すべて 有料 会員無料 413件 投稿が新しい順 再生が多い順 コメントが多い順 マイリスト登録が多い順 コメントが新しい順 再生時間が長い順 投稿が古い順 再生が少ない順 コメントが古い順 コメントが少ない順 マイリスト登録が少ない順 再生時間が短い順 会員無料 35:42 <マル激・後半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45799547(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 8 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 69:37 <マル激・前半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45799549(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 21 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 50:00 <マル激・後半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。前半はこちら→so45771201(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 17 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 51:40 <マル激・前半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。後半はこちら→so45771286(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 23 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 86:26 <ディスクロージャー&ディスカバリー>憲法で公開裁判が定められているのに被害者にすら訴訟記録が公開されない日本の司法の後進性を嘆く 日本で裁判は公開とすることが憲法で定められている。しかし、その公開はあくまで裁判の一般傍聴を可能にするという意味に矮小化され、実際の裁判は公開とはほど遠い状態にある。今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、横浜市内で起きた交通死亡事故をめぐる訴訟記録コピー拒否の事例を入口に、日本の司法制度が抱える深刻な情報非公開の問題を検証した。 事件は横浜で発生した交通死亡事故だ。刑事裁判では被告人の責任が問われ、裁判の過程で事故当時の状況を記録したドライブレコーダー映像が証拠として採用された。被害者遺族は刑事裁判とは別に民事で損害賠償請求を行うため、その訴訟記録のコピーを裁判所に求めた。事故の瞬間を直接映した映像は、過失割合や事故態様を立証するうえで極めて重要な資料になるからだ。 ところが、横浜地裁はこの請求を拒否した。当初、理由として示されたのは「コピーする装置がない」という説明だった。しかしその後、理由は「説明しない」に変更され、最終的にコピー拒否の具体的な根拠は示されないままとなった。映像は刑事裁判で証拠採用されており、閲覧自体は可能とされている。それにもかかわらず、「コピー」だけが認められない。しかも裁判所は非公開の理由を説明しなくてもいいことになっているのだ。 閲覧とコピーの違いは決定的だ。閲覧しただけでは、記録を民事裁判の証拠として提出できない。目撃証言に頼るしかなく、事実認定の客観性は大きく損なわれる。被害者遺族が真相を知り、正当な賠償を求めるための道は、制度によって事実上閉ざされている。 刑事裁判と比較して民事裁判では被害者や訴訟関係者に対して比較的広く閲覧が認められている一方、コピーは原則として制限されている。刑事事件ではさらに厳しく、確定後の記録は「刑事確定訴訟記録法」に基づいて閲覧のみが規定され、コピーは法律上想定されていない。法務省の内部規定では、閲覧を認めた場合にコピーも可能とされているが、実際に刑事事件でコピーが認められた例はほとんどないという。 誰が、何の基準に基づき、何を理由に拒否できるのかが明示されていない。その結果、犯罪被害者や遺族でさえ、なぜ自分たちが記録を入手できないのか分からないまま時間だけが過ぎていく。結果的にドライブレコーダーのコピー拒否から半年近く経っても、肝心の映像は遺族の手に渡っていない。 あまり知られていないことだが、日本では1989年まで司法記者クラブに所属する大手報道機関の記者以外には、法廷内でのメモ取りすら認められていなかった。驚いたことに筆記用具の持ち込みが禁止されていたのだ。アメリカ人法律家のローレンス・レペタ氏が、裁判記録が公開されず法廷でのメモ取りさえもが認められていないことで、法律家としての研究機会が妨げられ、また市民社会が裁判内容を検証することが不可能になっているとして、国を相手取り損害賠償請求を起こした。そして最高裁まで争った結果、1989年に最高裁はレペタ氏の訴えを退けつつも、法廷のメモ取りくらいは認めなさいという温情判決を下した。 レペタ判決から36年。この判決によってメモ取りだけは許されることになったが、レペタ氏が問題にした学術研究や市民社会による監視は依然として事実上困難な状態が続いている。もちろん被害者や被害者家族が求める証拠開示もだ。 憲法82条が定める「公開裁判」とは、本来、市民が司法を検証できることを意味するはずだ。しかし現実には、裁判の中核となる記録は閉ざされ、研究者や市民社会はおろか、被害者ですらアクセスできない。今回の事例は、個別の不運ではなく、日本の司法制度が構造的に抱える問題を象徴している。このまま非公開が続けば、日本の司法制度自体が市民社会の信用を失いかねない。 そもそも訴訟記録は誰のためのものなのか。なぜ司法の情報公開はここまで遅れているのか。情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 4 0 0 2025/12/27(土) 12:00 詳細 会員無料 89:26 <セーブアース>たとえ茨の道でも気候危機に立ち向かう1.5度目標を堅持しなければならない/田村堅太郎氏(地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動ユニットリサーチディレクター) 地球を気候危機から救うための最後の防波堤とされる1.5度目標。これは地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えようという国際的な目標のことだ。しかし今やその実現は極めて困難な状況を迎えている。先月ブラジルで開かれたCOP30を受け、本番組では気候変動を巡る国際交渉の最前線を知る田村堅太郎氏を迎え、1.5度目標がなぜ難しいのか、その構造的要因を掘り下げた。 気候変動対策の国際枠組みは、1992年のリオサミットで採択された気候変動枠組条約に始まり、1997年の京都議定書、そして2015年のパリ協定へと、国際社会は制度を進化させてきた。しかし田村氏は、「枠組みは変わっても排出量は減っていない」という厳しい現実を指摘する。実際、パリ協定採択から10年を迎える今も、世界の温室効果ガス排出は過去最高水準に近い状態が続いている。 そもそも1.5度目標は、当初から達成が容易なものではなかった。パリ協定では「2度より十分低く抑える」ことを基本目標としつつ、海面上昇によって存立が脅かされる島嶼国などの強い要請を受け、努力目標として1.5度が盛り込まれた。その後、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書によって、1.5度と2度の差がもたらす影響の大きさが明らかになり、国際社会の軸足は次第に1.5度へと移っていった。 だが問題は、目標と現実の「排出ギャップ」だ。各国が掲げる削減目標と、1.5度に整合する排出削減経路との間には大きな隔たりがある。しかも現在の政策がすべて実行されたとしても、なお不十分だというのが科学の示す冷徹な現実だ。田村氏は、「目標を掲げるだけでなく、実際の行動を強化しなければならない」と強調する。 さらに今回のCOP30で焦点となったのが、「1.5度オーバーシュート」という考え方だ。短期的に1.5度を超えてしまうことを前提に、その超過幅と期間をできる限り小さく抑え、将来的に再び1.5度以下へ戻すための方策が問われるようになった。田村氏は、単年での気温上昇と長期トレンドを区別しつつも、「オーバーシュートが大きくなればなるほど、不可逆的な気候変動リスクが高まる」と警鐘を鳴らす。 