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詳細<マル激・後半>日本はいつまでスパイ天国を放置するのか/小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)
ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。 米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。 日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。 インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。 では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。 国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。 その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。 メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。 戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。 AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。 防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。 第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。 日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46792719(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/14(月) 12:00
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会員無料 57:06
詳細<マル激・前半>日本はいつまでスパイ天国を放置するのか/小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)
ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。 米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。 日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。 インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。 では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。 国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。 その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。 メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。 戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。 AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。 防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。 第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。 日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46792854(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/14(月) 12:00
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詳細<マル激・後半>トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと/藤井広重氏(宇都宮大学国際学部准教授)
世界は今、完全に無法地帯と化してしまうかどうかの瀬戸際に立たされている。そのせめぎ合いの最前線が国際刑事裁判所をめぐる攻防だ。そして、今回ばかりは日本も傍観者でいることは許されない。 トランプ米大統領は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長と、セネガル出身のアブドゥライ・セイ弁護士を制裁対象に指定した。2人はアメリカに入国できなくなり、アメリカ国内の資産は凍結される。さらにアメリカ企業との取引が制限されることで、クレジットカードをはじめとする金融サービスが使えなくなり、日常生活にも影響が及ぶ。 赤根所長が制裁対象となった背景には、ガザでの軍事作戦をめぐりネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して出された逮捕状に、判事として関与したことがある。ICCは2024年11月、ガザで飢餓を戦争の手段として用いた疑いや民間人への攻撃を意図的に指示した疑いなどを理由に、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で両氏の逮捕状を発行した。ガザでの犠牲の甚大さから、これをジェノサイドに相当する行為だと見る向きも国際社会には根強い。 アメリカによるICC関係者への制裁は昨年から拡大しており、2025年2月以降、これまでにICC関係者13人が制裁対象に指定された。そのうち判事は9人で、ICCの裁判官18人の半数を占める。 いったいなぜ一国の政府が、国際裁判所の裁判官個人にこれほど強力な制裁を科すのか。 そしてこれは日本にとっても他人事ではない。赤根所長は日本政府がICC裁判官候補として送り出した人物であり、日本はICCを資金面でも支える主要な加盟国だ。その赤根所長が職務を忠実に遂行した結果、アメリカから制裁を受けている。日本はこの事態にどう向き合うべきなのか。 ICCは、戦争犯罪やジェノサイドなど重大な国際犯罪を犯した個人を裁くため、2002年に設立された常設の国際裁判所だ。現在125カ国・地域が加盟しており、日本も加盟国だが、アメリカやロシア、中国、イスラエルなどは加盟していない。 アメリカは、ICC非加盟国である自国やイスラエルの国民にまでICCの捜査や訴追が及ぶことに強く反発してきた。アメリカはICCの根拠となる条約「ローマ規程」を批准しておらず、ICCの権限を受け入れていない。アメリカからすれば、自分たちが参加していない条約によってつくられた裁判所が、なぜアメリカ国民を裁けるのかということになる。 一方、ローマ規程では、容疑者の国がICC非加盟国でも、犯罪がICC加盟国で行われた場合、ICCは権限を行使できる。ICCからすれば、加盟国で起きた重大犯罪であれば、容疑者がアメリカ人やイスラエル人だからといって対象外になるわけではない。アメリカが「誰を裁くのか」を問題にするのに対し、ICCは「どこで犯罪が起きたのか」を重視しており、ここの主張の違いが対立の根底にある。 ICCをめぐる対立や反発は、アメリカとの間だけで起きているわけではない。実際、ブルンジやフィリピンは、自国内の問題に対するICCの捜査などに反発し、ICCから脱退している。また、ICCがアフリカやグローバルサウスの国々を選択的に扱ってきたとの批判もある。ニジェールやブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドも脱退を通告しており、来年脱退する予定だ。 ICCの問題に詳しい宇都宮大学国際学部の藤井広重准教授は、こうした状況のなかで、アメリカによる制裁がICCへの不信や反発をさらに強め、加盟国の減少につながる可能性を危惧する。 ICCには自前の警察組織がない。容疑者の逮捕や身柄の引き渡しなど、ICCの実効性は加盟各国の協力に依存している。それだけに、ICCを支える国が減っていけば、裁判所としての機能そのものが弱まりかねない。 それでもICCのような国際法廷が必要とされるのは、国家による裁きだけでは重大な国際犯罪の責任を追及できない場合があるからだ。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの軍事行動をめぐっては、戦争犯罪や人道に対する罪などが問われている。国家が自ら裁こうとしない重大犯罪を誰が裁くのか。ICCはまさにそのために作られた仕組みだ。 ではなぜトランプ政権はICCにこれほど強硬なのか。11月3日に中間選挙を控えるアメリカ国内の政治事情も一因とみられ、共和党が連邦議会の多数派を維持できるかどうかは、残る任期の政権運営を大きく左右する。今回のICC制裁も、こうした選挙戦を意識した動きという見方が番組内で示された。 では、日本はどうするのか。 スペインやフランスなどが強い言葉でアメリカを非難する一方、日本政府は「大変残念」「大変深刻に受け止めている」と表明するにとどまり、制裁を強く非難したり、制裁の撤回を求めたりはしていない。 政府の対応に対しては日本国内からも批判の声が上がっている。国会議員による「人権外交を超党派で考える議員連盟」は8月24日、制裁をめぐる日本政府の対応に対する非難声明を発表した。日本政府の対応は「諸国と比べて段違いに弱い」とした上で、日本政府に対し、制裁に明確に抗議し即時撤回を要求するよう求めた。また、議連の共同代表の中谷元衆院議員は9月4日、日本外国特派員協会の会見で「言うべきことを言わずに忖度ばかりしているとアメリカからも評価されなくなる」と批判している。日本から輩出されたICC所長が同盟国であるアメリカから制裁を受けているにもかかわらずだ。 藤井氏は、重大犯罪を国際的に裁こうと、20年以上にわたり国際社会が積み重ねてきたICCの歩みをここで止めてしまうのはもったいないという。ICCが絶対的な正義だというつもりはない。だからこそ、様々な批判と向き合いながら、より普遍的な国際法廷へと育てていくことが重要だ。藤井氏は、そこでリーダーシップを取れるのはまさに日本ではないかと指摘する。 国際的に重大犯罪を裁く仕組みを大国の圧力からどう守るのか。まだ不完全なICCをより世界に根づいた国際法廷へとどう育てていくのか。その時にアメリカの同盟国であると同時にICCを支える主要国でもある日本はどのような役割を果たすべきなのかなどについて、宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46764733(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/07(月) 12:00
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会員無料 70:04
詳細<マル激・前半>トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと/藤井広重氏(宇都宮大学国際学部准教授)
