玉川大学 生物機能開発センター
藤巻義博
玉川大学学術研究所生物機能開発研究センター特別研究員。LEDによる植物栽培、機能性野菜開発に携わる。そのほか、"6次産業化における植物工場と流通"、"次世代農業における流通の役割"など、新しい農業流通についても専門。早稲田大学商学部卒、'89年米ボストン大学留学、その後シンガポールのほかロシア、インド、ベトナム、ミヤンマー等新興国に計15年の海外駐在。36歳でベトナム現地製造販売会社設立初代社長。数年前より東芝にてLEDを担当、現在新規事業である農業、植物工場ビジネスも支援している。
山本:藤巻さんは現在、玉川大学でLEDを使った植物工場の研究をされているわけですが。その分野ではいま、植物工場と言われているものがとても注目されています。そこでは太陽光に代わる光源としてLEDが使われているんですよね。とはいえ、実は私は植物工場というものにはかなり否定的な思想をもっているんですよ。
藤巻:そうですよね、ええ。
山本:なぜかというと、まずおいしいものがつくれない。それは太陽光に勝るものはないから。それで以前、藤巻さんと情報交換をさせていただいたときにも、私は忌きたん憚なくそう言ったんです。すると藤巻さんは「おっしゃるとおりだと思います」と言うんでビックリしたんです。「太陽光と張り合うとかそういうことではなく、ただLEDでないとできない新しい可能性を広げていきたいんだ」とおっしゃってね。
藤巻:はい。
山本:ちなみにいまはどういう研究をなさっているんですか。
藤巻:ちょっと難しく言うと、植物の花芽形態形成におよぼす光の影響の研究。簡単に言うと、どういう光を当てると植物が成長するかの研究ですね。太陽には植物に適さない光もあるのですが、LEDはそれぞれの植物に最適な光を照射して、成長をコントロールすることができるのです。
山本:ふうむ。光の全部が効いているわけではないのだと。
藤巻:そういうことです。たとえば、よく紫外線はお肌によくないとか言いますがそれは植物も同様で。太陽光の場合はそれを選ぶことはできませんが、LEDならその植物の引き出したい特性に最適な光を与えたり、調整することもできるんです。
山本:ふうむ!
藤巻:これはいままでの植物工場で使っていた蛍光灯などではできないことですが、LEDならできる。そのために、植物にはそれぞれどういう光の影響があるかを研究しているんです。さらにその新しい照明を、植物生産というシステムに生かせないかと考えるのが二番目の仕事。そして三番目の研究は宇宙における、植物栽培の研究です。
山本:ほほう。
藤巻:そしてLEDの話に戻ると、植物の好みの光を当てていると成長が早くなるということもあるんです。
山本:へえ~。
藤巻:今日はサンプルももってきました(野菜を出す)。顕著に表われるのが赤い光で、赤はいちばん吸収しやすくて光合成をつくりやすい。するとストレスなく成長できるんです。実はストレスを感じると、ほらこうして葉の先に色が出ていますよね。
山本:これがストレスなんだ。
藤巻:そう。こっちは青い光で育てたものなんです。この野菜はレッドファイアというんですけど、青い光を使うと非常にストレスを感じるんですね。なぜかというと青というのは紫外線に近い。紫外線は人間の肌でも焼けちゃったりしますが、赤味がかった濃いめの色を出して、自分を守ろうとする。もうひとつはその赤と青の中間のLEDで、これだとそれほど葉の先が赤くならない。実は先日ある調理学校の教授を集めてこれの試食会をやったんです。結果、やはり赤い光で育てたものは甘く感じ、青い光のほうは苦みを強く感じるという評価が多かった。
山本:ふうむ。
藤巻:あと、やわらかいっていう感想もありましたね。実はこれがLEDの特徴なんです。植物工場のありかたというのは、野菜でも甘いものがいいとかあるいはちょっとエグみのあるほうがいいとか、消費者の好みで使い分けて提供していくことなんじゃないかと思いますね。
山本:ええ。
藤巻:よく露地農業VS植物工場みたいなことが言われますが、私はただ役割分担が違うと思っていて。太陽の下でつくった野菜を食べたいのも正解ですし、こういったコントロールされた野菜を食べたいのも正解なのではないかと。たとえば透析患者はカリウムを摂取できないんですが、植物工場ではカリウムを減らした野菜をつくる研究もしています。露地ものでは、そういうことは。
山本:できないですね。
藤巻:そう、植物工場はコントロールして野菜をつくるということが最大の特徴なんです。
完全無菌で栽培される植物工場野菜のメリット
山本:すごい時代になりますね。いままで農業というと学生の目にはそんなに魅力的に映っていなかった。けれども理工系の人間にとって植物工場というテーマは「これ、すごくおもしろい」とハマれる対象になるんじゃないかと思うんですよ。っていうか、藤巻さんももともと農業系ではないですよね。ITビジネス系の人なんでしょう?
藤巻:そうですね。
山本:それがまさにこうして野菜生産にハマっているわけで。
藤巻:ま、IT自体は手段ですから。手段というのは、農業で使われようが工業で使われようが、いろいろですからね(笑)。今後はエアコンが入ったオフィスの机の上のモニターシステムで管理して、実際に農場やビニールハウスに行かなくても、それが全部見られるようになるのかもしれませんよ。背広を着て農業をやるようなね。実際、植物工場ではそれが可能です。だから考えかたとして農業というものが太陽の下で日に焼けて、汗をかきながらというものとは違うものになるかもしれない。
山本:ふうむ。まあ、僕は両方あったらいいという立場なので。太陽の下で汗かきながらつくる野菜が、嗜好品、高級品になるのかもしれないですが。こういうデザインドな植物工場野菜があふれていくのも、それはそれでおもしろい未来になるんじゃないかなという気がします。
藤巻:たとえば私の娘もなかなかサラダを食べないんですが、ところがこの赤い光を当てたほうは食べるんですよ。苦みが少ないしやわらかいからドレッシングがよくからまるようで。そういう人間のためにもこういう野菜があってもいいと思うんです。みんながみんな、エグみがあるほうがとか、シャキシャキしているほうがいいと思っているわけではないので。そこがLED野菜のひとつのポジショニングだとも思います。
山本:そうでしょうね。
藤巻:いろいろな光でいろいろなニーズに合わせて、お年寄りにはやわらかいほうがとか、主婦には栄養素が高いほうがとか、あるいはお子さんに食べやすいようにとか、そういうふうに使い分けができたらいい。それを判断するのは消費者なので。
山本:ええ。藤巻さんはこれから15年くらいは絶対に食いっぱぐれることはないですよ。私も弟子に加えてください!(笑)
藤巻:ハハハ。ぜひ今度、玉川大学のほうにもお越しください。
今回の聞き手
山本謙治(やまもとけんじ)
農産物流通コンサルタント、食生活ジャーナリストとして年間100日以上出張をする日々。最近では肉牛のオーナーになり、畜産関連の仕事も多数。
■関連サイト
玉川大学 学術研究所 生物機能開発研究センター
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