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会員無料 36:27
詳細<マル激・後半>ナチスを克服したはずのドイツで極右が第1党になる理由/板橋拓己氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
2026年9月、ドイツ政治に激震が走った。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、旧東ドイツ地域で行われた2つの州議会選挙で大躍進を遂げたのだ。9月6日のザクセン・アンハルト州では43.8%、9月20日のメクレンブルク・フォアポンメルン州では38.2%(前回16.7%)の得票率で、AfDはいずれも第1党となった。 一方、メルケル元首相やメルツ現首相が所属する中道保守の「キリスト教民主同盟(CDU)」は2州とも大敗した。特にメクレンブルク・フォアポンメルン州では、得票率が4.9%と議席獲得に必要な5%に届かず、州議会の議席をすべて失うという歴史的惨敗となった。連邦レベルでも、今年5月頃から世論調査でAfDがCDUを上回り続けている。 ナチスの過去を持つドイツでは極右は長くタブー視され、主要政党は極右との連立や協力を拒む「防火壁」を守ってきた。そのためAfDは単独過半数を取らない限り政権を握れない。しかしザクセン・アンハルト州では、すでに初のAfD出身の州議会議長が誕生し、12月にはAfDの州首相が生まれる可能性が高まっている。今後の焦点は、政策的にAfDに近いCDUが防火壁を守り続けられるかに移りつつある。 なぜ旧東ドイツの人々は、こんなにもAfDに傾倒するのか。近現代ドイツ政治外交史が専門の板橋拓己氏は、旧東ドイツ地域住民の構造的な怒りや恨み、剥奪感が背景にあると分析する。 1990年の東西ドイツ統一は、東のドイツ民主共和国が西のドイツ連邦共和国に編入される形で行われ、西の行政・経済システムや基本法がそのまま東に持ち込まれた。「対等な統合」とは程遠い、事実上の吸収合併だった。統一の瞬間に東のエリート層はごっそり入れ替わり、以来、行政や企業、大学の幹部の多くを西側出身者が占める構造が続いている。 統一から30年以上が経った今も、東西格差は埋まらない。州ごとの平均賃金でも、全16州のうち上位10州は3位の首都ベルリンを除いてすべて旧西ドイツの州だ。経済格差以上に深刻なのが心理的な傷で、旧東の住民の多くは自らを「二級市民」のように感じ、自分たちの一票で政治が変わるという感覚も西側より著しく低い。そこに、63歳からの満額年金受給を見直すメルツ政権の年金改革が追い打ちをかけた。若い頃から働き始めた人が多い旧東では、これが「西による東いじめ」と受け止められたのだ。 こうしたルサンチマンをすくい上げたのが、AfDの巧みな地域密着型の選挙戦術だった。地方の隅々まで足を運び、ビールやソーセージを振る舞う「家族祭」や旧東独製スクーター「シムソン」の集いを開いて、かつての共同体へのノスタルジーと「東の誇り」を刺激した。SNSでは笑顔の発信に徹し、批判的な既存メディアの報道さえネタにして返した。社会保障への不安を外国人問題にすり替える二分法も功を奏し、外国人比率が6%程度とドイツでも最も低い地域の1つであるザクセン・アンハルト州で、外国人問題が最大の不安に挙がるほどだ。 一方、連邦政府や既存政党は、連帯税による巨額の財政移転やインフラ投資を行うなど旧東ドイツ地域は十分に支援してきたという自負があるため、東側住民の不満を十分に理解できず、CDUは旧東での地道な組織づくりも怠ってきた。この認識の齟齬が、有権者の既存政治への絶望をさらに深めていると板橋氏は語る。 ドイツの変動は欧州の安全保障にも重大な影響を与えかねない。親ロシア色の強いAfDは、ザクセン・アンハルト州議会で左派ポピュリスト政党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」と組み、ウクライナ支援の停止と対ロ経済制裁の解除を求める動議をすでに出している。ロシアに対抗するために軍拡を急ぐドイツが、やがて親ロ政党の手に渡る可能性すらあるのだ。 右派ポピュリズムの台頭は欧米全域で顕在化している。イタリアではメローニ首相率いる「イタリアの同胞」が22年から政権を握り、フランスでは27年の大統領選に向けた世論調査で「国民連合」のルペン氏が首位に立つ。オランダでは「自由党」が一時連立政権の中核を担い、フィンランドでは「フィン人党」が政権入りし、オーストリアでは「自由党」が第1党となった。アメリカでもトランプ大統領率いるMAGA派の声が大統領選や連邦議会選挙の結果を左右するまでになっている。日本でも「日本人ファースト」を掲げた参政党が議席を増やした。板橋氏は、日本では欧米ほどリベラル化が進まなかったぶん反動も起きにくかったと見るが、民主主義の危機が対岸の火事でないことに変わりはない。 一方、9月20日のベルリン市議会選挙では、AfDも議席を伸ばしたものの、トルコ系のエリフ・エラルプ氏を筆頭候補に家賃問題などを訴えた「左派党」が第1党となった。人々の不満の受け皿は、必ずしも右派である必要はないのだ。 ベルリンの壁崩壊から37年。年々分厚くなっているようにも見える人々の「心の壁」を崩すには、ポピュリストが示す単純な二分法や耳触りの良いパッケージに対抗し、政策パッケージをいったん解きほぐして、生活世界のリアリティに根ざしたポリシーパッケージを再構築することが不可欠だ。ナチスの過去を反省し克服を目指してきたはずのドイツで起きた政治的地殻変動の背景と、近代民主主義が直面する限界について、ドイツ政治の第一人者である板橋拓己氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46908736(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/10/12(月) 12:00
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会員無料 63:42
詳細<マル激・前半>ナチスを克服したはずのドイツで極右が第1党になる理由/板橋拓己氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
2026年9月、ドイツ政治に激震が走った。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、旧東ドイツ地域で行われた2つの州議会選挙で大躍進を遂げたのだ。9月6日のザクセン・アンハルト州では43.8%、9月20日のメクレンブルク・フォアポンメルン州では38.2%(前回16.7%)の得票率で、AfDはいずれも第1党となった。 一方、メルケル元首相やメルツ現首相が所属する中道保守の「キリスト教民主同盟(CDU)」は2州とも大敗した。特にメクレンブルク・フォアポンメルン州では、得票率が4.9%と議席獲得に必要な5%に届かず、州議会の議席をすべて失うという歴史的惨敗となった。連邦レベルでも、今年5月頃から世論調査でAfDがCDUを上回り続けている。 ナチスの過去を持つドイツでは極右は長くタブー視され、主要政党は極右との連立や協力を拒む「防火壁」を守ってきた。そのためAfDは単独過半数を取らない限り政権を握れない。しかしザクセン・アンハルト州では、すでに初のAfD出身の州議会議長が誕生し、12月にはAfDの州首相が生まれる可能性が高まっている。今後の焦点は、政策的にAfDに近いCDUが防火壁を守り続けられるかに移りつつある。 なぜ旧東ドイツの人々は、こんなにもAfDに傾倒するのか。近現代ドイツ政治外交史が専門の板橋拓己氏は、旧東ドイツ地域住民の構造的な怒りや恨み、剥奪感が背景にあると分析する。 1990年の東西ドイツ統一は、東のドイツ民主共和国が西のドイツ連邦共和国に編入される形で行われ、西の行政・経済システムや基本法がそのまま東に持ち込まれた。「対等な統合」とは程遠い、事実上の吸収合併だった。統一の瞬間に東のエリート層はごっそり入れ替わり、以来、行政や企業、大学の幹部の多くを西側出身者が占める構造が続いている。 統一から30年以上が経った今も、東西格差は埋まらない。州ごとの平均賃金でも、全16州のうち上位10州は3位の首都ベルリンを除いてすべて旧西ドイツの州だ。経済格差以上に深刻なのが心理的な傷で、旧東の住民の多くは自らを「二級市民」のように感じ、自分たちの一票で政治が変わるという感覚も西側より著しく低い。そこに、63歳からの満額年金受給を見直すメルツ政権の年金改革が追い打ちをかけた。若い頃から働き始めた人が多い旧東では、これが「西による東いじめ」と受け止められたのだ。 こうしたルサンチマンをすくい上げたのが、AfDの巧みな地域密着型の選挙戦術だった。地方の隅々まで足を運び、ビールやソーセージを振る舞う「家族祭」や旧東独製スクーター「シムソン」の集いを開いて、かつての共同体へのノスタルジーと「東の誇り」を刺激した。SNSでは笑顔の発信に徹し、批判的な既存メディアの報道さえネタにして返した。社会保障への不安を外国人問題にすり替える二分法も功を奏し、外国人比率が6%程度とドイツでも最も低い地域の1つであるザクセン・アンハルト州で、外国人問題が最大の不安に挙がるほどだ。 一方、連邦政府や既存政党は、連帯税による巨額の財政移転やインフラ投資を行うなど旧東ドイツ地域は十分に支援してきたという自負があるため、東側住民の不満を十分に理解できず、CDUは旧東での地道な組織づくりも怠ってきた。この認識の齟齬が、有権者の既存政治への絶望をさらに深めていると板橋氏は語る。 ドイツの変動は欧州の安全保障にも重大な影響を与えかねない。親ロシア色の強いAfDは、ザクセン・アンハルト州議会で左派ポピュリスト政党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」と組み、ウクライナ支援の停止と対ロ経済制裁の解除を求める動議をすでに出している。ロシアに対抗するために軍拡を急ぐドイツが、やがて親ロ政党の手に渡る可能性すらあるのだ。 右派ポピュリズムの台頭は欧米全域で顕在化している。イタリアではメローニ首相率いる「イタリアの同胞」が22年から政権を握り、フランスでは27年の大統領選に向けた世論調査で「国民連合」のルペン氏が首位に立つ。オランダでは「自由党」が一時連立政権の中核を担い、フィンランドでは「フィン人党」が政権入りし、オーストリアでは「自由党」が第1党となった。アメリカでもトランプ大統領率いるMAGA派の声が大統領選や連邦議会選挙の結果を左右するまでになっている。日本でも「日本人ファースト」を掲げた参政党が議席を増やした。板橋氏は、日本では欧米ほどリベラル化が進まなかったぶん反動も起きにくかったと見るが、民主主義の危機が対岸の火事でないことに変わりはない。 一方、9月20日のベルリン市議会選挙では、AfDも議席を伸ばしたものの、トルコ系のエリフ・エラルプ氏を筆頭候補に家賃問題などを訴えた「左派党」が第1党となった。人々の不満の受け皿は、必ずしも右派である必要はないのだ。 ベルリンの壁崩壊から37年。年々分厚くなっているようにも見える人々の「心の壁」を崩すには、ポピュリストが示す単純な二分法や耳触りの良いパッケージに対抗し、政策パッケージをいったん解きほぐして、生活世界のリアリティに根ざしたポリシーパッケージを再構築することが不可欠だ。ナチスの過去を反省し克服を目指してきたはずのドイツで起きた政治的地殻変動の背景と、近代民主主義が直面する限界について、ドイツ政治の第一人者である板橋拓己氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46909075(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/10/12(月) 12:00
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会員無料 54:04
詳細<マル激・後半>機能不全となっている国連にそれでも期待するわけ/植木安弘氏(元国連広報官・上智大学国際関係研究所客員所員)
