■クラウドソーシングで働き方はどう変わるのか?
 日本では長年、新卒で正社員になりそのまま定年まで働き続けるというワークスタイルが主流だった。しかし現在、契約社員や派遣社員、アルバイトなどの増加に伴って、2020年には正社員比率が63.6%まで下がるという予測(リクルートワークス研究所『成熟期のパラダイムシフト』(2011年発行))もあり、変化の時期を迎えている。そんななか、クラウドワークスが提供するクラウドソーシングサービスは急成長を続けている。「“働く”を通して人々に笑顔を!」というキャッチフレーズを掲げる彼らが実現を目指す、個人や企業の意識が変わった社会の姿はどのようなものか。

 週刊アスキー11/4号 No1001(10月21日発売) 掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第2回は日本最大級のクラウドソーシングサービスを提供する“クラウドワークス”の吉田浩一郎代表取締役社長兼CEOに、週刊アスキー伊藤有編集長代理が話を聞いた。

クラウドワークス

↑登録ユーザー数23万人、クライアント企業は約4万社を突破した日本最大級のクラウドソーシングサービス。

■ほかのサービスとの差別化のカギは“流行っている”感じをどう演出するかだった

伊藤 クラウドワークスは創業から約3年、順調に成長しているそうですが、どういう背景で起業に至ったんでしょうか。

吉田 まず創業までの流れをお話しすると、私はかつて、ドリコムというIT企業の執行役員として上場を経験していました。その後、自分が社長となってチャレンジしたいと思って、ベトナムでアパレル事業を展開する会社をつくって独立したんです。

伊藤 アパレル!? ITとまるで関係ないですね(笑)。

吉田 今から思うと、本当にやるべきではなかったですね(笑)。自分自身の軸が定まらないまま、3年間ほど事業を続けたのですが、その間にいろいろな難局を経験しました。結局、多額の損失を出し、「これは原点に立ち戻るしかない」となって「自分の強みはなんだろう?」と。

伊藤 その結果、クラウドソーシングに行き着いた、と。

吉田 そうです。やっぱり強みのある分野で起業すると、自分自身でストーリーを語れるしイメージも明確なので、仲間が集まりやすいですね。そんな経緯を経て、CFOとCTO、私の3人で2011年11月にクラウドワークスを創業したんです。

伊藤 サービスの開始はその4ヵ月後、2012年3月ですね。

吉田 BtoBのマッチングサイトは山ほどあるので、当初は我々のサービスが“流行っている”感じをどう演出するかが、差別化のカギでした。といっても、始めたばかりで流行っているわけはないので、そこはフリーランスの人たちの力をお借りしよう、と。いろんなコミュニティーに顔を出して声をかけて、彼らの顔写真をサイトのトップページに掲載させてもらい、情報の拡散にも協力してもらう。なるべくお金をかけないで共感を広げていく作戦で、約3ヵ月で1300名ほどの登録ユーザーを集めることができました。

伊藤 なるほど。クライアント企業はどう集めたんですか?

吉田 そちらのほうは、ひたすら企業訪問ですね。スタートアップのサービスだと「まずはリリース!」となりがちですよね。でも、仕事のマッチングサイトでいざ探してみて「あんまり仕事が載ってないね」となったら、もう終わりじゃないですか。そこはしっかりやろうと。

伊藤 たしかに。リアル店舗なら、開店しても商品がないでは話にならないですからね。

吉田 そのころ、はじめからサイトを充実させているところはあまりなかった中で、我々は約30社を集めました。その後の2年半は、ずっと右肩上がりが続いています。

伊藤 現在のユーザー数は?

