すべて 有料 会員無料 33件 投稿が新しい順 再生が多い順 コメントが多い順 マイリスト登録が多い順 コメントが新しい順 再生時間が長い順 投稿が古い順 再生が少ない順 コメントが古い順 コメントが少ない順 マイリスト登録が少ない順 再生時間が短い順 会員無料 84:35 <ディスクロージャー&ディスカバリー>報道砂漠の離島で権力を監視する 屋久島ポストが問いかける民主主義の守り方 世界自然遺産の島、鹿児島県屋久島。美しい自然の裏側で、メディア不在による行政の不透明な運営が続いていた。 屋久島を含む行政機関である屋久島町は、長らく地域に報道機関が不在のいわゆるニュースデザート(報道砂漠)の典型例だった。地元に独自のメディアがなく、大手メディアも記者を常駐させていないため、日々の行政運営に対する監視機能は極めて弱い。本来チェック機能を果たすべき議会も追及力を欠き、権力監視の役割を果たせていなかった。 誰も見ていないところでは、民主主義は健全に機能しにくくなる。そしてその情報の空白地帯に風穴を開けようとしているのが、2021年にスタートしたオンラインメディアの屋久島ポストだ。 屋久島ポストは徹底的な事実の積み上げによる調査報道を最大の武器にしている。そして、その活動の中心にあるのが情報公開制度の活用だ。 これまで屋久島ポストの手で、住民への十分な説明なく行われた24億円規模の新庁舎建設計画や、町長・副町長らによる公務旅費の不正請求(着服)問題などが白日の下に晒された。 特に旅費不正問題では、住民による情報公開請求で1万6千ページもの膨大な資料が開示されたが、黒塗りの文書や複雑な数字の羅列から不正の証拠を突き止めるには、情報公開制度と公文書管理に関する高度なノウハウが不可欠だった。 民主主義を監視するためには情報公開制度の活用が不可欠だが、それが民主主義の強化に役立つためには、開示された情報を読み解くノウハウを持ったNPOや、そこで明らかになった問題を中立的な立場から市民にわかりやすく伝えるジャーナリズムの存在が不可欠だ。そこに屋久島ポスト誕生の最大の意義がある。 しかし、彼らの活動にはまだまだ課題が多い。権力に対する忖度なき報道によって、町側からの取材制限や刑事告発といった圧力に晒されたりもする。さらに、資金面でも課題を抱える。屋久島ポストは多くの人に事実を伝えるために、記事をオンラインで無料公開し、運営費は寄付やジャーナリズム賞の賞金などに頼っているが、現実には運営者が個人で多くの費用を負担しているのが実情だという。今はそれでよくても、将来に向けた持続可能性は担保されない。 人口減少と高度高齢化が進む日本では、今後、他の自治体でも同様の報道砂漠化現象が進むことが予想される。その時、屋久島ポストのように、市民やNPOが主体となって情報公開制度を活用しながら行政を監視する機能をゼロから育んでいけるかが問われることになる。 今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、この離島で孤軍奮闘する地域メディア、屋久島ポストの活動に焦点を当て、民主主義を健全に機能させるためには、情報公開とジャーナリズムが車の両輪となって回っていくことの重要性を、屋久島ポストの活動を取材した情報公開クリアリングハウスの三木由希子とジャーナリストの神保哲生が考えた。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2026/02/21(土) 12:00 詳細 会員無料 76:45 <セーブアース>そのチョコどこから来たのか知っていますか/相馬真紀子氏(WWFジャパン自然保護室森林グループ長) 今年もまたバレンタインデーに合わせて、スーパーやコンビニで多種多様なチョコレートが売られている。 しかし、チョコレートの背後には原料である「カカオ」を巡る深刻な環境問題と社会課題が隠されている。菓子メーカーから多額の広告料を受け取る主要メディアが、バレンタイン商戦に水を差すような批判的な報道を控えていることもあり、日本ではチョコレートの裏側にある様々な問題がほとんど知られていない。 まずカカオ生産の裏側には、深刻な森林破壊がある。衛星データの分析によると、チョコレートの日本への最大輸出国ガーナでは、過去40年間で森林面積が半減している。そしてその森林減少の約半分が、カカオ農園の拡大によるものと判明している。 本来、湿気と適度な日陰を好むカカオにとって、森林は守り神のような存在だ。しかし、皮肉なことに、そのカカオを植えるために森が切り拓かれ、結果として生育環境を自ら悪化させるという悪循環に陥っているのだ。 2024年のカカオ不作と気候変動による供給不安を背景に、チョコレートの市場価格は高騰しているが、その恩恵はカカオ農家の多くを占める末端の小規模な農家にはほとんど届かない。貧困に喘ぐ小規模農家が収入を増やすためには収量を増やすしかない。そのために手っ取り早く森を切り開いたり、人件費を抑えるために子供を働かせたり、環境汚染を招く違法な金採掘に手を染めているのが実情だ。 この危機的な状況を打破するために、WWFジャパンなどの支援団体が推進しているのが、アグロフォレストリー(農林複合経営)という農法だ。これは、カカオの木単体ではなく、同じ土地にフルーツの木や木材用の木など様々な種類の樹木を一緒に植える方法だ。こうすることで大きな木が日陰を作り、適度な湿度を保つことで、気候変動や病気に強い農園になったり、カカオが不作でも、バナナや木材など他の作物から収入を得られたり、森に近い環境を作ることで生物多様性が保全されるなどの効果が期待できる。現在、ガーナの国立公園周辺では、苗木の提供や農家への研修などを通じて、この農法への転換が急ピッチで進んでいる。 カカオ農家の問題は遠い国の問題に思えるかもしれないが、実は日本に住む私たちの選択がカカオ生産の未来を左右する。それは私たちが消費者として何を買うかを決定する力を持っているからだ。チョコレートを買う際、生産者に正当な対価が支払われていることを証明する「フェアトレード認証」や、環境保全と持続可能性に配慮されていることを証明する「レインフォレスト・アライアンス認証」のマークが付いているかどうかを確認してほしい。残念ながら日本で売られている国内メーカーのチョコレート製品には認証マークが付いていないものが圧倒的に多いが、認証マークが付いているものを買うことで、チョコレートの向こう側で苦しむ人を減らすことに貢献できる。そして、ひいてはそれが地球温暖化や環境保全の一助ともなる。 WWFジャパン自然保護室森林グループ長の相馬真紀子氏をゲストに招き、甘いチョコレートの裏側にある環境問題と社会課題と日本がその問題の解決に貢献する方法などについて、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 13 0 0 2026/02/16(月) 12:00 詳細 会員無料 54:26 <マル激・後半>高市自民党はいかにして歴史的勝利を勝ち取ったのか/高安健将氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) 高市自民党はいかにして歴史的勝利を勝ち取ったのか。 2月8日に投開票された衆議院選挙で、自民党は単独で316議席を獲得し、戦後初となる「単独3分の2超」という歴史的圧勝を成し遂げた。比例名簿に登載した候補者数が足りず、14議席を他党に譲るという異例の事態まで生じるほどの地滑り的大勝利だった。 一方で、選挙直前に立憲民主党と公明党が合併して急ごしらえで誕生した中道改革連合は、選挙前の172議席から49議席へと大敗。共同代表を務めていた野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏は責任を取り辞任し、2月13日に行われた代表選では小川淳也氏が新代表に選出された。小選挙区では自民党の249議席に対し7議席しか取れない、二大政党の一角を占める中道改革連合としては文字通りの完敗だった。 2009年の政権交代選挙で民主党が308議席を獲得した際、日本社会には歴史が動いたというある種の熱狂感があった。しかし今回、自民党はそれを上回る316議席を獲得したにもかかわらず、当時のような熱狂や高揚感はほとんど感じられない。それなのになぜこれほどの大勝が生まれたのか。 この点について、早稲田大学教育・総合科学学術院教授で比較政治学を専門とする高安健将氏は、高市首相の個人的な人気が自民党の勝利に寄与したことは認めつつも、「選挙期間の短さ」と「ネット広告の力」を自民党大勝の一因として挙げる。 高市首相が1月19日に解散を発表した記者会見の内容を見ても、自民党側は明らかに周到な準備を整えていた。これに対し中道を含む野党陣営は、まさか政権が来年度予算の年度内成立を先送りしてまで真冬の選挙に打って出るとは予想できていなかった。特に選挙直前に結党された中道改革連合は、その理念や政策はおろか党名を有権者に浸透させることもできないまま選挙を戦わなければならなかった。明らかに準備不足であり、不意打ちを喰らった形となった。 高安氏はまた、いわゆる「7条解散」の問題点も指摘する。衆議院で多数を握る側が、自らに有利なタイミングで解散・総選挙を打てる構造は、準備の整った政権与党に圧倒的に有利に働く。本来、憲法7条は国民の意思を議会構成に反映させるための制度設計であるはずだが、政権の都合で運用されるようになれば、有権者の判断が十分に反映されない結果を招きかねない。 今回も高市政権は自民党独自の情勢調査で自民党圧勝の観測が出る中、今選挙をすれば必ず勝てるとの確信を得た上で、万難を排して解散に打って出た。