9月下旬に始まった国連総会では、紛争当事国の首脳の間で非難の応酬が相次いでいる。 第2次大戦後に国際協調を求めて創設された国連は、世界の平和と安全のために活動してきたはずだった。しかし、ウクライナ、ガザ、イランと続く紛争に対応できず、今でも多くの命が奪われている。超大国の自国第一主義と国際法違反が横行し、国連、特に安全保障理事会は国際紛争の平和的解決ができずに機能不全を起こしている。 グテーレス国連事務総長も9月22日に始まった一般討論演説の冒頭の発言で、大国のダブルスタンダードを許さず国連憲章を守ることを主張した上で、安全保障理事会を、今日の世界を反映し、現代の課題に見合う正当性と実効性を備えた組織とするために改革する必要があると指摘した。 ただし、改革は容易ではない。国連広報官として30年あまり国連で勤務した上智大学名誉教授の植木安弘氏によれば、安保理改革の議論は冷戦終結後の1993年から行われており、常任理事国、非常任理事国の拡大など様々な案が出ているが、何一つ進んでいないのが実情だ。 しかし、だからといって国連がまったく機能していないというわけではない。安保理における常任理事国の拒否権行使の問題ばかりがクローズアップされるが、安保理自体は毎日のように開催され、様々なテーマが議論されていると植木氏は言う。昨年1年間に安保理で採決された決議は40件余りにのぼるという。 こうした中で、国連で演説した高市首相の敵国条項を国連憲章から削除するよう求めた発言が、波紋を引き起こしている。第2次大戦が終結する前の1945年6月に調印された国連憲章には、当時の連合国と敵対している国に対して安保理決議がなくても対抗できる例外規定として「敵国条項」が設けられていたが、それは1995年の国連総会の決議で死文化が確認されている。植木氏は、高市氏が演説であえて敵国条項を持ち出したのは、おそらく国内的アピールが目的だったと指摘するが、結果的にそれが日中間に不必要な摩擦を引き起こす事態となっていることを懸念する。 安保理改革では日本はかねてから常任理事国入りを主張しているが、国際政治の場では実績を積み重ねて長期的な視点で考えるほかなく、外交での地固めをしつつ、安保理改革の具体的な提案をしていく必要があるのではないかと植木氏は語る。 肥大化した国連自体の問題も無視できない。これに対しては昨年、国連創設80年を機にグテーレス事務総長の主導のもとでUN80イニシアチブが動き出しており、予算削減、職員削減、低コスト国への事務所移転などを挙げている。どこまで官僚組織を効率化できるかも問われている。それでもなお、PKO活動、人道支援、持続可能な開発など、さまざまな現場で国連は他ではできない地道な活動を続けている。地球温暖化対策やAI規制などについても、国際協調は欠かせない事態となっている。 国連という国際社会で活躍してほしい若い人たちへの期待も含め、国連改革の道筋について、ナミビア、イラク、といったフィールドでの活動経験もある植木安弘氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。ニューヨーク在住の植木氏はオンラインで参加した。前半はこちら→so46878157(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/10/05(月) 12:00
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会員無料 61:50
詳細<マル激・前半>機能不全となっている国連にそれでも期待するわけ/植木安弘氏(元国連広報官・上智大学国際関係研究所客員所員)
9月下旬に始まった国連総会では、紛争当事国の首脳の間で非難の応酬が相次いでいる。 第2次大戦後に国際協調を求めて創設された国連は、世界の平和と安全のために活動してきたはずだった。しかし、ウクライナ、ガザ、イランと続く紛争に対応できず、今でも多くの命が奪われている。超大国の自国第一主義と国際法違反が横行し、国連、特に安全保障理事会は国際紛争の平和的解決ができずに機能不全を起こしている。 グテーレス国連事務総長も9月22日に始まった一般討論演説の冒頭の発言で、大国のダブルスタンダードを許さず国連憲章を守ることを主張した上で、安全保障理事会を、今日の世界を反映し、現代の課題に見合う正当性と実効性を備えた組織とするために改革する必要があると指摘した。 ただし、改革は容易ではない。国連広報官として30年あまり国連で勤務した上智大学名誉教授の植木安弘氏によれば、安保理改革の議論は冷戦終結後の1993年から行われており、常任理事国、非常任理事国の拡大など様々な案が出ているが、何一つ進んでいないのが実情だ。 しかし、だからといって国連がまったく機能していないというわけではない。安保理における常任理事国の拒否権行使の問題ばかりがクローズアップされるが、安保理自体は毎日のように開催され、様々なテーマが議論されていると植木氏は言う。昨年1年間に安保理で採決された決議は40件余りにのぼるという。 こうした中で、国連で演説した高市首相の敵国条項を国連憲章から削除するよう求めた発言が、波紋を引き起こしている。第2次大戦が終結する前の1945年6月に調印された国連憲章には、当時の連合国と敵対している国に対して安保理決議がなくても対抗できる例外規定として「敵国条項」が設けられていたが、それは1995年の国連総会の決議で死文化が確認されている。植木氏は、高市氏が演説であえて敵国条項を持ち出したのは、おそらく国内的アピールが目的だったと指摘するが、結果的にそれが日中間に不必要な摩擦を引き起こす事態となっていることを懸念する。 安保理改革では日本はかねてから常任理事国入りを主張しているが、国際政治の場では実績を積み重ねて長期的な視点で考えるほかなく、外交での地固めをしつつ、安保理改革の具体的な提案をしていく必要があるのではないかと植木氏は語る。 肥大化した国連自体の問題も無視できない。これに対しては昨年、国連創設80年を機にグテーレス事務総長の主導のもとでUN80イニシアチブが動き出しており、予算削減、職員削減、低コスト国への事務所移転などを挙げている。どこまで官僚組織を効率化できるかも問われている。それでもなお、PKO活動、人道支援、持続可能な開発など、さまざまな現場で国連は他ではできない地道な活動を続けている。地球温暖化対策やAI規制などについても、国際協調は欠かせない事態となっている。 国連という国際社会で活躍してほしい若い人たちへの期待も含め、国連改革の道筋について、ナミビア、イラク、といったフィールドでの活動経験もある植木安弘氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。ニューヨーク在住の植木氏はオンラインで参加した。後半はこちら→so46878423(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/10/05(月) 12:00
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詳細<セーブアース>日本のバイオマス発電は本当にエコなのか/飯沼佐代子氏(地球・人間環境フォーラム企画調査部研究員)
AP通信は9月13日、インドネシアの天然林を伐採して生産された木質ペレットが日本のバイオマス発電の燃料として大量に輸入され、現地の森林破壊を加速させていると報じた。 バイオマス発電は木材などを燃やしてタービンを回す火力発電だ。それでも再生可能エネルギーに分類されているのは、木が成長過程で吸収したCO2を大気に戻すだけなので差し引きゼロになるという理屈による。この理屈に立って、バイオマス発電は2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)の対象となり、20年間にわたって電気を割高な価格で買い取ってもらえることになった。その費用は再エネ賦課金として電気料金に上乗せされ、すべての電力利用者が負担している。 国が当初想定していたのは、国内の間伐材の活用だった。しかし、森林問題に長年取り組んできた地球・人間環境フォーラムの飯沼佐代子氏によると、現在は燃料の75%以上を輸入木質バイオマスが占め、間伐材などの未利用材は1割にも満たない。発電所の多くが山間部ではなく、輸入に便利な港湾部に建てられていることが、その実態を物語る。 輸入燃料の柱は、パーム油生産の副産物であるPKS(アブラヤシの種の殻)と木質ペレットだ。PKSの輸入量が頭打ちになる一方で、木質ペレットの輸入は急増し、2025年には過去最多の約864万トンに達した。主な供給元はベトナム、カナダ、アメリカだが、北米からの輸入が現地の反対運動などで減少すると、その穴を埋めるように、ここ2年でインドネシアやマレーシアからの輸入が急増しているのだ。 飯沼氏が2回にわたって現地調査を行ったインドネシア・スラウェシ島北部のゴロンタロ州は、同国のペレット生産の6割以上を占める。スラウェシ島はアジアとオーストラリアの生物相を分けるウォーレス線の東側に位置し、世界最小の野生の牛アノアや奇妙な牙を持つイノシシのバビルサなど、ここにしか生息しない絶滅危惧種が数多く暮らす生物多様性のホットスポットだ。 インドネシア政府がバイオマス燃料生産のために出した事業許可地は約160万ヘクタールに上り、その半分近くが天然林だ。事業者は天然林を皆伐してペレットにし、跡地に成長の早い単一樹種を植えて数年ごとに伐採を繰り返す。ゴロンタロ州だけで伐採地はすでに東京都の面積の半分にあたる10万ヘクタールを超えた。インドネシア産の発電用ペレットの買い手は日本と韓国しかない。つまり、この森林破壊は日韓の需要が引き起こしているのだ。 そもそも「CO2排出ゼロ」という前提も揺らいでいる。バイオマス発電の発電効率は25〜30%程度にとどまり、発電量あたりのCO2排出量は石炭火力を上回る。それでも排出がゼロとして扱われるのは、木材のCO2は伐採した国で計上するという算定ルールがあるからにすぎない。輸入燃料の場合、日本は排出を計上せずに済み、結果として誰も計上しない排出が生まれる。 日本政府は2026年度から大型バイオマス発電の新規FIT認定を停止したが、すでに認定を受けた約100カ所の大型発電所は、今後も最長20年にわたって補助を受けながら輸入燃料を燃やし続ける。昨年のペレットとPKSの輸入額は4,000億円を超え、林野庁の当初予算をも上回った。環境負荷の低減、エネルギー自給、地域振興というFITの目的のいずれにも、輸入バイオマスはほとんど寄与していない。同様の批判を受けた韓国は、既存の発電所も含めて補助金を大幅に削減した。 飯沼氏によると、ゴロンタロ州のペレット生産会社には日本の商社が出資しており、その燃料は東京ガスが富山県高岡市で運営する発電所などで燃やされているという。しかし、燃料の産地を公開する義務はなく、どの森を切った燃料がどの発電所で燃やされているのかを市民が知る術はない。 われわれが再エネを支えるために負担しているお金は、地球の裏側で何を壊しているのか。「再生可能」のラベルの下に隠された輸入バイオマスの実態と、市民にできることについて、地球・人間環境フォーラム比較調査部研究員の飯沼佐代子氏とともに、環境ジャーナリストの井田徹治とキャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/10/02(金) 12:00
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詳細<マル激・後半>都市水害から命と暮らしを守るためにいま知っておくべきこと/古米弘明氏(中央大学研究開発機構教授)