世界は今、完全に無法地帯と化してしまうかどうかの瀬戸際に立たされている。そのせめぎ合いの最前線が国際刑事裁判所をめぐる攻防だ。そして、今回ばかりは日本も傍観者でいることは許されない。 トランプ米大統領は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長と、セネガル出身のアブドゥライ・セイ弁護士を制裁対象に指定した。2人はアメリカに入国できなくなり、アメリカ国内の資産は凍結される。さらにアメリカ企業との取引が制限されることで、クレジットカードをはじめとする金融サービスが使えなくなり、日常生活にも影響が及ぶ。 赤根所長が制裁対象となった背景には、ガザでの軍事作戦をめぐりネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して出された逮捕状に、判事として関与したことがある。ICCは2024年11月、ガザで飢餓を戦争の手段として用いた疑いや民間人への攻撃を意図的に指示した疑いなどを理由に、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で両氏の逮捕状を発行した。ガザでの犠牲の甚大さから、これをジェノサイドに相当する行為だと見る向きも国際社会には根強い。 アメリカによるICC関係者への制裁は昨年から拡大しており、2025年2月以降、これまでにICC関係者13人が制裁対象に指定された。そのうち判事は9人で、ICCの裁判官18人の半数を占める。 いったいなぜ一国の政府が、国際裁判所の裁判官個人にこれほど強力な制裁を科すのか。 そしてこれは日本にとっても他人事ではない。赤根所長は日本政府がICC裁判官候補として送り出した人物であり、日本はICCを資金面でも支える主要な加盟国だ。その赤根所長が職務を忠実に遂行した結果、アメリカから制裁を受けている。日本はこの事態にどう向き合うべきなのか。 ICCは、戦争犯罪やジェノサイドなど重大な国際犯罪を犯した個人を裁くため、2002年に設立された常設の国際裁判所だ。現在125カ国・地域が加盟しており、日本も加盟国だが、アメリカやロシア、中国、イスラエルなどは加盟していない。 アメリカは、ICC非加盟国である自国やイスラエルの国民にまでICCの捜査や訴追が及ぶことに強く反発してきた。アメリカはICCの根拠となる条約「ローマ規程」を批准しておらず、ICCの権限を受け入れていない。アメリカからすれば、自分たちが参加していない条約によってつくられた裁判所が、なぜアメリカ国民を裁けるのかということになる。 一方、ローマ規程では、容疑者の国がICC非加盟国でも、犯罪がICC加盟国で行われた場合、ICCは権限を行使できる。ICCからすれば、加盟国で起きた重大犯罪であれば、容疑者がアメリカ人やイスラエル人だからといって対象外になるわけではない。アメリカが「誰を裁くのか」を問題にするのに対し、ICCは「どこで犯罪が起きたのか」を重視しており、ここの主張の違いが対立の根底にある。 ICCをめぐる対立や反発は、アメリカとの間だけで起きているわけではない。実際、ブルンジやフィリピンは、自国内の問題に対するICCの捜査などに反発し、ICCから脱退している。また、ICCがアフリカやグローバルサウスの国々を選択的に扱ってきたとの批判もある。ニジェールやブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドも脱退を通告しており、来年脱退する予定だ。 ICCの問題に詳しい宇都宮大学国際学部の藤井広重准教授は、こうした状況のなかで、アメリカによる制裁がICCへの不信や反発をさらに強め、加盟国の減少につながる可能性を危惧する。 ICCには自前の警察組織がない。容疑者の逮捕や身柄の引き渡しなど、ICCの実効性は加盟各国の協力に依存している。それだけに、ICCを支える国が減っていけば、裁判所としての機能そのものが弱まりかねない。 それでもICCのような国際法廷が必要とされるのは、国家による裁きだけでは重大な国際犯罪の責任を追及できない場合があるからだ。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの軍事行動をめぐっては、戦争犯罪や人道に対する罪などが問われている。国家が自ら裁こうとしない重大犯罪を誰が裁くのか。ICCはまさにそのために作られた仕組みだ。 ではなぜトランプ政権はICCにこれほど強硬なのか。11月3日に中間選挙を控えるアメリカ国内の政治事情も一因とみられ、共和党が連邦議会の多数派を維持できるかどうかは、残る任期の政権運営を大きく左右する。今回のICC制裁も、こうした選挙戦を意識した動きという見方が番組内で示された。 では、日本はどうするのか。 スペインやフランスなどが強い言葉でアメリカを非難する一方、日本政府は「大変残念」「大変深刻に受け止めている」と表明するにとどまり、制裁を強く非難したり、制裁の撤回を求めたりはしていない。 政府の対応に対しては日本国内からも批判の声が上がっている。国会議員による「人権外交を超党派で考える議員連盟」は8月24日、制裁をめぐる日本政府の対応に対する非難声明を発表した。日本政府の対応は「諸国と比べて段違いに弱い」とした上で、日本政府に対し、制裁に明確に抗議し即時撤回を要求するよう求めた。また、議連の共同代表の中谷元衆院議員は9月4日、日本外国特派員協会の会見で「言うべきことを言わずに忖度ばかりしているとアメリカからも評価されなくなる」と批判している。日本から輩出されたICC所長が同盟国であるアメリカから制裁を受けているにもかかわらずだ。 藤井氏は、重大犯罪を国際的に裁こうと、20年以上にわたり国際社会が積み重ねてきたICCの歩みをここで止めてしまうのはもったいないという。ICCが絶対的な正義だというつもりはない。だからこそ、様々な批判と向き合いながら、より普遍的な国際法廷へと育てていくことが重要だ。藤井氏は、そこでリーダーシップを取れるのはまさに日本ではないかと指摘する。 国際的に重大犯罪を裁く仕組みを大国の圧力からどう守るのか。まだ不完全なICCをより世界に根づいた国際法廷へとどう育てていくのか。その時にアメリカの同盟国であると同時にICCを支える主要国でもある日本はどのような役割を果たすべきなのかなどについて、宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46764959(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/07(月) 12:00
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詳細<マル激・後半>9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか/内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
夏休みが終わり、新学期が始まる9月1日を挟んで、子どもの自殺が突出して増える。いわゆる「9月1日問題」だ。 「夏休み明けが危ない」ということは、以前から現場では指摘されてきた。しかし、それはあくまで実感の域を出るものではなかった。それが誰の目にも明らかな事実として可視化されたのが2015年だった。過去約40年分の18歳以下の自殺を日別に集計したデータが公表され、9月1日に突出した山ができていることが白日の下に晒されたのだ。しかも山は9月1日だけではなかった。ゴールデンウィーク明けにも春休み明けにも、休みが明けるたびに数字は跳ね上がっていた。学校に行くことがそれほどまでに子どもたちにとって過酷なものになっていることを、この統計は残酷なまでにはっきりと示していた。 日本の自殺者数そのものは、2006年の自殺対策基本法の制定以降、相談窓口の整備やゲートキーパーの養成、生活困窮者支援や就労支援など、政府を挙げた対策が積み重ねられた結果、年間3万人を超えていた時期から減り続け、2025年にはついに統計開始以来初めて2万人を下回った。ところが大人の自殺が減る一方で、子どもの自殺は増え続けている。小中高生の自殺者数は2024年が529人、2025年が538人と、2年連続で過去最多を更新した。しかも名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良氏が子どもの数の減少を加味して自殺率として計算し直してみると、実は1990年代からすでに子どもの自殺率の上昇は始まっていたことがわかったという。危機は30年前から始まっていたのだ。 とりわけ深刻なのが女子の自殺者の増加だ。教育問題は概して男子の件数が多く、自殺もかつては男子が女子を大きく上回っていた。ところが近年、女子が男子を追い越している。2025年は女子280人に対して男子258人で、小中高のいずれでも女子が男子を上回った。しかし、それが何を意味するのかを分析するためのデータは十分に公開されておらず、研究者ですら手を出せない状態にあると内田氏は言う。 警察庁の統計で自殺の原因を見ると、小中高生では「学校問題」が多くを占めている。ところがその内訳を見ると、われわれの予想を裏切って、いじめはごくわずかしかない。最も多いのは学業不振や進路の悩みだ。そして全体で圧倒的に多いのは「原因不詳」だった。にもかかわらず、メディアで語られる子どもの自殺はほとんどが「いじめ」と結びつけられている。内田氏は、いじめも不登校も、まずは「わからない」ということから始めなければならないと語る。当の子ども自身が自分に何が起きているのかをわかっていないことが多いのに、大人の側が先回りして答えを決めてしまう。それこそが最大の問題なのだという。 大人の側の見え方の歪みを浮き彫りにしたのが、不登校のきっかけについて、子ども本人と保護者と教員の三者にまったく同じ質問をぶつけた調査だった。当事者である子どもが平均7〜8個の項目にチェックを入れるのに対し、教員は2〜3個しか選ばない。そして最も差が大きかったのが「教員との関係」と「いじめ」で、教員はほとんどこれを選んでいなかった。一方、学業不振については三者の回答はほぼ一致していた。つまり、自分に責任が及ばない原因だけが、大人にはよく見えているということだ。「何かあったらいつでも相談に来なさい」と言う大人のもとに、子どもがなかなか行けないのも当然だろう。 不登校もコロナ以降増え続け、いまや35万人を超えた。これは小中学生のおよそ26人に1人にあたり、1クラスに1人以上が不登校という計算になる。しかもこれは学校からの報告に基づく数字であり、年間30日以上の欠席という「不登校」の定義からこぼれ落ちる子どもや、しんどさを抱えたまま登校を続ける「隠れ不登校」まで含めれば、実態はさらに大きいと見られる。 そして、しばしば見落とされるのが家庭の問題だ。「学校がつらいなら家にいればいい」と言われるが、家が安全な場所だという前提そのものを疑う必要があると内田氏は言う。中学生に「自分が最も落ち着ける場所」、その保護者に「自分の子どもが最も落ち着ける場所」を尋ねた内田氏の調査では、保護者の93%が「家」と答えたのに対し、子どもでは74%にとどまり、「SNS」を挙げる子どももいた。しかも不登校になれば親子関係が悪化し、子どもは家にも居場所がなくなっていく。さらに、子どもが学校に行かなくなった後に家庭が直面する困難、たとえば母親が仕事を辞めざるを得なくなるといった負担については、教育行政の調査対象にすらなっておらず、20年前から指摘され続けながら、いまだにブラックボックスのままだ。 スマホとSNSの普及の時期が子どもの自殺率の上昇と重なっている点も気になる。大人にとってのSNSが会社の外に広がる「解放」として機能するのに対し、子どものSNSは学校の人間関係の中に閉じており、むしろ「閉鎖」として働く。SNSのせいで、物理的に学校から離れているはずの夏休みでさえ、24時間学校の中にいるような感覚から逃れられなくなる。 アメリカではメタやTikTok、YouTubeなどを相手取り、無限スクロールやアルゴリズムによるフィードが青少年に依存的な行動を促す設計になっているとして訴訟が相次いでいる。今週も、メタが全米の州司法長官との間で今後10年で最大180億ドル、日本円にして約2兆9000億円を支払うことで合意したことが明らかになったばかりだ。自分で選んで見ているつもりの行動が、実はアーキテクチャによってあらかじめ方向づけられている。しかし日本では、この問題はほぼ野放しのままだ。 日本の学校制度の構造も再検証する必要がある。そこでは固定されたクラスで、気が合うかどうかにかかわらず同じ顔ぶれと朝から晩まで席を並べて過ごすほかなく、そこから離脱する方法がない。保護者も教員も学校的な価値を内面化し、部活動の指導から生徒指導まで、あらゆるものを学校と教員が丸抱えする。その結果、教員の長時間労働は限界に達し、ついに教壇に立つ教員がいないという教師不足まで現実になっている。部活動の地域移行に反発が起きるのも、結局は部活でいい思いをしてきた大人が多数派だからだ。 自殺対策は、どうしても「死ぬ理由」を取り除くことに向かう。しかし、かつてライフリンクの清水康之氏が本番組で語ったように、本当に必要なのは「生きる理由」を作ることだ。不安を取り除くだけでは人は生きられない。そして希望は、自分がワクワクした経験を持たない者には語れない。 9月1日を前に、大人は子どもたちのSOSをどう受け止めるべきなのか。内田氏は、大人が自分一人で何とかしようと思わないことが大切だと語った。自分には受け止めきれないこともあることを認めた上で、世の中にはほかにもさまざまな人がいて、電話でもLINEでもさまざまな相談の方法があるということを子どもに示していく。教員も保護者も、しんどいことはしんどいと口に出し、大人と子どもという役割の仮面を外して同じ目線に降りていく。それこそが、今われわれが取るべき方向ではないかというのだ。 データから見えてくる子どもの自殺と不登校の実像と、それを取り巻く学校と家庭の構造的な問題について、ゲストの内田良氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。※本番組はWHOの「自殺報道ガイドライン」を踏まえて制作しています。前半はこちら→so46736945(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/31(月) 12:00
