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  • 「選択の自由」

     僕らには「選択の自由」がある。聖書にも神が僕らを作ったときに授けた特権だと書かれている。日本国憲法にも基本的人権のひとつとして明記されている(平成30年現在)。それは僕らが生まれながらにして持っている国家に制約も強制もされず、自由に物事を考え、自由に行動できる権利だ。  おかげで僕らの人生は選択の連続だ。職業や住居や結婚や離婚のような大きな選択だけでなく、何を着てどこに行って誰と何を食べるのか、など毎日繰り返し選択しなければならない事柄もある。僕が気に入った数着しか服や靴を持たないようにしているのは正直、日々の服選びに時間を割くのが面倒だからでもある。すなわち僕は衣類に関しては「選択の自由」を自ら大幅に破棄したとも言える。着たいと思えば、着物でも学生服でもそれこそスカートでも履く自由が保障されているにもかかわらず。自由というのは持て余してしまうと、時に溜め息をつくほど面倒だったり厄介だったりする側面もある。  なんて前置きが長くなったけれど、2歳の娘がその「選択の自由」を享受し始めた。「どれにしようかな」とクローゼットや靴箱の前で毎朝嬉しそうに服や靴を選んでいる。彼女がその日何...

    2日前

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  • 「ぎーこぎーこ」

     この辺りは西海岸通りと名付けられているだけあって、夕方になると秋冬でも汗ばむような強い西日が射し込んでアスファルトにここで生きる者たちの影を色濃く描き出す。僕らは光源に引き寄せられるように海の向こうにある波止場へと向かっていく。娘が乗った三輪車を押してゆっくりと歩いていく。  目の端で光が切れかかった電球みたいに明滅した。見ると夕陽が厚い雲の切れ間に隠れ始めていた。海面に滲んだ光の道がまるで太陽の影のように見える。僕らの黒い影とは対照的な、自ら光を放つ者だけが映し出せる眩い影だ。実際には影ではなく光そのものなのだけれど。隣りを歩いていた妻が「サンジャンドリュズみたいだね」と眩しさに目を細めていた。  数年前に旅したフランスとスペインの国境近くにある海辺の町だ。夕暮れの波止場を冷たい白ワインのグラス片手に歩いた。まだ二人だった。同じような夕暮れの波止場を今は三輪車に乗った娘を連れて歩いている。  2歳の誕生日に贈った僕らからのプレゼントだ。以前から欲しがっていたものを買ってあげたのはこれがはじめてかもしれない。欲しがっていたけれど躊躇してしまったのだ。子供の欲しがりそうなも...

    4日前

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  • 「姿なき歌声」

    「なんのうた?」と保育園を出たところで娘が僕を見上げた。夕暮れの秋風が路上の落ち葉を舞い上げる。夏に木陰を作ってくれていた園庭のクスノキ。と言っても紅葉ではなく、先週の台風で塩害に遭ったものだ。 「スズムシじゃないかな」  娘の手を引いて歩きながら僕は答えた。茶色くなった楓の葉が僕の左手を握り締めた娘の小さな手のように思えた。 「すずむしさんか!」  新大陸でも発見したようなテンションで相槌を打つ。僕らは立ち止まってどこからともなく聞こえてくるスズムシの合唱に耳を澄ませた。このところ音や音楽が聞こえるたびに「なんのおと?」「なんのうた?」と僕らに訊く。どうやらスズムシの鳴き声は「音」ではなくメロディに乗った「歌」に聞こえたらしい。  あれマツムシが鳴いている  チンチロ チンチロ  チンチロリン  うろ覚えで歌ってみて思い出した。昔はスズムシがマツムシと呼ばれていたこと。マツムシがスズムシと呼ばれていたこと。どうしてかはよく分からないけれど、その話を聞いたとき、人間の決めることなんてあんまりアテにしない方がいいんだなと子供心に思ったものだ。 「どこから聞こえるんだろ...