議論は日本の立ち位置にも及ぶ。日本政府は2030年・35年目標や2050年ネットゼロを掲げているが、それが1.5度目標と本当に整合しているのかについて、田村氏は懐疑的だ。歴史的排出責任や経済力を考えれば、より踏み込んだ削減が求められるはずだが、国内議論は「何を失うか」というコスト論に偏りがちだ。 田村氏は、多国間交渉の限界を認めつつも、その重要性を否定しない。包摂性と正当性を担保するCOPの枠組みに加え、志を同じくする国や企業、自治体が枠外で先行的に取り組む「多元的アプローチ」が、1.5度目標に向けた現実的な道筋になると語った。 1.5度目標は放棄されたわけではない。しかし、その達成には、これまでとは次元の異なる政治的意思と社会変革が求められている。その厳しい現実を直視しつつ、なお残された選択肢とは何かを、田村氏と環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2025/12/26(金) 12:00 詳細 会員無料 49:33 <マル激・後半>AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか/酒井邦嘉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授) AIの利活用が加速度的に広がっている。 2022年に運用が始まったOpenAIのChatGPTをはじめ、GoogleのGemini、中国で開発されたDeepSeekなど、ここ数年で生成AIがあっという間に普及し人々の生活の中に入り込んでいる。 政府の人工知能戦略本部は19日、「『信頼できるAI』による『日本再起』」という副題のついた人工知能基本計画案を決定した。世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指すとして、本部長を務める高市首相は「今こそ官民連携で反転攻勢をかけるとき」と強調した。 しかし、このままAIの活用を無制限に進めてしまって本当にいいのだろうか。もう少しその影響を、とりわけ子どもや教育への影響をしっかりと検証する必要があるのではないか。 『デジタル脳クライシス』の著者で言語脳科学者の酒井邦嘉氏は、生成AIがあたかも信頼できる装置であるかのような幻想が、とりわけ教育現場で独り歩きし始めていることに懸念を露わにし、これまでAIの「利用」という言葉を使っていた文科省が「利活用」という言い方に変わり積極的に利用を進める立場になっていることを問題視する。リスク管理が不十分なまま教育への導入が進んだ結果、取り返しがつかない事態を招く恐れがあるからだ。 アメリカでChatGPTが原因で自殺したとして遺族がOpenAIを提訴したことが報道されるなど、今、特に若い世代に急激にAI活用が広がることへの懸念が指摘されている。対話型AIと言われているChatGPTなどの生成AIは、対話を装っているだけで、実際には何かを考えてくれているわけではない。にもかかわらずそれが自己肯定感を増幅するための手軽な装置となって人間の心に入り込んでしまい、気づいたときには取り除くことができない依存症のような状態に陥る事例が多発しているという。 脳科学の研究者として長年、言語と脳の関係を研究してきた酒井氏は、思考力、創造力といった人間の脳内で起こる重要な作業は、それ自体が人間の成長にとって重要なものだが、思考をAIに頼ることでその力が奪われると指摘する。AIを使うことに慣れ、自分の脳を使って考える能力を失ってしまう、というような事態が起こり得るというのだ。そもそも生成AIは何かを生み出しているのではなく大量のデータの中から言葉を選んで組み合わせているだけなので、「生成AI」ではなく「合成AI」と言うべきだと酒井氏は指摘する。また、生成AIには入力と出力があるだけで、考える、疑う、想像する、創造するといった脳内での人間らしい働きはしないことを強調する。 それと同時に、読む、書くといった文字を使い自ら言葉を生み出す作業が、デジタル教科書の導入などで失われていくことも懸念材料だ。人間の記憶はいくつもの情報が重なりあって紐づけられているのであって、「コスパ」「タイパ」が良いといった効率だけで語られて良いはずはない。 あたかもそれが時代の最先端であるかのように生成AIの活用が進む中、人間軽視に対する警鐘を鳴らし続ける酒井氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45746893(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 12 0 0 2025/12/22(月) 12:00 詳細 会員無料 80:22 <マル激・前半>AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか/酒井邦嘉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授) AIの利活用が加速度的に広がっている。 2022年に運用が始まったOpenAIのChatGPTをはじめ、GoogleのGemini、中国で開発されたDeepSeekなど、ここ数年で生成AIがあっという間に普及し人々の生活の中に入り込んでいる。 政府の人工知能戦略本部は19日、「『信頼できるAI』による『日本再起』」という副題のついた人工知能基本計画案を決定した。世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指すとして、本部長を務める高市首相は「今こそ官民連携で反転攻勢をかけるとき」と強調した。 しかし、このままAIの活用を無制限に進めてしまって本当にいいのだろうか。もう少しその影響を、とりわけ子どもや教育への影響をしっかりと検証する必要があるのではないか。 『デジタル脳クライシス』の著者で言語脳科学者の酒井邦嘉氏は、生成AIがあたかも信頼できる装置であるかのような幻想が、とりわけ教育現場で独り歩きし始めていることに懸念を露わにし、これまでAIの「利用」という言葉を使っていた文科省が「利活用」という言い方に変わり積極的に利用を進める立場になっていることを問題視する。リスク管理が不十分なまま教育への導入が進んだ結果、取り返しがつかない事態を招く恐れがあるからだ。 アメリカでChatGPTが原因で自殺したとして遺族がOpenAIを提訴したことが報道されるなど、今、特に若い世代に急激にAI活用が広がることへの懸念が指摘されている。対話型AIと言われているChatGPTなどの生成AIは、対話を装っているだけで、実際には何かを考えてくれているわけではない。にもかかわらずそれが自己肯定感を増幅するための手軽な装置となって人間の心に入り込んでしまい、気づいたときには取り除くことができない依存症のような状態に陥る事例が多発しているという。 脳科学の研究者として長年、言語と脳の関係を研究してきた酒井氏は、思考力、創造力といった人間の脳内で起こる重要な作業は、それ自体が人間の成長にとって重要なものだが、思考をAIに頼ることでその力が奪われると指摘する。AIを使うことに慣れ、自分の脳を使って考える能力を失ってしまう、というような事態が起こり得るというのだ。そもそも生成AIは何かを生み出しているのではなく大量のデータの中から言葉を選んで組み合わせているだけなので、「生成AI」ではなく「合成AI」と言うべきだと酒井氏は指摘する。また、生成AIには入力と出力があるだけで、考える、疑う、想像する、創造するといった脳内での人間らしい働きはしないことを強調する。 それと同時に、読む、書くといった文字を使い自ら言葉を生み出す作業が、デジタル教科書の導入などで失われていくことも懸念材料だ。人間の記憶はいくつもの情報が重なりあって紐づけられているのであって、「コスパ」「タイパ」が良いといった効率だけで語られて良いはずはない。 あたかもそれが時代の最先端であるかのように生成AIの活用が進む中、人間軽視に対する警鐘を鳴らし続ける酒井氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so45746955(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 24 0 0 2025/12/22(月) 12:00 詳細 会員無料 67:48 <マル激・後半>なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか/岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。 