佐倉視点
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 17番の少女は8番誕生日も独りで寂しかった。それは14番両親が多忙であったからであり、32番少年は楽しませようとした。のかな。

       ※

 久瀬くんのエピソードが、繋がったと感じた。
 とても幼いころの、でもいかにも彼らしいエピソードだ。

 ――子供のころ、彼のクラスには誰にも相手にされない女の子がいた。彼女は自分を魔女だと言い張っていた。他人に魔法をかけると言い張って、友達を遠ざけていた。
 ――彼はやがて、彼女の家庭の事情を知る。両親が忙しく、愛されていないと感じていた彼女は、自身が作った嘘の世界に逃げ込んでいた。自分は魔法の国からやってきた。本当の両親は魔法の世界にいる、と。
 ――誕生日、彼は彼女を救おうとする。
 ――彼女の無茶な魔法にかかったふりをすることで、少しでも彼女を慰めようとする。

 そう理解したとたん、また。
 私の視界は、ブラックアウトしていた。

       ※

 スクリーンに字幕が走る。

 ――条件を達成しました。
 ――リュミエールの光景、起動します。

 直後。
 光が射した。

       ※

 ――誕生日は、誰がなんと言おうが幸せな日なのよ。
 と少年の母親は語った。
 ――一年に1日くらい、悲しいことなんてなんにも考えないで済む、幸せな日があったっていいでしょう? だから誕生日だけは、どんな時でもお祝いしないといけないのよ。
 そのころ彼はまだ6歳で、悲しいことなんて滅多に考えなかった。毎日は当然のように幸福だった。
 でも彼は、母親の言葉が正しいような気がして、決して忘れないでいようと決めた。

       ※

 そのころ彼は保育園に通っていた。
 ほんの小さな保育園だ。
 そこで彼は、少し変わった女の子に出会った。なんとなく歩く姿がペンギンのようにみえて、少年はその子を、ペンちゃんと呼んでいた。
 でもその度に、彼女は頬を膨らませて言い返した。
「わたしは最強の魔女、ライトよ!」
 なんだそれ、と少年は思った。
 そういうごっこ遊びは、保育園では日常的なことだったけれど、ペンちゃんは心の底から自分を「最強の魔女だ」と信じ込んでいるようだった。
 いつまでもそのなりきりを止めなくて、周りの子供たちも呆れてしまって、やがて彼女には誰も近づかなくなった。
 それでもペンちゃんは、「最強の魔女」を止めなかった。
 オモチャのステッキで魔法をかけて、
「さあ、私のいうことをききなさい!」
 と無茶な要望を繰り返していた。
「そのおもちゃは私のだから」
「そのお菓子も」
「何か面白いことをやってみせてよ。逆立ちして、足で拍手して」
 誰にも相手にされないまま、ひとりきり彼女は魔法を使えない魔女であり続けた。
 ホウキにまたがって、「飛べるの!」とがむしゃらにジャンプする彼女に、少年は呆れていた。
 でもじっと空を見上げる彼女の顔は、なんとなく悲しそうにみえて、そのことを覚えていた。

       ※

「お前、魔女とか辞めろよ」
 と、少年はペンちゃんに声をかけた。
 彼女はいつものように頬を膨らませる。
「なんで? 魔女は、魔女よ」
「でも魔法使えないじゃん」
「使えるもん」
「じゃあ使ってみせろよ」
 ペンちゃんは少年に向かって、オモチャのステッキを振りかざす。
「おしりを振りながら歌いなさい!」
 もちろん少年はおしりを振らなかったし、歌いもしなかった。
 ペンちゃんは涙の浮かんだ目で少年をにらむ。
「今は、ゲートからパワーを供給できてないだけ」
「ゲートってなんだよ?」
「魔法の世界につながってるゲート。そんなことも知らないの?」
「知らないよ」
「私のお母さんとお父さんは、魔法の世界にいるの。ゲートがひらいたら私は魔法が使えるようになるし、本当のお母さんとお父さんが迎えにきてくれるんだから」
「ふーん」
 ペンちゃんはずんずんと、どこかに歩いていってしまう。
 その姿をなんとなく見送っていると、すぐ隣に保育園の先生がきて、しゃがみ込んだ。
「久瀬くんは、あの子と仲良くしてあげて」
 先生は言った。
「あの子、お父さんもお母さんもお仕事が忙しくて、寂しがってるだけなのよ」
 そういえば、と少年は思い出す。
 ペンちゃんはいつも、遅くまで保育園に残っている。お父さんも、お母さんも、なかなか彼女を迎えにこない。

       ※

 少年はなんとなく、ペンちゃんが気になっていた。閉園時間になっても誰も迎えにこないペンちゃんが、可哀想だと思った。
 でも少年は、カレンダーをみて少し安心してもいた。
 ――もうすぐ、ペンちゃんの誕生日だ。
 なら、大丈夫だ。
 ――誕生日は、誰がなんと言おうが幸せな日なんだから。
 ペンちゃんのお父さんもお母さんも、すぐに迎えにきてくれるはずだ。
 少年はペンちゃんの誕生日を祝うための秘密道具を用意して、その日を待った。

