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山田玲司のヤングサンデー 第439号 2023/11/1
整頓のフリーレン
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チンペイさんこと谷村新司が亡くなった。
そのあと立て続けにもんたよしのり、櫻井敦司など、著名な方々が次々とこの世を去った。
去年はアントニオ猪木の闘魂の火も消えた。
そして昨日、チャンドラーことマシュー・ペリーが……。
そこに加えて志村けんやマラドーナなど、ここ数年で逝った方を数えるとキリがないが、とにかく、多い。
しかし、多い、と感じるのはたぶん俺が知ってる人が多いだけで、例えば地球の裏側のグアテマラの青年にとっては、知っているのはマラドーナくらいで、猪木はひょっとしたらそうかもしれないが、チンペイさんや櫻井あっちゃんの死は、たぶん悲しくもなんともないことだろう。(ファンの可能性はなくもないが)
とはいえグアテマラの青年にも彼なりの個別の喪失があり、悲しみがある。
どちらにも言えるのは、知人や大切な人が増えれば増えるほど、失うものも多いということ。
歳を重ねれば重ねるだけ、得るものも失うものも多くなるのは人間である以上変わりない。
知った分、出会った分、貰った分、失うものは多い。
現象として理解するならばただそれだけのことなのだが、その個別の喪失に対して慣れないうちは、まだまだ若いということだろうか。
失うことが無くなる時は、自分が鬼籍に入る時であるから、ことに人生とは何かを得ながら失い続ける旅でしかない。
誰かの旅の終わりを見送りながら、たとえそれを受け止めきれずとも、己の旅路を歩んでいくしかない。
生きているうちはみんな、フリーレンだ。
葬送のフリーレン。
この作品は見事としか言いようがない。
※以下、ネタバレ含むので要注意
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