7条解散は、独自に大規模な情勢調査を行い、自分たちに有利な状況にあると判断できる時に首相が自由に解散総選挙に打って出ることを可能にする、明らかに与党に圧倒的に有利な制度だった。 もう1つ、今回の選挙で大きな役割を果たしたとされるのが、ネット広告の威力だ。高市首相が登場する自民党の30秒のYouTube動画の1つは、投稿から投票日までに約1億6,000万回再生された。他の動画よりもその動画だけが突出してアクセス数が多いことから、その動画のプロモーションに莫大な広告費を注ぎ込んだ結果だと考えられる。テレビCMとは異なり、若年層を含む幅広い層に直接リーチできるネット広告は、従来の選挙戦術を大きく変えつつあるが、選挙期間にまでネット広告を自由に打てることになると、資金が豊富な政党が圧倒的に有利になってしまう。 一方で、中道改革連合が大敗した背景として、高安氏が強調するのは「若い世代へのメッセージの欠如」だ。単にSNS戦略が下手だったというレベルの問題ではなく、そもそも若者に向けた政策的な中身がほとんど提示されていなかった。雇用、住宅、教育費、将来不安といった若年層が直面する具体的課題に対し、どのようなビジョンを示すのか。その点で中道側は有権者に訴えかける言葉を持たず、結果として若い世代から見放された格好になった。 さらに高安氏は、国会がなかなか刷新されない背景として、小選挙区で敗れても比例代表で「復活当選」できる「重複立候補」の問題を挙げる。小選挙区制は有権者がノーを突きつけた政党をこてんぱんに敗北させることを可能にする制度だ。しかし、小選挙区制で敗れた候補者が重複立候補によって議員として生き残ることが可能になっていることが、政界の抜本的な刷新の妨げになっていると高安氏は指摘する。比例区を残すことで小選挙区制の過激な変化を緩和させる制度には一定のメリットがあるが、小選挙区制で「落選」の烙印を押された候補を比例区で復活させる重複立候補制度は、有権者の政治参加の意欲を削ぐことにもつながり、制度の意図にも反する。 「高市フィーバー」と言えるほどの高市首相個人への熱狂的支持が盛り上がっていたわけでもない中で、なぜ自民党はこれほどの歴史的勝利を収めることができたのか。そして、中道勢力はなぜ若い世代からの支持を失い続けているのか。早稲田大学の高安健将氏を迎え、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司とともに、今回の選挙結果の分析とそれが露わにした日本政治の構造的問題について議論した。前半はこちら→so45946452(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 21 0 0 2026/02/16(月) 12:00 詳細 会員無料 64:07 <マル激・前半>高市自民党はいかにして歴史的勝利を勝ち取ったのか/高安健将氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) 高市自民党はいかにして歴史的勝利を勝ち取ったのか。 2月8日に投開票された衆議院選挙で、自民党は単独で316議席を獲得し、戦後初となる「単独3分の2超」という歴史的圧勝を成し遂げた。比例名簿に登載した候補者数が足りず、14議席を他党に譲るという異例の事態まで生じるほどの地滑り的大勝利だった。 一方で、選挙直前に立憲民主党と公明党が合併して急ごしらえで誕生した中道改革連合は、選挙前の172議席から49議席へと大敗。共同代表を務めていた野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏は責任を取り辞任し、2月13日に行われた代表選では小川淳也氏が新代表に選出された。小選挙区では自民党の249議席に対し7議席しか取れない、二大政党の一角を占める中道改革連合としては文字通りの完敗だった。 2009年の政権交代選挙で民主党が308議席を獲得した際、日本社会には歴史が動いたというある種の熱狂感があった。しかし今回、自民党はそれを上回る316議席を獲得したにもかかわらず、当時のような熱狂や高揚感はほとんど感じられない。それなのになぜこれほどの大勝が生まれたのか。 この点について、早稲田大学教育・総合科学学術院教授で比較政治学を専門とする高安健将氏は、高市首相の個人的な人気が自民党の勝利に寄与したことは認めつつも、「選挙期間の短さ」と「ネット広告の力」を自民党大勝の一因として挙げる。 高市首相が1月19日に解散を発表した記者会見の内容を見ても、自民党側は明らかに周到な準備を整えていた。これに対し中道を含む野党陣営は、まさか政権が来年度予算の年度内成立を先送りしてまで真冬の選挙に打って出るとは予想できていなかった。特に選挙直前に結党された中道改革連合は、その理念や政策はおろか党名を有権者に浸透させることもできないまま選挙を戦わなければならなかった。明らかに準備不足であり、不意打ちを喰らった形となった。 高安氏はまた、いわゆる「7条解散」の問題点も指摘する。衆議院で多数を握る側が、自らに有利なタイミングで解散・総選挙を打てる構造は、準備の整った政権与党に圧倒的に有利に働く。本来、憲法7条は国民の意思を議会構成に反映させるための制度設計であるはずだが、政権の都合で運用されるようになれば、有権者の判断が十分に反映されない結果を招きかねない。 今回も高市政権は自民党独自の情勢調査で自民党圧勝の観測が出る中、今選挙をすれば必ず勝てるとの確信を得た上で、万難を排して解散に打って出た。7条解散は、独自に大規模な情勢調査を行い、自分たちに有利な状況にあると判断できる時に首相が自由に解散総選挙に打って出ることを可能にする、明らかに与党に圧倒的に有利な制度だった。 もう1つ、今回の選挙で大きな役割を果たしたとされるのが、ネット広告の威力だ。高市首相が登場する自民党の30秒のYouTube動画の1つは、投稿から投票日までに約1億6,000万回再生された。他の動画よりもその動画だけが突出してアクセス数が多いことから、その動画のプロモーションに莫大な広告費を注ぎ込んだ結果だと考えられる。テレビCMとは異なり、若年層を含む幅広い層に直接リーチできるネット広告は、従来の選挙戦術を大きく変えつつあるが、選挙期間にまでネット広告を自由に打てることになると、資金が豊富な政党が圧倒的に有利になってしまう。 一方で、中道改革連合が大敗した背景として、高安氏が強調するのは「若い世代へのメッセージの欠如」だ。単にSNS戦略が下手だったというレベルの問題ではなく、そもそも若者に向けた政策的な中身がほとんど提示されていなかった。雇用、住宅、教育費、将来不安といった若年層が直面する具体的課題に対し、どのようなビジョンを示すのか。その点で中道側は有権者に訴えかける言葉を持たず、結果として若い世代から見放された格好になった。 さらに高安氏は、国会がなかなか刷新されない背景として、小選挙区で敗れても比例代表で「復活当選」できる「重複立候補」の問題を挙げる。小選挙区制は有権者がノーを突きつけた政党をこてんぱんに敗北させることを可能にする制度だ。しかし、小選挙区制で敗れた候補者が重複立候補によって議員として生き残ることが可能になっていることが、政界の抜本的な刷新の妨げになっていると高安氏は指摘する。比例区を残すことで小選挙区制の過激な変化を緩和させる制度には一定のメリットがあるが、小選挙区制で「落選」の烙印を押された候補を比例区で復活させる重複立候補制度は、有権者の政治参加の意欲を削ぐことにもつながり、制度の意図にも反する。 「高市フィーバー」と言えるほどの高市首相個人への熱狂的支持が盛り上がっていたわけでもない中で、なぜ自民党はこれほどの歴史的勝利を収めることができたのか。そして、中道勢力はなぜ若い世代からの支持を失い続けているのか。早稲田大学の高安健将氏を迎え、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司とともに、今回の選挙結果の分析とそれが露わにした日本政治の構造的問題について議論した。後半はこちら→so45946808(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 27 0 0 2026/02/16(月) 12:00 詳細 会員無料 57:34 <マル激・後半>なぜ日本では政権交代が起きず野党再編も進まないのか/山本健太郎氏(國學院大學法学部教授) 衆議院総選挙の投開票を翌日に控えた日本政治は、大きな転換点を迎える、はずだった。 ところが、各党や主要メディアの情勢調査によれば、与党・自民党が単独過半数を視野に入れる圧勝の勢いだという。その一方で、立憲民主党と公明党が合併して誕生した「中道改革連合」は議席を半減させる見通しだとされる。 中道勢力の結集によって政界再編の狼煙が上がるのではないかという期待は、選挙戦が進むにつれて急速に萎んでいった。結果次第では、過去2回の国政選挙で見られた「自民党の過半数割れ」という流れを受けて、野党再編が一気に進む可能性もあったが、現状はむしろ「自民党一強」時代への回帰が始まっているように見える。 しかし、現在の政党配置は理念や政策ごとにきれいに整理されたものとは言いがたい。自民党の内部には、安倍晋三元首相や高市早苗首相に象徴される保守色の強い潮流と、石破茂元首相や岸田文雄元首相に代表される比較的リベラルな潮流が同居しており、歴史的に見れば別々の政党になっていても不思議ではない構成だ。一方で、野党側も一枚岩ではない。立憲民主党は今回、公明党との合併にあたり、安全保障政策で従来の左派色を抑えた路線を打ち出したが、党内には拙速な路線変更に対する不満が根強く残っているとされる。 