「こんなのあるならさっさと出してくださいよ」
とオレは顔をしかめる。
「なんか自分で考えるのに夢中になってたわ」
と宮野さんは答える。
オレはノートをのぞき込んで、尋ねる。
「わざわざタクシーで20分もかかるバーに行ったんですか?」
「ええ。なのにこいつはいなかったわ」
「てめぇさっきまで敬語じゃなかったか?」
「今は久瀬くんと話してましたよニールさん」
「だとしても目の前でこいつは違うだろうが」
このふたり妙に相性がいいな、と感じたがとりあえず今はどうでもいいことだ。
「じゃあニールがそのバーにいたっていう証拠はないわけですね」
「そうなるわね」
ち、とニールは舌打ちする。
「オレがバーに行ったのは確かだ」
「どうしてわざわざタクシーに乗って? バーなんていくらでもあるだろ」
「前に何度か行って、悪くなかったんだよ。こっちにくるのは久しぶりだから、顔を出したくなったんだ」
「でもほとんど滞在してないな。21時15分にレストランを出て、まっすぐバーに向かったとしても到着は21時35分。でも22時に宮野さんがそこに着いたときにはもういなかった」
「流れている音楽が趣味じゃなかった。だから一杯だけ飲んですぐに出た」
まあ、話自体に矛盾はない。
ニールは22時30分にはこの洋館に戻っているようだ。
「そうだ、ニールさん。そのバーには日替わりメニューがあるんだけど」
「ああ? それがどうした?」
「実際、店に行ってみないとわからないらしいのよね。答えられる?」
「やっぱお前、言葉遣いぞんざいになってるだろ」
「そんな細かいことはどうでもいいの。本当に重要な情報に装飾なんていらないの。ほら、せーの」
「せーのってなんだよ」
ニールはだるそうにうつむいて、ぼそりと答える。
「枝豆のペペロンチーノ炒め」
なんだそれ。
だいたい想像できるけど、食べたことはない。
「合ってますか、宮野さん」
「残念ながら正解ね」
「なんで残念なんだよ」
とはいえ、なんにせよ。
「おやおや、でしたらニールだけでなく、ベートーヴェンにも犯行は不可能だったということになりますねぇ」
妙に芝居がかった声で、ファーブルが言った。
確かにレストランを21時15分に出て、バーを回って帰ってくると、最速でも22時ジャストだ。22時にはすでに、山本がセンセイと会っている。
山本が部屋に入る前に、何者かがあのきぐるみに潜んでいたのだとすれば、昨日この洋館にいた全員にアリバイがあることになる。
――答えは、この中に犯人はいない?
本当にそれでいいのだろうか?