吉田 登録ユーザー数がユニークユーザー数で約23万人、クライアント企業数は約4万社を突破しています。

伊藤 それはすごい。

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↑ユナイテッド航空の新規路線(羽田~サンフランシスコ線)について、コンペ形式でアイデアを募集。この企画そのものがクラウドソーシングを利用したプロモーションにもなっている。

■日本では働くことに対して人とのつながりや仲間意識のようなものを求める傾向がある

伊藤 ところで、クラウドソーシングについて考えると、日本と米国における労働環境の違いというものが頭に浮かびます。米国では人材の流動性が高く、どんどんキャリアをステップアップさせていきますね。それに対して日本では、企業に守られているという感覚が強いから、転職も少ないし、フリーランス転身への心理的なハードルも高いように思います。

吉田 日本の場合、正社員だと社会保険を会社が半分負担してくれるのが大きいですね。米国の場合は正社員でもフリーランスでも、自分で社会保険のことを考えて契約し、費用の負担もするのが当たり前です。

伊藤 そうなると、正社員に固執する必要はないですよね。しかも、正社員でも強烈なレイオフ(業績悪化に伴う一時的な解雇)があったりしますし。

吉田 それに加えて重要なのは、日本では正社員だけが安心なライフプランという意識が根強かったことです。しかも、新卒で就職に失敗したり、育児や介護で正社員から外れたら、二度と復帰はできないという硬直した状況で、働き方の選択肢が少なかったと思うんです。

伊藤 確かに、そこは一方通行なんですよね。

吉田 働き方の選択肢のひとつとして、今後は正社員以外もメインになってくるはずなんです。選択肢を増やして、自分のライフステージやニーズに合わせて自由に選べるような環境をクラウドソーシングで実現しようというのが、我々の目的です。

伊藤 なるほど。そのほかに、働くことでの日米の違いが表われている部分はありますか?

吉田 日本では、クラウドソーシングを利用することで“人とのつながり”を得ようとするケースが多いように思いますね。

伊藤 へえー! たとえば、どういうケースなんでしょう?

吉田 典型的なのは、60歳で定年退職して田舎に帰ったけれど、仕事がないというようなケース。クラウドソーシングを使えば仕事を得られるだけでなく、個人として企業と直接、仕事することができて、企業からの「ありがとう」を個人として受け取れる。ここでは“個人として”というのが重要で、これは日本の企業というフォーマットには存在しないんですね。それから、クラウドワークスのユーザーさんを見ていると、継続的に取り引きする相手と友達や家族のようになっている人がいるんです。日本企業は、家族的な意味合いももっていますよね。働くことに対して、人とのつながりとか仲間意識のようなものを求める傾向は、米国に比べて強いんでしょうね。

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↑iPhoneアプリ『ハートリズム』は60歳の医師が発案し、エンジニアへ制作を発注し、2人だけでつくりあげた。クラウドワークスは企業が仕事を発注し個人が受けるだけではなく、個人も仕事を発注することができる。

伊藤 組織の一員としてその経験はあっても、個人で感謝されたことは少ないかも。収入の多寡じゃないという視点は深いですね。そして、それがクラウドソーシングにも当てはまる、と。

吉田 そういうことです。実は我々はサービスの開始当初に、エンジニアに対して「クラウドワークスはドラクエの“ルイーダの酒場”なんですよ」という説明をしていたんですね。

伊藤 それは納得できますね。

吉田 ただ、この説明は日本だとよく理解してもらえるんですが、米国ではまったくわかってもらえないんですよ(笑)。

伊藤 そうでしょうね(笑)。

吉田 あとは、企業側の姿勢にも違いがありますね。日本企業は課題を内部に抱えるようなところがあって、たとえば、ホワイトハッカーの文化もなかなか根付かないじゃないですか。私は、ホワイトハッカーとクラウドソーシングは似ていると思っていて。なぜかと言うと、どちらも自社の課題を外にさらすことで、解決を図るわけです。

伊藤 確かに。

吉田 日本企業はそれがとても苦手ですよね。本当は課題を解決するほうが大事なのに、なんでも自社でやろうとする。まあ、しかし、それも変わりつつあるのかなとも思いますけど。

伊藤 変化を許容するスピードは、大企業よりベンチャー企業のほうが速いですね。大規模でなくパッと商品をつくるには、意識的にも制作プロセスの構造的改革をしないといけない。

吉田 それは言えると思います。「内か外かではなくて、課題解決を目的とする」というオープンイノベーションの潮流が世界的にあって、クラウドソーシングもそのひとつの手段ですね。

伊藤 なるほど。ところで、クラウドソーシングの市場は毎年数百億円で拡大中ですが、どういう仕事が多いんですか?

