1.『続・平謝り』 〜格闘技界を狂わせた大晦日10年史〜

この10年間、格闘技は未曾有の盛り上がりを見せたが、結果的にそれを盛り上げたK-1もPRIDEも崩壊してしまった。そこには様々な原因があるが、良くも悪くも一番の原因は大晦日イベントにあった。テレビ局も含めて当事者の谷川貞治(元K-1イベントプロデューサー)が『平謝り』にも書いていない内幕を綴って、検証する。

●第17回 2006年(後編-1) 桜庭 vs 秋山、予期せぬヌルヌル事件発生!

桜庭和志vs 秋山成勲---- 2006年の大晦日のメインイベントがこのカードでした。一見すると面白そうなカードに見えますが、実はとっても難しいカードです。

今でもよく覚えていますが、TBSの人から大会前に「どうやって煽ったらいいですかね?」と聞かれたことがあります。難しいカードというのは、まさにこのこと。普通、煽りやすいカードというのは、絶対的なエースが危ないと思われるようなヒールとの対決を組むことです。例えば、猪木vsタイガー・ジェット・シンとか、猪木vsスタン・ハンセンとか、そういうカードは常に煽りやすいし、ドラマになっていきます。しかし、秋山君はKIDに続いてHERO'Sの新王者になったとはいえ、まだ爆発的なブレイクはしていなかったし、K-1サイドのスーパーヒーローというわけでもありません。

一方のサクちゃんも本来は「PRIDEからの刺客」「ボスキャラ登場!」ということで、K-1側にとっては大ヒールになる立場なのに、サクちゃんの持って生まれた天性のベビーフェイス・キャラで、とてもヒールには仕立てられないのです。ファンもHERO'Sに勇気を持って来てくれたサクちゃんには好意的で、むしろ応援する人の方が多い。

しかも、レジェンドのサクちゃんに対して、世代交代すべき相手が秋山君でいいのかというと、これも微妙なところ。それまでのサクちゃんと秋山君には全くの因縁がないからです。また、個人的にもどっちにも思い入れがあるし、これからHERO'Sのチャンピオンとして売り出していきたい秋山君に負けて欲しくないし、苦労して手に入れたサクちゃんを秋山君に負けさせて終わりにしたくない。まだ、いっぱい契約年数もあるし、なんてったって、サクちゃんは銭の取れるファイターだから、日本人に負けるのはプロモーターとしてリスクが高いのです。

「どちらにも負けてほしくない」--- そういう意味では、確かに煽りにくいし、微妙なカードと言えるでしょう。そうなると、プロモーターとしては勝ち負けよりも、いい試合になることを期待するしかありません。どちらが負けても、どちらも落ちない試合。勝ち負けを超越したいい試合。サクちゃんが「プロとは何か?」を秋山君に教え込むような試合。そんな夢のような、都合のいい試合を期待したのです。だから、プロモーター側の意図的な思いで、あんなことをするなんていうのは絶対にありえません。元来、プロモーターというのは、どんな結果になろうとも、それをドラマにしていくのが腕の見せどころ。もし、格闘技の世界でプロモーターが試合に勝ち負けの意志が入れられたら、魔裟斗だってもっと優勝していたし、失礼ですけどホーストやシュルトが何度もK-1チャンピオンになることはないでしょう。曙だって、あんなに負けていないと思います。

でも、そううまくいかないのが格闘技の世界。だからこそ、面白いのが格闘技の世界なのです。よくプロモーターが試合に手を入れたような批判をされることがありますが、入れてないからいろんな予期せぬハプニングが起こるのです。八百長とか、審判にどっちを勝たせてほしいなんて、僕は一度もしたことはありません。というより、プロモーターは審判団とも独立した存在をキープし、判定やレフェリングに対しても口を出すべきではないのです。僕もなるべくそういうスタンスを取ろうと思っていましたが、判定がおかしかったりすると、真っ先に僕が批判の対象となっていましたからね。そこは本当に勘弁してほしい。

では、ヌルヌル事件はなぜ起きたのか? 僕が思うに、まず全身に乾燥クリームを塗った張本人の秋山君は「これは大丈夫だろう」というくらいの自覚しかなかったこと。また、問題になっても、みんなが守ってくれるんじゃないかという甘さを潜在意識のどこで持っていたんじゃないかと思います。その証拠に秋山君は、控室のみんなが見ている前で、しかもテレビ局のカメラが回っているところで堂々とオイルを塗っているのです。普通、やましいところがあれば、トイレかどこかで隠れて塗るでしょう。