弓指寛治×東浩紀「『悪の愚かさ』と芸術ーーアートにいまなにができるのか」(2020/1/24収録) @KanjiYumisashi @hazuma
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ひどい話ですね
【収録時のイベント概要】弓指寛治は死をテーマに作品を作り続けている。きっかけは実母の交通事故と自死。現在はいち市民の死を遺族への丹念なリサーチをもとに作品化するという、困難な課題に挑戦し続けている。2018年の個展「四月の人魚」では1980年代のアイドル・岡田有希子の自死を主題とした。2019年の個展「ダイナマイト・トラベラー」では昭和期のある女性の心中事件をとりあげ、同年夏のあいちトリエンナーレへの参加作品「輝けるこども」では2011年に6人の児童が犠牲になった交通事故を扱った。ひとの死を記憶し、魂を慰める——そんな弓指の活動を「慰霊のアート」と呼ぶひともいる。他方で、近年の東浩紀もまた「慰霊」に関心を寄せている。2019年刊の『テーマパーク化する地球』にいくつもの論考を寄せているほか、『ゲンロン』で連載中の「悪の愚かさについて」では、死の記憶の困難さや、現実と虚構のずれなどが論じられている。「死をアートにする」とは、いったいどういうことなのか。2019年の日本では、芸術と公共の関わりを考えさせる事件が続発した。政治がアートを利用し、それに対抗するためアーティスト自らも政治で武装する、私たちはそんな時代に入りつつある。けれども芸術と公共の関係はそれだけなのだろうか。あいちトリエンナーレに参加した芸術家とあいちトリエンナーレを途中で離脱した哲学者が交わす、もうひとつの「芸術と公共」論。 ★ 東浩紀「政治は細やかな運営に宿る」(ゲンロン友の声)公開中!ゲンロンに寄せられた質問に、東浩紀とゲンロンスタッフがお答えしている「ゲンロン友の声」。東浩紀による「政治は細やかな運営に宿る」( https://note.com/genron/n/na2c91d63c76c )が公開されました。あいちトリエンナーレの騒動について、芸術と政治の関わりについて、東の率直な思いが綴られています。今回のイベントにも関連する内容です。ぜひお読みください!「悪の愚かさ」と芸術 – ゲンロンカフェhttps://genron-cafe.jp/event/20200124/