理念や政策が整理されないまま政党が編成されていることが、有権者にとって「選びにくい政治」を生んでいるという構造的問題が横たわっている。 政界再編が求められる背景には、現在の政党分布が有権者の政治意識と十分に対応していない可能性がある。昨年のマル激で北海道大学の橋本努教授は、従来の護憲左派とは異なる、穏健で現実志向の「新しいリベラル層」という一大勢力が生まれているが、その受け皿となる政党が存在しない問題を指摘していた。にもかかわらず、日本の政党システムは長年にわたって自民党を中心とした構造から大きく動いていない。 小規模政党の誕生と消滅は繰り返されてきたものの、結果として政権交代に結びつくほどの大きな再編には至らなかった理由について、政界再編を専門とする山本健太郎・國學院大學教授は「政党の内部統合の文化」の差を指摘する。自民党では、意見の違いがあっても最終的な意思決定には従うという慣行が長年かけて形成されてきた。一方、野党側では意思決定プロセスが安定せず、対立が生じるたびに分裂と再編を繰り返してきた。党内に路線対立を抱えていても、重要な局面で一枚岩になれる自民党と、新進党や民主党との大きな違いがそこにあると山本氏は言う。 また、中道改革連合が伸び悩んでいる理由について、山本氏は、立憲民主党が長年背負ってきた「政権担当能力がない」というイメージの影響を挙げる。与党経験の長い公明党と合併することで政権担当能力を示す狙いもあったが、有権者の受け止めは必ずしもその狙い通りにはならなかった可能性が大きい。 そもそも「政権担当能力」という言葉自体、明確な定義を持たない曖昧な概念であり、有権者の印象に大きく左右される。政治的な実績や政策の具体性よりも、「与党らしく見えるかどうか」というイメージが選挙結果を左右している側面も否定できない。 政界再編が進まない背景には、選挙制度の問題も大きく関わっている。1994年の選挙制度改革により導入された小選挙区比例代表並立制は、「大きな政党でなければ小選挙区では勝てない」という圧力を生み出した。その結果、1994年末には新進党という大規模野党が誕生したが、短期間で崩壊。その後の民主党政権も3年余りで終焉を迎えた。 現在、小選挙区制の下では、与党と野党第一党が連立を組むような大胆な再編は現実的ではない。実際、自民党と日本維新の会の連立合意文書には「中選挙区制の導入を含めた検討」が明記されており、国会の選挙制度協議会でも制度改革が議論されている。とりわけ現在超党派で議論されている「中選挙区連記制」は、1選挙区から複数人を選出し、有権者が複数候補に投票できる制度として注目を集めている。しかし、山本氏は、選挙制度改革には本来、明確な政治哲学が必要であるにもかかわらず、現状では各党が「自党に有利な制度」を求めているように見える点を問題視する。また、中選挙区連記制は、異なる政党の候補に投票する有権者が増えることで、政治の「個人化」を強め、かえって政党政治を弱体化させる可能性もあると指摘する。 衆院選の結果次第では、日本政治は再び「自民党一強体制」に回帰し、政界再編の機運は大きく後退する可能性が高い。しかし、政党の内実と有権者の政治意識のズレ、野党の統合力の弱さ、そして選挙制度という構造的制約が解消されない限り、「政権交代が起こらない日本政治」は固定化していくことが避けられないだろう。 政権交代が起きない日本の政治の構造的な問題と政界再々編の可能性などについて、山本氏、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。また、番組終盤では、衆院選と同時に行われる最高裁判事の国民審査の争点と問題点にも触れた。前半はこちら→so45920567(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 15 0 0 2026/02/09(月) 12:00 詳細 会員無料 68:02 <マル激・前半>なぜ日本では政権交代が起きず野党再編も進まないのか/山本健太郎氏(國學院大學法学部教授) 衆議院総選挙の投開票を翌日に控えた日本政治は、大きな転換点を迎える、はずだった。 ところが、各党や主要メディアの情勢調査によれば、与党・自民党が単独過半数を視野に入れる圧勝の勢いだという。その一方で、立憲民主党と公明党が合併して誕生した「中道改革連合」は議席を半減させる見通しだとされる。 中道勢力の結集によって政界再編の狼煙が上がるのではないかという期待は、選挙戦が進むにつれて急速に萎んでいった。結果次第では、過去2回の国政選挙で見られた「自民党の過半数割れ」という流れを受けて、野党再編が一気に進む可能性もあったが、現状はむしろ「自民党一強」時代への回帰が始まっているように見える。 しかし、現在の政党配置は理念や政策ごとにきれいに整理されたものとは言いがたい。自民党の内部には、安倍晋三元首相や高市早苗首相に象徴される保守色の強い潮流と、石破茂元首相や岸田文雄元首相に代表される比較的リベラルな潮流が同居しており、歴史的に見れば別々の政党になっていても不思議ではない構成だ。一方で、野党側も一枚岩ではない。立憲民主党は今回、公明党との合併にあたり、安全保障政策で従来の左派色を抑えた路線を打ち出したが、党内には拙速な路線変更に対する不満が根強く残っているとされる。 理念や政策が整理されないまま政党が編成されていることが、有権者にとって「選びにくい政治」を生んでいるという構造的問題が横たわっている。 政界再編が求められる背景には、現在の政党分布が有権者の政治意識と十分に対応していない可能性がある。昨年のマル激で北海道大学の橋本努教授は、従来の護憲左派とは異なる、穏健で現実志向の「新しいリベラル層」という一大勢力が生まれているが、その受け皿となる政党が存在しない問題を指摘していた。にもかかわらず、日本の政党システムは長年にわたって自民党を中心とした構造から大きく動いていない。 小規模政党の誕生と消滅は繰り返されてきたものの、結果として政権交代に結びつくほどの大きな再編には至らなかった理由について、政界再編を専門とする山本健太郎・國學院大學教授は「政党の内部統合の文化」の差を指摘する。自民党では、意見の違いがあっても最終的な意思決定には従うという慣行が長年かけて形成されてきた。一方、野党側では意思決定プロセスが安定せず、対立が生じるたびに分裂と再編を繰り返してきた。党内に路線対立を抱えていても、重要な局面で一枚岩になれる自民党と、新進党や民主党との大きな違いがそこにあると山本氏は言う。 また、中道改革連合が伸び悩んでいる理由について、山本氏は、立憲民主党が長年背負ってきた「政権担当能力がない」というイメージの影響を挙げる。与党経験の長い公明党と合併することで政権担当能力を示す狙いもあったが、有権者の受け止めは必ずしもその狙い通りにはならなかった可能性が大きい。 そもそも「政権担当能力」という言葉自体、明確な定義を持たない曖昧な概念であり、有権者の印象に大きく左右される。政治的な実績や政策の具体性よりも、「与党らしく見えるかどうか」というイメージが選挙結果を左右している側面も否定できない。 政界再編が進まない背景には、選挙制度の問題も大きく関わっている。1994年の選挙制度改革により導入された小選挙区比例代表並立制は、「大きな政党でなければ小選挙区では勝てない」という圧力を生み出した。その結果、1994年末には新進党という大規模野党が誕生したが、短期間で崩壊。その後の民主党政権も3年余りで終焉を迎えた。 現在、小選挙区制の下では、与党と野党第一党が連立を組むような大胆な再編は現実的ではない。実際、自民党と日本維新の会の連立合意文書には「中選挙区制の導入を含めた検討」が明記されており、国会の選挙制度協議会でも制度改革が議論されている。とりわけ現在超党派で議論されている「中選挙区連記制」は、1選挙区から複数人を選出し、有権者が複数候補に投票できる制度として注目を集めている。しかし、山本氏は、選挙制度改革には本来、明確な政治哲学が必要であるにもかかわらず、現状では各党が「自党に有利な制度」を求めているように見える点を問題視する。また、中選挙区連記制は、異なる政党の候補に投票する有権者が増えることで、政治の「個人化」を強め、かえって政党政治を弱体化させる可能性もあると指摘する。 衆院選の結果次第では、日本政治は再び「自民党一強体制」に回帰し、政界再編の機運は大きく後退する可能性が高い。しかし、政党の内実と有権者の政治意識のズレ、野党の統合力の弱さ、そして選挙制度という構造的制約が解消されない限り、「政権交代が起こらない日本政治」は固定化していくことが避けられないだろう。 政権交代が起きない日本の政治の構造的な問題と政界再々編の可能性などについて、山本氏、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。また、番組終盤では、衆院選と同時に行われる最高裁判事の国民審査の争点と問題点にも触れた。後半はこちら→so45920680(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 36 0 0 2026/02/09(月) 12:00 詳細 会員無料 79:09 <ディスクロージャー&ディスカバリー>拙速な外国人政策に見る不透明な高市政権の政策決定過程と情報公開への影響 今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、高市早苗政権の政策決定過程、とりわけ外国人政策をめぐる不透明な意思決定過程とそれが情報公開に与える影響を検証した。 