豪雨で道路が瞬く間に水につかり、マンホールから水が噴き出す。川から離れた市街地でも、わずかな傾斜の底にあたる一角だけが短時間で冠水する。そんな光景が珍しくなくなっている。 今年8月13日から14日にかけて千葉県を襲った記録的な豪雨では、線状降水帯が発生し、道路の冠水や住宅の浸水が相次いで13人が亡くなった。千葉市では、冠水したアンダーパスで車に閉じ込められた男性が命を落とした。現場では排水ポンプが停電で作動せず、水位は最も深いところで約3メートルに達していた。それから1カ月もたたない9月8日には、名古屋市で1時間に104.5ミリの猛烈な雨を観測し、市内30カ所のアンダーパスのうち19カ所が冠水で通行止めとなった。 これらの豪雨が改めて浮き彫りにしたのが「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。川の水があふれる「外水氾濫」に対し、内水氾濫は町に降った雨を下水道や排水路で処理しきれなくなることで起きる。だから大きな川から離れた場所でも浸水する。特にリスクが高いのが都市部だ。東京都心では地表の8割以上がアスファルトやコンクリートで覆われ、雨がほとんど地中に浸透しない。地方なら6割程度で済む場所もあるが、同じ雨でもより多くの水が短時間で下水道に集中する。そのうえ地下街や地下鉄、アンダーパスなど、水が流れ込みやすい低い空間が多い。 では、都市の下水道はどれほどの雨を想定しているのか。日本の下水道は「5年に1度」程度の雨を排除できることを基準に整備されてきた。それが平均して1時間50ミリ前後だった。ところが気象庁の観測では、1時間50ミリ以上の雨も100ミリ以上の雨も、この50年で明らかに右肩上がりに増えている。かつて5、6年に1度だった雨が、今では3年、場合によっては2年半に1度の頻度で降る。5年に1度を想定した施設で、その想定を超える雨が想定より頻繁に降れば、氾濫は必ず起きる。東京都は目標を1時間85ミリに引き上げたが、整備には長い時間がかかる。国が「想定最大」とする関東の雨は1時間153ミリ、気象庁が「猛烈な雨」とする1時間80ミリの約2倍にあたる雨量だ。 それなら下水道や地下貯留施設を、もっと大きな雨に耐えられるように造り替えていけばいいのではないか。都市の雨水管理が専門の古米弘明・中央大学研究開発機構教授によれば、現実はそう簡単にはいかない。地下にはすでに地下鉄やガス、水道などが張り巡らされ、既存の下水管を拡張したり新たな貯留施設を造ったりできる余地は、再開発や大規模施設の新設がある場所にほぼ限られる。しかも巨大インフラには莫大な費用と時間がかかる。渋谷駅周辺の再開発に伴って造られた約4000トン(400万リットル)の貯留施設も、100ヘクタールにわずか10ミリの雨が降れば1万トンの水が出ることを考えれば、ピークを抑えるバッファーにはなっても、100ミリの雨をのみ込めるものではない。激しくなる雨に合わせて地下の施設をどこまでも大きくしていくことには、物理的にも財政的にも限界がある。 そこで重要になるのが、雨を下水道だけに集めず、町のあちこちで受け止めるという「雨水管理」の発想だ。公園や学校、駐車場、住宅で雨水を一時的にためたり、地中に浸透させたりして、下水道に入る前に雨水を分散して受け止める。東京都の計画でも、目標の85ミリのうち下水道で受け持つのは75ミリで、残る10ミリは流域全体の努力に委ねられている。緑地を残すことも、景観や温暖化対策のためだけでなく、雨水管理の上で欠かせない。小金井市では建て替え時に雨水を地中に浸透させる「雨水マス」の設置が広がり、オーストラリアのメルボルンでは「水を意識した都市設計」の下、駐車場や道路の中央に雨を浸透させる緑の水路や、屋根の雨水を庭に落とす「レインガーデン」が整備されている。海外では雨水処理料金を下水道料金とは別に徴収し、浸透施設を設けた家庭を優遇する制度も定着しているが、日本では古米氏が下水道政策の審議に加わった際に同様の制度を提言したものの、実現には至っていない。 われわれ一人ひとりには何ができるのだろうか。まずは自分の身を守るための備えだ。古米氏は、自治体の内水・外水両方のハザードマップで、自宅だけでなく勤務先や通勤経路、いつも通る道路や駅のどこが危ないのかを知っておくことが大切だと話す。危ない場所を知っていれば、豪雨の際に別のルートを選ぶという発想が生まれる。 同時に、大雨の際には家庭から下水道へ流す水を減らすことも大切だ。東京や大阪、名古屋などの大都市の中心部では、整備を急ぐために雨水と生活排水を1本の管で流す合流式下水道が採用されている。雨水だけで管があふれそうなときに、各家庭が200リットルの風呂の水を流せば、氾濫を悪化させる側にまわることになる。激しい雨が降っている間は風呂の水を流すのを控えるだけでも、一定の効果があると古米氏は指摘する。自宅に雨水タンクを設置し、降った雨を一時的にためる方法もある。 一つ一つの効果は小さくても、地域全体で取り組めば大きな効果が期待できる。古米氏の試算では、200リットルの雨水タンクを1万戸が設置すれば200万リットル、それだけで渋谷の巨大貯留施設の半分に相当する容量になる。ただし大雨の前にタンクを空にしておくという住民側の意識が伴わなければ、この計算は成り立たない。だからこそ、行政が巨大インフラだけに頼るのではなく、雨水タンクや浸透施設への補助にもっと力を入れ、地域が共通の問題意識を持つことが必要になる。これは行政に依存するだけでなく、多様な主体がそれぞれにできることを組み合わせるしかない問題であり、それゆえに地域の自治を取り戻す契機にもなり得る。 地震に比べると死者数は少ないが、実は洪水がもたらす経済的被害は世界的に見ても地震を上回る。想定を超える豪雨が相次ぐ中、どのように都市水害を防ぐのか。都市水害から命や暮らしを守るためにわれわれは何を知り、どう備えるべきなのかなどについて、中央大学研究開発機構の古米弘明教授と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46849870(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/28(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>都市水害から命と暮らしを守るためにいま知っておくべきこと/古米弘明氏(中央大学研究開発機構教授)
豪雨で道路が瞬く間に水につかり、マンホールから水が噴き出す。川から離れた市街地でも、わずかな傾斜の底にあたる一角だけが短時間で冠水する。そんな光景が珍しくなくなっている。 今年8月13日から14日にかけて千葉県を襲った記録的な豪雨では、線状降水帯が発生し、道路の冠水や住宅の浸水が相次いで13人が亡くなった。千葉市では、冠水したアンダーパスで車に閉じ込められた男性が命を落とした。現場では排水ポンプが停電で作動せず、水位は最も深いところで約3メートルに達していた。それから1カ月もたたない9月8日には、名古屋市で1時間に104.5ミリの猛烈な雨を観測し、市内30カ所のアンダーパスのうち19カ所が冠水で通行止めとなった。 これらの豪雨が改めて浮き彫りにしたのが「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。川の水があふれる「外水氾濫」に対し、内水氾濫は町に降った雨を下水道や排水路で処理しきれなくなることで起きる。だから大きな川から離れた場所でも浸水する。特にリスクが高いのが都市部だ。東京都心では地表の8割以上がアスファルトやコンクリートで覆われ、雨がほとんど地中に浸透しない。地方なら6割程度で済む場所もあるが、同じ雨でもより多くの水が短時間で下水道に集中する。そのうえ地下街や地下鉄、アンダーパスなど、水が流れ込みやすい低い空間が多い。 では、都市の下水道はどれほどの雨を想定しているのか。日本の下水道は「5年に1度」程度の雨を排除できることを基準に整備されてきた。それが平均して1時間50ミリ前後だった。ところが気象庁の観測では、1時間50ミリ以上の雨も100ミリ以上の雨も、この50年で明らかに右肩上がりに増えている。かつて5、6年に1度だった雨が、今では3年、場合によっては2年半に1度の頻度で降る。5年に1度を想定した施設で、その想定を超える雨が想定より頻繁に降れば、氾濫は必ず起きる。東京都は目標を1時間85ミリに引き上げたが、整備には長い時間がかかる。国が「想定最大」とする関東の雨は1時間153ミリ、気象庁が「猛烈な雨」とする1時間80ミリの約2倍にあたる雨量だ。 それなら下水道や地下貯留施設を、もっと大きな雨に耐えられるように造り替えていけばいいのではないか。都市の雨水管理が専門の古米弘明・中央大学研究開発機構教授によれば、現実はそう簡単にはいかない。地下にはすでに地下鉄やガス、水道などが張り巡らされ、既存の下水管を拡張したり新たな貯留施設を造ったりできる余地は、再開発や大規模施設の新設がある場所にほぼ限られる。しかも巨大インフラには莫大な費用と時間がかかる。渋谷駅周辺の再開発に伴って造られた約4000トン(400万リットル)の貯留施設も、100ヘクタールにわずか10ミリの雨が降れば1万トンの水が出ることを考えれば、ピークを抑えるバッファーにはなっても、100ミリの雨をのみ込めるものではない。激しくなる雨に合わせて地下の施設をどこまでも大きくしていくことには、物理的にも財政的にも限界がある。 そこで重要になるのが、雨を下水道だけに集めず、町のあちこちで受け止めるという「雨水管理」の発想だ。公園や学校、駐車場、住宅で雨水を一時的にためたり、地中に浸透させたりして、下水道に入る前に雨水を分散して受け止める。東京都の計画でも、目標の85ミリのうち下水道で受け持つのは75ミリで、残る10ミリは流域全体の努力に委ねられている。緑地を残すことも、景観や温暖化対策のためだけでなく、雨水管理の上で欠かせない。小金井市では建て替え時に雨水を地中に浸透させる「雨水マス」の設置が広がり、オーストラリアのメルボルンでは「水を意識した都市設計」の下、駐車場や道路の中央に雨を浸透させる緑の水路や、屋根の雨水を庭に落とす「レインガーデン」が整備されている。海外では雨水処理料金を下水道料金とは別に徴収し、浸透施設を設けた家庭を優遇する制度も定着しているが、日本では古米氏が下水道政策の審議に加わった際に同様の制度を提言したものの、実現には至っていない。 われわれ一人ひとりには何ができるのだろうか。まずは自分の身を守るための備えだ。古米氏は、自治体の内水・外水両方のハザードマップで、自宅だけでなく勤務先や通勤経路、いつも通る道路や駅のどこが危ないのかを知っておくことが大切だと話す。危ない場所を知っていれば、豪雨の際に別のルートを選ぶという発想が生まれる。 同時に、大雨の際には家庭から下水道へ流す水を減らすことも大切だ。東京や大阪、名古屋などの大都市の中心部では、整備を急ぐために雨水と生活排水を1本の管で流す合流式下水道が採用されている。雨水だけで管があふれそうなときに、各家庭が200リットルの風呂の水を流せば、氾濫を悪化させる側にまわることになる。激しい雨が降っている間は風呂の水を流すのを控えるだけでも、一定の効果があると古米氏は指摘する。自宅に雨水タンクを設置し、降った雨を一時的にためる方法もある。 一つ一つの効果は小さくても、地域全体で取り組めば大きな効果が期待できる。古米氏の試算では、200リットルの雨水タンクを1万戸が設置すれば200万リットル、それだけで渋谷の巨大貯留施設の半分に相当する容量になる。ただし大雨の前にタンクを空にしておくという住民側の意識が伴わなければ、この計算は成り立たない。だからこそ、行政が巨大インフラだけに頼るのではなく、雨水タンクや浸透施設への補助にもっと力を入れ、地域が共通の問題意識を持つことが必要になる。これは行政に依存するだけでなく、多様な主体がそれぞれにできることを組み合わせるしかない問題であり、それゆえに地域の自治を取り戻す契機にもなり得る。 地震に比べると死者数は少ないが、実は洪水がもたらす経済的被害は世界的に見ても地震を上回る。想定を超える豪雨が相次ぐ中、どのように都市水害を防ぐのか。都市水害から命や暮らしを守るためにわれわれは何を知り、どう備えるべきなのかなどについて、中央大学研究開発機構の古米弘明教授と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46850142(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/28(月) 12:00
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詳細<マル激・後半>性暴力被害を訴えた元検事は、なぜ検察を去らねばならなかったのか/ひかり氏(仮名・元大阪地検検事)、田中嘉寿子氏(弁護士・元検事)
