すべて 有料 会員無料 413件 投稿が新しい順 再生が多い順 コメントが多い順 マイリスト登録が多い順 コメントが新しい順 再生時間が長い順 投稿が古い順 再生が少ない順 コメントが古い順 コメントが少ない順 マイリスト登録が少ない順 再生時間が短い順 会員無料 65:32 <マル激・前半>総選挙の争点「責任ある積極財政」で日本は30年ぶりの成長に転じることができるのか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト) 高市首相は1月23日、衆議院を解散し、1月27日公示・2月8日投開票の日程での総選挙に踏み切った。通常国会の冒頭での解散は60年ぶり、解散から投開票までわずか16日間という戦後最短の選挙期間となる。 この選挙の最大の争点は、高市政権の看板政策である「責任ある積極財政」の是非だ。選挙戦を前に、野党各党が大幅な消費減税を主張していることに加え、1月19日の記者会見で高市首相までが食品の消費税減税を打ち出したため、債券市場では財政悪化への懸念から日本国債が売られ、長期金利が上昇するなど、市場は早くも敏感な反応を示している。 財政をめぐる議論はこれまで、「緊縮財政」か「拡張財政」の二項対立で語られてきた。将来世代にツケを回さないためには財政規律を重視し支出を抑えるべきだとする立場と、景気刺激のためには積極的な財政出動が必要だとする立場の2つだ。実際に日本の政府債務残高の対GDP比が世界の中で群を抜いて高くなっているのも事実だ。 しかし永濱氏は、この二分法自体が実態を捉えていないと指摘し、本来あるべき選択肢はその中間に位置する「積極財政」だと説く。積極財政とは無制限に財政を拡張する「拡張財政」とは一線を画するもので、将来の経済成長につながる分野を慎重に選んだ上でそこに戦略的に投資し、国が方向性を示しながら民間投資を誘導していく考え方だと永濱氏は語る。 ところで高市首相が繰り返し強調する「責任ある積極財政」の「責任」とは何を指すのか。責任ある積極財政は政府の借金の絶対額を意識するのではなく、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げられる範囲で積極的に財政を投入することを意味していると永濱氏は説明する。 そこで鍵となるのが、経済成長率が国債の利子率を上回るかどうかだ。経済学ではこれを「ドーマー条件」と呼び、これが満たされていれば、名目上の借金が増えても財政の持続性は損なわれにくいとされている。永濱氏は、今後の財政運営において、この条件を冷静に見極める必要があると強調する。 これまでの日本は長期のデフレに苦しんできた。そのため、財政出動を行えば即座に財政が悪化するという制約意識が強く、政策の選択肢は厳しく制限されてきた。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに、現在の日本はインフレ局面に入っている。永濱氏によれば、インフレ下では名目GDPが拡大し、税収も増えやすい。その結果、債務残高を一定程度増やしながらでも、成長投資を行う余地が生まれるという。しかし、この「時間の窓」は未来永劫続くとは限らない。現実には今後およそ5年程度だと永濱氏は見ている。その間に成長分野への投資を積極的に進め、日本経済の体質を変えられるかどうかが勝負になる。 政府は投資対象となる成長分野を17挙げ、そこに積極的に投資を行うとしている。しかし、それで日本が再び成長できるのかという疑問は残る。過去30年、日本は数々の政策を打ち出してきたが、結果として成長率を押し上げることはできなかった。 それでも永濱氏が今回に限って楽観的な理由は、経済環境が明確に変わっているからだ。長いデフレ期を通じて国民の間には「財政出動=財政悪化」という感覚が根付いてしまったが、インフレ下では税収増というメカニズムが働くため、債務残高を一定程度増やしながらでも成長投資を行う余地が生まれる。 高市首相が掲げる「責任ある積極財政」とは何か。失われた30年を引きずる日本は、本当に成長できるのか。そしてこれ以上の財政出動を行って財政は本当に持つのか。 マル激トーク・オン・ディマンド第1294回では、「積極財政解散」で私たちが本当に理解しておくべきポイントについて、第一生命経済研究所首席エコノミストで高市政権の経済財政諮問会議の民間議員も務める永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、東京五輪汚職事件で1月22日、KADOKAWAの角川歴彦元会長が東京地裁から受けた有罪判決への疑問点についても議論した。後半はこちら→so45872036(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 17 0 0 2026/01/26(月) 12:00 詳細 会員無料 58:01 <マル激・後半>総選挙の争点「責任ある積極財政」で日本は30年ぶりの成長に転じることができるのか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト) 高市首相は1月23日、衆議院を解散し、1月27日公示・2月8日投開票の日程での総選挙に踏み切った。通常国会の冒頭での解散は60年ぶり、解散から投開票までわずか16日間という戦後最短の選挙期間となる。 この選挙の最大の争点は、高市政権の看板政策である「責任ある積極財政」の是非だ。選挙戦を前に、野党各党が大幅な消費減税を主張していることに加え、1月19日の記者会見で高市首相までが食品の消費税減税を打ち出したため、債券市場では財政悪化への懸念から日本国債が売られ、長期金利が上昇するなど、市場は早くも敏感な反応を示している。 財政をめぐる議論はこれまで、「緊縮財政」か「拡張財政」の二項対立で語られてきた。将来世代にツケを回さないためには財政規律を重視し支出を抑えるべきだとする立場と、景気刺激のためには積極的な財政出動が必要だとする立場の2つだ。実際に日本の政府債務残高の対GDP比が世界の中で群を抜いて高くなっているのも事実だ。 しかし永濱氏は、この二分法自体が実態を捉えていないと指摘し、本来あるべき選択肢はその中間に位置する「積極財政」だと説く。積極財政とは無制限に財政を拡張する「拡張財政」とは一線を画するもので、将来の経済成長につながる分野を慎重に選んだ上でそこに戦略的に投資し、国が方向性を示しながら民間投資を誘導していく考え方だと永濱氏は語る。 ところで高市首相が繰り返し強調する「責任ある積極財政」の「責任」とは何を指すのか。責任ある積極財政は政府の借金の絶対額を意識するのではなく、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げられる範囲で積極的に財政を投入することを意味していると永濱氏は説明する。 そこで鍵となるのが、経済成長率が国債の利子率を上回るかどうかだ。経済学ではこれを「ドーマー条件」と呼び、これが満たされていれば、名目上の借金が増えても財政の持続性は損なわれにくいとされている。永濱氏は、今後の財政運営において、この条件を冷静に見極める必要があると強調する。 これまでの日本は長期のデフレに苦しんできた。そのため、財政出動を行えば即座に財政が悪化するという制約意識が強く、政策の選択肢は厳しく制限されてきた。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに、現在の日本はインフレ局面に入っている。永濱氏によれば、インフレ下では名目GDPが拡大し、税収も増えやすい。その結果、債務残高を一定程度増やしながらでも、成長投資を行う余地が生まれるという。しかし、この「時間の窓」は未来永劫続くとは限らない。現実には今後およそ5年程度だと永濱氏は見ている。その間に成長分野への投資を積極的に進め、日本経済の体質を変えられるかどうかが勝負になる。 政府は投資対象となる成長分野を17挙げ、そこに積極的に投資を行うとしている。しかし、それで日本が再び成長できるのかという疑問は残る。