東日本大震災で被害にあった福島県浜通りで生きる人を克明に取材したノンフィクション『境界の町で』(リトル・モア)が各方面に衝撃を与えた岡映里さん。実は、取材の影で双極性障害を患っていたといいます。
そんな岡さんが恋愛や仕事、生活の何もかもが上手くいかない自分を変えるためにどうしたのか、1年半の記録をまとめたエッセイ『自分を好きになろう』(KADOKAWA/角川マガジンズ)より刊行。表紙・マンガを『臨死!!江古田ちゃん』『あさはかな夢みし』の瀧波ユカリさんが担当しています。

今回、そんな岡さんと瀧波さんにインタビュー。メンタルが落ちた時はどんなことに困るのかといったことから、立ち直り方、タイトルにある「自分を好きになる」にはどうすればいいのか、お話をお伺いしました。

「ブログタイトルは自分に向けて付けました」(岡)

ーー岡さんは、ブログの内容からの書籍化とお聞きしているのですが、まずその感想からお聞かせ頂けますか?

岡映里さん(以下、岡):2016年の11月にお話を頂いて。その時には60エントリーくらいで、真面目に更新してから2ヶ月くらいだったので、びっくりしました。意外と読まれているんだな、と思いました。『筋トレをしろ。うつが治るから。』っていうタイトルにして2~3週間くらいだったんですけれど。

ーータイトルのメッセージが強い印象を与えて絶妙だと思いました。

岡:ちょうどその頃、Testosteroneさんの『筋トレが最強のソリューションである』を読んでいたから、一応筋トレをしろというようにしたかったんですね。自分がブログ毎日見るから、そうすると自分に言ってるみたいになるじゃないですか。やらなきゃ「すいません」みたいになるので。でも、「筋トレをしろ」だけだと分からないから、「うつが治るから頑張れ」っていうつもりで自分に言っているみたいな。

ーー自分で自分に言うような、自家発電的な感覚ですね。

岡:そうそう、自家発電感。読んでくれる人っていうよりは、結構自分に向けて。あと『Twitter』も『筋トレをしろbot』っていうのに変えたんですけど。

瀧波ユカリさん(以下、瀧波):筋トレ情報、何もないですよね。

岡:ない。筋トレマニアの人が「友達になってください」って沢山きたんですよ。すごいうろたえてしまって。そんなに本気で筋トレやってないんで「すいません」って思った。やっぱり言葉の力は絶大ですよね。

ーー瀧波さんは、もともとネットで岡さんとお知り合いだったとか。

瀧波:『Twitter』でお互いに存在は認知してたんですけど、特に接触はそれほどしないみたいな感じだったのが、11月ぐらいからちょっときっかけがあって直接やりとりするようになって。12月に本の依頼を頂きました。

ーーここから本の内容をお聞きしたいと思います。双極性障害やうつになると何が困るのか、改めて教えて頂ければ。

岡:私、物書きしているじゃないですか。病気になって文章読めなくなりましたね。本とか全然文字が追えなくなるんですよ。あと、会話してる時も話が日本語として聞こえるんですけど意味が分からないっていうか、「何を話してるんだ今?」ってなって、「何かおかしいな」ってずっと思っていて。そうするとどんどん仕事が遅くなるじゃないですか。資料も全然読めなくなっちゃったりとか。

瀧波:なんかすごいショックなことがあった人がそうなると思うんですけど、それがずっと続くんですよね。それはすごい恐ろしいと思います。

岡:外に出るまでに、起きて服を着替えるのに8時間かかったことがあるんです。

瀧波:もう暗いじゃないですか、外が!

岡:そうなんですよ。段取りは分かるんですけど。まず体起こして、服を出して、パジャマを脱いで着る、とかあるじゃないですか。できないんです、それが。頭がぼーっとしちゃって。あと、とにかく判断ができなくなる。スーパーとか行くじゃないですか、何買っていいか分からないとか。

瀧波:スーパーって、本当に精神が好調じゃないと行けないですよね。

岡:無理。行った瞬間茫然として、何買えばいいんだろうっていうとこから考えるとすごい時間がかかるから。

ーー情報量が多いところに行くと、何をしたらいいか分からなくなるみたいな感覚ですね。

岡:それが2012~13年くらいに続いていて。そのうちに倒れるというか、起き上がれなくなっちゃって。1週間ぐらいトイレに行くのもギリギリみたいな。ご飯ももう全然食べれないみたいな感じになって、精神科へ行ったんですよね。友達に「とにかく精神科に行け」って言われて、心療内科じゃなくて、歩いて行けるところでいいからって、すぐ予約取ってくれて。それで初めてかかったお医者さんが私の話を聞いて、「今すぐ会社に私の目の前で電話してください」って言われて、「すぐ休職しますって言ってください」って。「帰ったらあなたはやらないから今やれ」って言われて、それで休めたんですよね。その先生がそう言わなかったら多分休めなかったし、大変なことになってたと思いますね。

ーーいい先生ですね。

岡:女の先生なんですけど、すぐ診断書書いてくれて。いい先生でした。

ーーそれは、忙しかったのが理由の一つ?

