【 はじめから よむ (第1回へ) 】
5章 震えているのはあなたのせいだ
六階に続く階段を上がると雪国であった。
何を言っているかわからないと思いますが、僕にも何が起こったかわからなかった。あわてて階段を下りて五階に戻ってみる。すすけた壁にテーブル、壁の脇の酒ダル。間違いなく今まで僕がいた酒場だ。ああ、そうか疲れてるんだ。ここまでたくさんの人と話して、五階のジョンスとは壮絶な戦いをくり広げて、一気に疲れが吹き出して、幻覚でも見えたのかもしれない。そうに違いない。僕はうんうんと頷きながら、もう一度六階に続く階段を上がった。
やはり雪国であった。
幻覚じゃないのかよ! なぜだ、なぜ酒場の中に雪国が!
壁面も床も氷でできている。触ってみると確かに冷たい、ホンモノの氷だ。間違いない。それに寒い。待て待て待て待て。なんでなんでなんでなんで? 僕は奥歯をガチガチ鳴らして凍えながら、今の状況を必死で整理しようとした。が、こんなもの整理できるはずがない。一体どういうことなんですか、ドレアさーん!
僕は一階めざして、転げるように階段を下りていった。
「いらっしゃい。ここは出会いと別れの酒場ダンジョンよ」
酒場ダンジョンってなんですか。この人は何を言っているんだろうか。
カウンター前で立ち尽くした僕の気持ちなど知る由もなく、ドレアさんは言葉を続ける。
「あたしはね、今までにないまったく新しい酒場を作りたいの。酒場なんて世界中に山ほどあるからね。生き残っていくためには、オリジナリティが大事なのよ」
「でも、新しいものっていうのはそう簡単にはできないのよ。たとえばお菓子あるでしょ。あれはね、まったく新しいものはもう生まれないって言われてるの。すでにあるものを組み合わせることくらいしかできない。チョコとクッキーを合わせるとかね」
「だからあたしも、すでにあるものを二つ組み合わせることで、今までにない新しいものを生み出そうと思ったのよ!」
それでか。それで合わせちゃいましたか。新しいものを生み出したい、とっても素晴らしい目標だと思いますよ。でも酒場とダンジョンは水と油ですよ。なんでそんな危険なものを合わせちゃうんですか。絶対合わせちゃいけないものじゃないですか。そもそも最初酒場テーマパークって言ってたのに、ダンジョン合わせたらダメじゃないですか!
「六階は氷の階なのよー。冒険のお供に毛皮のコートはいかがかしら?」
え、あ、そうですか? 突然のことでビックリしたが、こんなものを用意してくれてるなんてドレアさんはやっぱり優しいんだなあ。それじゃあせっかくだしお言葉に甘えようかな。
「千二百ゴールドになります」
金取るのかよ!
自分で寒い階作っといて防寒具を売るとか。なんてえげつないんだ。
「傷を癒す薬草も、解毒作用のある毒消し草も揃ってるわよ」
そう言ってドレアさんは、カウンターの奥からいくつも商品を出してきた。あっという間にカウンターが商品の陳列棚へと変わっていく。生粋の商人なみの手際のよさだ。この人は一体、何になりたいんだろう。僕は冷えた体をさすりながら、特に何も買わずにカウンター前を離れ、再度六階へ向かった。
極寒の六階にも、やはり冒険者たちがたむろしていた。相変わらず早いスタンバイだ。
新しいものが作りたいというドレアさんの人柄に呼応するように、この酒場には新しい階に群がる新し物好きがわんさかいるのかもしれない。そうでもなければ、わざわざ好き好んでこんな寒い階に来ないだろう。僕はガタガタ震えながら、ヨコリンに急かされつつ勧誘を続行した。
