• このエントリーをはてなブックマークに追加
■八千代雄吾/8月17日/21時30分
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

■八千代雄吾/8月17日/21時30分

2014-08-17 21:30
    八千代視点
    banner_space.png
     アイとはクリスマスにプレゼントを交換するのが習慣だった。
     年を追うごとに顔を合わせる機会は減っていったけれど、その習慣だけは続いていた。
     最後に彼女のプレゼントを受け取ったのは、高校2年のクリスマスだ。
     幼いころはオレもアイも、それぞれの両親に連れられて、ホテルのクリスマスパーティに参加していた。でもオレはやがて、あれに顔を出さなくなった。家族よりも友達づきあいを大事にする歳だったのだろう。
     あのパーティが行われていたのは、多くの場合24日、あるいは25日。社会人の多い集まりだったから、日程は流動的だったように思う。
     ともかくそのパーティの帰りに、アイはオレの家に顔出し、プレゼントを押しつけた。オレも手袋だとかマフラーだとか、適当なものを用意していた。
     だが高校2年のクリスマスは、様子が違っていた。
     その日、オレはとくに面白くもない友人とのカラオケに付き合っていたけれど、アイへのプレゼントを買い忘れていることを思い出して、早めに席を立った。模範的優等生で通っていたオレは、「家族が帰ってこいと言っているから」というだけで、とくに強く引きとめられもしなかった。
     帰り道には耳当てのついたニット帽を買った。赤と白との毛糸で編まれたものだ。子供じみたデザインが、アイに似合うような気がしていた。
     夕食は友達と食べて帰るよと、両親には話していたから、オレは適当にファストフードを食って帰宅した。家には誰もいなかった。両親は毎年の恒例行事としてあのパーティに参加している。
     オレはひとりきりテレビゲームをして過ごした。
     こんなクリスマスも悪くない、と思った。
     静かで、平穏で、ケーキも音楽もない。悪くない。
     でももうすぐ両親がパーティから帰ってくるし、それにひっついてアイも顔をみせるだろう。それを少し煩わしく感じていた。

     電話が鳴ったのは、午後9時になるころだったように思う。
     オレは仕方なく部屋を出た。暗い廊下に響くコールの音は不吉なイメージをオレに植えつけた。望まない来訪者のようだった。
     リビングの明かりをつけて、受話器を持ち上げ、「はい、八千代です」と告げる。
     聞えてきたのは、アイの声だ。
    「ユウくん、こんばんはー」
     と呑気な声で、彼女は言った。
    「携帯にかけてこいよ」
    「私、ユウくんの携帯番号しらないもん」
    「そうだったか?」
    「うん。教えてよ」
    「また今度な」
    「そんなこと言ってるから、こうやって家に電話をかけることになるんだよ」
     放っておくとアイの長話につき合うことになる。
     オレは話に進める。
    「なにか用か?」
    「用っていうか。今夜はちょっと、プレゼントを渡しにいけそうにないのですよ」
    「そうか。どうした?」
    「急なお泊りが決まりました」
     すぐにわかった。彼女は生まれつき身体が弱い。
     幼いころから、入退院を繰り返している。
    「どこの病院だ?」
    「いつものとこ」
    「悪いのか?」
    「そうでもないんじゃないかな。電話できてるし」
    「そっか」
     たぶんクリスマスだからって、無理をして騒ぎ過ぎたんだろう。
     お大事に、とオレは言った。
     ありがとう、と答えて、アイは電話を切った。

           ※

     その夜、アイの病室を訪ねたのは、ほんの気まぐれだった。
     プレゼント交換は毎年の行事だったし、用事はさっさと片づけてしまいたい性質なのだ。とくに、ひとに渡す予定のプレゼントが手元にあると、なんだかそわそわする。
     もちろん病院は閉まっていた。
     でも駐車場脇から、警備員室の前を通って、中に入れることは知っていた。小学生のころにはよくアイの病室を訪ねていた。
     ナースセンターに行くと、当時顔見知りになった看護師がまだいた。オレがアイに会いたいのだというと、彼女は病室を教えてくれた。
     病室の明かりはもう消えていた。
     でも彼女は、ベッドに腰を下ろしていていた。

     オレたちは病室でプレゼントを交換した。
     それが、最後のプレゼント交換だった。
    読者の反応

    すくね@触角 @skne03 2014-08-17 21:33:11
    うおっ、八千代パーティ出てる……そりゃそうか!父がドイルだもんなあ!  


    QED @qed223 2014-08-17 21:35:49
    今回の更新分、※印から後ろは果たして本当の記憶かなあ…怪しい。
    ミュージックプレイヤーが記憶を呼び覚ますきっかけになるとしたら、その中身は本当は最後に会って伝えたかったけど伝えられなかったメッセージじゃないのかなあ…  


    結希@bell新大阪遅刻組 @yuki_seiyudo 2014-08-17 21:36:29
    確か7月か8月頭くらいの本編で、久瀬が「自分と同年代の少年はいなかった、高校生くらいならいたが」みたいなこと言ってたはず。それって八千代とアイちゃんなのか?  


    ユノノギ@3D小説『bell』第1部完 @yunonogi 2014-08-17 21:43:45
    何だ本編せつなすぎるけどこの記憶本物なのかどうかも怪しいよ…ミュージックプレイヤーはやく聴きたいよ宮野さん、返して   #八千代派


    沙耶/Sol岐阜/名古屋班 @susukiyumi 2014-08-17 21:45:45
    八千代に辛い過去が…欲しいプレゼント死者蘇生とか無いよね、ささやかって言ってたし
    八千代もクリスマスパーティに出て、プレゼント交換をしていたみたいだけど、ちょっと久瀬とかぶる 何か関係有るのかな   





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント(  @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
    banner_space.png
    八千代視点
    コメントを書く
    コメントをするにはログインして下さい。