確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。 これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。 高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。 まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。 なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。 中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。 その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。 中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。 岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。 習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。 日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45724010(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 26 0 0 2025/12/15(月) 12:00 詳細 会員無料 66:44 <マル激・前半>なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか/岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。 確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。 これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。 高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。 まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。 なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。 中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。 その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。 中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。 岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。 習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。 日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45724096(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 32 0 0 2025/12/15(月) 12:00 詳細 会員無料 72:06 <マル激・前半>人類は地球温暖化という21世紀最大の課題に対応する能力を失い始めているのか/江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授) 果たして人類はアメリカ抜きで地球温暖化を克服することができるのか。 国連の第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)が2025年11月10日~22日、「アマゾンの玄関口」とも言われるブラジル・ベレンで開催されたが、温室効果ガスの世界第2の排出国であるアメリカはパリ協定からの脱退を表明し、今回のCOPにも参加しなかった。トランプ政権の下でアメリカが脱炭素から化石燃料優遇への傾斜を急速に強める中、世界はアメリカ抜きで21世紀の人類最大の課題ともいうべき地球温暖化問題に対応しなければならない。 2025年は、パリ協定がCOP21で採択されてからちょうど10年となる節目の年でもある。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を「2度より十分低く、1.5度に抑える努力をする」目標を掲げた。しかし2024年、地球の気温上昇は既に1.5度を超えてしまった。そのためこれからの地球温暖化対策は気温が一時的に1.5度を超える「オーバーシュート」を前提に、一度上がった気温を再び下げることが真剣に議論されなければならなくなっている。しかし、一度上がった気温を下げるためには、人間活動による温室効果ガス排出量を長期間にわたりマイナスにする必要がある。東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏は、それを実現することは容易ではないと指摘する。 一方で、温暖化の影響により世界各地で深刻な自然災害が頻発している。洪水、熱波、干ばつ、森林火災といった気候変動に起因する自然災害は世界各地で頻発し、特に被害を受けやすい途上国への資金支援が喫緊の課題となっている。そこでCOP30の合意文書には、気候変動による災害に対応する資金を3倍にすることが盛り込まれた。そのこと自体は評価すべき成果ではあるが、気候変動に影響を受ける国を支援していこうという方向性は、ややもすればもはや地球温暖化は止められないという国際社会の諦観を反映しているようにも見える。 江守氏が指摘するように、「1.5度を超えてしまっても下げればよい」、「被害が出ても小さく抑えればよい」という議論が強まることには注意が必要だ。資金支援だけでは根本的に災害を減らすことにはならず、そもそもの排出削減と災害対策の両輪で進めなければならない。 アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、大統領自身が気候変動など存在しないと国連総会の場で公言する中、アメリカ国内では地球温暖化の懐疑論や否定論が再び勢いを増している。もともと気候変動の懐疑論は、「温暖化は起きていない」、「温暖化は人類の活動ではなく自然変動によるものだ」といった主張が中心だったが、それが今や、経済的利益や政治的利害と結びついたより複雑な構造へと変化していると江守氏は言う。懐疑論の広がりというアメリカでの現象は一時的なものではない。その背景には国際機関やエリート、リベラルに対する不信もあるが、さらに根底にあるのは「自国が世界に対してそこまで責任を負う必要はない」という考え方だ。 江守氏は、気候災害の激化により難民が増え、移民排斥の雰囲気が強まり、右派ポピュリズムが台頭し、結果として気候変動対策が後退し、ますます気候変動が進むという悪循環を懸念する。さらにその先には、後戻りできない気候変動の転換点(ティッピング・ポイント)が来て、もはや自分の国だけ対策をしても無駄なのでやらないという諦めが広がる恐れもある。アメリカが気候変動対策から手を引き始める中、2025年をティッピング・ポイントに突き進んでいく最初の年にしてはならない。 政府レベルの地球温暖化対策が堂々巡りの議論の中で停滞するのを横目に、企業やNPO、地方自治体といった非国家アクターの活躍が一層際立っている。COP30の現地に行ったWWFジャパンの田中健氏は、アメリカ政府代表団が不在の中でも、州を中心とする非国家アクターが、自分たちがアメリカ合衆国のパリ協定の実施を進めると強く発信していたと言う。もはや国が機能しないのであれば、非国家アクターがどこまで国家に取って代われるかがカギを握るようになっている。 アメリカ不在のCOP30で何が議論され、世界はどこへ向かおうとしているのか。気候変動対策をめぐりアメリカ国内では何が起きていて、日本は何をすべきかなどについて、東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45701163(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 31 0 0 2025/12/08(月) 12:00 詳細 会員無料 64:44 <マル激・後半>人類は地球温暖化という21世紀最大の課題に対応する能力を失い始めているのか/江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授) 果たして人類はアメリカ抜きで地球温暖化を克服することができるのか。 