    6日前

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  • 「ママがいい」

     ピッチャーが投げる気満々でマウンドに上がった途端スタンドの観客から「お前じゃない、引っ込め」とブーイングを浴びせられたらどんな気持ちだろう。今の僕にはその気持ちが痛いほど分かる。  保育園に迎えに行くと、僕の顔を見るなり「ママがよかった」と泣き出すことがある。それだけじゃない。他にも様々な局面で「パパやなの、ママがいいの」と手足をばたばたさせて泣き喚くことがある。妻がいるときはまだいい。泣く泣くマウンドを降りて選手交代すればいいのだから。辛いのは僕ひとりのときだ。モチベーションは限りなくゼロまで下がっているのに娘の世話を放り出すわけにはいかないし、娘もまた嫌といえども僕に最低限のことはして貰わねばならない。  男も子育てをするというのが当然という時代になって久しいけれど、こんな風に父親がひとりで子供の面倒を見ているときに「パパ嫌なの。ママがいい」と子供から全否定される瞬間があることがあまり語られないのはどうしてなんだろう。母親が目撃する機会が少ないからだろうか。調べたところ「母子分離不安」という発達段階において不可欠な現象なんだそうだ。人は誰もがそういう段階を経て、生きる...

    2018-10-12

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  • 「愛し愛されて生きるのさ」

     愛するもののそばで寄り添うように生きることができたら人はそれだけで幸せなのだろうか。愛した分だけ相手にも愛されたい。そう思うのもまた人間ではないだろうか。けれども見返りを求めるのは本当の愛と言えるのだろうか。僕は――僕は見返りが欲しいと思ったどころか、見返りがあるなんて考えたこともなかった。少なくとも目の前の海と空、そして太陽に対しては。  娘に起こされた日曜の朝のこと。一度は子供だった誰もが覚えがあると思うけれど、子供は休みの日ほど早起きだ。保育園がある日は7時過ぎまで寝ていることもあるのに、休みとなると6時過ぎには「ママ起きて、パパ起きて」という声で僕らを起動させる。時には「うんちした」と嘘もつく。2歳にして親を動かす術をすっかり心得ているのである。休みの主導権をすっかり握った娘は「お腹空いた。お外で。みんなで」とベランダのテーブルに朝食の支度をさせる。いただきますと3人で手を合わせる。白湯で胃にゆっくりとエンジンをかける僕ので、娘は起き抜けからおむすびにかぶりつく。苦笑いする妻とともに落ちたご飯粒を拾いながらの朝食を済ませて後片付け。食後のコーヒーとともにメールやニュースを...

    2018-10-10

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  • 「りんごはあぽー」

     数年前アメリカで発表された「赤ちゃんは語学の天才」という論文によると人の言語の臨界期は7歳くらいなんだそうだ。すなわち7歳を過ぎると語学の習得能力はどんどん低下していくのだという。大抵の人が7歳までに日常生活では困らない程度の言語を習得することの裏返しとも言えるのかもしれないけれど、これが日本の英語教育が小学校から導入される根拠のひとつにもなっているのかもしれない。  そんな未来を知ってか知らずか(いや、当然知らないのだけれど)娘が英語に興味を示している。きっかけはEテレの「えいごであそぼう」という子供番組(出演者の男の子を 見るたびに「かわいい」とにやけている)と僕の母がくれた「ABC」という絵本だ。と言っても本人は日本語との区別もついていないだろうが。  いつも絵や実物を見るたびに「りんご」と自信たっぷりに答えていたところに最初のAのページにりんごのイラストとともに「アップル」という新しい呼び方が出ているものだから最初は少し困惑していたけれど、そこは何の先入観も持たずに、世界の何もかもを素直に吸収していく1歳児である。 お父さんはパパ お母さんはママ りんごはアップ...

    2018-10-08

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  • 「シンプル」

     寝かしつけようとベッドに横たえてすぐのことだ。君に絵本を読み聞かせるママの橫で読みかけの本を開こうとしたら、柔らかい電球の灯りの下で君が唐突にゲームを始めた。「ごはん、ぶどう、いちご」  ゲームと言っても最初は法則もルールも分からなかった。そもそもそれがゲームだということさえも。 「おめめ、おはな、おくち」  気づいて目を丸くしたのはママだった。 「すごい。三文字の言葉だけを言ってるんだよ」  絵本の挿絵を見て言っているのではない。完全に諳んじていた。 「ベッド」  ママが加わる。 「まくら」  驚いた。一度言ったものは繰り返さない。 「バイク」  ようやく僕も加わって、プレイヤーは3人になった。 「とんぼ」  君は今朝目にしたばかりのものから「すいか」というママの言葉から連想ゲームみたいに、 「うきわ」  夏の想い出など記憶を手繰り寄せるように言葉を紡ぎ出していく。 「おふろ」  さらには「うーん」と大人のように考え込む沈黙の場面さえあった。 「…たおる」  すごいね。と感心するママの橫で三文字の言葉を打ち返しながら、僕はその幾多の三文字の向こうに君と過ごし...

