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某月某日、都内某所。
近未来を感じさせる、円筒状の部屋。カーテンが閉め切られ、ライトの落とされた、薄暗い室内。中央の四面モニターが青白い光を放ち、その周囲をぐるりと囲んだドーナツ型の円卓に座す人影たちを照らし上げている。
席数は十二。うち半数が埋まっていた。最も奥まった席、卓上に組んだ両手を乗せた初老の男が口を開いた。
「さて、いよいよだね」
それほど大柄というわけではないが、切れ長の瞳が並々ならぬ気迫を感じさせる。
「いよいよ、計画を実行段階に移す。失われた黄金の時代を再び取り戻し、停滞した世界を変革する時だ」
中央のモニターには、履歴書然とした年若い女の子たちのバストアップが、数名分映し出されていた。画像にはパーソナルなデータも書き込まれている。下は小学生から上はOLまで、年齢層は幅広い。
居並ぶ影たちは、たくらみの気配を漂わせていた。いったいどういう集団なのか? 何をする組織なのか? 全ては薄闇の中にたゆたっている。
「愛知県岡崎は丸石君。静岡県富士川は根上君。山梨県甲斐が養老さん。石川県白山は吉田さん。三重県四日市は大田さん……これで中部地方の主な拠点は、制覇できたというわけだ。ここからは、各チームエージェントの 裁量にゆだねられるところも大きい。諸君の尽力に期待する」
「……リーダー、よろしいですか」
影のうちひとつが、控え目に声を上げた。生まれてこの方、笑ったことがないというような、常に何かに苦悩しているような眉間のしわ。不器用さがスーツを着ているような印象の中年男である。
「なにかな? 丸石君」
リーダーと呼ばれた初老の男が返す。
「計画の成功のため力を尽くすことは、やぶさかではありません。とても意義深い仕事だと思っています。しかし……」
男はそこで言葉を濁した。思慮深さから、黙りがちになるたちのようだ。
「しかし?」
リーダーが先を促す。
「……やはり私は、プロジェクトから外していただいた方がよろしいかと」
リーダーは片方の眉毛を持ち上げ、
「なぜかね?」
「他の皆さんとは違って、私はこういった業界には明るくありません。彼女たちの担当には、もっと相応しい者がいるのでは?」
「アハハハッ!」
ほっそりとした影が、朗らかな笑い声を上げた。薄暗い中でも鮮やかに光る金髪の女性だ。口調も声音も、場にそぐわない感があるが、当人は気にする風もない。
「そんなの、アタシや根上もそーですって。面白そうだからやるってだけで、いいんじゃないスか?」
その隣に座る、胃腸の弱そうな気弱げな青年が、ぽつりとこぼす。
「ええっ? うーん……吉田さんと同レベルかぁ……」
女は青年を睨み付けた。
「何か文句でもあんの?」
「い、いやいや、そんなまさか! ちょっとは勉強しなきゃなって思っただけで……」
「はっはっは! こういうのは、知らない方がかえっていい仕事をするもんだよ?」
ふたりの掛け合いを受けて、また別の影が言う。リーダーと同年代の初老の男だが、胸板も厚く腕も太い。声も快活そのものだ。スーツ姿ではあるが、とても堅気の者とは思えない迫力がある。
「わしらはただの補佐役だ。そう気負うこたあない……主役は、あの子たちなんだから」
ズズズ……小柄な老人がそう言うと、湯飲みから茶を啜った。眉毛が長く瞳を隠しており、今しがた山から下りてきた仙人のような、底知れない雰囲気を纏っている。
一同の言葉を受けて、リーダーが口を開いた。
「丸石君。ここまでの君の働きぶりは、信頼に足るものだった。養老さんの言うとおり、我々の仕事は、下手な知識がない方がいいときもある」
リーダーの瞳は自信にあふれていた。
「敢えて専門ではない者を多く選ばせてもらったのは、そのためだ。新しいことを始めるときは、常識を打ち破らなければならない。私としては、是非君に、引き続き担当をお願いしたいんだがね」
中年男は目を伏せた。
「……わかりました。精一杯、務めさせていただきます」
「うむ。彼女たちにとっても、その方がいいだろう」
リーダーは一息つくと、闇の中に未来を見据えるように、瞳を輝かせた。
「それでは……ガールズラジオ・プロジェクト、始動する!」
ガールズラジオ・プロジェクト。
それは、各地域ごとに集められた女の子たちに、ミニFMのラジオ放送を行ってもらうという企画。
初動グループは五つ、開催期間は一年。
それぞれ再生数、評価点数、コメントなどを総合したポイントが、ワンクールごとに集計される。最も高い成績を収めたグループは、正式な広域ラジオ放送に格上げされるが、逆にデッドラインを下回った組は解体され、新しい組が編成される……
この新企画を受けて集められた少女たちは、視聴者数やチームの評価に思い悩みながら、手を取り合って困難に立ち向かい、またはライバルたちと競い合う。
これは、ラジオに青春をかけた女の子たちの物語だ。
原作・多宇部貞人氏による小説「ガールズ ラジオ デイズ」
ガルラジのネットラジオ番組だけではわからない、彼女たちの日常が明らかになる!?