過去30年、日本は数々の政策を打ち出してきたが、結果として成長率を押し上げることはできなかった。 それでも永濱氏が今回に限って楽観的な理由は、経済環境が明確に変わっているからだ。長いデフレ期を通じて国民の間には「財政出動=財政悪化」という感覚が根付いてしまったが、インフレ下では税収増というメカニズムが働くため、債務残高を一定程度増やしながらでも成長投資を行う余地が生まれる。 高市首相が掲げる「責任ある積極財政」とは何か。失われた30年を引きずる日本は、本当に成長できるのか。そしてこれ以上の財政出動を行って財政は本当に持つのか。 マル激トーク・オン・ディマンド第1294回では、「積極財政解散」で私たちが本当に理解しておくべきポイントについて、第一生命経済研究所首席エコノミストで高市政権の経済財政諮問会議の民間議員も務める永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、東京五輪汚職事件で1月22日、KADOKAWAの角川歴彦元会長が東京地裁から受けた有罪判決への疑問点についても議論した。前半はこちら→so45872495(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 12 0 0 2026/01/26(月) 12:00 詳細 会員無料 70:11 <マル激・後半>2026年、19世紀に回帰するアメリカによる戦後世界秩序の本格的な解体が始まった/渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授) ドンロー主義を標榜するアメリカは、本気で19世紀への回帰を始めたようだ。 2026年の国際情勢は、年初から決定的な転換点を迎えた。アメリカによるベネズエラへの空爆とニコラス・マドゥーロ大統領の拘束は、冷戦後に形成されてきた「法による支配」という国際秩序の大前提を根底から揺るがす出来事だった。もはや「例外的事件」として処理できる段階は過ぎつつある。世界は、構造的な変化の局面に入りつつある。 アメリカ政府は、マドゥーロ大統領夫妻を麻薬テロおよびコカイン密輸共謀などの罪で起訴することで、宣戦布告なしの軍事行動を正当化している。しかし、刑事司法と軍事力を結合させた今回の措置は、主権国家に対する武力介入として極めて異例なもので、その目的が犯罪対策に限定されると考えるのは困難だ。 実際、トランプ大統領は、ベネズエラの石油資源管理への関与を通じて同国の経済再建を主導し、アメリカの戦略的利益を拡大する構想を公然と示している。世界最大級の確認原油埋蔵量を有し、反米政権の下で中国やロシアと密接な関係にあるベネズエラは、アメリカにとって地政学的・資源戦略的にきわめて重要な位置を占める。今回の軍事介入は、資源を基軸とした勢力圏再編の一環として理解すべきだろう。 象徴的なのは、トランプがこの一連の政策を「ドンロー主義」と呼んだ点である。1823年にアメリカ第5代大統領のジェームス・モンローが打ち出したモンロー主義は、当初は西半球に対する欧州列強の介入を拒否することを主眼としたものだったが、その後、アメリカ自身の地域的優越を正当化する思想へと変遷していった経緯がある。トランプ大統領がモンロー主義に自身の名前を重ね合わせた「ドンロー主義」は、その歴史的論理を露骨な形で現代に持ち込むもので、「西半球における米国の優位性回復」という主張は、勢力圏政治の明示的な復活を意味する。 しかし、トランプのドンロー主義はどうやら西半球にはとどまらなそうだ。同様の力学が中東にも及んでいるからだ。2025年末にイランで発生した反体制デモは、短期間で全土に拡大した。トランプ大統領はこれを繰り返し支持し、政権交代を促す姿勢を隠していない。今回のデモでは、1979年のイスラム原理主義革命以前のパーレビ王政の復活を求めるスローガンまでが登場し、元国王の息子でアメリカに亡命中のレザー・パーレビ氏も帰国の可能性に言及し始めている。全土でデモを起こすことで反米政権を転覆させた上で親米政権を樹立する政治工作は、アメリカのCIAが最も得意とする手法であり、今回も外部勢力が体制転換を後押しする典型的な「介入の政治」を想起させる。 慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏は、こうした動きを、これまでアメリカが護ってきた「力による現状変更を否定する」という国際秩序の規範を、アメリカ自身が解体しつつある過程と位置づける。ドンロー主義の登場によって、戦後秩序を支えてきた「西側」という理念的枠組みは空洞化し、19世紀的な勢力圏思考が前面に出てきているという。 新年早々トランプ政権が発表した60を超える国際制度からの離脱も、この流れを象徴するものだ。2026年1月7日、トランプは国連機関や国際機関、国際条約など計66件からの脱退を指示する大統領令に署名した。国連気候変動枠組条約を含むこれらの枠組みは、戦後秩序を制度的に支えてきた中核であり、その放棄は単なる一時的な内向き志向では済まされない。 アメリカを中心とする法の支配と国際協調を媒介とした第2次世界大戦後の国際秩序を、アメリカが先導して破壊し始めている。その結果、国際社会は、力と資源、地理的優位によって秩序が編成される19世紀型の世界へと引き戻されつつある。 なぜアメリカは秩序の破壊者となることを選んだのか。この流れはトランプ政権が終わった後も続くものなのか。世界はアメリカ抜きで現在の秩序を守ることができるのか。そうした状況の下で、戦後の国際秩序の恩恵の最大の受益者の1つだった日本はどう立ち回るべきなのか。渡辺氏とともに、神保哲生と宮台真司がアメリカ発の秩序変動が持つ歴史的・思想的含意を徹底的に検証した。前半はこちら→so45847762(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 19 0 0 2026/01/19(月) 12:00 詳細 会員無料 63:54 <マル激・前半>2026年、19世紀に回帰するアメリカによる戦後世界秩序の本格的な解体が始まった/渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授) ドンロー主義を標榜するアメリカは、本気で19世紀への回帰を始めたようだ。 2026年の国際情勢は、年初から決定的な転換点を迎えた。アメリカによるベネズエラへの空爆とニコラス・マドゥーロ大統領の拘束は、冷戦後に形成されてきた「法による支配」という国際秩序の大前提を根底から揺るがす出来事だった。もはや「例外的事件」として処理できる段階は過ぎつつある。世界は、構造的な変化の局面に入りつつある。 アメリカ政府は、マドゥーロ大統領夫妻を麻薬テロおよびコカイン密輸共謀などの罪で起訴することで、宣戦布告なしの軍事行動を正当化している。しかし、刑事司法と軍事力を結合させた今回の措置は、主権国家に対する武力介入として極めて異例なもので、その目的が犯罪対策に限定されると考えるのは困難だ。 実際、トランプ大統領は、ベネズエラの石油資源管理への関与を通じて同国の経済再建を主導し、アメリカの戦略的利益を拡大する構想を公然と示している。世界最大級の確認原油埋蔵量を有し、反米政権の下で中国やロシアと密接な関係にあるベネズエラは、アメリカにとって地政学的・資源戦略的にきわめて重要な位置を占める。今回の軍事介入は、資源を基軸とした勢力圏再編の一環として理解すべきだろう。 象徴的なのは、トランプがこの一連の政策を「ドンロー主義」と呼んだ点である。1823年にアメリカ第5代大統領のジェームス・モンローが打ち出したモンロー主義は、当初は西半球に対する欧州列強の介入を拒否することを主眼としたものだったが、その後、アメリカ自身の地域的優越を正当化する思想へと変遷していった経緯がある。トランプ大統領がモンロー主義に自身の名前を重ね合わせた「ドンロー主義」は、その歴史的論理を露骨な形で現代に持ち込むもので、「西半球における米国の優位性回復」という主張は、勢力圏政治の明示的な復活を意味する。 しかし、トランプのドンロー主義はどうやら西半球にはとどまらなそうだ。同様の力学が中東にも及んでいるからだ。