国連の第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)が2025年11月10日~22日、「アマゾンの玄関口」とも言われるブラジル・ベレンで開催されたが、温室効果ガスの世界第2の排出国であるアメリカはパリ協定からの脱退を表明し、今回のCOPにも参加しなかった。トランプ政権の下でアメリカが脱炭素から化石燃料優遇への傾斜を急速に強める中、世界はアメリカ抜きで21世紀の人類最大の課題ともいうべき地球温暖化問題に対応しなければならない。 2025年は、パリ協定がCOP21で採択されてからちょうど10年となる節目の年でもある。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を「2度より十分低く、1.5度に抑える努力をする」目標を掲げた。しかし2024年、地球の気温上昇は既に1.5度を超えてしまった。そのためこれからの地球温暖化対策は気温が一時的に1.5度を超える「オーバーシュート」を前提に、一度上がった気温を再び下げることが真剣に議論されなければならなくなっている。しかし、一度上がった気温を下げるためには、人間活動による温室効果ガス排出量を長期間にわたりマイナスにする必要がある。東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏は、それを実現することは容易ではないと指摘する。 一方で、温暖化の影響により世界各地で深刻な自然災害が頻発している。洪水、熱波、干ばつ、森林火災といった気候変動に起因する自然災害は世界各地で頻発し、特に被害を受けやすい途上国への資金支援が喫緊の課題となっている。そこでCOP30の合意文書には、気候変動による災害に対応する資金を3倍にすることが盛り込まれた。そのこと自体は評価すべき成果ではあるが、気候変動に影響を受ける国を支援していこうという方向性は、ややもすればもはや地球温暖化は止められないという国際社会の諦観を反映しているようにも見える。 江守氏が指摘するように、「1.5度を超えてしまっても下げればよい」、「被害が出ても小さく抑えればよい」という議論が強まることには注意が必要だ。資金支援だけでは根本的に災害を減らすことにはならず、そもそもの排出削減と災害対策の両輪で進めなければならない。 アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、大統領自身が気候変動など存在しないと国連総会の場で公言する中、アメリカ国内では地球温暖化の懐疑論や否定論が再び勢いを増している。もともと気候変動の懐疑論は、「温暖化は起きていない」、「温暖化は人類の活動ではなく自然変動によるものだ」といった主張が中心だったが、それが今や、経済的利益や政治的利害と結びついたより複雑な構造へと変化していると江守氏は言う。懐疑論の広がりというアメリカでの現象は一時的なものではない。その背景には国際機関やエリート、リベラルに対する不信もあるが、さらに根底にあるのは「自国が世界に対してそこまで責任を負う必要はない」という考え方だ。 江守氏は、気候災害の激化により難民が増え、移民排斥の雰囲気が強まり、右派ポピュリズムが台頭し、結果として気候変動対策が後退し、ますます気候変動が進むという悪循環を懸念する。さらにその先には、後戻りできない気候変動の転換点(ティッピング・ポイント)が来て、もはや自分の国だけ対策をしても無駄なのでやらないという諦めが広がる恐れもある。アメリカが気候変動対策から手を引き始める中、2025年をティッピング・ポイントに突き進んでいく最初の年にしてはならない。 政府レベルの地球温暖化対策が堂々巡りの議論の中で停滞するのを横目に、企業やNPO、地方自治体といった非国家アクターの活躍が一層際立っている。COP30の現地に行ったWWFジャパンの田中健氏は、アメリカ政府代表団が不在の中でも、州を中心とする非国家アクターが、自分たちがアメリカ合衆国のパリ協定の実施を進めると強く発信していたと言う。もはや国が機能しないのであれば、非国家アクターがどこまで国家に取って代われるかがカギを握るようになっている。 アメリカ不在のCOP30で何が議論され、世界はどこへ向かおうとしているのか。気候変動対策をめぐりアメリカ国内では何が起きていて、日本は何をすべきかなどについて、東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45701713(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 10 0 0 2025/12/08(月) 12:00 詳細 会員無料 73:32 <マル激・後半>医療政策は各論に入り込む前に医療の全体像を見据えた議論を/森井大一氏(日医総研主席研究員) 高市政権下で医療政策を巡る議論が錯綜している。 28日に閣議決定された補正予算案には、医療分野における賃上げ・物価上昇に対する支援として5,300億円が盛り込まれた。これは公定価格である診療報酬で運営されている病院で、物価上昇などが経営を圧迫して7割が赤字となっており、このままだと地域医療がもたないとの訴えが各地から聞こえていたことを受けたものだ。もっとも補正予算は単年度限りなので、現在審議中の中医協では診療報酬を上げてほしいと医療機関側からの強い要望が挙がっている。 一方で、政府は連立を組んだ日本維新の会が強く主張する、現役世代の社会保険料の引き下げも模索しなければならない立場に置かれている。その財源として政府が真っ先に挙げたのがOTC類似薬の保険給付外しだ。OTC類似薬とは、市販されている薬と類似した薬を意味し、医師から処方されるため保険給付により個人負担は1割~3割で済む。湿布薬、保湿剤、漢方薬などのほか、医師が処方していた薬を市販できるようにしたスイッチOTC薬まで幅広い薬剤を指す。保険から外れれば患者は市販薬を自分で薬局から購入しなくてはならなくなる。 しかし、さすがにこれは患者団体などの強い反発を受けたため、保険給付を外すことは断念し、新たに追加の負担を課す案が検討されているという。今後の審議で薬剤の範囲や負担額などが決まる見込みだが、最終的にどのぐらいの医療費が削減されることになるのかは、現時点では不明だ。このほかにも、一定の金融資産のある人への保険料や自己負担額の増額も検討されている。 保険料の引き下げというと耳障りは良いが、いざそれを実現しようとすると様々な軋轢が生じる。医療政策が専門で各国の制度に詳しい日医総研主席研究員の森井大一氏は、現在の医療政策を巡る議論はいきなり各論に入っているが、そもそも日本の医療政策の全体像をどのくらいの人が理解したうえで判断しているのかが疑問だと言う。社会保障の議論そのものが国民を置き去りにしたまま進んでいることも、本来はあってはならないことだ。 医療を社会が責任を持つとする医療政策だが、日本ではその手段は主に民間の医療機関が提供しており、基本的に病院が公立である英・仏・独とは制度を異にしている。そのため日本の医療機関は、医療を提供した際にその対価が支払われるかどうか、つまり十分な保険財源があるかどうかがどうしても関心事にならざるをえないと、森井氏は指摘する。 さらに重要なのは、どのような医療サービスが受けられるのかだ。負担する側と給付を受ける側は当然同じ国民であり、医療の質が下がることは誰も望んでいないはずだ。健康なときはどうしても負担ばかりに目がいきがちになるが、誰もがいつ医療のお世話になるとも限らない。そのためにも価値ある医療サービスが提供されることが重要で、そこを取り違えると医療への信頼が揺らぎかねない。コロナ禍で大きな議論となったかかりつけ医についても、森井氏は同様の観点から語る。 英・仏・独のコロナ禍でのかかりつけ医調査なども合わせて、各国の医療政策に詳しい森井氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45677270(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 9 0 0 2025/12/01(月) 12:00 詳細 会員無料 88:13 <マル激・前半>医療政策は各論に入り込む前に医療の全体像を見据えた議論を/森井大一氏(日医総研主席研究員) 高市政権下で医療政策を巡る議論が錯綜している。 28日に閣議決定された補正予算案には、医療分野における賃上げ・物価上昇に対する支援として5,300億円が盛り込まれた。