"正直、スマン。"と言いたい気持ちでいっぱいだった。映画『幕が上がる』試写会を終えた感想だ。
上映直後、恥ずかしながら、31歳のももクロファンでもない広告系ハードワーカー男子が、目と鼻から絞りとれる限りの液体を垂れ流していた。
「ももいろクローバーZ」の5人が主演の、高校演劇を舞台にした青春映画。監督は『踊る大捜査線』の本広克行。上映前の予備情報として、ここまで聞いたところ、全盛期フジテレビが量産していた通称「世界の亀山モデル」((C)宇多丸師匠)的な、アイドルのプロモーションムービーくらいにしか思っていなかった。原作に演劇界の巨匠・平田オリザや、脚本に『桐島、部活やめるってよ』の喜安浩平の名前を見つけても、その甘い見積もりは覆らなかった。
先日のコラムでも話題になったプロレスラー天龍源一郎のクレジットをみて、少しだけテンションがあがるくらいだった。
しかし、映画の幕が上がってすぐに、ぼくのその薄っぺらな色眼鏡のレンズはたたき割られることになる。その理由は、端的に言うと、ももクロの5人の演技がうまいのだ。
「うまい」という言葉は正確ではないかもしれない。もちろん、やりすぎだと思う部分、不自然だと思う部分があるのは否めない。しかし、そんな小さな傷など打ち消してしまうほどに、ももクロの5人はスクリーンのなかで、イキイキと生きている。それぞれが演じる5人の女子高生の人生を存分に生きている。それがもう、眩しい。
見ているだけで、彼女らの喜び、悔しさを強制的に共有させられてしまうほどの破壊力である。
この映画に取り組む前に、ももクロの5人は演技を学ぶために数回に渡って平田オリザの演劇ワークショップに通ったのだという。
指導した平田オリザは語る。「おそらく、この作品を観た多くの観客の皆さんは、ももクロメンバーの"演技力"に驚くことでしょう。彼女たちは、このひと夏で、役者として驚異的な成長を遂げました。進化するアイドルとして走り続けてきたももいろクローバーZが、もう一つ新しいステップに踏み込むことができたのではないかと思います」。
そして指導を受けたももクロのリーダーであり、本作品の主演で演劇部の部長兼演出家を務める百田はこう語る。
「オリザさんが教えてくれたのはお芝居の根本の部分。台本をもってここのセリフをこうしろじゃない。お芝居とはなんなのか、そこから教えてくれました!
お芝居はこうでなくちゃダメとかない。アイドルがこうでなくちゃってのもない。その時、ジャンルを通り越してなにか新しいものが作れる気がしました!」
このコメントのやりとりからも伝わるとおり、平田オリザはももクロがライブで発揮する潜在的な爆発力を最大限、演技という競技のなかで発揮させるきっかけを作ったのだろう。
ももクロ主演の青春映画、ありがちな作品に終わりかねないギャンブルに、監督の本広、原作の平田オリザをはじめとした制作陣は見事な勝利をおさめたといえる。
物語はシンプルで、高校演劇に取り組む弱小の演劇部がふとしたことで変わっていくひと夏を描いた、ど真ん中どストレートな青春アイドル映画だ。
その一瞬しかない10代のある夏に全力で取り組み、笑い、泣く少女たちの姿は、かつての国民的バスケ漫画で主人公が監督に投げかけた「おやじの栄光時代はいつだよ?おれは今なんだよ!!」という台詞を彷彿とさせる。
その夏があったことで、将来が大きく変わることはない。しかし、その夏があったことで人生との向き合い方が決定的に変わる。少なくともそう錯覚できる夏について描かれた名作がまた一つ生まれたのだ。
物語のなかで、ももクロ演じる5人の女子高生の人生との向き合い方の変化のきっかけになるのが、演劇部に新任の顧問として現れる吉岡先生だ。
ここまで、この映画について主演のももクロばかりを褒め、ストレートな物語と語り、青春の映画として批評してきたが、黒木華が演じる彼女の存在が、この映画を単なる「青春映画の傑作」ではなく、われわれ「社畜・ハードワーカーのための青春映画」にしている。
黒木華の迫力がすごい。演劇という底が丸見えの底なし沼(C井上義啓)の入り口に立ったばかりの演劇部の5人、すなわちももクロに、演劇の面白さ、凄みを見せつけ、グイグイと引き込んでいく。
劇中の吉岡先生と演劇部の関係性は、正に現実の黒木華とももクロの関係性と重なるのだ。
そんな信頼関係が見える両者だが、物語のクライマックスにはあるとんでもない裏切りが用意されている。ネタバレになるから、ちょっと書けないのだけれども。
だがその裏切りは、主人公たちももクロや、その同世代である10代、20代にとっては衝撃的な辛い出来事だけれども、われわれハードワーカーズ世代にとっては当然であり、同時にものすごく勇気づけられる展開でもあるのだ。
そしてその裏切りは、最後には登場するすべての人物にとって前向きな、意味のある展開として受け入れられていく。
この世代どうしが人生の意味を解釈するギャップを埋めていくことこそが成長であり、それがリアルに、丁寧に描かれているからこそ、この映画は本当の意味で成功した映画といえる。
全国の同志諸君、ももクロが好きじゃなくてもいい。ハードワーカーズの一員であるならば、映画館に足を運んでみてほしい。
その後、予告編を見直すと、主人公を演じる百田夏菜子の
「部活って残酷です・・・でも、演劇って一人じゃできないでしょ・・・行こう!全国に!」
というモノローグが、こんな風に聞こえるはずだ。
「会社って残酷です・・・でも、仕事って一人じゃできないでしょ・・・行こう!日付変更線の向こう側!」と。
さぁ、今夜もハードワークの幕が上がる。
文/三浦崇宏
http://youtu.be/3snLiEL3Pzw
(C)2015平田オリザ・講談社/フジテレビジョン 東映 ROBOT 電通 講談社 パルコ
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