六階にいたメリッサは女商人で、ずっと半泣きのまま「お腹が痛いよう」と言っていた。多大なるストレスがのしかかり、胃腸を壊してしまったらしい。商人だということだから、勤務先がブラックなのかもしれない。「よしよしよしよし」という呪文を唱えながら、お腹をさすってあげた。女性の体、しかもお腹に触れるなんて滅多にない経験だったので異常に緊張したが、それ以上に寒かったので僕は小刻みに震えており、お腹をさする手がブルブル揺れて低周波治療器みたいになってしまった。それよりお腹が悪いならこんな寒い階にいてはいけないと思う。
同じく六階にいたパラスタは男バトルマスターだった。バトルマスターといえば、戦士と武闘家を極めた者にしかなれないという上級職。それだけでもすごいのに、端正な顔立ち、鍛え抜かれた体、どこを取っても非の打ち所がないと思った。しかし話しかけてみたらこいつはいきなり「誰にも言うなよ。俺、赤ちゃんプレイが好きなんだ」と初対面にも関わらず衝撃的なカミングアウトをぶちかまし、その後は「バブー」とか「バブバブー」しか言わなくなり、僕はもうどうしていいかわからなくなった。一階のカウンターに「おしゃぶりは売ってませんか」と聞きにいこうかと思ったくらいだ。この赤ちゃんプレイ野郎は「あばばばばば」という呪文で説得した。いないいなーい、あばばばばば! あばばばば、ばあ! 僕の初めてのいないいないばあは、いい歳こいた成人男性に捧げられた。詳しいことはわからないが、きっとパラスタもメリッサと同じでストレスに悩まされているんだろう。能力の高い男性ほど、変な一面を持っているものだ。ストレスに勝つためには仕方ない。
僕は六階を攻略し、七階、八階と立て続けに登っていった。自分でも驚くくらいのハイペースだった。六階以降はずっと氷の階が続いたので、あまりに寒くて長居したくなかったというのも大きい。勧誘が早く進むのはいいことだが、体調を崩しそうだ。
「ちょっと、寒すぎやしないか? なんだか……ねむく……なってきたな……」
僕の後ろでヨコリンがそう言った。眠い? やばいぞ! こんな寒いところで寝たら!
「だが、安心しろ! 寒いところで眠っても、ゴブリンは死なないぜ! ゲヘヘヘヘ!」
さすがにカチンときました。よくもまあここまで人の神経を逆なでできるものだ。もし僕が相手を即死させる呪文を覚えていたらコイツに唱えているところだ。
「しかし雪か。雪を見ているとあの頃を思い出すぜ……」
どの頃だ。なに突然に思い出に浸ってるんだ。
「オマエ、好きな子っているか? オレサマには好きな子がいたんだ」
へー、そう。
「告白する前にフラレたがな。おかしくないか? 告白してないんだぜ!」
知らないよ! それ今話す話かよ! なんにも関係ないじゃないか! あああああホント腹立つ! 寒さもあって僕のイライラも絶頂寸前である。せめて寒さだけでも凌げればまだマシなのに。
こんな事になるならあの時ドレアさんから毛皮のコートを買っておくべきだったか。いや無理だ。千二百ゴールドなんて大金持ってない。僕五十ゴールドしか持ってない。王様、やはり五十ゴールドではムチャです。先ほど腹痛を訴えていたメリッサがどんなところで働いているか知らないが、勇者というお仕事もなかなかにブラックである。寒い。寒い。寒い。どこか暖をとれるところ。温かいところはないのか。
祈るような気持ちで、次の階へと続く階段を登った僕の目に飛び込んで来たもの。それは、マグマが吹き出る灼熱の洞窟だった。
温かすぎるだろ!
バカじゃないの? ねえバカじゃないの?
極寒の次は灼熱って! 極端ですねこの酒場ダンジョンは!
「うおお熱いな! このマグマはどこから湧いてるんだ?」
そうだよな! そうだよなヨコリン! どうなっちゃってんだよ一体!
ドレアさんにさん付けするのを辞めたくなるほどの理不尽な増築に、僕は頭を抱えた。
そしてこの灼熱のフロアで、僕が頭を抱える理由がさらに増えることになる。
妙な「噂」を耳にしたからだ。
【 第16回を読む 】
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