高市政権は発足以降、「国論を二分する大胆な政策転換」を掲げてきた。しかし、現時点で具体的な政策として明確に打ち出されているのは外国人政策のみである。しかもその内容は、「秩序ある共生社会の実現」という新たなスローガンの下、管理・取締りを重視する方向へ大きく舵を切ったものだ。 その政策に対して賛否はあるにせよ、それは高市政権の一つの考え方ではあるのだろう。しかし、問題はその決定プロセスだ。その政策を検討する有識者会議は、開催回数がわずか2回にとどまり、意見の集約が急がれた。さらに、意見書を取りまとめる過程でどのような議論が交わされ、どのような理由からある意見は採用され、ある意見は排除されたのかが、まったく外部からは検証できない。選挙向けの明快なメッセージと、不透明な政策形成過程との間に、大きな隔たりがあると言わざるを得ない。 意見集約の過程が公表されなければ、その政策はほとんどノーチェックのまま実行に移されることになる。政策決定の最終過程である閣議は、2014年以降、議事録作成が義務付けられているが、実態は正味10分程度で、閣僚が用意された書面に署名するだけの形式的な会合にとどまっている。閣僚間でどのような意見交換や対立があったのかはほとんど明らかにされていないし、現実的にはそこで議論が交わされるような建て付けにはなっていない。 記者会見も同様だ。質問内容は事前に調整され、突っ込んだやり取りが生じにくい構造になっている。結果として、政策が「誰の判断で、どのような理由で決まったのか」という基本的な情報が国民に共有されないまま、既成事実として提示されていくことになる。 外国人政策の見直しは、本来であれば経済界、自治体、教育・医療現場、外国人コミュニティなど、多様なステークホルダーの意見を踏まえて行われるべきテーマである。しかし今回の政策形成では、そうした幅広い意見聴取が十分に行われたとは言い難い。 スピード感を重視する政治判断は、一時的な支持を集めやすい一方で、政策の正当性や実効性を損なう危険をはらむ。現場の実態と乖離した制度は、後になって修正を余儀なくされ、結果的に社会的コストを増大させる可能性が高い。 政策決定過程が透明化されず、その過程が公文書として記録されていなければ、後に情報公開を求められても、開示すべき情報が揃っていないことになる。 政治には決断の速さも必要だが、民主政の下ではそれと同時に、いやそれ以上に「納得できるプロセス」と「歴史の検証に堪えうる透明な意思決定過程」が必要だ。透明性を欠いたままの改革は、いずれ社会の分断を深め、政策としても機能不全に陥る可能性が高い。選挙結果がどうなろうとも、国民は勝利した政党に全権を委任したわけではない。 高市首相のリーダーシップに期待する声が高いが、であればなおさら高市首相は政策の決定過程を透明化し、現在そして後世の有権者の検証に耐え得る妥当な政策を実行してほしい。外国人政策に見る高市政権の拙速な政策決定過程の問題点と情報公開との関係を、ジャーナリストの神保哲生と情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 6 0 0 2026/02/02(月) 12:00 詳細 会員無料 65:32 <マル激・前半>総選挙の争点「責任ある積極財政」で日本は30年ぶりの成長に転じることができるのか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト) 高市首相は1月23日、衆議院を解散し、1月27日公示・2月8日投開票の日程での総選挙に踏み切った。通常国会の冒頭での解散は60年ぶり、解散から投開票までわずか16日間という戦後最短の選挙期間となる。 この選挙の最大の争点は、高市政権の看板政策である「責任ある積極財政」の是非だ。選挙戦を前に、野党各党が大幅な消費減税を主張していることに加え、1月19日の記者会見で高市首相までが食品の消費税減税を打ち出したため、債券市場では財政悪化への懸念から日本国債が売られ、長期金利が上昇するなど、市場は早くも敏感な反応を示している。 財政をめぐる議論はこれまで、「緊縮財政」か「拡張財政」の二項対立で語られてきた。将来世代にツケを回さないためには財政規律を重視し支出を抑えるべきだとする立場と、景気刺激のためには積極的な財政出動が必要だとする立場の2つだ。実際に日本の政府債務残高の対GDP比が世界の中で群を抜いて高くなっているのも事実だ。 しかし永濱氏は、この二分法自体が実態を捉えていないと指摘し、本来あるべき選択肢はその中間に位置する「積極財政」だと説く。積極財政とは無制限に財政を拡張する「拡張財政」とは一線を画するもので、将来の経済成長につながる分野を慎重に選んだ上でそこに戦略的に投資し、国が方向性を示しながら民間投資を誘導していく考え方だと永濱氏は語る。 ところで高市首相が繰り返し強調する「責任ある積極財政」の「責任」とは何を指すのか。責任ある積極財政は政府の借金の絶対額を意識するのではなく、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げられる範囲で積極的に財政を投入することを意味していると永濱氏は説明する。 そこで鍵となるのが、経済成長率が国債の利子率を上回るかどうかだ。経済学ではこれを「ドーマー条件」と呼び、これが満たされていれば、名目上の借金が増えても財政の持続性は損なわれにくいとされている。永濱氏は、今後の財政運営において、この条件を冷静に見極める必要があると強調する。 これまでの日本は長期のデフレに苦しんできた。そのため、財政出動を行えば即座に財政が悪化するという制約意識が強く、政策の選択肢は厳しく制限されてきた。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに、現在の日本はインフレ局面に入っている。永濱氏によれば、インフレ下では名目GDPが拡大し、税収も増えやすい。その結果、債務残高を一定程度増やしながらでも、成長投資を行う余地が生まれるという。しかし、この「時間の窓」は未来永劫続くとは限らない。現実には今後およそ5年程度だと永濱氏は見ている。その間に成長分野への投資を積極的に進め、日本経済の体質を変えられるかどうかが勝負になる。 政府は投資対象となる成長分野を17挙げ、そこに積極的に投資を行うとしている。しかし、それで日本が再び成長できるのかという疑問は残る。過去30年、日本は数々の政策を打ち出してきたが、結果として成長率を押し上げることはできなかった。 それでも永濱氏が今回に限って楽観的な理由は、経済環境が明確に変わっているからだ。長いデフレ期を通じて国民の間には「財政出動=財政悪化」という感覚が根付いてしまったが、インフレ下では税収増というメカニズムが働くため、債務残高を一定程度増やしながらでも成長投資を行う余地が生まれる。 高市首相が掲げる「責任ある積極財政」とは何か。失われた30年を引きずる日本は、本当に成長できるのか。そしてこれ以上の財政出動を行って財政は本当に持つのか。 マル激トーク・オン・ディマンド第1294回では、「積極財政解散」で私たちが本当に理解しておくべきポイントについて、第一生命経済研究所首席エコノミストで高市政権の経済財政諮問会議の民間議員も務める永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、東京五輪汚職事件で1月22日、KADOKAWAの角川歴彦元会長が東京地裁から受けた有罪判決への疑問点についても議論した。後半はこちら→so45872036(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 31 0 0 2026/01/26(月) 12:00 詳細 会員無料 58:01 <マル激・後半>総選挙の争点「責任ある積極財政」で日本は30年ぶりの成長に転じることができるのか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト) 高市首相は1月23日、衆議院を解散し、1月27日公示・2月8日投開票の日程での総選挙に踏み切った。通常国会の冒頭での解散は60年ぶり、解散から投開票までわずか16日間という戦後最短の選挙期間となる。 この選挙の最大の争点は、高市政権の看板政策である「責任ある積極財政」の是非だ。選挙戦を前に、野党各党が大幅な消費減税を主張していることに加え、1月19日の記者会見で高市首相までが食品の消費税減税を打ち出したため、債券市場では財政悪化への懸念から日本国債が売られ、長期金利が上昇するなど、市場は早くも敏感な反応を示している。 財政をめぐる議論はこれまで、「緊縮財政」か「拡張財政」の二項対立で語られてきた。将来世代にツケを回さないためには財政規律を重視し支出を抑えるべきだとする立場と、景気刺激のためには積極的な財政出動が必要だとする立場の2つだ。実際に日本の政府債務残高の対GDP比が世界の中で群を抜いて高くなっているのも事実だ。 しかし永濱氏は、この二分法自体が実態を捉えていないと指摘し、本来あるべき選択肢はその中間に位置する「積極財政」だと説く。積極財政とは無制限に財政を拡張する「拡張財政」とは一線を画するもので、将来の経済成長につながる分野を慎重に選んだ上でそこに戦略的に投資し、国が方向性を示しながら民間投資を誘導していく考え方だと永濱氏は語る。 ところで高市首相が繰り返し強調する「責任ある積極財政」の「責任」とは何を指すのか。責任ある積極財政は政府の借金の絶対額を意識するのではなく、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げられる範囲で積極的に財政を投入することを意味していると永濱氏は説明する。 