これは公定価格である診療報酬で運営されている病院で、物価上昇などが経営を圧迫して7割が赤字となっており、このままだと地域医療がもたないとの訴えが各地から聞こえていたことを受けたものだ。もっとも補正予算は単年度限りなので、現在審議中の中医協では診療報酬を上げてほしいと医療機関側からの強い要望が挙がっている。 一方で、政府は連立を組んだ日本維新の会が強く主張する、現役世代の社会保険料の引き下げも模索しなければならない立場に置かれている。その財源として政府が真っ先に挙げたのがOTC類似薬の保険給付外しだ。OTC類似薬とは、市販されている薬と類似した薬を意味し、医師から処方されるため保険給付により個人負担は1割~3割で済む。湿布薬、保湿剤、漢方薬などのほか、医師が処方していた薬を市販できるようにしたスイッチOTC薬まで幅広い薬剤を指す。保険から外れれば患者は市販薬を自分で薬局から購入しなくてはならなくなる。 しかし、さすがにこれは患者団体などの強い反発を受けたため、保険給付を外すことは断念し、新たに追加の負担を課す案が検討されているという。今後の審議で薬剤の範囲や負担額などが決まる見込みだが、最終的にどのぐらいの医療費が削減されることになるのかは、現時点では不明だ。このほかにも、一定の金融資産のある人への保険料や自己負担額の増額も検討されている。 保険料の引き下げというと耳障りは良いが、いざそれを実現しようとすると様々な軋轢が生じる。医療政策が専門で各国の制度に詳しい日医総研主席研究員の森井大一氏は、現在の医療政策を巡る議論はいきなり各論に入っているが、そもそも日本の医療政策の全体像をどのくらいの人が理解したうえで判断しているのかが疑問だと言う。社会保障の議論そのものが国民を置き去りにしたまま進んでいることも、本来はあってはならないことだ。 医療を社会が責任を持つとする医療政策だが、日本ではその手段は主に民間の医療機関が提供しており、基本的に病院が公立である英・仏・独とは制度を異にしている。そのため日本の医療機関は、医療を提供した際にその対価が支払われるかどうか、つまり十分な保険財源があるかどうかがどうしても関心事にならざるをえないと、森井氏は指摘する。 さらに重要なのは、どのような医療サービスが受けられるのかだ。負担する側と給付を受ける側は当然同じ国民であり、医療の質が下がることは誰も望んでいないはずだ。健康なときはどうしても負担ばかりに目がいきがちになるが、誰もがいつ医療のお世話になるとも限らない。そのためにも価値ある医療サービスが提供されることが重要で、そこを取り違えると医療への信頼が揺らぎかねない。コロナ禍で大きな議論となったかかりつけ医についても、森井氏は同様の観点から語る。 英・仏・独のコロナ禍でのかかりつけ医調査なども合わせて、各国の医療政策に詳しい森井氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so45677451(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 10 0 0 2025/12/01(月) 12:00 詳細 会員無料 83:48 <セーブアース>クマ出没の常態化が示す生態系の変動と人間社会の構造的変化/羽澄俊裕氏(野生動物保護管理事務所元代表) 第38回セーブアースでは、日本各地で深刻化するクマ被害について、最新の研究成果と政策課題を議論した。番組ではクマによる被害報告を始め、クマの生態、森林・農村環境の変容、人間社会の構造的問題、さらには生態系の崩壊が引き起こす連鎖的影響について分析した上で、今後の共存戦略を多面的に提起した。 日本には北海道のヒグマと、本州の広範な山地に分布するツキノワグマの2種類のクマが生息している。野生動物保護管理事務所元代表の羽澄俊裕氏は、近年の特徴として、両者の生息域拡大と行動範囲の広域化があるという。その背景には、温暖化や森林構造の変化などの長期的環境要因に加え、人間活動の縮退という社会変容があると羽澄氏は言う。 クマの個体数の動態は、クマの低繁殖率や広い行動域、高い孤立性といった生物学的特徴によって把握が難しい。特に東北地方から中部山岳にかけて形成される孤立個体群は、遺伝的多様性の低下や局地絶滅のリスクを抱えており、精緻な個体数評価と広域的管理が求められている。近年は、DNA分析を活用したヘアトラップ法などが普及し、従来より高い精度で個体識別や移動解析が可能となっているが、広大な分布域全体で包括的に適用するには、労力・費用・専門人材の面で大きな制約が残ると羽澄氏は指摘する。 羽澄氏はまた、クマの出没が単に山地部の問題にとどまらず、都市近郊にまで広がっている現状は強い危機感を持って受け止める必要があると語る。特に深刻なのは、人慣れしたクマの増加である。過疎化による耕作放棄地の拡大、猟師の高齢化に伴う狩猟圧の低下、さらには都市部と山地をつなぐ緑地空間の増加が、クマを人間生活圏へと誘導しているというのだ。近年では、昼間の住宅街に出没し、自動ドアの仕組みに適応して店舗内へ侵入するなど、クマの行動は人間社会に高度に適応しつつある。 こうした人慣れ個体は、従来の警戒心を喪失しており、遭遇時に攻撃へ転じるリスクが格段に高まる。もはや従来の追い払い手法では対応できず、緊急駆除が不可避となるケースが増えていると羽澄氏は言う。 クマ問題を語る上で欠かせないのが、シカ個体数の爆発的増加による生態系の劣化である。シカが森林下層植生を食い尽くすことで、林床植物群が消失し、日本の森林構造は著しく単純化している。この変化は植物多様性の喪失のみならず、昆虫・鳥類など他生物群にも波及し、生態系全体の機能を低下させている。 植物資源の枯渇はクマの主要食物である堅果類の減少を招き、クマの生活圏を人里へ押し出す要因の1つとなっている。生態系の多段階にわたる連鎖破壊が、クマの肉食性の強化を促し、農畜産物や家屋への接近行動を加速させていると羽澄氏は語る。政府はシカ管理強化のための法制度を段階的に整えているが、現場レベルでの捕獲体制は依然として脆弱で、実効的な個体数削減には至っていない。 今後カギとなるのが、クマと人間の「住み分け(ゾーニング)」だ。クマが定着すべき山地や森林と、人間社会が活動する市街地や農地を地理的、構造的に区分することで、不必要な接触を抑制する必要がある。河川敷や郊外の緑道は、野生動物の移動経路となりやすく、重点管理区域とすべきだと羽澄氏は言う。 羽澄氏はまた、人材不足が野生動物管理の根本的な弱点となっている現状も指摘する。狩猟者の高齢化が進む中、若手の育成は急務であり、専門的な訓練を受けた「ガバメントハンター」制度の整備が不可欠だという。加えて、出没時の初動対応では、自治体、警察、自衛隊の連携体制を平時から構築しておく必要があるという。 クマ被害は単一の現象ではなく、生態系変動や社会縮退、行政体制の制約が重層的に絡む構造問題であると語る羽澄氏と、クマ出没の常態化が持つクマ側の事情と人間側の要因について、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 7 0 0 2025/11/30(日) 12:00 詳細 会員無料 52:39 <マル激・後半>元兵庫県議を死に追いやった悪質な誹謗中傷とSNS上の拡散に日本はどう対処すべきか/郷原信郎氏(弁護士、元検事) NHK党の立花孝志党首が11月9日、名誉毀損の疑いで逮捕された。この逮捕は、立花氏による悪質な街頭演説やそれに乗じた大量の嫌がらせの電話やメール、SNS上での誹謗中傷を苦に自ら命を絶った、元兵庫県議の竹内英明氏の遺族が、立花氏を名誉毀損の疑いで刑事告訴したことを受けたものだ。 竹内元県議はなぜ自ら命を絶つほどまでに追いつめられてしまったのか。ことの発端は2024年3月、兵庫県の西播磨県民局長が、斎藤元彦・兵庫県知事に関する7つの疑惑を記した内部告発文書を一部の県議や報道機関に送付したことだった。斎藤知事は直ちに犯人探しを開始し、告発者が西播磨県民局長の渡瀬康英氏であることを突き止めると、告発内容を「嘘八百」と断じ、局長の公用パソコンなどを調査した上で、局長を懲戒処分にした。2024年6月、この問題を調査する百条委員会が兵庫県議会に設置されたが、元県民局長は7月に「死をもって抗議する」とのメッセージを残して死去した。自死とみられる。 竹内元県議はこの百条委員会の委員を務めていた。元県民局長の死を受けて斎藤知事への批判が高まると、9月には県議会で斎藤知事に対する不信任決議案が可決されたが、知事は議会を解散せず失職し、出直し選挙に臨んだ。この兵庫県知事選に「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、齋藤元彦氏を応援することを目的として「2馬力選挙」を実行するために自らも出馬したのだ。 