『ONCE ダブリンの街角で』と『はじまりのうた』で音楽好きな映画ファンの心をとりこにしたジョン・カーニー監督の最新作、『シング・ストリート 未来へのうた』が本日7月9日より公開されます。
舞台は80年代半ばのアイルランド、ダブリン。15歳のコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は、両親、大学を中退した兄、まじめな姉という5人家族の末っ子。ある日不況のため父(エイダン・ギレン)が失業し、私立校から殺伐とした公立校に突然転校させられます。乱暴な生徒たちだけではなく、厳格な校長からも目をつけられたコナーでしたが、大人びた美少女ラフィーナ(ルーシー・ボイントン)を町で見かけて一目惚れ。とっさに「自分のバンドのプロモーションビデオに出てくれない?」と声をかけます。実はビデオなんて週に一回テレビの音楽番組で観るぐらい。それどころか、バンドすらやっていないのに!
勢いで言ったものの、彼女の悪くない反応でがぜんやる気が出たコナーは、友達の口コミと校内の張り紙でメンバーを集めます。バンドやったら女の子にモテるかも!という動機で集まり、まずはカバーから地道に練習を始めた即席のメンバーでしたが、それぞれが段々と音楽の楽しさに気がつき、バンド活動にやりがいを感じ初めていました。
U2のボノも手放しで絶賛しているこの映画、素晴らしさを挙げていけばきりがないのですが、まずはキャスト! ぎこちないけどいつもまっすぐ、自分の弱さをわかった上でへこたれずにがんばる主役のコナーは、観ていて応援せずにはいられません。大人びた外見で傷つきやすさを隠したラフィーナには男女ともに共感を覚えるでしょうし、明るく元気なバンドのメンバーたちの瑞々しい演技にはつい微笑まずにはいられません。中でも、ルックスとは裏腹に(?)、なんでもできるエイモン(マーク・マッケンナ)は要チェック! いかにもお母さんが選んだようなダサセーターで登場する彼、若い頃のエルヴィス・コステロによく似てるんですよねえ。
そしてもちろん忘れてはならないのは音楽。当時日本でも大人気だったデュラン・デュランや、ザ・ジャムにザ・クラッシュ、ジョー・ジャクソンなどなど、当時のファンなら大興奮の選曲の数々が、抜群にツボをえた場面で流れます。中でもザ・キュアーの絶妙な使われ方といったら! あらためていい曲だなあと感じました。
さらに、バンドのオリジナルとしてこの映画用に作られた曲が、歌詞と音の両方ともがどれもこれも素晴らしく、観終わったらきっとサントラが欲しくなるはず! 嬉しいことにユニヴァーサル・ミュージックより発売されました。
80年代に洋楽三昧な青春を送った人はもちろん、友達とバンドをやったことがある人や、甘酸っぱい初恋の思い出がある人、または現在片思い中な人、そしてバンドでなくても、たとえば部活の楽しさを思い出したい人など、『シング・ストリート 未来へのうた』は、一度観たら絶対いろんな人にすすめたくなる、この夏一番の愛すべき映画です!
http://gaga.ne.jp/singstreet/ [リンク]
そして同じく1984年のイギリスを舞台に、当時の音楽と密接につながった翻訳ミステリ、キャシー・アンズワース『埋葬された夏』(三角和代訳・創元推理文庫)をご紹介します。2003年、私立探偵のショーンがある施設を訪ねるところから始まります。そこには、1984年にイギリス東部ノーフォークの海辺の町で起きた凄惨な殺人事件の犯人、コリーンが収容されています。彼女は終身刑の判決が出ていましたが、勅宣弁護人が近年行ったDNA鑑定の結果、彼女一人の犯罪ではないという証拠が出てきたのです。
16歳の夏に判決が出てから20年もの間、ひたすら沈黙を守っていたコリーン。その夏、一体何が起きたのか。物語は、2003年の現在と、過去の事件が起きるまでの1年間の出来事が順番に綴られます。
コリーンのルックスは今でいうゴスで、複雑な家庭環境も手伝い、クラスでも浮いている存在だったのですが、ある日デビーというクラスメートと仲良くなります。少し年上の男子たちに憧れ、背伸びするデビーとコリーンは、境遇が違うながらも楽しく過ごしていたのですが、そこに一人の少女が現れます。
ロンドンから来た転校生サマンサは、遊園地を経営する地元でも名士の孫娘。金髪の美しい彼女は、意外なことに転校初日からコリーンと打ち解けました。見かけによらず、家族と折り合いの悪いサマンサに同情したコリーン。デビーの不安が的中し、サマンサは彼女とコリーン二人の間にすこしずつ楔を打ち込んでいったのです……。
実はこのミステリ、なんと終わりに近づくまで誰が被害者なのかわかりません。
読者は当時の状況と現在の証言をつなぎあわせ、少しずつ謎を解き明かすうちに、身の毛がよだつほど恐ろしく、あまりにも悲しい真相にたどりつきます。実際に手を下したのはコリーンだったのか、それとも共犯者がいたのか、または全く関係ない人物が犯人だったのか? 殺されたのは誰で、動機は一体何だったのか? 封印された過去が明らかにされ、複雑に絡み合った糸がほぐれた時、謎解きのカタルシスを存分に味わえるこのミステリ、ずしんと心に残るダークな青春小説としても素晴らしく、普段はミステリを読まない方にもきっと満足されることと思います。
各章のタイトルや文中に、当時流行っていたバンドや曲名が登場し、的確に登場人物たちの心情や境遇を表しています。本書を読む前にまずそれらの曲に接してみたい方は、ぜひ版元のHPに作られたこちらのページ(http://www.webmysteries.jp/translated/unsworth1605.html) をごらんください。『シング・ストリート』とはまた違った青春時代を想像できるのではないでしょうか。実は訳者の三角氏は、洋楽CDの歌詞対訳やライナー等も手がけています。はしばしからUKロック愛がにじみ出る訳文をご堪能下さい。
映画『シング・ストリート 未来へのうた』と翻訳ミステリ『埋葬された夏』、80年代イギリスが舞台の、まさに青春の光と影といった対照的な2つの作品。この夏、両方とも強くオススメいたします。
執筆:♪akira
WEBマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」(http://www.targma.jp/yanashita/)内、“♪akiraのスットコ映画の夕べ”で映画レビューを、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」HP(http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/)では、腐女子にオススメのミステリレビュー“読んで、腐って、萌えつきて”を連載中。AXNミステリー『SHERLOCK シャーロック』特集サイトのロケ地ガイド(http://mystery.co.jp/program/sherlock/map/)も執筆しています。
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