そこで鍵となるのが、経済成長率が国債の利子率を上回るかどうかだ。経済学ではこれを「ドーマー条件」と呼び、これが満たされていれば、名目上の借金が増えても財政の持続性は損なわれにくいとされている。永濱氏は、今後の財政運営において、この条件を冷静に見極める必要があると強調する。 これまでの日本は長期のデフレに苦しんできた。そのため、財政出動を行えば即座に財政が悪化するという制約意識が強く、政策の選択肢は厳しく制限されてきた。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに、現在の日本はインフレ局面に入っている。永濱氏によれば、インフレ下では名目GDPが拡大し、税収も増えやすい。その結果、債務残高を一定程度増やしながらでも、成長投資を行う余地が生まれるという。しかし、この「時間の窓」は未来永劫続くとは限らない。現実には今後およそ5年程度だと永濱氏は見ている。その間に成長分野への投資を積極的に進め、日本経済の体質を変えられるかどうかが勝負になる。 政府は投資対象となる成長分野を17挙げ、そこに積極的に投資を行うとしている。しかし、それで日本が再び成長できるのかという疑問は残る。過去30年、日本は数々の政策を打ち出してきたが、結果として成長率を押し上げることはできなかった。 それでも永濱氏が今回に限って楽観的な理由は、経済環境が明確に変わっているからだ。長いデフレ期を通じて国民の間には「財政出動=財政悪化」という感覚が根付いてしまったが、インフレ下では税収増というメカニズムが働くため、債務残高を一定程度増やしながらでも成長投資を行う余地が生まれる。 高市首相が掲げる「責任ある積極財政」とは何か。失われた30年を引きずる日本は、本当に成長できるのか。そしてこれ以上の財政出動を行って財政は本当に持つのか。 マル激トーク・オン・ディマンド第1294回では、「積極財政解散」で私たちが本当に理解しておくべきポイントについて、第一生命経済研究所首席エコノミストで高市政権の経済財政諮問会議の民間議員も務める永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお番組の冒頭では、東京五輪汚職事件で1月22日、KADOKAWAの角川歴彦元会長が東京地裁から受けた有罪判決への疑問点についても議論した。前半はこちら→so45872495(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 17 0 0 2026/01/26(月) 12:00 詳細 会員無料 70:11 <マル激・後半>2026年、19世紀に回帰するアメリカによる戦後世界秩序の本格的な解体が始まった/渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授) ドンロー主義を標榜するアメリカは、本気で19世紀への回帰を始めたようだ。 2026年の国際情勢は、年初から決定的な転換点を迎えた。アメリカによるベネズエラへの空爆とニコラス・マドゥーロ大統領の拘束は、冷戦後に形成されてきた「法による支配」という国際秩序の大前提を根底から揺るがす出来事だった。もはや「例外的事件」として処理できる段階は過ぎつつある。世界は、構造的な変化の局面に入りつつある。 アメリカ政府は、マドゥーロ大統領夫妻を麻薬テロおよびコカイン密輸共謀などの罪で起訴することで、宣戦布告なしの軍事行動を正当化している。しかし、刑事司法と軍事力を結合させた今回の措置は、主権国家に対する武力介入として極めて異例なもので、その目的が犯罪対策に限定されると考えるのは困難だ。 実際、トランプ大統領は、ベネズエラの石油資源管理への関与を通じて同国の経済再建を主導し、アメリカの戦略的利益を拡大する構想を公然と示している。世界最大級の確認原油埋蔵量を有し、反米政権の下で中国やロシアと密接な関係にあるベネズエラは、アメリカにとって地政学的・資源戦略的にきわめて重要な位置を占める。今回の軍事介入は、資源を基軸とした勢力圏再編の一環として理解すべきだろう。 象徴的なのは、トランプがこの一連の政策を「ドンロー主義」と呼んだ点である。1823年にアメリカ第5代大統領のジェームス・モンローが打ち出したモンロー主義は、当初は西半球に対する欧州列強の介入を拒否することを主眼としたものだったが、その後、アメリカ自身の地域的優越を正当化する思想へと変遷していった経緯がある。トランプ大統領がモンロー主義に自身の名前を重ね合わせた「ドンロー主義」は、その歴史的論理を露骨な形で現代に持ち込むもので、「西半球における米国の優位性回復」という主張は、勢力圏政治の明示的な復活を意味する。 しかし、トランプのドンロー主義はどうやら西半球にはとどまらなそうだ。同様の力学が中東にも及んでいるからだ。2025年末にイランで発生した反体制デモは、短期間で全土に拡大した。トランプ大統領はこれを繰り返し支持し、政権交代を促す姿勢を隠していない。今回のデモでは、1979年のイスラム原理主義革命以前のパーレビ王政の復活を求めるスローガンまでが登場し、元国王の息子でアメリカに亡命中のレザー・パーレビ氏も帰国の可能性に言及し始めている。全土でデモを起こすことで反米政権を転覆させた上で親米政権を樹立する政治工作は、アメリカのCIAが最も得意とする手法であり、今回も外部勢力が体制転換を後押しする典型的な「介入の政治」を想起させる。 慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏は、こうした動きを、これまでアメリカが護ってきた「力による現状変更を否定する」という国際秩序の規範を、アメリカ自身が解体しつつある過程と位置づける。ドンロー主義の登場によって、戦後秩序を支えてきた「西側」という理念的枠組みは空洞化し、19世紀的な勢力圏思考が前面に出てきているという。 新年早々トランプ政権が発表した60を超える国際制度からの離脱も、この流れを象徴するものだ。2026年1月7日、トランプは国連機関や国際機関、国際条約など計66件からの脱退を指示する大統領令に署名した。国連気候変動枠組条約を含むこれらの枠組みは、戦後秩序を制度的に支えてきた中核であり、その放棄は単なる一時的な内向き志向では済まされない。 アメリカを中心とする法の支配と国際協調を媒介とした第2次世界大戦後の国際秩序を、アメリカが先導して破壊し始めている。その結果、国際社会は、力と資源、地理的優位によって秩序が編成される19世紀型の世界へと引き戻されつつある。 なぜアメリカは秩序の破壊者となることを選んだのか。この流れはトランプ政権が終わった後も続くものなのか。世界はアメリカ抜きで現在の秩序を守ることができるのか。そうした状況の下で、戦後の国際秩序の恩恵の最大の受益者の1つだった日本はどう立ち回るべきなのか。渡辺氏とともに、神保哲生と宮台真司がアメリカ発の秩序変動が持つ歴史的・思想的含意を徹底的に検証した。前半はこちら→so45847762(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 21 0 0 2026/01/19(月) 12:00 詳細 会員無料 63:54 <マル激・前半>2026年、19世紀に回帰するアメリカによる戦後世界秩序の本格的な解体が始まった/渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授) ドンロー主義を標榜するアメリカは、本気で19世紀への回帰を始めたようだ。 2026年の国際情勢は、年初から決定的な転換点を迎えた。アメリカによるベネズエラへの空爆とニコラス・マドゥーロ大統領の拘束は、冷戦後に形成されてきた「法による支配」という国際秩序の大前提を根底から揺るがす出来事だった。もはや「例外的事件」として処理できる段階は過ぎつつある。世界は、構造的な変化の局面に入りつつある。 アメリカ政府は、マドゥーロ大統領夫妻を麻薬テロおよびコカイン密輸共謀などの罪で起訴することで、宣戦布告なしの軍事行動を正当化している。しかし、刑事司法と軍事力を結合させた今回の措置は、主権国家に対する武力介入として極めて異例なもので、その目的が犯罪対策に限定されると考えるのは困難だ。 実際、トランプ大統領は、ベネズエラの石油資源管理への関与を通じて同国の経済再建を主導し、アメリカの戦略的利益を拡大する構想を公然と示している。世界最大級の確認原油埋蔵量を有し、反米政権の下で中国やロシアと密接な関係にあるベネズエラは、アメリカにとって地政学的・資源戦略的にきわめて重要な位置を占める。今回の軍事介入は、資源を基軸とした勢力圏再編の一環として理解すべきだろう。 象徴的なのは、トランプがこの一連の政策を「ドンロー主義」と呼んだ点である。1823年にアメリカ第5代大統領のジェームス・モンローが打ち出したモンロー主義は、当初は西半球に対する欧州列強の介入を拒否することを主眼としたものだったが、その後、アメリカ自身の地域的優越を正当化する思想へと変遷していった経緯がある。トランプ大統領がモンロー主義に自身の名前を重ね合わせた「ドンロー主義」は、その歴史的論理を露骨な形で現代に持ち込むもので、「西半球における米国の優位性回復」という主張は、勢力圏政治の明示的な復活を意味する。 しかし、トランプのドンロー主義はどうやら西半球にはとどまらなそうだ。同様の力学が中東にも及んでいるからだ。2025年末にイランで発生した反体制デモは、短期間で全土に拡大した。トランプ大統領はこれを繰り返し支持し、政権交代を促す姿勢を隠していない。