今回は伊東良徳さんのサイト『庶民の弁護士 伊東良徳のサイト』からご寄稿いただきました。
■ろくでなし子さんの逮捕に思う(弁護士 伊東良徳)
ここがポイント
女性器を隠すことが望ましくないという運動の活動家と支援者間での女性器データのやりとりは「わいせつな」電磁的記録の頒布なのか?
仮に刑法上わいせつ電磁的記録頒布に当たるとしても、その実態は何ら恥ずべきことではないと思う
私たちはこれを一種の政治犯と扱うべきではないか
報道によれば、警視庁は「ろくでなし子」のペンネームで活動する漫画家(以下、ろくでなし子さんと呼びます)を逮捕していたことを、2014年7月14日に発表しました。報道によれば、被疑事実は、3Dスキャンした自分の性器のデータを2014年3月20日に香川県在住の30才の会社員に提供したのを始め32人にダウンロードさせたというものです。
私は、この報道を見て、違和感を覚え、ろくでなし子さんの活動と被疑事実について少し調べてみました。その結果、ろくでなし子さんの逮捕とその報道にさらに強い違和感を持ちました。私自身、これまでろくでなし子さんのことをまったく知りませんでした。ここで書くことは今日(2014年7月14日)一日でネットで調べただけですから、思い違いもあるかも知れませんが、その節はご容赦ください。
●はじめに
私が感じた大きな疑問は、まず警視庁の言う(と報道されている)被疑事実とろくでなし子さんの活動全体を見たときの意味づけの落差、その中で女性器データの提供は「わいせつな」電磁的記録の頒布といえるのか、にあります。そして、そういった批判的な検討をせずに、ろくでなし子さんを「自称芸術家の女」などとして警視庁の発表をそのまま垂れ流すマスメディアの姿勢に呆れます。
●事件の全体像とろくでなし子さんの活動
ろくでなし子さんは、逮捕容疑の元になったボート作成の企画書によれば、自身の女性器の形が異常ではないかと悩み(自分が異常なのだと思い整形外科に行ったそうです)、それは女性器が常に隠されその基本形がわからなかったためであると思い至ったこと、女性器が必要以上に隠されてきたためにいやらしさが増幅し女性にとっては単なる体の一部なのにセックスや卑猥なイメージを勝手に与えられてきたと感じたことから、女性器をもっとPOPにカジュアルに日常に溶け込めるようにと、女性器をモチーフにした作品を作り発表してきたそうです。
ボート作成の企画は、女性器のイメージを日常化し広める創作活動の一環として、自らの女性器をかたどったボート(カヤック)を作成して多摩川に浮かべるなどのデモンストレーションをするため、その制作資金の寄付を募集するとともに3000円以上の寄付をした人にボート作成に使用するために3Dスキャナーでスキャンする自らの女性器のデータを提供する(ついでに言えば5万円以上寄付した人にはスキャン現場に立ち会わせる)と約束した(なお、募集に当たっての特典はそれだけではなく、お礼のメッセージ、ポストカード提供、進水式への招待等他のものもあり、データの提供はその一部です)ところ、2013年6月18日の募集開始から1週間で募集目標の51万4000円に達しましたが、加工業者との打ち合わせで予想よりも技術的に難しい点があり制作費用がさらにかかる可能性があるので募集を続行し、9月6日には100万円に達して打ち切りになったそうです。企画書のページの記載からすると、3000円以上寄付してデータ提供権を得たのは110人、5万円以上を寄付して立会権を得たのは5人のようです。2013年9月7日に3Dスキャンが実施され、10月にそのデータがサイトにアップされて寄付者にメールでURLが告知されてダウンロード可能となり、2014年3月18日にろくでなし子さんが迷惑メールフォルダのメールを確認したらそれまで気がつかなかった数人からの「出資したのにデータをもらっていない」という問い合わせがあり改めてURLを送信したようです(それが報道されている3月20日にダウンロードした香川県の会社員なんでしょうね)。2013年10月19日には多摩川で進水式が行われ、参加者の集合写真もブログにアップされていますが、見た目で判断する限りは参加者の過半数が女性です。ブログの記事によれば集めた100万円はボートの制作費用と協力者への謝礼、お披露目イベントで使い果たしてむしろ赤字となったそうです。
その後ろくでなし子さんは2014年5月9日から21日にかけて新宿で「よいこの科学まん個展」を開催し、ブログでは、来場した若い男の子や女の子が作品を見て爆笑する様子を見て、女性器が付加されてきた汚い、いやらしい、忌むべきイメージから何かたのしいものに変化した瞬間を感じることができましたなどと書いています。そしてそれに意を強くしたのか、2014年6月24日にはブログで来年は自分以外の女性の女性器の型どりによる作品での個展を企画すると発表、年内に100人の女性から型どりをすることを目指すとして手始めに7月19日に型どりをする企画を発表したところ定員オーバーの応募が来ていると書いて、その記事を最後に逮捕に至っています。
●提供されたデータを「わいせつな」電磁的記録と扱うべきか
私には、女性器のイメージを日常化することでいやらしい印象を払拭し明るく楽しいものと受け止められるようにしたいと考え、そのために活動を続けるろくでなし子さんは、一種の女性解放運動なり社会運動の活動家と評価できます。
