2007年に設立されたCerevo(セレボ)は、国内ハードウェアスタートアップの先駆け的な存在。2009年12月に最初の製品『CEREVO CAM』を発売し、その後も『LiveShell』シリーズなど、ネットに接続する家電製品を送り出し続けている。その実績から、近年増えてきているスタートアップ企業にも大きな影響を与えている。ハードウェアスタートアップのための施設“DMM.make AKIBA”の仕掛け人のひとりでもある同社代表取締役の岩佐琢磨氏に、ハードウェアスタートアップを取り巻く5年間の変化などを聞いた。
週刊アスキー1/6-13合併号 No1010(12月22日発売)掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第11回は日本のハードウェアベンチャーの先駆者であり、今活躍するスタートアップの兄貴的存在“Cerevo”の岩佐琢磨代表取締役に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑新製品のタブレットで使える、HD対応ネットライブ配信スイッチャー『LiveWedge』は10万2855円で予約受付中で、2015年1月に出荷予定だ。最上位のLiveShell PRO相当のライブ配信機能を搭載し、タブレットから操作できるHDビデオスイッチャー。4系統のHDMI入力を備え、入力されるHD映像を切り替えながら生放送が可能。
■ハードウェアづくりの大変な部分は5年前も今もあまり変わっていない
伊藤 2015年1月からの出荷開始がアナウンスされた『LiveWedge』も注目ですが、岩佐さんと言えば、日本のハードウェアベンチャー志望者の相談役みたいになってるじゃないですか。そういう背景も踏まえて、今回は自身の起業から今までの日本のハードウェアベンチャーを見渡した話を聞きたいなと。岩佐さんと最初にお会いしたのは『CEREVO CAM』が発売されたころですから、5年前くらいですか?
岩佐 CEREVO CAMの発売は2009年12月ですから、ちょうど5年ですね。
↑記念すべきCerevoの最初の製品。カメラ単体でライブ配信が可能な世界初のデジカメ『CEREVO CAM 』。ソーシャル時代のデジカメとして話題になった。
伊藤 あのころ、ハードウェアスタートアップはほとんどなくて、Cerevoは先駆け的な存在ですよね。ここ最近はハードウェアでの起業は相当増えてきてます。製品のつくり方や資金調達の面はこの5年間で変わりましたか?
岩佐 ハードウェアづくりの大変な部分自体は、5年前も今も変わっていないんですよ。いちばん大変なのは、チームでモノづくりをしないといけないことです。そこは、ソフトウェアのスタートアップとは違う。
伊藤 ソフトウェアでもチームは必要じゃありませんか?
岩佐 たとえば、iPhone向けにアプリをつくるとしますよね。ユーザーインターフェースが雑なものでもよければ、とりあえずデザイナーなしで、プログラマーだけでも出せるじゃないですか。逆に、デザイナーがアプリをつくる場合、プログラムはそんなによくないんだけど、カッコいい目覚まし時計アプリとかだったら、がんばればひとりでもつくれる。
伊藤 完璧ではないけれど、製品として成立はしますね。
岩佐 ところがハードウェアの場合は、電気回路や組み込みソフト、機構設計、筐体設計、最後の量産という分野でそれぞれ単独の職種が確立されているほど専門的。ひとりで全部やってしまうというわけにいかないんです。
伊藤 確かに事情が違いますね。
