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2015年02月28日 20:39 公開

倉方俊輔×豊川斎赫 ×藤村龍至「工学の国で意匠の可能性を問う」【2014/10/13配信】 @kurakata @ryuji_fujimura

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動画パックの説明 日本の社会では建築の意匠が議論の対象とならない。意匠などというものは建築デザイナーの自己中心的な表現欲求に過ぎず、建築は社会や機能のことを考えるべきだ、という主張が繰り返され、醜い建築、醜い都市、醜い風景が量産されてしまう。

ルーツは今からちょうど100年前に遡る。1914年に竣工した東京駅の構造設計等を担当した建築構造家、佐野利器は「意匠などというものは婦女子の考えること」と考え、社会の近代化に伴う都市の拡大を背景に「耐震耐火構造」「大量生産」「都市計画」などをテーマに掲げ、意匠派批判のキャンペーンを張る。日本建築の伝統と西洋から輸入された新しい技術を融合した日本独自の意匠を確立しようとしていた伊東忠太ほか意匠派が佐野らの批判に応えられれば良かったのだが、運悪く関東大震災(1923)がやってくる。

佐野は復興計画の中心となり、耐震耐火構造の学校建築を実現し、鉄筋コンクリートの工法を伝授して今日のスーパーゼネコンの基礎を作り、日本近代建築界の基礎をつくる。以来、社会と結びついているのは構造・組織派であって意匠・アトリエ派は社会から孤立した存在として扱われ、社会的な影響力のない意匠アトリエ派と意匠に興味のない構造組織派の対比が近代化、戦争、戦災復興、超高層、グローバル化とかたちを変えながら100年以上延々続いている。

その対比はどう乗り越えればいいのだろうか。1960年代、丹下健三は社会・工学・意匠を統合し得た数少ない存在であったが、現代ではかつての丹下のように社会・工学・意匠を統合することは不可能なのだろうか。 ここでは事故災害の国・日本で拡大した「意匠に興味のない工学」というモデルを乗り越えるため、「超線形設計プロセス」という工学的なフィードバックを用いて新たな意匠論を展開しようとする「批判的工学主義」を掲げる藤村の著書の刊行を記念し、伊東忠太研究を起点に広く作家研究を行う倉方俊輔氏と、組織設計事務所での実務を持ち、丹下健三研究を行う豊川斎赫氏を招き、現代における意匠の可能性を討議する。

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