今回はarnさんのブログ『A.R.N [日記]』からご寄稿いただきました。
■問題は「格差」ではなく「貧困」(そして「非正規」ではなく「不景気」)
ドワンゴ取締役などを務める夏野剛氏の格差論騒動もあり、格差論争がまた熱く語られはじめました。(反論という形であっても)生活に苦しむ人々の声がトピックスとして上がってくる事自体はとても良いことだと思うのですが、どうも旧態依然な左派的な考えで語る人が多く、論点に違和感を感じることがしばしばあります。
そのひとつが「不景気」から発生する(短期の)問題と「構造問題」から発生する(長期の)問題との混同です。苦しい人には金や仕事を渡せ、というのはその通りかもしれませんが、通常の経済状態であれば苦しまなくても済むのであれば、そもそもの話として通常の経済状態にすることを目指すべきであって、助けると言っても一時的な支援に留める必要があります。一方、構造的に貧困の発生が不可避であるならば、永続的な支援が必要となります。
前者の通常の経済状態であれば特に支援が必要ではない問題の最たるものが「失業」です。景気が良ければ、仕事はある程度選べるようになります。今でこそブラック企業が横行していますが、労働市場の需給が逼迫してくれば、劣悪な労働環境の職場には自ずと人が集まらなくなり企業としても状況を改善せざるを得なくなります。
このように考えていくと「非正規」の何が問題なのか、という話になってきます。なぜなら、もし「非正規雇用」と「正規雇用」のどちらでも自由に選べるのであれば、それは単なる個人の自由意志の問題に他ならないからです。実際、過去にはフリーター=自由な新しい生き方としてポジティブに捉える時代もありましたし、非正規雇用は正規雇用に比べ景気から賃金への波及が素早くかつ大きいため好景気が続けば非正規雇用の方が手っ取り早く高収入を得られるため、サラリーマンから自由業に移る人も多くなります。
現状の問題は、「非正規雇用」という選択肢しかない(あるいは「非正規雇用」か「ブラック正規雇用」という選択肢しかない)という不景気特有の状況が続きすぎたが故に起こっているとも言えます。そうであれば、素直な解決策は景気を良くすることであって、決して「非正規」を制限することではありません。「非正規」という概念を無くしたところで、全体の労働需要が変化しない以上、失業者が増加し「普通の正規/ブラック正規」という区分けに変わるだけでしょう。
それでは「格差」はどうでしょう。格差は必ずしも景気状況に左右される問題ではありません。アメリカのように景気が良くとも格差が広がるケースはあります。格差については、むしろ「日本は格差が大きいのか」が問題となります。
格差の指標としては「ジニ係数」が有名です。では、日本のジニ係数がどうなっているかと言えば、「所得格差の長期推移」*1を見ればわかるように徐々に上昇してきています。この事実をもって、日本は格差が拡大している! と主張される方がいますが、これは早合点のように思います。なぜなら、ジニ係数は少子高齢化の状況では大きめの値になってしまうという問題があるからです。
*1:「図録 所得格差の長期推移及び先進国間国際比較」 『社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune』
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4660.html
これは「年齢階級別のジニ係数」*2を見るとわかりやすいのですが、人は年齢が上がるにつれてそれまでに培った人生経験に応じて所得の差が当然大きくなるので、高年齢になるにつれて格差が大きくなる傾向にあります。そのため、少子高齢化が進むと、格差が大きい高齢者が増えて、格差の少ない若年者が減る結果、ジニ係数は大きくなってしまうわけです。これは、格差の増加と言ってもライフサイクルにおける必然であって問題視すべき格差ではありません(当初所得におけるジニ係数悪化*3も同じ原因によります。ほとんどの高齢者は定年後所得がなくなるため、全体としてはジニ係数が悪化していきます)。
*2:「図録 各年齢層の所得格差の推移」 『社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune』
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4665.html
*3:「図録 所得再分配調査による所得格差、及び再分配による格差改善度の推移」 『社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune』
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4667.html
結論から言ってしまえば、日本の国全体としての格差は昔から現在に到るまで中庸であり、アメリカとは異なり格別問題視すべきレベルとは言えません。日本より格差の低い国々はヨーロッパの福祉国家や旧共産圏も多く、そこまで格差を縮めるべきかは国としてのあり様を変える必要があるようにも感じます。
格差問題として注目すべき点があるとすれば、「年齢階級別のジニ係数」の40歳代以下の世代でジニ係数が悪化していることでしょう。これらの世代の人々は、バブル崩壊後に就職しその職業人生のほとんどを不景気の元で過ごした人々となります。昔から履歴効果として心配されていた問題がとうとう顕在化し始めてきたと言えそうです。
私が「格差」を問題視すべきでないと思うのは、「格差」の解決策は「高所得者から奪い、低所得者に分け与える」ことに他ならないからです。高額所得者のシェア*4を見れば明らかですが、日本にはそれほど高所得者が多いわけではありません。存在しない敵を攻撃し徒労に終わることは目に見えているでしょう。格差を生んでいるのは、「大量の普通の老人」と「不景気」だという事実に目を向けるべきです。
*4:「図録 高額所得者の所得シェアの長期推移(日米英仏加5カ国比較)」『社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune』
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4655.html
なお、特筆すべき「格差」がないことが即「貧困」がないことを意味しません。
我々の国が「真の共産主義」ではない以上、ある程度の格差は必ず存在します。そして、それは必要なことです。なぜなら、格差が完全にない世界では、努力をする人・しない人、才能のある人・ない人関係なく所得が同じになってしまうからです。多くの人は努力や才能に応じ異なる所得になることを不平等とは思わないでしょうし、とても非効率であるが故に現在のような経済環境を維持できなくなるでしょう。
問題なのは、努力や才能で不平等が発生するのは仕方ないとしても、限度があるだろうということです。人が高い所得を得られるようになる理由は努力や才能だけではなく、運の力が大きく影響してきます(努力できることや特殊な才能を持って生まれてくる事自体が運だとも言えます)。景気が良ければ、今に比べれば状況はましになるでしょうが、それでも生活に窮するような「貧困」はゼロにはなりません。単に運が悪いが故に普通の生活を営めないことは大きな問題ではないでしょうか。
景気が良くなっても解決しない「貧困」問題を解決することこそ、日本の次なる課題なのではないかと私は思います。
執筆: この記事はarnさんのブログ『A.R.N [日記]』からご寄稿いただきました。
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