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タクシーで移動して、案内されたのはありきたりなビルの中の、ありきたりな事務所の一室だった。
メリーの仕事場だろうか? オレはその女性がどんな仕事についているのかも知らない。メリーの個人的な情報はいくら調べても出てこなかった。
ファーブルがドアを開ける。
「どうぞ」
だが、中には誰もいない。
「彼女は?」
「もうすぐに」
「もったいぶった女性は好きだよ」
オレは部屋に入り、応接用のソファに座った。ファーブルは入室しなかった。こつん、こつんと足音が遠ざかるのが聞こえた。
オレはすぐに立ち上がり、まずドアを調べ、次に窓を調べた。ドアには鍵は掛かっていなかった。窓は嵌め殺しで開かない。開いたところで、飛び降りられる高さでもない。ついでに夜空に月はみえない。
――あんまり、良い傾向じゃないね。
知らない事務所にひとりきり、という経験は何度かある。どれもいい思い出ではない。
オレはスマートフォンを取り出した。
ブラックアウトしたままの画面を、しばらく眺める。
やがて、コールの音が聞こえてきた。手元のスマートフォンではない。それはデスクの上から聞こえてきた。
オレはスマートフォンをポケットに落とし、代わりにデスクの上のものを手に取る。
画面には、メリーと表示されていた。
――ずいぶん、もったいぶるじゃないか。
応答して、耳に当てる。
「こんにちは、ドイル」
とメリーが言った。
まだ若い女性の声だ。間違いなく年下。学生でもおかしくない。
オレはスマートフォンを耳に当てたまま、ソファまで移動する。
「こんにちは、メリー。今日はお顔を拝見できると思っていたんだけどね」
ソファに腰を下ろし、足を組んだ。
「プレゼントは受け取ってくれたかい?」
「ええ」
「ならディナーに付き合ってもらえないかな?」
「ごめんなさい」
へぇ、とオレは内心で唸る。
――やっぱり、よくない傾向だ。
ヒーローバッヂは、彼女にとって大きな意味を持つはずだ。
結果には報酬を与えなければならない。目にみえる形で協会員に愛情を示さなければならない。そうでなければ彼女の立場は成立しない。貨幣でもなく、地位でもなく、「メリーからの愛情」こそが聖夜協会内の価値であるはずだ。
事態は不都合な方向へと動いている。それを感じる。
――だが、許容できる範囲だ。
こうしてメリーと直接話せているのだから、最低ラインはクリアしている。
「代わりに、お返しのプレゼントを用意しました」
とメリーは言った。
プレゼント。本来、それは待ちわびたものだ。でも今じゃない。
「できれば、プレゼントはクリスマスに貰いたいね」
メリーはスマートフォンの向こうでくすくすと笑う。
「どうでしょうね。私も、慌てるつもりはありません。少し貴方とお話をしてみたかったんです」
「長電話は嫌いな性質なんだ。会えないのかい?」
メリーはこちらの質問には答えなかった。
おそらく、相手の質問を聞き流すことに慣れているのだろう。口調でそれがわかる。
「貴方はプレゼントについて、ずいぶん詳しくご存知のようですね」
仕方なく、会話に乗ることにする。
「君ほどじゃない。ドイルの書き置きなんて名前も、聖夜協会に入るまで知らなかった」
「名前は重要ではありません。センセイがただ、便宜的に名前をつけただけですから」
「どうして君が、それを知っているんだろう?」
まただ。彼女は答えない。
あちらのペースで会話が進んでいく。
「ドイルの書き置きについて、訊かせていただけますか?」
口調は優しい。
だが、常に選択肢を迫られている気分だ。
背景が複雑に絡み合った2択の問題。彼女は答えを知っていて尋ねているのか、知らないまま尋ねているのか。オレが正直であることを望んでいるのか、嘘をつくことを望んでいるのか。オレは彼女の思惑に乗るべきなのか、踏み外すべきなのか。オレにとっての正解は、存在するのか、しないのか。
口調だけは平然と――少なくともそれを意識して、オレは答える。
「残念だけどね。オレのプレゼントは、正解を明かすと価値がなくなっちまうものなんだ」
「効果を知っている相手には効き目がないから」
「そうだよ。その通り」
多少、正確ではないが、大きく外れてはいない。
「だから私にも、センセイにも、そのプレゼントは使えなかった」
「そう理解しているよ」
