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■八千代雄吾/8月18日/20時
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■八千代雄吾/8月18日/20時

2014-08-18 20:00
    八千代視点
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     タクシーで移動して、案内されたのはありきたりなビルの中の、ありきたりな事務所の一室だった。
     メリーの仕事場だろうか? オレはその女性がどんな仕事についているのかも知らない。メリーの個人的な情報はいくら調べても出てこなかった。
     ファーブルがドアを開ける。
    「どうぞ」
     だが、中には誰もいない。
    「彼女は?」
    「もうすぐに」
    「もったいぶった女性は好きだよ」
     オレは部屋に入り、応接用のソファに座った。ファーブルは入室しなかった。こつん、こつんと足音が遠ざかるのが聞こえた。
     オレはすぐに立ち上がり、まずドアを調べ、次に窓を調べた。ドアには鍵は掛かっていなかった。窓は嵌め殺しで開かない。開いたところで、飛び降りられる高さでもない。ついでに夜空に月はみえない。
     ――あんまり、良い傾向じゃないね。
     知らない事務所にひとりきり、という経験は何度かある。どれもいい思い出ではない。
     オレはスマートフォンを取り出した。
     ブラックアウトしたままの画面を、しばらく眺める。
     やがて、コールの音が聞こえてきた。手元のスマートフォンではない。それはデスクの上から聞こえてきた。
     オレはスマートフォンをポケットに落とし、代わりにデスクの上のものを手に取る。
     画面には、メリーと表示されていた。
     ――ずいぶん、もったいぶるじゃないか。
     応答して、耳に当てる。
    「こんにちは、ドイル」
     とメリーが言った。
     まだ若い女性の声だ。間違いなく年下。学生でもおかしくない。
     オレはスマートフォンを耳に当てたまま、ソファまで移動する。
    「こんにちは、メリー。今日はお顔を拝見できると思っていたんだけどね」
     ソファに腰を下ろし、足を組んだ。
    「プレゼントは受け取ってくれたかい?」
    「ええ」
    「ならディナーに付き合ってもらえないかな?」
    「ごめんなさい」
     へぇ、とオレは内心で唸る。
     ――やっぱり、よくない傾向だ。
     ヒーローバッヂは、彼女にとって大きな意味を持つはずだ。
     結果には報酬を与えなければならない。目にみえる形で協会員に愛情を示さなければならない。そうでなければ彼女の立場は成立しない。貨幣でもなく、地位でもなく、「メリーからの愛情」こそが聖夜協会内の価値であるはずだ。
     事態は不都合な方向へと動いている。それを感じる。
     ――だが、許容できる範囲だ。
     こうしてメリーと直接話せているのだから、最低ラインはクリアしている。
    「代わりに、お返しのプレゼントを用意しました」
     とメリーは言った。
     プレゼント。本来、それは待ちわびたものだ。でも今じゃない。
    「できれば、プレゼントはクリスマスに貰いたいね」
     メリーはスマートフォンの向こうでくすくすと笑う。
    「どうでしょうね。私も、慌てるつもりはありません。少し貴方とお話をしてみたかったんです」
    「長電話は嫌いな性質なんだ。会えないのかい?」
     メリーはこちらの質問には答えなかった。
     おそらく、相手の質問を聞き流すことに慣れているのだろう。口調でそれがわかる。
    「貴方はプレゼントについて、ずいぶん詳しくご存知のようですね」
     仕方なく、会話に乗ることにする。
    「君ほどじゃない。ドイルの書き置きなんて名前も、聖夜協会に入るまで知らなかった」
    「名前は重要ではありません。センセイがただ、便宜的に名前をつけただけですから」
    「どうして君が、それを知っているんだろう?」
     まただ。彼女は答えない。
     あちらのペースで会話が進んでいく。
    「ドイルの書き置きについて、訊かせていただけますか?」
     口調は優しい。
     だが、常に選択肢を迫られている気分だ。
     背景が複雑に絡み合った2択の問題。彼女は答えを知っていて尋ねているのか、知らないまま尋ねているのか。オレが正直であることを望んでいるのか、嘘をつくことを望んでいるのか。オレは彼女の思惑に乗るべきなのか、踏み外すべきなのか。オレにとっての正解は、存在するのか、しないのか。
     口調だけは平然と――少なくともそれを意識して、オレは答える。
    「残念だけどね。オレのプレゼントは、正解を明かすと価値がなくなっちまうものなんだ」
    「効果を知っている相手には効き目がないから」
    「そうだよ。その通り」
     多少、正確ではないが、大きく外れてはいない。
    「だから私にも、センセイにも、そのプレゼントは使えなかった」