2025年末にイランで発生した反体制デモは、短期間で全土に拡大した。トランプ大統領はこれを繰り返し支持し、政権交代を促す姿勢を隠していない。今回のデモでは、1979年のイスラム原理主義革命以前のパーレビ王政の復活を求めるスローガンまでが登場し、元国王の息子でアメリカに亡命中のレザー・パーレビ氏も帰国の可能性に言及し始めている。全土でデモを起こすことで反米政権を転覆させた上で親米政権を樹立する政治工作は、アメリカのCIAが最も得意とする手法であり、今回も外部勢力が体制転換を後押しする典型的な「介入の政治」を想起させる。 慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏は、こうした動きを、これまでアメリカが護ってきた「力による現状変更を否定する」という国際秩序の規範を、アメリカ自身が解体しつつある過程と位置づける。ドンロー主義の登場によって、戦後秩序を支えてきた「西側」という理念的枠組みは空洞化し、19世紀的な勢力圏思考が前面に出てきているという。 新年早々トランプ政権が発表した60を超える国際制度からの離脱も、この流れを象徴するものだ。2026年1月7日、トランプは国連機関や国際機関、国際条約など計66件からの脱退を指示する大統領令に署名した。国連気候変動枠組条約を含むこれらの枠組みは、戦後秩序を制度的に支えてきた中核であり、その放棄は単なる一時的な内向き志向では済まされない。 アメリカを中心とする法の支配と国際協調を媒介とした第2次世界大戦後の国際秩序を、アメリカが先導して破壊し始めている。その結果、国際社会は、力と資源、地理的優位によって秩序が編成される19世紀型の世界へと引き戻されつつある。 なぜアメリカは秩序の破壊者となることを選んだのか。この流れはトランプ政権が終わった後も続くものなのか。世界はアメリカ抜きで現在の秩序を守ることができるのか。そうした状況の下で、戦後の国際秩序の恩恵の最大の受益者の1つだった日本はどう立ち回るべきなのか。渡辺氏とともに、神保哲生と宮台真司がアメリカ発の秩序変動が持つ歴史的・思想的含意を徹底的に検証した。後半はこちら→so45847806(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 28 0 0 2026/01/19(月) 12:00 詳細 会員無料 65:23 <セーブアース>気候変動による雪不足で危ぶまれる冬季五輪/高田翔太郎氏(Protect Our Winters Japan 事務局長) ここにも地球温暖化が暗い影を落としている。 来月2月6日から、イタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォを舞台に開催される冬季五輪の舞台裏で今、深刻な「雪不足」が大きな影を落としている。 前回の北京大会では、競技会場のほぼ100%を人工雪に頼るという異例の事態となったが、今回のイタリア大会も同様の状況に陥ることが避けられそうにない。気候変動による雪の減少は確実に進行しており、ウィンタースポーツの前提条件そのものが揺らぎ始めている。 「雪不足」という言葉からは、単純に積雪量が減ることをイメージするかもしれないが、高田氏は、降雪量の減少と同時に進行している「ドカ雪」のリスクを指摘する。 気温上昇によって海水の蒸発が進み大気中の水分量が増加することで、寒気が残る地域では短時間に集中して大量の雪が降る現象が起きやすくなっているからだ。一定のペースで積もる雪であれば除雪や管理も対応可能だが、突発的な豪雪はスキー場の運営を麻痺させ、交通網の寸断や雪崩などの災害リスクをも高めることになる。「雪が減る」という長期トレンドの中で、「雪による被害」はむしろ激甚化しかねないというパラドックスが起きているのだ。 日本でも積雪量が長期的に減少傾向にあることは、気象庁のデータで明らかになっている。特に西日本や標高の低い地域のスキー場では、営業期間の短縮や閉鎖が相次いでいる。 日本が世界に誇るパウダースノーは、海外の愛好家から「JAPOW(ジャパウ)」と呼ばれ、北海道や長野には多くのインバウンド観光客が訪れてきた。しかし、雪が降らなければスキー場は営業できず、それに依存する宿泊施設、飲食店、交通機関など、地域経済全体が立ち行かなくなる。雪という「資源」を失うことは、単なるスポーツやレジャーの問題にとどまらず、日本の観光立国としての魅力そのものを損なう国家的損失にもつながる話なのだ。 こうした危機感の中で生まれたのが、POW(Protect Our Winters)だ。2007年、世界的スノーボーダーであるジェレミー・ジョーンズ氏がアメリカで立ち上げたこの団体は、「冬を守る」ことを合言葉に、ウィンタースポーツに関わる人々が気候変動に対して行動を起こすプラットフォームとして機能してきた。 日本でも2019年にPOW Japanが本格活動を始め、高田氏は立ち上げ当初から事務局長として活動を牽引してきた。POWの特徴は、政府やトップダウンの政策だけに頼るのではなく、地域コミュニティや「滑り手」たちが主体となって動く点にある。スキー場やアウトドア企業と連携して再生可能エネルギーへの転換を促したり、観光客がリフト券の購入などを通じて自然保全に参加できる仕組みを作ったりと、ユニークな取り組みを展開している。 雪国で生まれ育ち、30年近くスノーボードを続けてきた高田氏自身、毎年のように雪質の変化やシーズンの短縮を肌で感じているという。「このままでは、次の世代が雪遊びすらできなくなるかもしれない」。科学的データと現場での実感が重なり合ったその危機感が、活動の原動力だ。 雪をめぐる問題は、気候変動の影響が最も可視化されやすい象徴的なテーマだ。豊かな冬を守ることは、地域の暮らしや文化、そして未来の選択肢を守ることにもつながる。個人や地域が連帯し、社会を変える大きな「うねり」をどう生み出していくのか。 今回の「セーブアース」では、雪とウィンタースポーツを切り口に気候変動問題に取り組む、一般社団法人Protect Our Winters Japan(POW Japan)事務局長の高田翔太郎氏をゲストに迎え、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希と共に、雪の現場で起きている異変と、未来を変えるためのアクションについて議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2026/01/18(日) 12:00 詳細 会員無料 64:20 <マル激・前半>日本の教育を地方から変える/鈴木大裕氏(高知県土佐町議会議員) 日本は地方からしか変わらないのではないか。その問いを教育の場で実践している1人の研究者がいる。日本の教育を改革するとの強い信念から、それを実践するために高知県の小さな町に移り住み活動を続ける鈴木大裕氏だ。人口3,500人の高知県土佐町で、現在は町議会議員を務める鈴木大裕氏は、アメリカの大学や大学院で教育学を学んだ後、それまで住んでいたニューヨークから土佐町に家族で移住。子育てをしながら町の教育体制をよりよくするための活動に奔走している。現在の町長が掲げた「教育で町おこし」という言葉に惹かれたからだという。昨年度、日本の不登校の児童生徒数は35万人を超えた。精神疾患による教員の病気休職者も7,000人にのぼる。長時間労働や多忙な業務などが嫌がられ、教員の志望者は年々減り続けている。昨年9月のマル激(マル激トーク・オン・ディマンド第1276回(2025年9月20日公開)「現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない」ゲスト:植田健男・名古屋大学名誉教授)で取り上げたように、教育内容を一元的に管理しようとする現行の学習指導要領の下では、現場の負担が増えるだけで教育が疲弊していくことが懸念されるなど、日本の教育の問題は根深い。『崩壊する日本の公教育』の著者でもある鈴木氏は、こうした問題に警告を鳴らし続けてきた教育研究者でもある。