このブロマガでしか読めない、
mothy_悪ノP書き下ろし小説『拷問塔は眠らない』番外編。

今夜、いよいよ最終話をお届けします。

ハンク卿による犯罪組織ペールノエル討伐『ケイヴ・ホラガの討伐戦』は、
一体いかなる結末となるのか……?
どうぞ、お楽しみください。
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【前回のあらすじ】→前回掲載分はこちら
英雄・ハンク卿による、犯罪組織「ペールノエル」討伐のための戦いである
通称『ケイヴ・ホラガの討伐戦』に
司令部付きのラッパ手として参加することになったマルコ。

戦いが始まったその時、突如轟音をたてて洞穴が崩れ落ちた。

さらに雷が轟き、「人間」だったはずの傭兵が背に翼を生やして戦い始める。
洞穴の崩落をきっかけに始まった、神話の神々の戦いのような「ありえない状況」を前に、
マルコはビューグルを吹き、ラッパ手としての使命をまっとうしようとするのだが……


 ビューグルからは、マルコが予想していたよりもずいぶんと低い音が響いた。
 何かに似ている。そうマルコは思った。
(何だっけ?)
 ああ、そうだ。
 これは――。
 牛の鳴き声だ。
 
◇   ◇   ◇
 
 自らが吹いた音。
 響き渡るその音を聞いて、ようやくマルコは我を取り戻した。
 彼は、狭く暗い空間の中にいた。筒状になった壁は黄金色を帯びており、そこから発せられる熱がマルコの肌を焼いている。息を吸うと熱気は口内に入り込み、気道と肺を灼いて彼をより一層苦しめる。
 悶えながら、マルコは考えた。
 自分はホラガ洞穴の近くにいたはずだ。ペールノエルと戦う軍勢の中にラッパ手として参加していたはずなのに、なぜ今、こんな所で焼かれているのか。
 だが、次第に混乱は収まり、彼は全てを理解した。
 
 ――あの戦いはもう、五年も前のことじゃないか――
 
 死の縁に立っている自分が見た、過去の幻覚に過ぎなかったのだ。
 どうしてあの時の事を思い出していたのか。
 それはきっと、真鍮の壁の外からかすかに聞こえてくる、あの声のせいだろう。
「――いい鳴き声を上げるじゃないか『ファラリスの雄牛』は」
 満足そうな男の声。
 マルコはその声の主のことを、よく知っていた。
 ファラリスの雄牛――それはマルコが閉じ込められている、この拷問具の名前だ。
 真鍮で作られたこの牛の像は中が空洞になっており、罪人を中に閉じ込めた後に鍵をかけ、下で火を焚く。当然中の人間はその火で炙られ、今のマルコのように苦しみ悶えながら死んでいくことになる。
 息苦しくはあったが、呼吸が全くできないわけではなかった。雄牛の内部には管があり、それは牛の口の部分から外に繋がっている。そこから多少の空気が入ってくるため、かろうじて呼吸困難に陥らずに済んでいた。
 だがそれは同時にマルコの意識を失わせるのを妨げ、苦しみを長引かせる結果にもなっていたのだ。
 熱さに耐えきれずマルコが叫ぶ。するとその声は管を通って外に伝わり、牛の鳴き声のような低い唸り声をあげるのだ。
 それを聞いた外の男が、笑い声をあげる。
「ハッハッハ、さすがは名ラッパ手のマルコ君だ。他の者の音とは一味違う気がするな」
 マルコにはわからなかった。あの英雄が――あの時、気さくに話しかけてくれたハンク・フィエロンがどうして、こんな酷いことを自分にするのかを。
 あの戦いの後、ハンク卿が突如郊外の塔に住みはじめたことは聞いていた。そこで敵国の捕虜を拷問している、という噂も流れたことがあったが、マルコは信じていなかった。
 あの人はそんな残酷な事が出来る人じゃない……そう思っていた。
 だから、ハンク卿から招待の手紙が来た時、迷わずマルコはこのトルチア塔を訪れたのだ。英雄直々の誘いを、断れるはずもなかった。
 雄牛の外から再び声がする。
 今度はマルコの知らない声だった。ハンク卿と何か話しているようだ。
「――これであの戦いの生存者はあらかた片付いた、というわけだな」
「ああ。あとはロマリウスとハーガインだが……この二人は一筋縄ではいかないだろうな」
「我が力を取り戻すまで、この塔に我が来るに至った経緯を知る者がいてはならん。たとえどんな薄い繋がりでも、消しておくに越したことはない」
 カエルの鳴き声のような、醜い笑い声が聞こえた。
「相変わらずの用心深さだな」
「これ以上、不覚を取るわけにはいかぬ……それだけだ」
「そういえば、セルマはどうするんだ? 彼女も一応、生き残りの一人ではあるが――」
「今、どこにいるかは知らんが……放っておいてもよいだろう。捕らえていた時に、少し脳をいじくっておいたからな。あの女が我に不都合な行動をすることは、決してない」
「なるほど。確かに助け出した時、様子がおかしいように思えたが、そういうことだったか……ロマリウスが怒り狂いそうだ、フフフ――」
 足音と共に二つの声は遠ざかっていった。
 
 薄れゆく意識の中、マルコが最後に思い出していたのはエリスのことだった。
 学者の父を持つ彼女はマルコよりもはるかに豊富な知識を持っていたので、ビューグルの吹き方以外にもいろいろな事を教わったものだ。
 ただ、なぜ彼女のような人がラッパ手などになって戦場に立つことになったのか、それだけは死ぬまで教えてくれなかったが。
 
(ねえマルコ。善人と悪人の見分け方って、あなたにはわかる? 戦場では意外に重要な事よ)
(う~ん、どうだろう? ……やっぱり、目、かな? 目には人格が現れるってどこかで聞いたことがある)
(それも間違ってはいないわね。でももっと重要なのは、その目と眉の間の部分なの。ここを観察することで、相手の本性が見えてくるのよ)
(へえー、そうなんだ)
(……信じてないでしょ)
(そんなことないよ)
(でもね。外見だけでは決して見抜けない悪人っていうのも、ごく稀に存在するんだって、父が言っていたことがある。そういう人間こそ、もっとも恐ろしい『悪意』の持ち主なんだって)
(だけど、見抜けないんじゃ注意のしようがないよね)
(そうなのよね~。まあ、会わずに済むように願うしかない、と。確か学術的にも、病名みたいなものがあるらしいよ。そういった危険な『悪意』に対しての。一般的には使われていないもののようだけど)
(エリスの父さんみたいな、学者だけが使う専門用語ってこと?)
(そう。なんて言ったけな? ……ああ、思い出した。略称だけだけど)
(何?)
(確か『her』って言うらしいわよ)
 
 ひときわ大きな鳴き声が、トルチア塔に響いた。
 その後はもう、ファラリスの雄牛が鳴き声を上げることはなかった。
  

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『拷問塔は眠らない』番外編、いかがでしたでしょうか。
ハンク卿の愛した三姉妹、妖魔ロマリウスの養子レイモンド、
そして魔術師ハーガインが生み出した人造魔道体ツクモ。
英雄譚の先にある彼らの物語も、どうぞあわせてお楽しみください。

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