岩佐 それとデザインの場合は、「プログラムはつくるから、アイコンのデザインだけお願いします」というふうに、外注することもできる。フリーのデザイナーさんはたくさんいますよね。ところが、ハードウェアの開発や設計は、フリーの人があまりいない業界なんです。フリーの回路設計者なんて、あまり聞いたことないでしょう?(笑)
伊藤 聞いたことない(笑)。なるほど、エンジニアは会社に所属しているワケですからね。
岩佐 フリーのFPGA(プログラミング可能な集積回路)エンジニアとかも、いなくはないんですよ。ただ、ネット検索しても出てこないし、なかなか探せない。絶対数がデザイナーさんやカメラマンさんに比べて、1000分の1とかなんですよ。
伊藤 それだと、外注するのは難しいですね。
岩佐 だから、その職種の人たちすべてを会社で雇わないといけない。それが結局、お金の話につながるわけです。ひとつの製品をつくるのにかかるお金のうち、人件費の占める割合が高くなってしまう。
■ハードウェアスタートアップは投資対象としてものすごく注目される存在になっている
伊藤 そうすると、部品などのコストが下がっても、全体のコストはそれほど下がらない、と。ただ資金調達は、5年前と比べるとよくなっていると聞きます。
岩佐 リスクマネーが潤沢に供給されるようになったのは間違いないです。僕がベンチャーキャピタルを回って資金調達をしたのは、リーマン・ショック最中の2008年後半で、そのときは本当に大変だった。それ以前にも日本のハードウェアベンチャーの会社はいくつかあったんだけれど、どれも成功していなくて、ベンチャーキャピタル的には「もう無理だな」と、ハードウェアベンチャーに対して投資してみようという気運がまったくない状況でした。
伊藤 しかもCerevoは、誰もやっていない、難易度が超高いデジカメをつくろうとしていたから、なおさらですね。
岩佐 「頭おかしいぞ」みたいな反応でした(笑)。それはともかく、僕らはこれまでに何度か資金調達しているんで、投資業界全体が「ここは今ホットだぞ」と感じている“波”のようなものは何度も見てきていて、今はそれがハードウェアスタートアップになっているんです。最近は、僕のところにも投資家の方たちが訪ねてきて、「どこかよい投資先はありませんか? 今年中にこれこれの金額を投資しないといけないんですけど」なんて聞かれるんです。
伊藤 なんとバブル的な。「社長、いくらか借りてもらえませんか」みたいな世界ですね。
岩佐 本当にそうです。タイムスリップして、今から起業したいくらい(笑)。
伊藤 今、ハードウェアスタートアップを始めようとしている人には、いい時期ってことですね。
岩佐 アイデア勝負もできるようになった。もうひとつ、環境面でよくなったことがあります。それは、ものづくりに関するノウハウが世に出てきたことです。経験者が増えたことで、「こういう部品が必要なら、中国のこういう金型屋がいいよ」とか「これは日本の工場がベターだね」とか、教えてくれる人が見えるようになってきたんですよ。
伊藤 岩佐さんもそういう人のうちのひとりですね。これまでの取材でも、記事外で何度も名前が登場していますから。
岩佐 聞いたら教えてくれる人がいるのは大きいですよ。お金って時間じゃないですか。先ほど話した人件費の割合の話とも関係するんですが、ある製品の開発費を抑えようと思ったら、スピードを上げるしかないんですね。なんらかのトラブルで試行錯誤して開発期間が延びたら、そのぶんだけ人件費が増えて、開発費が跳ね上がってしまう。
伊藤 つまり、細かなノウハウは誰かに聞いたり、教えてもらうことで、ムダな試行錯誤がなくなり、製品開発のコストも下げられるようになっていると。
岩佐 それと、ハードウェアスタートアップという言葉の認知度が上がったという変化もありますね。これは、チップを買いたいとか工場のラインを押さえたいというときに大きいんです。
伊藤 というと?