今回のデモでは、1979年のイスラム原理主義革命以前のパーレビ王政の復活を求めるスローガンまでが登場し、元国王の息子でアメリカに亡命中のレザー・パーレビ氏も帰国の可能性に言及し始めている。全土でデモを起こすことで反米政権を転覆させた上で親米政権を樹立する政治工作は、アメリカのCIAが最も得意とする手法であり、今回も外部勢力が体制転換を後押しする典型的な「介入の政治」を想起させる。 慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏は、こうした動きを、これまでアメリカが護ってきた「力による現状変更を否定する」という国際秩序の規範を、アメリカ自身が解体しつつある過程と位置づける。ドンロー主義の登場によって、戦後秩序を支えてきた「西側」という理念的枠組みは空洞化し、19世紀的な勢力圏思考が前面に出てきているという。 新年早々トランプ政権が発表した60を超える国際制度からの離脱も、この流れを象徴するものだ。2026年1月7日、トランプは国連機関や国際機関、国際条約など計66件からの脱退を指示する大統領令に署名した。国連気候変動枠組条約を含むこれらの枠組みは、戦後秩序を制度的に支えてきた中核であり、その放棄は単なる一時的な内向き志向では済まされない。 アメリカを中心とする法の支配と国際協調を媒介とした第2次世界大戦後の国際秩序を、アメリカが先導して破壊し始めている。その結果、国際社会は、力と資源、地理的優位によって秩序が編成される19世紀型の世界へと引き戻されつつある。 なぜアメリカは秩序の破壊者となることを選んだのか。この流れはトランプ政権が終わった後も続くものなのか。世界はアメリカ抜きで現在の秩序を守ることができるのか。そうした状況の下で、戦後の国際秩序の恩恵の最大の受益者の1つだった日本はどう立ち回るべきなのか。渡辺氏とともに、神保哲生と宮台真司がアメリカ発の秩序変動が持つ歴史的・思想的含意を徹底的に検証した。後半はこちら→so45847806(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 31 0 0 2026/01/19(月) 12:00 詳細 会員無料 65:23 <セーブアース>気候変動による雪不足で危ぶまれる冬季五輪/高田翔太郎氏(Protect Our Winters Japan 事務局長) ここにも地球温暖化が暗い影を落としている。 来月2月6日から、イタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォを舞台に開催される冬季五輪の舞台裏で今、深刻な「雪不足」が大きな影を落としている。 前回の北京大会では、競技会場のほぼ100%を人工雪に頼るという異例の事態となったが、今回のイタリア大会も同様の状況に陥ることが避けられそうにない。気候変動による雪の減少は確実に進行しており、ウィンタースポーツの前提条件そのものが揺らぎ始めている。 「雪不足」という言葉からは、単純に積雪量が減ることをイメージするかもしれないが、高田氏は、降雪量の減少と同時に進行している「ドカ雪」のリスクを指摘する。 気温上昇によって海水の蒸発が進み大気中の水分量が増加することで、寒気が残る地域では短時間に集中して大量の雪が降る現象が起きやすくなっているからだ。一定のペースで積もる雪であれば除雪や管理も対応可能だが、突発的な豪雪はスキー場の運営を麻痺させ、交通網の寸断や雪崩などの災害リスクをも高めることになる。「雪が減る」という長期トレンドの中で、「雪による被害」はむしろ激甚化しかねないというパラドックスが起きているのだ。 日本でも積雪量が長期的に減少傾向にあることは、気象庁のデータで明らかになっている。特に西日本や標高の低い地域のスキー場では、営業期間の短縮や閉鎖が相次いでいる。 日本が世界に誇るパウダースノーは、海外の愛好家から「JAPOW(ジャパウ)」と呼ばれ、北海道や長野には多くのインバウンド観光客が訪れてきた。しかし、雪が降らなければスキー場は営業できず、それに依存する宿泊施設、飲食店、交通機関など、地域経済全体が立ち行かなくなる。雪という「資源」を失うことは、単なるスポーツやレジャーの問題にとどまらず、日本の観光立国としての魅力そのものを損なう国家的損失にもつながる話なのだ。 こうした危機感の中で生まれたのが、POW(Protect Our Winters)だ。2007年、世界的スノーボーダーであるジェレミー・ジョーンズ氏がアメリカで立ち上げたこの団体は、「冬を守る」ことを合言葉に、ウィンタースポーツに関わる人々が気候変動に対して行動を起こすプラットフォームとして機能してきた。 日本でも2019年にPOW Japanが本格活動を始め、高田氏は立ち上げ当初から事務局長として活動を牽引してきた。POWの特徴は、政府やトップダウンの政策だけに頼るのではなく、地域コミュニティや「滑り手」たちが主体となって動く点にある。スキー場やアウトドア企業と連携して再生可能エネルギーへの転換を促したり、観光客がリフト券の購入などを通じて自然保全に参加できる仕組みを作ったりと、ユニークな取り組みを展開している。 雪国で生まれ育ち、30年近くスノーボードを続けてきた高田氏自身、毎年のように雪質の変化やシーズンの短縮を肌で感じているという。「このままでは、次の世代が雪遊びすらできなくなるかもしれない」。科学的データと現場での実感が重なり合ったその危機感が、活動の原動力だ。 雪をめぐる問題は、気候変動の影響が最も可視化されやすい象徴的なテーマだ。豊かな冬を守ることは、地域の暮らしや文化、そして未来の選択肢を守ることにもつながる。個人や地域が連帯し、社会を変える大きな「うねり」をどう生み出していくのか。 今回の「セーブアース」では、雪とウィンタースポーツを切り口に気候変動問題に取り組む、一般社団法人Protect Our Winters Japan(POW Japan)事務局長の高田翔太郎氏をゲストに迎え、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希と共に、雪の現場で起きている異変と、未来を変えるためのアクションについて議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2026/01/18(日) 12:00 詳細 会員無料 64:20 <マル激・前半>日本の教育を地方から変える/鈴木大裕氏(高知県土佐町議会議員) 日本は地方からしか変わらないのではないか。その問いを教育の場で実践している1人の研究者がいる。日本の教育を改革するとの強い信念から、それを実践するために高知県の小さな町に移り住み活動を続ける鈴木大裕氏だ。人口3,500人の高知県土佐町で、現在は町議会議員を務める鈴木大裕氏は、アメリカの大学や大学院で教育学を学んだ後、それまで住んでいたニューヨークから土佐町に家族で移住。子育てをしながら町の教育体制をよりよくするための活動に奔走している。現在の町長が掲げた「教育で町おこし」という言葉に惹かれたからだという。昨年度、日本の不登校の児童生徒数は35万人を超えた。精神疾患による教員の病気休職者も7,000人にのぼる。長時間労働や多忙な業務などが嫌がられ、教員の志望者は年々減り続けている。昨年9月のマル激(マル激トーク・オン・ディマンド第1276回(2025年9月20日公開)「現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない」ゲスト:植田健男・名古屋大学名誉教授)で取り上げたように、教育内容を一元的に管理しようとする現行の学習指導要領の下では、現場の負担が増えるだけで教育が疲弊していくことが懸念されるなど、日本の教育の問題は根深い。『崩壊する日本の公教育』の著者でもある鈴木氏は、こうした問題に警告を鳴らし続けてきた教育研究者でもある。優良と呼ばれる高校や大学を出て安定した企業への就職を目指すことを至上目的としたこれまでの日本の教育ではユニークな存在になることができないと考え、アメリカの高校への留学を決断した鈴木氏は、そこで出会ったアメリカの全人格的なエリート教育に憧れを覚えたという。その後、日本で中学教師を務めた後、新自由主義的なアメリカの教育改革を学びたいと再渡米、そこではじめて公教育をビジネスに変えたアメリカの負の部分が見えてきたと語る。アメリカの教育改革による市場型の学校選択制は、全国一斉のテストの結果で評価され、塾のような学校を生み出す。富裕層は数多ある学校の中から希望校を選ぶことができるが、日々の生活にも困窮する低所得層にその余裕はない。児童生徒はお客様扱いとなり「よい生徒」の奪い合いが起こる中、ますます学校の序列化がすすむ。テストの点数があたかも「通貨」のように選択の基準となり、学校の評価となっていたと語る鈴木氏は、日本もそのあとを追っていることを強く危惧していたという。新自由主義的な教育改革に対抗する発想は、都市部ではなく地方からしか生まれないのではないかと考えていた鈴木氏は、10年前に高知県の土佐町に移り住み、町に1つしかない小中学校で公教育の意義を町の人たちと考えてきた。2019年に町議会議員になってからは全教職員との意見交換会を開くなど、小さな町ならではの活動を続けている。そもそも教育は上からの押し付けではなく、それぞれの地域の特色を活かして行われるべきもので、そのために教育委員会制度というものがある。現在は教育長が首長の任命になっているが、地域の教育方針を議論し決定する教育委員会は元来、教育委員の合議制となっている。