立花氏は知事選の街頭演説で「竹内県議が斎藤知事のありもしない噂話を作っている」などとし、告発文書問題の黒幕が竹内氏であるかのような発言を繰り返した。その発言に触発された人々が竹内氏の事務所に「竹内が黒幕」「責任を取れ」といった大量の電話や手紙やメールなどを送りつけるなどしたほか、SNS上でも竹内氏は夥しい数の誹謗中傷に晒された。2024年11月17日の出直し選挙では齋藤元彦氏が圧勝し、竹内氏は自身や家族への誹謗中傷に耐え切れず県議を辞職したが、その後も「説明もなく辞めた」「やましいことがあったのではないか」といった、竹内氏に対するSNS上の攻撃は止まらなかった。 12月に入っても立花氏は、自身が出馬した大阪府泉大津市長選の街頭演説などで竹内氏に対する攻撃を続け、竹内氏が元県民局長の妻名義の文書を偽造したかのような批判を行った。これらの情報がSNSで拡散され、追いつめられた竹内氏はうつ状態と診断され、2025年1月18日、自ら命を絶った。 しかし、竹内氏が死去した後も立花氏は竹内氏に対する攻撃の手を緩めず、竹内氏が逮捕を恐れて自殺を選んだかのような主張を続けた。立花氏のこうした発言に対しては、兵庫県警の本部長が県議会で「全くの事実無根」と否定する異例の事態となった。その後、立花氏自身も「逮捕が近づいているのを苦に命を絶ったことは間違いだった」と認めているが、その後も「誹謗中傷でなんで死ぬねんって話じゃないですか」などと、自身の攻撃によって竹内氏が自殺したことを否定し続けた。そして2025年6月、竹内氏の妻が立花氏を名誉毀損で刑事告訴した。 竹内夫人の告訴代理人を務める郷原信郎弁護士は、立花氏が死者に対する名誉毀損は有罪になるハードルが高いことを知った上で、亡くなった後の竹内氏に事実無根の批判を浴びせたことを許してはならないと訴える。公の場で人の社会的地位を低下させるような発言をすれば、生きている人に対する発言ならその内容が事実であってもなくても名誉毀損は成立するが、亡くなった人の場合はその内容が虚偽であり、かつ虚偽と分かって発言していなければ名誉毀損にはならない。郷原弁護士によると、日本ではこれまでに死者に対する名誉毀損が処罰された例はないという。それほど死者に対する誹謗中傷を立件するハードルは高い。しかし、今回のような悪質な行為が刑法で処罰できないというのは、社会通念上も許されないことだと郷原氏は主張する。 竹内氏を追いつめたもう1つの大きな原因はSNS上での誹謗中傷の拡散だった。SNSでは匿名のアカウントを中心に、常識では考えられないような誹謗中傷やデマを含む投稿が瞬く間に拡散される。その拡散を防ぐためには投稿の場を提供している業者、つまりプラットフォーム側にそれを防ぐ仕組みが不可欠となる。欧州やオーストラリアなどではプラットフォームに対する規制が厳格化しているが、ほとんどの何の規制もないアメリカに倣っているのか、日本は規制が非常に緩い。日本でも2025年4月から「情報流通プラットフォーム対処法」が施行され、誹謗中傷投稿の申し出があった場合、7日以内に判断することがSNS事業者に義務づけられたが、例えばドイツなど明らかに違法な投稿を24時間以内に削除する義務を課す国もあり、まだまだ日本の規制は甘い。 しかし、その間もネット上の誹謗中傷は繰り返され、その圧力に堪えきれずに自殺に追い込まれたり、うつ状態になったり、あるいは社会的な生活が送れなくなるような人が後を絶たない現状を、いつまでも放置するわけにはいかないだろう。表現の自由との兼ね合いもあり、一律に厳しい規制をかけることが正しいとも思えないが、その一方で、誹謗中傷による個人攻撃によってSNSが炎上すればするほど、結果的にプラットフォーム業者やそれを仕掛けているインフルエンサーに経済的な利益がもたらされる現在の構造を放置するのは、表現の自由を守る上でもマイナスだ。 兵庫で何が起こったのか、竹内元県議はどのような被害を受けたのか。死者への名誉毀損が許されないのはなぜか、SNSでの誹謗中傷をなくすためには何が必要かなどについて、郷原信郎弁護士と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、11月21日に新潟県の花角知事が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を容認したことの問題点と、11月18日に公開を義務づける法案が米議会で承認されたいわゆる「エプスタイン文書」についても取り上げた。前半はこちら→so45652649(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 18 0 0 2025/11/24(月) 12:00 詳細 会員無料 65:01 <マル激・前半>元兵庫県議を死に追いやった悪質な誹謗中傷とSNS上の拡散に日本はどう対処すべきか/郷原信郎氏(弁護士、元検事) NHK党の立花孝志党首が11月9日、名誉毀損の疑いで逮捕された。この逮捕は、立花氏による悪質な街頭演説やそれに乗じた大量の嫌がらせの電話やメール、SNS上での誹謗中傷を苦に自ら命を絶った、元兵庫県議の竹内英明氏の遺族が、立花氏を名誉毀損の疑いで刑事告訴したことを受けたものだ。 竹内元県議はなぜ自ら命を絶つほどまでに追いつめられてしまったのか。ことの発端は2024年3月、兵庫県の西播磨県民局長が、斎藤元彦・兵庫県知事に関する7つの疑惑を記した内部告発文書を一部の県議や報道機関に送付したことだった。斎藤知事は直ちに犯人探しを開始し、告発者が西播磨県民局長の渡瀬康英氏であることを突き止めると、告発内容を「嘘八百」と断じ、局長の公用パソコンなどを調査した上で、局長を懲戒処分にした。2024年6月、この問題を調査する百条委員会が兵庫県議会に設置されたが、元県民局長は7月に「死をもって抗議する」とのメッセージを残して死去した。自死とみられる。 竹内元県議はこの百条委員会の委員を務めていた。元県民局長の死を受けて斎藤知事への批判が高まると、9月には県議会で斎藤知事に対する不信任決議案が可決されたが、知事は議会を解散せず失職し、出直し選挙に臨んだ。この兵庫県知事選に「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、齋藤元彦氏を応援することを目的として「2馬力選挙」を実行するために自らも出馬したのだ。 立花氏は知事選の街頭演説で「竹内県議が斎藤知事のありもしない噂話を作っている」などとし、告発文書問題の黒幕が竹内氏であるかのような発言を繰り返した。その発言に触発された人々が竹内氏の事務所に「竹内が黒幕」「責任を取れ」といった大量の電話や手紙やメールなどを送りつけるなどしたほか、SNS上でも竹内氏は夥しい数の誹謗中傷に晒された。2024年11月17日の出直し選挙では齋藤元彦氏が圧勝し、竹内氏は自身や家族への誹謗中傷に耐え切れず県議を辞職したが、その後も「説明もなく辞めた」「やましいことがあったのではないか」といった、竹内氏に対するSNS上の攻撃は止まらなかった。 12月に入っても立花氏は、自身が出馬した大阪府泉大津市長選の街頭演説などで竹内氏に対する攻撃を続け、竹内氏が元県民局長の妻名義の文書を偽造したかのような批判を行った。これらの情報がSNSで拡散され、追いつめられた竹内氏はうつ状態と診断され、2025年1月18日、自ら命を絶った。 しかし、竹内氏が死去した後も立花氏は竹内氏に対する攻撃の手を緩めず、竹内氏が逮捕を恐れて自殺を選んだかのような主張を続けた。立花氏のこうした発言に対しては、兵庫県警の本部長が県議会で「全くの事実無根」と否定する異例の事態となった。その後、立花氏自身も「逮捕が近づいているのを苦に命を絶ったことは間違いだった」と認めているが、その後も「誹謗中傷でなんで死ぬねんって話じゃないですか」などと、自身の攻撃によって竹内氏が自殺したことを否定し続けた。そして2025年6月、竹内氏の妻が立花氏を名誉毀損で刑事告訴した。 竹内夫人の告訴代理人を務める郷原信郎弁護士は、立花氏が死者に対する名誉毀損は有罪になるハードルが高いことを知った上で、亡くなった後の竹内氏に事実無根の批判を浴びせたことを許してはならないと訴える。公の場で人の社会的地位を低下させるような発言をすれば、生きている人に対する発言ならその内容が事実であってもなくても名誉毀損は成立するが、亡くなった人の場合はその内容が虚偽であり、かつ虚偽と分かって発言していなければ名誉毀損にはならない。郷原弁護士によると、日本ではこれまでに死者に対する名誉毀損が処罰された例はないという。それほど死者に対する誹謗中傷を立件するハードルは高い。しかし、今回のような悪質な行為が刑法で処罰できないというのは、社会通念上も許されないことだと郷原氏は主張する。 