優良と呼ばれる高校や大学を出て安定した企業への就職を目指すことを至上目的としたこれまでの日本の教育ではユニークな存在になることができないと考え、アメリカの高校への留学を決断した鈴木氏は、そこで出会ったアメリカの全人格的なエリート教育に憧れを覚えたという。その後、日本で中学教師を務めた後、新自由主義的なアメリカの教育改革を学びたいと再渡米、そこではじめて公教育をビジネスに変えたアメリカの負の部分が見えてきたと語る。アメリカの教育改革による市場型の学校選択制は、全国一斉のテストの結果で評価され、塾のような学校を生み出す。富裕層は数多ある学校の中から希望校を選ぶことができるが、日々の生活にも困窮する低所得層にその余裕はない。児童生徒はお客様扱いとなり「よい生徒」の奪い合いが起こる中、ますます学校の序列化がすすむ。テストの点数があたかも「通貨」のように選択の基準となり、学校の評価となっていたと語る鈴木氏は、日本もそのあとを追っていることを強く危惧していたという。新自由主義的な教育改革に対抗する発想は、都市部ではなく地方からしか生まれないのではないかと考えていた鈴木氏は、10年前に高知県の土佐町に移り住み、町に1つしかない小中学校で公教育の意義を町の人たちと考えてきた。2019年に町議会議員になってからは全教職員との意見交換会を開くなど、小さな町ならではの活動を続けている。そもそも教育は上からの押し付けではなく、それぞれの地域の特色を活かして行われるべきもので、そのために教育委員会制度というものがある。現在は教育長が首長の任命になっているが、地域の教育方針を議論し決定する教育委員会は元来、教育委員の合議制となっている。その地域にとってよりよい教育とはどうあるべきか、豊かな人間性と創造性を備えた子どもたちの育成のために地域は何ができるか、土佐町にはまだまだ可能性があると鈴木氏は胸を張る。公教育とは何か、地方からしか教育は変えられないという信念のもと活動を続ける鈴木大裕氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45821241(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 13 0 0 2026/01/12(月) 12:00 詳細 会員無料 47:51 <マル激・前半>日本の教育を地方から変える/鈴木大裕氏(高知県土佐町議会議員) 日本は地方からしか変わらないのではないか。その問いを教育の場で実践している1人の研究者がいる。日本の教育を改革するとの強い信念から、それを実践するために高知県の小さな町に移り住み活動を続ける鈴木大裕氏だ。 人口3,500人の高知県土佐町で、現在は町議会議員を務める鈴木大裕氏は、アメリカの大学や大学院で教育学を学んだ後、それまで住んでいたニューヨークから土佐町に家族で移住。子育てをしながら町の教育体制をよりよくするための活動に奔走している。現在の町長が掲げた「教育で町おこし」という言葉に惹かれたからだという。 昨年度、日本の不登校の児童生徒数は35万人を超えた。精神疾患による教員の病気休職者も7,000人にのぼる。長時間労働や多忙な業務などが嫌がられ、教員の志望者は年々減り続けている。昨年9月のマル激(マル激トーク・オン・ディマンド第1276回(2025年9月20日公開)「現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない」ゲスト:植田健男・名古屋大学名誉教授)で取り上げたように、教育内容を一元的に管理しようとする現行の学習指導要領の下では、現場の負担が増えるだけで教育が疲弊していくことが懸念されるなど、日本の教育の問題は根深い。『崩壊する日本の公教育』の著者でもある鈴木氏は、こうした問題に警告を鳴らし続けてきた教育研究者でもある。 優良と呼ばれる高校や大学を出て安定した企業への就職を目指すことを至上目的としたこれまでの日本の教育ではユニークな存在になることができないと考え、アメリカの高校への留学を決断した鈴木氏は、そこで出会ったアメリカの全人格的なエリート教育に憧れを覚えたという。その後、日本で中学教師を務めた後、新自由主義的なアメリカの教育改革を学びたいと再渡米、そこではじめて公教育をビジネスに変えたアメリカの負の部分が見えてきたと語る。 アメリカの教育改革による市場型の学校選択制は、全国一斉のテストの結果で評価され、塾のような学校を生み出す。富裕層は数多ある学校の中から希望校を選ぶことができるが、日々の生活にも困窮する低所得層にその余裕はない。児童生徒はお客様扱いとなり「よい生徒」の奪い合いが起こる中、ますます学校の序列化がすすむ。テストの点数があたかも「通貨」のように選択の基準となり、学校の評価となっていたと語る鈴木氏は、日本もそのあとを追っていることを強く危惧していたという。 新自由主義的な教育改革に対抗する発想は、都市部ではなく地方からしか生まれないのではないかと考えていた鈴木氏は、10年前に高知県の土佐町に移り住み、町に1つしかない小中学校で公教育の意義を町の人たちと考えてきた。2019年に町議会議員になってからは全教職員との意見交換会を開くなど、小さな町ならではの活動を続けている。 そもそも教育は上からの押し付けではなく、それぞれの地域の特色を活かして行われるべきもので、そのために教育委員会制度というものがある。現在は教育長が首長の任命になっているが、地域の教育方針を議論し決定する教育委員会は元来、教育委員の合議制となっている。その地域にとってよりよい教育とはどうあるべきか、豊かな人間性と創造性を備えた子どもたちの育成のために地域は何ができるか、土佐町にはまだまだ可能性があると鈴木氏は胸を張る。 公教育とは何か、地方からしか教育は変えられないという信念のもと活動を続ける鈴木大裕氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so45821463(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 16 0 0 2026/01/12(月) 12:00 詳細 会員無料 35:42 <マル激・後半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45799547(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 15 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 69:37 <マル激・前半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45799549(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 42 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 50:00 <マル激・後半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。前半はこちら→so45771201(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 30 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 51:40 <マル激・前半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。後半はこちら→so45771286(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 28 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 86:26 <ディスクロージャー&ディスカバリー>憲法で公開裁判が定められているのに被害者にすら訴訟記録が公開されない日本の司法の後進性を嘆く 日本で裁判は公開とすることが憲法で定められている。