その地域にとってよりよい教育とはどうあるべきか、豊かな人間性と創造性を備えた子どもたちの育成のために地域は何ができるか、土佐町にはまだまだ可能性があると鈴木氏は胸を張る。公教育とは何か、地方からしか教育は変えられないという信念のもと活動を続ける鈴木大裕氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so45821241(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 13 0 0 2026/01/12(月) 12:00 詳細 会員無料 47:51 <マル激・前半>日本の教育を地方から変える/鈴木大裕氏(高知県土佐町議会議員) 日本は地方からしか変わらないのではないか。その問いを教育の場で実践している1人の研究者がいる。日本の教育を改革するとの強い信念から、それを実践するために高知県の小さな町に移り住み活動を続ける鈴木大裕氏だ。 人口3,500人の高知県土佐町で、現在は町議会議員を務める鈴木大裕氏は、アメリカの大学や大学院で教育学を学んだ後、それまで住んでいたニューヨークから土佐町に家族で移住。子育てをしながら町の教育体制をよりよくするための活動に奔走している。現在の町長が掲げた「教育で町おこし」という言葉に惹かれたからだという。 昨年度、日本の不登校の児童生徒数は35万人を超えた。精神疾患による教員の病気休職者も7,000人にのぼる。長時間労働や多忙な業務などが嫌がられ、教員の志望者は年々減り続けている。昨年9月のマル激(マル激トーク・オン・ディマンド第1276回(2025年9月20日公開)「現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない」ゲスト:植田健男・名古屋大学名誉教授)で取り上げたように、教育内容を一元的に管理しようとする現行の学習指導要領の下では、現場の負担が増えるだけで教育が疲弊していくことが懸念されるなど、日本の教育の問題は根深い。『崩壊する日本の公教育』の著者でもある鈴木氏は、こうした問題に警告を鳴らし続けてきた教育研究者でもある。 優良と呼ばれる高校や大学を出て安定した企業への就職を目指すことを至上目的としたこれまでの日本の教育ではユニークな存在になることができないと考え、アメリカの高校への留学を決断した鈴木氏は、そこで出会ったアメリカの全人格的なエリート教育に憧れを覚えたという。その後、日本で中学教師を務めた後、新自由主義的なアメリカの教育改革を学びたいと再渡米、そこではじめて公教育をビジネスに変えたアメリカの負の部分が見えてきたと語る。 アメリカの教育改革による市場型の学校選択制は、全国一斉のテストの結果で評価され、塾のような学校を生み出す。富裕層は数多ある学校の中から希望校を選ぶことができるが、日々の生活にも困窮する低所得層にその余裕はない。児童生徒はお客様扱いとなり「よい生徒」の奪い合いが起こる中、ますます学校の序列化がすすむ。テストの点数があたかも「通貨」のように選択の基準となり、学校の評価となっていたと語る鈴木氏は、日本もそのあとを追っていることを強く危惧していたという。 新自由主義的な教育改革に対抗する発想は、都市部ではなく地方からしか生まれないのではないかと考えていた鈴木氏は、10年前に高知県の土佐町に移り住み、町に1つしかない小中学校で公教育の意義を町の人たちと考えてきた。2019年に町議会議員になってからは全教職員との意見交換会を開くなど、小さな町ならではの活動を続けている。 そもそも教育は上からの押し付けではなく、それぞれの地域の特色を活かして行われるべきもので、そのために教育委員会制度というものがある。現在は教育長が首長の任命になっているが、地域の教育方針を議論し決定する教育委員会は元来、教育委員の合議制となっている。その地域にとってよりよい教育とはどうあるべきか、豊かな人間性と創造性を備えた子どもたちの育成のために地域は何ができるか、土佐町にはまだまだ可能性があると鈴木氏は胸を張る。 公教育とは何か、地方からしか教育は変えられないという信念のもと活動を続ける鈴木大裕氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so45821463(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 16 0 0 2026/01/12(月) 12:00 詳細 会員無料 35:42 <マル激・後半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so45799547(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 17 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 69:37 <マル激・前半>2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える/御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センターフェロー) 2026年正月、今日本はどこにいて、これからどこへ向かうのか。近現代日本政治史研究の第一人者の御厨貴氏と考えた。 2度の国政選挙を経て昨年、自民党は衆参両院で過半数を割り少数与党に転落した。自民党が過半数を割るのは初めてではないが、今回の連敗はこれまでとは意味が違うと東京大学の御厨貴名誉教授は語る。なぜならば、これは一過性のものではなく、いよいよ自民党統治の終焉を意味している可能性が高いからだ。 1955年の保守合同による自民党結党以降、第2次大戦で焼け野原となった日本は高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。しかし、その成功体験の呪縛によって、今や日本全体が身動きが取れなくなっている。特に戦後政治を長く担ってきた自民党は、これまで党の権力基盤を支えてきたあらゆる国内外の情勢が変わっているのに、まったくその変化に適応できていない。しかもより深刻なことに、自民党議員の多くはそれが自覚できていないように見える。 結果的に自民党は2度の国政選挙惨敗の原因となった政治とカネ問題の抜本的な改革にも手を付けられないし、経済政策も古色蒼然としたバラマキで乗り切ろうとしている。それで乗り切れると思っているところが自民党の末期症状たる所以なのだ。 しかし、両院で過半数を割ったにもかかわらず自民党は下野せず、今も政権にとどまっている。野党陣営には力を結集させて政権を奪取する気概すらない。劣化と衰退を繰り返してきた日本の政治は、今や政権交代の活力さえ失ってしまった。 戦後の日本は急激な人口増加や、圧倒的なアメリカの軍事力に依存することで軽微な防衛負担で許されるなど、戦後の冷戦体制の恩恵を最大限に享受してきた。自民党の優れた統治能力とか、優秀な霞ヶ関官僚による政策立案のおかげで戦後の高度経済成長が実現したかのような言説が根強く残るが、実際は誰がやっても失敗のしようがないほど、戦後の国内外の情勢は日本にとって有利なものだった。ところが冷戦が終わり1990年代に入ると、相対的に国力が低下し始めたアメリカがより大きな軍事負担を日本に求めるようになると同時に、90年代半ばには日本の生産年齢人口が初めて減少に転じるなど、「エコノミックミラクル」が前提としていた好条件が一気に崩れてしまった。 にもかかわらず、自民党は新たな状況への対応能力を持たず、優秀と言われた霞ヶ関官僚も前例主義を繰り返すばかりだった。結果的に日本は30年にもわたり経済が停滞してしまった。いわゆる「失われた30年」だ。 御厨氏は、人口減少が避けられない中で成長モデルを掲げ続けること自体が問題だと指摘する。かつては国の政治と個人の生活がたまたま連動し、政治により生活が豊かになる実感があったが、もはや同じ発想では立ち行かない。これからは積極的に移民を受け入れて労働力の減少に歯止めを掛けるか、それが嫌なら低成長を前提とする成熟経済路線を採用するかのいずれかを選択しなければならない。しかし、自民党はその選択ができない宿痾を抱えているように見える。 番組の後半では、皇位継承問題についても議論した。天皇の生前退位をめぐる有識者会議で座長代理を務めた御厨氏は、これまでとても無理だと考えられていた生前退位が現上皇の強い意志で実現したことによって、「皇室制度は変え得るものだ」という空気感が有識者の間で広がっていると指摘する。その結果、旧宮家の復活なども現実味を増してきていると語る。 皇位継承問題は日本にとっては喫緊の課題だ。御厨氏は、万が一何らかの理由で天皇が空位となった場合、日本国憲法が機能しなくなることをどれだけの人が真剣に考えているだろうかと問う。天皇がいなければ国会は招集も解散もできず、法律を公布することもできない。ではその時、日本国憲法を停止するのか。停止する場合、誰がその権限を持っているのか。いずれにしても、この議論から逃げ続けることはできないと御厨氏は言う。 今日本はどこにいて、ここからどこへ向かっていくのか。2026年年初に、日本の現在地と針路について、御厨貴氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so45799549(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 44 0 0 2026/01/05(月) 12:00 詳細 会員無料 50:00 <マル激・後半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。