       ※

 でもペンちゃんの誕生日がきても、彼女の両親は現れなかった。
 彼女はブランコに座り込んで、じっとうつむいていた。
 少年は彼女に声をかける。
「もうすぐ、来るよ」
 ペンちゃんは首を振る。
「私の、本当のお母さんとお父さんは、魔法の世界にいるの。あのゲートが開かないのがよくないの。本当のお母さんもお父さんもこっちの世界にはいないんだから、平気」
 ひとりで平気、と彼女は呟いた。

 やがて閉園時間がきて、ペンちゃんはブランコから立ち上がる。
 そのままどこかに駆け出して、曲がり角の向こうに消えてしまう。
 ――追いかけなくちゃ。
 と少年は思う。
 魔女ごっこは得意じゃない。そういう遊びはしたことがない。でも、かくれんぼも、追いかけっこも得意だ。
 少年は彼女のあとを追った。
 見失っていても彼女がどこにいるのか、なんとなくわかった。

 ――ほら、やっぱり。
 ペンちゃんは近所の大通りにある、とても立派な鳥居の片隅に座り込んでいた。
 ――ゲートって、やっぱこれだ。
 前からなんとなく予想がついていた。この辺りで「ゲート」と呼べそうなものは、この鳥居だけだったから。
 ペンちゃんは泣いて赤くなった目で、驚いたように少年を見上げる。
「なによ?」
 少年は笑う。
「ゲートがひらくぜ」
 彼女は後ろの鳥居をみて、それから少年をにらんだ。
「うそ」
「本当だよ」
 じゃじゃーん、と声を上げて、少年は準備していた秘密道具をとりだす。
 ひげのついたオモチャのメガネだ。前の少年の誕生日に父親が買ってきて、大笑いしたのを覚えていた。
 少年はそれをつけた。
「だってオレ、魔法にかかったもん」
 ゲートがひらけば、彼女は魔法が使えるのだ。だから。
「ハッピバースデートゥーユー!」
 少年はおしりを振りながら、全力で歌う。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデーディアひかりー!」
 彼女はペンちゃんじゃなくて、魔女ライトでもなくて、ひかりというのが本当の名前だ。
 少年は力の限りにおしりを振って、声を枯らせて全力で歌う。
 とつぜん道端から聞こえる叫び声みたいな歌に、通行人が怪訝そうな目を向ける。
 ペンちゃんが顔を真っ赤にした。
「ちょっと、やめてよ! 急になに?」
「仕方ないだろ。魔法にかかったんだから」
 ハッピバースデートゥーユー、と少年はまた歌う。ディアひかり、と叫び声を上げる。
 ペンちゃんも叫んだ。
「やめてってば!」
 人にみつかるから、というよりも、単純に恥ずかしがっているようだった。彼女はもう泣き止んでいて、まだおしりを振りながら歌い続ける少年につかみかかる。
 少年はニッと笑って、ペンちゃんをかわして、歌い続ける。

       ※

 そうしてふたりで騒いでいると、やがて、保育園の先生が走ってきた。
「ちょっと。お迎えがくる前に出ていっちゃダメじゃない」
 いつになく怒った顔だ。
 少年とペンちゃんは、並んで「ごめんなさい」と頭を下げる。
 そのまま目を合わせて、ふたりはくすりと笑った。
 怪訝そうな表情で、先生が言った。
「どうしたの?」
 小さな声で、ペンちゃんが答える。
「魔法をかけられたの」

       ※

 私はたぶん、微笑んでいた。
 久瀬くんは昔から変わらずに、あまりに久瀬くんだった。
 スタッフロールもなく、ゆっくりとと四角い光景が消え、再び視界が闇に落ちる。でもその闇に、もう恐怖はない。
 私は瞼を持ち上げようとする。直前。
 ――グーテンベルクの描写、起動。
 そう、声が聞こえたような気がした。
読者の反応

よこ @yoko_503 2014-08-04 17:31:11
おお! 更新きた  


鬼村優作 @captain_akasaka 2014-08-04 17:32:16
さあさあ、おもしろくなってきたよん  


MIRO @MobileHackerz 2014-08-04 17:32:36
@tos ここで久瀬くんのルールに繋がるのかー。  


VIOLA@ソルコミュ!オーナー @viola_vfreaqs 2014-08-04 17:33:16
グーテンベルクまで来るか!


木庭とアルドノア・ヒゲの夏 @kbmkt_ 2014-08-04 17:34:34
ここでグーテンベルクの描写が起動するってことは、このカフェ特定できるんじゃねーか…?


セトミ@レンブラント派 @setomi_tb 2014-08-04 17:34:21
泣きそう・・・ と思ったらまだあるのか!  





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お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント( @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
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