しかし、その公開はあくまで裁判の一般傍聴を可能にするという意味に矮小化され、実際の裁判は公開とはほど遠い状態にある。今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、横浜市内で起きた交通死亡事故をめぐる訴訟記録コピー拒否の事例を入口に、日本の司法制度が抱える深刻な情報非公開の問題を検証した。 事件は横浜で発生した交通死亡事故だ。刑事裁判では被告人の責任が問われ、裁判の過程で事故当時の状況を記録したドライブレコーダー映像が証拠として採用された。被害者遺族は刑事裁判とは別に民事で損害賠償請求を行うため、その訴訟記録のコピーを裁判所に求めた。事故の瞬間を直接映した映像は、過失割合や事故態様を立証するうえで極めて重要な資料になるからだ。 ところが、横浜地裁はこの請求を拒否した。当初、理由として示されたのは「コピーする装置がない」という説明だった。しかしその後、理由は「説明しない」に変更され、最終的にコピー拒否の具体的な根拠は示されないままとなった。映像は刑事裁判で証拠採用されており、閲覧自体は可能とされている。それにもかかわらず、「コピー」だけが認められない。しかも裁判所は非公開の理由を説明しなくてもいいことになっているのだ。 閲覧とコピーの違いは決定的だ。閲覧しただけでは、記録を民事裁判の証拠として提出できない。目撃証言に頼るしかなく、事実認定の客観性は大きく損なわれる。被害者遺族が真相を知り、正当な賠償を求めるための道は、制度によって事実上閉ざされている。 刑事裁判と比較して民事裁判では被害者や訴訟関係者に対して比較的広く閲覧が認められている一方、コピーは原則として制限されている。刑事事件ではさらに厳しく、確定後の記録は「刑事確定訴訟記録法」に基づいて閲覧のみが規定され、コピーは法律上想定されていない。法務省の内部規定では、閲覧を認めた場合にコピーも可能とされているが、実際に刑事事件でコピーが認められた例はほとんどないという。 誰が、何の基準に基づき、何を理由に拒否できるのかが明示されていない。その結果、犯罪被害者や遺族でさえ、なぜ自分たちが記録を入手できないのか分からないまま時間だけが過ぎていく。結果的にドライブレコーダーのコピー拒否から半年近く経っても、肝心の映像は遺族の手に渡っていない。 あまり知られていないことだが、日本では1989年まで司法記者クラブに所属する大手報道機関の記者以外には、法廷内でのメモ取りすら認められていなかった。驚いたことに筆記用具の持ち込みが禁止されていたのだ。アメリカ人法律家のローレンス・レペタ氏が、裁判記録が公開されず法廷でのメモ取りさえもが認められていないことで、法律家としての研究機会が妨げられ、また市民社会が裁判内容を検証することが不可能になっているとして、国を相手取り損害賠償請求を起こした。そして最高裁まで争った結果、1989年に最高裁はレペタ氏の訴えを退けつつも、法廷のメモ取りくらいは認めなさいという温情判決を下した。 レペタ判決から36年。この判決によってメモ取りだけは許されることになったが、レペタ氏が問題にした学術研究や市民社会による監視は依然として事実上困難な状態が続いている。もちろん被害者や被害者家族が求める証拠開示もだ。 憲法82条が定める「公開裁判」とは、本来、市民が司法を検証できることを意味するはずだ。しかし現実には、裁判の中核となる記録は閉ざされ、研究者や市民社会はおろか、被害者ですらアクセスできない。今回の事例は、個別の不運ではなく、日本の司法制度が構造的に抱える問題を象徴している。このまま非公開が続けば、日本の司法制度自体が市民社会の信用を失いかねない。 そもそも訴訟記録は誰のためのものなのか。なぜ司法の情報公開はここまで遅れているのか。情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 4 0 0 2025/12/27(土) 12:00 詳細 会員無料 89:26 <セーブアース>たとえ茨の道でも気候危機に立ち向かう1.5度目標を堅持しなければならない/田村堅太郎氏(地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動ユニットリサーチディレクター) 地球を気候危機から救うための最後の防波堤とされる1.5度目標。これは地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えようという国際的な目標のことだ。しかし今やその実現は極めて困難な状況を迎えている。先月ブラジルで開かれたCOP30を受け、本番組では気候変動を巡る国際交渉の最前線を知る田村堅太郎氏を迎え、1.5度目標がなぜ難しいのか、その構造的要因を掘り下げた。 気候変動対策の国際枠組みは、1992年のリオサミットで採択された気候変動枠組条約に始まり、1997年の京都議定書、そして2015年のパリ協定へと、国際社会は制度を進化させてきた。しかし田村氏は、「枠組みは変わっても排出量は減っていない」という厳しい現実を指摘する。実際、パリ協定採択から10年を迎える今も、世界の温室効果ガス排出は過去最高水準に近い状態が続いている。 そもそも1.5度目標は、当初から達成が容易なものではなかった。パリ協定では「2度より十分低く抑える」ことを基本目標としつつ、海面上昇によって存立が脅かされる島嶼国などの強い要請を受け、努力目標として1.5度が盛り込まれた。その後、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書によって、1.5度と2度の差がもたらす影響の大きさが明らかになり、国際社会の軸足は次第に1.5度へと移っていった。 だが問題は、目標と現実の「排出ギャップ」だ。各国が掲げる削減目標と、1.5度に整合する排出削減経路との間には大きな隔たりがある。しかも現在の政策がすべて実行されたとしても、なお不十分だというのが科学の示す冷徹な現実だ。田村氏は、「目標を掲げるだけでなく、実際の行動を強化しなければならない」と強調する。 さらに今回のCOP30で焦点となったのが、「1.5度オーバーシュート」という考え方だ。短期的に1.5度を超えてしまうことを前提に、その超過幅と期間をできる限り小さく抑え、将来的に再び1.5度以下へ戻すための方策が問われるようになった。田村氏は、単年での気温上昇と長期トレンドを区別しつつも、「オーバーシュートが大きくなればなるほど、不可逆的な気候変動リスクが高まる」と警鐘を鳴らす。 議論は日本の立ち位置にも及ぶ。日本政府は2030年・35年目標や2050年ネットゼロを掲げているが、それが1.5度目標と本当に整合しているのかについて、田村氏は懐疑的だ。歴史的排出責任や経済力を考えれば、より踏み込んだ削減が求められるはずだが、国内議論は「何を失うか」というコスト論に偏りがちだ。 田村氏は、多国間交渉の限界を認めつつも、その重要性を否定しない。包摂性と正当性を担保するCOPの枠組みに加え、志を同じくする国や企業、自治体が枠外で先行的に取り組む「多元的アプローチ」が、1.5度目標に向けた現実的な道筋になると語った。 1.5度目標は放棄されたわけではない。しかし、その達成には、これまでとは次元の異なる政治的意思と社会変革が求められている。その厳しい現実を直視しつつ、なお残された選択肢とは何かを、田村氏と環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2025/12/26(金) 12:00 詳細 会員無料 49:33 <マル激・後半>AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか/酒井邦嘉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授) AIの利活用が加速度的に広がっている。 2022年に運用が始まったOpenAIのChatGPTをはじめ、GoogleのGemini、中国で開発されたDeepSeekなど、ここ数年で生成AIがあっという間に普及し人々の生活の中に入り込んでいる。 