岡:いや。もともと多分15歳ぐらいからそういう病気だったと思うんですけど、正しい診断がなかなかつかなくて自律神経失調症といわれていて、どんどん病気が悪くなっていった。それで東日本大震災がきっかけで、被災地の取材もしていたので、かなり気持ちの振り幅が激しい状態になっちゃって。きっかけはあるんですけど、もともとだったと思いますね、今となっては。

ーー瀧波さんは、岡さんのお話を聞いたり読んだりして共感する部分がありましたか?

瀧波:私は通院や薬を飲むといったうつにはなったことはないんですけれど、気分が落ち込みやすいなっていう自覚はあります。それをなんとか上げようといろいろ自分で工夫してやったり、本を読んだ知識とかを試してみたりしてみるのですけれど、ちょっと気を抜くと戻っちゃったりとかしていて。だから岡さんの感覚がわかるというか、「これは描けるな、描きたいな」と思いました。

「気の持ちようは先に変わらないから、行動から変える」(岡)

ーー岡さんは「親方(岡さんが前著『境界の町で』で書いた人物で福島で原発の復旧作業に当たる会社の社長)に部屋を掃除しろと言われた」みたいな話があります。「やってみよう」と思えたのはどうしてですか?

岡:やっぱりそれはちょうどその時に好きな人にフラれたからですよね。多分そのきっかけがないと、言われてもまだピンとこない状態で、しばらく続いていたと思うんですよ。「大事だな」って思う人が去っていっちゃうって、向こうが悪いんじゃなくて私に原因あるんだろうなって思ったんですよね。「これを繰り返すのやだな」ってなって。そのタイミングで部屋片付けるって、見てもいないのに親方に「お前の家は絶対ごみ屋敷だろ」って言われて、「そうです…」みたいな。それで片付けたっていうのはありますね。

瀧波:そういう強引な人の存在がいるのといないのとでは全く変わっちゃいますね。

岡:だから私にとってはお医者さんとか親方は妖精みたいな人で。元ヤクザだけど妖精とか、精神科医みたいな妖精さんに助けてもらったのかもしれないですよね。

瀧波:それをもし突っぱねてたらまた違ってますしね。

岡:そうですね。私も、だれかれ構わず人の意見を鵜呑みにすることはできないタイプなんですけど、それでも完全に人に対する信頼感を失った状態じゃなかったんでしょうね。好きな人はまだ自分のまわりに、友達や尊敬する人はいた状態だったので、まあまだよかったのかもしれない。そういう人に言われたら「やってみようかな」みたいな。

ーーもう1つ、「体を動かす」という事と、そこに至るまでの気の持ちようを変えてみようということや、物事の見方を変えようというメンタルの部分の両方お書きになってらっしゃると思うんですけれども、ご自身の中でどちらが先なんでしょう?

岡:これは瀧波さんとお話をしてたんですけど、たぶん気の持ちようって先に変わらなくないですか? 外側からとか、行動と言葉とかですよね、先に変えるのは。

瀧波:気は最後についてくる。

岡:最後ですよね、どうしてもやっぱり。最近結構思うんですけど、言葉も多分肉体的な運動に近いと思うんです。しゃべってると疲れたり、喉枯れたり声帯の筋肉使うし。運動とか行動もそうじゃないですか。先に体を使ってると気持ちが変わるような気がするんですよね。いいことに使えばよく変わるっていうか。あと、顔に笑い顔つくってるとネガティブなことは考えられなくなるっていうのも体験的に分かったんですよ。

瀧波:民話の『大きなかぶ』みたいに、行動とか言葉とかまわりの環境とかの要素が力を合わせて、気をぐーっと引き上げていくっていう感じですよね。

ーーなるほど。滝波さんにとって、岡さんの話を抽出して絵にするとキャッチーだなと選んでいった過程で、どういう部分が琴線に触れたのかも教えて下さい。

瀧波:そうですね、第4章で岡さんが「自分の中に警察官がいる」という話を書かれていて。自分の中にもそういう存在があるのでハッとしました。そこで、みんなの中にいる警察官のような「何か」を抽象的に描いてみようと思いました。文章での表現と漫画でのビジュアルイメージをあえて違うものにすることで、より伝わりやすくなったのではと思っています。

