八千代視点
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「傷は?」
「問題ない」
「問題ないわけないんだがね」
「でも、問題ないんだ。不思議とね」
 久瀬とそんなやりとりを交わしていたときだった。
 道路脇からふいに、男が飛び出した。
 どうしようもなくオレは、ブレーキを踏み込む。
 ボンネットが男に触れる。その、数センチ手前で停まる。
 その男はもちろん、ひと目でわかった。
 ――ニール?
 どうして?
 彼は不敵に笑って、ボンネットに右足をかける。
「よう、八千代」
 と彼は言った。
 さすがにアクセルは踏めなかった。
「久しぶりだね、ニール。悪いんだけど、ちょっと急いでるんだ」
「ああ。こっちも急ぎの用だ」
「なんなら、乗ってくかい?」
「残念だがな。お前らを車から引きずりおろすのが、オレの用でね」
 もう2人、周囲には男たちが現れていた。片方が車のすぐ後ろに立っているせいで、バックもできない。
「どうする?」
 と久瀬が言う。
「いいアイデアはあるかい?」
「こういうのはお前の専門だろ」
「おいおい、車の前に飛び出してくる男の専門家なんているかよ」
 ――目的地は、それほど遠くはない。
 車を捨てた方が早い。わかっていた。
 だが、今の久瀬が走れるとは思えない。
 なのに、こいつは言った。
「走ろう」
「お前は走れない」
「いや。走れるよ」
「どうして?」
 笑うだけで、彼はなにも答えなかった。
 そんなわけない。痛みは物理的に肉体を制限する。精神論じゃないんだ。刺された人間は、そう簡単には走れない。
 なのに久瀬は平然と、「問題ない」と言った。
「同じドアからだ、ついてこい」
 小さな声でそう告げて、オレは車を降りる。
 ニールと、2人の男が、こちらに近づいてくる。
 久瀬が降車したのを確認してから、オレはニールに尋ねた。
「なんの用だい?」
「ちょっとお使いでね。ここから先に通すなって言われている」
「だれに?」
「メリー」
 は、とオレは笑った。
「どうしたんだニール。お前は誰よりも自由な男だろう?」
「ああ。だからたまには、気まぐれに命令に従ったりもする」
「メリーってのはそんなにいい女なのか?」
「ちょっと愛着があるんだよ」
「へぇ。詳しくききたいね」
 オレは、指先で久瀬の注意をひいて、叫ぶ。
「左だ。走れ」
 間髪いれずに、久瀬が走り出す。まっすぐ左。そこには、黒いスーツの男がひとり立っていた。強硬派の誰かだったとは思うが、名前までは覚えていない。
 オレは、久瀬よりもほんの少し早く、動き出していた。
 腕力で吹き飛ばすように、大きく腕を振って殴りつける。
 男が膝をついた。久瀬がその脇を縫って、駆け抜ける。不思議だ。その走り方は本当に、脇の傷がなくなったようだった。
 ――なんにせよ、あとふたりだ。
 久瀬が走り続けられるとは思えなかった。
 ニールを含めてふたりとも、さっさと処理しなければならない。
 久瀬を追いかけようとした男の、肩をつかむ。
 拳を固めて、顎の辺りを殴る。
 男は数歩、ふらついた。そのあいだに詰め寄り、また顎を狙う。だが、焦り過ぎたのだろう。腕で止められた。
 腹に膝を入れ、背中に肘をおとして、どうにか2人目を片付ける。
 ――時間をかけすぎた。
 ニールはもういない。そう思っていた。
 だが。
「相変わらず、強いな八千代」
 そう言って、ニールは笑う。
「どうして久瀬を追いかけない?」
「別に」
 彼は肩をすくめた。
「なんとなく、気分だよ」
読者の反応

あさって @sakuashita1 2014-08-24 19:33:14
ニールVS八千代?


アディルカ/アザレア @adluka34 2014-08-24 19:32:19
八千代つえええええええええ  


はまあろ @tomokun3196 2014-08-24 19:31:45
キャンディがおいしくて涙がでてきた;; 


yu@T@Sol @suono_yu 2014-08-24 19:32:36
まだ泣かねぇ…!!!絶対泣かねぇ…!!!!


みゆ @yazima_miyuki 2014-08-24 19:34:09
八千代かっこいいなぁ  


れいがっしゅ @reigash 2014-08-24 19:33:40
@sol_3d まぁみんな、水飴でも練りながらゆっくり待とうじゃないか ネリネリ  


ゲコ@SOL @tuno17169264 2014-08-24 19:33:34
うお、ニールが見逃してくれた  


ルート@私は正しました @Led1192 2014-08-24 19:33:58
@sol_3d ニールはやっぱり足跡が‥‥  


鯱海星 @syati_hitode 2014-08-24 19:35:14
ニールいいわ...ニールかっこいい  





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