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会員無料 71:27
詳細<マル激・前半>9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか/内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
夏休みが終わり、新学期が始まる9月1日を挟んで、子どもの自殺が突出して増える。いわゆる「9月1日問題」だ。 「夏休み明けが危ない」ということは、以前から現場では指摘されてきた。しかし、それはあくまで実感の域を出るものではなかった。それが誰の目にも明らかな事実として可視化されたのが2015年だった。過去約40年分の18歳以下の自殺を日別に集計したデータが公表され、9月1日に突出した山ができていることが白日の下に晒されたのだ。しかも山は9月1日だけではなかった。ゴールデンウィーク明けにも春休み明けにも、休みが明けるたびに数字は跳ね上がっていた。学校に行くことがそれほどまでに子どもたちにとって過酷なものになっていることを、この統計は残酷なまでにはっきりと示していた。 日本の自殺者数そのものは、2006年の自殺対策基本法の制定以降、相談窓口の整備やゲートキーパーの養成、生活困窮者支援や就労支援など、政府を挙げた対策が積み重ねられた結果、年間3万人を超えていた時期から減り続け、2025年にはついに統計開始以来初めて2万人を下回った。ところが大人の自殺が減る一方で、子どもの自殺は増え続けている。小中高生の自殺者数は2024年が529人、2025年が538人と、2年連続で過去最多を更新した。しかも名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良氏が子どもの数の減少を加味して自殺率として計算し直してみると、実は1990年代からすでに子どもの自殺率の上昇は始まっていたことがわかったという。危機は30年前から始まっていたのだ。 とりわけ深刻なのが女子の自殺者の増加だ。教育問題は概して男子の件数が多く、自殺もかつては男子が女子を大きく上回っていた。ところが近年、女子が男子を追い越している。2025年は女子280人に対して男子258人で、小中高のいずれでも女子が男子を上回った。しかし、それが何を意味するのかを分析するためのデータは十分に公開されておらず、研究者ですら手を出せない状態にあると内田氏は言う。 警察庁の統計で自殺の原因を見ると、小中高生では「学校問題」が多くを占めている。ところがその内訳を見ると、われわれの予想を裏切って、いじめはごくわずかしかない。最も多いのは学業不振や進路の悩みだ。そして全体で圧倒的に多いのは「原因不詳」だった。にもかかわらず、メディアで語られる子どもの自殺はほとんどが「いじめ」と結びつけられている。内田氏は、いじめも不登校も、まずは「わからない」ということから始めなければならないと語る。当の子ども自身が自分に何が起きているのかをわかっていないことが多いのに、大人の側が先回りして答えを決めてしまう。それこそが最大の問題なのだという。 大人の側の見え方の歪みを浮き彫りにしたのが、不登校のきっかけについて、子ども本人と保護者と教員の三者にまったく同じ質問をぶつけた調査だった。当事者である子どもが平均7〜8個の項目にチェックを入れるのに対し、教員は2〜3個しか選ばない。そして最も差が大きかったのが「教員との関係」と「いじめ」で、教員はほとんどこれを選んでいなかった。一方、学業不振については三者の回答はほぼ一致していた。つまり、自分に責任が及ばない原因だけが、大人にはよく見えているということだ。「何かあったらいつでも相談に来なさい」と言う大人のもとに、子どもがなかなか行けないのも当然だろう。 不登校もコロナ以降増え続け、いまや35万人を超えた。これは小中学生のおよそ26人に1人にあたり、1クラスに1人以上が不登校という計算になる。しかもこれは学校からの報告に基づく数字であり、年間30日以上の欠席という「不登校」の定義からこぼれ落ちる子どもや、しんどさを抱えたまま登校を続ける「隠れ不登校」まで含めれば、実態はさらに大きいと見られる。 そして、しばしば見落とされるのが家庭の問題だ。「学校がつらいなら家にいればいい」と言われるが、家が安全な場所だという前提そのものを疑う必要があると内田氏は言う。中学生に「自分が最も落ち着ける場所」、その保護者に「自分の子どもが最も落ち着ける場所」を尋ねた内田氏の調査では、保護者の93%が「家」と答えたのに対し、子どもでは74%にとどまり、「SNS」を挙げる子どももいた。しかも不登校になれば親子関係が悪化し、子どもは家にも居場所がなくなっていく。さらに、子どもが学校に行かなくなった後に家庭が直面する困難、たとえば母親が仕事を辞めざるを得なくなるといった負担については、教育行政の調査対象にすらなっておらず、20年前から指摘され続けながら、いまだにブラックボックスのままだ。 スマホとSNSの普及の時期が子どもの自殺率の上昇と重なっている点も気になる。大人にとってのSNSが会社の外に広がる「解放」として機能するのに対し、子どものSNSは学校の人間関係の中に閉じており、むしろ「閉鎖」として働く。SNSのせいで、物理的に学校から離れているはずの夏休みでさえ、24時間学校の中にいるような感覚から逃れられなくなる。 アメリカではメタやTikTok、YouTubeなどを相手取り、無限スクロールやアルゴリズムによるフィードが青少年に依存的な行動を促す設計になっているとして訴訟が相次いでいる。今週も、メタが全米の州司法長官との間で今後10年で最大180億ドル、日本円にして約2兆9000億円を支払うことで合意したことが明らかになったばかりだ。自分で選んで見ているつもりの行動が、実はアーキテクチャによってあらかじめ方向づけられている。しかし日本では、この問題はほぼ野放しのままだ。 日本の学校制度の構造も再検証する必要がある。そこでは固定されたクラスで、気が合うかどうかにかかわらず同じ顔ぶれと朝から晩まで席を並べて過ごすほかなく、そこから離脱する方法がない。保護者も教員も学校的な価値を内面化し、部活動の指導から生徒指導まで、あらゆるものを学校と教員が丸抱えする。その結果、教員の長時間労働は限界に達し、ついに教壇に立つ教員がいないという教師不足まで現実になっている。部活動の地域移行に反発が起きるのも、結局は部活でいい思いをしてきた大人が多数派だからだ。 自殺対策は、どうしても「死ぬ理由」を取り除くことに向かう。しかし、かつてライフリンクの清水康之氏が本番組で語ったように、本当に必要なのは「生きる理由」を作ることだ。不安を取り除くだけでは人は生きられない。そして希望は、自分がワクワクした経験を持たない者には語れない。 9月1日を前に、大人は子どもたちのSOSをどう受け止めるべきなのか。内田氏は、大人が自分一人で何とかしようと思わないことが大切だと語った。自分には受け止めきれないこともあることを認めた上で、世の中にはほかにもさまざまな人がいて、電話でもLINEでもさまざまな相談の方法があるということを子どもに示していく。教員も保護者も、しんどいことはしんどいと口に出し、大人と子どもという役割の仮面を外して同じ目線に降りていく。それこそが、今われわれが取るべき方向ではないかというのだ。 データから見えてくる子どもの自殺と不登校の実像と、それを取り巻く学校と家庭の構造的な問題について、ゲストの内田良氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。※本番組はWHOの「自殺報道ガイドライン」を踏まえて制作しています。後半はこちら→so46737231(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/31(月) 12:00
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詳細<ディスクロージャー&ディスカバリー>公開されない戦没者の記録は存在しないのと同じだ
戦後81年が経った。しかし、まだ家族のもとに帰れていない戦争犠牲者が大勢いる。 名前は分かっている。遺骨も残っている。それでも遺族が見つからない。逆に、遺族の側は何十年も探し続けているのに、どこに記録があるのかが分からない。そういう人たちが、今もこの国には数え切れないほど存在するのだ。 なぜ、名前が分かっているのに見つからないのか。理由の一つは驚くほど単純だ。記録が公開されていないからだ。 第47回「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、広島の原爆犠牲者、シベリア抑留中の死亡者、東京大空襲の犠牲者、そして浮島丸事件の犠牲者という4つの事例を手がかりに、戦没者・戦災犠牲者の記録をめぐる情報公開の実態と、そこに横たわる制度上の壁を議論した。いずれも大規模な犠牲を伴った出来事だが、残された記録がどこにあり、どう管理されているかによって、遺族が情報にたどり着ける可能性はまったく違ってくる。 象徴的なのが広島の事例だ。広島市の原爆供養塔には、身元は判明しているのに遺族が分からない遺骨が多数納められている。市はその氏名などを名簿にして公開し、遺族からの情報提供を呼びかけてきた。この公開名簿と、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に登録された情報を照合したことで、2021年には梶山ハルさんの遺骨が遺族のもとに返還されている。また、梶山ハルさんの孫にあたる梶山初枝さんのケースでは、記録上の名前が食い違っていたために特定が難航したが、遺骨に残っていた髪の毛からDNA鑑定を行い、遺族との関係が確認された。 ここで起きたことの意味は小さくない。梶山さんの遺族は、行政が調査したから見つかったのではない。情報を社会に開いた結果、別々の場所に眠っていた記録が突き合わされ、思いもよらない手がかりが浮かび上がったのだ。しかも80年という時間の経過の中で、当時を知る人そのものが急速に失われつつある。記録を公開し、より多くの人が探せる状態にしておくことが、遺族や関係者にたどり着く最後の機会になる可能性がある。 ところが、現在の情報公開制度には大きな壁がある。行政機関が保有する文書は「現用文書」と呼ばれる公文書として扱われるため、個人を識別できる情報は原則として不開示の対象になってしまうのだ。 歴史的な記録については「時の経過」を考慮する仕組みも用意されている。しかし氏名のような情報は、時間が経てば識別性が薄れるという性質のものではない。80年が過ぎた今も、個人情報保護を理由に記録が閉ざされたままになる事態が起きるのはそのためだ。 シベリア抑留中の死亡者をめぐっても、同じ構図が見える。当初ロシア側から提供された名簿はカタカナ表記で、出生年しか分からず、個人を特定するには足りなかった。その後、旧軍の記録や戸籍と照合することで特定が進むと同時に、民間の研究者が集めた情報を公開したところ、遺族や関係者から新たな情報が寄せられ、名簿そのものが更新されていった。ここでも記録を開くことが、記録の精度を上げ、遺族の特定につながっている。 戦没者の身元特定という特殊な問題に一般的な情報公開法だけで対応することには限界がある。戦没者や戦災犠牲者に関する記録は、通常の行政情報とは性質が異なる。時間が経てば経つほど、公開しないことによる社会的な損失のほうが大きくなっていくからだ。特別なルールを設けるか、公益性を踏まえた政策判断として公開に踏み込むこと、そして早期にアーカイブへ移管し、検索しやすい形でデジタル化することが、遺族を特定するためには必要だ。 情報公開は、行政を監視するためだけの制度ではない。過去の記録を社会に開くことは、失われかけた記憶をつなぎ直し、人と歴史をもう一度見つけ出すための手段にもなる。戦後81年という時間軸の中で、わずかに残された手がかりをどう公開し、誰もが探せるようにしていくのか。戦没者の記録をめぐるこの問題は、情報公開制度がそもそも何のために存在するのかを、私たちに改めて問い直している。 今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、戦没者・戦災犠牲者の記録をめぐる情報公開の現状と制度上の課題について、情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/30(日) 12:00