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」。 19世紀イギリスの歴史家アクトン卿の言葉を待つまでもなく、誰からもチェックを受けない権力が腐敗を免れることはない。そして日本において、政治家も官僚も大企業も逮捕・起訴できる検察が、誰の統制も受けない絶対権力になりつつあることが、日に日に明らかになっている。そしてその検察が今、自らの組織の中で起きた性暴力事件をめぐり、あり得ないような振る舞いを見せている。 事件は2018年9月12日に起きた。大阪地検の検事正だった北川健太郎氏が、部下の女性検事を、検事正就任を祝う懇親会の後に官舎に連れ帰り、酩酊状態にあった彼女に性的暴行を加えたとして、2024年6月に準強制性交等の容疑で逮捕され、翌月起訴された。被害者はその後、仮名の「ひかり氏」として被害を公にし、今回はマル激に初めて出演した。ただし顔は画像処理で隠している。被害者が顔を隠さなければならないという事態そのものが、この事件の異常さを物語っている。 ひかり氏によれば、事件の翌年に上級庁への被害申告を検討していると北川氏に伝えたところ、「公にすれば検察組織がパニックになり、検事総長以下が辞職に追い込まれる」「自分は死ぬ」といった内容の書面で口止めされた。さらに北川氏の元秘書だった女性事務官(現副検事)から、被害者自身に落ち度があったかのような虚偽の話を聞かされたことで自責の念に苦しみ、被害申告を断念せざるを得なくなったという。PTSDを発症し働けなくなった彼女が、勇気を振り絞って被害を申告したのは事件から5年半後の2024年3月のことだった。 しかし起訴後の展開は、被害者の想像をはるかに超えていた。北川被告は同年10月の初公判で起訴内容を認めて謝罪したにもかかわらず、わずか2カ月後に一転して無罪を主張。それから1年9カ月にわたって公判は一度も開かれず、公判前整理手続き(実際は一度公判が開かれているので期日間整理手続き)が検察、裁判所、被告弁護人の間で延々と続いている。しかも被告の弁護人も元検事だ。被害者参加人であるひかり氏と、自身も元検事で現在ひかり氏の代理人を務める田中嘉寿子弁護士は、その協議からは完全に締め出されて、ほとんど何の情報も開示されないまま、ただただ待たされている状態にあるという。 ひかり氏と田中氏が最も問題視するのは、性暴力の被害者であるひかり氏をまったく護ろうとしないばかりか、明らかに加害者側に加担しているとしか思えないような行動を取る検察の姿勢だ。被害者側が何度求めても、被告と元秘書の通信記録など、有罪立証に不可欠なはずの証拠は開示されない。その一方で、被害者の自宅の場所を特定した地図や、本来開示されるはずのない法務省内の決裁過程のメールまでもが、検察自身の手で被告側に開示され、無罪主張の材料に使われているという。田中氏は、検察が事件を「できるだけ静かに小さく終わらせたい」のだと見る。性暴力被害者の約半数が発症するPTSDを「致傷」として起訴すれば裁判員裁判となり、より多くの市民の目に事件と証拠がさらされる。検察は何とかしてそれを避けたいのだろうというのだ。 さらに深刻なのが、ひかり氏らが「藤﨑事件」と呼ぶ副検事をめぐる一連の問題だ。ひかり氏らは、この副検事が北川氏に捜査情報を漏洩し、通信履歴を削除し、検察内部で被害者を特定する情報や「ハニートラップだ」といった虚偽情報を拡散したなどとして、犯人隠避、証拠隠滅、名誉毀損の各容疑で告訴したが、2025年3月にいずれも不起訴となった。現在、検察審査会に審査を申し立てているが、田中氏は、長年幹部秘書を務め検察OBらから絶大な信頼を得ているこの副検事が、幹部のスキャンダルにも通じているため、検察は彼女を起訴することも処分することもできない構造があることを指摘する。事実、彼女に下された処分は最も軽い「戒告」だけだった。ひかり氏は2026年2月に国と北川氏、検察幹部らを相手取り国家賠償訴訟を提起し、この8月、志半ばで検事を退職した。 森雅子元法相ら国会議員のグループはこの事件を含む、検察内部のセクハラや他のハラスメントの実態を調査する第三者委員会の設置を法務大臣に求めているが、法務大臣は最高検の内部調査が進んでいることを理由にこれを拒んでいる。刑務所などの不祥事では第三者委員会が設置されてきたのに、検察は例外なのだ。 検察が自浄能力を完全に失った今、それを正せるのは法務大臣しかいない。そしてその法務大臣を選ぶのは首相であり、首相を選ぶ与党を選んでいる有権者だ。政治が検察の捜査に介入することはあってはならないが、検察という行政機関をきちんと監督し、問題があれば正すのは政治の当然の役割のはずだ。 番組では郷原信郎弁護士のコメントも交え、検察を統制する権限は誰にあり、一般指揮権と特別指揮権はどう異なるのか、なぜ人事と予算というフックが機能しないのかを整理した上で、事件から8年たった今もなお続く性暴力被害者の孤独な闘いを市民社会はどう支えるべきか。そして誰の統制も受けない無敵な聖域となってしまった検察をどう制御すればいいのかなどについて、ゲストのひかり氏と田中嘉寿子氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46819405(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/21(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>性暴力被害を訴えた元検事は、なぜ検察を去らねばならなかったのか/ひかり氏(仮名・元大阪地検検事)、田中嘉寿子氏(弁護士・元検事)
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」。 19世紀イギリスの歴史家アクトン卿の言葉を待つまでもなく、誰からもチェックを受けない権力が腐敗を免れることはない。そして日本において、政治家も官僚も大企業も逮捕・起訴できる検察が、誰の統制も受けない絶対権力になりつつあることが、日に日に明らかになっている。そしてその検察が今、自らの組織の中で起きた性暴力事件をめぐり、あり得ないような振る舞いを見せている。 事件は2018年9月12日に起きた。大阪地検の検事正だった北川健太郎氏が、部下の女性検事を、検事正就任を祝う懇親会の後に官舎に連れ帰り、酩酊状態にあった彼女に性的暴行を加えたとして、2024年6月に準強制性交等の容疑で逮捕され、翌月起訴された。被害者はその後、仮名の「ひかり氏」として被害を公にし、今回はマル激に初めて出演した。ただし顔は画像処理で隠している。被害者が顔を隠さなければならないという事態そのものが、この事件の異常さを物語っている。 ひかり氏によれば、事件の翌年に上級庁への被害申告を検討していると北川氏に伝えたところ、「公にすれば検察組織がパニックになり、検事総長以下が辞職に追い込まれる」「自分は死ぬ」といった内容の書面で口止めされた。さらに北川氏の元秘書だった女性事務官(現副検事)から、被害者自身に落ち度があったかのような虚偽の話を聞かされたことで自責の念に苦しみ、被害申告を断念せざるを得なくなったという。PTSDを発症し働けなくなった彼女が、勇気を振り絞って被害を申告したのは事件から5年半後の2024年3月のことだった。 しかし起訴後の展開は、被害者の想像をはるかに超えていた。北川被告は同年10月の初公判で起訴内容を認めて謝罪したにもかかわらず、わずか2カ月後に一転して無罪を主張。それから1年9カ月にわたって公判は一度も開かれず、公判前整理手続き(実際は一度公判が開かれているので期日間整理手続き)が検察、裁判所、被告弁護人の間で延々と続いている。しかも被告の弁護人も元検事だ。被害者参加人であるひかり氏と、自身も元検事で現在ひかり氏の代理人を務める田中嘉寿子弁護士は、その協議からは完全に締め出されて、ほとんど何の情報も開示されないまま、ただただ待たされている状態にあるという。 ひかり氏と田中氏が最も問題視するのは、性暴力の被害者であるひかり氏をまったく護ろうとしないばかりか、明らかに加害者側に加担しているとしか思えないような行動を取る検察の姿勢だ。被害者側が何度求めても、被告と元秘書の通信記録など、有罪立証に不可欠なはずの証拠は開示されない。その一方で、被害者の自宅の場所を特定した地図や、本来開示されるはずのない法務省内の決裁過程のメールまでもが、検察自身の手で被告側に開示され、無罪主張の材料に使われているという。田中氏は、検察が事件を「できるだけ静かに小さく終わらせたい」のだと見る。性暴力被害者の約半数が発症するPTSDを「致傷」として起訴すれば裁判員裁判となり、より多くの市民の目に事件と証拠がさらされる。検察は何とかしてそれを避けたいのだろうというのだ。 さらに深刻なのが、ひかり氏らが「藤﨑事件」と呼ぶ副検事をめぐる一連の問題だ。ひかり氏らは、この副検事が北川氏に捜査情報を漏洩し、通信履歴を削除し、検察内部で被害者を特定する情報や「ハニートラップだ」といった虚偽情報を拡散したなどとして、犯人隠避、証拠隠滅、名誉毀損の各容疑で告訴したが、2025年3月にいずれも不起訴となった。現在、検察審査会に審査を申し立てているが、田中氏は、長年幹部秘書を務め検察OBらから絶大な信頼を得ているこの副検事が、幹部のスキャンダルにも通じているため、検察は彼女を起訴することも処分することもできない構造があることを指摘する。事実、彼女に下された処分は最も軽い「戒告」だけだった。ひかり氏は2026年2月に国と北川氏、検察幹部らを相手取り国家賠償訴訟を提起し、この8月、志半ばで検事を退職した。 森雅子元法相ら国会議員のグループはこの事件を含む、検察内部のセクハラや他のハラスメントの実態を調査する第三者委員会の設置を法務大臣に求めているが、法務大臣は最高検の内部調査が進んでいることを理由にこれを拒んでいる。刑務所などの不祥事では第三者委員会が設置されてきたのに、検察は例外なのだ。 検察が自浄能力を完全に失った今、それを正せるのは法務大臣しかいない。そしてその法務大臣を選ぶのは首相であり、首相を選ぶ与党を選んでいる有権者だ。政治が検察の捜査に介入することはあってはならないが、検察という行政機関をきちんと監督し、問題があれば正すのは政治の当然の役割のはずだ。 番組では郷原信郎弁護士のコメントも交え、検察を統制する権限は誰にあり、一般指揮権と特別指揮権はどう異なるのか、なぜ人事と予算というフックが機能しないのかを整理した上で、事件から8年たった今もなお続く性暴力被害者の孤独な闘いを市民社会はどう支えるべきか。そして誰の統制も受けない無敵な聖域となってしまった検察をどう制御すればいいのかなどについて、ゲストのひかり氏と田中嘉寿子氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46819406(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/21(月) 12:00
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詳細<ディスクロージャー&ディスカバリー>日本郵便問題が映す行政監視の抜け穴
行政の不祥事を明らかにするための情報公開制度の抜け穴が、不祥事を隠すために使われている疑いが表面化している。 日本郵便の郵便物の廃棄・放棄をめぐる朝日新聞の報道から、監督官庁の総務省が日本郵便の取材対応に介入し、情報公開請求への対応を意図的に遅らせようとしていた実態が浮かび上がった。今回のディスクロージャー&ディスカバリーでは、この問題を手がかりに、政府の活動と情報を誰が監視するのかを考えた。 4月にこの番組でも取り上げた福岡県議会の海外視察問題をめぐっては、公費による豪華な視察が繰り返される背景として、過去の住民訴訟などで示された基準が十分に定着していないことや、議員に対して事務局が異議を唱えにくい力関係などを番組では厳しく指摘した。市民の情報公開請求だけでなく、メディア自身が継続して監視し、その成果を地域社会に伝えることが欠かせない。 今回の番組の本題となった日本郵便問題では、配達されるべき郵便物が廃棄・放棄されていたにもかかわらず、日本郵便が自社の調査で犯罪と認定した案件以外の多くを公表していなかったことが明らかになっている。総務省は内部の検査でその実態を把握し、運用改善を促していたが、外部に対しては非公表の状態を続けていた。そして、その後、朝日新聞の報道を受けて対応が検討される過程で、総務省側が自らの関与を認めないよう日本郵便に指示していたことが、省内の業務用チャットから明らかになったのだ。 さらに、行政指導に関する文書を朝日新聞が情報公開請求すると、チャットには「特別延長してほとぼり冷めさせる」との書き込みがあった。そこで利用されたのが、情報公開法に設けられた「特例延長」という制度だった。 国の情報公開制度では、開示するかどうかの決定は原則30日以内に行い、正当な理由があれば、さらに30日間延長できる。つまり、60日以内には開示か非開示かの決定をしなければならない。しかし、対象文書が著しく大量で、通常の事務の遂行に著しい支障が生じるおそれがある場合には、「特例延長」というものが認められる。延長後の期限は通知しなければならないが、法律上は延長期間の上限は定められていない。問題は、この例外的な仕組みが、社会の関心が薄れるまで情報を出さない格好のツールとして使われかねないことだ。 情報には、公開される時期によって価値が大きく変わるという性質がある。政策や事業が進んだ後で経緯が分かっても、判断に参加したり、問題を止めたりすることは難しい。不祥事も、時間が経てば関心が薄れ、責任追及につながりにくくなる。情報公開の可否だけでなく、行政が公開のタイミングを操作できること自体が、制度の実効性を損なう。 総務省内部のチャットには、記録に残さないためにやりとりをチャットから口頭連絡へ切り替えることや、過去のチャットを削除するとの書き込みもあった。今回は朝日新聞が独自にチャット内容を入手して報道したために、情報隠しの実態が明らかになったが、もしそれが入手できていなければ、実際に「ほとぼりが冷めるまで」特例延長されていた可能性が十分にあったのだ。 情報公開は、行政が都合のよい時期に情報を出すことを認めている制度ではない。市民が行政の判断を検証し、責任を問うための権利を保障する仕組みだ。今回、その法律を所管する総務省自身が制度を隠蔽に利用していた疑いが明らかになったことの意味は大きい。日本郵便をめぐる一連の問題は、情報を残すこと、適切な時期に公開すること、そしてそれを監視する仕組みを一体として見直す必要性を突きつけていることなどについて、情報公開クリアリングハウスの三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/20(日) 12:00