岩佐 以前は「変なにいちゃんが来たぞ」という感じでしたよ。情報も全然もらえない。そもそもチップのメーカーは、ハードウェアスタートアップに向けて製品を売ろうというビジネスを考えていなかったので、「最初の発注ロットは5000個からです」なんて言ってくるわけです。そんなに買えないですよね。
伊藤 体のよい門前払いみたいな感じなんですかね。
岩佐 僕らとしては、「成功したらそれくらい買いますので、とりあえず最初は500個で売ってください」と頼むしかない。
伊藤 それがここ数年で変化した。ハードウェアスタートアップのモノづくりのやりかたが、認知されたおかげなんですね。
岩佐 そうですね。ただ、メーカーの肩をもつわけではないんですが、世の中には“発明おじさん”みたいな人たちがいて、この人たちもチップを買いに来るわけです。それで、彼らは「アイデアはあるけど、回路図と部品表だけではできません」という人たちだから、メーカーはサポート対応が大変なんですよ。
伊藤 そうなると、「わかっている人とだけ付き合っておこう」となる。わかるなぁ。
岩佐 “わかっている”エンジニアを抱えているので、ドキュメントさえくれればサポートはいらない。いわゆる発明おじさんと、ハードウェアスタートアップはまったく違う存在なんだと、この4、5年で説明できるようになったかなと思いますね。
伊藤 それはすごくいい話。しっかりビジネスを考えていて、仕事のパートナーと認められたと。
■Cerevoを起業した2007年ころはノウハウを教えてくれるコミュニティーはなかった
岩佐 そうですね。あとは、最近のスタートアップの人たちは、筋のよいメンバーで始めていますよね。「ああ、ガチのスキルをもっているなあ」という人たちが増えていて、途中から入ってくるメンバーもハイスキルな人が増えた印象です。
伊藤 それは、「ハードウェアスタートアップはこういうものだ」というロールモデルができてきたからじゃないですか。
岩佐 そうですね。ただ僕は、Cerevoはまだ成功したとは思っていないし、まだもがいているフェーズですけど、社会にハードウェアスタートアップという存在を知らしめたという意味ではがんばったなと、自分で思います。ワイン1本くらいは開けてもいいかなと(笑)。
伊藤 いいですね。お付き合いしますよ(笑)。
岩佐 日本にはハードウェアスタートアップという文化があって、おもしろくてチャレンジングで旧態依然とした業界に挑んでいる存在なんだと発信できたのは、社会的にすごく意味があると感じています。たとえば、大手メーカーを1年で辞めてスタートアップを始めようとしている息子がいるとして、父親がスタートアップの存在を知っていれば、ちゃんと応援できると思うんですよ。
伊藤 確かに。少なくとも名前のある職業になった。
岩佐 そうなったことで、ハードウェアスタートアップ業界でも人材の採用がしやすくなって、よりスピード感が出るという側面もあります。
伊藤 よいサイクルで事が回り始めている気がしますね。ところで、岩佐さんがCerevoを始めたころは、ノウハウを教えてくれる人はいなかったんですか?
岩佐 いなかったですね。なので、CEREVO CAMのボタンが取れてしまうなんていうトラブルも起こって、いろんな人にすごく怒られました。当時はそもそも、そういうトラブルを防ぐやり方を教えてくれる人がいなかった。メカの専門の人も探したんだけど、見つからなくてCerevoには採用できず、見よう見まねでやったらボタンが取れてしまった。
伊藤 ボタンの件は、僕もユーザーのひとりとして覚えがありますよ。身近な誰かでなくとも、技術者のコミュニティーみたいなものも役立つと思いますが、それもなかった?
岩佐 なかったから僕がつくろうと思って、いろんな人脈をコミュニティー化していったんですね。まだこれからも続けていきますが、DMM.make AKIBAはそのコミュニティーの中心になるようにデザインされているので、実現できるだろうと思っています。“アキバ・ハードウェアベンチャー・マップ”みたいなものができあがるといいですね。
伊藤 それいいなぁ。いっしょにつくりましょうか!
株式会社Cerevo 代表取締役
岩佐琢磨
1978年生まれ。立命館大学理工学部卒業後、2003年に松下電器産業(現パナソニック)に入社。デジカメやテレビ、DVDレコーダーなどのネット接続型家電の商品企画に携わったのち、2007年にCerevoを設立。
■関連サイト
Cerevo
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