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会員無料 38:31
詳細<マル激・後半>副首都法から大阪都構想へという強引な流れは一度断ち切るべきだ/幸田雅治氏(弁護士・神奈川大学名誉教授)
何のための、誰のための副首都法なのか。 国会会期を延長してまで通した副首都法だったが、背景には日本維新の会が強く主張してきた大阪都構想があり、政治的な動きばかりが目立つ。その一方で、この法律は住民にとってどういう意味があり、どのような課題があるのかが見えてこない。 自民・維新の連立合意書にかかげられていた副首都法案は、与党が多数を占める衆議院を通過したあと、国会の会期を延長して参議院で審議入りし、7月24日に賛成123票、反対121票の僅差で可決した。国土政策にかかわる重要な内容であるにもかかわらず政府提出ではなく議員立法という形で提出されたこの法案は、議論が不十分なまま極めて短時間で成立している。 副首都法は大規模災害に備え副首都を整備することを目的としているが、その要件は今後政令で定めるとされており、国の出先機関をどうするかや、すでに決定されている国土計画との関係など、不明な点が多い。地方自治が専門の幸田雅治・神奈川大学名誉教授は、大規模災害という観点からいっても、首都直下地震だけでなく南海トラフ地震などの大規模災害が想定されていることを考えれば、首都機能の複数地域への分散を考えるべきで巨大な副首都をつくる合理性はないと指摘する。 維新がこの法律の成立を急いだ背景には、大阪都構想がある。大都市大阪の「市」を廃止して東京23区と同様な特別区を設置する大阪都構想は、これまで2度の住民投票で否決されてきた。吉村代表は、副首都法成立後の記者会見で、来年の統一地方選挙に合わせて大阪都構想の住民投票の同日実施を目指したいと発言し、物議をかもした。成立した副首都法の付帯決議に、地方選と住民投票の日程が重複しないように最大限調整する、とあるにもかかわらずの発言だったからだ。すでに、8月7日の大阪都構想の法定協議会では、現在の大阪市を4つの特別区に分ける案が示されており、今後これをもとに議論が進んでいくと考えられている。 大阪市を廃止して特別区になるとどうなるのか。東京23区の例で考えれば、これまで大阪市が行っていた教育や福祉、ゴミ処理といった行政サービスが特別区の事務となり、権限と予算が区に移譲される。市立小学校が区立となり、市民税ではなく区民税を納めることになるのだ。一方でまちづくりなどの都市計画や消防・救急といった業務は大阪府が行うことになる。 住民に最も身近な行政サービスを行う基礎自治体としての大阪市は現在人口280万。これを区分けして小規模にして住民により身近な自治体とし、大都市としての一体性を保つための機能は大阪府に移行する、という考え方自体はありうると語る幸田氏は、今の維新のやり方に住民自治の発想がないことを問題視する。 特別区になれば区長、区議会議員も公選制となるが、大阪都構想の場合示されている議員数が他の同規模の自治体と比較して極端に少ない。区割りも含め、どういう街にしてゆくのか、市民が判断できるように提示して議論を積み重ねてゆくようなプロセスが見えてこないまま住民投票を繰り返すやり方でよいのかと、幸田氏は疑問を呈する。 東京23区が基礎自治体として定着する過程では住民がともに考え選択してきた経緯がある。住民自治こそが重要だと考える幸田雅治氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so46708611(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/24(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>副首都法から大阪都構想へという強引な流れは一度断ち切るべきだ/幸田雅治氏(弁護士・神奈川大学名誉教授)
何のための、誰のための副首都法なのか。 国会会期を延長してまで通した副首都法だったが、背景には日本維新の会が強く主張してきた大阪都構想があり、政治的な動きばかりが目立つ。その一方で、この法律は住民にとってどういう意味があり、どのような課題があるのかが見えてこない。 自民・維新の連立合意書にかかげられていた副首都法案は、与党が多数を占める衆議院を通過したあと、国会の会期を延長して参議院で審議入りし、7月24日に賛成123票、反対121票の僅差で可決した。国土政策にかかわる重要な内容であるにもかかわらず政府提出ではなく議員立法という形で提出されたこの法案は、議論が不十分なまま極めて短時間で成立している。 副首都法は大規模災害に備え副首都を整備することを目的としているが、その要件は今後政令で定めるとされており、国の出先機関をどうするかや、すでに決定されている国土計画との関係など、不明な点が多い。地方自治が専門の幸田雅治・神奈川大学名誉教授は、大規模災害という観点からいっても、首都直下地震だけでなく南海トラフ地震などの大規模災害が想定されていることを考えれば、首都機能の複数地域への分散を考えるべきで巨大な副首都をつくる合理性はないと指摘する。 維新がこの法律の成立を急いだ背景には、大阪都構想がある。大都市大阪の「市」を廃止して東京23区と同様な特別区を設置する大阪都構想は、これまで2度の住民投票で否決されてきた。吉村代表は、副首都法成立後の記者会見で、来年の統一地方選挙に合わせて大阪都構想の住民投票の同日実施を目指したいと発言し、物議をかもした。成立した副首都法の付帯決議に、地方選と住民投票の日程が重複しないように最大限調整する、とあるにもかかわらずの発言だったからだ。すでに、8月7日の大阪都構想の法定協議会では、現在の大阪市を4つの特別区に分ける案が示されており、今後これをもとに議論が進んでいくと考えられている。 大阪市を廃止して特別区になるとどうなるのか。東京23区の例で考えれば、これまで大阪市が行っていた教育や福祉、ゴミ処理といった行政サービスが特別区の事務となり、権限と予算が区に移譲される。市立小学校が区立となり、市民税ではなく区民税を納めることになるのだ。一方でまちづくりなどの都市計画や消防・救急といった業務は大阪府が行うことになる。 住民に最も身近な行政サービスを行う基礎自治体としての大阪市は現在人口280万。これを区分けして小規模にして住民により身近な自治体とし、大都市としての一体性を保つための機能は大阪府に移行する、という考え方自体はありうると語る幸田氏は、今の維新のやり方に住民自治の発想がないことを問題視する。 特別区になれば区長、区議会議員も公選制となるが、大阪都構想の場合示されている議員数が他の同規模の自治体と比較して極端に少ない。区割りも含め、どういう街にしてゆくのか、市民が判断できるように提示して議論を積み重ねてゆくようなプロセスが見えてこないまま住民投票を繰り返すやり方でよいのかと、幸田氏は疑問を呈する。 東京23区が基礎自治体として定着する過程では住民がともに考え選択してきた経緯がある。住民自治こそが重要だと考える幸田雅治氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so46708887(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/24(月) 12:00
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詳細<セーブアース>子どもたちがサッカー選手を目指せる未来を守る/辻井隆行氏(Jリーグ執行役員)
盛り上がりを見せたサッカー・ワールドカップが閉幕し、8月7日にはJリーグの新シーズンが開幕した。今年からJリーグは、これまでの2月開幕・12月閉幕から、8月開幕・翌年6月閉幕へと、開催時期を大きく変更した。30年以上続いたシーズンカレンダーを変える背景には、欧州主要リーグとの日程統一や国際大会との整合性に加え、年々深刻になる暑さへの対応もある。Jリーグ執行役員でサステナビリティを担当する辻井隆行氏は、選手とファン・サポーターの安全、そして選手のパフォーマンスを考えた結果だと説明する。 これまでのJリーグでは、2月にシーズンが始まったあと、春にかけて選手の走行距離やスプリントなどのパフォーマンスが上昇し、暑くなる夏場には競技強度が低下する傾向があった。特に、時速20キロ以上で走った距離を示す「ハイインテンシティ走行距離」は、夏場に約2割低下するという。欧州主要リーグではシーズン開始から競技強度が上昇し、終盤には疲労によって低下するのに対し、日本では夏に谷ができる。暑さは選手の身体だけでなく、試合そのものの質にも影響しているのだ。 もちろん、シーズンを移すだけで猛暑の問題が解決するわけではない。選手を守るため、Jリーグでは暑さ指数(WBGT)を活用し、試合開催の判断や水分補給に生かすほか、暑さが厳しい場合には試合中に「飲水タイム」を設けている。キックオフを夜間にずらすことも対策の一つで、将来的には屋内スタジアムや空調設備の導入も選択肢となる。 しかし、問題はプロの試合だけではない。子どもたちがサッカーをする環境にも、すでに暑さの影響が及んでいる。人工芝のグラウンドでは、素材が熱を吸収し、夏場には表面温度が70度近くになるため、遮熱構造の靴でなければ足にやけどを負うこともあるという。 Jリーグでは、ためた雨水を毛細管現象によって芝に供給し、気化熱でグラウンドを冷やす新しい芝の技術にも注目している。この技術は暑さ対策になるだけでなく、集中豪雨の際に雨水を一時的にためる機能も期待できる。 実際、昨年、あるサッカースクールでは、夏の3カ月間に予定していた90回のうち65回が中止となり、開催できたのは25回だけだったという。暑さだけでなく、雷や大雨などの気象条件による中止も増えている。Jリーグの試合でも、2018年以降、気象を理由とする中止・延期が増えており、以前は年間数試合だったものが、平均で9~10試合にまで増えているという。 ここで問われるのは、「暑さにどう適応するか」だけでよいのか、という点だ。 辻井氏は、熱中症対策や開催時間の変更など、目の前の危険から選手を守る「適応」と同時に、気候変動の原因そのものに向き合う「緩和」が必要だと話す。JリーグもCO₂を排出する側である以上、自らの排出削減に取り組まなければならない。 一方で、Jリーグの排出量だけをゼロにしても、気候変動そのものを止めることはできない。だからこそ、60のクラブがそれぞれの地域で、自治体や企業、学校、ファンなどを巻き込み、社会の仕組みそのものを変えていくことを目指している。 その一例が、公共交通や再生可能エネルギーの利用を、地域の課題と結びつけた取り組みだ。クラブを単なるサッカーの興行主体ではなく、地域の人々をつなぐ「ハブ」として活用し、便利で使いやすい仕組みをつくることで、結果的にCO₂の削減にもつなげていく。こうしたロールモデルを60の地域で生み出し、互いの地域に広げていくことが、Jリーグの目指す方向だ。 さらにJリーグは、英国発の「スポーツポジティブリーグ(Sport Positive Leagues)」にアジアで初めて参加し、各クラブの気候変動への取り組みを12の領域で評価・可視化することにした。順位をつける目的は、優劣を競うことではない。あるクラブの取り組みを別のクラブが取り入れることで、リーグ全体の活動を底上げすることにある。 気候変動は、サッカーのように一つのクラブが勝てば、ほかが負けるというものではない。「みんなで勝たなければ、みんなが負ける」問題なのだ。 猛暑は、もはや選手の体調管理だけの問題ではない。競技の質を下げ、試合を中止させ、子どもたちからサッカーをする機会を奪い、さらには「サッカーをする」という日常そのものを変えようとしている。 かつて自分たちが当たり前のように享受してきた環境を、次の世代も同じように享受できるとは限らない。だからこそ、Jリーグが目指すのは、いまの選手を守ることだけではない。将来、子どもたちが「サッカー選手になりたい」と思ったときに、安心してボールを蹴ることのできる環境を残すことでもある。 そのためには、暑さに適応するだけでなく、温暖化をこれ以上進行させない社会をつくる必要がある。サッカーを守ることは、サッカーだけを守ることではない。 スポーツを通じて、未来の暮らしそのものをどう変えていくのか。Jリーグ執行役員の辻井隆行氏、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/23(日) 12:00
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詳細<マル激・後半>イラン戦争がいつまでも終わらない理由/田中浩一郎氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
