からやっていました。今回のデモは全土的に行われた15日西安などで大暴動に発展したんです。[*2] それで「西安のエリアでネットに規制がかかった」という話を各所から聞きました。実際、デモ翌日には「反日」などの言葉を含む書き込みが、かなり消されていましたね。
津田:中国政府はこうしたネット世論を監視するため、ネット世論監視ソフトを使っているそうですね。
山谷:ネット世論監視ソフトはいろいろな会社から発売されています。これは主に二つのラインがあるんですね。一つは企業向け。企業が自社に関する変な噂がネットで流れた時、すぐに封じるために使っています。もう一つは、中央政治、地方政治含めた政治向けです。特定のキーワードをセットしておくと、すべての中国語サイトを対象に、ほぼリアルタイムで書き込みを検索し、レポート画面を作って問題のサイトや警察に通報するというしくみです。
津田:それから、中国のネット世論を毎日レポートしているサイトもあると。
山谷:有名なものに、新聞社の人民日報がやっている「人民網輿情観測室」[*3] があります。これは毎日更新だったのですが、反日デモ後、一時的に更新が行われなくなりました。同じ位置づけのサイトに「中国輿情网」[*4] があります。こちらは15日以降、更新が止まりました。どちらもおそらく血まなこで情報を分析していたのでしょうが、対応にナーバスになって、外部に情報を出さなかったのでしょうね。
◇「愛国」と「害国」
津田:山谷さんが書いていたコラムで面白いと思ったことがあるんです。反日デモで暴徒化し、破壊行動に走った人をたしなめる意味で、中国の新聞「中国青年報」が8月20日付の同紙で「害国」という言葉を使いましたよね。「同胞の車を破壊するのは愛国(アイグォ)ではなく害国(ハイグォ)である」と。[*5] これにより、「害国」という言葉が、ネットで一時流行ったそうですね。
山谷:はい、みんな「うまいこと言うなぁ」と一気に使い始めました。ウェイボーの検索機能で調べると、やはり行き過ぎた愛国心を戒める意味で「害国」という言葉が使われていたりしますね。[*6] 「それ害国だろ。国を害するからやめろ」みたいに。
津田:それはどういうユーザーが書き込んでいるのでしょう? ネットのヘビーユーザーなのか、それとも普通のユーザーなのか……。
山谷:割と普通のネットユーザー、一般人が多いですね。彼らは尖閣問題に限っていえば、興味の大小はあるにしても、「日本が悪い」という認識を共有しています。そうは言っても、わりと傍観していて、かなり理性はある。われわれが日本のメディアで見るような、暴徒化した反日デモ参加者とは違います。むしろ、同胞のモラルの低さを見て、悲しんでるんですよ。「中国はまた負けた。日本に負けたのではなく、おのれに負けたんだ(また中国国民は愚かだった)」とね。
津田:今回は反日が行き過ぎて、中国の新聞社が「良い愛国、悪い愛国」の絵を発表するまでになりましたね。[*7]
山谷:「新華社」という新聞社が、自社サイトの「新華網」[*8] にアップしたものですね。9月17日のことです。新華社は中国の新聞では王様のような存在――いわば政府の広報誌みたいな位置づけです。
「権威のある新華社がこんな図を出しました」となったら、多くのメディアがそのまま転載し、自然と広まっていく。中国のメディアでは、本文をまるごと転載しても、法律的にOKなんですね。引用元さえ書いておけば問題ない。
最近の中国政府は、オフィシャルな情報をすばやく出すという方針を採っているから、とにかく「反暴力、理性の愛国」をわかりやすく伝えなきゃ、ということで、あのタイミングであの絵を出したのでしょう。
津田:絵を見ると、言わんとすることは何となくわかるけれど、具体的に何が書かれているのか気になります。
出典:http://news.xinhuanet.com/photo/2012-09/17/c_123726019.htm
山谷:ちょっと確認しますね。「ここにゴミを捨てるな」という注意書きがあるということはゴミを捨てる人がいるわけで、今は注意書きのことをやる人が少なからずいることを意味します。意訳になりますが、言っていることの概要は次のとおりです。
《暴力“碍”国……暴力は中国をダメにする》
(左上)日本料理屋での食い逃げ
(中上)在中日本人を攻撃
(右上)同胞の日本車を破壊
(左下)スーパーで市民の日本製品の購入阻止
(中下)店舗焼き討ち
(右下)ネットユーザーを煽る文言をばらまくこと
《理性愛国……理性は中国を良くする》
(左上)政府の外交を支持
(中上)法律を守り同胞の財産を尊重する
(右上)同胞が団結して愛国をアピールし、国家主権と領土を守る
(左下)真面目に働き祖国に貢献
(中下)日本製品不買でなく日本製品に代わる製品を開発
(右下)ルールを守らず同胞の財産を守らねば愛国の字汚し
◇「Yahoo!ニュース」を見ている人に現状を伝えたい
津田:今回の反日デモは日本のマスメディアでも取り上げられていました。そうした一連の報道を見て、どう捉えていますか?