多宇部貞人 @taubesadato
<代表作>
シロクロネクロ(電撃文庫、全4巻) / 断罪のレガリア(電撃文庫、全2巻) / 封神裁判(電撃文庫、全2巻) 他
近未来を感じさせる、円筒状の部屋。カーテンが閉め切られ、ライトの落とされた、薄暗い室内。中央の四面モニターが青白い光を放ち、その周囲をぐるりと囲んだドーナツ型の円卓に座す人影たちを照らし上げている。
席数は十二。うち半数が埋まっていた。最も奥まった席、卓上に組んだ両手を乗せた初老の男が口を開いた。
「さて、いよいよだね」
それほど大柄というわけではないが、切れ長の瞳が並々ならぬ気迫を感じさせる。
「いよいよ、計画を実行段階に移す。失われた黄金の時代を再び取り戻し、停滞した世界を変革する時だ」
中央のモニターには、履歴書然とした年若い女の子たちのバストアップが、数名分映し出されていた。画像にはパーソナルなデータも書き込まれている。下は小学生から上はOLまで、年齢層は幅広い。
居並ぶ影たちは、たくらみの気配を漂わせていた。いったいどういう集団なのか? 何をする組織なのか? 全ては薄闇の中にたゆたっている。
「愛知県岡崎は丸石君。静岡県富士川は根上君。山梨県甲斐が養老さん。石川県白山は吉田さん。三重県四日市は大田さん……これで中部地方の主な拠点は、制覇できたというわけだ。ここからは、各チームエージェントの 裁量にゆだねられるところも大きい。諸君の尽力に期待する」
「……リーダー、よろしいですか」
影のうちひとつが、控え目に声を上げた。生まれてこの方、笑ったことがないというような、常に何かに苦悩しているような眉間のしわ。不器用さがスーツを着ているような印象の中年男である。
「なにかな? 丸石君」
リーダーと呼ばれた初老の男が返す。
「計画の成功のため力を尽くすことは、やぶさかではありません。とても意義深い仕事だと思っています。しかし……」
男はそこで言葉を濁した。思慮深さから、黙りがちになるたちのようだ。
「しかし?」
リーダーが先を促す。
「……やはり私は、プロジェクトから外していただいた方がよろしいかと」
リーダーは片方の眉毛を持ち上げ、
「なぜかね?」
「他の皆さんとは違って、私はこういった業界には明るくありません。彼女たちの担当には、もっと相応しい者がいるのでは?」
「アハハハッ!」
ほっそりとした影が、朗らかな笑い声を上げた。薄暗い中でも鮮やかに光る金髪の女性だ。口調も声音も、場にそぐわない感があるが、当人は気にする風もない。
「そんなの、アタシや根上もそーですって。面白そうだからやるってだけで、いいんじゃないスか?」
その隣に座る、胃腸の弱そうな気弱げな青年が、ぽつりとこぼす。
「ええっ? うーん……吉田さんと同レベルかぁ……」
女は青年を睨み付けた。
「何か文句でもあんの?」
「い、いやいや、そんなまさか! ちょっとは勉強しなきゃなって思っただけで……」
「はっはっは! こういうのは、知らない方がかえっていい仕事をするもんだよ?」
ふたりの掛け合いを受けて、また別の影が言う。リーダーと同年代の初老の男だが、胸板も厚く腕も太い。声も快活そのものだ。スーツ姿ではあるが、とても堅気の者とは思えない迫力がある。
「わしらはただの補佐役だ。そう気負うこたあない……主役は、あの子たちなんだから」
ズズズ……小柄な老人がそう言うと、湯飲みから茶を啜った。眉毛が長く瞳を隠しており、今しがた山から下りてきた仙人のような、底知れない雰囲気を纏っている。
一同の言葉を受けて、リーダーが口を開いた。
「丸石君。ここまでの君の働きぶりは、信頼に足るものだった。養老さんの言うとおり、我々の仕事は、下手な知識がない方がいいときもある」
リーダーの瞳は自信にあふれていた。
「敢えて専門ではない者を多く選ばせてもらったのは、そのためだ。新しいことを始めるときは、常識を打ち破らなければならない。私としては、是非君に、引き続き担当をお願いしたいんだがね」
中年男は目を伏せた。
「……わかりました。精一杯、務めさせていただきます」
「うむ。彼女たちにとっても、その方がいいだろう」
リーダーは一息つくと、闇の中に未来を見据えるように、瞳を輝かせた。
「それでは……ガールズラジオ・プロジェクト、始動する!」
ガールズラジオ・プロジェクト。
それは、各地域ごとに集められた女の子たちに、ミニFMのラジオ放送を行ってもらうという企画。
初動グループは五つ、開催期間は一年。
それぞれ再生数、評価点数、コメントなどを総合したポイントが、ワンクールごとに集計される。最も高い成績を収めたグループは、正式な広域ラジオ放送に格上げされるが、逆にデッドラインを下回った組は解体され、新しい組が編成される……
この新企画を受けて集められた少女たちは、視聴者数やチームの評価に思い悩みながら、手を取り合って困難に立ち向かい、またはライバルたちと競い合う。
これは、ラジオに青春をかけた女の子たちの物語だ。
原作・多宇部貞人氏による小説「ガールズ ラジオ デイズ」
ガルラジのネットラジオ番組だけではわからない、彼女たちの日常が明らかになる!?
多宇部貞人 @taubesadato
<代表作>
シロクロネクロ(電撃文庫、全4巻) / 断罪のレガリア(電撃文庫、全2巻) / 封神裁判(電撃文庫、全2巻) 他
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