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  • 「雨音」

     さわってみる、と少し鼻に掛かった声で言いながら、何にでも指を伸ばすのがこのところの娘のマイブームだ。ごはんの時、僕が飲んでいるビールの缶とかならまだ分かる。分からないのは同じ味噌汁を飲んでいるのに ( そりゃ娘の方が味は薄いが ) 僕の味噌汁に「さわってみる」と涎のいっぱいついた指を入れる。そして「さわった!」と喜ぶ。    いや、別にさわってくれなくていいよ、と苦笑いで避けようとすると「ぶー!」とふて腐れる。どうやら「さわってみる」という言葉は「さわりたい」という意味らしい。そういえば「食べたい」も最初の頃は「食べてみる」だった。なのに「さわってみる」という言葉には、頑張って挑戦してみる、という成分が多く含まれている為につい背中を押したくなってしまうのだ。    核分裂みたいに語彙力を伸ばす娘を観察できる機会も最近はめっきり減った。朝は起きて2時間くらいで保育園だし、夕方迎えに行った後も3時間くらいで眠ってしまう。朝、保育園に送っただけで打ち合わせなどに出掛けた日は、帰ったらもう寝ているのが殆ど。唯一、家族が揃う週末も僕自身は締め切りに追われ、仕事部屋で脚本を書いていること...

    2日前

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  • 「父の日」

     両親の家を訪れるのは4ヶ月ぶりだった。それでも娘が生まれる前と比べたら頻繁な方だ。何しろ以前は3年に一度行くか行かないかくらいだったのだから。   しかも僕ひとりで。プライドの高い父は口にこそ出さないが母と二人で暮らしている借家を他人に見られるのを頑なに拒んでいた。たとえそれが戸籍上は家族となった僕の妻が相手でも。だから今までは両親に会うにしても外で食事をするか、僕の家に訪ねて来るかのどちらかだった。  その頑なな心を解かしたのは、初孫である僕の娘であり、同時に、思うように外出できなくなった病だ。長年の喫煙が原因で肺気腫に罹った父は酸素濃縮器を手放すことができない身体になってしまった。ついには出歩くことができないほど体力が落ちてしまった。孫に会う為には僕らを家に迎え入れるしかない。  という葛藤すら忘れてしまっているのではないかと思うほど、父はこの日も孫が来るのを心待ちにしていた。息子である僕には一度も見せたことのないような笑顔で娘を迎えてくれる。母も同様だ。そして、弟や妹も。我が家は5人家族だけど、僕が18歳で家を出てから4人家族として暮らした歴史の方がずっと長い。...

    4日前

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  • 「いつも自由はここにある」

     妻が出勤前に作っておいてくれた朝ごはんを娘と二人で食べた。着替えをさせ、歯の仕上げ磨きをし、検温して体温と昨日からの様子を連絡帳に記入する。湯冷ましを水筒に詰め、着替えにおむつ、給食袋とおやつ用のエプロンなどを入れたトートバッグを担ぎ、朝八時に娘と手を繋いで家を出る。 保育園に到着後、トートバッグの中身をそれぞれ所定の場所にセッティング。先生に抱かれた娘とタッチして保育園の門を出るのが八時二十分過ぎ。そのまま里山の菜園に足を伸ばし、トマトの脇芽を剪定。草毟りは早々に諦め、海沿いのベーカリーで昼食用のパンを買って、九時前に帰宅。すぐに深夜に電話で打ち合わせをした脚本の直しに取りかかる。途中、コーヒーを淹れながら残った洗い物をしたり、洗濯をしたり、掃除をしたりしながら、引き続き脚本の修正。昼食のパンを食べ終えた頃には直した原稿を送信し、今度は途中まで進めてあった次の話のプロット作成に入る。途中、麦茶を沸かしながらLINEで送られて来た妻の指示通りに簡単な夕食の支度。そして午後四時過ぎ。いくつか問題点のあるプロットを一旦置き、海沿いをランニングする。五時過ぎに急いでシャワーを浴...