「イランを石器時代に逆戻りさせてやる」 トランプ大統領が開戦直後に語った楽観的な見通しは、見事に裏切られ、それが壮大な誤算だったことが日に日に明らかになっている。イランの核開発を止めることが第一義的な目的だったはずのイラン攻撃は、いつの間にかホルムズ海峡の取り合いになり、今後戦況がどう変化したとしても、アメリカの立場は開戦前よりも大きく後退することが必至だ。そして、その間、日本を含めた世界経済はとてつもない損害を被っている。 2月28日のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃から間もなく半年が経とうとしている。6月17日にはイランとアメリカが停戦に向けた覚書に署名し、事態は収束するかに思われた。しかし、合意直後から双方が停戦違反をし、イスラエルも停戦合意を無視した行動を続けたために、結局、イラン戦争は元の木阿弥になってしまった。はっきり言ってアメリカにとっては泥沼の様相だ。あれだけの凄まじい爆撃を受けても、イランは体制転覆どころか継戦能力を維持しており、むしろ一刻も早く抜けたいアメリカが戦争に引きずり込まれている状態だ。 イラン・中東情勢の第一人者で慶應義塾大学大学院教授の田中浩一郎氏は、イランの継戦能力がここまで持続している最大の理由は、アメリカ側の誤算にあると指摘する。破壊したと思っていた施設が実は破壊できていなかったことに加え、そもそもイランのミサイル発射能力の全体量、つまり分母の見積もりを大きく読み誤っていた。さらに、指導部を殺害した2月28日の攻撃で止めずに空爆を続けたことで、当初期待されていた体制転換を望む国内勢力が動けなくなり、結果的に体制を延命させることにつながっているという。 ハメネイ亡き後のイランでは、軍部が統治の実権を握り、三代目最高指導者となった次男モジタバ師は軍の上に立つのではなく、むしろ軍に取り込まれ、その名前だけが統治の正統性のために使われている状態だと田中氏は見る。そのイランが今、最優先しているのは国民生活の回復ではなく、再攻撃をさせない体制の構築だ。そして、ヒズボラなどを使った従来の前進防衛戦略が機能しなくなった今、イランが「棚ぼた」のように手に入れた切り札がホルムズ海峡の封鎖だった。 一方のアメリカは、パトリオットやTHAADなど高価な迎撃ミサイルの在庫を大量に消費し、米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では補充に4〜5年を要する弾薬枯渇状態に陥っている。軍事的にホルムズ海峡を解放するにはイラン全土の占領が必要だが、それは現実的に不可能だと田中氏は言う。 しかもこの戦争の根底には、レジームチェンジを達成するまでやめたくないイスラエルが、アメリカが足抜けできない環境を作り続けているという構造がある。イスラエルにとって、イランの現体制は自国の安全保障に対する根本的な脅威であり、神話に根拠を持つ大イスラエル主義まで持ち出せば、イスラエルが安心できる条件を突き詰めた先に終わりはない。トランプ政権は、こうした思惑に引きずり込まれ、自国の国益を損ないながらも身動きが取れない状態に陥っているのだ。 戦争の長期化は、世界経済の急所である中東の海上交通路に深刻な打撃を与えている。イランは現在、自国の要求を押し通すためにホルムズ海峡を通行不能な状態に置き、アメリカに対して圧力をかけている。8月8日、イランは「ホルムズ海峡解放のための6条件」を提示し、イランに対する脅迫や侮辱の停止や、米軍による海上封鎖の解除およびイラン周辺からの撤退、戦闘による被害の全額賠償、制裁および資産凍結の解除などを求めている。 ホルムズ海峡の危機に加えて、イランが支援するイエメンの反政府武装組織フーシ派が紅海のバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する動きを見せている。これにより、中東の原油輸送ルートは事実上の「二重封鎖」状態に陥りつつあり、世界的なエネルギー供給網への懸念が急激に高まっている。 出口の見えない戦争は、中東地域の地政図をも塗り替えつつある。イスラエルのカタール空爆を機に生まれたサウジアラビア・パキスタンの防衛協定はトルコを加えた「メッカ共同防衛協定」へと発展し、アメリカの域内影響力の低下と表裏一体で、新たなパワーバランスが形成されつつある。田中氏は、アメリカが折れない限り膠着状態は続き、ホルムズ海峡が2月28日以前の状態に戻ることは当面ない、場合によってはトランプ政権期内の正常化すらないかもしれないと予測する。 現在、アメリカに残された選択肢は極めて少ない。イランの強硬な6条件を全面的に呑んで譲歩するか、あるいは数十万人規模の地上部隊を投入してイランを占領し、力ずくで海峡を解放するかのいずれかである。しかし、後者は莫大な人的・経済的コストを伴うため現実的ではなく、前者はアメリカの威信を決定的に傷つけることになる。 11月のアメリカ中間選挙に向けて政治的な駆け引きが激化する中、両国が妥協を見出す糸口は未だ見えていない。トランプ政権が自身の戦略的誤算とイスラエルの路線に縛られ続ける限り、このイラン戦争は長期化を免れないだろうというのが、田中氏の見立てだ。下手をすると現在のような膠着状態が、この先何年も続く可能性があると言うのだ。 石油・天然ガスの9割をホルムズ海峡経由に依存する日本にとって、これは決して対岸の火事ではない。既に日本経済は大きな打撃を受けており、早晩石油備蓄も底をつく。 そして今回のイラン紛争が露呈させたのは、合理的計算を欠いた指導者を民主的に選出してしまうという、民主主義そのものが抱える構造的な脆弱性でもあった。 8月15日、日本は81回目の終戦の日を迎える。先の大戦の後、不戦の誓いを立てたはずの日本は、今、憲法9条の改正も着々と準備が進む。高市首相の下、日本は武器輸出を再開させ、非核三原則すら絶対的なものではないとの考え方を見せるようになっている。 なぜこれだけ爆撃を受けてもイランの現体制は持ち堪えられるのか、軍事的に圧倒しているはずのアメリカはなぜイラン戦争から抜けられなくなっているのか、そして日本は今のこの状況とどう向き合っていけばよいかなどについて、イランを中心とする中東地域の国際関係を専門とする田中氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46672107(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/17(月) 12:00
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会員無料 47:56
詳細<マル激・前半>イラン戦争がいつまでも終わらない理由/田中浩一郎氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
「イランを石器時代に逆戻りさせてやる」 トランプ大統領が開戦直後に語った楽観的な見通しは、見事に裏切られ、それが壮大な誤算だったことが日に日に明らかになっている。イランの核開発を止めることが第一義的な目的だったはずのイラン攻撃は、いつの間にかホルムズ海峡の取り合いになり、今後戦況がどう変化したとしても、アメリカの立場は開戦前よりも大きく後退することが必至だ。そして、その間、日本を含めた世界経済はとてつもない損害を被っている。 2月28日のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃から間もなく半年が経とうとしている。6月17日にはイランとアメリカが停戦に向けた覚書に署名し、事態は収束するかに思われた。しかし、合意直後から双方が停戦違反をし、イスラエルも停戦合意を無視した行動を続けたために、結局、イラン戦争は元の木阿弥になってしまった。はっきり言ってアメリカにとっては泥沼の様相だ。あれだけの凄まじい爆撃を受けても、イランは体制転覆どころか継戦能力を維持しており、むしろ一刻も早く抜けたいアメリカが戦争に引きずり込まれている状態だ。 イラン・中東情勢の第一人者で慶應義塾大学大学院教授の田中浩一郎氏は、イランの継戦能力がここまで持続している最大の理由は、アメリカ側の誤算にあると指摘する。破壊したと思っていた施設が実は破壊できていなかったことに加え、そもそもイランのミサイル発射能力の全体量、つまり分母の見積もりを大きく読み誤っていた。さらに、指導部を殺害した2月28日の攻撃で止めずに空爆を続けたことで、当初期待されていた体制転換を望む国内勢力が動けなくなり、結果的に体制を延命させることにつながっているという。 ハメネイ亡き後のイランでは、軍部が統治の実権を握り、三代目最高指導者となった次男モジタバ師は軍の上に立つのではなく、むしろ軍に取り込まれ、その名前だけが統治の正統性のために使われている状態だと田中氏は見る。そのイランが今、最優先しているのは国民生活の回復ではなく、再攻撃をさせない体制の構築だ。そして、ヒズボラなどを使った従来の前進防衛戦略が機能しなくなった今、イランが「棚ぼた」のように手に入れた切り札がホルムズ海峡の封鎖だった。 一方のアメリカは、パトリオットやTHAADなど高価な迎撃ミサイルの在庫を大量に消費し、米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では補充に4〜5年を要する弾薬枯渇状態に陥っている。軍事的にホルムズ海峡を解放するにはイラン全土の占領が必要だが、それは現実的に不可能だと田中氏は言う。 しかもこの戦争の根底には、レジームチェンジを達成するまでやめたくないイスラエルが、アメリカが足抜けできない環境を作り続けているという構造がある。イスラエルにとって、イランの現体制は自国の安全保障に対する根本的な脅威であり、神話に根拠を持つ大イスラエル主義まで持ち出せば、イスラエルが安心できる条件を突き詰めた先に終わりはない。トランプ政権は、こうした思惑に引きずり込まれ、自国の国益を損ないながらも身動きが取れない状態に陥っているのだ。 戦争の長期化は、世界経済の急所である中東の海上交通路に深刻な打撃を与えている。イランは現在、自国の要求を押し通すためにホルムズ海峡を通行不能な状態に置き、アメリカに対して圧力をかけている。8月8日、イランは「ホルムズ海峡解放のための6条件」を提示し、イランに対する脅迫や侮辱の停止や、米軍による海上封鎖の解除およびイラン周辺からの撤退、戦闘による被害の全額賠償、制裁および資産凍結の解除などを求めている。 ホルムズ海峡の危機に加えて、イランが支援するイエメンの反政府武装組織フーシ派が紅海のバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する動きを見せている。これにより、中東の原油輸送ルートは事実上の「二重封鎖」状態に陥りつつあり、世界的なエネルギー供給網への懸念が急激に高まっている。 出口の見えない戦争は、中東地域の地政図をも塗り替えつつある。イスラエルのカタール空爆を機に生まれたサウジアラビア・パキスタンの防衛協定はトルコを加えた「メッカ共同防衛協定」へと発展し、アメリカの域内影響力の低下と表裏一体で、新たなパワーバランスが形成されつつある。田中氏は、アメリカが折れない限り膠着状態は続き、ホルムズ海峡が2月28日以前の状態に戻ることは当面ない、場合によってはトランプ政権期内の正常化すらないかもしれないと予測する。 現在、アメリカに残された選択肢は極めて少ない。イランの強硬な6条件を全面的に呑んで譲歩するか、あるいは数十万人規模の地上部隊を投入してイランを占領し、力ずくで海峡を解放するかのいずれかである。しかし、後者は莫大な人的・経済的コストを伴うため現実的ではなく、前者はアメリカの威信を決定的に傷つけることになる。 11月のアメリカ中間選挙に向けて政治的な駆け引きが激化する中、両国が妥協を見出す糸口は未だ見えていない。トランプ政権が自身の戦略的誤算とイスラエルの路線に縛られ続ける限り、このイラン戦争は長期化を免れないだろうというのが、田中氏の見立てだ。下手をすると現在のような膠着状態が、この先何年も続く可能性があると言うのだ。 石油・天然ガスの9割をホルムズ海峡経由に依存する日本にとって、これは決して対岸の火事ではない。既に日本経済は大きな打撃を受けており、早晩石油備蓄も底をつく。 そして今回のイラン紛争が露呈させたのは、合理的計算を欠いた指導者を民主的に選出してしまうという、民主主義そのものが抱える構造的な脆弱性でもあった。 8月15日、日本は81回目の終戦の日を迎える。先の大戦の後、不戦の誓いを立てたはずの日本は、今、憲法9条の改正も着々と準備が進む。高市首相の下、日本は武器輸出を再開させ、非核三原則すら絶対的なものではないとの考え方を見せるようになっている。 なぜこれだけ爆撃を受けてもイランの現体制は持ち堪えられるのか、軍事的に圧倒しているはずのアメリカはなぜイラン戦争から抜けられなくなっているのか、そして日本は今のこの状況とどう向き合っていけばよいかなどについて、イランを中心とする中東地域の国際関係を専門とする田中氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46672207(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/17(月) 12:00