政府の人工知能戦略本部は19日、「『信頼できるAI』による『日本再起』」という副題のついた人工知能基本計画案を決定した。世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指すとして、本部長を務める高市首相は「今こそ官民連携で反転攻勢をかけるとき」と強調した。 しかし、このままAIの活用を無制限に進めてしまって本当にいいのだろうか。もう少しその影響を、とりわけ子どもや教育への影響をしっかりと検証する必要があるのではないか。 『デジタル脳クライシス』の著者で言語脳科学者の酒井邦嘉氏は、生成AIがあたかも信頼できる装置であるかのような幻想が、とりわけ教育現場で独り歩きし始めていることに懸念を露わにし、これまでAIの「利用」という言葉を使っていた文科省が「利活用」という言い方に変わり積極的に利用を進める立場になっていることを問題視する。リスク管理が不十分なまま教育への導入が進んだ結果、取り返しがつかない事態を招く恐れがあるからだ。 アメリカでChatGPTが原因で自殺したとして遺族がOpenAIを提訴したことが報道されるなど、今、特に若い世代に急激にAI活用が広がることへの懸念が指摘されている。対話型AIと言われているChatGPTなどの生成AIは、対話を装っているだけで、実際には何かを考えてくれているわけではない。にもかかわらずそれが自己肯定感を増幅するための手軽な装置となって人間の心に入り込んでしまい、気づいたときには取り除くことができない依存症のような状態に陥る事例が多発しているという。 脳科学の研究者として長年、言語と脳の関係を研究してきた酒井氏は、思考力、創造力といった人間の脳内で起こる重要な作業は、それ自体が人間の成長にとって重要なものだが、思考をAIに頼ることでその力が奪われると指摘する。AIを使うことに慣れ、自分の脳を使って考える能力を失ってしまう、というような事態が起こり得るというのだ。そもそも生成AIは何かを生み出しているのではなく大量のデータの中から言葉を選んで組み合わせているだけなので、「生成AI」ではなく「合成AI」と言うべきだと酒井氏は指摘する。また、生成AIには入力と出力があるだけで、考える、疑う、想像する、創造するといった脳内での人間らしい働きはしないことを強調する。 それと同時に、読む、書くといった文字を使い自ら言葉を生み出す作業が、デジタル教科書の導入などで失われていくことも懸念材料だ。人間の記憶はいくつもの情報が重なりあって紐づけられているのであって、「コスパ」「タイパ」が良いといった効率だけで語られて良いはずはない。 あたかもそれが時代の最先端であるかのように生成AIの活用が進む中、人間軽視に対する警鐘を鳴らし続ける酒井氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45746893(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 14 0 0 2025/12/22(月) 12:00 詳細 会員無料 80:22 <マル激・前半>AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか/酒井邦嘉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授) AIの利活用が加速度的に広がっている。 2022年に運用が始まったOpenAIのChatGPTをはじめ、GoogleのGemini、中国で開発されたDeepSeekなど、ここ数年で生成AIがあっという間に普及し人々の生活の中に入り込んでいる。 政府の人工知能戦略本部は19日、「『信頼できるAI』による『日本再起』」という副題のついた人工知能基本計画案を決定した。世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指すとして、本部長を務める高市首相は「今こそ官民連携で反転攻勢をかけるとき」と強調した。 しかし、このままAIの活用を無制限に進めてしまって本当にいいのだろうか。もう少しその影響を、とりわけ子どもや教育への影響をしっかりと検証する必要があるのではないか。 『デジタル脳クライシス』の著者で言語脳科学者の酒井邦嘉氏は、生成AIがあたかも信頼できる装置であるかのような幻想が、とりわけ教育現場で独り歩きし始めていることに懸念を露わにし、これまでAIの「利用」という言葉を使っていた文科省が「利活用」という言い方に変わり積極的に利用を進める立場になっていることを問題視する。リスク管理が不十分なまま教育への導入が進んだ結果、取り返しがつかない事態を招く恐れがあるからだ。 アメリカでChatGPTが原因で自殺したとして遺族がOpenAIを提訴したことが報道されるなど、今、特に若い世代に急激にAI活用が広がることへの懸念が指摘されている。対話型AIと言われているChatGPTなどの生成AIは、対話を装っているだけで、実際には何かを考えてくれているわけではない。にもかかわらずそれが自己肯定感を増幅するための手軽な装置となって人間の心に入り込んでしまい、気づいたときには取り除くことができない依存症のような状態に陥る事例が多発しているという。 脳科学の研究者として長年、言語と脳の関係を研究してきた酒井氏は、思考力、創造力といった人間の脳内で起こる重要な作業は、それ自体が人間の成長にとって重要なものだが、思考をAIに頼ることでその力が奪われると指摘する。AIを使うことに慣れ、自分の脳を使って考える能力を失ってしまう、というような事態が起こり得るというのだ。そもそも生成AIは何かを生み出しているのではなく大量のデータの中から言葉を選んで組み合わせているだけなので、「生成AI」ではなく「合成AI」と言うべきだと酒井氏は指摘する。また、生成AIには入力と出力があるだけで、考える、疑う、想像する、創造するといった脳内での人間らしい働きはしないことを強調する。 それと同時に、読む、書くといった文字を使い自ら言葉を生み出す作業が、デジタル教科書の導入などで失われていくことも懸念材料だ。人間の記憶はいくつもの情報が重なりあって紐づけられているのであって、「コスパ」「タイパ」が良いといった効率だけで語られて良いはずはない。 あたかもそれが時代の最先端であるかのように生成AIの活用が進む中、人間軽視に対する警鐘を鳴らし続ける酒井氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so45746955(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 27 0 0 2025/12/22(月) 12:00 詳細 会員無料 67:48 <マル激・後半>なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか/岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。 確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。 これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。 高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。 まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。 なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。 中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。 その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。 中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。 岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。 習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。 日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45724010(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 28 0 0 2025/12/15(月) 12:00 詳細 会員無料 66:44 <マル激・前半>なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか/岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。 確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。 これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。 高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。 まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。 なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。 中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。 その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。 中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。 岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。 習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。 日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45724096(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 34 0 0 2025/12/15(月) 12:00 詳細 会員無料 72:06 <マル激・前半>人類は地球温暖化という21世紀最大の課題に対応する能力を失い始めているのか/江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授) 果たして人類はアメリカ抜きで地球温暖化を克服することができるのか。 国連の第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)が2025年11月10日~22日、「アマゾンの玄関口」とも言われるブラジル・ベレンで開催されたが、温室効果ガスの世界第2の排出国であるアメリカはパリ協定からの脱退を表明し、今回のCOPにも参加しなかった。トランプ政権の下でアメリカが脱炭素から化石燃料優遇への傾斜を急速に強める中、世界はアメリカ抜きで21世紀の人類最大の課題ともいうべき地球温暖化問題に対応しなければならない。 2025年は、パリ協定がCOP21で採択されてからちょうど10年となる節目の年でもある。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を「2度より十分低く、1.5度に抑える努力をする」目標を掲げた。しかし2024年、地球の気温上昇は既に1.5度を超えてしまった。そのためこれからの地球温暖化対策は気温が一時的に1.5度を超える「オーバーシュート」を前提に、一度上がった気温を再び下げることが真剣に議論されなければならなくなっている。しかし、一度上がった気温を下げるためには、人間活動による温室効果ガス排出量を長期間にわたりマイナスにする必要がある。東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏は、それを実現することは容易ではないと指摘する。 一方で、温暖化の影響により世界各地で深刻な自然災害が頻発している。洪水、熱波、干ばつ、森林火災といった気候変動に起因する自然災害は世界各地で頻発し、特に被害を受けやすい途上国への資金支援が喫緊の課題となっている。そこでCOP30の合意文書には、気候変動による災害に対応する資金を3倍にすることが盛り込まれた。そのこと自体は評価すべき成果ではあるが、気候変動に影響を受ける国を支援していこうという方向性は、ややもすればもはや地球温暖化は止められないという国際社会の諦観を反映しているようにも見える。 江守氏が指摘するように、「1.5度を超えてしまっても下げればよい」、「被害が出ても小さく抑えればよい」という議論が強まることには注意が必要だ。資金支援だけでは根本的に災害を減らすことにはならず、そもそもの排出削減と災害対策の両輪で進めなければならない。 アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、大統領自身が気候変動など存在しないと国連総会の場で公言する中、アメリカ国内では地球温暖化の懐疑論や否定論が再び勢いを増している。もともと気候変動の懐疑論は、「温暖化は起きていない」、「温暖化は人類の活動ではなく自然変動によるものだ」といった主張が中心だったが、それが今や、経済的利益や政治的利害と結びついたより複雑な構造へと変化していると江守氏は言う。懐疑論の広がりというアメリカでの現象は一時的なものではない。その背景には国際機関やエリート、リベラルに対する不信もあるが、さらに根底にあるのは「自国が世界に対してそこまで責任を負う必要はない」という考え方だ。 江守氏は、気候災害の激化により難民が増え、移民排斥の雰囲気が強まり、右派ポピュリズムが台頭し、結果として気候変動対策が後退し、ますます気候変動が進むという悪循環を懸念する。さらにその先には、後戻りできない気候変動の転換点(ティッピング・ポイント)が来て、もはや自分の国だけ対策をしても無駄なのでやらないという諦めが広がる恐れもある。アメリカが気候変動対策から手を引き始める中、2025年をティッピング・ポイントに突き進んでいく最初の年にしてはならない。 政府レベルの地球温暖化対策が堂々巡りの議論の中で停滞するのを横目に、企業やNPO、地方自治体といった非国家アクターの活躍が一層際立っている。COP30の現地に行ったWWFジャパンの田中健氏は、アメリカ政府代表団が不在の中でも、州を中心とする非国家アクターが、自分たちがアメリカ合衆国のパリ協定の実施を進めると強く発信していたと言う。もはや国が機能しないのであれば、非国家アクターがどこまで国家に取って代われるかがカギを握るようになっている。 アメリカ不在のCOP30で何が議論され、世界はどこへ向かおうとしているのか。気候変動対策をめぐりアメリカ国内では何が起きていて、日本は何をすべきかなどについて、東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45701163(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 33 0 0 2025/12/08(月) 12:00 詳細 会員無料 64:44 <マル激・後半>人類は地球温暖化という21世紀最大の課題に対応する能力を失い始めているのか/江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授) 果たして人類はアメリカ抜きで地球温暖化を克服することができるのか。 国連の第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)が2025年11月10日~22日、「アマゾンの玄関口」とも言われるブラジル・ベレンで開催されたが、温室効果ガスの世界第2の排出国であるアメリカはパリ協定からの脱退を表明し、今回のCOPにも参加しなかった。