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詳細<マル激・後半>日本はいつまでスパイ天国を放置するのか/小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)
ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。 米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。 日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。 インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。 では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。 国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。 その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。 メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。 戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。 AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。 防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。 第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。 日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46792719(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/14(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>日本はいつまでスパイ天国を放置するのか/小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)
ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。 米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。 日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。 インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。 では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。 国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。 その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。 メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。 戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。 AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。 防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。 第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。 日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46792854(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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詳細<マル激・後半>トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと/藤井広重氏(宇都宮大学国際学部准教授)
世界は今、完全に無法地帯と化してしまうかどうかの瀬戸際に立たされている。そのせめぎ合いの最前線が国際刑事裁判所をめぐる攻防だ。そして、今回ばかりは日本も傍観者でいることは許されない。 トランプ米大統領は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長と、セネガル出身のアブドゥライ・セイ弁護士を制裁対象に指定した。2人はアメリカに入国できなくなり、アメリカ国内の資産は凍結される。さらにアメリカ企業との取引が制限されることで、クレジットカードをはじめとする金融サービスが使えなくなり、日常生活にも影響が及ぶ。 赤根所長が制裁対象となった背景には、ガザでの軍事作戦をめぐりネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して出された逮捕状に、判事として関与したことがある。ICCは2024年11月、ガザで飢餓を戦争の手段として用いた疑いや民間人への攻撃を意図的に指示した疑いなどを理由に、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で両氏の逮捕状を発行した。ガザでの犠牲の甚大さから、これをジェノサイドに相当する行為だと見る向きも国際社会には根強い。 アメリカによるICC関係者への制裁は昨年から拡大しており、2025年2月以降、これまでにICC関係者13人が制裁対象に指定された。そのうち判事は9人で、ICCの裁判官18人の半数を占める。 いったいなぜ一国の政府が、国際裁判所の裁判官個人にこれほど強力な制裁を科すのか。 そしてこれは日本にとっても他人事ではない。赤根所長は日本政府がICC裁判官候補として送り出した人物であり、日本はICCを資金面でも支える主要な加盟国だ。その赤根所長が職務を忠実に遂行した結果、アメリカから制裁を受けている。日本はこの事態にどう向き合うべきなのか。 ICCは、戦争犯罪やジェノサイドなど重大な国際犯罪を犯した個人を裁くため、2002年に設立された常設の国際裁判所だ。現在125カ国・地域が加盟しており、日本も加盟国だが、アメリカやロシア、中国、イスラエルなどは加盟していない。 アメリカは、ICC非加盟国である自国やイスラエルの国民にまでICCの捜査や訴追が及ぶことに強く反発してきた。アメリカはICCの根拠となる条約「ローマ規程」を批准しておらず、ICCの権限を受け入れていない。アメリカからすれば、自分たちが参加していない条約によってつくられた裁判所が、なぜアメリカ国民を裁けるのかということになる。 一方、ローマ規程では、容疑者の国がICC非加盟国でも、犯罪がICC加盟国で行われた場合、ICCは権限を行使できる。ICCからすれば、加盟国で起きた重大犯罪であれば、容疑者がアメリカ人やイスラエル人だからといって対象外になるわけではない。アメリカが「誰を裁くのか」を問題にするのに対し、ICCは「どこで犯罪が起きたのか」を重視しており、ここの主張の違いが対立の根底にある。 ICCをめぐる対立や反発は、アメリカとの間だけで起きているわけではない。実際、ブルンジやフィリピンは、自国内の問題に対するICCの捜査などに反発し、ICCから脱退している。また、ICCがアフリカやグローバルサウスの国々を選択的に扱ってきたとの批判もある。ニジェールやブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドも脱退を通告しており、来年脱退する予定だ。 ICCの問題に詳しい宇都宮大学国際学部の藤井広重准教授は、こうした状況のなかで、アメリカによる制裁がICCへの不信や反発をさらに強め、加盟国の減少につながる可能性を危惧する。 ICCには自前の警察組織がない。容疑者の逮捕や身柄の引き渡しなど、ICCの実効性は加盟各国の協力に依存している。それだけに、ICCを支える国が減っていけば、裁判所としての機能そのものが弱まりかねない。 それでもICCのような国際法廷が必要とされるのは、国家による裁きだけでは重大な国際犯罪の責任を追及できない場合があるからだ。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの軍事行動をめぐっては、戦争犯罪や人道に対する罪などが問われている。国家が自ら裁こうとしない重大犯罪を誰が裁くのか。ICCはまさにそのために作られた仕組みだ。 ではなぜトランプ政権はICCにこれほど強硬なのか。11月3日に中間選挙を控えるアメリカ国内の政治事情も一因とみられ、共和党が連邦議会の多数派を維持できるかどうかは、残る任期の政権運営を大きく左右する。今回のICC制裁も、こうした選挙戦を意識した動きという見方が番組内で示された。 では、日本はどうするのか。 スペインやフランスなどが強い言葉でアメリカを非難する一方、日本政府は「大変残念」「大変深刻に受け止めている」と表明するにとどまり、制裁を強く非難したり、制裁の撤回を求めたりはしていない。 政府の対応に対しては日本国内からも批判の声が上がっている。国会議員による「人権外交を超党派で考える議員連盟」は8月24日、制裁をめぐる日本政府の対応に対する非難声明を発表した。日本政府の対応は「諸国と比べて段違いに弱い」とした上で、日本政府に対し、制裁に明確に抗議し即時撤回を要求するよう求めた。また、議連の共同代表の中谷元衆院議員は9月4日、日本外国特派員協会の会見で「言うべきことを言わずに忖度ばかりしているとアメリカからも評価されなくなる」と批判している。日本から輩出されたICC所長が同盟国であるアメリカから制裁を受けているにもかかわらずだ。 藤井氏は、重大犯罪を国際的に裁こうと、20年以上にわたり国際社会が積み重ねてきたICCの歩みをここで止めてしまうのはもったいないという。ICCが絶対的な正義だというつもりはない。だからこそ、様々な批判と向き合いながら、より普遍的な国際法廷へと育てていくことが重要だ。藤井氏は、そこでリーダーシップを取れるのはまさに日本ではないかと指摘する。 国際的に重大犯罪を裁く仕組みを大国の圧力からどう守るのか。まだ不完全なICCをより世界に根づいた国際法廷へとどう育てていくのか。その時にアメリカの同盟国であると同時にICCを支える主要国でもある日本はどのような役割を果たすべきなのかなどについて、宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so46764733(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/07(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>トランプの圧力に揺れる国際法廷ICCを守るために日本がすべきこと/藤井広重氏(宇都宮大学国際学部准教授)
