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父さん。ぼくです。相沢直です。当たり前ですが、冬は寒いわけで。そして冬の雪山の天候の変化は、びっくりするほど、激しいわけで。父さん。ぼくは今、雪山で遭難しているわけで。そして目の前には、グラビアアイドルの、川村ゆきえがいるわけで......。
と、思わず「北の国から」の純口調になってしまうほど、ぼくは焦っていた。冬の雪山でのグラビア撮影。たまたま見つけた山小屋で休憩を取ることにしたのが運の尽きだ。先輩カメラマンとスタッフは全員撮影場所を探しに外に出かけ、ぼくと川村ゆきえの二人が残り、その数十分後、雪山を吹雪が襲った。
つまり今、ぼくと川村ゆきえは、二人きりで山小屋に缶詰になっている。目の前の川村ゆきえは、水着の上からダウンコートを羽織っただけの状態。暖炉に火をくべて何とか暖を取っているが、やはり寒いのだろう。両手をこすり合わせて、息をハーハーしている。その仕草は、こんな状況で言っている場合ではないが、とても可愛らしかったりして。
ぼくの視線に気付いた川村ゆきえは、ちょっとたれ目の笑顔でぼくを元気づけるように言う。
「相沢さん、大丈夫ですって! ファイトだっ!」
ガッツポーズを作るその仕草が、さらに可愛い。ってだから、そんなことを言っている場合ではないのだ。吹雪の中、山小屋で、川村ゆきえと二人きり。ぼくの人生において、最も寒くてあたたかい冬の一日が、始まろうとしていた。

(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。


深刻そうな顔をして、川村ゆきえがぼくに言う。
「相沢さん......。ひとつ、良いですか?」
やはり、強がっていても、女の子だ。怖いのだろう。そりゃそうだ。ぼくだってそうなんだから。でもぼくは男として、力強く、彼女を励まそうと決める。
「ん? いいよ。言ってみろよ」
「じゃあ相沢さん。『あなた、遭難したんですか?』って、私に聞いてみてください」
「は? まあ、良いけど......。えっと、あなた、遭難したんですか?」
そして川村ゆきえは答える。
「......そうなんです!」
ちょっとたれ目の笑顔をコロコロと転がして、笑っている川村ゆきえ。ポカンと見ているぼくに向かって、分かってないなあ、みたいな不満げな顔を浮かべて、
「相沢さん、ダジャレですよぉ。『そうなんです』。『遭難です』。ねっ?」
いや、それは分かってるけど。いま言うことじゃないだろ。しかし川村ゆきえは、こういう女の子なのだ。

彼女が新人のころからグラビア撮影で一緒になる機会は多いが、どんな状況においても、彼女は笑顔を絶やさないし、それどころか周囲を楽しい雰囲気にさせようとする。グラビア撮影は結構体力勝負なところもあって、きつい思いもしているはずなのだが、それをおくびにも出さない。その魅力が写真に表れているからこそ、彼女は今でもグラビア界の最前線で闘えているのだとぼくは思っている。
まあ、しかし、今の事態はそう楽観的なものではない。
「ったく。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 暖炉があるからまだ平気だけど......」
と、暖炉を見る。そしてぼくは気付く。どうやら事態は楽観的でないどころか、極めて悲観的なものらしい。暖炉の薪が、もうほとんど残っていないのだ。この火が消えたら。山小屋の外は零下10度は下らないだろう。ぼくはともかく、川村ゆきえは、ダウンコートの下に水着だけという格好なのだ。暖炉の火が消えてしまえば、あとはもう......。