トランプ政権の下でアメリカが脱炭素から化石燃料優遇への傾斜を急速に強める中、世界はアメリカ抜きで21世紀の人類最大の課題ともいうべき地球温暖化問題に対応しなければならない。 2025年は、パリ協定がCOP21で採択されてからちょうど10年となる節目の年でもある。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を「2度より十分低く、1.5度に抑える努力をする」目標を掲げた。しかし2024年、地球の気温上昇は既に1.5度を超えてしまった。そのためこれからの地球温暖化対策は気温が一時的に1.5度を超える「オーバーシュート」を前提に、一度上がった気温を再び下げることが真剣に議論されなければならなくなっている。しかし、一度上がった気温を下げるためには、人間活動による温室効果ガス排出量を長期間にわたりマイナスにする必要がある。東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏は、それを実現することは容易ではないと指摘する。 一方で、温暖化の影響により世界各地で深刻な自然災害が頻発している。洪水、熱波、干ばつ、森林火災といった気候変動に起因する自然災害は世界各地で頻発し、特に被害を受けやすい途上国への資金支援が喫緊の課題となっている。そこでCOP30の合意文書には、気候変動による災害に対応する資金を3倍にすることが盛り込まれた。そのこと自体は評価すべき成果ではあるが、気候変動に影響を受ける国を支援していこうという方向性は、ややもすればもはや地球温暖化は止められないという国際社会の諦観を反映しているようにも見える。 江守氏が指摘するように、「1.5度を超えてしまっても下げればよい」、「被害が出ても小さく抑えればよい」という議論が強まることには注意が必要だ。資金支援だけでは根本的に災害を減らすことにはならず、そもそもの排出削減と災害対策の両輪で進めなければならない。 アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、大統領自身が気候変動など存在しないと国連総会の場で公言する中、アメリカ国内では地球温暖化の懐疑論や否定論が再び勢いを増している。もともと気候変動の懐疑論は、「温暖化は起きていない」、「温暖化は人類の活動ではなく自然変動によるものだ」といった主張が中心だったが、それが今や、経済的利益や政治的利害と結びついたより複雑な構造へと変化していると江守氏は言う。懐疑論の広がりというアメリカでの現象は一時的なものではない。その背景には国際機関やエリート、リベラルに対する不信もあるが、さらに根底にあるのは「自国が世界に対してそこまで責任を負う必要はない」という考え方だ。 江守氏は、気候災害の激化により難民が増え、移民排斥の雰囲気が強まり、右派ポピュリズムが台頭し、結果として気候変動対策が後退し、ますます気候変動が進むという悪循環を懸念する。さらにその先には、後戻りできない気候変動の転換点(ティッピング・ポイント)が来て、もはや自分の国だけ対策をしても無駄なのでやらないという諦めが広がる恐れもある。アメリカが気候変動対策から手を引き始める中、2025年をティッピング・ポイントに突き進んでいく最初の年にしてはならない。 政府レベルの地球温暖化対策が堂々巡りの議論の中で停滞するのを横目に、企業やNPO、地方自治体といった非国家アクターの活躍が一層際立っている。COP30の現地に行ったWWFジャパンの田中健氏は、アメリカ政府代表団が不在の中でも、州を中心とする非国家アクターが、自分たちがアメリカ合衆国のパリ協定の実施を進めると強く発信していたと言う。もはや国が機能しないのであれば、非国家アクターがどこまで国家に取って代われるかがカギを握るようになっている。 アメリカ不在のCOP30で何が議論され、世界はどこへ向かおうとしているのか。気候変動対策をめぐりアメリカ国内では何が起きていて、日本は何をすべきかなどについて、東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45701713(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 12 0 0 2025/12/08(月) 12:00 詳細 会員無料 73:32 <マル激・後半>医療政策は各論に入り込む前に医療の全体像を見据えた議論を/森井大一氏(日医総研主席研究員) 高市政権下で医療政策を巡る議論が錯綜している。 28日に閣議決定された補正予算案には、医療分野における賃上げ・物価上昇に対する支援として5,300億円が盛り込まれた。これは公定価格である診療報酬で運営されている病院で、物価上昇などが経営を圧迫して7割が赤字となっており、このままだと地域医療がもたないとの訴えが各地から聞こえていたことを受けたものだ。もっとも補正予算は単年度限りなので、現在審議中の中医協では診療報酬を上げてほしいと医療機関側からの強い要望が挙がっている。 一方で、政府は連立を組んだ日本維新の会が強く主張する、現役世代の社会保険料の引き下げも模索しなければならない立場に置かれている。その財源として政府が真っ先に挙げたのがOTC類似薬の保険給付外しだ。OTC類似薬とは、市販されている薬と類似した薬を意味し、医師から処方されるため保険給付により個人負担は1割~3割で済む。湿布薬、保湿剤、漢方薬などのほか、医師が処方していた薬を市販できるようにしたスイッチOTC薬まで幅広い薬剤を指す。保険から外れれば患者は市販薬を自分で薬局から購入しなくてはならなくなる。 しかし、さすがにこれは患者団体などの強い反発を受けたため、保険給付を外すことは断念し、新たに追加の負担を課す案が検討されているという。今後の審議で薬剤の範囲や負担額などが決まる見込みだが、最終的にどのぐらいの医療費が削減されることになるのかは、現時点では不明だ。このほかにも、一定の金融資産のある人への保険料や自己負担額の増額も検討されている。 保険料の引き下げというと耳障りは良いが、いざそれを実現しようとすると様々な軋轢が生じる。医療政策が専門で各国の制度に詳しい日医総研主席研究員の森井大一氏は、現在の医療政策を巡る議論はいきなり各論に入っているが、そもそも日本の医療政策の全体像をどのくらいの人が理解したうえで判断しているのかが疑問だと言う。社会保障の議論そのものが国民を置き去りにしたまま進んでいることも、本来はあってはならないことだ。 医療を社会が責任を持つとする医療政策だが、日本ではその手段は主に民間の医療機関が提供しており、基本的に病院が公立である英・仏・独とは制度を異にしている。そのため日本の医療機関は、医療を提供した際にその対価が支払われるかどうか、つまり十分な保険財源があるかどうかがどうしても関心事にならざるをえないと、森井氏は指摘する。 さらに重要なのは、どのような医療サービスが受けられるのかだ。負担する側と給付を受ける側は当然同じ国民であり、医療の質が下がることは誰も望んでいないはずだ。健康なときはどうしても負担ばかりに目がいきがちになるが、誰もがいつ医療のお世話になるとも限らない。そのためにも価値ある医療サービスが提供されることが重要で、そこを取り違えると医療への信頼が揺らぎかねない。コロナ禍で大きな議論となったかかりつけ医についても、森井氏は同様の観点から語る。 英・仏・独のコロナ禍でのかかりつけ医調査なども合わせて、各国の医療政策に詳しい森井氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45677270(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 9 0 0 2025/12/01(月) 12:00 詳細 前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 次へ