山谷:テレビについて言うと、日本と中国ではそもそも放送のシステムが違うから、どうしても違うように見えちゃうんですよね。
日本はニュースをやっている時間帯が民放の場合、だいたい同じじゃないですか。夕方ごろチャンネルを回すと、どの局も反日デモ、しかも同じ破壊活動の映像が流れている――といった具合。だから、イメージが刷り込まれやすくて、「中国人は恐ろしい」イメージができあがりやすいんじゃないかと思いますね。
一方の中国では、まず「中国中央電視台」という全国ネットがあり、それとは別に広東省など省ごとのネットがあり、その下にさらにネットがあって――となっている。ニュースのチャンネルはそれぞれに1つしかないから、内容はそんなにかぶらないんです。だから、一つの映像が何度も刷り込まれるってことは、そんなにないでしょう。内容の是非は別として。
津田:日本のネット世論で何か気づかれたことはありますか?
山谷:僕自身がツイッターでフォローしているのは、中国に足を突っ込んでいる方ばかりです。だからタイムラインは、極めて冷静でした。もちろん、それが日本の世論でないことは十分存じているところです。
ネットではどういう媒体を見ているユーザーかで反応が違います。たとえば、僕がふだん、IT系ニュースサイトの「ITmedia」で記事を書くと、寄せられる感想は冷静なんです。だけど、同じ記事が「Yahoo!ニュース」や「ニコニコニュース」に転載されると、伝えたいことがなかなかストレートに理解してもらえない。そういうもどかしさがあるんですね。
今回の反日デモをめぐる記事は、Yahoo!ニュースを見ているような人に読んでほしかったんですよ。中国や中国人のことを「ニセモノ」「愛国」「毒」「爆発」などといった悪いステレオタイプだけで見る人に、目を通してほしかった。
日本では中国の掲示板のコメントが翻訳されて中国人の反応として記事化されるように、中国ではYahoo!ニュースのコメントが翻訳されて日本人の反応として記事化され、両国のネットユーザーが誤解し合う悪循環が起きている。
だから、ありがたいことにいくつか連載枠がある中でも、Yahoo!ニュースに転載される可能性の高いITmediaを選びました。もちろん、ITMediaが一般ニュースを扱いたがっていた、僕がずっと書いている媒体で読者ともうまい具合につながっていた、という事情もあります。今回はちょうどマッチングがうまくいった感じですね。
津田:ところで、山谷さんは今、日本に戻ってきているけれど、もともとは中国にお住まいでしたよね。また現地に戻る予定は?
山谷:う〜ん……正直、なかなかキツいですね。僕はガジェット系のニュースを書く仕事をやっているんですよ。今、中国では日本人とわかると、オンラインでもリアルでも、ものが売ってもらえないという話も出てきています。だから面倒だなあとは思っています。
津田:「身の危険を感じる」ということではなく、「商売がやりづらくなるだろうな」と。
山谷:はい。心配なのは、基本的にそっちのほうですね。
中国の人は、お互い面と向かって話すぶんには、いきなり殴りかかってくるようなことはしません。ただしグループになると、普段は理性的な人でもワーッとなって、タガが外れて暴力に走ったりしやすい。そうなると怖いですよね。
もちろん、日本や日本人に何らかの意味で依存している地域であれば、状況は早めに改善していくかもしれません。でも、外国人がいない地区や日本人が行かないマイナーな都市では、「日本人お断り」と書いても何のリスクもないし、カッコよくみえる。だから、意味はなくても反日アピールをする人間は必ずいるんです。
津田:反日デモの余波はまだ続きそうだと。今日はどうもありがとうございました。
《この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。》
▼山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター。主に中国やアジアの国々のIT事情を執筆。日本人の感性で現場の庶民の視点を紹介するルポ執筆のほか、中国のITを軸にしたテーマの講演を行う。ITMedia、ASCII、Impress Watch、日経BPなどのIT系メディアやJBPress、ダイヤモンドオンライン、東洋経済オンラインなどの経済誌などで執筆。著書に『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンク新書)。今秋、インプレスのNext Publishingより中国IT事情をまとめた本『中国インターネットトレンド[2011.11-2012.10]現地発ITジャーナリストが報告する5億人市場の真実』をリリース。
・公式サイト:http://www.geocities.jp/dtgoshi/
・ツイッター:@YamayaT
[*2] http://www.jiji.com/jc/zc?k=201209/2012091600275
[*3] http://yq.people.com.cn/service/index.html
[*5] http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1209/03/news089.html
[*6] http://s.weibo.com/weibo/%25E5%25AE%25B3%25E5%259B%25BD&Refer=index
[*7] http://news.xinhuanet.com/photo/2012-09/17/c_123726019.htm