吉田 大きなカテゴリーで言うと、“開発”と“デザイン”、“事務・ライティング”の3つです。このうち開発は、アプリやシステムの開発などもそうなんですが、長期間にわたる仕事になるのはサイトの更新業務などですね。働き方のイメージとしては、1社10万円で複数社と取り引きするような、弁護士や税理士などの顧問契約に近いと思います。

伊藤 となると、これは専門的な技術が必要な仕事ですね。

吉田 そうですね。デザインは、ロゴやバナーなどをコンペで募集して依頼する形式が多くなっていて、セミプロやアマチュア向けです。

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↑ロゴやキャラデザイン、ネーミングなど、内容は幅広い。プロでなくても気軽に応募できるため、プロモーションの側面もある。ワンオブゼムは、スマホゲーム『ガチャウォリアーズ』のキャラクターのイラストを募集するキャンペーンを実施した。

伊藤 コンペ形式はプロには効率が悪いので、そういう人向けの登竜門的な場所になる、と。

吉田 事務・ライティングは、本当にいろんな仕事があります。コンテンツの分野はすごく伸びていて、未経験者でも書けるものから専門的なスキルが必要なものまで、内容はピンキリですね。あとは、事務の仕事もさまざまで、たとえば音声認識システム開発のために方言のボイスデータを集めたいとか、全国のゴルフ場の撮影をお願いしたいというような仕事もあります。

伊藤 本来だと、人海戦術でぼう大なお金と時間がかかるところを、低コストですばやく実現できてしまうわけですね。

吉田 あとはもちろん、エクセルやパワーポイントのファイル作成などもあります。エクセルでマクロを組めると、けっこう稼げると思いますよ。

■20年後には正社員であっても副業オーケーという世の中になるかもしれない

伊藤 クラウドソーシングが社会のシステムとして発展していくとして、吉田さんはどんな世界を思い描きます?

吉田 20年後には、正社員ですらも副業オーケーの世の中が来るかもしれない。そういう前提で我々が考えているマイルストーンは、3段階あります。現在はクラウドソーシングをまず普及させるという第1ステージで、時間と場所にとらわれない新しい働き方を提供しているわけです。ただ、これだと単に仕事がマッチングしているだけですね。だから、個人が安心して働けるインフラを整備するというのが、第2ステージになります。これには、教育と社会保障を整えることが必要だと、我々は考えています。その先の第3ステージは、クラウドソーシングだけではなく、正社員や派遣社員、アルバイトなども含めたあらゆる人が、多様な働き方を柔軟に選べるようになるというものになります。

伊藤 第2ステージの社会保障というのは、米oDesk(オ ーデスク)が一定の条件を満たしたフリーランスに社会保険の提供を開始した試みのようなことですよね? 社会保障の仕組みがあれば、「働きたい」と思う人がきっと増えますよね。

吉田 間違いないです。実は、クラウドワークスでも“フリーランス互助会”のようなものは、中長期的には可能かなと思っているんですよ。20万人のユーザーさんが、たとえば毎月ひとり当たり1000円を払ってくれれば、
それなりの規模になります。

伊藤 すごい。それに加入すると、たとえば一定の休業補償になるとなれば、フリーランスの働き方は劇的に変わるんじゃないですか? ぜひ実現させてください。

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クラウドワークス代表取締役社長兼CEO
吉田浩一郎
1974年、兵庫県生まれ。パイオニア勤務などを経て、ドリコムの執行役員として上場を経験。その後、独立してアパレル事業などを展開したのち、2011年11月にクラウドワークスを設立。

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