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詳細<マル激・後半>「寝てない自慢」が幅を利かせる社会はそろそろ卒業しないか/櫻井武氏(筑波大学医学医療系教授)
「総理就任以来0時間から3時間の睡眠が常態だったが、久々に5時間も眠れた」。 高市首相のSNSへのこんな投稿が話題を呼んだ。 日本では多忙な政治家や経営者が睡眠時間の短さを頑張りの証しとして自慢することは珍しくない。しかし、これは睡眠も自己管理の重要な一要素と考えられている欧米諸国では、あり得ない話だ。実際、首相のこの投稿には海外からの否定的なコメントが多く寄せられた。睡眠不足を自己管理能力欠如の反映と見る傾向の強い欧米では、3時間しか眠っていない首相に国の運営を任せられるのかといった疑問が出るのは自然なことだった。 睡眠科学の世界的権威で、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの発見者として知られる筑波大学の櫻井武教授は、人間は4時間未満の睡眠では判断能力が著しく低下することが実証されていると指摘した上で、「長距離バスの運転手が『昨晩3時間しか寝ていませんが大丈夫です』と車内放送をしたら、乗客は降りたくなるはずだ。日本という大きな船の舵を取る指導者が、その状態にあるとすればどうか」と首相の投稿に疑問を呈す。 実際、日本人の睡眠時間はOECD加盟国中で最短で、アメリカとは1時間以上も開きがある。加えて日本人は、睡眠時間を実際よりも短く自己申告する傾向があると櫻井氏は言う。長く眠ることを怠惰とみなし、短く眠ることを勤勉の証しとする価値観が、社会に根強く深く染み付いているようなのだ。 しかし、日本人が短い睡眠を勤勉の証しと考えるようになったのは、比較的最近のことのようだ。江戸から明治にかけて鎖国が解かれた日本にやってきた外国人たちは、こぞって日本人の悠長さと怠惰ぶりに驚きと不満を書き残していた。時刻の概念すらなかったこの国に、学校教育と富国強兵を通じて時間規律と勤勉を刷り込んだのは明治国家であり、その延長線上に全国的な二宮尊徳像の建立や、戦後の経済大国化の下での「24時間戦えますか」が連なり、現在に至っている。寝ない=勤勉という考え方は日本人が元々持っていた価値観ではなく、国家目的を遂行するために上から押しつけられた人工物としての側面が多分にあるようだ。 しかし、睡眠不足が人間のあらゆるパフォーマンスを低下させることは、十分すぎるほど科学的に立証されている。毎日1時間の睡眠不足を10日間続けると、認知機能が徹夜明けと同水準まで低下することもわかっている。もし慢性的に3時間未満しか眠れていないというのが本当だとすると、日本の首相は毎日徹夜明けのようなパフォーマンスしか発揮できていないことになる。そう考えると恐ろしいことではないか。 睡眠不足で最も損なわれるのは、判断や意思決定を司り、感情を制御する前頭前野の機能だ。睡眠不足が重なった結果、睡眠負債が大きくなればなるほど、感情の抑えが効きにくくなり、判断ミスが起きやすくなる。スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の背景に、意思決定者たちの深刻な睡眠不足があったことをNASAの報告書は指摘している。また、睡眠時間4時間の人は7時間の人に比べ、認知症の発症リスクが3倍以上に達するというデータもある。まさに睡眠不足は百害あって一利無しなのだ。 睡眠中の脳は、日中に溜め込んだ情報を整理し、シナプスを刈り込み、記憶を定着させる。これらはいずれも人間が健康で文化的な生活を送る上で不可欠な、いわば脳のメンテナンスと言うべき重要な工程だ。しかし、日本は未だに「惰眠を貪る」、「早起きは三文の得」、「不眠不休の努力」、「蛍雪の功」等々、よく眠ることを蔑み、眠らないことを尊ぶ風潮に支配されているようだ。もうそんな軛からは卒業しても良いのではないか。 なぜ日本人は眠らないのか。人はなぜ、そして何のために眠るのか。睡眠不足は人体にどのような影響を与えるのか。今週のマル激は、睡眠研究の第一人者である櫻井氏をゲストに迎え、睡眠の科学の最前線と、眠らない国ニッポンの病理について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 また、番組の前半ではとどまるところを知らない検察不祥事の連鎖を取り上げた。大阪地検トップによる部下の検事に対する性暴力、16歳の少女を死に追いやった不適切な捜査と長期勾留に加えて、担当検事が捜査対象の女性と不貞関係にあったことまで明らかになるなど、検察を巡る状況は目を覆うばかりだ。それにもかかわらず検察は、自民党の議員連盟からの第三者委員会の設置要求をあくまで撥ねつけている。この検察の唯我独尊・隠蔽体質と、平口法務大臣が与党の政治家でありながら検察をまったく制御できないでいる日本の民主政の根本的欠陥について、神保哲生と宮台真司が議論した。前半はこちら→so46641398(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/10(月) 12:00
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会員無料 40:00
詳細<マル激・前半>「寝てない自慢」が幅を利かせる社会はそろそろ卒業しないか/櫻井武氏(筑波大学医学医療系教授)
「総理就任以来0時間から3時間の睡眠が常態だったが、久々に5時間も眠れた」。 高市首相のSNSへのこんな投稿が話題を呼んだ。 日本では多忙な政治家や経営者が睡眠時間の短さを頑張りの証しとして自慢することは珍しくない。しかし、これは睡眠も自己管理の重要な一要素と考えられている欧米諸国では、あり得ない話だ。実際、首相のこの投稿には海外からの否定的なコメントが多く寄せられた。睡眠不足を自己管理能力欠如の反映と見る傾向の強い欧米では、3時間しか眠っていない首相に国の運営を任せられるのかといった疑問が出るのは自然なことだった。 睡眠科学の世界的権威で、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの発見者として知られる筑波大学の櫻井武教授は、人間は4時間未満の睡眠では判断能力が著しく低下することが実証されていると指摘した上で、「長距離バスの運転手が『昨晩3時間しか寝ていませんが大丈夫です』と車内放送をしたら、乗客は降りたくなるはずだ。日本という大きな船の舵を取る指導者が、その状態にあるとすればどうか」と首相の投稿に疑問を呈す。 実際、日本人の睡眠時間はOECD加盟国中で最短で、アメリカとは1時間以上も開きがある。加えて日本人は、睡眠時間を実際よりも短く自己申告する傾向があると櫻井氏は言う。長く眠ることを怠惰とみなし、短く眠ることを勤勉の証しとする価値観が、社会に根強く深く染み付いているようなのだ。 しかし、日本人が短い睡眠を勤勉の証しと考えるようになったのは、比較的最近のことのようだ。江戸から明治にかけて鎖国が解かれた日本にやってきた外国人たちは、こぞって日本人の悠長さと怠惰ぶりに驚きと不満を書き残していた。時刻の概念すらなかったこの国に、学校教育と富国強兵を通じて時間規律と勤勉を刷り込んだのは明治国家であり、その延長線上に全国的な二宮尊徳像の建立や、戦後の経済大国化の下での「24時間戦えますか」が連なり、現在に至っている。寝ない=勤勉という考え方は日本人が元々持っていた価値観ではなく、国家目的を遂行するために上から押しつけられた人工物としての側面が多分にあるようだ。 しかし、睡眠不足が人間のあらゆるパフォーマンスを低下させることは、十分すぎるほど科学的に立証されている。毎日1時間の睡眠不足を10日間続けると、認知機能が徹夜明けと同水準まで低下することもわかっている。もし慢性的に3時間未満しか眠れていないというのが本当だとすると、日本の首相は毎日徹夜明けのようなパフォーマンスしか発揮できていないことになる。そう考えると恐ろしいことではないか。 睡眠不足で最も損なわれるのは、判断や意思決定を司り、感情を制御する前頭前野の機能だ。睡眠不足が重なった結果、睡眠負債が大きくなればなるほど、感情の抑えが効きにくくなり、判断ミスが起きやすくなる。スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の背景に、意思決定者たちの深刻な睡眠不足があったことをNASAの報告書は指摘している。また、睡眠時間4時間の人は7時間の人に比べ、認知症の発症リスクが3倍以上に達するというデータもある。まさに睡眠不足は百害あって一利無しなのだ。 睡眠中の脳は、日中に溜め込んだ情報を整理し、シナプスを刈り込み、記憶を定着させる。これらはいずれも人間が健康で文化的な生活を送る上で不可欠な、いわば脳のメンテナンスと言うべき重要な工程だ。しかし、日本は未だに「惰眠を貪る」、「早起きは三文の得」、「不眠不休の努力」、「蛍雪の功」等々、よく眠ることを蔑み、眠らないことを尊ぶ風潮に支配されているようだ。もうそんな軛からは卒業しても良いのではないか。 なぜ日本人は眠らないのか。人はなぜ、そして何のために眠るのか。睡眠不足は人体にどのような影響を与えるのか。今週のマル激は、睡眠研究の第一人者である櫻井氏をゲストに迎え、睡眠の科学の最前線と、眠らない国ニッポンの病理について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 また、番組の前半ではとどまるところを知らない検察不祥事の連鎖を取り上げた。大阪地検トップによる部下の検事に対する性暴力、16歳の少女を死に追いやった不適切な捜査と長期勾留に加えて、担当検事が捜査対象の女性と不貞関係にあったことまで明らかになるなど、検察を巡る状況は目を覆うばかりだ。それにもかかわらず検察は、自民党の議員連盟からの第三者委員会の設置要求をあくまで撥ねつけている。この検察の唯我独尊・隠蔽体質と、平口法務大臣が与党の政治家でありながら検察をまったく制御できないでいる日本の民主政の根本的欠陥について、神保哲生と宮台真司が議論した。後半はこちら→so46642241(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/10(月) 12:00
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<マル激・後半>世界が完全に壊れた時、人は何を頼りに生きるのか