岡:瀧波さんは信号みたいに分かりやすく自分の章のことをまとめてくれているなと思っていて、漫画を先に読むと本当に文章に入りやすいんですよね。「こういうことが書いてありますよ」っていうことをはっきり道路標識みたいに書いてくれていて。それはすごいなって思いました。

ーー実は自分も筋トレやヨガをやってみたけれど、習慣にならなかったんですよ。長く続けるコツとか気構えはありますか?

岡:多分必要がないとやらないんですよ。必要がないか、好きじゃないと絶対続かない。筋トレとか英会話とかマラソンとか早起きとかって、みんなできたら最高だけど、大体みんな挫折するじゃないですか。それを罪悪感とか、自分を責める材料にしないでほしいなって思っていて。できないのは別に必要ないからだ、自分にはいらないんだって思えば、筋トレやってる人に対しても、キモいとか思わなくて済むし、「この人が好きでやってんだな」というのが分かればいいじゃないですか。私は別に身体を動かすことじゃなくても、カラオケでもいいと思うんですよ。何か好きなものがあれば、普段の生活の別の部分にいい影響が波及する感じがするんですよね。ただ、最近発見したんですがジム通いが絶対続く秘訣っていうのはあるんですよ。それは、運動しに行かないっていうことなんですよ。

ーー運動しに行かない?

岡:「ジムが続かないかもしれない」って心配している人には、「お風呂に入りに行ってください」って言ってます。どうせ運動の後シャワー浴びるじゃないですか。だから、ジムの会費がちょっと上がっちゃうけどオプションでタオルセットをつけて、とりあえず風呂入りに行くっていう。そうすると家の水道代とかガス代いらないし、ジムに行くとやる気ある人しかいないから、つられて運動しちゃうんです。なので、「銭湯がわりに使うと案外続くんじゃないですか」みたいなことは言ってます。

瀧波:この間ヨガの教室に行ったんですけど、これをやるとやらないのとでは結構変わってくるっていうコツがあって。行ったヨガ教室で会話とかしたりしますか?

ーー正直、ほとんどないですね。

瀧波:友達つくるまでハードル上げなくていいんですけど、絶対に会話した方がいいです。先日、ヨガの体験レッスンに行ったんです。かなりハードなタイプのヨガだったので、レッスン中は先生と会話らしい会話をしなかったんですが、なにか少しでも言葉でコミュニケートしたいなと思って。最後にお金払うときに、「先生お名前何ていうんですか?」って聞いて教えてもらって、「私、瀧波っていいます。また来たいと思ってるんでよろしくお願いします」って言いました。先生の名前は知ってたんですけど、こうやってちゃんと名前を伝え合うことで、そうする前よりも自分がそこにしっくり馴染んだような感じがしましたね。すごく当たり前のことをやるとやらないのとじゃ全然違うなと思ったんです。

岡:自分の場所になるってことなのかな。

瀧波:そうそう、会話をすることで「めちゃくちゃ辛かったけどまた行ってもいいな」という気になるんですよね。

「岡さんに“過去は変えられる”と言われて2万ツイート消しました」(滝波)

ーー滝波さんが、岡さんとやり取りをしている間でハッとしたというエピソードがあれば教えて頂ければと。

瀧波:割と最初の頃に「過去は変えられる」って言ってくれたんですよね。人から言われるとやっぱりびっくりしますよね。

岡:それは斎藤一人さん(『銀座まるかん』の創業者)の受け売りです。「過去は変えられる」っていうのは、本当にその通り。

瀧波:それで自分のツイート、2万件消したんですよ。「過去を変えてやる」と思って。ネットで文章つける習慣があると、今となってはもうしっくりこない自分の言葉がネットにいっぱい溜まったままになってるじゃないですか。それを思い切って1個1個全部見て消していったんですけど、スマホをタップしすぎて人差し指の指紋が摩耗してツルツルになりました(笑)。

ーー思い切りがすごいですね。例えばブログやSNS上でうつや精神疾患を公表することのよい面と悪い面があると思うんですよね。そういうことをネットで書くことについてどう思いますか?