世界は今、完全に無法地帯と化してしまうかどうかの瀬戸際に立たされている。そのせめぎ合いの最前線が国際刑事裁判所をめぐる攻防だ。そして、今回ばかりは日本も傍観者でいることは許されない。 トランプ米大統領は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長と、セネガル出身のアブドゥライ・セイ弁護士を制裁対象に指定した。2人はアメリカに入国できなくなり、アメリカ国内の資産は凍結される。さらにアメリカ企業との取引が制限されることで、クレジットカードをはじめとする金融サービスが使えなくなり、日常生活にも影響が及ぶ。 赤根所長が制裁対象となった背景には、ガザでの軍事作戦をめぐりネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して出された逮捕状に、判事として関与したことがある。ICCは2024年11月、ガザで飢餓を戦争の手段として用いた疑いや民間人への攻撃を意図的に指示した疑いなどを理由に、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で両氏の逮捕状を発行した。ガザでの犠牲の甚大さから、これをジェノサイドに相当する行為だと見る向きも国際社会には根強い。 アメリカによるICC関係者への制裁は昨年から拡大しており、2025年2月以降、これまでにICC関係者13人が制裁対象に指定された。そのうち判事は9人で、ICCの裁判官18人の半数を占める。 いったいなぜ一国の政府が、国際裁判所の裁判官個人にこれほど強力な制裁を科すのか。 そしてこれは日本にとっても他人事ではない。赤根所長は日本政府がICC裁判官候補として送り出した人物であり、日本はICCを資金面でも支える主要な加盟国だ。その赤根所長が職務を忠実に遂行した結果、アメリカから制裁を受けている。日本はこの事態にどう向き合うべきなのか。 ICCは、戦争犯罪やジェノサイドなど重大な国際犯罪を犯した個人を裁くため、2002年に設立された常設の国際裁判所だ。現在125カ国・地域が加盟しており、日本も加盟国だが、アメリカやロシア、中国、イスラエルなどは加盟していない。 アメリカは、ICC非加盟国である自国やイスラエルの国民にまでICCの捜査や訴追が及ぶことに強く反発してきた。アメリカはICCの根拠となる条約「ローマ規程」を批准しておらず、ICCの権限を受け入れていない。アメリカからすれば、自分たちが参加していない条約によってつくられた裁判所が、なぜアメリカ国民を裁けるのかということになる。 一方、ローマ規程では、容疑者の国がICC非加盟国でも、犯罪がICC加盟国で行われた場合、ICCは権限を行使できる。ICCからすれば、加盟国で起きた重大犯罪であれば、容疑者がアメリカ人やイスラエル人だからといって対象外になるわけではない。アメリカが「誰を裁くのか」を問題にするのに対し、ICCは「どこで犯罪が起きたのか」を重視しており、ここの主張の違いが対立の根底にある。 ICCをめぐる対立や反発は、アメリカとの間だけで起きているわけではない。実際、ブルンジやフィリピンは、自国内の問題に対するICCの捜査などに反発し、ICCから脱退している。また、ICCがアフリカやグローバルサウスの国々を選択的に扱ってきたとの批判もある。ニジェールやブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドも脱退を通告しており、来年脱退する予定だ。 ICCの問題に詳しい宇都宮大学国際学部の藤井広重准教授は、こうした状況のなかで、アメリカによる制裁がICCへの不信や反発をさらに強め、加盟国の減少につながる可能性を危惧する。 ICCには自前の警察組織がない。容疑者の逮捕や身柄の引き渡しなど、ICCの実効性は加盟各国の協力に依存している。それだけに、ICCを支える国が減っていけば、裁判所としての機能そのものが弱まりかねない。 それでもICCのような国際法廷が必要とされるのは、国家による裁きだけでは重大な国際犯罪の責任を追及できない場合があるからだ。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの軍事行動をめぐっては、戦争犯罪や人道に対する罪などが問われている。国家が自ら裁こうとしない重大犯罪を誰が裁くのか。ICCはまさにそのために作られた仕組みだ。 ではなぜトランプ政権はICCにこれほど強硬なのか。11月3日に中間選挙を控えるアメリカ国内の政治事情も一因とみられ、共和党が連邦議会の多数派を維持できるかどうかは、残る任期の政権運営を大きく左右する。今回のICC制裁も、こうした選挙戦を意識した動きという見方が番組内で示された。 では、日本はどうするのか。 スペインやフランスなどが強い言葉でアメリカを非難する一方、日本政府は「大変残念」「大変深刻に受け止めている」と表明するにとどまり、制裁を強く非難したり、制裁の撤回を求めたりはしていない。 政府の対応に対しては日本国内からも批判の声が上がっている。国会議員による「人権外交を超党派で考える議員連盟」は8月24日、制裁をめぐる日本政府の対応に対する非難声明を発表した。日本政府の対応は「諸国と比べて段違いに弱い」とした上で、日本政府に対し、制裁に明確に抗議し即時撤回を要求するよう求めた。また、議連の共同代表の中谷元衆院議員は9月4日、日本外国特派員協会の会見で「言うべきことを言わずに忖度ばかりしているとアメリカからも評価されなくなる」と批判している。日本から輩出されたICC所長が同盟国であるアメリカから制裁を受けているにもかかわらずだ。 藤井氏は、重大犯罪を国際的に裁こうと、20年以上にわたり国際社会が積み重ねてきたICCの歩みをここで止めてしまうのはもったいないという。ICCが絶対的な正義だというつもりはない。だからこそ、様々な批判と向き合いながら、より普遍的な国際法廷へと育てていくことが重要だ。藤井氏は、そこでリーダーシップを取れるのはまさに日本ではないかと指摘する。 国際的に重大犯罪を裁く仕組みを大国の圧力からどう守るのか。まだ不完全なICCをより世界に根づいた国際法廷へとどう育てていくのか。その時にアメリカの同盟国であると同時にICCを支える主要国でもある日本はどのような役割を果たすべきなのかなどについて、宇都宮大学国際学部准教授の藤井広重氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so46764959(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/09/07(月) 12:00
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詳細<マル激・後半>9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか/内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
夏休みが終わり、新学期が始まる9月1日を挟んで、子どもの自殺が突出して増える。いわゆる「9月1日問題」だ。 「夏休み明けが危ない」ということは、以前から現場では指摘されてきた。しかし、それはあくまで実感の域を出るものではなかった。それが誰の目にも明らかな事実として可視化されたのが2015年だった。過去約40年分の18歳以下の自殺を日別に集計したデータが公表され、9月1日に突出した山ができていることが白日の下に晒されたのだ。しかも山は9月1日だけではなかった。ゴールデンウィーク明けにも春休み明けにも、休みが明けるたびに数字は跳ね上がっていた。学校に行くことがそれほどまでに子どもたちにとって過酷なものになっていることを、この統計は残酷なまでにはっきりと示していた。 日本の自殺者数そのものは、2006年の自殺対策基本法の制定以降、相談窓口の整備やゲートキーパーの養成、生活困窮者支援や就労支援など、政府を挙げた対策が積み重ねられた結果、年間3万人を超えていた時期から減り続け、2025年にはついに統計開始以来初めて2万人を下回った。ところが大人の自殺が減る一方で、子どもの自殺は増え続けている。小中高生の自殺者数は2024年が529人、2025年が538人と、2年連続で過去最多を更新した。しかも名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良氏が子どもの数の減少を加味して自殺率として計算し直してみると、実は1990年代からすでに子どもの自殺率の上昇は始まっていたことがわかったという。危機は30年前から始まっていたのだ。 とりわけ深刻なのが女子の自殺者の増加だ。教育問題は概して男子の件数が多く、自殺もかつては男子が女子を大きく上回っていた。ところが近年、女子が男子を追い越している。2025年は女子280人に対して男子258人で、小中高のいずれでも女子が男子を上回った。しかし、それが何を意味するのかを分析するためのデータは十分に公開されておらず、研究者ですら手を出せない状態にあると内田氏は言う。 警察庁の統計で自殺の原因を見ると、小中高生では「学校問題」が多くを占めている。ところがその内訳を見ると、われわれの予想を裏切って、いじめはごくわずかしかない。最も多いのは学業不振や進路の悩みだ。そして全体で圧倒的に多いのは「原因不詳」だった。にもかかわらず、メディアで語られる子どもの自殺はほとんどが「いじめ」と結びつけられている。内田氏は、いじめも不登校も、まずは「わからない」ということから始めなければならないと語る。当の子ども自身が自分に何が起きているのかをわかっていないことが多いのに、大人の側が先回りして答えを決めてしまう。それこそが最大の問題なのだという。 大人の側の見え方の歪みを浮き彫りにしたのが、不登校のきっかけについて、子ども本人と保護者と教員の三者にまったく同じ質問をぶつけた調査だった。当事者である子どもが平均7〜8個の項目にチェックを入れるのに対し、教員は2〜3個しか選ばない。そして最も差が大きかったのが「教員との関係」と「いじめ」で、教員はほとんどこれを選んでいなかった。一方、学業不振については三者の回答はほぼ一致していた。つまり、自分に責任が及ばない原因だけが、大人にはよく見えているということだ。「何かあったらいつでも相談に来なさい」と言う大人のもとに、子どもがなかなか行けないのも当然だろう。 不登校もコロナ以降増え続け、いまや35万人を超えた。これは小中学生のおよそ26人に1人にあたり、1クラスに1人以上が不登校という計算になる。しかもこれは学校からの報告に基づく数字であり、年間30日以上の欠席という「不登校」の定義からこぼれ落ちる子どもや、しんどさを抱えたまま登校を続ける「隠れ不登校」まで含めれば、実態はさらに大きいと見られる。 そして、しばしば見落とされるのが家庭の問題だ。「学校がつらいなら家にいればいい」と言われるが、家が安全な場所だという前提そのものを疑う必要があると内田氏は言う。中学生に「自分が最も落ち着ける場所」、その保護者に「自分の子どもが最も落ち着ける場所」を尋ねた内田氏の調査では、保護者の93%が「家」と答えたのに対し、子どもでは74%にとどまり、「SNS」を挙げる子どももいた。しかも不登校になれば親子関係が悪化し、子どもは家にも居場所がなくなっていく。さらに、子どもが学校に行かなくなった後に家庭が直面する困難、たとえば母親が仕事を辞めざるを得なくなるといった負担については、教育行政の調査対象にすらなっておらず、20年前から指摘され続けながら、いまだにブラックボックスのままだ。 スマホとSNSの普及の時期が子どもの自殺率の上昇と重なっている点も気になる。大人にとってのSNSが会社の外に広がる「解放」として機能するのに対し、子どものSNSは学校の人間関係の中に閉じており、むしろ「閉鎖」として働く。SNSのせいで、物理的に学校から離れているはずの夏休みでさえ、24時間学校の中にいるような感覚から逃れられなくなる。 アメリカではメタやTikTok、YouTubeなどを相手取り、無限スクロールやアルゴリズムによるフィードが青少年に依存的な行動を促す設計になっているとして訴訟が相次いでいる。今週も、メタが全米の州司法長官との間で今後10年で最大180億ドル、日本円にして約2兆9000億円を支払うことで合意したことが明らかになったばかりだ。自分で選んで見ているつもりの行動が、実はアーキテクチャによってあらかじめ方向づけられている。しかし日本では、この問題はほぼ野放しのままだ。 日本の学校制度の構造も再検証する必要がある。そこでは固定されたクラスで、気が合うかどうかにかかわらず同じ顔ぶれと朝から晩まで席を並べて過ごすほかなく、そこから離脱する方法がない。保護者も教員も学校的な価値を内面化し、部活動の指導から生徒指導まで、あらゆるものを学校と教員が丸抱えする。その結果、教員の長時間労働は限界に達し、ついに教壇に立つ教員がいないという教師不足まで現実になっている。部活動の地域移行に反発が起きるのも、結局は部活でいい思いをしてきた大人が多数派だからだ。 自殺対策は、どうしても「死ぬ理由」を取り除くことに向かう。しかし、かつてライフリンクの清水康之氏が本番組で語ったように、本当に必要なのは「生きる理由」を作ることだ。不安を取り除くだけでは人は生きられない。そして希望は、自分がワクワクした経験を持たない者には語れない。 9月1日を前に、大人は子どもたちのSOSをどう受け止めるべきなのか。内田氏は、大人が自分一人で何とかしようと思わないことが大切だと語った。自分には受け止めきれないこともあることを認めた上で、世の中にはほかにもさまざまな人がいて、電話でもLINEでもさまざまな相談の方法があるということを子どもに示していく。教員も保護者も、しんどいことはしんどいと口に出し、大人と子どもという役割の仮面を外して同じ目線に降りていく。それこそが、今われわれが取るべき方向ではないかというのだ。 データから見えてくる子どもの自殺と不登校の実像と、それを取り巻く学校と家庭の構造的な問題について、ゲストの内田良氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。※本番組はWHOの「自殺報道ガイドライン」を踏まえて制作しています。前半はこちら→so46736945(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/31(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>9月1日問題、子どもたちのSOSを大人はどう受け止めるのか/内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