ロシアが隣国に軍事介入したかと思えば、アメリカはよくわからない理屈でイラン攻撃を続ける、そうかと思えば、他国の国家元首をいきなり拉致したり暗殺までするようになっている。 どうやら世界は本当に壊れ始めているのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはこれから何を頼りに生きればいいのだろうか。 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は「壊れた世界でどう生きるか」をテーマに映画特集をお送りする。 今回取り上げたのは現在劇場公開中の3作品。いずれも、因果応報や予定調和といった私たちが無意識に信じている前提がまったく働かず、不条理や理不尽がまかり通り、世界が終わりに向かう予感の中で、人はどう生きるかを問う秀作だ。・『シラート』(2026)オリベル・ラシェ監督・『デッドマンズ・ワイヤー』(2026)ガス・ヴァン・サント監督・『大統領のケーキ』(2026)ハサン・ハーディ監督 『シラート』は、砂漠のレイブパーティに参加したまま失踪した娘を捜す父ルイスと息子エステバンが、モロッコの砂漠の奥地へと分け入っていく物語だ。タイトルの「シラート」はアラビア語で、天国と地獄の間に架かる針のように細い橋を意味する。しかし、その意味が回収されるのは終盤になってからで、観客は最初から「自分は何を見せられているのか分からない」という不思議な体験の中に投げ込まれる。カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞など4つの賞を受賞した本作の白眉は、重低音を軸にした特異なサウンドデザインだ。音響が観客の精神状態そのものを作り変えていく。この作品で死は、善悪や行いの報いとしてではなく、誰に訪れるかも分からない偶然として描かれる。因果応報と予定調和に溢れた物語に慣れ親しんだ日本人には消化しにくい映画だが、まさにその消化しにくさこそが、この作品の仕掛けなのだ。分かりやすい救いは提示されない。しかし終盤、登場人物たちが同じ世界の同じ流れに乗るように踊る姿には、チクセントミハイのいうフローに通じる、救いとは別の形の感受性が確かに映っている。 『デッドマンズ・ワイヤー』は、1977年にインディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。不動産ローン会社に全財産を騙し取られたと訴えるトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、同社に押し入り役員を人質に取る。自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定し、自分と人質が引き離されれば自動発砲される「デッドマンズ・ワイヤー」という装置を自ら考案し、警察すら手を出せない状況を作り上げた。トニーはラジオやテレビの生中継に次々と登場し、事件は劇場型の様相を呈していく。メディアが犯人に同情的な文脈を作り、視聴者が犯人側に傾いていく構図は、半世紀前の話とは思えないほど今日的だ。働いて得るのではなく投資と金融操作で利益が生まれる金融資本主義の歪みが、追い詰められた個人を暴発させる。この社会の立て付けは50年前から大きくは変わっていない。事件の結末でトニーが心神喪失により無罪となる展開は、英語圏の「not guilty」と日本語の「無罪」の語感の違いも含め、罪と責任をめぐる論点を私たちに突きつける。 『大統領のケーキ』の舞台は、1990年代、経済制裁下のイラクだ。独裁者のフセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じており、9歳の少女ラミアはくじ引きでその係に選ばれてしまう。用意できなければ重い罰が待っている。日々の食材すら手に入らない極端な物資不足の中、ラミアはクラスメイトのサイードとともにケーキの材料を求めて町を駆け巡る。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描いた本作は、カンヌ国際映画祭で監督週間観客賞とカメラドールの2冠に輝いた。西側諸国による経済制裁の実害は独裁者本人にはほとんど及ばず、最も弱い立場の貧困層を苦しめる。しかも制裁が奪うのは物資だけではない。生き延びるために人が人を騙し、子どもまでもがその不条理に巻き込まれていく。制裁は人々の倫理を奪うのだ。爆撃下の逃避行が悲劇へと傾く終盤に、分かりやすい救いはない。それでもカテゴリーを超えて結ばれていく関係の中に、かすかな光が宿る。 3作品に共通するのは、世界がすでに終わりに向かっている、これまでわれわれが当たり前と考えてきた想定がとうに崩れているという前提だ。戦争、国家、金融、官僚制といった巨大な力の前で、個人は交換可能な部品のように扱われ、ほとんど無力だ。しかし3作品はいずれも、その無力さの中でなお、倫理や人間関係や身体の感覚を通じて生き方が変わり得ることを描いている。誰もが入れ替え可能な「当たり前」を回すだけの自明性の檻に安住し、平和ボケしたままでいる私たちにとって、これらの作品は檻の外の世界を垣間見せてくれる。大量動員型ではないこうした作品が今も映画館で観られること自体が貴重であり、ぜひ劇場に足を運んでほしい。 3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 前半はこちら→so46615571(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/03(月) 12:00
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<マル激・前半>世界が完全に壊れた時、人は何を頼りに生きるのか
ロシアが隣国に軍事介入したかと思えば、アメリカはよくわからない理屈でイラン攻撃を続ける、そうかと思えば、他国の国家元首をいきなり拉致したり暗殺までするようになっている。 どうやら世界は本当に壊れ始めているのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはこれから何を頼りに生きればいいのだろうか。 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は「壊れた世界でどう生きるか」をテーマに映画特集をお送りする。 今回取り上げたのは現在劇場公開中の3作品。いずれも、因果応報や予定調和といった私たちが無意識に信じている前提がまったく働かず、不条理や理不尽がまかり通り、世界が終わりに向かう予感の中で、人はどう生きるかを問う秀作だ。・『シラート』(2026)オリベル・ラシェ監督・『デッドマンズ・ワイヤー』(2026)ガス・ヴァン・サント監督・『大統領のケーキ』(2026)ハサン・ハーディ監督 『シラート』は、砂漠のレイブパーティに参加したまま失踪した娘を捜す父ルイスと息子エステバンが、モロッコの砂漠の奥地へと分け入っていく物語だ。タイトルの「シラート」はアラビア語で、天国と地獄の間に架かる針のように細い橋を意味する。しかし、その意味が回収されるのは終盤になってからで、観客は最初から「自分は何を見せられているのか分からない」という不思議な体験の中に投げ込まれる。カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞など4つの賞を受賞した本作の白眉は、重低音を軸にした特異なサウンドデザインだ。音響が観客の精神状態そのものを作り変えていく。この作品で死は、善悪や行いの報いとしてではなく、誰に訪れるかも分からない偶然として描かれる。因果応報と予定調和に溢れた物語に慣れ親しんだ日本人には消化しにくい映画だが、まさにその消化しにくさこそが、この作品の仕掛けなのだ。分かりやすい救いは提示されない。しかし終盤、登場人物たちが同じ世界の同じ流れに乗るように踊る姿には、チクセントミハイのいうフローに通じる、救いとは別の形の感受性が確かに映っている。 『デッドマンズ・ワイヤー』は、1977年にインディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。不動産ローン会社に全財産を騙し取られたと訴えるトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、同社に押し入り役員を人質に取る。自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定し、自分と人質が引き離されれば自動発砲される「デッドマンズ・ワイヤー」という装置を自ら考案し、警察すら手を出せない状況を作り上げた。トニーはラジオやテレビの生中継に次々と登場し、事件は劇場型の様相を呈していく。メディアが犯人に同情的な文脈を作り、視聴者が犯人側に傾いていく構図は、半世紀前の話とは思えないほど今日的だ。働いて得るのではなく投資と金融操作で利益が生まれる金融資本主義の歪みが、追い詰められた個人を暴発させる。この社会の立て付けは50年前から大きくは変わっていない。事件の結末でトニーが心神喪失により無罪となる展開は、英語圏の「not guilty」と日本語の「無罪」の語感の違いも含め、罪と責任をめぐる論点を私たちに突きつける。 『大統領のケーキ』の舞台は、1990年代、経済制裁下のイラクだ。独裁者のフセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じており、9歳の少女ラミアはくじ引きでその係に選ばれてしまう。用意できなければ重い罰が待っている。日々の食材すら手に入らない極端な物資不足の中、ラミアはクラスメイトのサイードとともにケーキの材料を求めて町を駆け巡る。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描いた本作は、カンヌ国際映画祭で監督週間観客賞とカメラドールの2冠に輝いた。西側諸国による経済制裁の実害は独裁者本人にはほとんど及ばず、最も弱い立場の貧困層を苦しめる。しかも制裁が奪うのは物資だけではない。生き延びるために人が人を騙し、子どもまでもがその不条理に巻き込まれていく。制裁は人々の倫理を奪うのだ。爆撃下の逃避行が悲劇へと傾く終盤に、分かりやすい救いはない。それでもカテゴリーを超えて結ばれていく関係の中に、かすかな光が宿る。 3作品に共通するのは、世界がすでに終わりに向かっている、これまでわれわれが当たり前と考えてきた想定がとうに崩れているという前提だ。戦争、国家、金融、官僚制といった巨大な力の前で、個人は交換可能な部品のように扱われ、ほとんど無力だ。しかし3作品はいずれも、その無力さの中でなお、倫理や人間関係や身体の感覚を通じて生き方が変わり得ることを描いている。誰もが入れ替え可能な「当たり前」を回すだけの自明性の檻に安住し、平和ボケしたままでいる私たちにとって、これらの作品は檻の外の世界を垣間見せてくれる。大量動員型ではないこうした作品が今も映画館で観られること自体が貴重であり、ぜひ劇場に足を運んでほしい。 3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 後半はこちら→so46615572(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/03(月) 12:00
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詳細<ディスクロージャー&ディスカバリー>政府の情報活動を強化するなら監視機能の整備が不可欠だ
7月31日に国家情報局が発足する。 これまでバラバラに存在していた政府の情報機関を一元管理するためだという。政府の情報収集能力強化に強いこだわりを持つ高市政権の肝いり政策の一つだ。 しかし、政府の情報収集能力を強化するのであれば、同時にそれを監視する機能も整備されなければならない。監視なき情報収集活動は容易に暴走や濫用を招く恐れがあるからだ。 今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、国家情報局発足を7月31日に控え、自衛隊による個人情報収集疑惑や行政機関のSNS運用、国会における情報公開制度の課題を取り上げ、情報収集と民主的統制のあり方を考えた。 番組ではまず、熊本日日新聞が報じた陸上自衛隊中央情報隊配下の「現地情報隊」による個人情報収集疑惑を取り上げた。記事は、自衛隊が大学教授やNPO関係者らについて、氏名や学歴、職歴だけでなく、思想信条や交友関係、借金の有無や性的指向など極めて機微性の高い情報を「個人ベーシックソースデータ(BSD)」と称して収集・管理していたことが、実際にその活動を行っていた元自衛官によって明らかにされたと報じている。 それが事実だとすれば、この情報収集は従来の公安警察などによる「監視」とは性格が異なる点に注意が必要だ。収集対象となった人々は通常公安が監視対象にしている反政府活動家ではなく、むしろ将来的に情報源として協力を得られる可能性のある人物だった。なぜ協力を得たい相手の借金や性的指向を知る必要があったのか。それをどのように利用することが想定されていたのか。そして、実際にそれがどう使われたのかなどはすべて藪の中だ。利用目的が明確でなければ情報収集の適法性を検証することができず、民主的な統制も働かない。 政府が安全保障上必要な情報を収集することには一定の合理性がある。しかし、収集目的や法的根拠、収集した情報がその後どのように管理されているのか、目的外利用は防止されているのかといった点が極めて曖昧なまま、情報収集機能だけが強化されていくのは、極めて危険な兆候と言わねばならない。情報機関が集めた情報を一元管理する前に、それぞれの情報機関の情報収集活動の監視機能や法的な根拠の整備が、先に来る必要があるのではないか。 また、日本では国会における情報公開のあり方にも問題が多い。国会は情報公開法の対象になっていないため、議員立法が行われた場合、法案作成過程や法制局とのやり取りなど、行政機関であれば当然開示されるべき情報の公開が義務づけられていない。その結果、なぜその条文になったのか、どのような議論を経て成立したのかなどを後から検証することが難しい。また、政府の情報活動を監視する機能を国会に持たせた場合も、同様の問題が生じる。国会が情報公開法の対象になっていない以上、国会の情報公開基準を定める法律なり制度なりの強化が急務ではないか。 国の安全保障と市民の自由は、どこで折り合いをつけるべきなのか。国家情報局の発足を目前に控え、自衛隊による個人情報収集疑惑や国会の情報公開上の課題を入口に、情報収集機能の強化と民主的統制をいかに両立させるかについて、情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/07/31(金) 12:00
