佐倉視点
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 ――違う。
 白いスクリーンに流れたエピソードは、きっと確かにニールのものだったけれど、タイムラインのストーリーとは結末の部分がまったく違う。
 私がみたのは愛想笑いなんて少しも関係しないエピソードだった。
 ただ暴力的で、傲慢な、今のニールに繋がる物語。
 目をひらいて、私は彼に視線をむけた。
 空調のよく効いた店内で、ニールは額に汗を浮かべて、頭を抱えてうつむいていた。眉間には深い皴が刻まれている。なにか悪夢にうなされているようでもあった。
 ノイマンが困ったような声を出す。
「一体、どうしたっていうのよ?」
 ニールはうつむいたまま、低い声でつぶやく。
「嘘だ」
 嘘。なにが。
 ニールがゆっくりと立ち上がる。
 そのままふらふらと、どこかに歩いていく。
 その姿は深い傷を負った獣を想像させた。誰の目にも触れないところに身をひそめ、誰にも知られないまま息を引き取っていくような。尖った、けれど弱々しい足取りだった。
 ノイマンが声をかける。
「どこに行くの?」
 ニールは足を止め、ちらりとこちらを振り返る。
「どこだってだよ」
 掠れた、細い声で彼は言う。
「オレは、どこにだっていけるんだ」 
 それは真実のはずだった。
 彼はたった一歩で、どこにだっていけるはずだった。
 なのに今のニールは、とうていそうはみえなかった。一歩足を踏み出すことにずいぶん苦労しているようにみえた。
 もがくように、よたよたと歩き、乱雑な手つきでドアを開けて彼は店を出た。
 私はノイマンに視線を向ける。
 どうすればいいのかわからなかったのだ。
 ノイマンは真剣な表情で、40枚のイラストを睨んでいる。
 私は彼女に尋ねてみる。
「リュミエールって、どんな人なんですか?」
 これで最後だ、とあのスクリーンには書かれていた。
 一体、リュミエールはなにを思って、私たちにこんなことをさせたのだろう?
「センセイと一緒に、協会から姿を消したメンバーのうちのひとりよ。私もよく知らない。彼女が協会にいたころに、何度か会っているけれど、それほど親しかったわけじゃないわ」
「リュミエールの光景って、なんですか?」
「それは貴女の方が詳しいんじゃない?」
 ノイマンは首を傾げる。
「推測だけれど、貴女はあのプレゼントの効果を体験していたんでしょう?」
 嘘をつく気にもなれなくて、私は頷く。
 タイムラインの向こうの人々が「エピソード」を教えてくれるたびに、私はリュミエールの光景をみた。
 尾道までは久瀬くんの過去を。
 でも今日はきっと、ニールの過去を。
「今日のニールは、今までの貴女によく似ていたわ」
 ――彼も、リュミエールの光景をみていた?
 どうして。
 一体、リュミエールの目的はなんだ。
 私に久瀬くんの過去を思い出させたかったのではないのか。ニールになんらかの「光景」をみせることが、本来の目的だったのか。
 ノイマンは頬杖をつく。
「なんにせよこれで、上からの指示は一通り終わったわ。あとはのんびり過ごしましょう」
「ニールを、放っておいていいんですか?」
「いちいち面倒をみなければいけない歳でもないでしょう」
 ノイマンはテーブルの上のスマートフォンを手にとる。
「彼らにお礼を言って、それでお終いにしましょう」
 彼女はツイッターに何か書き込もうとして、眉を寄せた。
「どうしたんですか?」
「変ね。操作できない」
 私もスマートフォンを借りて、画面に触れてみる。
 でもノイマンが言う通り、書き込みのアイコンに触れても、反応はなかった。
 ――故障?
 首をかしげていると、目の前で。
 勝手に、タイムラインに新しい書き込みが生まれた。

       ※

 みなさん、お疲れ様でした。
 目的を達成いたしましたので、これで「儀式」は終了です。
 最後に、ある人物からのメッセージを記載いたします。

 水曜日のクリスマスには100の謎がある――

 51番目の謎は、プレゼントとはなんなのか、だ。
 52番目の謎は、プレゼントはなぜ存在するのか、だ。
 53番目の謎は、プレゼントはどうすれば壊れるのか、だ。

 それではみなさん、ご協力、ありがとうございました。
 (リュミエール)

       ※

「どういう意味ですか?」
 と私はノイマンに尋ねる。
 彼女は顔をしかめていた。
「私にもわからない。それに――」
 ノイマンは私の手の中から、するりとスマートフォンを奪い取り、電源を落としてしまう。
「たぶん、貴女が知るべきことじゃないわ」
 なんだかもやもやした。
 私は大枠では、聖夜協会の指示で英雄――久瀬くんの過去を探しているのだと思っていた。でも本当は、まったく別のことをさせられていたのではないか?
 ノイマンは顔をしかめている。
「とりあえず、美味しいものを食べましょう」
 そう言って彼女は、メニューをひらいた。

       ※

 すっきりしないまま、私たちはやたらと可愛らしい「白熊」のかき氷を食べた。もやもやした気分でもそれは美味しかった。
 私たちがいたカフェは、本棚に数学の参考書が並ぶ、特徴的なお店だった。夜には数学の塾になるらしい。
 店を出るときに、ノイマンが言う。
「どこか、いきたいところはある?」
 私は首を振る。
 今はどこにもいきたくなかった。
 ただ、自分が置かれているわけのわからない状況を、少しでも理解したかった。
読者の反応

コウリョウ @kouryou0320 2014-08-11 12:27:19
100謎が三つもあいてしまった  


クー @coo01 2014-08-11 12:27:20
リュミエールだと……。  


煙@制作者派 @smoke_pop 2014-08-11 12:27:23
もしかして、今の問答によってニールのプレゼントは壊れてしまったのではないか?  


あさって @sakuashita1 2014-08-11 12:27:33
プレゼントの壊し方…記憶を思い出させること?
 

aranagi@静岡ソル @arng_sol 2014-08-11 12:32:26
たとえばサンタクロースからもらったとおもってたプレゼントが父親が買ったものだと知ったらその価値はなんとなく失われてしまいそうな気もする そんな感じで由来を知るとダメだったりして〜  


スター(ロボ)/Lost制作中 @Sutaa 2014-08-11 12:31:24
今日やばいなぁ、めっちゃすすんでる。


八幡 @yawayawayawata 2014-08-11 12:29:08
ニールはどうなったんやろ…  





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