前半はこちら→so45771201(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 30 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 51:40 <マル激・前半>希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること 今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。 2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。 日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。 かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。 今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。 こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。 しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。 政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。後半はこちら→so45771286(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 28 0 0 2025/12/29(月) 12:00 詳細 会員無料 86:26 <ディスクロージャー&ディスカバリー>憲法で公開裁判が定められているのに被害者にすら訴訟記録が公開されない日本の司法の後進性を嘆く 日本で裁判は公開とすることが憲法で定められている。しかし、その公開はあくまで裁判の一般傍聴を可能にするという意味に矮小化され、実際の裁判は公開とはほど遠い状態にある。今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、横浜市内で起きた交通死亡事故をめぐる訴訟記録コピー拒否の事例を入口に、日本の司法制度が抱える深刻な情報非公開の問題を検証した。 事件は横浜で発生した交通死亡事故だ。刑事裁判では被告人の責任が問われ、裁判の過程で事故当時の状況を記録したドライブレコーダー映像が証拠として採用された。被害者遺族は刑事裁判とは別に民事で損害賠償請求を行うため、その訴訟記録のコピーを裁判所に求めた。事故の瞬間を直接映した映像は、過失割合や事故態様を立証するうえで極めて重要な資料になるからだ。 ところが、横浜地裁はこの請求を拒否した。当初、理由として示されたのは「コピーする装置がない」という説明だった。しかしその後、理由は「説明しない」に変更され、最終的にコピー拒否の具体的な根拠は示されないままとなった。映像は刑事裁判で証拠採用されており、閲覧自体は可能とされている。それにもかかわらず、「コピー」だけが認められない。しかも裁判所は非公開の理由を説明しなくてもいいことになっているのだ。 閲覧とコピーの違いは決定的だ。閲覧しただけでは、記録を民事裁判の証拠として提出できない。目撃証言に頼るしかなく、事実認定の客観性は大きく損なわれる。被害者遺族が真相を知り、正当な賠償を求めるための道は、制度によって事実上閉ざされている。 刑事裁判と比較して民事裁判では被害者や訴訟関係者に対して比較的広く閲覧が認められている一方、コピーは原則として制限されている。刑事事件ではさらに厳しく、確定後の記録は「刑事確定訴訟記録法」に基づいて閲覧のみが規定され、コピーは法律上想定されていない。法務省の内部規定では、閲覧を認めた場合にコピーも可能とされているが、実際に刑事事件でコピーが認められた例はほとんどないという。 誰が、何の基準に基づき、何を理由に拒否できるのかが明示されていない。その結果、犯罪被害者や遺族でさえ、なぜ自分たちが記録を入手できないのか分からないまま時間だけが過ぎていく。結果的にドライブレコーダーのコピー拒否から半年近く経っても、肝心の映像は遺族の手に渡っていない。 あまり知られていないことだが、日本では1989年まで司法記者クラブに所属する大手報道機関の記者以外には、法廷内でのメモ取りすら認められていなかった。驚いたことに筆記用具の持ち込みが禁止されていたのだ。アメリカ人法律家のローレンス・レペタ氏が、裁判記録が公開されず法廷でのメモ取りさえもが認められていないことで、法律家としての研究機会が妨げられ、また市民社会が裁判内容を検証することが不可能になっているとして、国を相手取り損害賠償請求を起こした。そして最高裁まで争った結果、1989年に最高裁はレペタ氏の訴えを退けつつも、法廷のメモ取りくらいは認めなさいという温情判決を下した。 レペタ判決から36年。この判決によってメモ取りだけは許されることになったが、レペタ氏が問題にした学術研究や市民社会による監視は依然として事実上困難な状態が続いている。もちろん被害者や被害者家族が求める証拠開示もだ。 憲法82条が定める「公開裁判」とは、本来、市民が司法を検証できることを意味するはずだ。しかし現実には、裁判の中核となる記録は閉ざされ、研究者や市民社会はおろか、被害者ですらアクセスできない。今回の事例は、個別の不運ではなく、日本の司法制度が構造的に抱える問題を象徴している。このまま非公開が続けば、日本の司法制度自体が市民社会の信用を失いかねない。 そもそも訴訟記録は誰のためのものなのか。なぜ司法の情報公開はここまで遅れているのか。情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 6 0 0 2025/12/27(土) 12:00 詳細 会員無料 89:26 <セーブアース>たとえ茨の道でも気候危機に立ち向かう1.5度目標を堅持しなければならない/田村堅太郎氏(地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動ユニットリサーチディレクター) 地球を気候危機から救うための最後の防波堤とされる1.5度目標。これは地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えようという国際的な目標のことだ。しかし今やその実現は極めて困難な状況を迎えている。先月ブラジルで開かれたCOP30を受け、本番組では気候変動を巡る国際交渉の最前線を知る田村堅太郎氏を迎え、1.5度目標がなぜ難しいのか、その構造的要因を掘り下げた。 気候変動対策の国際枠組みは、1992年のリオサミットで採択された気候変動枠組条約に始まり、1997年の京都議定書、そして2015年のパリ協定へと、国際社会は制度を進化させてきた。しかし田村氏は、「枠組みは変わっても排出量は減っていない」という厳しい現実を指摘する。実際、パリ協定採択から10年を迎える今も、世界の温室効果ガス排出は過去最高水準に近い状態が続いている。 そもそも1.5度目標は、当初から達成が容易なものではなかった。パリ協定では「2度より十分低く抑える」ことを基本目標としつつ、海面上昇によって存立が脅かされる島嶼国などの強い要請を受け、努力目標として1.5度が盛り込まれた。その後、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書によって、1.5度と2度の差がもたらす影響の大きさが明らかになり、国際社会の軸足は次第に1.5度へと移っていった。 だが問題は、目標と現実の「排出ギャップ」だ。各国が掲げる削減目標と、1.5度に整合する排出削減経路との間には大きな隔たりがある。しかも現在の政策がすべて実行されたとしても、なお不十分だというのが科学の示す冷徹な現実だ。田村氏は、「目標を掲げるだけでなく、実際の行動を強化しなければならない」と強調する。 さらに今回のCOP30で焦点となったのが、「1.5度オーバーシュート」という考え方だ。短期的に1.5度を超えてしまうことを前提に、その超過幅と期間をできる限り小さく抑え、将来的に再び1.5度以下へ戻すための方策が問われるようになった。田村氏は、単年での気温上昇と長期トレンドを区別しつつも、「オーバーシュートが大きくなればなるほど、不可逆的な気候変動リスクが高まる」と警鐘を鳴らす。 議論は日本の立ち位置にも及ぶ。日本政府は2030年・35年目標や2050年ネットゼロを掲げているが、それが1.5度目標と本当に整合しているのかについて、田村氏は懐疑的だ。歴史的排出責任や経済力を考えれば、より踏み込んだ削減が求められるはずだが、国内議論は「何を失うか」というコスト論に偏りがちだ。 田村氏は、多国間交渉の限界を認めつつも、その重要性を否定しない。包摂性と正当性を担保するCOPの枠組みに加え、志を同じくする国や企業、自治体が枠外で先行的に取り組む「多元的アプローチ」が、1.5度目標に向けた現実的な道筋になると語った。 1.5度目標は放棄されたわけではない。しかし、その達成には、これまでとは次元の異なる政治的意思と社会変革が求められている。その厳しい現実を直視しつつ、なお残された選択肢とは何かを、田村氏と環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。) 5 0 0 2025/12/26(金) 12:00 詳細 前へ 1 2 次へ