岡:これも瀧波さんと話してる中で考え固まったことでもあるんですけど、治るとか、強くなる、元気になるとか、幸せになるって、今ちょっと避けられている表現な気がするんですよね。みんな弱いアピールやうつアピールをしている気がする。なぜなら「自分は弱いんです」と言えばこれ以上攻撃されないんだっていう、あらかじめの防御的なことなのかなって理解してるんですけど。でも、「強い」「治る」と言うと、絶対自分は強くなきゃいけないじゃないですか。私は120歳まで生きようって思ってるんですけど、そうするとゴキブリ並みに強くないとだめなので。そうすると、処世術として弱いコスプレをしていると、そのコスプレ脱げなくなるときくるんですよね。だから、自分はそういう弱さでは人とは繋がらないんだっていうことを決めてやっていると、うつアピールはできなくなるんですね。

ーーなるほど。

岡:以前は私もどうしたら良いかわからなくて「苦しい」「うつだ」ってたくさん周りに言ってました。でも、それをやめて「強くなりたい」「元気になりたい」って言うようにしたら、周囲に前向きな人が増えましたね。「自分弱いんです」というのも社会生活上の処世術かもしれないけど、それをやっているといつかすごく辛い思いをするかもしれない。勝負に出たいときに、「あれ? あなた弱かったんじゃないの?」って、誰も言わないかもしれないけど自分が言うんですよね。

ーー今のお話も、「過去は変えられる」という事と繋がっていますね。

岡:私たち、別に織田信長ぐらい有名になるとは思えないので。だから別にキャラ変しても、勝手に変えちゃえばいいんじゃないって思いますけど。

瀧波:周りが「この人はこういてほしい」っていう、ネガティブなほうのイメージに合わせていくと本当に地獄だと思うんですよね。

岡:幸せになっちゃいけないみたいになるとね。よく自虐をネタにしてものを書いちゃうと、幸せになったとき「つまんないね」って言われちゃう。それが1番書いてる人間としては苦しいと思うんですよね。

ーーそのように、他人からの視線によって自分を追い込まない秘訣があれば教えて下さい。

岡:自分って2人いると思っているんですね。今話している私が1人いて、もう1人が自分の心の真ん中あたりにいる女の子で、ちっちゃい子なんですけど。その子が苦しまないように楽しませてあげるみたいな感じ。すごい明るい楽しい女の子なんですけど、この子が「会社を辞めてはいけません」「世間の人に感心されるような生き方をしなさい」って、そんな価値観を押し付けて外側の大人の私が苦しめるとすごいかわいそうじゃないですか。「嫌ならいいよ。辞めよう、辞めます」みたいな。自分の心の中の女の子に聞いてあげてる感じで生活していますね。

ーー瀧波さんの目から見て、岡さんのここのところの考え方の転換とか発想がすごいなとか思われたとことかありますか?

瀧波:考え方が柔軟で、吸収が早い。私が知っているスピリチュアル系の人がいて、岡さんに「興味ありますか」みたいな感じで話を振ったら、メッセンジャーでやりとりをしながらググってるんですよ。もう次の日になったらドハマりしていて、「1日でここまできた」と思って。言葉とかじゃないところでの理解が早いのだと思います。

ーー最後に、この本で特にここを見てほしいっていうポイントをそれぞれ挙げて頂けますでしょうか。

岡:章を追うごとに文字数が減ってくんですけど、それは理由があって、自転車のペダルは漕ぎ始めが一番重たいのとおんなじで、始めるときが1番踏み込みが大変なんです。読んでいて、どんどん楽になるので、すごい楽しいと思います。

瀧波:自己啓発本ってもしかしたらそういう見方をしないかもしれないですけれど、文章になって書いてあることを、これが自分に合うか合わないかとか、正しいか正しくないかとか、そういうのをとりあえず一切外して、バーッって1回読んで、もう1回バーッって読むみたいな、そういう読み方をするといいんじゃないかなと思うんですよね。

岡:確かにそうですね。

瀧波:「これが自分に合っているか」とか、「本当に自分を好きなれるのか」とか、いろいろ考えて読むと入ってこないと思うんですよ。漫画もそんなに一生懸命読まなくても読めるような感じに整えたので、バッグにサッっと入れておいて地下鉄乗ってる5駅ぐらいでワーッて読むといった読み方がおすすめですね。

ーーお二方ともありがとうございました!

『自分を好きになろう』

著者:岡映里
漫画:瀧波ユカリ

発行:2017年6月15日
定価:1200円(税別)
発行:KADOKAWA

『自分を好きになろう書籍』(KADOKAWA)
http://shoten.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=321612000399 [リンク]

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