    「そう理解しているよ」
    「でも私が訊きたいのは、プレゼントの効果ではないんです。貴方のプレゼントは12年前に発生した。間違いありませんね?」
    「ああ」
     12年前。オレが高校の2年生だった年。
     アイが長い入院生活に入った年。
    「センセイがまだいたころ、プレゼントはクリスマスを迎えるたび、ひとつずつ生まれていました。その最後のひとつが、あなたの、ドイルの書き置きです」
    「みたいだね」
    「でもその年にのみ、もうひとつのプレゼントが生まれている。ご存知ですか?」
     知らない。そんな例外は。
     でも情報を並べれば、ある程度は想像がついた。
    「それは、英雄のプレゼントかな?」
     おそらくは、「名前のないプレゼント」と表現されるもの。
     12年前は、英雄――久瀬太一が、最後にクリスマスパーティに参加した年だ。でも久瀬自身は、そのことを覚えてはいなかった。
    「よくわかりました」
     メリーは言った。
    「貴方はそのプレゼントのことを、なにも知らないようですね」
    「どうして?」
    「もし仮に、名前のないプレゼントに名前をつけるなら、それは悪魔のプレゼントです」
     悪魔。――英雄と、悪魔。
     英雄は悪魔にたぶらかされて血を流した。
     伝説のようにしか聞かされていない。12年前に、それが起こったのか? プレゼントによって?
    「オレも、よくわかったよ」
     本当はなにもわかっていない。暗闇の中で拳を振り回すような心境で、だが声だけは強がって、オレは言った。
    「12年前、君はパーティに参加していない」
     ほんの短い時間、メリーが沈黙した。
     はじめて彼女の動揺が聞こえたような気がした。
    「どうして?」
    「簡単だ。オレもあの年は、パーティには出ちゃいない」
    「それが?」
    「でも君は、オレがその年にパーティにいたと思ったんだ。オレがあの場で、『良い子』からプレゼントを受け取った。そう勘違いしたんだ。でなければ君の質問は成立しない」
     彼女があの年のオレを知っていたなら。
     友人とも呼べないような友人とカラオケに行き、ファストフードで夕食を済ませ、ひとりきり部屋でテレビゲームをしていたオレを知っていたなら、もうひとつのプレゼントなんか知りもしないことがわかるはずだ。
     だがメリーはペースを崩さなかった。
    「それは重要なことではありません」
    「12年前のパーティに、君が出ていたか、出ていなかったかは重要ではない?」
    「ええ」
     少し笑ったような声で、彼女は言った。
    「なんにせよ貴方は、私が望むものはなにも持っていないようです」
     ――よくわかった。
     彼女はオレを評価していない。
     オレは無理に笑う。
    「ひどいね。つい最近、君が欲しがっていたものをプレゼントしたところだろう?」
     ヒーローバッヂ。
     あれをメリーは、いちばん求めていたはずだ。
     なのに彼女は否定する。
    「いいえ」
     それは冷たく澄んだ声だった。
     冬の日の鈴の音のような。
    「あの缶の中には、ヒーローバッヂは入っていませんでしたよ」
     落ち着いた口調で、彼女はそう言った。
    読者の反応

    inamura @onthedish 2014-08-18 20:02:31
    バッヂなかった!!  


    KURAMOTO Itaru @a33_amimi 2014-08-18 20:04:28
    @sol_3d てことは,@zassyokuman さんの手元にあるのは本物のヒーローバッヂ…!?  


    リコリス@単冠湾泊地 @lycoris_alice05 2014-08-18 20:05:12
    @sol_3d 腹の探り合いだなー、でもメリー様と直接話せてるってのはすげぇ  


    QED @qed223 2014-08-18 20:05:44
    やっぱりドイルのプレゼントは12年前か… 偽りのあの記憶よりさらに辛い真実があるわけか。  


    セトミ@レンブラント派アイちゃん派 @setomi_tb 2014-08-18 20:10:24
    メリー様と駆け引きできる八千代すごいな…  


    代真(よま)@ソル(愛媛) @elenowerl 2014-08-18 20:13:47
    これは… 久瀬君にバッヂをきっちり届けなければいけないな。 


    秋沙(あいさ) @Isa_Laurant 2014-08-18 20:15:14
    何故に八千代は中身を確認しなかったのか?意味があってのこと?  





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント(  @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
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