竹内氏を追いつめたもう1つの大きな原因はSNS上での誹謗中傷の拡散だった。SNSでは匿名のアカウントを中心に、常識では考えられないような誹謗中傷やデマを含む投稿が瞬く間に拡散される。その拡散を防ぐためには投稿の場を提供している業者、つまりプラットフォーム側にそれを防ぐ仕組みが不可欠となる。欧州やオーストラリアなどではプラットフォームに対する規制が厳格化しているが、ほとんどの何の規制もないアメリカに倣っているのか、日本は規制が非常に緩い。日本でも2025年4月から「情報流通プラットフォーム対処法」が施行され、誹謗中傷投稿の申し出があった場合、7日以内に判断することがSNS事業者に義務づけられたが、例えばドイツなど明らかに違法な投稿を24時間以内に削除する義務を課す国もあり、まだまだ日本の規制は甘い。 しかし、その間もネット上の誹謗中傷は繰り返され、その圧力に堪えきれずに自殺に追い込まれたり、うつ状態になったり、あるいは社会的な生活が送れなくなるような人が後を絶たない現状を、いつまでも放置するわけにはいかないだろう。表現の自由との兼ね合いもあり、一律に厳しい規制をかけることが正しいとも思えないが、その一方で、誹謗中傷による個人攻撃によってSNSが炎上すればするほど、結果的にプラットフォーム業者やそれを仕掛けているインフルエンサーに経済的な利益がもたらされる現在の構造を放置するのは、表現の自由を守る上でもマイナスだ。 兵庫で何が起こったのか、竹内元県議はどのような被害を受けたのか。死者への名誉毀損が許されないのはなぜか、SNSでの誹謗中傷をなくすためには何が必要かなどについて、郷原信郎弁護士と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、11月21日に新潟県の花角知事が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を容認したことの問題点と、11月18日に公開を義務づける法案が米議会で承認されたいわゆる「エプスタイン文書」についても取り上げた。後半はこちら→so45652650(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 23 0 0 2025/11/24(月) 12:00 詳細 会員無料 82:15 <ディスクロージャー&ディスカバリー>東海第二原発 「2平方メートル避難計画」と情報非公開 14年前の大惨事が嘘のように、原発の再稼働に向けた動きがあちらこちらで活発化している。 しかし、その一つ、茨城県東海村の日本原電東海第二原発では、再稼働の条件となる避難計画をめぐり、大きな疑問が浮上している。東海第二原発は事故の際の避難の対象となる30キロ圏内に水戸市などの大都市を抱えているため、なんと周辺住民約94万人を安全に避難させる計画を策定しなければならない。移動手段という意味でも、また受け入れ先の確保という意味でも現実的には不可能に近いと思われるこの条件をクリアしなければ、東海第二原発は再稼働ができないからだ。 同原発は水戸地裁から2021年に、住民避難計画の不備を理由に運転差し止めを命じられている。このことからも現在の避難計画はそれ自体にも大きな問題があることは明らかだが、より深刻な問題は、茨城県が策定した避難計画がどのような根拠に基づいて作られたものなのか、その策定プロセスの情報公開請求に対して、県がことごとく情報の開示を拒否していることだ。積算根拠や決定プロセスがわからないまま、最終的に「これが避難計画です」というもっともらしい資料を見せられても、市民はその妥当性を判断するのが難しい。 問題の核心は、県が避難先の収容人数を算定する際に用いた「1人あたり2平方メートル」という基準だ。県の避難計画では避難先となる体育館や公民館、学校などの建物が、その床面積全体をこの数値で機械的に割り、受け入れ可能人数として積み上げていた。しかし床面積の中には廊下やトイレ、玄関、倉庫など、実際には人が寝泊まりできないスペースも多く含まれており、現実の収容能力とは大きく乖離している可能性が高い。それでもなお、90万人超を「避難可能」とする数合わせの土台にされていた。ほとんどの情報公開請求が却下される中、出てきた僅かな文書からも、この重大な問題点が明らかになっているのだ。 こうした実態は、原発問題を追ってきた記者らによる情報公開請求で明らかになった。茨城県は当初、避難所調査の事務連絡や市町村からの回答について「文書不存在」と回答。ところが後に、担当職員の「手持ちファイル」から関連資料が見つかり、当初は「個人文書」と主張していたものが、審査会の判断で公文書と認定される事例も相次いだ。保存期間5年を理由に重要資料を廃棄したと説明する場面もあり、長期にわたる避難計画づくりとしては異例のずさんさが露呈した。 また、避難時に甲状腺被ばくを抑えるために配布される安定ヨウ素剤についても、配布方針案の一部は開示されたものの、具体的な施設名や保管場所は「盗難やいたずらの恐れ」「事務事業に支障」として不開示とされた。審査会は一部について開示を認めた一方で、施設名などは不開示を容認しており、「本来は住民にこそ知らされるべき情報ではないか」との批判が残る。 さらに課題を複雑にしているのが、原発政策と防災の所管が縦割りに分かれている構造だ。原発の安全審査は原子力規制委員会、運転期間延長などは経産省、避難計画は内閣府と、意思決定のラインが分断されている。原子炉は新規制基準に「適合」とされ再稼働への道が開かれる一方で、肝心の避難計画は市町村任せのまま整備が追いつかず、水戸市のように30キロ圏内の全住民が対象となる自治体では、いまも計画が完成していない。 能登半島地震を受け、全国の原発30キロ圏内自治体の多くが避難計画の見直しを迫られている。人口密集地に隣接する東海第二原発は、その象徴的なケースだ。行政が「大丈夫」として示すカラフルな避難先地図の裏に、過大な収容人数と不完全な情報公開がないか。住民の命を左右する計画で「セーフティーネットのない綱渡り」を続けてよいのかが、いま改めて問われている。 東海第二原発の避難計画の問題点とその情報公開の実態について、情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 7 0 0 2025/11/21(金) 12:00 詳細 会員無料 57:27 <マル激・前半>見逃されてきた「新しいリベラル」の受け皿になるのはどの政党か/橋本努氏(北海道大学大学院経済学研究科教授) 今日、日本でも世界でも、リベラル勢力は退行し、保守勢力や国家主義的な勢力が政治の主導権を握っていると考えられている。実際、アメリカではアメリカファーストのトランプ政権がリベラル政策をことごとく塗り替えているし、日本でも自民党内では比較的リベラルとされた石破政権が短命に終わり、それに代わって保守派の高市政権が発足したばかりだ。 ところが、北海道大学の橋本努教授らのグループが大規模な社会意識調査を行ったところ、日本には既存のリベラル勢力とも、また保守勢力とも一線を画する、「新しいリベラル」層というものが生まれており、今やそれが最大勢力になっていることがわかったという。 橋本氏らの研究グループは2022年7月、約7,000人を対象とするウェブ調査を行った。調査の結果、これまで見落とされてきた「新しいリベラル」の存在が浮かび上がった。数としては多数派ではないものの、全体の約2割を占める最大勢力「新しいリベラル」の存在が確認されたという。 そもそも日本のリベラルというものは、「政治的には自由を重視し、経済では福祉国家を支持する人々」とされてきた。それに対し、「新しいリベラル」とは政府による投資を重視する人々だと橋本氏は言う。その結果、従来型リベラルが弱者支援を重視するのに対し、新しいリベラルは成長支援を重視するほか、従来型リベラルが高齢世代への支援を重視するのに対し、新しいリベラルは子育て世代や次世代への支援を重視するなどの違いがある。そしてもう一つ新しいリベラルが従来型リベラルと大きく性格を異にする点は、憲法9条、日米安保、自衛隊などリベラルであることの前提条件といっても過言ではない「戦後民主主義的な論点」にこだわりがないことだという。 政府の予算を大別すると年金などの「消費」と、教育などの「投資」に分けることができる。この2者の比率を投資側にシフトさせていくべきだと考えるのが新しいリベラルの発想で、それは例えば失業者に現金給付などの支援を主張する伝統的なリベラルの立場とは異なり、再び働けるようにする職業訓練やリスキリングなどへの「投資」を優先する。 