「でも私が訊きたいのは、プレゼントの効果ではないんです。貴方のプレゼントは12年前に発生した。間違いありませんね?」
「ああ」
12年前。オレが高校の2年生だった年。
アイが長い入院生活に入った年。
「センセイがまだいたころ、プレゼントはクリスマスを迎えるたび、ひとつずつ生まれていました。その最後のひとつが、あなたの、ドイルの書き置きです」
「みたいだね」
「でもその年にのみ、もうひとつのプレゼントが生まれている。ご存知ですか?」
知らない。そんな例外は。
でも情報を並べれば、ある程度は想像がついた。
「それは、英雄のプレゼントかな?」
おそらくは、「名前のないプレゼント」と表現されるもの。
12年前は、英雄――久瀬太一が、最後にクリスマスパーティに参加した年だ。でも久瀬自身は、そのことを覚えてはいなかった。
「よくわかりました」
メリーは言った。
「貴方はそのプレゼントのことを、なにも知らないようですね」
「どうして?」
「もし仮に、名前のないプレゼントに名前をつけるなら、それは悪魔のプレゼントです」
悪魔。――英雄と、悪魔。
英雄は悪魔にたぶらかされて血を流した。
伝説のようにしか聞かされていない。12年前に、それが起こったのか? プレゼントによって?
「オレも、よくわかったよ」
本当はなにもわかっていない。暗闇の中で拳を振り回すような心境で、だが声だけは強がって、オレは言った。
「12年前、君はパーティに参加していない」
ほんの短い時間、メリーが沈黙した。
はじめて彼女の動揺が聞こえたような気がした。
「どうして?」
「簡単だ。オレもあの年は、パーティには出ちゃいない」
「それが?」
「でも君は、オレがその年にパーティにいたと思ったんだ。オレがあの場で、『良い子』からプレゼントを受け取った。そう勘違いしたんだ。でなければ君の質問は成立しない」
彼女があの年のオレを知っていたなら。
友人とも呼べないような友人とカラオケに行き、ファストフードで夕食を済ませ、ひとりきり部屋でテレビゲームをしていたオレを知っていたなら、もうひとつのプレゼントなんか知りもしないことがわかるはずだ。
だがメリーはペースを崩さなかった。
「それは重要なことではありません」
「12年前のパーティに、君が出ていたか、出ていなかったかは重要ではない?」
「ええ」
少し笑ったような声で、彼女は言った。
「なんにせよ貴方は、私が望むものはなにも持っていないようです」
――よくわかった。
彼女はオレを評価していない。
オレは無理に笑う。
「ひどいね。つい最近、君が欲しがっていたものをプレゼントしたところだろう?」
ヒーローバッヂ。
あれをメリーは、いちばん求めていたはずだ。
なのに彼女は否定する。
「いいえ」
それは冷たく澄んだ声だった。
冬の日の鈴の音のような。
「あの缶の中には、ヒーローバッヂは入っていませんでしたよ」
落ち着いた口調で、彼女はそう言った。
inamura @onthedish 2014-08-18 20:02:31
バッヂなかった!!
KURAMOTO Itaru @a33_amimi 2014-08-18 20:04:28
@sol_3d てことは,@zassyokuman さんの手元にあるのは本物のヒーローバッヂ…!?
リコリス@単冠湾泊地 @lycoris_alice05 2014-08-18 20:05:12
@sol_3d 腹の探り合いだなー、でもメリー様と直接話せてるってのはすげぇ
QED @qed223 2014-08-18 20:05:44
やっぱりドイルのプレゼントは12年前か… 偽りのあの記憶よりさらに辛い真実があるわけか。
セトミ@レンブラント派アイちゃん派 @setomi_tb 2014-08-18 20:10:24
メリー様と駆け引きできる八千代すごいな…
代真(よま)@ソル(愛媛) @elenowerl 2014-08-18 20:13:47
これは… 久瀬君にバッヂをきっちり届けなければいけないな。
秋沙(あいさ) @Isa_Laurant 2014-08-18 20:15:14
何故に八千代は中身を確認しなかったのか?意味があってのこと?
※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント( @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。