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小説『神神化身』第十話 「『散夏』本文流出事件に対する声明」
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小説『神神化身』第十話 「『散夏』本文流出事件に対する声明」

2020-07-24 19:00
    小説『神神化身』第十話

    『散夏(さんげ)』本文流出事件に対する声明 
                                             Web「小説現在」 
     

     小説家の萬燈夜帳(まんどうよばり)だ。今日はWeb「小説現在」の場を借りて声明を出させてもらう。ここを見ている奴らは少なからず俺に歓心があるってことだろう。まずはそのことに礼を言う。さて、今日俺が話したいのは『散夏(さんげ)』っつう俺の新しい傑作のことだ。通算二十三作目の長編小説になるな。
     今年の春からやってた「小説現在」での連載を追ってくれてた奴らもいるかもな。この逸作を知らねえ果報者に説明すると、『散夏』は現金輸送車襲撃事件を題材に取ったミステリーだ。五億円を巡る騙し合いと、中盤で起こる走る密室の謎が肝の小説だ。連載も残り二回ってなわけで、推理に精を出してる賢明な読者もいることだろう。

     だが、まあこの『散夏』を巡ってちょっとしたトラブルがあった。この声明を読んでる奴にわざわざ説明するのも野暮かも知らんが、概要だけ言っておく。

     三日前、この『散夏』が全文インターネット上にアップされちまった。勿論、まだ掲載されてねえ残り二回分も含めてな。拍手喝采出血サービスってとこか? にしても、思い切ったことをしたもんだ。本ってのは沢山の人間が集まって作るもんだからな。萬燈夜帳の小説にあてられて、妙な気起こす奴も一人はいたってことだろう。本物ってのは魔力を持ってるもんだからな。

     聞きゃあ『散夏』のPDFはネットのそこかしこに広まって、優に百万ダウンロードを超えちまってるらしい。萬燈夜帳の作品が好きでたまらねえファンも、興味本位でダウンロードしたラッキーな奴も、『散夏』を一早く無料で楽しめたってわけだ。これはこれで結構なエンターテインメントじゃねえか? 単純計算で百万人が『散夏』を手中に収めてるんだからな。

     
     この騒動が知れ渡った時、俺のところには「怒りを感じるか」って質問が大量に来たんだよな。そりゃあ、この騒動の所為で俺だけじゃなく関係者までが割を食ったんだから怒りは覚えるに決まってるだろうが。けどな、俺個人はこれもまた読者を楽しませるエンターテインメントだと思ったんだよな。この三日、『散夏』に触れた人間はどんな形であれ楽しんだだろ? 心を震わせただろ? ならそれはどんな形であろうと得難い。だから俺はこれも認めてやろうと思ってる。関係者に迷惑掛けた分、犯人にはそれなりにけじめつけてもらうつもりだけどな。さっきのは俺個人の偽らざる気持ちだ。

     ここで俺が赦(ゆる)したところで、納得がいかねえのは残り二回の連載枠を取ってある「小説現在」と、単行本の発売を待ってた読者たちだよな。自分の楽しみにしてた傑作が先に読まれるっつうのは耐え難いだろうし、オチがネットで無料公開されてるミステリーってのは十全に楽しめねえよな。

     てなわけで、俺はこの三日の間に『散夏』の後半を全て書き直した。書き直した『散夏』は展開も違けりゃトリックも違う。勿論犯人だって違う。流出したものとは全く違う物語にしてある。つまらなくなったんじゃねえかとか無粋な心配はしなくていい。流出した『散夏』は傑作だが、これもまた神懸かった傑作だ。

     こいつはなかなかのハッピーエンドなんじゃねえか? 流出した『散夏』を楽しんだ奴らも、どうぞ心置きなく明日発売の「小説現在」を買うといい。電子書籍版は日付が変わって即配信だ。好きな方で楽しんでくれ。流出した『散夏』も完璧な小説だから、そっちで満足してる奴は読まなくてもいいけどな。だが、この萬燈夜帳があの小説の別解を書いたんだ。読まねえ理由は無えだろう?

     俺の声明は以上だ。編集には流出してる『散夏』のデータは消さないように言ってある。あれは未来永劫放っておくから、好きなだけ読むといい。
     二度はごめんだが、今回の騒動もつまらなくはなかったな。傑作が枝分かれして増えたって点では、世界にとってよかったのかもしれねえわけだ。


     俺の行動原理は一つ。最上にして至高のエンターテインメントを創り上げることだ。今そこにいるお前を楽しませられるなら、何をくれてやっても構わねえ。この燻りに火を焼べられる奴がいるなら、カミだろうが悪魔だろうが手を貸してやる。今回みたいに一うねり起こそうじゃねえか。

     
     それじゃあ俺の最愛の主人である読者たちよ、存分に『散夏』を楽しんでくれ。
                                                        萬燈夜帳




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    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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    ©神神化身/ⅡⅤ

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