    6日前

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  • 「介護」

     直接携わったことはないけれど、介護をされている方のお話しは何度か伺ったことがある。中でも難しさとしんどさを感じたのは、介護対象者が認知症のケースだ。家族であることすら理解して貰えず、コミュニケーションが取れない。良かれと思ってしたことを激しく拒否される。それでも家族である以上、投げ出すことができない。責任に縛られ、辛抱を強いられ、消耗していく。    そんなことをふいに思い出したのは、娘が熱を出した夜のことだ。保育園で流行っていた風邪ウイルスをお土産に持ってきたのだけれど、厄介なのはまだ自分が病気であるというのを理解できていないこと。理解していれば薬を服用し、栄養を摂って寝ていることができるが、娘くらいの年齢だとそうは行かない。理解できないけど、身体の調子は優れない。思うように動けない。結果として激しく機嫌が悪くなるのだ。    熱が40°近くあっても、眠くないのにベッドになんか横になっていたくないと激しく泣く。泣くと体力を消耗するからこちらとしても泣かせたくない。なんとかあやそうとすると今度は「パパはいや」と泣く。ママが抱っこしたらしたで、坐っちゃいやだ、歩かなきゃいやだと...

    2018-06-15

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  • 「ひまわり」

     生まれて初めて命を育てたのは小学生の時の朝顔だろうか。芽が出た時の感動も、咲いた花の色も憶えてはいないけれど、夏休み前に学校から支柱の付いた鉢を持ち帰った時の重さと運び難さだけは今もなんとなく憶えている。    とすると、1歳8ヶ月の娘は何もかも忘れしまうだろう。生まれて初めて命を育てたことなど。    娘がひまわりの種を蒔いた。今年で十七代目となる「未来の種」。2002年に携わっていた『福山エンヂニヤリング』という番組で作ったひまわり畑 で自家採取した種を千名の方にプレゼントしたものだ。その種がまた翌年自家採取され全国に拡散し始めて、18年が経った。 僕自身、十三代目から自家菜園で毎年育てているその種を娘がベランダのプランターに蒔いた。娘用に空けたプランターだ。  一緒にスコップで土を耕し、こうやって蒔くんだよ、と手本を見せてあげた後はちゃんと自分で5粒の種を蒔いた。お風呂で遊ぶのに使っていた象さんのジョウロで水を遣った。 「ちゃんと毎朝、水をやるんだよ?」 「やるー」 「芽が出るかな?」 「でるー」 「お花咲く かな?」 「さくー」  ところで、娘はひま...

    2018-06-13

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  • 「街を編む」

     乗り継いだバスで降り立った夕闇の港。人通りのない商店街にレゲエミュージックが空気みたいに漂っている。シャッターの降りた薄暗い通りに仄かな灯りを洩らしている店の軒先で老若男女が穏やかに談笑している。よく冷えたビールサーバーに、地元産の海産物や野菜が炭火の上で香ばしい匂いを放っているバーベキューコンロ。梅雨入りしたとは思えない爽やかな夜風には微かに潮が薫っていた。    三浦半島の南端にある三崎の商店街で夜市のようなバーベキューを開催したのは、かつての船具店跡で自社の蔵書を「本と屯」という名で一般解放している出版社アタシ社のミネシンゴさんだ。月に一度、 渋谷のラジオで御一緒させて頂いている縁で参加させて貰ったこの夜の宴では、写真家の有高唯之さん、三浦の農家、下里健城さん、そして音楽プロデューサーの藤沢宏光さんなど同じくラジオにご出演下さった方々とも杯を酌み交わすことができた。他にも 初対面ながら肩の力を抜いて、前向きな話だけをし合えるような方々とたくさん話した。たくさん飲んだ。新鮮な夏野菜や獲れ立ての蛸やサザエなど地元ならではの美味しいものを少しずつ食べた。  高齢化と人口...

    2018-06-11

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  • 「3人で」

     降り始めた雨とともに、磯を後にした。遠足はお弁当もそこそこに終わってしまったけれど、代わりに僕らには家族で過ごす思い掛けない時間が残った。 「お刺身でも仕入れて帰ろうか」という妻の提案で、家と反対側にある漁港に足を伸ばした。片方に娘を抱き、傘を差して歩いていく。小刻みに傘を打つ雨音を聴いていたのだろうか。「ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん」と娘が楽しそうに歌い始めた。  娘は雨が好きだ。傘が好きだ。長靴が好きだ。「ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん」僕はいつから雨が好きじゃなくなってしまったんだろう。雨に濡れた後のことを考えるようになってからかもしれない。先のことを考え過ぎて、今を楽しめていないのかもしれない。「ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん」雨の中を歩くのを楽しんでいる娘を見てそんなことを思った。  鰺、トビウオ、アオリイカ、蛸、それとアカモクを買って帰る。「誕生日だし、昼間から飲んじゃえば?」と妻が言った。雨は当分止みそうにない。そうさせて貰おうかな、と答えると、娘が「しゃんにんで」と嬉しそうに言った。「パパと、ママと、つむぎと、しゃんにん...