呆然とするぼくの後ろから川村ゆきえが顔を出し、暖炉を見る。
「ありゃりゃ。こりゃまずいですなあ」
相変わらずのんびりした口調だ。北海道出身だから慣れているのか、それとも何も考えていないのか。
「うーむ。まさか相沢さんと、二人きりで最期を迎えるとは......」
「おいちょっと、縁起でもないこと......」
川村ゆきえの顔をふと見ると、俯いて、何やら考え込んでいるらしい。が、すぐに顔を上げて、彼女は遠くを見つめて言う。
「ま、でも。好きな人と二人きりで最期を迎えられるんだから、それも悪くないか!」
言葉の意味がよく分からない。川村ゆきえの顔を覗き込むと、こちらを向いた彼女は、照れたようにはにかんで、
「だって、どうせなら、言っておかないと。私、ホントは、相沢さんのこと、ずっとずっと......」
「やめろっ!」
ぼくは思わず、強い口調で彼女の言葉を遮る。彼女にそんなこと、言わせたくなかった。アイドルが、女の子が、言うべき台詞じゃない。もしもその言葉を言うとしたら、男であるぼくのほうだ。
ぼくは決意する。そして、一枚ずつ服を脱ぐ。コートもインナーも靴下も、下に履いたブリーフパンツだけを残して、全ての服を脱いでしまう。
川村ゆきえは、恥ずかしそうに目を両手で抑えている。そして焦ったような、困ったような顔で、
「あ、相沢さんっ! 急にそんな! 私、まだ、心の準備が......」
どうやら彼女は、誤解しているようだった。ぼくが服を脱いだのは、別に、そういう目的じゃない。ぼくは脱いだばかりの服を手に取り、おもむろに暖炉に投げ入れる。
「相沢さん!」
彼女の声をかき消すように、パチパチと、暖炉が音を立てる。これでしばらくは、火種になるだろう。
さっき彼女の言葉を遮ったのは、ぼくがその言葉を言うためではなかった。彼女が言おうとしていたその言葉は、アイドルが決して言っちゃいけない言葉だったからだ。そして、その言葉を聞くってことは、本当にこれが最期だと認めてしまうってことだ。

川村ゆきえは、生きなくてはいけない。いつだって、グラビアの笑顔で、日本中の男たちに勇気と元気を与えなくちゃいけないのだ。こんなところで死なせちゃいけない。死んじゃいけないんだ、川村ゆきえは。
なんてカッコいいことを言っているが、パンツ一丁である。さすがに恥ずかしい。ぼくは川村ゆきえの顔を見ないように、あぐらをかく。
「これで、しばらくは大丈夫だろ。俺のことは、気にすんな。北国出身だから、多少の寒さは平気だからさ」
本当は南国も南国、宮崎出身だから寒さには弱い。だけどこう言わないと、彼女が心配してしまうだろうから。
「相沢さん......」
後ろから、彼女の震えた声が聞こえる。そして次の瞬間、背中にあたたかくて柔らかいものが当たった。これは、もしや......。
「ちょ、ちょっとっ!」
慌てるぼくを尻目に、水着姿の川村ゆきえはぼくに後ろから抱きつき、二人をダウンコードで覆う。二人羽織の体勢である。中にいるのは、パンツ一丁のぼくと、水着姿の川村ゆきえだ。狼狽するぼくの耳元で、川村ゆきえの声が聞こえる。
「相沢さん。いちばんあったかいのは、人肌なんですよ。ね? あったかいでしょ?」
「いや、それは、その......。とは言え、背中にその、当たってるんですが......」
「それは、我慢してくださいっ! 私だって恥ずかしいんだから。それか、私が前に行きますか?」
「......いや、それはそれで困るんだけど」
こっちはこっちで、体の一部が、既に何というか、まあ、そういうことだ。ぼくら二人は、ただじっとしていた。とてもあたたかった。そしてとても静かだった。背中で聞く彼女の鼓動だけが、優しく響いていた。
そこから後の話は、省略しよう。ぼくらを助けに来た捜索隊の男が、なかなかやるねえ、って顔でぼくをニヤニヤ見た話なんてしてもつまらないから。ただ一つ、事実として、川村ゆきえはこれからもグラビアで、全国の男たちに勇気と元気を与えるだろう。その笑顔は、もしかしたら、今までよりもちょっとだけ色っぽさを増しているかもしれないけど。

(相沢直)

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