夏休みが終わり、新学期が始まる9月1日を挟んで、子どもの自殺が突出して増える。いわゆる「9月1日問題」だ。 「夏休み明けが危ない」ということは、以前から現場では指摘されてきた。しかし、それはあくまで実感の域を出るものではなかった。それが誰の目にも明らかな事実として可視化されたのが2015年だった。過去約40年分の18歳以下の自殺を日別に集計したデータが公表され、9月1日に突出した山ができていることが白日の下に晒されたのだ。しかも山は9月1日だけではなかった。ゴールデンウィーク明けにも春休み明けにも、休みが明けるたびに数字は跳ね上がっていた。学校に行くことがそれほどまでに子どもたちにとって過酷なものになっていることを、この統計は残酷なまでにはっきりと示していた。 日本の自殺者数そのものは、2006年の自殺対策基本法の制定以降、相談窓口の整備やゲートキーパーの養成、生活困窮者支援や就労支援など、政府を挙げた対策が積み重ねられた結果、年間3万人を超えていた時期から減り続け、2025年にはついに統計開始以来初めて2万人を下回った。ところが大人の自殺が減る一方で、子どもの自殺は増え続けている。小中高生の自殺者数は2024年が529人、2025年が538人と、2年連続で過去最多を更新した。しかも名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の内田良氏が子どもの数の減少を加味して自殺率として計算し直してみると、実は1990年代からすでに子どもの自殺率の上昇は始まっていたことがわかったという。危機は30年前から始まっていたのだ。 とりわけ深刻なのが女子の自殺者の増加だ。教育問題は概して男子の件数が多く、自殺もかつては男子が女子を大きく上回っていた。ところが近年、女子が男子を追い越している。2025年は女子280人に対して男子258人で、小中高のいずれでも女子が男子を上回った。しかし、それが何を意味するのかを分析するためのデータは十分に公開されておらず、研究者ですら手を出せない状態にあると内田氏は言う。 警察庁の統計で自殺の原因を見ると、小中高生では「学校問題」が多くを占めている。ところがその内訳を見ると、われわれの予想を裏切って、いじめはごくわずかしかない。最も多いのは学業不振や進路の悩みだ。そして全体で圧倒的に多いのは「原因不詳」だった。にもかかわらず、メディアで語られる子どもの自殺はほとんどが「いじめ」と結びつけられている。内田氏は、いじめも不登校も、まずは「わからない」ということから始めなければならないと語る。当の子ども自身が自分に何が起きているのかをわかっていないことが多いのに、大人の側が先回りして答えを決めてしまう。それこそが最大の問題なのだという。 大人の側の見え方の歪みを浮き彫りにしたのが、不登校のきっかけについて、子ども本人と保護者と教員の三者にまったく同じ質問をぶつけた調査だった。当事者である子どもが平均7〜8個の項目にチェックを入れるのに対し、教員は2〜3個しか選ばない。そして最も差が大きかったのが「教員との関係」と「いじめ」で、教員はほとんどこれを選んでいなかった。一方、学業不振については三者の回答はほぼ一致していた。つまり、自分に責任が及ばない原因だけが、大人にはよく見えているということだ。「何かあったらいつでも相談に来なさい」と言う大人のもとに、子どもがなかなか行けないのも当然だろう。 不登校もコロナ以降増え続け、いまや35万人を超えた。これは小中学生のおよそ26人に1人にあたり、1クラスに1人以上が不登校という計算になる。しかもこれは学校からの報告に基づく数字であり、年間30日以上の欠席という「不登校」の定義からこぼれ落ちる子どもや、しんどさを抱えたまま登校を続ける「隠れ不登校」まで含めれば、実態はさらに大きいと見られる。 そして、しばしば見落とされるのが家庭の問題だ。「学校がつらいなら家にいればいい」と言われるが、家が安全な場所だという前提そのものを疑う必要があると内田氏は言う。中学生に「自分が最も落ち着ける場所」、その保護者に「自分の子どもが最も落ち着ける場所」を尋ねた内田氏の調査では、保護者の93%が「家」と答えたのに対し、子どもでは74%にとどまり、「SNS」を挙げる子どももいた。しかも不登校になれば親子関係が悪化し、子どもは家にも居場所がなくなっていく。さらに、子どもが学校に行かなくなった後に家庭が直面する困難、たとえば母親が仕事を辞めざるを得なくなるといった負担については、教育行政の調査対象にすらなっておらず、20年前から指摘され続けながら、いまだにブラックボックスのままだ。 スマホとSNSの普及の時期が子どもの自殺率の上昇と重なっている点も気になる。大人にとってのSNSが会社の外に広がる「解放」として機能するのに対し、子どものSNSは学校の人間関係の中に閉じており、むしろ「閉鎖」として働く。SNSのせいで、物理的に学校から離れているはずの夏休みでさえ、24時間学校の中にいるような感覚から逃れられなくなる。 アメリカではメタやTikTok、YouTubeなどを相手取り、無限スクロールやアルゴリズムによるフィードが青少年に依存的な行動を促す設計になっているとして訴訟が相次いでいる。今週も、メタが全米の州司法長官との間で今後10年で最大180億ドル、日本円にして約2兆9000億円を支払うことで合意したことが明らかになったばかりだ。自分で選んで見ているつもりの行動が、実はアーキテクチャによってあらかじめ方向づけられている。しかし日本では、この問題はほぼ野放しのままだ。 日本の学校制度の構造も再検証する必要がある。そこでは固定されたクラスで、気が合うかどうかにかかわらず同じ顔ぶれと朝から晩まで席を並べて過ごすほかなく、そこから離脱する方法がない。保護者も教員も学校的な価値を内面化し、部活動の指導から生徒指導まで、あらゆるものを学校と教員が丸抱えする。その結果、教員の長時間労働は限界に達し、ついに教壇に立つ教員がいないという教師不足まで現実になっている。部活動の地域移行に反発が起きるのも、結局は部活でいい思いをしてきた大人が多数派だからだ。 自殺対策は、どうしても「死ぬ理由」を取り除くことに向かう。しかし、かつてライフリンクの清水康之氏が本番組で語ったように、本当に必要なのは「生きる理由」を作ることだ。不安を取り除くだけでは人は生きられない。そして希望は、自分がワクワクした経験を持たない者には語れない。 9月1日を前に、大人は子どもたちのSOSをどう受け止めるべきなのか。内田氏は、大人が自分一人で何とかしようと思わないことが大切だと語った。自分には受け止めきれないこともあることを認めた上で、世の中にはほかにもさまざまな人がいて、電話でもLINEでもさまざまな相談の方法があるということを子どもに示していく。教員も保護者も、しんどいことはしんどいと口に出し、大人と子どもという役割の仮面を外して同じ目線に降りていく。それこそが、今われわれが取るべき方向ではないかというのだ。 データから見えてくる子どもの自殺と不登校の実像と、それを取り巻く学校と家庭の構造的な問題について、ゲストの内田良氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。※本番組はWHOの「自殺報道ガイドライン」を踏まえて制作しています。後半はこちら→so46737231(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/31(月) 12:00
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詳細<ディスクロージャー&ディスカバリー>公開されない戦没者の記録は存在しないのと同じだ
戦後81年が経った。しかし、まだ家族のもとに帰れていない戦争犠牲者が大勢いる。 名前は分かっている。遺骨も残っている。それでも遺族が見つからない。逆に、遺族の側は何十年も探し続けているのに、どこに記録があるのかが分からない。そういう人たちが、今もこの国には数え切れないほど存在するのだ。 なぜ、名前が分かっているのに見つからないのか。理由の一つは驚くほど単純だ。記録が公開されていないからだ。 第47回「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、広島の原爆犠牲者、シベリア抑留中の死亡者、東京大空襲の犠牲者、そして浮島丸事件の犠牲者という4つの事例を手がかりに、戦没者・戦災犠牲者の記録をめぐる情報公開の実態と、そこに横たわる制度上の壁を議論した。いずれも大規模な犠牲を伴った出来事だが、残された記録がどこにあり、どう管理されているかによって、遺族が情報にたどり着ける可能性はまったく違ってくる。 象徴的なのが広島の事例だ。広島市の原爆供養塔には、身元は判明しているのに遺族が分からない遺骨が多数納められている。市はその氏名などを名簿にして公開し、遺族からの情報提供を呼びかけてきた。この公開名簿と、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に登録された情報を照合したことで、2021年には梶山ハルさんの遺骨が遺族のもとに返還されている。また、梶山ハルさんの孫にあたる梶山初枝さんのケースでは、記録上の名前が食い違っていたために特定が難航したが、遺骨に残っていた髪の毛からDNA鑑定を行い、遺族との関係が確認された。 ここで起きたことの意味は小さくない。梶山さんの遺族は、行政が調査したから見つかったのではない。情報を社会に開いた結果、別々の場所に眠っていた記録が突き合わされ、思いもよらない手がかりが浮かび上がったのだ。しかも80年という時間の経過の中で、当時を知る人そのものが急速に失われつつある。記録を公開し、より多くの人が探せる状態にしておくことが、遺族や関係者にたどり着く最後の機会になる可能性がある。 ところが、現在の情報公開制度には大きな壁がある。行政機関が保有する文書は「現用文書」と呼ばれる公文書として扱われるため、個人を識別できる情報は原則として不開示の対象になってしまうのだ。 歴史的な記録については「時の経過」を考慮する仕組みも用意されている。しかし氏名のような情報は、時間が経てば識別性が薄れるという性質のものではない。80年が過ぎた今も、個人情報保護を理由に記録が閉ざされたままになる事態が起きるのはそのためだ。 シベリア抑留中の死亡者をめぐっても、同じ構図が見える。当初ロシア側から提供された名簿はカタカナ表記で、出生年しか分からず、個人を特定するには足りなかった。その後、旧軍の記録や戸籍と照合することで特定が進むと同時に、民間の研究者が集めた情報を公開したところ、遺族や関係者から新たな情報が寄せられ、名簿そのものが更新されていった。ここでも記録を開くことが、記録の精度を上げ、遺族の特定につながっている。 戦没者の身元特定という特殊な問題に一般的な情報公開法だけで対応することには限界がある。戦没者や戦災犠牲者に関する記録は、通常の行政情報とは性質が異なる。時間が経てば経つほど、公開しないことによる社会的な損失のほうが大きくなっていくからだ。特別なルールを設けるか、公益性を踏まえた政策判断として公開に踏み込むこと、そして早期にアーカイブへ移管し、検索しやすい形でデジタル化することが、遺族を特定するためには必要だ。 情報公開は、行政を監視するためだけの制度ではない。過去の記録を社会に開くことは、失われかけた記憶をつなぎ直し、人と歴史をもう一度見つけ出すための手段にもなる。戦後81年という時間軸の中で、わずかに残された手がかりをどう公開し、誰もが探せるようにしていくのか。戦没者の記録をめぐるこの問題は、情報公開制度がそもそも何のために存在するのかを、私たちに改めて問い直している。 今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、戦没者・戦災犠牲者の記録をめぐる情報公開の現状と制度上の課題について、情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/30(日) 12:00