    2018-10-05

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  • 「台風」

     窓に流れることのない雫が幾重にも打ち付けられている。蜘蛛の巣が張ったように真っ白になっている。指先で拭うと砂のような粒子だと分かる。強風に巻き上げられた海水が蒸発して塩だけが残っているのだ。真水で潮を洗い流すと、そこに台風一過の真っ青な海が見えた。    海辺の町で暮らして8年。台風の上陸を経験するのは初めてだった。午後は不気味なくらい晴れていた。浜辺ではサーファーたちがスキムボードを楽しんでいた。房総半島の外海と違って、この相模湾はそこまで高潮などの被害を受けることがなかったからどこかで甘く見ていたのかもしれない。夕方、天気予報を見た母から「今のうちに横浜(にある妻の実家)に避難させて頂いたら?」と電話があった時も、孫が生まれると心配なんだなくらいにしか思っていなかった。台風はまだ紀伊半島に上陸した辺りで進路予測は日本アルプスに向かっていた。強風圏には入っても暴風圏内には入らないだろうと 思っていた。  バルコニーにある飛びそうなものをすべて片付け、窓ガラスが割れたときの為にカーテン代わりの日除け扉をすべて閉めると、いつもより早く夕食を済ませ、風呂に入り、妻とともに娘を寝か...

    2018-10-03

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  • 「その歩みに寄り添って」

     思えばいつも歩くのが速いと言われてきた。主に、というより、全部女性からだ。女性と連れだって歩くたびに言われた。特に目的地が決まっている時なんかは先に到着して振り返って相手を待つなんてこともしばしばだった。断っておくけれど、女は三歩後からついて来いなんて前時代的な思想を持っていたわけじゃない。ただ歩くのが速かったのだ。そして自分のペースでしか歩こうとしていなかった。原因はたぶん、小中学校時代の集団後進が苦痛だったせいだと思う。  その反動から義務教育以後は割合、自分のペースで歩いて来た。自宅から高校まで歩いて5分しか掛からないのに始業時間に遅刻することも多かった。始業時間ぎりぎりまでのんびり朝ドラを見たりしていたのだから当然だ。義務教育じゃないんだから別にいい、というのが自分の中での屁理屈だった。社会に出てもずっとフリーランスだからますます自分のペースでしか歩かなくなったような気がする。勤め人の方々から「会社のスピードが速すぎる」という話を訊くことがある。一方で経営者の方々から社員にスピード感が足りないという話を訊くこともある。そういうときいつも自分のペースでしか歩いていない自分...

    2018-10-01

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  • 「ひと雨ごとに気温が一度ずつ下がっていく」

     秋雨が続いている。思い返せば娘が生まれた直後もこんな風に降り続く雨を産院の窓越しに見つめていた。出産当日までの残暑を一気に冷やす霧のような雨だった。あれからもう2年が経つ。色々なことがあった。色々なことが始まったし、終わりもした。もう2年と思うこともあれば、まだ2年かと思うこともある。そして、たった2年でと驚かされるのが人間の成長だ。  最近もっとも顕著だったのはチャイルドシートだ。身体を海老反りにして嫌がるのに乗せられ、ベルトで縛りつけられるあの拘束椅子は最近ではこちらもうんざりする鬼門だった。自分が子供の頃にはなかったものだから余計に「誰がこんなルール作ったんだ。子供の安全とか言って、新しい金儲けの種を思いついただけだろう」と腹立たしく思ったりしていた。  先日のこと。また車の前で「乗りたくない」と愚図ったので「じゃあいいよ」と半ばキレ気味に運転席に坐ってドアを閉めた。置き去りにされる怖さで大泣きする彼女を見て、やれやれとドアを開けて抱き、ようやくチャイルドシートに坐らせる、という父親としては決して褒められない一幕があった。  なんてこともすっかり忘れていた翌朝のこ...

    2018-09-28

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