    2018-06-08

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  • 「ぼくらはみんな生きている」

     遠くまで歩くという字の如く現地集合の遠足の場所は家から歩いて20分ほどのところにある天神が島。漁港通りから橋を渡ったところにある小さな島だ。海辺の生き物や植物などの自然が豊富に残されている為、自然教育園として解放されている。    到着すると先生たちが笑顔で迎えてくれた。たくさんの友達が両親や祖父母とともに集っている。両親と出掛けたつもりの先にいたのがいつもの保育園の顔触れという予想外の展開に娘は少し戸惑っていたが、すぐに順応し、先生や友達には僕らのことを「パパ、ママ」と紹介し、僕らには片言の言葉で先生や友達を紹介してくれた。  遠足の目的は磯遊びだ。潮溜まりにたくさんいる小さな蟹やヤドカリなどの生き物を採取し、バケツの中で観察する。毎日のように浜辺で遊んでいる娘だったが、おそらく魚以外の海の生き物を見るのは初めてだろう。小さな生き物といえば、ありんこ組の娘は最近園庭で蟻を観察するのに夢中だと連絡帳に書いてあったのを思い出した。  バケツの中で蠢く蟹やヤドカリ。娘はその小さな命を不思議そうに見つめている。 「みんな生きているんだよ。わかる?」 「わかる」  ...

    2018-06-06

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  • 「時をかける弁当箱」

       前日は豪雨警報が出るほどの雨だった。翌日に持ち越すという予報だったけれど、なんとか晴れないものかねと妻と話していた。5月31日は、初めての親子遠足だった。妻も僕も仕事を休んで参加する予定だった。「誕生日だから三人で行けたらいいね」という妻の言葉で両親揃って行くことにしたのだった。そう、 5 月 31 日は僕の 49 回目の誕生日だった。    当の娘自身はまだ遠足がどういうものなのか分かっていないようだった ( このくらいの子供は初めてのことを何でも不安がる傾向があるので、また、親の都合で参加しない子もいるので園では小さな子供たちには事前に説明していないらしい ) 。けれど、分からないなりに何か楽しそうな予感だけは感じ取ってくれたのか、風呂上がりには妻と一緒に窓ガラスにてるてる坊主を嬉しそうに描いていた。  翌朝、海は凪いでいて、雲の隙間からは太陽の光まで射し込んでいた。早起きした妻が弁当を作っていた。娘にとって初めての弁当だ。そういえば弁当箱どうしたの、と訊くと「このあいだお母さんが持って来てくれたの」とカウンターを指した。キティちゃんの絵が描かれたアルミ製の弁当箱が置かれて...

    2018-06-04

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  • 「泣いったっていいんだよ」

     娘が泣かなくなった。まるで鳴き方を忘れてしまった小鳥のように。      朝起きた時にママが仕事に出掛けてしまっていても、保育園に送って行くときも、帰ってきたときにまだママが帰ってきていなくても、そして転んだときも。「だいじょうぶ」と平然とやり過ごすようになった。でもその平静が泣いてばかりいた頃を知っている僕らにしてみれば、どこか無理をしているようでもあり、本音を押し殺しているというか、心を閉ざしているようにも感じられる瞬間もあった。 「がまんを覚えたのかもね」  そう口にしてみたものの、妻も心配そうだ。 「がまんなんて教えたこともないし、強制したこともないつもりだったのに」  僕は少し淋しくなった。僕は我慢が嫌いだ。我慢はストレスが溜まる。そのストレスが健康を害する。だから意識的には我慢しなくていい人生を選び取って来た。それでも無意識に我慢していることは日々あるだろうから。だから娘にも「がまんなんてしなくていいんだよ」と教えたいと思っていた。不自由さに潰されるのではなく、自ら自由になる道を探し、掴み取れる人になって欲しい、というかその方がこの窮屈過ぎる世界で少...

    2018-06-01

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