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詳細<マル激・後半>津久井やまゆり園事件の検証は不十分だ/藤井克徳氏(日本障害者協議会代表)
2016年7月26日未明、相模原市の県立障害者支援施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、入所者と職員あわせて26人が重軽傷を負った。戦後日本最悪級の大量殺人事件であり、犯人は施設の元職員だった。「障害者は不幸しか生まない」と語ったその考えは社会に大きな衝撃を与えた。事件から10年、私たちは何を検証してきたのか。 裁判を傍聴し、拘置所で犯人と面会し、手紙のやり取りも重ねてきた日本障害者協議会代表の藤井克徳氏は、事件の真相究明はいまだ不十分で、本格的な検証は行われていないと指摘する。 今年7月の国会で高市首相は、事件後の検討チームで事実関係や再発防止策を議論したと答弁した。しかし2016年の厚労省報告書は、措置入院後の支援や施設の防犯体制に焦点を当てる一方、事件の背景や社会に根付く差別意識には踏み込まなかった。国連障害者権利委員会も2022年、日本政府に優生思想と非障害者優先主義の観点から事件を見直すよう勧告しているが、実現していない。 裁判では責任能力が主な争点となり、犯行の背景は十分に解明されなかった。被害者は「甲Aさん」など匿名で扱われ、19人がどのような人生を送り、なぜ標的となったのかも十分には語られなかった。「事件は封印されてしまった」と藤井氏は語る。 犯人の障害者観がどのように形成されたのかを知るため本人と対話を重ねてきた藤井氏は、家庭環境や職歴、社会的背景、精神的要因など複数の要素が重なり合っていたのではないかという。だからこそ、社会全体で事件を検証する必要があると藤井氏は訴える。 今回の事件の背景には、日本社会に根強く残る優生思想がある。優生保護法は1996年まで「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と定め、およそ2万5,000人に強制不妊手術を行った。優生思想は個人の偏見ではなく、国家政策として制度化されていたのである。 旧優生保護法違憲訴訟では最高裁が国の責任を認め、補償法も成立した。しかし施行から1年半が過ぎても補償認定は対象者のほんの数%にとどまり、被害の掘り起こしは進んでいない。精神医療における強制入院や身体拘束の問題、政府から独立した国内人権機関の未整備なども含め、日本の人権意識は依然として大きな課題を抱えている。 事件を特異な犯人だけの問題として終わらせれば、社会の責任は見えなくなる。生産性や自己責任が重視される現代社会の中で、「内なる優生思想」は誰の中にも潜んでいるのではないか。事件から10年を迎えた今、なぜ十分な検証が行われなかったのか、私たちは何を学ぶべきなのかについて、「人権は与えられるものではなく獲得するもの」と語る藤井克徳氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so46589096(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/07/27(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>津久井やまゆり園事件の検証は不十分だ/藤井克徳氏(日本障害者協議会代表)
2016年7月26日未明、相模原市の県立障害者支援施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、入所者と職員あわせて26人が重軽傷を負った。戦後日本最悪級の大量殺人事件であり、犯人は施設の元職員だった。「障害者は不幸しか生まない」と語ったその考えは社会に大きな衝撃を与えた。事件から10年、私たちは何を検証してきたのか。 裁判を傍聴し、拘置所で犯人と面会し、手紙のやり取りも重ねてきた日本障害者協議会代表の藤井克徳氏は、事件の真相究明はいまだ不十分で、本格的な検証は行われていないと指摘する。 今年7月の国会で高市首相は、事件後の検討チームで事実関係や再発防止策を議論したと答弁した。しかし2016年の厚労省報告書は、措置入院後の支援や施設の防犯体制に焦点を当てる一方、事件の背景や社会に根付く差別意識には踏み込まなかった。国連障害者権利委員会も2022年、日本政府に優生思想と非障害者優先主義の観点から事件を見直すよう勧告しているが、実現していない。 裁判では責任能力が主な争点となり、犯行の背景は十分に解明されなかった。被害者は「甲Aさん」など匿名で扱われ、19人がどのような人生を送り、なぜ標的となったのかも十分には語られなかった。「事件は封印されてしまった」と藤井氏は語る。 犯人の障害者観がどのように形成されたのかを知るため本人と対話を重ねてきた藤井氏は、家庭環境や職歴、社会的背景、精神的要因など複数の要素が重なり合っていたのではないかという。だからこそ、社会全体で事件を検証する必要があると藤井氏は訴える。 今回の事件の背景には、日本社会に根強く残る優生思想がある。優生保護法は1996年まで「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と定め、およそ2万5,000人に強制不妊手術を行った。優生思想は個人の偏見ではなく、国家政策として制度化されていたのである。 旧優生保護法違憲訴訟では最高裁が国の責任を認め、補償法も成立した。しかし施行から1年半が過ぎても補償認定は対象者のほんの数%にとどまり、被害の掘り起こしは進んでいない。精神医療における強制入院や身体拘束の問題、政府から独立した国内人権機関の未整備なども含め、日本の人権意識は依然として大きな課題を抱えている。 事件を特異な犯人だけの問題として終わらせれば、社会の責任は見えなくなる。生産性や自己責任が重視される現代社会の中で、「内なる優生思想」は誰の中にも潜んでいるのではないか。事件から10年を迎えた今、なぜ十分な検証が行われなかったのか、私たちは何を学ぶべきなのかについて、「人権は与えられるものではなく獲得するもの」と語る藤井克徳氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so46589193(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/07/27(月) 12:00
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詳細<セーブアース>酷暑の日本がすべきこととは/平田仁子氏(一般社団法人Climate Integrate代表理事)
関東で梅雨明けが発表された翌日の収録となった今月のセーブアースのテーマは猛暑だ。 気象庁は今年から、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と呼ぶことにしたという。思い返せば、日本には元々夏日という言葉しかなかった。それが1967年頃から真夏日が、そして2007年には猛暑日が設定された。そして遂に2026年は酷暑日を設定しなければならなくなった。暑さを表す言葉を次々に発明しなければ現実に追いつかない。この言葉の変遷そのものが、地球が確実に熱くなっていることの動かぬ証拠と言っていい。 ゲストの平田仁子氏がまず示したのは、人為起源の温室効果ガス排出量のグラフだった。年間577億トン。人間活動が気候変動を引き起こしていることは、科学的には「これ以上疑いようがない」水準まで明確になっている。にもかかわらず、1990年に問題が国際的に指摘されて以来、排出は減るどころか増え続けてきた。コロナ禍で経済活動が止まった時期に一時的に減少したが、その後の反動で元に戻ってしまったことは記憶に新しい。 ここでまず問わなければならないのは、なぜ35年間、分かっていながら止められなかったのかということだ。知識が足りなかったのではない。技術がなかったのでもない。世界の平均気温の上昇を産業革命前の1.5度上昇までに抑えるには、2035年までに地球全体の二酸化炭素の排出量を250億トン程度、つまり現在の半分以下にする必要がある。残された時間は10年ほどしかない。それでも平田氏は「できるかできないかではなく、やる気になって実行するかどうか」と語る。実現への道筋を示したレポートは、すでにいくつも存在している。つまりこれは能力の問題ではなく、意思の問題なのだ。 現実は厳しい。世界の平均気温はすでに1.5度上昇の水準に達し、各国が現在の政策を続けた場合、今世紀末には2.8度上昇に向かうと予測されている。南極やグリーンランドの氷床、サンゴ礁、海洋の熱塩循環など、一度超えれば後戻りができない「ティッピングポイント」を超えつつある。1.5度どころか、2度の上昇すら止められないだろうと悲観する科学者も多い。 酷暑は日本だけの現象ではない。この6月、欧州は前例のない熱波に見舞われ、海水温も記録的な高さとなった。番組では7月9日にスペイン南部アルメリアで発生し、13人が犠牲となった山火事の映像も紹介された。カナダの山火事の煙は米国にも流れ込み、約1億人が大気汚染の影響を受けたとされる。日本でも今後、山火事が増える可能性は十分にあり、直接の被害だけでなく、煙による大気汚染と健康被害まで視野に入れておく必要がある。 では日本は何をすればいいのか。日本の排出削減の話になると、必ず出てくるのが「日本排出量は世界全体の排出量のわずか3%に過ぎない」という声だ。だが、この理屈は二重に成り立たない。 第一に、日本は依然として排出量で世界第5位の排出大国だ。第二に、統計上「その他」に括られる190カ国あまりが同じ理屈を口にすれば、それだけで中国に匹敵する規模の排出が正当化されてしまう。全員が「自分は小さい」と言い張れば、誰も削減しなくてよいことになる。3%論はそのような責任逃れの論理を代表している。 むしろ平田氏が指摘するのは、東南アジアへの経済的影響力を持つ日本が脱炭素を進めれば、それ自体が世界のモデルになりうるという点だ。日本には「3%だからやらない」ではなく、「5位の大国だからこそやる」立場が求められている。 ところが昨今の国内の実態は、モデルどころか逆行が目立つ。G7の中で最も石炭に依存しているのは、実は日本だ。米国よりもドイツよりも多い。しかもその石炭はほぼ全量が輸入である。老朽石炭火力を順次止めていくという従来方針も、高市政権の下で転換され、エネルギー危機への対応を名目に、むしろ石炭が増やされている。 その一方で、再生可能エネルギーの新規導入量は減少が続き、風力はほとんど伸びていない。世界では太陽光の発電量が天然ガスを上回り、パキスタンのような国でさえ屋根置き太陽光が急増している。その世界の潮流と、日本の停滞との対照は際立っている。 しかし、悲観材料ばかりではない。平田氏らが実施した世論調査では、約7割が再生可能エネルギーを支持し、その支持は原子力を上回った。SNS上で目立つ「反再エネ」の声は、実際の世論と大きくずれている。声の大きさと世論の分布を混同してはならない。 技術的な条件も整いつつある。太陽光は屋根の10%と農地の7%、国土のわずか1%程度を使えば、2050年に必要とされる400ギガワットをまかなえるという試算がある。蓄電池価格の低下により、昼の電力で夜をつなぐことも現実的になってきた。足りないのは資源でも技術でも世論でもない。それを束ねて実行に移す政治の意思だ。 もちろん、個人にできることに限界はある。1人がエアコンの設定温度を上げただけでは、577億トンは減らない。だが番組で強調されたのは、個人の力は「我慢」ではなく「選択」と「声」にあるという点だ。再エネ由来の電力を選ぶ。次の車をEVにする、あるいはカーシェアに切り替える。省エネ性能で製品を選ぶ。そして支持する政策や企業に意思表示をする。一つひとつの行動の影響は小さくても、それが集まれば市場へのシグナルとなり、企業の行動と政治の判断を動かす。世論の7割が再エネを支持しているという事実は、その声がまだ十分に届いていないことの裏返しでもある。 40度の夏はもはや異常ではなく、日常になりつつある。その現実を前に、エアコンの効いた部屋から暑さに文句を言うだけの夏にするのか。それとも「私はこれをやった」と語り合える夏にするのか。それが問われている。気候危機の現状と日本のエネルギー政策の課題について、気候変動政策が専門の平田仁子氏と、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/07/26(日) 12:00