7,000人を対象に行った大規模な意識調査では、例えば大学奨学金の望ましいあり方について、「経済状況に関係なく学ぶ意欲のある全ての生徒を対象とすべき」、「貧困層や障がいのある生徒など社会的に不利な立場にある人を中心にすべき」、「大学は原則として自己負担で進学すべき」といった選択肢を提示し、潜在クラス分析という統計方法で似た回答パターンをした人をグループ分けした。その結果、「従来型リベラル」、「新しいリベラル」、「成長型中道」、「福祉型保守」、「市場型保守」、「政治的無関心」という6つのグループに分かれたという。このうち「新しいリベラル」は、従来の社会調査では十分に把握されてこなかった層であり、今回の調査ではもっとも多数を占めるグループだったという。 高市政権は「責任ある積極財政」を打ち出し、AIや半導体、造船など17の戦略分野に重点投資する方針を示している。高市政権の「投資を通じた成長」という政策は、新しいリベラルが重視する投資国家の思想と重なる部分もあるが、高市政権が経済への投資を中心に据えているのに対し、新しいリベラルは社会的投資を重視するのが特徴だと橋本氏は指摘する。 「新しいリベラル」の考え方を初めて体系的に示したのはイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズだった。ギデンズが1998年に出版した『第3の道』は、労働党ブレア政権の理論的基盤となり、公共事業と手厚い福祉(第1の道)、小さな政府を志向する新自由主義(第2の道)の両極端ではなく、社会的公正と市場の効率性の両立をめざす現代的な社会民主主義を標榜したため、当時ブレア政権は「ニューレイバー」などと呼ばれた。 日本でも2009年に民主党政権が発足した際に、新しいリベラルの志向に近似した様々な政策が掲げられたが、民主党内に混在する古いリベラルと新しいリベラルの対立によって、両者の折衷案のような政策になってしまった。さらに民主党は戦後民主主義的な論点にも深々とコミットしたため、経験不足と東日本大震災も相まって民主党政権はあまり芳しい成果をあげられないまま3年で終焉してしまった。 その後、日本では世代交代も進み、国民の側は新しいリベラル意識を持った有権者層が確実に増えていったが、紆余曲折を経ながらも立憲民主党内のオールドリベラルとニューリベラルの対立は続いた。 現在、新しいリベラルの投票先は立憲民主党の右や国民民主と自民党の左と維新に分散されてしまっている。それはつまり、最大勢力の新しいリベラル層の受け皿をどの政党も提供できていないことを意味している。 隠れた主流派の新しいリベラルとはどのような人たちなのか。それは伝統的なリベラルと何が共通し何が異なるのか。新しいリベラルが最大勢力であるにもかかわらず、その立場を代表する政治勢力ができないのはなぜか。どうすればそれを作ることができるのかなどについて、北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。(今回橋本氏はリモート出演になります)後半はこちら→so45627872(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 16 0 0 2025/11/17(月) 12:00 詳細 会員無料 44:38 <マル激・後半>見逃されてきた「新しいリベラル」の受け皿になるのはどの政党か/橋本努氏(北海道大学大学院経済学研究科教授) 今日、日本でも世界でも、リベラル勢力は退行し、保守勢力や国家主義的な勢力が政治の主導権を握っていると考えられている。実際、アメリカではアメリカファーストのトランプ政権がリベラル政策をことごとく塗り替えているし、日本でも自民党内では比較的リベラルとされた石破政権が短命に終わり、それに代わって保守派の高市政権が発足したばかりだ。 ところが、北海道大学の橋本努教授らのグループが大規模な社会意識調査を行ったところ、日本には既存のリベラル勢力とも、また保守勢力とも一線を画する、「新しいリベラル」層というものが生まれており、今やそれが最大勢力になっていることがわかったという。 橋本氏らの研究グループは2022年7月、約7,000人を対象とするウェブ調査を行った。調査の結果、これまで見落とされてきた「新しいリベラル」の存在が浮かび上がった。数としては多数派ではないものの、全体の約2割を占める最大勢力「新しいリベラル」の存在が確認されたという。 そもそも日本のリベラルというものは、「政治的には自由を重視し、経済では福祉国家を支持する人々」とされてきた。それに対し、「新しいリベラル」とは政府による投資を重視する人々だと橋本氏は言う。その結果、従来型リベラルが弱者支援を重視するのに対し、新しいリベラルは成長支援を重視するほか、従来型リベラルが高齢世代への支援を重視するのに対し、新しいリベラルは子育て世代や次世代への支援を重視するなどの違いがある。そしてもう一つ新しいリベラルが従来型リベラルと大きく性格を異にする点は、憲法9条、日米安保、自衛隊などリベラルであることの前提条件といっても過言ではない「戦後民主主義的な論点」にこだわりがないことだという。 政府の予算を大別すると年金などの「消費」と、教育などの「投資」に分けることができる。この2者の比率を投資側にシフトさせていくべきだと考えるのが新しいリベラルの発想で、それは例えば失業者に現金給付などの支援を主張する伝統的なリベラルの立場とは異なり、再び働けるようにする職業訓練やリスキリングなどへの「投資」を優先する。 7,000人を対象に行った大規模な意識調査では、例えば大学奨学金の望ましいあり方について、「経済状況に関係なく学ぶ意欲のある全ての生徒を対象とすべき」、「貧困層や障がいのある生徒など社会的に不利な立場にある人を中心にすべき」、「大学は原則として自己負担で進学すべき」といった選択肢を提示し、潜在クラス分析という統計方法で似た回答パターンをした人をグループ分けした。その結果、「従来型リベラル」、「新しいリベラル」、「成長型中道」、「福祉型保守」、「市場型保守」、「政治的無関心」という6つのグループに分かれたという。このうち「新しいリベラル」は、従来の社会調査では十分に把握されてこなかった層であり、今回の調査ではもっとも多数を占めるグループだったという。 高市政権は「責任ある積極財政」を打ち出し、AIや半導体、造船など17の戦略分野に重点投資する方針を示している。高市政権の「投資を通じた成長」という政策は、新しいリベラルが重視する投資国家の思想と重なる部分もあるが、高市政権が経済への投資を中心に据えているのに対し、新しいリベラルは社会的投資を重視するのが特徴だと橋本氏は指摘する。 「新しいリベラル」の考え方を初めて体系的に示したのはイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズだった。ギデンズが1998年に出版した『第3の道』は、労働党ブレア政権の理論的基盤となり、公共事業と手厚い福祉(第1の道)、小さな政府を志向する新自由主義(第2の道)の両極端ではなく、社会的公正と市場の効率性の両立をめざす現代的な社会民主主義を標榜したため、当時ブレア政権は「ニューレイバー」などと呼ばれた。 日本でも2009年に民主党政権が発足した際に、新しいリベラルの志向に近似した様々な政策が掲げられたが、民主党内に混在する古いリベラルと新しいリベラルの対立によって、両者の折衷案のような政策になってしまった。さらに民主党は戦後民主主義的な論点にも深々とコミットしたため、経験不足と東日本大震災も相まって民主党政権はあまり芳しい成果をあげられないまま3年で終焉してしまった。 その後、日本では世代交代も進み、国民の側は新しいリベラル意識を持った有権者層が確実に増えていったが、紆余曲折を経ながらも立憲民主党内のオールドリベラルとニューリベラルの対立は続いた。 現在、新しいリベラルの投票先は立憲民主党の右や国民民主と自民党の左と維新に分散されてしまっている。それはつまり、最大勢力の新しいリベラル層の受け皿をどの政党も提供できていないことを意味している。 隠れた主流派の新しいリベラルとはどのような人たちなのか。それは伝統的なリベラルと何が共通し何が異なるのか。新しいリベラルが最大勢力であるにもかかわらず、その立場を代表する政治勢力ができないのはなぜか。どうすればそれを作ることができるのかなどについて、北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。(今回橋本氏はリモート出演になります)前半はこちら→so45628557(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 17 0 0 2025/11/17(月) 12:00 詳細 前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 次へ