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会員無料 38:31
詳細<マル激・後半>副首都法から大阪都構想へという強引な流れは一度断ち切るべきだ/幸田雅治氏(弁護士・神奈川大学名誉教授)
何のための、誰のための副首都法なのか。 国会会期を延長してまで通した副首都法だったが、背景には日本維新の会が強く主張してきた大阪都構想があり、政治的な動きばかりが目立つ。その一方で、この法律は住民にとってどういう意味があり、どのような課題があるのかが見えてこない。 自民・維新の連立合意書にかかげられていた副首都法案は、与党が多数を占める衆議院を通過したあと、国会の会期を延長して参議院で審議入りし、7月24日に賛成123票、反対121票の僅差で可決した。国土政策にかかわる重要な内容であるにもかかわらず政府提出ではなく議員立法という形で提出されたこの法案は、議論が不十分なまま極めて短時間で成立している。 副首都法は大規模災害に備え副首都を整備することを目的としているが、その要件は今後政令で定めるとされており、国の出先機関をどうするかや、すでに決定されている国土計画との関係など、不明な点が多い。地方自治が専門の幸田雅治・神奈川大学名誉教授は、大規模災害という観点からいっても、首都直下地震だけでなく南海トラフ地震などの大規模災害が想定されていることを考えれば、首都機能の複数地域への分散を考えるべきで巨大な副首都をつくる合理性はないと指摘する。 維新がこの法律の成立を急いだ背景には、大阪都構想がある。大都市大阪の「市」を廃止して東京23区と同様な特別区を設置する大阪都構想は、これまで2度の住民投票で否決されてきた。吉村代表は、副首都法成立後の記者会見で、来年の統一地方選挙に合わせて大阪都構想の住民投票の同日実施を目指したいと発言し、物議をかもした。成立した副首都法の付帯決議に、地方選と住民投票の日程が重複しないように最大限調整する、とあるにもかかわらずの発言だったからだ。すでに、8月7日の大阪都構想の法定協議会では、現在の大阪市を4つの特別区に分ける案が示されており、今後これをもとに議論が進んでいくと考えられている。 大阪市を廃止して特別区になるとどうなるのか。東京23区の例で考えれば、これまで大阪市が行っていた教育や福祉、ゴミ処理といった行政サービスが特別区の事務となり、権限と予算が区に移譲される。市立小学校が区立となり、市民税ではなく区民税を納めることになるのだ。一方でまちづくりなどの都市計画や消防・救急といった業務は大阪府が行うことになる。 住民に最も身近な行政サービスを行う基礎自治体としての大阪市は現在人口280万。これを区分けして小規模にして住民により身近な自治体とし、大都市としての一体性を保つための機能は大阪府に移行する、という考え方自体はありうると語る幸田氏は、今の維新のやり方に住民自治の発想がないことを問題視する。 特別区になれば区長、区議会議員も公選制となるが、大阪都構想の場合示されている議員数が他の同規模の自治体と比較して極端に少ない。区割りも含め、どういう街にしてゆくのか、市民が判断できるように提示して議論を積み重ねてゆくようなプロセスが見えてこないまま住民投票を繰り返すやり方でよいのかと、幸田氏は疑問を呈する。 東京23区が基礎自治体として定着する過程では住民がともに考え選択してきた経緯がある。住民自治こそが重要だと考える幸田雅治氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so46708611(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/24(月) 12:00
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詳細<マル激・前半>副首都法から大阪都構想へという強引な流れは一度断ち切るべきだ/幸田雅治氏(弁護士・神奈川大学名誉教授)
何のための、誰のための副首都法なのか。 国会会期を延長してまで通した副首都法だったが、背景には日本維新の会が強く主張してきた大阪都構想があり、政治的な動きばかりが目立つ。その一方で、この法律は住民にとってどういう意味があり、どのような課題があるのかが見えてこない。 自民・維新の連立合意書にかかげられていた副首都法案は、与党が多数を占める衆議院を通過したあと、国会の会期を延長して参議院で審議入りし、7月24日に賛成123票、反対121票の僅差で可決した。国土政策にかかわる重要な内容であるにもかかわらず政府提出ではなく議員立法という形で提出されたこの法案は、議論が不十分なまま極めて短時間で成立している。 副首都法は大規模災害に備え副首都を整備することを目的としているが、その要件は今後政令で定めるとされており、国の出先機関をどうするかや、すでに決定されている国土計画との関係など、不明な点が多い。地方自治が専門の幸田雅治・神奈川大学名誉教授は、大規模災害という観点からいっても、首都直下地震だけでなく南海トラフ地震などの大規模災害が想定されていることを考えれば、首都機能の複数地域への分散を考えるべきで巨大な副首都をつくる合理性はないと指摘する。 維新がこの法律の成立を急いだ背景には、大阪都構想がある。大都市大阪の「市」を廃止して東京23区と同様な特別区を設置する大阪都構想は、これまで2度の住民投票で否決されてきた。吉村代表は、副首都法成立後の記者会見で、来年の統一地方選挙に合わせて大阪都構想の住民投票の同日実施を目指したいと発言し、物議をかもした。成立した副首都法の付帯決議に、地方選と住民投票の日程が重複しないように最大限調整する、とあるにもかかわらずの発言だったからだ。すでに、8月7日の大阪都構想の法定協議会では、現在の大阪市を4つの特別区に分ける案が示されており、今後これをもとに議論が進んでいくと考えられている。 大阪市を廃止して特別区になるとどうなるのか。東京23区の例で考えれば、これまで大阪市が行っていた教育や福祉、ゴミ処理といった行政サービスが特別区の事務となり、権限と予算が区に移譲される。市立小学校が区立となり、市民税ではなく区民税を納めることになるのだ。一方でまちづくりなどの都市計画や消防・救急といった業務は大阪府が行うことになる。 住民に最も身近な行政サービスを行う基礎自治体としての大阪市は現在人口280万。これを区分けして小規模にして住民により身近な自治体とし、大都市としての一体性を保つための機能は大阪府に移行する、という考え方自体はありうると語る幸田氏は、今の維新のやり方に住民自治の発想がないことを問題視する。 特別区になれば区長、区議会議員も公選制となるが、大阪都構想の場合示されている議員数が他の同規模の自治体と比較して極端に少ない。区割りも含め、どういう街にしてゆくのか、市民が判断できるように提示して議論を積み重ねてゆくようなプロセスが見えてこないまま住民投票を繰り返すやり方でよいのかと、幸田氏は疑問を呈する。 東京23区が基礎自治体として定着する過程では住民がともに考え選択してきた経緯がある。住民自治こそが重要だと考える幸田雅治氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so46708887(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/24(月) 12:00
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詳細<セーブアース>子どもたちがサッカー選手を目指せる未来を守る/辻井隆行氏(Jリーグ執行役員)
盛り上がりを見せたサッカー・ワールドカップが閉幕し、8月7日にはJリーグの新シーズンが開幕した。今年からJリーグは、これまでの2月開幕・12月閉幕から、8月開幕・翌年6月閉幕へと、開催時期を大きく変更した。30年以上続いたシーズンカレンダーを変える背景には、欧州主要リーグとの日程統一や国際大会との整合性に加え、年々深刻になる暑さへの対応もある。Jリーグ執行役員でサステナビリティを担当する辻井隆行氏は、選手とファン・サポーターの安全、そして選手のパフォーマンスを考えた結果だと説明する。 これまでのJリーグでは、2月にシーズンが始まったあと、春にかけて選手の走行距離やスプリントなどのパフォーマンスが上昇し、暑くなる夏場には競技強度が低下する傾向があった。特に、時速20キロ以上で走った距離を示す「ハイインテンシティ走行距離」は、夏場に約2割低下するという。欧州主要リーグではシーズン開始から競技強度が上昇し、終盤には疲労によって低下するのに対し、日本では夏に谷ができる。暑さは選手の身体だけでなく、試合そのものの質にも影響しているのだ。 もちろん、シーズンを移すだけで猛暑の問題が解決するわけではない。選手を守るため、Jリーグでは暑さ指数(WBGT)を活用し、試合開催の判断や水分補給に生かすほか、暑さが厳しい場合には試合中に「飲水タイム」を設けている。キックオフを夜間にずらすことも対策の一つで、将来的には屋内スタジアムや空調設備の導入も選択肢となる。 しかし、問題はプロの試合だけではない。子どもたちがサッカーをする環境にも、すでに暑さの影響が及んでいる。人工芝のグラウンドでは、素材が熱を吸収し、夏場には表面温度が70度近くになるため、遮熱構造の靴でなければ足にやけどを負うこともあるという。 Jリーグでは、ためた雨水を毛細管現象によって芝に供給し、気化熱でグラウンドを冷やす新しい芝の技術にも注目している。この技術は暑さ対策になるだけでなく、集中豪雨の際に雨水を一時的にためる機能も期待できる。 実際、昨年、あるサッカースクールでは、夏の3カ月間に予定していた90回のうち65回が中止となり、開催できたのは25回だけだったという。暑さだけでなく、雷や大雨などの気象条件による中止も増えている。Jリーグの試合でも、2018年以降、気象を理由とする中止・延期が増えており、以前は年間数試合だったものが、平均で9~10試合にまで増えているという。 ここで問われるのは、「暑さにどう適応するか」だけでよいのか、という点だ。 辻井氏は、熱中症対策や開催時間の変更など、目の前の危険から選手を守る「適応」と同時に、気候変動の原因そのものに向き合う「緩和」が必要だと話す。JリーグもCO₂を排出する側である以上、自らの排出削減に取り組まなければならない。 一方で、Jリーグの排出量だけをゼロにしても、気候変動そのものを止めることはできない。だからこそ、60のクラブがそれぞれの地域で、自治体や企業、学校、ファンなどを巻き込み、社会の仕組みそのものを変えていくことを目指している。 その一例が、公共交通や再生可能エネルギーの利用を、地域の課題と結びつけた取り組みだ。クラブを単なるサッカーの興行主体ではなく、地域の人々をつなぐ「ハブ」として活用し、便利で使いやすい仕組みをつくることで、結果的にCO₂の削減にもつなげていく。こうしたロールモデルを60の地域で生み出し、互いの地域に広げていくことが、Jリーグの目指す方向だ。 さらにJリーグは、英国発の「スポーツポジティブリーグ(Sport Positive Leagues)」にアジアで初めて参加し、各クラブの気候変動への取り組みを12の領域で評価・可視化することにした。順位をつける目的は、優劣を競うことではない。あるクラブの取り組みを別のクラブが取り入れることで、リーグ全体の活動を底上げすることにある。 気候変動は、サッカーのように一つのクラブが勝てば、ほかが負けるというものではない。「みんなで勝たなければ、みんなが負ける」問題なのだ。 猛暑は、もはや選手の体調管理だけの問題ではない。競技の質を下げ、試合を中止させ、子どもたちからサッカーをする機会を奪い、さらには「サッカーをする」という日常そのものを変えようとしている。 かつて自分たちが当たり前のように享受してきた環境を、次の世代も同じように享受できるとは限らない。だからこそ、Jリーグが目指すのは、いまの選手を守ることだけではない。将来、子どもたちが「サッカー選手になりたい」と思ったときに、安心してボールを蹴ることのできる環境を残すことでもある。 そのためには、暑さに適応するだけでなく、温暖化をこれ以上進行させない社会をつくる必要がある。サッカーを守ることは、サッカーだけを守ることではない。 スポーツを通じて、未来の暮らしそのものをどう変えていくのか。Jリーグ執行役員の辻井隆行氏、環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2026/08/23(日) 12:00