そして、そのために自らの女性器をかたどった作品を創作・発表し続けるろくでなし子さんにとって、自らの女性器データの提供は、女性器の日常化・イメージの拡散という運動の実践そのものだと思います。少なくともろくでなし子さんの側に「わいせつな」意識はないはずです。
受け取る側はどうでしょうか。警視庁が逮捕に使った「香川県在住の30才の会社員」は「わいせつ目的でデータをダウンロードした」と「自白」したのでしょう。これからも警視庁はターゲットの「32人」にわいせつ目的だと自白させていくつもりでしょう。しかし、ダウンロードする権限があったのが110人に対し、報道によれば警視庁がダウンロードしたと言っているのは32人ということからみても、寄付者の多くはデータそのものに関心がなかったようですし、進水式の参加者写真を見てもろくでなし子さんの支持者の過半数が女性と見られます。ろくでなし子さんの運動や言動からしても、ろくでなし子さんが女性器をいやらしいもの(つまり「わいせつな」もの)ではなく明るく楽しいものと見て欲しがっていることは明らかです。ろくでなし子さんの支持者であれば、受け取る側も「わいせつな」ものと思っていないのではないか、と私は思います。そもそもはっきり言って「わいせつ画像」としての女性器が見たいのならばそんな手間をかけなくてもインターネット上無料でごろごろ転がっているご時世に、寄付をしてダウンロードした人々の多くは、ろくでなし子さんの運動の趣旨に賛同したとか知り合いでおつきあいとかで寄付をして、データもどちらかと言えばわいせつなものというよりもおもしろいものとして受け取ったのではないでしょうか。
女性器を見せるということ自体がいかなる場合でも「わいせつ」だというのであれば、混浴は公然わいせつになりかねませんし、出産シーンのあるドキュメンタリーで女性器が映ってもわいせつ物陳列、泌尿器科や産科、婦人科、皮膚科などの医学書の出版・販売もわいせつ物頒布になりかねません。そういう観点から、つまり女性器を隠すことが望ましくないという運動の当事者間のように、当事者双方が「わいせつな」ものとしてデータをやりとりしていないのであれば、それは刑法の適用上も「わいせつな」電磁的記録と扱うべきではないと私は思います。
●これは一種の政治犯というべきではないか
今回の女性器のデータの提供が刑法上わいせつ電磁的記録頒布に当たるとしても、ろくでなし子さんの行為は、女性器のイメージを明るくするという運動の一環として行われたもので、何ら恥ずべきものではなく、社会はこれを一種の政治犯として扱うべきだと、私は思います。
法律が違法と評価することが、捜査機関と裁判所が違法と判断することが、すべてではありません。被害者がいないのに権力の手で禁止されている行為について、権力の抑圧と闘うとき、その時点の法律で「違法」な行為であっても、非暴力でその法律を犯して投獄されながら歴史を変えていく例はこれまでも多数あります。黒人の公民権闘争は、アパルトヘイトとの闘いは、そういうものでした。
イスラム原理主義者の手によって人前で女性が顔をさらすことを禁じられている国・地域で、女性たちのごく一部がブルカ(ヴェール、ヘジャブ)の着用を拒否して弾圧される姿を、私たちはどう見ているでしょうか。ろくでなし子さんの運動が、これと同じと評価される日が、近い将来来ないと言えるでしょうか。
●それにしても、マスコミの情けなさ
マスコミは、ろくでなし子さんの逮捕を報道するに当たって警視庁の発表のままに、ろくでなし子さんを「自称芸術家の女」などと貶めて報道しています。この「自称芸術家」というレッテル貼りは、女性器を日常化する運動を創作活動を通じて行うろくでなし子さんの運動そのものを否定するものです。
報道では5W1Hが基本中の基本のはずなのに、私が目にした限りではすべての報道が、警視庁が逮捕していたことを7月14日に発表したとか、警視庁は7月14日までに逮捕したというもので、いつ逮捕したのかということがまったく報道されていません。マスコミ以外からは7月12日昼に湾岸署が逮捕という情報もあります。さらにはその逮捕の際には記者がカメラを並べて撮影していたという情報もあります。そうだとすれば、記者は逮捕の事実を知りながら警視庁が発表するまで、あるいは警視庁が報道していいよと言うまで報道しなかったということになります。報道価値がないから報道しなかったのであれば警視庁が発表しても報道しなければいいでしょう。報道価値がある逮捕なら警視庁の発表を待たずに報道すべきでしょう。記者として普通にすべきことを行わずに警視庁の発表を警視庁の意向に沿って垂れ流すのでは、マスコミの方をこそ「自称記者」(その実は警視庁の広報官まがい)と呼びたくなります。
おそらくは多くの記者は、ろくでなし子さんの運動について調べもせずに、その運動についての価値判断を積極的にすることもなく、警視庁の発表を無自覚に垂れ流したものと推測します。そこに気づいてこれから少しでもろくでなし子さんの運動に対して報道が与えたダメージをリカヴァーしようとする良心的な記者がわずかでも現れればいいなと思っています。
執筆: この記事は伊東良徳さんのサイト『庶民の弁護士 伊東良徳のサイト』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2014年07月16日時点のものです。
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